No.436480 そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works62012-06-13 00:42:19 投稿 / 全6ページ 総閲覧数:1715 閲覧ユーザー数:1633 |
そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works6
拙作におけるそらのおとしもの各キャラクターのポジションに関して その10
○五月田根美香子(UBW):本編の中ボス。言い換えればキャスターポジション。守形と一緒に過ごしたいという可愛らしい願いと殺戮大量破壊大好きという己の欲望に従ってカード争奪戦に参戦した。悪の会長は書いていてとても楽しいので描写が長くなりUBWが当初の想定を越える連載期間を持つに至った原因でもある。UBWではキャスター役だったが、Heaven’s Hiyori編ではこの世全ての悪(アンリ・マユ)にジョブチェンジする予定。
○守形英四郎(UBW):本編では中ボスのパートナー。言い換えれば葛木ポジション。シナプス最高の力を持つカードに探究心を惹かれ、また美香子に借金がある為にその奉仕として参戦した。守形自身に叶えたい夢はなく、また美香子が叶えようとする願いにさえも一切執着を払わなかった。しかし、美香子が引き起こした騒動が元で多くの血が流れていることは理解しており、その償いの意味もあって美香子と共に果てる道を選んだ。
○アストレア(UBW):本編では智樹達の敵であり協力者でもある。言い換えればアサシン(煌びやか)だったりランサーポジション。開戦当初は師匠である美香子側についていたが、美香子が智樹を本気で殺そうとしているのを見て、彼女のクライアントと共に寝返りを決意する。本作中では智樹への愛情を最も素直に表現しており、その行動も勇ましい。生き残ることができていればと不憫でならない。あっ、この解説地点ではまだ生きている。
そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works6
「Unlimited Brief Works(無限の禁製)」
そはらの復活により劣勢に立たされた智子は遂に禁断の秘技、妄想具現化(リアル・ダイヴゲーム)を発動させた。
智子を中心に世界が侵食され、生徒会室だった筈の場所は緑豊かな丘陵へと変貌した。
智子の隣に聳える巨木からは男物のパンツがたわわに実り、木々の周囲には多くのパンツが羽ばたいている。
「こここそがあたしが生み出した古今東西全てのイケメンのパンツ空間。あたしに召喚できないイケメンのパンツは存在しないわ」
1枚のブリーフパンツが智子の元へと飛んで来て彼女の肩に止まる。
「例えばこの……守形先輩のパンツのようにね」
智子はとても寂しそうな表情で守形と名前の書かれたブリーフパンツを撫でた。
「さあ、そはら。相手になってあげるわ。アンタの殺人チョップ・エクスカリバーとあたしのUBW。どちらの攻撃の方が速いかしらね?」
「うっ……」
智子の周囲には数十、いや、それ以上の単位のパンツが空中を舞っている。彼女の命一つで一斉に智樹達を襲って来るであろうことは間違いなかった。
それはたとえそはらが智子を吹き飛ばしても飛来するパンツの剣が3人の体を無数に切り裂くに違いないことを十二分に予感させた。
「ふっざけんなぁあああああああぁっ!!」
智樹が怒りに満ちて前に出ながらパンツを召喚する。
「あっ! それ、私のパンツじゃないのよっ!」
「智ちゃん、それ。わたしのパンツっ!」
2人の少女は一斉に非難の声を上げる。けれど、智樹は気にせずに智子に怒りをぶつけていた。
「貴様っ、そはら達を攻撃しようとはどういう了見だっ! 俺だけ狙えば良いだろうがっ!! ふざけんじゃねえぞおおぉっ!!」
