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垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―9 信じることは良いことだ。善人にとっても、悪人にとっても

第九話

2012-07-05 23:11:52 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2164   閲覧ユーザー数:2101

 人は何故競い合う。

 

 己を高めるためか。

 

 他人を蹴落とすためか。

 

 ――8回目の(僕)――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 基本的に、不和は目立つことを好まない。

 かつての彼を知る者であれば、何を今更と思うかもしれない。

 確かに、中学時代の不和はこの上なく有名人で目立っていた。

 しかしそれは必要だったからこその――言ってしまえば自己犠牲であり、置かれた立場から考えても、不用意に注目されるのは望ましくない。加えて言うなら、自分の意志ではない事に関しては極力不干渉を貫きたかった。

 

「…………暑い……重い……動き辛い……うっとうしい……」

 

 延々と、不満を呪詛のように呟きながら、不和は生徒会室に向かっていた。

 道行く生徒は皆不和を見る。

 ある者は驚愕に目を見開き、ある者は引きつった笑みを浮かべ、ある者はそそくさと逃げていく。

 まるで熊にでもあったかのような反応だ。その内死んだ振りをする輩も現れそうだが、そうなったら遠慮なく踏みつけてやろうと心に誓う。

 

「いい加減にしてくれよまったく」

 

 尽きることのない好奇の視線に晒されて胃が痛くなりつつある不和は、似つかわしくない年寄り染みた溜め息を吐いた。

 

「お兄ちゃん、どうしてそんな暗い顔をする。私は貴様と触れ合うことができてこんなにも心穏やかだというのに」

 

 不和の胸元から、めだかが上目遣いで問うてくる。

 お前のせいだと、声を大にして言いたい。

 めだかの性格から考えて、おそらく言っても無駄だろうが。

 

「そりゃようござんしたねぇ。おかげでこちとら羞恥プレイの真っ最中だよ。つかお兄ちゃんと呼ぶんじゃねぇ。誤解しか生まねぇだろうが」

 

 今現在、邁進する不和とめだかは大絶賛密着中であった。

 具体的には、めだかの両の膝裏を左腕に引っ掛けるように載せ、右腕は同じように背中を支え、身体全体を使って持ち上げている。対するめだかは横になり、とてもリラックスした様子で不和の首に両腕を回している。

 

 つまり。

 

 俗にいう、お姫様だっこの状態であった。

 

「なぁんで僕がこんな事しなきゃならねぇんだ? する意味がわからん。落とすぞ落とすからな落ちやがれ三段活用」

 

「断る!!」

 

 必死の抵抗もすげなく却下され、両手両足を使ってしがみつかれる。というより、寄生される。アナコンダに捕食される獲物になった気分である。

 前が見えない、息ができない、柔らかい何かが顔に当たりムニュリと形を変えて心臓に悪い。バランスを崩して押し倒しそうになるが、公衆の面前なのだからそれだけは避けなければならない。二人きりになる機会があったとしても、押し倒そうとは思わないが。

 

「どれだけ寂しかったかわかるか!? 一年だ、一年も会えなかったのだぞ!? ならばあと一年はこうして抱きしめていられる権利が私にはある!!」

 

「いっぺん権利と公序良俗とお淑やかって言葉を辞書で引いて千回ぐらい書き取りして来やがれ。お兄さんは抱き枕に生まれた覚えはねぇですよ? さあ離れろすぐ離れろ。じゃないと嫌いになっちまうぞー?」

 

「むっ……」

 

 伝家の宝刀、『嫌いになるぞ』宣言。

 多少の動揺はあったようだが、

 

「そ、それでも嫌だ! とにかく嫌だ! 嫌だと言ったら嫌なんだぁ!!」

 

 普段の凛とした佇まいは何処へやら、イヤイヤと首を振って駄々をこねる姿は子供にしか見えない。

 何故こうなったのだろう。

 一年前も懐かれてはいたが、これほどではなかった。なるべく距離を取っていたつもりなのだが。

 

「……助けてくれぇ」

 

