No.446423

真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第一話「出会い」

狭乃 狼さん

にじからの移植、その二話目です。

一刀と輝里、そして由。

三人の出会いのシーンです。

2012-07-05 13:59:23 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5293   閲覧ユーザー数:3816

 

 「……で、ここは一体どこでしょうか……?」

 周囲三百六十度、見渡す限りの荒野と、天高く澄み渡る蒼い空と、そこを流れいく白く不定形な旅人達。

 それが彼――北郷一刀が、目覚めて最初に目にした、光景であった。

 「……え~っと。たしか、夕べはじいちゃんと道場で話して、で、部屋に戻ってそのまま就寝した、と。……なのに、目が覚めたら知らない場所、それも屋外でした、って……。一体、何がどうなってんだよ?」

 目覚めてみれば、広い大地に一人きりな状況。例えこれが一刀以外の人間であったとしても、困惑するなという方が無理というものである。しかも、一刀の着ている服は、寝ていたときのパジャマではなく、自分が通う、『聖・フランチェスカ』の制服であり、そして更に一刀を困惑させたのは、彼のすぐ傍らに突き立っていた二本の影だった。

 「……なんで、こんなものまで、ここにあるんだよ」

 “それ”はいわゆる腰の大小、つまり太刀と脇差である。しかもそれは、一刀にとってはそこらにある同じそれらとは違う、何物にも代え難い二振り。

 「じいちゃんから、免許皆伝と誕生祝にってもらった、“朱雀”と“玄武”じゃないか」

 一刀の、いや、正確には一刀の母の実家である薩摩北郷家は、元々薩摩を治める大名だった島津家に連なる血筋の家柄である。だが、一刀の曽祖父の代に起こった明治維新により、主家から離れて独立せざるを余儀なくされた。

 その後、薩摩北郷家は武家としてはすっかり没落し、その生活様式も一般家庭になりこそしたものの、代々続くその精神――。

 

 ―武家としての誇り―

 

 それだけは、明治維新の後もけして絶えることなく、代々受け継がれてきた。太刀の朱雀と脇差の玄武は、その誇りとともに受け継がれてきた、戦国の世から北郷家に伝わる家宝で、代々その当主の座にある者のみが受け継いできた、当主の証と言って良い代物である。

 「……とは言っても、母さんは跡を継ぐ気なんかさらさら無いって言って、さっさと親父と結婚して俺を生んだ。で、その後は俺にそのお鉢が回ってきたわけだけど」

 正直言って、一刀は当初、武の修行が大嫌いだった。それでも、修行を続けてきた理由は、彼の祖母にあった。一刀はいわゆる、おばあちゃん子で、祖母が大好きであった。しかし、その祖母は一刀が七歳の時に天に召された。

 ……通り魔に殺されかけた、一刀の事を庇って。

 「……あの時の事は、正直あまり覚えてないけど。……それでも、ばあちゃんが俺のせいで死んだのは、紛れも無く事実だし。……それからだっけか。本気で修行を始めたのは……。よっと」

 そこまで一人ごちてから、一刀はゆっくりとその場に立ち上がった。とりあえず、朱雀と玄武を腰のベルトに通して()く。

 「さてと。とりあえず、ここがどこか確かめないとな。……ケータイも財布も持っていない、か。服には乱れもないし、物取りにあったっていうわけでも無さそう、と。……ゆーかい?いや、それこそまさかだよな。うちにあるのは伝統だけ。お金なんか……一般家庭程度だし。……となると、まずは人に聞くのが一番、手っ取り早いな。……と、いうわけで」

 クルリ、と。

 体を百八十度回転させながら朱雀を抜き放ち、その切っ先を“自分の背後に立って居た”黒髪の人物の鼻先へと、一刀は突きつけた。

 「ヒエッ!!ちょ!ちょっと待ってください!私は別に怪しいものでは……!!」

 「怪しい人が自分で怪しいやつとは、言わないと思うよ?それに、気配を消して、人の背後に忍び寄ったりとか、ね?」

 「う」

 うめき声を出したのは、黒髪とは別の、一刀の背後で玄武の切っ先を向けられている、栗色の髪の少年――いや、少女である。

 「どっちも女の子か。……見たところ、まだ二十歳前って感じだけど。とりあえず、こっちの質問に答えてもらおうかな。……ここってどこだい?見たところ、日本じゃ無さそうだけど」

