No.432174

八雲藍の何事もなき休日

とねりこさん

2011の博霊神社例大祭で、友達のサークルのp数水増しのために書いたSS。
藍しゃまが暇だったらこんな感じかなーとか想像して書いていきました。
内容については……うん、まぁ、ね、うん……

2012-06-03 17:44:43 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:6943   閲覧ユーザー数:6934

 

「八雲藍の、何事もなき休日」

 

「おはよう藍、よろこびなさい。あなたに、今日一日丸ごとお休みをあげる」

 朝、いつもどおりに家のまわりを掃除していると、私のご主人であるところの、八雲紫さまがあらわれて、突然そんなことを言い出した。

 あまりに素っ頓狂なその言葉に、私はいまいち理解が追いつかず、思わず、はぁ? などと間抜けな返答をしてしまった。

 時刻はまだ五時を少しまわったくらいか。 

 この季節だと、まだ陽が昇るか昇らないかといったところだ。

 紫様がこんな時間に起きてるなんて珍しい。

 あ、もしかしてまだ寝てないのだろうか。そういえば、ここ最近は外の世界から持ち込んだ、怪獣だか恐竜だかを退治する電子遊戯に夢中でしょっちゅう徹夜してるようだ。そんなものより、実際に異変でも解決してたほうがよっぽど刺激的で楽しいような気がするのだけど。

 話がそれた。もちろん、休みが大切なのはわかってる。そんなのは、非常識の裏側の幻想郷でさえ、常識だ。しかし、言い出したのがほかならぬ紫さまだ。この、幻想郷でも屈指の大妖怪は、外面だけはいいのだがその実非常にぐうたらで、一年のうち360日くらいを休んだり遊んだりして過ごし、その代わりに彼女の式である私は、彼女の身の回りのお世話や炊事洗濯掃除など家事全般、侵入者の撃退、八雲紫の代理として妖怪代表会議に出席などなど、一年が370日以上に感じられる程度の多忙な毎日を過ごしている。そんな紫さまからまさか、休めという言葉が聞けるなんて。博麗大結界に穴でも空くんじゃないかしら。

「藍、あなた、失礼なことを考えてるのが丸わかりですよ」

「失礼しました。紫さまがあまりに非常識なことを言うもので」

 思わず顔に出てたみたいなので、ついでに言いたい放題言っておく。

「本当に失礼ね。私だって、365年に一度くらいはまともなことを言うし、大事な大事な式を労わったりもするわよ?」

「そこは、365日に一度にしてください。で、お心遣いはありがたいんですが、いきなり休めって言われても困るんですけど。私、予定も趣味も友人もありませんし」

「あら、じゃあちょうどいいわ。それ全部、今日つくってくればいいじゃない。とにかく、今日一日、この家には戻らないで、たまには外に出かけてらっしゃい」

「はぁ。まぁ紫さまがそういうなら」

 まったく、今度は何を企んでいるのやら。まあ、紫さまの気まぐれには慣れている。適当にどこかで時間を潰して、夕方ごろ帰ってくればいいだろう。

「わかりました。それじゃあ出かけてきますけど。一応、橙を残しておきますから、何かあったらこの子に。橙、紫さまに失礼のないようにね。しっかりやりなさい」

 私は橙を呼び出し、留守の間の紫さまの世話を言いつけることにした。突然呼び出された橙は当然まだ寝ていたので、私の言いつけに、にゃ、などと寝ぼけた返事をしている。絶対、わかってないなこいつ。

 正直、心配だったが、さっきから紫さまから早く出て行けオーラが出ている。かわいい子には旅をさせろというし……さらばだ、橙。これも修行です。私が戻るまで、無事でいなさい。

「藍、失礼なことを考えているでしょう」

「それでは行ってまいります、紫さま」

 八雲家を飛び出した私は、あてもなく飛び回りながら、とりあえずどこに行くべきか考えた。時刻はまだ、早朝。思案にふけっていると、急におなかが、ぐぅと鳴った。

 そういえば、朝ご飯を作る前に追い出されたんだった。腹が減っては弾幕も張れぬという成語もあることだし、まずは人間の里にでも行って腹ごしらえをしましょう。

 