 都合よく青色のタヌキ型ロボットが現れないだろうか。

 秘密道具だけ貰って即座にお帰り願うが。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「う――――――ん」

 

 生徒会室において。

 

 姿見の前で善吉は唸っていた。

 その服装は一般生徒が着る白ではなく、生徒会役員の証である黒。その左腕には庶務の腕章が輝いている。

 めだかに誘われた当初は拒んでいたが、一週間前に起きた剣道部の一件を経て、なんだかんだ言いながらもなし崩し的に役員を務めることを自ら望んだ。

 夢を語るめだかや不和の言葉に感銘を受けたのも事実だが、本当の理由は単純なものだ。

 めだかが善吉を必要としているように、善吉もめだかのことが好きだから。

 それだけのことだ。それだけで十分だ。

 だが、ここで一つの問題が浮上する。

 

「やっぱ俺、黒の制服似合わねーよなー。だから制服白のこのガッコ来たってのに……」

 

 言うほど似合っていないわけでもないのだろうが、主観ではそう見えてしまうのだから仕方がない。

 

「いやそんなことはない。善吉には黒がよく似合う」

 

「どぅわ! だからお前はなんでいつもいきなり後ろにいる、ん、…………不和さん、何やってんですか」

 

「……見ての通り、取り憑かれてる」

 

 文句を言おうとした善吉が見たものは、上半身にめだかをへばりつけた不和の姿。

 視線を交わすだけでお互いの心境を悟った男子二人は、何ともやるせない気持ちになるのだった。

 そんなことを知る由もないめだかは、ユーカリの木に掴まるコアラのような体勢のまま、

 

「そんなに気になるなら下にジャージでも着てみたらどうだ? きっと格好いいぞ?」

 

「? 何バカなことを……」

 

 と言いつつも着替える善吉。

 この付き合いの良さが不和や不知火に好感を持たれる原因なのかもしれない。

 

「うわ、なんだコレ!? デビルかっけぇ!! 反骨精神のカタマリみてーだ!」

 

「ふふふ、そうだろう。不和の服装を参考にしているのだからな」

 

「ちょっと待ちなさいめだかちゃん。僕は傍から見たらあんな面白れぇ姿をしてんのか?」

 

 不意に伝えられた新事実に愕然とする。

 前を開けた制服の下に何か着るというスタイルは共通しているかもしれないが、だからといって同じにはされたくはなかった。

 

「やっぱあんたはスゲェよ不和さん!」

 

「かははは。毛ほども嬉しくねぇよ」

 

 そんな尊敬の眼差しを送られても。

 興奮する善吉を余所に、

 

「目安箱をチェックしてきたぞ」

 

 いつの間にか降りていためだかが、目安箱をテーブルに置いた。

 どこに持っていたのだろう。四次元ポケットか?

 めだえもん。……語呂が悪いどころの話じゃない。

 

「ふむ……どうやら今回はきちんと記名しておるようだな」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 依頼人を迎えに行く役を、何故か不和が任された。

 役員でもないのにどうして、と思わなくもないが、断らなければならないほど優先すべきこともなかったので承諾することにした。

 まあ、不用意にめだかが迎えにいって目立つよりも、関係なさそうに見える自分の方が良いといえば良いだろう。悩み事の相談なら尚更だ。

 

「あの……ごめんなさい。本当はこんなこと、あなた達に相談するようなことじゃないかもしれないんだけど、剣道場のこととか友達から聞いて……」

 

 有明。二年九組。陸上部所属。

 一応、全校生徒の顔と名前は覚えている。

 特に役立つ特技というわけではないが。

 

「そう構えるな。遠慮などいらん。私はいつ、誰の相談でも受け付ける!」

 

 ティ-カップを片手にめだかは言う。

 

 なんでこいつ上級生に敬語使わないんだろう。

 なんでこのコ制服の下にジャージ着てるんだろう。

 

(とか思ってんだろうーなこいつら)

 

 二人ともわかりやすく顔に出ている。

 

 不和は窓際で傍観することにした。

 本来ならば部外者である自分は席を外すべきなのだろうが、どういうワケかめだかから同席を許可されてしまった。

 やれやれだ。

 