 右手の朱雀で黒髪の人物を、左手の玄武で栗色の髪の少女を、それぞれけん制しつつ、一刀が質問を投げかける。

 「……ここは、冀州・平原郡、です。……鄴郡との、郡境に近い場所、です」

 「…………は?」

 「にほんって、どこや?……輝里、聞いたことあるか?」

 「……初耳、よ」

 「…………へ?」

 わが耳を疑い、一刀の思考が一瞬停止した、その瞬間。

 『ッッ!』

 ほんの僅かに発生した一刀の隙を突き、二人は一斉に揃って後方へと飛び退き、彼から一定の距離をとった。

 「へえ。……隙が出来たとはいえ、この一瞬で俺からそれだけの距離をとれる、か。……只者じゃないね、君たち」

 「……そういうあんさんもな。……輝里、あんた、どう思う?」

 「そうね。見たことの無い服装に、武器。そしてあの流星の落下点に居たこと。それだけでも、多分この人がそうだと、私は思うけど」

 一刀に対し、それぞれに武器を構え、警戒をしつつそんな会話をひそひそとする、二人の少女。

 「なあ。二人で内緒話していないでさ。俺にも話を聞かせてもらえないかな?あ、俺の名前は北郷一刀だ。君達は?」

 「……ほんごうかずと……区切り方が良く分かりませんけど、姓がほんで、名がごう、字がかずと、ですか?」

 「いや。姓が北郷で、名が一刀。字ってのは無いよ。北の郷で北郷。一の刀で一刀、だよ」

 空中に指で自分の名前の字を書きつつ、一刀は二人の少女にそう教えて聞かせる。

 「……で、君らの方は?さっき呼び合っていたのが名前かい?確か、か」

 「ちょっと待ちい!人の真名(まな)を勝手に呼ぼうとしたらあかん事ぐらい、童だって知ってることやろが!」

 「まな……?何、それ?」

 「え……知らないんですか?真名の事を」

 「……初耳だよ」

 きょとんとした表情の黒髪の少女のその問いに、一刀は真剣な顔を向けて正直にそう答える。少女たちの方はその一刀の顔と目を暫くの間じっと見つめた後、小さく互いに頷きあってから、その両手を胸の前で重ね合わせるという、所謂(いわゆる)拱手という所作をとり、改めて一刀に対して自己紹介を始めた。

 「ではまず、こちらの自己紹介から、先にさせてもらいます。私は、姓を“徐”、名を“庶”、字を“元直”と、申します」

 「…………は?」

 「ウチは姓を“姜”、名は“維”、字は“伯約”や。よろしゅう」

 「…………マジデスカ」

 

 

 

 目の前に立つ二人の少女の自己紹介を聞き、一刀は思わず唖然とした。それもその筈、二人のその名前は、一刀ならずとも、とある戦記物というか歴史上の話を知っている者であれば、そのほとんどの者が知っているであろう筈の名前であったから。

 「……あの、どうかしましたか?」

 目の前で起きたその事象を、うなだれて考え込んでしまっている一刀のその顔を、徐庶と名乗った黒髪の少女が、横からひょいと心配げに覗き込む。

 「え?あ、あ~、いや、その。なんと言っていいか……」

 目が合った、徐庶のそのコバルトブルーの瞳にどきりとしつつも、一刀は二人にあることを質問することにした。そう、彼の中ではもう、ほとんど確信に変わりつつある、その“事実”を、確認するために。

 「あの、さ。……とりあえず、聞きたいんだけど。今って、後漢朝の時代……だったりする?皇帝は、霊帝…いや、アレは死後の諡号(しごう)か。えーっと、劉宏……だったかな?その人かい?」

