彼女の誕生日の日、俺は失恋を経験した。
彼女に男がいたのだ。
いや、正確には俺が彼女の浮気相手であり、いい金ヅルだったのだ。
生まれて初めて出来た彼女だ。浮かれていたことは認める。
彼女がほしがったものはなんでも買った。
彼女が望むもはなんでも与えた。
多少、無茶をしたこともあった。
彼女が喜んでくれるなら俺はそれでうれしかった。
でも……
「……」
教室の机の上に突っ伏しながら、俺は何度目かになる失恋の傷心のショックを思い出し、心を震わせていた。
フラれたのは昨日だ。
傷心のショックを整理をしろというほうが無理な話だろう。
クラスのみんなも今日の俺の雰囲気に気付いているのか率先して話しかけようとする奴はいなかった。
それでいい。
今は誰とも話したくなかった。
特に女子とは話し合いたくない。
失恋の痛みを思い出すから……
「みんな、席に着け! HRを始めるぞ!」
教室に入ってくる先生の声に俺は突っ伏したまま、聞き耳を立てた。
顔を上げるのも億劫だった。
「今日は転校生が来るぞ」
(遊びに来た感覚で教えるなよ)
心の中で突っ込んだ。
「ほら、挨拶!」
「……」
ん? なんだ、この雰囲気は?
まるで、超至近距離から見つめられるてるようなこの感覚は?
いやいやだが、顔を上げた。
「なにをしてるの、君?」
俺の顔を見つめる転校生らしき少女に冷や汗をかいた。
「因幡萌絵(いなばもえ)です! よろしく!」
ビシッと敬礼する因幡さんに俺はつられて敬礼を返した。
「君から見て、西の席、空いてるよね?」
「素直に隣の席って言えよ」
「じゃあ、先生、私はここに座りまっす!」
「おお、いいぞ!」
妙に軽いテンションの彼女に俺は変な奴だなと心の中で引いた。
「これはいい机だね。ビンテージ物かな?」
「それはワインだ」
席に座る因幡さんに俺は突っ込んだ。
なぜか見つめられた。
「なに?」
ビシッと手を上げられた。
「よ・ろ・し・くぅ~~ん!」
「よ、よろしく……」。
なんか知らないけど、軽いな……
「……」
でも、よく見ると可愛い子だな?
ちょっとクセッ毛が入ってるが柔らかそうなショートヘアーに胸は高校生とは思えないほど大きいし、柔らかそう……
恐らく88のDだろうと俺は邪推した。
「えへへ~~♪」
「なぜ、笑う!?」
「学校案内は放課後でいいっすよ、ダンナ!」
「はい?」
顔をしかめた。
「先生! 私、窓側から二番目の席の人に学校案内してほしいっす!」
「俺の席は窓から三番目だ」
「三番目の人にお願いします」
「訂正した!?」
「そうか、因幡はソイツに案内してほしいのか?」
「いえ、ダンナの意思を尊重します!」
某逆裁みたいに人差し指を立てた。
「今日がダメなら、明日、案内してもらいます!」
「いや、それは案内することが決定されてるじゃん!」
「……」
「な、なんだよ……」
「ダンナは冷たいねぇ~~」
プッと笑われ、イラッとした。
「案内くらい、今日、出来る! その腹の立つ笑い方はやめろ!」
「腹の立たない笑い方は出来るけど?」
「え……」
なにか寒い空気を感じる……
「ニタァ~~~♪」
「ヒィッ!?」
クラス全員が真っ青になった。
「ヒィィィィィィィィィ!?」
食事を終えるうたた寝したいお昼。
朝の強烈な笑顔が逆に印象に残ったのか、因幡さんはクラスの人気者になっていた。
「ねぇねぇ、因幡さんって、前はどこに住んでたの?」
「長靴みたいな形の土地じゃないことだけは確か!」
それ、イタリアだろう!
「胸、おっきい~~! いくつあるの?」
「58センチです!」
「え? たったそれだけ?」
「十六進数での計算ですから!」
「やだ! なにそれ!」
キャハハハと笑い出す女子に俺は机に突っ伏しながら思わず計算してしまった。
(おお、俺の予想が当たった!)