智樹はニンフのジャミングシステムの効力でようやく動くのが精一杯。けれど、智子の行為を黙って見てはいられなかった。
「ふざけてなんかいないわよ。でも、アンタが前に出て来てくれたおかげで余計な手間が省けたわ」
智子は左手を静かに挙げる。無数のパンツが静止姿勢をとりながらその場で羽ばたきを続ける。
「じゃあ、アンタだけ……ムフフを抱いたまま死になさいっ!!」
智子が左手を振り下ろす。彼女の周囲を飛行していた数百のパンツが一斉に鋭い刃と化して智樹を襲った。
「だからぁ……ふっざけてんじゃねえぇえええええええええぇっ!!」
智樹は強化したそはらとニンフのパンツを手に襲って来るパンツを片っ端から叩き落していく。数十のパンツが智樹に砕かれて地面へと転がっていく。
智子の動きを真似、守形との戦いを通じて得た経験をもって智樹の体の使い方は昨日までとは比べ物にならないほどに熟達していた。
けれど、智樹の体調は万全とは決して言えないほど弱っていた。そして、智子の放ったパンツの数はあまりにも多すぎた。
「ぐわぁああああああああああぁっ!?」
1枚のパンツが智樹の左脇を切り裂く。
痛みで智樹の手が一瞬止まったのを皮切りに、更に激しくパンツの弾丸が智樹を襲っていく。
「智ちゃんっ! 殺人チョップ・エクスカリバーッ!!」
見ていられなくなったそはらは智子の頭上の空中に向かって必殺のチョップを放つ。黄金の閃光が放たれて智子の頭上のパンツが一挙に跡形もなく消し飛ぶ。
エクスカリバーの威力はそれだけに留まらず、智子の妄想世界そのものの調和さえもかき乱した。
周囲が真っ白い光に包まれて全員の視界が奪われる。だが、その瞬間を見計らって智子は駆け出していた。
「智子っ! どこなのっ!?」
ニンフがセンサーを使って智子の居場所を探す。智子はすぐにみつかった。
「へっ?」
ニンフのセンサーは彼女が自分の目の前に立っていることを示している。何故智子が自分の正面にいるのか?
その意味に気付いた時には既に遅過ぎた。
「あ…………っ」
首の後ろに強い衝撃を感じ、意識が遠くなっていく。強制スリープモードに入る前の兆候だった。
「智樹……ごめん……なさい……」
智樹のサポートさえ出来ない自分を不甲斐なく思いながらニンフはスリープモードへと入った。自分が智樹に多大な迷惑を掛けるであろうことを悔しく思いながらニンフは意識を失ったのだった。
閃光が止み、ようやく智樹の視界が回復してきた。そんな少年が見た景色。それは緑豊かな丘陵ではなく荒れ果てた生徒会室の中だった。
そして、その入り口付近に少年が捜し求めている赤い外套の少女は立っていた。少年のパートナーである青い髪の少女を人質に取りながら。
「ニンフゥウウウウぅッ!!」
少年は少女の名を叫ぶ。けれどニンフからは何の反応も返って来ない。強制スリープモードに陥っていることが見て取れた。
「智子ちゃんっ! ニンフさんを今すぐ離してぇっ!!」
幼馴染の少女は智子に向かって大声で叫んでいる。その右腕に宿る大いなる聖剣を振りかざしながら。
けれど、そんな聖剣も現状では何の役に立たないことは智樹にも分かっていた。
智子を攻撃するということは即ちニンフをも巻き込むことを意味する。
だからこその人質だった。
そして智子が生徒会室から出て行かずに人質を取ってわざわざ留まっていることには更に大きな意味があるに違いなかった。
その意味が何なのか考えた際に智樹にはたった1つしか答えが出て来なかった。
「空美神社の本殿前。そこなら邪魔は入らねえ。お望み通りにぶっ殺してやるから、首を洗って待ってやがれっ!」
智樹は智子の顔を人差し指で差しながら大声で叫んでいた。
「とっ、智ちゃん!?」
そはらは智樹の宣言に困惑していた。けれど、幼馴染の少年が同一存在と避けることが出来ない決戦に臨もうとしていることだけは分かった。
そしてその戦いに臨めば智樹が無事でいられる確率はごく僅かでしかないことも。
「だっ、駄……」
駄目と叫ぼうとした瞬間だった。