 「……はあ。確かに、今は漢王朝の御世です。今上帝も、劉宏様ですが。……それが?」

 「………………あ~~~~~」

 がっくりと。

 全身の力が一気に抜けて、一刀はそのまま、地面に座り込む。

 「ちょっ!大丈夫か、あんさん!」 

 「しっかりしてください!“御遣いさま”!」

 「…ハ、ハハ、ハ。……も、ほんとに、一体、何が、どうなってるんだあーーーーっっっ!」

 

 んだあ、んだあ、んだあ……。

 

 広大な平原に拡がる一刀のその悲痛な叫びが、ただ空しく、蒼空の彼方へと遠くこだまして行く。その後、一刀が漸く自身の身に起こった現状をどうにか受け入れ、冷静な思考という物を取り戻すことが出来たのは、およそ四半刻(約三十分)程してからの事であった。

 突然のタイムスリップ(?)という現実離れした現実を、一刀がどうにか頭を切り替える事が出来、一応受け入れる事が出来た後、地面に胡坐をかいて座ったままでいる彼の前で、先の二人の少女がそんな一刀に対しておもむろに揃って跪き、拱手をしつつその(こうべ)を垂れて見せた。

 ―再拝敬首―

 当時としては最上級にあたるその礼を、二人は一刀に対して粛々とした態度でとり、そして精一杯の敬意を込めてこう言ったのである。

 

 『天の御遣いさま、何卒われらに、お力添えのほどを』

 

 「天の御遣い……?……えと、俺が?」

 「はい」

 「せや」

 

 一旦は平静を保つ事の出来た一刀であったが、彼女らのその行動と言葉に、彼は再び顔に困惑の色を見せる。そして、自分を見つめるその二対の真摯な瞳を凝視したまま、二人が名乗ったそのそれぞれの名を、自らの思考を落ち着かせると同時に頭の中で反芻する。

 

 (……徐庶に姜維、ねえ……。確かどっちも、『三国志』に出てくる、超の付く位に有名な人物の名前じゃないか。それが、こんな女の子だなんて……。も、ほんと、何がどうなってんだか……)

 

 三国志―――。

 

 三~四世紀頃の中国を舞台とした、れっきとした史実の出来事であり、一刀も小説や映画はもちろんのこと、原典にすら目を通したこともあるほどの、超有名な物語―――いや、歴史である。

 (徐庶は確か、新野時代の劉備に仕えた人だろ。で、姜維はたしか、諸葛孔明の弟子みたいな人だったっけ。……それが何で、ここで、しかも同年代っぽい容姿で一緒にいるんだよ?)

 その上、そんな二人が今は、ただの学生でしかない自分に対して、かくも恭しく跪いているという状況である。困惑するなと言うのが土台無理な話であろう。

 だが、そこは頭の回転の速い一刀。元々、思考の柔軟さと環境への順応性の高い彼は、“ここ”が、自分の想像した、単なる過去の世界ではなく、別の“平行世界”の過去だということを、瞬時に理解していた。

 そう、頭では一応理解出来てはいた。出来てはいたのであるが、それを受け入れらるかどうとなれば、話はまた別の次元である。

 

 話を元に戻すが。

 そんな心情で居る一刀の気持ちを他所に、徐庶と姜維はそのまま話を続けていく。

 「……天より、流星ととも御遣いが降りくる。その者、白き光をまとい、大陸に安寧をもたらさん」

 「そんな予言が、今の大陸には広がっとんのや。で、たまたま輝里…この徐元直がそれらしいんを見つけたんで、ウチらはその流星を追った。ほしたら」

 「……そこに、その予言の通りの格好をした俺が居た、と?」

 こくり、と。一刀の言葉ににうなずく二人。確かに二人の言うその予言の通り、一刀が着ているフランチェスカの制服はポリエステル製のため、陽の当たる角度によっては白く光っている様にも見えるだろう。