「……それで……相談っていうのは、このことなんだけど……」

 

 有明が取り出したのは、陸上競技用スパイクシューズと折りたたまれた一枚の紙。

 スパイクは見るも無残に切り裂かれ、紙には『リクジょう部ヤめロ』と新聞の切り抜きを貼り付けて作られた脅迫文。

 

「………………これは、酷いな」

 

「私、今度の大会で短距離走の代表に選ばれて。二年生で代表に選ばれるなんて滅多にないことだからすごく嬉しかったんだけど……」

 

 三日前、更衣室で発見したときには何者かによって切り裂かれた後だったらしい。

 箱庭学園は伝統的にレギュラー争いが激しく、有明も覚悟はしていたようだが。

 

「でもまさか……ここまでされるとは思わなかった」

 

 時期から考えて、陸上部の女子であるのはまず間違いない。だがそれでも犯人の心当たりはなく、誰にでもできる犯行であるため疑心暗鬼にならざるを得ない。

 実力がものを言う世界であるが故の弊害か。

 

「第一、こんなことしたかもしれない人達と一緒に練習なんかできっこないよ! 優しかった先輩とかも信じられなくなっちゃって、不安で不安で……夜も眠れないんだよ!?」

 

 悲痛な叫び。

 有明は涙を流し、己の内に秘めていた苦悩を吐露した。

 

「……安心しろ有明二年生。眠れぬ夜は今夜で終わりだ」

 

 めだかは勢いよく立ち上がり、扇子を突き付けて言う。

 

「この黒神めだかが、今日中に犯人を突き止めてやる!!」

 

 格好は様になっているが、今日中というのはさすがに無理があるのではなかろうか。

 

「……しっかし、どこのガッコも同じだな。妬み嫉みに凝り固まって、自分の無力を棚に上げて、見返そうと努力もしないで不満を発散しようとしやがる」

 

 有明が出ていくのを待って、不和は思ったことを素直に口にした。

 手口は平凡、文面もありきたり。まあ、嫌がらせにオリジナリティーを求めても仕方がないといえば仕方がないかもしれないが、それでもこれだけの特定材料があれば――

 

「犯人は『陸上部女子』で『陸上歴はそれなりに長く』『短距離走を専門』とし『有明二年生と同種のシューズを愛用』『左きき』で『文車新聞を購読』し『23区に住んでいる』誰かだ」

 

 めだかが犯人を絞り込むには十分なものとなる。どうしてその条件になるのかは、めだかの説明を善吉とともに聞くまではわからなかったが。

 それにしても、犯人も詰めが甘い。

 筆跡を誤魔化すために使用した新聞もそうだが、スパイクの方は捨てるか燃やすかしてしまえば、それだけで特定は難しくなっただろうに。

 

「……推理力があり過ぎて気持ち悪いとか思ってる場合じゃねぇぞ善吉。さっさと条件に合う奴を探して、そいつの五体を煮るなり焼くなり刻むなりしねぇと」

 

「あんたはあんたで勘良すぎだろ! 発想も怖ぇし! つか探すってどうやってだよ!?」

 

「一人いるだろ。情報収集能力があって、こういうことに詳しそうな奴が」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 教育熱心な箱庭学園は部活動にも力を入れており、歴史を持つ剣道場のみならず、陸上競技用の設備も広大な敷地を最大限に活かしたものとなっている。

 建物の陰から部活中の陸上部を覗く不和たちの視線の先には、タオルで汗を拭いている一人の女子生徒がいた。

 

「陸上部所属、三年九組諫早先輩。有明先輩と同じで短距離を専門とするアスリートで利き腕は左、同じスパイク履いてるのは見てのとーり! お住まいは23地区で3年前から文車新聞を購読中――だってさ♪」

 

「いつも思うんだが不知火、お前どっからそういうの調べてくんの?」

 

「あひゃひゃ、人吉が正義側のキャラでいたいのならそれは知らない方がいいね♪」

 

「ま、僕は結果がでりゃ方法なんざどうだっていーけどな。完璧(パーフェクト)だ半袖。アメをやろう」

 