「好きな男の子のタイプってなに? 女の子同士なんだから、教えてよ!」
「そうっすねぇ!」
俺まで聞き耳を立ててしまった。
フラれたばっかなのに、現金だな……
「まず、机に突っ伏さない人とか好みっすね!」
「それ誰のことだ、コラ!」
「あ、やっぱり、起きてた!」
チャオと手を上げる因幡さんに俺は完璧におもちゃにされたことに腹を立て、また、机に突っ伏した。
「ダンナダンナ! 私の隣の席が空いてますぜぇ!」
「ここも君の隣だが?」
「おぉ~~……! 小さなボケにも的確に突っ込むとは一流のツッコミ師と見た!」
「なんだよ、ツッコミ師って?」
「世界を相手に突っ込みましょうぜ、ボス!」
「なぜ、ランクが上がる?」
訳のわからないボケと突っ込みを返すうちに時間は放課後になった。
「人がだいぶ、はけてきたな?」
クラスに人がいなくなると因幡さんはおもむろに俺の机に乗り出し、仁王立ちした。
「時は来た! 我ら探検家は学校という秘境を……」
「人の机の上に立たない!」
「おお、力持ち!」
思ったよりも軽い彼女の身体を机から教室の床に下ろすと感心された。
「今日は君のせいで疲れた」
「年だねぇ?」
「君のせいだ!」
「そうっすよ! 家に帰るまでが探検ですからね!」
「それは遠足だ! 話に脈絡がない!」
といいながらも律儀にツッコミを返すのも俺も親切だな。
疲れてるけど、学校を案内するか……
最初に来たのは学生の愛と憎悪が渦巻く憩いの場、食堂だ。
「学生の食堂は値段と味を総合すると割とうまくないよな?」
「浜茶屋のラーメンと学食のラーメン、どっちがうまいっしょね?」
「知るか!」
次に保健室に連れて行った。
「ここが保健室。怪我をしたらここで診てもらうといいよ」
「色っぽい女医さんか、メガネをかけたインテリ美男子は」
「五十三歳のベテランならいるが」
「チェッ……」
だんだんとキャラがつかめてきた。
「ここが理科室だ。人体模型が動くような会談はないから安心しろ!」
「ボケを先に封じるのはツッコミ師としてどうかと?」
「そんなのになった覚えはない!」
体育館にやってきた。
「で、ここが体育館だ。昼休みは開放してあるから、友達と遊びたくなったら来るといいよ。それとここで体育倉庫に閉じ込められるようなラブコメ的展開は絶対に来ないから安心しろ!」
前もって、ボケを封じるが因幡さんはなぜか体育館の奥を見ていた。
「バスケ部が練習してるね?」
「あ、ここのバスケ部は強いからな」
「ダンナはバスケはしないの? 昔は点数王じゃなかったっけ」
ドキッとした。
「なんで、俺の昔のあだな知ってるの?」
「てりゃ!」
「おわ!?」
いきなり、左足を蹴られ、俺はバランスを崩して、倒れてしまった。
「なにするの、いきなり?」
「本当に足を怪我して辞めたんだ」
俺を見下ろす因幡さんに俺は聞いた。
「怪我のこと知ってるの?」
「調べた! ダンナが昨日、女の子にフラれたことも」
俺はムッとした。
「面白半分で人の過去を詮索するのは……」
「だいぶ変わったね……君は?」
「……?」
怪訝な顔をする俺に彼女は自分のクセッ毛の髪を掴んだ。
「この髪じゃわからないのは無理ないか?」
おもむろにポケットから一枚の写真を取り出した。
「ほい、うれし恥ずかし私の過去!」
「写真?」
写真を受け取るとビックリした。
「俺が写ってる?」
写真の横で泣いてる因幡さんだと思われるロングヘアーの女の子と泥だらけの男の子の写真に俺は言葉を探した。
この写真を見ると小学生くらいのときか。
じゃあ、この子は……
「ダンナは鈍いっすね~~……だから、フラれるんすよ!」
「いやらしく笑うな!」
「パトロン扱いされて、散々、貢がされて、ポイ?」
「いやな言い方するな」
「傷心中でもツッコミは忘れない精神は褒められるね?」
「いったい、なんなんだ、君は!?」
「覚えてない?」
鼻の頭がくっつくほど顔を近づけられ、ドキッとした。