 「……正直、今の朝廷は腐りきっとる。帝は後宮の奥に引っ込んだまま、政は臣下に任せっきりで、毎日毎晩酒色に耽っとるそうや」

 相変わらず俯いたまま、拱手をしているその拳を強く握りしめ、姜維がそう吐き捨てる。

 「結…伯約の言うとおりです。そして帝がその様な状態であるのを良いことに、都勤めの官吏や将軍達、宦官を初めとした俗物たちは、好き放題に朝廷を動かして私腹を肥やし続けています。」

 「朝廷がそんな状況や。当然、大陸各地の州や郡、町や邑はほんまに酷い有様や」

 「今の所は各地の牧や郡太守が、何とかそれぞれの領地を守っては居ます。ですが」

 「……全部が全部、良い領主や太守ばかりや無い。朝廷に巣食っとる俗物同様、私腹を肥やすことにしか興味の無い連中の方が、今はその大半を占めてるのが現状や」

 確かに、一部の州牧や郡太守は、良心ある清廉潔白な人物がその座に就いている所もあるにはある。だがそれも、本当に限られた地域の、一地方領主の事でしかない。

 具体的な例を挙げれば、陳留の曹孟徳、幽州の公孫伯珪、揚州の孫文台、そして涼州の馬寿成。後は本当に小さな街や領地を治めている、今はまだ名も余り知れて居ない小領主達位であると、徐庶と姜維はそう一刀に告げた。

 「……この世界の現状はまあ分かった。……で、君らは俺に、具体的に何をしろ、と?俺に……一体何を求める?」

 「……私達は今、ここからすぐ近くにある黒山(こくさん)という地で、あともう一人の仲間と共に、小さな義勇軍を結成しています」

 「まあ、義勇軍言うても、数がまだまだ少ないから、活動出来る範囲も、この冀州だけに限られてるのが、ウチらの今の現状やけどな」

 「……なら、兵隊を集める為の、その旗にでもなれば良いのかい?」

 「……それも確かに、私達の考えている一つの手ではあります。ですが、今の段階で私達が御遣い様に求めるのは、同じ旗でも、その意味合いが違います」

 「へえ……」

 旗。

 つまり、名を上げる為の御輿として一刀を使う事については、徐庶も姜維もあえてそこを否定はしなかった。その代りに彼女らが一刀に求めたのは、かなり大胆極まりない手段の為だった。

 

 「……私達は、この冀州最大の街であり、その州府が置かれている鄴の街を、現太守である韓馥(かんふく)から解放…いえ、奪うことを、画策しています」

 「っ……!」

 

 

 単なる一義勇軍が、事もあろうに、朝廷から正式に任命されている太守を追い出し、郡一つを丸々乗っ取ろうとしている。徐庶の口から明かされた、その最早大胆を通り越して無謀としか言い様の無い計画に、一刀は思わず生唾を飲み込んでいた。

 「今のまま義勇軍を続けていたとしても、自ずと出来る事は限られてきます。兵も物資も、集められるその上限には、どうしても限度が出来てしまい、人々を助けたくてもその手を差し伸べることすら、現状では満足に出来ていません」

 「せやから、ウチらはその手始めとしてまず「……ちょっと待った」……へ?」

 徐庶に続いて計画の手順を話そうとした姜維の言に、突然一刀が静かな声で待ったをかけた。

 「先に確認したいんだけど、その韓馥っていう太守は、君らに追い出されないといけないような、そういう類の人間で間違いはないのかい?」

 「それは間違いありません。現在、冀州は三つの郡に分かれており、この鄴郡以外には平原郡と南皮郡の二つの郡がありますが、民の生活がもっとも苦しいのは、州内で最大の土地の広さを持つ、ここなのです」

 実際の史実における冀州の行政区分はもっと細々としているが、この世界における各地の行政区分は割と大まかなものになっていることを、一応この場で注釈しておくとして。

 それはともかく、同じ冀州であっても袁本初の治める南皮や、その南でとある官僚が治める平原とでは、比べるべくもない程に、この鄴郡では民に対する搾取や圧迫の度合いが段違いに酷い、と。苦虫を噛み潰したかのような顔で語る徐庶のその台詞を聞きながら、一刀は徐庶と姜維二人の想いと覚悟の程を確認していく。

