拠点:一刀 題名:人殺しと言う名の名誉
僕が魯子敬に会ったのは、目を覚ましたその次の日だった。
「この度、魯子敬にご迷惑をかけてしまいました。申し訳ないと思っています」
「なっ!か、顔をあげてください、北郷さん!」
魯子敬は私の行為を見て慌ててそう叫んだ。
部屋に入った真っ先に椅子にも座ることなくそのまま床に跪く私を見て、最初には僕がまだ病み上がりの体で倒れてしまったのだと思ったのか席から立ち上がって人を呼ぼうとした魯子敬だったが、変わりに謝罪の言葉を言う僕に慌てている様子だった。
土下座、まで言ったわけではないが、そもそも床に座るという概念がない中国じゃ跪くという謝罪はない。
「起きてください、北郷さん。あなたにこんなことをさせては鳳統ちゃんたちを見る顔がありません」
「しかし…」
「起きてください!」
でも、幾らなんでもやりすぎだったのだろうか。顔をあげると魯子敬の顔が真っ赤になっていた。
少しマズかったと思って、魯子敬の言うとおり立ち上がった。
「はぁ……私は皇帝でも諸侯でもなく、善良な商人です。人の前でこんなことをしないでください」
「…申し訳ありません」
「取り敢えず、座ってください」
取り乱していた魯子敬は私が座ると自分も元の席に座った。
「そもそも、北郷さん。あなたに謝られる筋合いなんて何一つありません」
「いいえ、話は聞きました。張闓の件、魯子敬がなさったことにしてくださったらしいですね」
「……それが何ですか?」
「はい?」
「……もしや…北郷さん、何か勘違いなさってませんか?」
どういうことですか?と聞き返そうとしたら、後ろから扉が開いた。
「深月、どうしたの、すごい声を上げてたけど…」
「あ、蓮華さま…」
「蓮華」
蓮華だった。
「って、一刀。病み上がりなんでしょ?まだ休んでいないと…」
「もう大丈夫だよ」
「あの、蓮華さま、少し伺いたいことがあるのですけど、北郷さんに例の件をどう説明なさったのですか?」
「え?………」
少し沈黙。
「……あぁ、話が見えてきたわ」
「どういうこと?」
僕だけ置いてきぼりにして、蓮華は魯子敬に言って耳元で話をした。しばらくすると魯子敬の顔が緩んで、やがて微笑みながら私のことを見ていた。
「北郷さん、私が思っていたよりも面白い方ですね」
「でしょ?」
なんか、ちょっと馬鹿にサれている気がする。
「あの、一刀。昨日言ったでしょ?張闓が死んだこどで、街の人々がとても喜んでいるって」
「それは…悪政をしていた者が死んだらそうかもしれないが、官庁の被害もあるし、下手すると州牧陶謙も殺したという濡れ衣を着せられるかも…」
「一体誰がそんなことをするのよ。少なくとも、そんなことをするほど張闓と仲の良いものはこの徐州に居ないわ」
「寧ろ、都から調査するための者たちを連れてきたちゃんとした説明は必要でしょう。だけど、このことが私に非になることは決してありません。寧ろ、豪族たちの幾つかは、私に空席になった徐州州牧の座に付けるようにと中央に嘆願した者も居るぐらいです」
「え?」
そこまで……
「張闓が死んだことに、あなたを恨むような人なんて誰一人居ないわ。昨日言ったでしょ?寧ろあなたが徐州州牧になることも出来るのよ」
「さすがにそんなことは……」
「私は人々が苦しむ声を聞きながらも今の時期まで張闓を放っておいていました。それに比べて、あなた達はここに来ては何の迷いもなく、張闓を制止しました」
「他所の者だったからできたことです。こんなに大きな事件にするつもりはありませんでした」
「でも結局はこうなりました。それでも、北郷さんを責めるつもりはありません」
「………」
魯子敬はそういったが、僕にはどうしても納得が行かなかった。
「…深月、一刀を連れてちょっと出かけたいのだけど、構わないわね」
「蓮華さま?」
「外の様子を見せてあげた方が、話が早いと思うわ」
「……そうですね。お願いします」
「ええ、さあ、一刀、行きましょう」
「え、ちょ、蓮華」
そう言って私は蓮華に引っ張られて、魯子敬の部屋を後にした。
「蓮華さま、どちらへ?」
「ちょっと外によ、思春は付いて来なくていいわ」
「あっ、蓮華さま」
道中で甘寧に出会ったが、そう軽くスルーした蓮華は、私と腕を組んで魯子敬の屋敷の外に出た。
それにしてもこの蓮華、何故かすごく上機嫌だ。
「なんかイイ事でもあったのか?」
「え?私に聞くの?」
「………」
「そんなことより、どこから行きましょうか」
「取り敢えず、燃えた官庁の方を先に見たいんだけど…」
「…少しは雰囲気ある所から行ってもいいじゃない」
デートじゃありませんよ、蓮華さま。
「まあ、うん、仕方ないわね。こっちよ」
「蓮華は行ったことがあるのか?」
「ええ、深月の仕事を手伝いにね」
・・・
・・
・
当所に行くと、既に官庁の修復のために工事が始まっていた。
お金は魯子敬が自腹で出したらしい。
官庁にあった書類や高価な品物は全部燃えて、金銭は多数残ってはいたが、それも張闓の兵士たちによった被害を受けた人々に渡したらしい。