「キツネうどん一杯。お揚げ、増し増しで。あと、お稲荷さんもお願いしますね」

 私の注文にあいよ、と威勢のよい声で応じる、定食屋の店員。頼んだ料理はすぐに来た。人間の里は、こんな早朝でも活気に満ちている。妖怪は夜型が多いから、日中は人間の時間ということなんだろう。ま、私は全時間帯対応型の妖怪なんですけど。

 特に尻尾も耳も隠したりはしなかったが、周りの人間は、妖怪の私を目にしても誰も騒いだりしない。里の中でルールを守っている限りは、人間も妖怪も同じ存在なのだ。実際、人間の里に世話になっている妖怪も数多い。 

 一人であつあつのおうどんをすすり、お揚げをかじる。うん、美味しい。たしかにたまにはこんな時間があってもいいかもしれない。というか、あるべきだ。これを機会に、妖怪労働組合でも結成して、月に一日くらいは休日をもらうべきかしら。

 などと、お稲荷さんをつまみながらとりとめのないことを考える。さて、腹ごしらえも済んだことだし、次は何をしよう。と、考えて、ふと私は博麗神社のことを思い出した。あそこには常に、いろんな妖怪が我が物顔で出入りしているというし、博麗の巫女には個人的な借りもある。どう転がっても、少なくとも退屈はしないだろう。そうだ、そうしよう。

 というわけで博麗神社に向かうことにした私は、お店をあとにして、まだほんのり薄暗い空の中を飛び始めた。

 幻想郷の端の端。博麗神社の大鳥居が見えてきたころには、空はもうだいぶ明るくなっていた。境内には、眠そうな顔で掃き掃除をしてる巫女が一人。間違いなく、博麗霊夢だ。私はそのまま霊夢の眼の前に降り立った。

「おはようございます。おひさしぶりですね、霊夢さん」

「あら、誰かと思えば、紫のとこの九尾じゃない。何か用? ついに紫に嫌気が差して家出してきたの? それとも、観念して私に滅される覚悟が出来たのかしら」

 開口一番ひどい台詞だが、博霊の巫女はいつもこんなものである。

「どれも違います。強いて言うなら、私は今日、暇なので、、同じく暇そうな巫女をからかいに来たんですよ」

「残念。私は忙しいから、あんたの相手をしてる暇はないの。見ての通り、境内の掃除中なんだから。さっさと帰らないと、落ち葉と一緒に掃いて燃やすわよ」

「やきいもの燃料にされるのは嫌ですねぇ。まあいいです。ここを追い出されると私、暇を持てあましてしまいますので。こうなったら、実力でここに居座ることにしましょう」

 そう言って、袖に手を入れた私を見て、反射的に構える霊夢。にらみあう二人、その間には、徐々に緊張が高まっていき……

その緊張が頂点に達したときを見計らって、私はさっと袖から、がまぐちを取り出した。

 呆気に取られて私の手元を見つめる霊夢。

私はそれに構わず、そのままがまぐちから数枚の硬貨を取り出すと、賽銭箱に向かって放り投げた。

 チャリンチャリンチャリン。音を立てて賽銭箱に吸い込まれる硬貨たち。

「賽銭『博麗神社』」

 スペルカード風に言ってみた。

「あらあらあら、あなた参拝客だったのね。もう、それなら早く言ってくれなきゃ。ほらほら、今、熱いお茶入れてあげるから。あっちに座って待ってて、ね。汚い場所だけど、好きなだけゆっくりしていってね!」

 びっくりするくらい効果は抜群だった。

「いいんですか? 私、妖怪なんですけど。あなたの仕事は、妖怪退治だったと記憶してますが」

「あら、神様の前では、人も妖怪も吸血鬼も魔女も幽霊も全部ちっぽけで、等しい存在なのよ」

 などと、外の世界の一神教のようなことをのたまっている。なるほど、金は神様か。

 手のひらを返したどころか、生まれ変わったかのように機嫌よく私の愛想をとる霊夢を見て、なぜ紫さまがこの巫女を気に入ってるのか、なんとなくわかった気がした。

 