 「……じゃあもう一つ聞くけど、何故、義勇軍のまま君らだけで郡一つを乗っ取ろうとするんだ?……戦力的な面や名分から見ても、他の領主に協力を仰ぎ、必要とあればそれらに仕官でも何でもして、事を起した方がもっと簡単だと思うけど」

 「……残念ながら、それは無理なんです」

 「南皮の袁紹はんにはとっくの昔に、協力を仰いだんよ。……あっさり断られたけど」

 「……ちなみに、その時の断られた理由は?」

 「……名も無い浪人の集まりでしかない義勇軍なんかに、名門たる袁家が協力なんてする必要はありませんわよ、おーっほっほっほっほ!……だそうです」

 「……」

 おそらくは袁紹の物真似なのであろう、徐庶のその返答を聞き、一刀は一瞬惚けて固まってしまった。

 「平原の方はもっと簡単な理由や。……平原は、その韓馥の統治下にある所やからな」

 「周辺州郡を治める太守らにしても、自領を治めるのが精一杯という状態の所ばかりです。……今の私たちには、もう他に手段が無いんです」

 他の州郡からすれば、他所の事等所詮は対岸の火事に過ぎず、わざわざ自領の守りを疎かにして、他州まで出向くような義侠心に溢れた人間は、河北の地にはもはやどこにも居ないのだった。

 「……なら、これが最後の質問だ。……太守っていうからにはさ、当然、朝廷から正式に任命されて、その地位にいるわけだけど、そいつをどうにかするってことは、言ってしまえば朝廷に、漢王朝に喧嘩を売るのも同じだ。……その辺りについては、何か考えはあるのかい?」

 正直なところ、一刀の中ではすでに、二人に対して協力する腹が、ほとんど決まってしまっていたと言っても良かった。だが、それでも彼はその事を二人に問いかけた。

 それを行うことで、自分たちの身だけではなく、周りの人々、鄴に住む多くの人々にも迷惑をかける、その可能性が払拭できない以上、出来る限りそちらの憂いも断っておく必要があったから。

 「……詳細はまだこの場ではお話できませんが、計画を実行する予定になっている日には、実はこの鄴に、朝廷からとある人物が視察に赴いてくる事が、伯約の事前の調べで分かっています」

 「そや。それも韓馥どころか、袁紹だっておいそれと口を出せんくなるほどの、超の付く大物が、や」

 「……なるほど。つまり、そのやんごとない人物の見てるその目の前で、直接太守の事を糾弾しようって言う寸法か」

 私服を肥やして自己保身に邁進するような類の人種であれば、もっとも弱いのは権力、である。それも、徐庶や姜維の言うように、相当の大物が相手となればそれはなおさら、というやつである。

 「……なら、十分に勝算はあるんだね?……たとえ“俺たち”が失敗したとしても、鄴に住む普通の人たちには、一切迷惑をかけずに済ませられるだけの目算が、君らにはあるんだな?」

 「は、はい!」

 「勿論や!その為の下準備かて、十分に出来とる!民には一切の犠牲は出さへん!」

 一刀が徐庶らに協力する上で、もっとも懸念して居たのがそれだった。大義の叛乱とか革命の為の戦いといえば聞こえは良いかも知れないが、それらが失敗したときにもっとも迷惑をこうむるのは他の誰でも無い、日一日を一所懸命に送り、短い人生を懸命に生きている無辜の民たちなのだ。

 もし、徐庶と姜維がそこまで考えて居なかったら、一刀は即座にこの二人とその袂を分かつつもりだった。だが、今の二人の返事によって、一刀もついにその腹を決めた。

 自分が何故、この三国志に良く似通った世界に来たのかは分らないが、少なくとも、今目の前に居るこの二人の少女のその真剣な眼差しから伝わる想いは本物であると、彼はもう十分に確信を得られていた。そして思ったのである。