「わーい♪ 不和兄ぃ大好き!」

 

「餌付けされてる!?」

 

 よく出来ましたと頭を撫でながら、不知火の口に大量の飴玉を放り込むその姿は、水族館のショーでアシカに餌をやっている飼育員のようにも見えた。

 

「……気になってたんですけど、不和さんと不知火ってどんな関係なんすか?」

 

 善吉の知っている限り、不和がこの学園に来てまだ数週間しか経っていないはずだ。にも拘らず、不和と不知火は本当の兄妹のように仲睦まじい。

 それが善吉には不思議でたまらない。

 二人の性格から考えて、周囲の反応を楽しむためのふざけ半分ということも十分にあり得るが。

 

「「休日に肩車をして遊園地に行くような関係さ♪」」

 

「ほぼ父娘!?」

 

 小さく、しかし声を荒げてツッコむ善吉。無駄に器用である。

 冗談は置いといて。

 

「ちなみにあの先輩、有明先輩が代表に選ばれたせいでレギュラー落ちしてます♪」

 

 ハムスターのように口いっぱいに飴玉を頬張りながら不知火は言う。

 

「……そりゃ決まりだな。三年が二年に抜かれちゃ屈辱だろうし」

 

 善吉の言い分ももっともだ。

 今のところ、あくまで彼女がめだかの提示した犯人像に当て嵌まっているだけであり、確実な証拠もないが、犯行動機としては申し分ない。

 限りなく黒に近いグレーだ。

 

「しかし善吉よ、状況証拠だけで悪人と決めつけるのはよくないな。そして不和よ、私の頭も撫でろ、アメを寄越せ、休日に肩車で遊園地に連れて行け! 不知火ばっかりズルいぞ!」

 

「後半は今ここで言うことじゃねーよなめだかちゃん!?」

 

「よし、ケーキをやろう」

 

「ホールケーキなんかどっから出した!?」

 

「で、結局どうすんだ? 物的証拠なんか集めようがねぇだろ」

 

 めだかに切り分けたケーキを食べさせながら不和は尋ねる。

 

「何事もなかったかのようにさらっと話題を元に戻すよなあんたも。……でも確かになー、まさか本人に直接聞くわけにもいかねーし」

 

「それで『はいそうです』なんて答える馬鹿がいたら逆に尊敬するぜ僕は――ってあら? うちのお嬢ちゃん何処行った?」

 

 つい今し方までもむもむとケーキを食べていためだかの姿がない。

 善吉を顔を見合わせ、まさかと思いつつも諫早の方へ目を向けると、

 

「諫早三年生。貴様が犯人か?」

 

 口の端にクリームをつけながら、犯人(仮定)に直球ド真ん中な質問をぶつけなさっていた。

 

「このスパイクの件なのだが……」

 

 驚愕する諫早に、何故か両手に嵌めたスパイクを見せる。

 あまりの行動と光景に不和の足から力が抜け、善吉はズッコケ、不知火は腹を抱えて笑い転げる。

 

「し、知らないっ!」

 

 諫早は逃げ出した。一方のめだかは何故逃げたのかわかっていないようで首を傾げている。

 

「はあぁ――ったくあのお嬢様は」

 

 色々と疲れてしまったが放っておくわけにもいかない。仕方なく不和と善吉は諫早を追いかけた。

 

「くっそ、やっぱ元レギュラーだけあって速ぇなあの先輩!」

 

 距離は開くばかりだ。

 筋肉がある分不和たちの方が重く、ましてや二人は陸上競技のために身体を鍛えているわけではないのだから、差が縮まらないのも無理はなかった。

 そんな二人の横を、両手にスパイクをはめた漆黒の影が追い抜いて行く。

 

「おい、今のって――」

 

「もしかしなくてもめだかちゃんっすよ。あいつ、フルマラソンを二時間フラットで完走できますから」

 