「……と、いうわけで、今日一日ここにいさせてもらえれば、と。あ、王手」

「ぬぬ……厳しいわね。あ、いてもいいけど、その手ちょっと待ってくれない?」

「いいですよ。でもこの角はいただきますけどね」

「あんた、容赦ないわね。飼い主の性格の悪さが伝染ったんじゃない? んー、あの桂馬をなんとかしないと……」

 ぶつぶつ言いながら、長考に入る霊夢。

 あのあと、霊夢の入れてくれたお茶を飲みながら将棋盤を挟んで、今までの経過を説明していたのだった。

「性格が悪いだなんて、霊夢さんそれは失礼ですよ」

「それは誰に対して?」

 言いながら、新たに一手を打つ霊夢。読み通りのその手に、私はあらかじめ用意していた手を返す。

「もちろん、私にですよ」

「あんたもけっこうストレス溜まってるのねぇ。まぁ紫がご主人じゃぁねぇ、ご愁傷様。しかしこれは……むむむ」

 私の打った手に、またもやうなる霊夢。しばらくして、勝ち目がないことに悟ったのか、潔く投了を告げた。

「あー、負け負け。しっかし、あんた将棋強いのねぇ」

「はい、私、式ですから。こういう論理型の遊戯はめっぽう強いんですよ」

「なにそれ、ずっこいわねぇ。ちょっと、藍、もう一番付き合いなさい。次は今みたいには行かないんだからね」

「ええ、いいですよ。何度でも返り討ちにしてあげますよ」

 二人して駒を並べ直す。次の対局は、お互い、紫さまへの愚痴大会になった。

「でね、紫がね言うのよ。あなたは修行不足なのよって、私が稽古をつけてあげるってふらっとやってきて、気楽にほいほい弾幕結界張っていくんだからたまったもんじゃないわよ。ただの自分の暇つぶしじゃない。修行不足はまあ認めるとして、一日十二時間も寝てるヒルネ妖怪に言われたくないっつーの!」 

 バチン、紫さまへの怒りを駒に託して盤にぶつける霊夢。私はあくまで冷静に、霊夢の勘違いを訂正してあげる。

「霊夢さん。一日十二時間は、最低睡眠時間ですよ。普段はもっと寝てます。だいたい十八時間くらい」

「なにそれ。あいつは猫か赤子かっつーの」

「そのくせ、食べる量は人一倍ですからね。味にもうるさいし。毎日作るこっちも大変ですよ」

「それはお気の毒様ね……よりにもよって、八雲紫の式だなんて、あんたには同情を禁じえないわ。しかし紫は毎日そんなに食っちゃ寝してるのに、なんで太らないんだろうなぁ。胡散臭いし性格も悪いくせに、スタイルだけはいいんだよなぁ。普段、何食べてるんだろあいつって」

 実はそこにこそ、幻想郷一の大妖怪の根源に迫る秘密があった。本来、これは紫さまと私しか知らず、そのまま永久に語られず闇に葬り去られるべき秘密なのだが……私は、紫さまのおもちゃとして日々からかわれているこの紅白の巫女に大いに同情し、この大いなる秘密を打ち明け、共有したい気持ちに駆られた。

 周りの気配を慎重に探り、紫さまの式やその他の妖精、精霊などが聞き耳を立てていないかを充分に注意する。誰にも聞かれていないことを確認したのち、霊夢の耳元で大いなる秘密を、小さく告げた。