「工事しているのも皆下邳の人達よ。中にはお金はいらないから手伝わせて欲しいと言った人も居るらしいわ」
蓮華はそう誇らしげに言っていたが、僕は倉がやったというあの全焼した官庁の姿を見ると、そう嬉しくはなれなかった。
こんな惨事にせずに済んだかもしれない。自分がしっかりしていたなら……
「一刀?」
「ん?あぁ……」
「…場所を移りましょう。そろそろ昼食食べる時間だし、どこかの飯店にでも行きましょう」
またそうやって蓮華は僕の腕を引っ張ってどこかに連れだした。
・・・
・・
・
蓮華が今回連れてきた所は、賑やかな街の飯店。
最初に来た日に比べて、たった何日過ぎたばかりだというのに、目に見えるほど活気に満ちあふれている。
「一刀、注文は何にする?」
「適当に決めてくれ………あ、僕はお金持ってきてないんだが」
「仕方ないわね。私が出すわ。店主」
蓮華が注文をしているうちに、ふと隣の席の人々の声が聞こえた。
「これであのチンピラどもも居なくなって、楽に暮らせるわ」
「ほんとだよ。何が官軍だ。官軍という名の盗賊だったじゃないか」
「まさか元州牧が死んでたとはね。それも知らずに私たちはやられてきたわけじゃないか」
「何はともあれ、魯子敬さまのおかげでもう安心して徐州で暮らせる」
関で人々の金や物を何らかの言い訳を付けて奪っていた張闓の兵士たちも皆どこかに逃げてしまったらしい。一部は捕まったが、一部はどこかでまた盗賊になってしまうだろうと思う。
だけど、今この城の人々の顔に以前は失われていた活気と笑顔が戻ってきていた。それは確かだった。魯子敬と蓮華が言いたかったのは、これの事だっただろうか。
……でも、そう言ってしまえば、僕は今回何もしていない。僕は…張闓に機会をあげたいと思っていた。
話が通じ合わない相手だったかもしれない。だけど、それでも僕には僕なりの規則があった。今回はその規則が破ったのだ。
誰かの犠牲が他の誰かの幸せになるのだとしたら、それは本当に正しい結末だと言えるのだろうか。
「私と一緒に出かけてるのに、いつまでそんな暗い顔ばかりしてるつもりなの?」
「え?」
ふと気づくと蓮華が不満そうに僕を見つめていた。
いや、だから…
「デートじゃないからな、蓮華」
「でぇと?」
「……いや、良い」
説明した方が厄介そう……。
というか、こんなに積極的な性格だったっけ、蓮華って……。
「で、見てどうなの、一刀。誰かあなたを恨むような人が居そう?」
「……今見た所は、ないな」
「でしょ?」
蓮華は微笑みながら僕を見た。
「あなたがそういうつもりでここまで来たわけじゃないってことは知ってるけど、でも少しは誇りに思ってもいいんじゃないかしら。あなたがやったこと」
「……蓮華、あの張闓と男は、僕を殺すためにここに居たかもしれないんだ」
「え?」
「今回の事件でそうかもしれないという話をしたんだ。『氷龍』が僕を狙っているって」
「……でもそれってただの考えでしょ?」
「だけど、白鮫、豫州の糜芳、そして徐州の張闓。何故が僕が行く先にはいつも氷龍を持った人間が居た。これが偶然とは思えないんだ」
「………」
「…どういうことか僕もうまく説明できない。でも、蓮華も気をつけた方が良い。これから行く道も、僕と一緒にいるとずっと危険が待ち受けているんだ。そして………今回みたいに僕に先に何があったら、皆を守ってあげられるという保証はない」
「…いつも守られる側に居てばかりだとは思わないで頂戴」
蓮華は私を真剣な目で見つめていった。
「あなたは確かにすごい人だけど、だからこそあなたはいつも無茶をして、今回のように怪我をして、危険に落ちる。だからあなたの側にはいつも誰かが居るのよ。あなたの邪魔にならないためじゃなくて、あなたの身に何かあった時に、あなたを助けるために」
「蓮華……」
「鳳士元や諸葛均、そして、これからは私も居るわ。だから、あなたも私たちを信じて。一人で世界を背負うかのような顔はやめて」
そこまでやるつもりはさすがになかったが…
冗談で言っているわけじゃないのは分かったから、何も言わなかった。
確かに今まで僕は全部一人で抱えようとした気がする。それでも、一人で出来ることなんて限界があるというのに……。
「ありがとう、蓮華」
「別に感謝されようと言ったわけじゃないわ。本当に、あなたのことを心配して言ったのよ」
「分かってるよ。以後は気をつける」
そう話していると、料理が運ばれてきていた。
……って
「こんなに食べられないぞ、蓮華」
「駄目よ。何日も倒れていたんだから、しっかり元気つけてもらわないと。全部食べるのよ」
いつもなら雛里ちゃんたちと四人で一緒に食べても残りそうな料理がそこにあった。
その日の夜、食もたれてまた雛里ちゃんと皆に心配かけるようになったという、そんな話だった。
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一気にやるより、ちょっとずつあげた方が良いと思って今回の幕間は短めにホイホイ上げていきます。