 右も左も分らない世界で孤独に居るよりも、ここは一つ、御輿として担がれてみるのも悪くは無いだろう、と。 

 「……わかった。……正直、俺がどれほど君らの役に立てるかは分らないけど、それでもよければ、御輿でも飾りでも、好きに使ってくれ」

 す、と。二人に対して笑顔でその手を差し伸べる一刀。

 『……あ、ありがとう、ございます、御遣い様!』

 その一刀の笑顔に対し、彼女らもまた満面の笑顔でもって礼を返し、差し出された一刀の手を取って、ゆっくりと立ち上がる。

 「なれば御遣い様、私たちのことは、今後は是非に、真名にてお呼びください」

 「せやな。ウチの真名は“(ゆい)”。この真名、あんさんに預けるで」

 「私は“輝里(かがり)”にございます。どうか、お受け取りのほどを」

 「……いや、それはいいんだけどさ。……そもそも真名って、……何?」

 『あ』

 

 真名―――。

 

 それは、親兄弟以外は、ごく近しい者以外は呼んではならない、その者の本質を示す、聖なる名。たとえ知っていても、本人の許しなく呼べば、その瞬間に首が胴からおさらばしても、文句の言えない大事なもの。

 ようやく真名についての説明を受けた一刀は、二人の真名を喜んで受け取った。ただ、自分には真名が無いから、一刀、と。今後は呼んでほしいと、二人に伝えた。

 「まあ、俺の場合は、下の名前の一刀が、真名に相当すると思うしね」

 そう、笑顔で付け加えて。

 

 それから少しして、一刀を加えた三人は、少し離れた場所で待機をしていた義勇軍の兵たちと合流。そのまま、彼らの拠点である黒山へと向かうことになった。

 その道中、一刀が不意に、自分に馬を並べて並走する徐庶と姜維に対して、とある質問を投げかけた。

 「……ところでさ」

 「はい。なんでしょうか」

 「いや、そんなに大した事じゃあないんだけどさ。二人ってさ、どうしてここに居るのかな、と」

 「と、いうと?」

 「いや、俺が知ってる徐庶と姜維っていう人はさ、本来なら今の時点ではけして、この場に揃って、しかも一緒に義勇軍なんてやっていなかった筈なんだよ。まあ、歴史に埋もれた新事実、ってやつなのかも知れないけど、ちょっとそこがきになって、さ」

 そもそもからして、徐庶も姜維も女性であるということ自体が、史実とはまったく違うわけなのだが、それを一旦横に置いたとしても、彼女らが同時期に、しかも似通った年齢でここに居て、同じ義勇軍を率いているというその事が、一刀にはどうしても気になって仕方が無かったのである。

 「そうですね……一刀さんが言う、一刀さんの知っている私たちっていうのも気にはなりますけど、それはまあまた、おいおい機会があったら教えていただくとして。……話すのは勿論構いませんけど、あんまり面白い話では無いですよ?」

 「けど、ウチらの事を少しでも知ってもらう、ええ切欠かも知れへんし……どないする、輝里?」

 「勿論無理強いする気はさらさら無いよ。……話し難い事なら、尚更、ね」

 「いえ。結の言うとおり、一刀さんには私たちのこと、少しでも知っておいて貰いたいですから。そうですね、何処からお話したものでしょうか……」

 

 つ、と。顔を青空に向かって少し上げながら、徐庶は少しづつ語り始めた。

  

 自分の事、姜維の事。そして、拠点で留守を守っているもう一人の仲間の事。三人のその出会いから、現在の義勇軍を結成するに至ったその経緯を、懐かしそうな、そして、どこか寂しげな色を、その瞳に映して……。

 

 つづく

 

 

 

 後書きと言うか補足。

 

 史実において、黒山という地名は実際には存在しておらず、冀州の山岳地帯を中心に暴れまわっていた一団が、その名を黒山賊と名乗っていただけのものであり、これは本作のみに於ける架空の名称であること、ご了承ください。

 

 では。


 
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