『実はですね、紫さまは境界をいじる能力で、自由に操作してるんですよ……自分の体型を』

 私の告白を聞いた霊夢は、しばらく沈黙していたが、やがてポツリと一言、

「大妖怪のくせに、セコいことしてるなぁ……」

 とだけ呟いた。それに対して私は黙って頷き返すのみだった。

 ちなみに、これは当然トップシークレットなので、喋ったことがバレたら私もかなりヤバい。最悪、多重結界に永久封印まであるかもしれない。

「これ、秘密なんで。ぜったい言わないで下さいね?」

 と一応釘を刺すと、

「こんな情けないこと、人に言えるわけないでしょ」

 と返事が返ってきた。確かにそうだ。

 それからも、他愛ない雑談をかわしながら数局ほど将棋を指しているうちに、太陽がすっかり真上に上がっていた。

「あら、もうこんな時間か。お腹空いたわね。そういえば穣子からいいお芋たくさんもらってたのよ。お昼、やきいもでいい?」

 それは是非もない。すでに落ち葉は、さきほど掃除の続きを手伝い、集めている。

 ささっと準備を整え、落ち葉に火を付け、おいもをその中に放り込む。包むのに使った新聞は、言わずとしれた文々。新聞。自分の新聞をやきいも作るのに使われてると知ったら、あの天狗は怒ったりするのかな、などとたき火の炎をぼんやりながめながら考えてると、霊夢が、私の心を読んだわけでもないだろうが、

「それにしても、あんなゴシップばかりのインチキ新聞でも、やきいも作るぐらいの役には立つのねぇ」

 などと、からからと笑っている。同時に同じようなことを考えていたのがおかしくて、私も一緒になって声を出して笑った。

 しばらくして、いい感じに焼けたタイミングを見計らっておいもを火の中から取り出す。包みをあけたら、あたり一面にやきいもの美味しそうな香りが広がった。思わず、尻尾もパタパタと揺れてしまう。

「はら、ほいひいわねほれ」

「食べながらしゃべらないでくださいよ……あら、おいしい」

 一口食べて、そのあまりのおいしさに九本の尻尾が全部ピーンと直立してしまう。ずっしりと詰まった大振りのおいもは、かじるとやわらかな甘みと豊かな香りが口中に広がり、食べた者を幻想の彼方へと連れていく。……というのはおおげさだけども。

「穣子の奴、さすがやきいもの神様だけあるわねぇ、いい芋扱ってるわ」

「あら、私の式による完璧な火力コントロールがいいんですよ」

「なによその式の無駄遣い。と、言いたいところだけど、この美味しさ、流石ね。私も式をもうちょっと扱えるようになろうかしら。そしたら家事ももう少し楽になるかな」

「霊夢さんなら筋がいいからすぐ覚えますよ。でも、最初はお皿を割られまくる覚悟はしておいてくださいね」

「う、それはちょっとイヤかも……」

 やきいもをほおばりながら、他愛ない会話を交わす私たち二人。ふと空を見上げると、遙か彼方の方から、小さい黒い何かが、もの凄い速度でこちらに飛んでくるところが見えた。私は霊夢にそちらをしめし、注意をうながした。

「霊夢さん、あれ。……音速越えてます」

「あれ、魔理沙じゃない? それにしても、なんつースピードよあいつは」

 言っている間にも、その魔理沙らしき黒白の物体はみるみるうちにこちらに近づき、ちょうど神社の上空で急停止した。遅れてやってきた衝撃波が、たき火を含めて、周り全てを薙ぎ払う。

 こんなこともあろうかと、まだ食べていないやきいもはすべて袖の中に避難させていたので無事だ。

「こらー、魔理沙! あんた、何考えてるのよ。速度出し過ぎなのよ。周り中、無茶苦茶じゃない!」

 超音速物体は、やはり魔理沙だった。霊夢が、下りてきた魔理沙に向かって怒鳴りつけている。せっかく綺麗にした境内ぜんぶ、吹き飛んだ木の枝や葉っぱ、土埃、たき火の残りカス、そんなものでひどい有様だった。