「日没までは待ってあげる。それ以降……ニンフがどうなっても知らないわよ」
そはらが叫ぶよりも早く智子は智樹の提案を了承してしまった。
「アンタを直接葬れる瞬間を今から楽しみに待っているわ」
智子はその台詞を最後にニンフを抱えたまま校舎の奥へと姿を消していった。
「智ちゃんは……こんな展開で本当に良いの?」
何故智子と智樹がこんなにも憎み合うのか。そはらにはその理由がよく分からない。けれど、元は同じ人物だったのだから仲良くすれば良いのに。それがそはらの正直な気持ちだった。
「ああっ。アイツとは絶対にケリをつけないといけねえっ!」
幼馴染の少年の答えに躊躇は見えない。
「話し合いで、どうにか出来ないの?」
「正真正銘命を賭けた話し合いなら今から存分に出来るだろうさ」
智樹は間違いなく死ぬ気で智子と戦うつもりらしかった。
「なあ、そはら。頼みがあるんだけどさ」
「頼みって何?」
突如頼みごとを頼まれて困惑するそはら。一体、何を頼まれるのかと身構える。
「何が何でもさ……夕方までには起こしてくれないか? 日没までに空美神社に行かなきゃならないからさ……」
「えっ? それって?」
そはらが尋ね返そうとした所で智樹は前のめりに倒れてそはらの胸に顔を埋めた。そはらの豊かな胸に智樹の顔はすっぽりと埋まった。
「とっ、智ちゃんっ!?」
智樹の突然の行為にそはらはどう対応するべきなのか戸惑った。そして戸惑っている内に気が付いた。もう対応をする必要が無いことに。
「智ちゃん……頑張ったんだよね。お休み」
そはらの胸の中、智樹は健やかな寝息を立てていた。
「アストレアとの戦いの後にUBWを使った反動か。これじゃあ体力回復は……とても望めそうにないわね」
空美神社の本殿の片隅の縁側。智子はほとんど動かない己の右腕を確かめながら舌打ちを繰り返した。
カード争奪戦が始まってから今まで最も激しい戦闘を繰り返して来たのは智子だった。
智子は見張りをしているか戦闘をしているかの生活パターンでここ数日ろくな睡眠をとったことがない。
睡眠不足により体力は削り取られていく一方。それに加えて、大規模な力を消費が続いている。中でも今日はアストレアと死闘を演じ、最大奥義であるUBWまで披露した。
体力は全開時の10分の1も残っているかどうか。もはやそはらに勝つこともイカロスに勝利することも敵わないのは本人にもよく分かっていた。
けれど智子にとっては智樹を直接葬れるのであれば他者への勝利は関係なかった。
本来ならカードを用いて世界を根本から作り直した所だった。だが、桜井智樹を殺しさえすれば最低限の目標は達成出来る。
智子は自身の現状を見て目標を引き下げざるを得なかった。けれど、その目標でさえ達成出来るか分からない事態に直面することになってしまったのだった。
「やあ、Ms.桜井。ご機嫌麗しいようだね」
智子の目の前に現れたのは鳳凰院・キング・義経だった。
「ナンパならお断りよ」
すげなく返答する。
「はっはっは。僕だってMr.桜井と同一存在である君をナンパしようとは思わないさ」
「じゃあ、何をしに来たのよ?」
智子の不信感丸出しの瞳が義経に向けられる。けれど、義経はそんな非難を無視して智子の後ろで柱にもたれ掛かりながら眠っているツインテールの少女の元へと近寄っていく。
「僕が用があるのはこの子の方さ」
義経は恭しくニンフに一礼してみせた。
「僕はこの世全ての美少女に興味がある。美香子くんも脱落した今、僕の勝利は確定的。後はどれだけこの美しき花達を多く守りながら勝てるかという勝ち方の問題だからね。アッハッハッハッハ」
義経は実に楽しげに笑い声を上げている。
その品のなさが智子の癇に障る。
「何なら、アンタに今から奇跡の逆転敗北劇を味わってもらいましょうか?」
左手に守形のパンツを召喚する。
「……それは、困ります」
智子の背後から少女の声が聞こえた。