「小学校のころ、しょっちゅう、一緒に遊んだじゃない?」
「遊んだ?」
ジッと彼女の澄んだ瞳を見て、スゥと写真の彼女と今の彼女のイメージが重なった。
「あれ?」
そして、俺の記憶にも不思議な映像が重なった。
「モエちゃん?」
「はい!」
鼻を離し、敬礼する因幡さん……いや、モエちゃんに俺はビックリした。
「え、で、でも、俺の知ってるモエちゃんはストレートのロングで胸はちっこかった気が!?」
「クセッ毛は元々! 小学校のころになぜかストレートになって、中学で元に戻ったの。それと胸は成長期♪」
プルンッと胸を揺らし、モエちゃんはテヘッと笑った。
「変わったな、モエちゃん……昔は引っ込み思案だったのに」
「人に歴史ありってやつっすね?」
「人に歴史か……まぁ、俺もそうだな」
バスケを辞めたのも俺の中の歴史だし、俺の知らないモエちゃんになっても仕方ないか。
「とりあえず、ここじゃアレだし」
バスケ部を一瞥し、違うところにいこうと提案した。
「静かなところがいいな、次は!」
「じゃあ、裏庭の自販機のところに行くか?」
「キャッ! 恥ずかしい!」
「なぜ!?」
自販機で紙パックのジュースを買うとモエちゃんにあげた。
「はい、俺の奢り」
「センキュー神ちゃん!」
「最高級ランクになったな?」
「神様の次に工場長だよ!」
「なぜ、神様よりも工場長!?」
「生産的だから神様よりもえらい!」
「はいはい……吼えてろ」
「キャッ、犬のように吼えろなんてとんだドSだね♪」
「いいから、ジュースを飲め!」
「はぁ~~い!」
紙パックを強引に開けて豪快に飲むとモエちゃんはぷはぁとため息を吐いた。
「ご主人様の搾り汁、とってもおいしいです!」
「ミカンジュースだ! 確かに果汁だが、いやらしい表現するな!」
「ほい!」
「むぐ!?」
まだ中身の入ってる紙パックのジュースを飲まされ、咳き込んだ。
「なにするんだ!」
「いや。朝から調子が悪いみたいだから、お腹でも壊したのかと」
「腹壊してる奴に飲み物を飲ますな!」
「壊してるの?」
「壊してない!」
「下痢は恥ずかしくないよ」
「女の子が下痢って言うな!」
「もしかして!?」
「痔でもない!」
「つまんない」
「なんだと!?」
「……」
「……ぷっ」
「アハハハハ!」
俺たちは大笑いし、廊下の壁に背をつけ、座った。
「こうやって、昔の友達と大笑いするなんて、なんだか運命を感じるな?」
「言わなかったけ? 調べたって」
「調べたって……」
俺は恐る恐る聞いた。
「俺を追いかけたの?」
「転勤はたまたま。今も住んでるかもって思って、高校を調べたら、ジャストミット!」
「ストライクってことね」
ケラケラ笑うモエちゃんに俺はひざを抱えた。
「でも、こうやって、バカいえると助かるよ。俺、昨日、フラれたから、ショックで……」
「知ってる。ダンナとじゃ吊り合わない、ブスだったね!」
「ありがとう。たぶん、慰めてくれてるんだよな?」
「ダンナに似合う女の子はきっと、地球を支配しにきた、鬼ごっこで勝敗を決する宇宙人ですよ!」
「それ、昭和時代の全男子が憧れた鬼の女の子でしょう!」
「電撃は出せないけど、代わりに取って置きのボケを」
「出さんでいい!」
足をバタバタ動かし、笑った。
「君とバカ言ってると本当に心が癒されるよ。俺、当分、立ち直れそうになかったから」
前の彼女のことを思い出し、また胸がズキズキ痛んだ。
「でも、今日、モエちゃんと話せて……って、なにやってるの!?」
「ほへぇ?」
上着を脱ぐモエちゃんに俺は大声を上げた。
「おっこらしょ!」
「あわわわ!?」
白いブラだけになったモエちゃんに俺は慌てて顔を背けた。
「逃げない!」
「ぐへぇ!?」
ゴキッと強引に首を捻じ曲げられた。
「いたい」
涙目ながら、胸の谷間が間近に迫り、俺は生唾を飲んだ。
「どう? 私のおっぱい、綺麗?」