「わるいわるい。そんなことより大変なんだぜ、霊夢、聞いてくれ!」

「そんなことって何よ、大問題よ! あんたちゃんとそのほうきでここ全部掃除させるからね! 覚悟しなさいよ」

「まぁまぁ霊夢さん、落ち着いて。魔理沙さんも、まずはやきいもでも食べて落ち着いてはどうですか?」

 袂から、避難させたやきいもを一つ取り出し、魔理沙に手渡す。

「お、藍、サンキュ。……お、美味いな、これ。んぐ、んぐ、んぐ……ぐっ」

「そんな一気に食べるからですよ。ほら、お茶どうぞ」

 一気に芋を食べ過ぎて案の定、喉につまらせた魔理沙に、あらかじめ用意しておいたお茶を手渡す。そのお茶も一気に飲み干す魔理沙。

「っぷはー、ごちそうさま。それで、何の話だったっけ?」

 かるくボケる魔理沙の頭に、霊夢のツッコミがスパーン、と綺麗に決まった。

「それはこっちの台詞だっつーの! ボケてないで、さっさと用件を言いなさい。ロクでもない用事だったらあんた、二度とほうきを持てない体にしてから、パチュリーに引き渡してやるからね」

「おっそろしいこと考えるな……鬼かお前は。それだけはやめてほしいぜ」

 霊夢の脅しに本気でビビる魔理沙。

「よく聞いてくれ、実はだな、守矢神社でだな、なんと別次元と空間が連結されて、その穴から別次元の怪物たちが次々と押し寄せてきてるんだ! 幻想郷の危機だぜ、霊夢。敵は強力だ、お前の出番だ!」

 私と霊夢は、一瞬目を合わせると、ほぼ同時に魔理沙のほうを向いて、ほぼ同時にこう言った。

「かわいそうに……あんた、ついにキノコの食べ過ぎで幻覚を見てるのね。ここの掃除はもういいから、早く家に帰ってゆっくり休みなさい」

「永遠亭には、いいお医者さまがいますよ。頭に効くお薬とかももらえるんじゃないですかね?」

 二人から同時にかわいそうな子扱いをされる魔理沙。

「ちょっと待て、本当なんだって! 信じてくれよ、現場は相当ひどいことになってるんだってば。今は守矢の奴らや山の天狗たちががんばって抑えてるけど、それもいつまでもつか。霊夢、お前の力が必要なんだ。藍も、ついでに手伝え」

 魔理沙の必死の説得に、もう一度目を合わせる私と霊夢。

「それで、次元連結とか、別次元の怪物とか、一体なんなんですか。流石に作品違いますよ?」

「だいたい、妖怪の山なんかロクな奴いないんだから。一回跡形もなくなるくらいでいいのよ」

「霊夢、お前おっそろしいこと言うなぁ……鬼でも言わないぞそんなこと」

 霊夢さん、その発言は流石にアウトです。

「だいたい、守矢神社のことなら早苗とかに任せておけばいいじゃない。どうせあいつらがまーたなんかやらかしたんでしょ。なんでわざわざ私呼びにくるのよ」

 霊夢の疑問ももっともだった。

「それが、あまりに急に出てきたもんで対処が間に合わなくて慌てて神社を放棄したらしいぜ」

「ふーん。案外だらしないわねぇ、神奈子も。ま、いいか。守矢の奴らに恩を売っておくのもたまにはいいかもね。そんじゃいっちょ、別次元の怪物とやらをちょちょいっとこらしめに行きますか」