義経がいる以上、彼女がいることも何の不思議もない。というか一緒にいるものだと予測していた。
けれど、それはそれとして実際に声を掛けられてしまうと厄介極まりない存在だった。
「空女王(ウラヌス・クイーン)……っ」
私服姿の最強エンジェロイドはゆっくりと智子へと近付いて来る。
「……義経さんは私の重要なパートナーです。彼を殺らせる訳にはいきません」
イカロスの声はいつもと同様に抑揚に欠けている。けれどそれはイカロスがその言葉を冗談で吐いているからでも、言葉の内容に思い入れがないからでもない。
義経を殺そうとすればその瞬間に自分を殺す。智子にはイカロスの行動が予見できた。
「はっはっは。聞いたかい、Ms.桜井? イカロスさんは僕を重要なパートナーだと言ってくれたよ。いや、実に愉快だ。イカロスさんは遂に僕の愛を受け入れてくれたんだ。ハッハッハッハッハ」
大笑いを奏でる義経。そんな義経を見ながら智子はこの少年の馬鹿さ加減に嫌気が差していた。
何故この男は自分の首を刈り取ろうとしている死神をわざわざ隣に配置して愉悦に浸っているのだろうかと。
智樹と因縁深いこの男をわざわざ横にはべらせていることでイカロスが何を企んでいるのかは大体分かる。最近の彼女の傾向を考えれば他にあり得ない。
けれど、イカロスの思惑などどうでも良かった。智子にとって重要なのは、残された力で可能なのは智樹と決着をつけることのみ。
そしてイカロスの企みが予想通りのものであれば彼女は自分と智樹の決戦には介入して来ない。その予測は会長陣営と智樹陣営が死闘を繰り広げていた時に彼女が一切介入して来なかったことからもおそらく正しい。智子はそう結論付けた。
「さあ、ニンフさん。僕と共に美の国へと旅立ちましょう」
義経が意識を失ったままのニンフに手を伸ばそうとする。
「待ちなさい」
智子は低い声で待ったを掛けた。
「おやおや。君は僕に命令するというのかい? 君の今の力でイカロスさんに勝てるとはとても思えないのだけどね?」
義経は余裕だった。そしてその余裕は圧倒的な戦力差を根拠にしていた。
「確かに空女王には敵わないわね。でも、寝ているニンフを破壊するぐらいだったら……イカロスと戦いながらでもあたしにも出来るわよ」
瞳を細めて義経を睨む。
「ふっ、フム。美香子くんとMr.桜井の両方をあっさり裏切った君が言うと説得力があるな」
義経は冷や汗を垂らしながら身を仰け反らせている。
「とはいえ、あたしもただでアンタ達を追い払いもしないわ。智樹との戦いが始まったらあたしはニンフを監視している訳にはいかなくなる。そうなったら好きにすれば良いわ」
「なるほど。君とMr.桜井が自滅劇を演じてくれている間に僕はニンフさんを手に入れられる。実に素晴らしいじゃないか。アッハッハッハッハ」
義経は再び大声を上げて笑い出す。
やはり癇に障る笑いだった。けれど今、それを話題にしている余裕はない。
「よしっ。イカロスさん。ここは一旦退こう。そして僕らは労せずして戦いの勝利とニンフさんを手に入れようじゃないか」
義経はご機嫌のまま智子から離れていく。自身の勝利を確信しているに違いない傲慢な態度だった。
一方で義経の姿が林の奥へと消えた後もイカロスはジッと智子を眺めていた。
「……貴方は、マスターの偽者。贋作(フェイカー)に過ぎません」
イカロスは無表情のまま、けれど非難を含んだ毒を吐いた。
「空女王こそ、自分にだけ都合の良いマスターを捏造しようとしているだけのただの奸臣じゃないの。何がエンジェロイドの存在意義はマスターの命令を遂行することよ。笑っちゃうわ」
智子は思い切り毒を吐いてみせた。
そしてその毒に空女王は敏感に反応をしてみせた。
「……次お会いする時が楽しみです」
イカロスは背中の翼を広げて飛び去っていった。
「空女王(ウラヌス・クイーン)……っ。ほんと、アンタは人間らしくなり過ぎよ」
智子はイカロスが飛び去った空を見ながら大きく溜め息を吐いた。