 だとするなら、42.195キロを百メートルに換算。およそ17秒かかることになる。

 それだけ抜き出すと遅いように感じられるが、今の状況で問題なのは速度ではなく持久力。

 地球上最速のチーターですら、全力で走ることが出来るのは四百メートルほど。それ以上の距離は体力が持たないのだ。

 それが短距離走者(スプリンター)の、人間の――しかも女子高生であるなら。

 

「あと数秒もしねぇうちに追いつくな、ありゃ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 結果から言えば。

 今回の投書は最初から最後まであっけなく、道端に転がっていそうなくらい平凡で、めだかの異常性の一端を垣間見せただけの面白味のないものだった。

 めだかに追いつかれた諫早は、聞かれてもいないのに自白のような証言をして墓穴を掘った。

 しかし、あくまで知らないと言い張る諫早を、めだかは信じた。

 誰が聞いても、誰が見ても犯人としか思えない諫早の言葉を信じた。

 それどころか練習を邪魔したことを詫び、頑張る人間が大好きなのだと声援を送りさえしたのだ。

 

「な、なんなのあの子。わっけわかんない。人を疑うってことを知らないの……?」

 

 諫早が疑問に思うのも当然だろう。

 どうにもめだかは他人を信用し過ぎている。

 もし仮に、親しい誰かが、純粋な悪意を持って裏切ったとしても、何か理由が――そうしなければならなかった理由が周囲の環境にあるのだと勘違いをしてしまうのではないだろうか。

 裏切った理由が、ただ単に、裏切りたかったから(・・・・・・・・)だとしても。

 去ってゆくめだかの背を眺めながら、不和は諫早にも、隣に立つ善吉にも見えないよう口を手で覆い隠した。

 そうしなければ、隠しきれなかったからだ。

 愉悦に歪んだ醜い笑みが。

 なんと純真なのだろう。なんと無垢なのだろう。そして――なんと愚かなのだろう。

 

「……めだかちゃんは行為を嫌うことはあっても、人間を嫌うことはないんですよ」

 

 善吉は静かに口を開いた。

 めだかがあっさりと諫早を見逃したことが不服であるらしい。

 無理もない。犯行を見逃された人間がとる行動はたったの二つ。

 罪を悔いるか、重ねるか。

 諫早が後者を選ばない保証などどこにもない。

 犯人であることを明確にし、しかるべき処罰を受けるべきだと善吉は考えているのだろう。事実、中学時代はめだかが見逃した悪党どもを容赦なく成敗していたのだから。

 

「今回だけは俺も会長の流儀にならっときますよ。あんたはもう二度とあんなことしねえって――信じといてやる!」

 

 めだかの後を追うように、善吉も姿を消した。

 残されたのは不和と、地面にへたり込んでしまった諫早。

 

「なあ諫早先輩。あんたは走るのが好きだから部活やってんのか? それとも後輩の努力を否定するためにここに居るのか?」

 

「…………あたし、あたしは……」

 

「もしあんたが代表に選ばれて、そのせいで有明がレギュラーに選ばれなかったとしても、有明はあんたを恨んだり憎んだりはしねぇと思うぜ? 先輩だから当然だとかそんなことじゃなく、素直にあんたの努力を認めるんじゃねぇか?」

 

 綺麗事だ。

 断言できるほど有明の性格を知っているわけではない。

 だが諫早の心に悪意があったのなら、多少乱暴でも抉り取り、後悔させてやるのが効果的だろう。

 罪を犯した人間を裁くのは他人ではなく、他ならぬ自分自身なのだから。

 

「まあ、それでも有明を憎みたいっつーんなら憎みゃあいいさ。そうなったら僕も善吉も、今度は遠慮なくやれる(・・・)しな」

 

 感情のない不和の言葉に、諫早は首を縦に振るしかなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 後日。

 

 生徒会を訪れた有明が、使用していたスニーカーが無くなり、代わりに新品のスパイクと謝罪文が入っていたことを報告しに来たらしい。

 謝罪文を読んだめだかは挑戦状と勘違いして憤慨し、

 

「……どうやって返そう、コレ……」

 

 三年九組では、おそらく有明のものであろうスニーカーを手に、途方にくれる諫早の姿があったとかなかったとか。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりである。


 
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