 んー、と伸びをして、ちょっとそこまで、といった気楽さでそういう霊夢。

「そうですね。ちょうどいい食後の腹ごなしになりそうですし。パーッと行ってサクッと幻想郷の危機とやらを救いますか」

「助かるぜ、二人とも」

 魔理沙が再びほうきにまたがり、出発の準備をする。すでに、霊夢と私もいつでも出撃できる体勢だ。

「魔理沙、終わったらちゃんと境内の掃除させるからね」

「うへぇ、怪物退治よりそっちのほうが大変そうだなぁ」

「私も手伝いますよ、魔理沙さん」

 三者三様、思い思いにいつもの通り軽口を叩き合いながら、私たち三人は妖怪の山に向かって出発した。幻想郷の危機を救うために。

 全速力で妖怪の山の麓にたどり着いた私たちの前に繰り広げられていた光景は、想像以上に深刻なものであった。

 妖怪の山のてっぺん、守矢神社を中心に沸いて出る無数の怪物たちに対して、妖怪の山の天狗や妖怪たちが総出で包囲網を敷き、被害を広げないようにしているが、倒しても次から次に無数に沸いて出てくる怪物の勢いに、妖怪包囲網は徐々にその輪を広げている。あのままではいずれ、薄くなった箇所から破られて、脅威が幻想中に拡散してしまうだろう。

「あらー、けっこうヤバそうなことになってますねぇ」

 私は、正直な感想を口にした。

「ったく、神社が占拠されてるどころか、完全にあそこが発生源になってるじゃない。核融合の次は次元連結システムでも研究してたわけ? ホント守矢はロクなことしないわね」

 霊夢は相変わらず、言いたい放題だ。私の記憶では、博霊神社もたいがいひどい目にあってるような気がしたけど、賢明な私はもちろん藪をつついたりはしなかった。

「とりあえずまずは守矢連中と合流してだな……お、いたいた、あそこだ。おーい、早苗ー!」

 山の中腹あたりに陣取っていた早苗たちを魔理沙が見つけた。さっそくそちらに合流して現在の状況を確認することにする。

「あ、魔理沙さんおかえりなさい、霊夢さん無事に連れてきてくれたんですね」

「ああ霊夢、よく来てくれたね。それに、八雲の式も来てくれたのか、ありがたい。状況は見ての通りだ、悪いが力を貸してくれ」

「博霊の巫女と普通の魔法使いが力を合わせれば無敵だね。ささ、いつもの通りパパーッと異変を解決しておくれよ」

 早苗と神奈子、諏訪子が、合流した私たちに声をかける。

「ちょっとあんたら、何、他人事みたいに言ってんのよ。ていうか、なんで神社があんなことになってんのよ。説明なさい、説明。どうせまた、あんたらがなんか余計なことしたんでしょう」

 霊夢のはげしい追求に、不自然に目をそらす神奈子たち。

「え、なんででしょうねぇ、アハハ」

「あ、ほら、あれじゃないか、惑星直列の影響とかそういう奴。グランドクロス。な、諏訪子」

「え、ああそうだね、妖怪の山の磁場が亜空間に影響して、たまたま神社と別次元がつながっちゃったんじゃないカナ、カナ」

 視線をあさっての方向に反らし、しらじらしい嘘をつく守矢一家。さすがの霊夢も、バカバカしさにそれ以上追求する気が失せるほどに。

「まぁ異変なんていつものことですから。原因はなんでもいいんですけどね。神奈子さんと諏訪子さんが協力すれば、こんな異変パパーッと解決できるんじゃないですか?」

 私は気になっていたことを二人に質問した。

「いやー、それはそうなんだけどねぇ、それがねぇ……」

 なんだか言いにくそうにしている諏訪子。

「敵の大ボスはあの穴の向こうにいるんだが、私らは、信仰を力にしているから、それが届かないあの別次元の向こうでは、力が出せないんだ。実は一回突入したんだが、こてんぱんにやられてしまってねハハハ」

「なによそれ……じゃあ、早苗は?」

「私も半分神様なので、力が半分しか出せなくて……」

 情けない神様たちだった。

「……はぁ。もういいわ。手伝ってあげるから、出すもん出しなさいよ。報酬は、あんたたちの集めた信仰の半分、いいわね」

「自慢じゃないが、今回の件で私たちの信仰はもうゼロよ!」

「いばれることかーッ!」

 スパコーン! 妖怪の山の空に、霊夢のツッコミが高らかに響き渡る。幻想郷広しといえども、軍神・八坂神奈子の頭をはたけるのは博麗霊夢しかいないだろう。

 それにしても、信仰って売り買いできるものだったのかと、座り込んで信仰の分配率について激しく交渉を続けている霊夢と神奈子を見て、私は思った。

 ちなみにこんなことをしている間にも、敵の増殖の勢いはとどまることをしらず、状況は刻一刻と悪くなっていく。面白いから私は何も口を出さず見ていたのだが、早苗がついに痺れを切らした。