智樹が目を覚ました時、既に日は暮れかかっていた。
「そはら、準備は出来ているか?」
自室の布団の中で目を覚ました智樹は起き上がるなり隣で見守っていたそはらに尋ねた。
「勿論。今叩き起こそうと思っていた所だから」
空美学園の制服を着ているそはらが首を縦に頷いた。
「じゃあ、早速だが行くぞ」
智樹は言葉を打ち切り、空美学園の制服へと着替えて玄関に向かって歩き出す。
そはらは後ろから智樹を追い掛ける。
智樹とそはらが玄関を出た所で、白い翼を生やした青い鎧の少女が立っていた。
「遅れたら困るんでしょ。送ってくわよ」
アストレアは夕日を浴びながら智樹に向かって手を伸ばした。
智樹は沈み行く夕日を見た。太陽は半ば沈んでいた。
「ああ。頼む」
智樹はアストレアの元へと歩いてその手を取った。そはらも慌ててアストレアの元へと駆け寄る。
「智子と決着をつけに行くぞ」
「「うんっ!」」
アストレアは智樹とそはらを抱えて大空へと飛び立った。
アストレアの飛行は徒歩で30分掛かる距離を僅か30秒で到着を可能にした。
アストレアは神社の中腹、正殿へと続く二の鳥居の前に到着すると智樹たちを下ろした。
「私が手伝えるのはここまで。後はアンタが解決しなさい」
アストレアは智樹の背中をポンと一つ叩いた。
「ああ。必ず解決してみせるさ」
智樹は力強く頷いて見せた。智樹の引き締まった顔を見てアストレアの頬が夕日の中に溶け込む形で染まった。
「あっ、あのさ……」
アストレアはうつむき加減に口を開いた。
「この戦いが終わって無事にまた智樹に合えたらさ……」
エンジェロイド少女は深呼吸を繰り返す。
「そん時は私とさ……つっ、つっ、つき…………」
「月?」
智樹は大きく首を傾げた。
そんな智樹を見てアストレアは大きく息を吐き出した。
「智樹は絶対にこの戦いに勝利しなさいよ。そうでないと月に代わっておしおきなんだからね」
「あっ、ああ。絶対に勝ってみせるさ」
智樹は今度は力強く頷いてみせた。
「アストレアさん……っ」
そはらの方がアストレアの心情を汲んで悲しげな瞳を向けていた。
「大丈夫です。言いたいことなんか戦いが終わったら幾らでも言いますから」
アストレアはそはらに向かって力強く頷き返した。
「そういう訳で智樹。この戦いが終わったらペラペラのペラペラにしてあげるんだから覚悟しておきなさいよ!」
「あっ、ああ」
智樹はアストレアの勢いに圧倒されている。
「じゃあ……またね」
アストレアはそれだけ述べると背中の翼を大きく羽ばたかせ空中へと上昇していく。
智子のことは智樹に任せ、自分はクライアントの方針に従ってニンフを救出しに迎えに。
「……さようなら」
愛する少年の顔をもう一度だけ眺めると、少女は大空へと飛翔していった。
智樹は大空へと羽ばたいていったアストレアをその姿が見えなくなるまでジッと眺めていた。
「アストレアさんにはずっとお世話になりっ放しだね」
「そうだな」
視線を戻して目の前の長い石段へと視線を戻す。この階段を昇り切れば正殿はすぐ目の前。そこに智子がいることは間違いなかった。
「アストレアには次に会った時にはちゃんと礼を言っておかなきゃな」
智樹はゆっくりと階段を上がり出す。
「勿論、俺はそはらにもニンフにも感謝している。お前達の存在あってこそ俺は今ここに立っていることが出来る」
隣を歩くそはらに向かって力強く頷いてみせる。
「なら、この戦いを無事に切り抜けてニンフさんを助け出さないとね」
「勿論だ」
智樹は再び視線を階段の上へと向け直すと力強く歩を進めた。
下から見上げていた時は長いと感じていた石段も実際に昇り始めれば終点は意外と早く訪れる。
階段を昇り切った智樹たちは祭りの度に訪れている本殿を目にした。
そしてその正殿の板の階段の上には赤い外套を身に纏った少女が立っていた。シナプスの超科学力と神の悪戯で智樹から分離した同一存在である智子が。
