仰いだ空に掛かるのは、瓦礫と化したコンクリートのビルディング。
「何発残っておる」
男の問いを遮るのは、リノリウムの床を弾く跳弾の音の群れだ。
「……あたしはあと三発」
「俺も、あと十秒掃射出来りゃいいくらいッス」
半ば崩れ落ちた廊下に響く悲鳴に半瞬だけ祈りを捧げ終えれば、返ってきたのはそんな心許ない言葉たち。
「左様か」
思い描くのは、戦場の地形と、相手の戦力。
そして、そこから導き出される最良の戦術だ。
逃亡が最良である事などとうに理解していたが、相手の容赦ない弾雨を前に、逃げられる道など既に亡い。
彼我の戦力差は圧倒的。
もう残された手数はさしてない。
(……突貫か)
短絡的な作戦と知ってなお、援護射撃のある十秒に掛けて突っ込むか、それとも。
だが男達には、考える時間すらも与えてはもらえなかった。
次にリノリウムに響いた音は、今までの跳弾とは全く異質な音だったからだ。金属質の跳ねた後に、からからと床を滑り来る音の正体は……。
「伏せ……!」
その正体を確かめる間も、ろ、まで叫ぶ暇も無い。
ぐわりと全身を揺らす衝撃に、爆風の熱が覆い被さってくる。最後の支えを吹き飛ばされて、崩れ落ちる回廊から転がるように後退すれば、同じようにやってきたのは……。
「……お前だけか」
問いに、女は小さく頷いてみせる。
十秒の掃射支援も、これで喪われてしまった。
「…………」
もう数える気にもなれない一瞬の祈りにさえ割り込んでくるのは、敵の掃射の銃声だ。
最後の砦たる廊下を抜かれて、身を隠す場所さえも残されてはいない。
「あーあ。最後のメイクがこれとはね」
一瞬一瞬に身を隠す場所を変えながら、三発だけ残った拳銃を手に女は小さくぼやいてみせる。
「死化粧など、縁起でも無い」
この戦争が始まる前は、女はモデルをしていたと聞いた。
豪奢なドレスとメイクに身を包み、ランウェイを気取って歩いていた彼女が、今は拳銃と軍服に身を包み、戦場を生き残るために歩いている。
どうしてこうなってしまったのか……それは、この戦に巻き込まれた男にも分からない。
「なら、助かる方法でもあるっていうの?」
「諦めなければな」
男が構えるのは、銃ですら無い。
戦場では鬼神とも悪魔と呼ばれた無双の彼ですら、この状況を覆す術など見いだす事も出来なかったが……かといって諦める事だけは、彼の選択肢に有りはしなかった。
「フタイテンとか、ハイスイノジンって言うんだっけ? あんたの国では」
彼の国にも訪れた事があるのだろう。聞きかじりの言葉でそう呟き、女は僅かに言葉を止める。
「そうだ。失敗したらハラキリするのよね」
「切腹は痛いから……」
既に男の国では廃れきった風習に、苦笑を浮かべ……その唇の端が、そのまま凍り付く。
目の前の女性の口元は、皮肉げに微笑んだまま。
そして、そこから上がない。
跳弾の音に男がより大きな瓦礫に飛び込むのと、メイクする顔さえ失った骸が倒れ込むのは、ほぼ同時。
銃弾の雨はまだ止まぬ。
敵戦力は未だ健在、圧倒的。
対するこちらの戦力は、男一人。
武装は女の残した銃弾三発と……。
「…………あの世での切腹は、痛くないものかの」
剣代わりのシャベルを構え、戦場最後の侍は、敵陣へとその身を躍らせていく。
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寝られないので暇潰しに三題噺botが呟いていたお題で文章書きました。所要時間40分ほどの小品です。