「お、女の子が好きでもない男の子に」
「昔は好きだったよ」
「え……?」
今度は無理やり顔をあわせられた。
「昔は好きだったよ。よく一緒に冒険ごっこして泥だらけになったよね?」
「ま、まぁ、他に付き合ってくれる友達いなかったしな」
「急に引っ越すことになったときは君の家に家出したよね?」
「……」
「でも、今は昔ほど、好きじゃない」
手を離し、今度はスカートを脱ぎだした。
「だから、なんで脱ごうとする!?」
慌てて止めようとして、顔を蹴られた。
「ぐへぇ!?」
倒れかけ、腕を掴まされるとグイッと引っ張られた。
プルンッと大きな胸に手を押し付けられ、真っ赤になった。
「え、あ……」
「どう? 私の胸、ドキドキしてる?」
「え、あ、いや、う、うん……」
むしろの胸の柔らかさに俺がドキドキしてる。
「ねぇ、あんな、ひどい女の子のことなんか忘れて、新しい女の子見つけなよ。私が新しい女の子、教えてあげるよ?」
「だ、誰だよ?」
「ヤバスが口癖のウザキャラ」
「せめて、漫画家志望のウザキャラにして!」
「冗談だよ! 私と付き合わない、ダンナ?」
「で、でも、さっき、昔ほど好きじゃないって」
「今の君を私は知らないもん」
「そ、それはそうだが……」
「だから、これから君のことを好きになりたいの! もう瀕死の状態から復活して更なるパワーアップするように!」
「君の恋心は某サイヤ人か!? それに強引だぞ、その発想!」
「昔の君は嫌がる私を無理やり冒険に連れて行ったよね?」
「それでなぜ脱ぐ!?」
「男の子は女の子の身体を見ると癒されるって、週刊マンガに載ってた。それに昭和時代の人気ヒロインは変身するたびに裸になるし」
「いい加減にしろ!」
「それとも私は君の好みじゃない? 結構、ストライクだと思うけど?」
思いっきり、ストライクだ。
「もっと胸の大きい子が好き? 180以上とか?」
「バケモノか!?」
「牛なら、それくらいあるんじゃない?」
「どれだけデカイ牛だ!?」
「うんうん。なんだかんだでやっぱり、君は楽しい人だな。障子の角に小指をぶつける人の後くらい」
「基準がわからん!」
「決めた! やっぱり、今日から私は君の彼女! 嫌がっても、今日、決めた! 逃げても、追いかけるから覚悟してね!」
可愛くウィンクするモエちゃんに俺はドキッとした。
「ほらほら! ダンナ! 恋人になったら、やることがあるでしょう?」
「やること?」
「こう、恋人の唇にブチュ~~と」
「だから、品をよく言え!」
一瞬、迷い、俺は辺りをうかがった。
チュッとキスをし、離れた。
「えへへ♪」
モエちゃんもさすがにテレたのかちょっとだけ幸せそうに笑った。
なんだか、俺のほうからキスしたような雰囲気だ。(したけど)
「これから、よろしくね。ダーリン♪」
「誰がダーリンだ! それから、さっさと制服着ろ、誤解される!」
「誤解じゃない状況になればいいの?」
「いいわけあるか!」
「でも、このマンガでは学校で」
「堂々とエロ本を持ち歩くな!」
「なるほど。初めては教室でやるのがセオリー……」
俺は無造作にエロ本を校外に投げ捨てた。
「ああ! お隣さんの粗大ゴミから拾ってきたのに!?」
「しかも拾い物かよ!?」
俺は突っ込みきれないツッコミをこなし、本当に疲れてため息を吐いた。
これから、モエちゃんと付き合っていけるかちょっと、自信がなくなった。
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久しぶりにオリジナル小説です。
ここ最近、ロボットか二次捜索だけだったので純粋なラブコメは本当に久しぶりです。
もうちょっと甘い感じにしたかったのに気付いたら色物臭が大きくなりましたね?
この小説に出てくるネタ、どこまでわかる人多いかな?
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