「待ちくたびれたわよ。ビビッて逃げ出したのだとばかり思ってたわ」
智子はゆっくりと階段を下りながら智樹達へと近付いていく。その表情に不敵な笑みを貼り付けながら。
「ニンフは一体どこにいる?」
智樹はいきなり挑発には乗らずに人質の行方を尋ねた。
「ニンフならこの正殿の丁度裏側で眠ってもらっているわ。そろそろ目を覚ますんじゃないの?」
智子は素っ気無く答える。
「もっとも、鳳凰院義経の変態があの子を狙っていたから……無事かどうかは保証できないけどね」
「貴っ様ぁああああああああああぁっ!!」
智樹にとって看過できない不安要素を淡白に述べた智子に智樹の怒りが爆発する。
「なら……お前を早く倒してニンフを救いに行くまでだぁっ!」
智樹は2枚のパンツを召喚する。少年が最も使い慣れた武器であるそはらとニンフのパンツだった。智樹は自身の持つエロナジーを注入してパンツを鋼鉄より固い物質へと強化する。
「そはら……お前は手を出すんじゃねえぞっ! コイツは、この悪魔だけは俺が倒すっ!」
智樹は智子へ向かって駆け出していく。
「うっ、うん」
智樹と智子という特殊過ぎる関係に自分が割って入る余地はない。いや、誰であろうと入れる筈がない。2人の対立とは自分自身との対話に他ならないのだから。
だから彼女は考える。代わりに自分に出来ることは何かと。
智子の先程の言葉を思い出す。
「ニンフさんは正殿の裏側にいる……」
そはらは大きく息を吸い込んだ。自身の成すべきことをみつけた。
けれど、それを果たすことは叶わなかった。
近付いて来た智子が禁断の妄想具現化(リアル・ダイヴゲーム)呪文を唱え始める。
「I am the bone of my under wear……」
そはらの瞳に映っていた夕焼け色の神社の境内風景が、青空の下の緑の丘陵へと姿を変えていく。
それは即ち、智子の妄想に取り込まれたそはらが現実世界とのリンクを切られていくことを意味していた。
「Unlimited Brief Works(無限の禁製)」
智子が呪文を詠唱し終えて妄想の具現化が完成する。
それはそはらがニンフを助けに行く為のチャンネルが途絶されてしまったことを意味していた。
言い換えれば智子が倒されてこの妄想空間が解かれない限りニンフを助けに行くことは出来ない。
ニンフの運命もこれで智樹が握ることになった。
「頑張ってね……智ちゃん」
そはらは両手を合わせて少年の勝利を祈った。
それが、少女が決めた自分に出来ることだった。
一方、そはらが救出に迎えなくなったエンジェロイド少女は強制スリープ状態をようやく抜け出していた。
「再起動を果たしたのは良いけれど……これじゃあ動けないじゃないのよぉ」
ニンフは両手両足を手錠で拘束されており動けない。しかも手錠はシナプス製のものでニンフの腕力、ハッキング能力をもってしても容易に外せそうになかった。
「もし、こんな所をあの変態にみつかったらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないのよ……」
長髪ワカメでいつも自信過剰な白学生服の男がニンフの脳裏に浮かび上がる。
そしてその最悪な想像は本人の希望に反して実現してしまうものだった。
「やあ、ニンフさん。こんばんは。ご機嫌麗しいみたいですね」
「鳳凰院・キング・義経……アンタの顔見て一気に不快指数が上がったわよ」
赤いバラの花束を持った義経がニンフの目の前に現れた。
「はっはっはっはっは。この世で最も美しい僕を見て胸が高まり息を吸うのも苦しくなってしまうのはよく分かりますよ」
「あんたのその幸せ思考回路は一体どうやって形成されているのかじっくりと一度分析してみたいもんだわ」
それは言うまでもなくニンフなりの皮肉だった。
けれど、義経は常人感覚の皮肉が通じるような相手では決してなかった。
「なるほど。つまりニンフさんはこの美しい僕の肉体を隅から隅まで観察したい。そうおっしゃりたいのですね?」