「か、神奈子さま。そろそろまずいですよ、天狗たちの防衛網もそろそろ……」

「四割二分五厘! それ以上はほんと、勘弁してくれ、うちもけっこうギリギリなんだ ……って、なんだ早苗。え、ああ、確かにまずいな。よし、霊夢、さっそく頼む。あの穴の向こうにいるはずの敵の大ボスを倒せば今回の異変は治まるはずだ、頼んだぞ、幻想郷の未来は君たちにかかっている!」

「なにその他人事。ちっ、しゃーないわねぇ。四割三分。ほら、そうと決まれば、さっさと行くわよ、藍、魔理沙」

「はいはい、いつでもいいですよ」

「おう、いつでもいいぜ」

 そうと決まったら、ぐずぐずしていられない。まずは、どうやって敵の群れの中心に辿り着き、別次元とやらに行くかだが……

「時間もない、向こうまでは私が送ろう」

 そういって神奈子は、どこからともなく特大のオンバシラを取り出した。

 うながされるままに、それにまたがる私たち。

「しっかり捕まってろよ。しゃべったら舌噛むぞ。それじゃ、行くぞ。せーのぉ!」

 三人の乗ったオンバシラを軽々とかつぎあげ、ぐぐ、と力を込める神奈子。

「う お お お お お お お !」

 軍神の咆哮とともに放たれる特製のオンバシラの弾丸は、瞬間的に光速の千分の一程度の速度を出し、触れたもの全てを粉砕しながら、狙い過たず八坂神社の上空にあいた次元の穴に突入し、私たち三人を幻想郷ではない、別の時空に連れて行った。

 瞬間的に意識を失った私たちが気がついたときにはすでに、見慣れない世界の、異質な大地の上だった。

「い、いちちちち……神奈子の奴、なんちゅー無茶を……」

 横では霊夢が悪態をつきながら、なんとか起き上がってくるところだった。

「ああ霊夢さん、無事でしたか。それにしてもさすがに神様っていうのはいろいろ規格外なんですねぇ」

「ほんと、よく体がバラバラにならなかったわよ。帰ったら、思いっきりクレーム入れてやるんだから!」

 帰ったら、という言葉を聞いて、そういえば、と思った。

「ところで私たち、終わったら、どうやって帰るんでしょうね」

 まわりには、突入の衝撃に四散したオンバシラの破片が散らばっている。

「さぁ? まあ、なんとかなるでしょ、いつも通り」

 相変わらず根拠なしに気楽に言ってのける霊夢。に私の気も軽くなる。

「あれ、そういえば魔理沙は? もしかしてあいつだけバラバラなって吹き飛んだのかしら……」

「怖いこと言わないでくださいよ」

 たしかに、この場に魔理沙だけ見あたらなかった。と、そのとき、遠くから、私たちを呼ぶ、聞き慣れた声があった。

「おお~い、れいむ~。らん~。どこだ~。へんじしてくれ~」

 どうやら魔理沙も無事だったようだ。

「ああよかった、魔理沙さん無事でしたか」

「ひどい目にあったぜ……私がスピードに恐怖を感じたのは生まれて初めてだぜ」

 幻想郷最速クラスのスピード狂の霧雨魔理沙をしてそう言わしめるとは。早々に気を失っていた私は幸福だったのかもしれない。

「しかし……ここは一体、どこなんでしょうね」

 私は、回りを見回して言った。一体、どれくらい飛ばされて来たのか、見渡す限りの不毛の荒野に、幻想郷にはあれだけ沸いて出てきた怪物たちの影形すら、一つたりとも見あたらない。