「どこをどう曲解するとそういう結論になる訳?」
「はっはっはっは。美少女の頼みとなればこの鳳凰院・キング・義経、お断りする訳にはいきませんな」
義経はニヤッと下品な笑みを浮かべ
「脱衣(トランザム)っ!!」
一瞬にして着衣を全て脱ぎ去った。
ニンフの眼前に誇らしげに晒される義経の裸体。
「嫌ぁああああああああああぁっ!! ダウナー嫌ぁあああああああぁっ!!」
位置的に丁度義経の股間がニンフの目前に晒される形となった。頭がおかしくなりそうになる感覚を覚えながら絶叫が止まらない。
「はっはっはっはっは。そんなに喜んで頂けるとは。美を晒した甲斐がありましたね」
対する義経はいつになく上機嫌だった。
「智樹の以外なんて……見たくないのよぉおおおおおおおおおぉっ!!」
ニンフの問題発言に義経がムッとした表情を見せる。
「どうやらニンフさんは本当の美がどんなものであるのかいまだに分かっていないようですね。そんな歪んだ美的感覚はこの僕の真実の美で修正してあげますよっ!」
義経はニンフの眼前でダンスを踊り始める。腰を激しく上下左右に情熱的に振るダンスを。
「嫌ぁああああああああああぁっ!!!!!」
ニンフは目を閉じている。しかし、彼女のセンサーは義経の動きを即座に捉えて伝達し続けている。無視界戦闘を何ともしないニンフ故の悲劇だった。
「たっ、助けて智樹ぃいいいいいいいいいぃっ!!」
ニンフは泣きながら彼女が世界でたった1人の大切な存在と心に決めている少年に助けを求めた。
けれど、その少年は現在智子と戦闘中であることはセンサーが物語っている。従ってこの場に駆けつけることは出来ない。
少女の心が絶望に染まりそうになったその時だった。
「ニンフ先輩を放せぇえええええええええええぇっ!!」
少女の声と共にニンフのレーダーで捉え切れないほどの超高速で天使が飛来してきたのだった。
飛来した天使はそのままの勢いで義経へと体当たりを敢行する。
「この人は……アンタなんかが弄んで良い人じゃないんだぁあああああああぁっ!」
「ぶっはぁああああああああぁっ!?!?!」
義経は大きく吹き飛ばされて本殿脇に生えている樹に正面から叩きつけられた。
「で、デルタっ!?」
助けに来た人物を見て驚いたのはニンフだった。
「共闘はもう終わったんじゃ?」
「悪い奴がいたら叩いてでも修正する。それに……ニンフ先輩を私が放っておける訳がないじゃないですか」
アストレアはニンフを見ながら爽やかに笑った。
「ぐっ。ぐがぁあああああああああぁっ!?」
義経は強打した右肩を抑えながら痛がっている。しばらくは立ち上がれそうもなかった。
そんな義経の様を確認してアストレアはニンフへと近寄る。
「さっ。今、その拘束を外しますから」
アストレアはクリュサオルでニンフの手錠を切ってしまおうとしていた。
「うっ、うん。お願いね」
ニンフは動けない体を必死に動かしてアストレアが剣を振い易い体勢を取る。
「じゃあ、切りますよ」
アストレアが剣を振り上げ──
「何をしておられるのですか、アストレア様?」
剣を振り下ろそうとした所で動きが止まった。
アストレアとニンフは声が聞こえて来た本殿の四隅の角の先を注目する。
すると着物姿の少女が静々と2人の前に姿を現した。
「くらいあんこっ!? 何でくらいあんこが直接前線に出て来たのっ!?」
アストレアは現れる筈のない少女が現れたことで驚いていた。
一方でニンフは……
「やっぱり、アンタがデルタを裏で操っていたのね……オレガノっ!!」
予想通りにして最悪な人物が登場したことに大きな焦りを覚えていた。
「お久しぶりですね、ニンフ様。いや……コンブッ!」
医療用量産型エンジェロイド・オレガノはニンフを見て愉悦を浮かべていた。
つづく
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