「まあ、いつも通り、適当に飛び回ってたらそのうち元凶にたどりつくでしょ。巫女の勘は頼りになるんだから」

 そんなことはなんでもない、と言った様子で笑ってそういう霊夢。実際、いつもそんな行き当たりばったりで異変を解決してるに違いない。

「おっと、魔法使いの魔術的山勘も捨てたもんじゃないんだぜ」

「お二人の勘に頼るのも不安なので、私は科学的に妖怪センサーで探りますね」

 私は、九本の尻尾のうちの一本をピコンと立てて、なにか妖怪的なものの反応がないかを探った。ちなみに、他の八本の尻尾にもそれぞれ別の機能が割り当てられているのだけど……それはまたの機会にでも。

「よし、じゃ、行きましょう。巫女の神霊的勘によると、こっちの方角が怪しいわね」

 霊夢が、自信満々に北の方角を指さした。と言っても、この場所ではどこが北かもわからないので、北っぽい、だけど。

「私の魔術的占いによると、こっちの方角が怪しいぜ」

 魔理沙は、霊夢と反対の方向を指さしている。

「あら、私の科学的妖怪アンテナはこっちの方が怪しいと反応を示していますよ」

 私の尻尾アンテナが指したのは、霊夢とも魔理沙とも違う方角だった。

「……じゃんけんでどっちに行くか決めましょうか」

 どこまでも緊張感のない私たちだった。

「マスタァァァァァァ……スパアアアアァァァァァクッ!」

 魔理沙のミニ八卦炉から放たれた極大のレーザーが、前方の敵集団をまとめて蒸発させる。

「ふっふーん。口ほどにもない奴らめ。幻想郷の魔女の力を思い知ったか」

「ちょっと魔理沙さん、その台詞は負けフラグですよ……っと」

 軽口を叩きながらも、次々と敵弾幕をかわしつつ先に進んでいく私たち。

 あのあと、じゃんけんを始めた私たち三人だったが、互いの実力・運が拮抗し、あいこが実に七十六度に及んだ末、このままでは埒が明かないとの判断に至り、協議により『誰も示していない方向』にとりあえず進んでみる、との合意に達したのだ。

 そして飛ぶこと数十分……私たちは正解に辿り着いた。明らかに異質で邪気を放つ、城のような建造物を見つけた私たちがそこに足を踏み入れると、そこは無数の怪物が潜むまさに敵の本拠地だったのだ。それにしても、私たちの勘の頼りにならないこと。

「っと、危ないじゃないですか。『略式・多重結界』!」

 私のモノローグなど当然意に介することもなく次々に現れる敵の弾幕を、見よう見まねの結界で防ぐ。当然、紫さまとは精度も強度も段違いなので、時間稼ぎにしかならない。無事に幻想郷に帰れたら、結界術もちゃんと修行しようっと。

「あーもう、うっとうしいわねぇ。雑魚が何千、何万、何億匹来ようが、無駄だっていってんのよ!」

 あまりの敵の数に業を煮やした霊夢がついにキレて叫ぶ。懐に手をかけて、一瞬で精神を集中する。

「ホーミングアミュレット・ウルトラ乱れ撃ち!」

 霊夢を中心に、無数の――いや、無限とも思える数の退魔符が発射される。いくら敵が得体の知れない、無数の怪物どもといえども、さらにそれを上回る無限の博麗の追尾退魔符から逃れられるものなどあるはずもなく。弾幕の爆発が収まるころには、あたりで私たち以外に動くものはいなくなっていた。

 それにしても、あの符、一体どこにしまってるんだろう。

「いやー、流石です、霊夢さん。ちょうどいいですし、ちょっとここで休憩しましょうか」

 私は、袂からやきいもを三本取り出して、そのうちの二本を二人にそれぞれ手渡した。

「あんた、まだそんなん持ってたのね……感心通り越して呆れるわ」

 などといいつつ、ちゃっかり受け取って、さっそく食べ始める霊夢。

「えー、もう冷め切ってるんじゃないかそれ。やきいもはやっぱり、焼きたて熱々に限……お、美味いなこれ……」

「本当に美味しいやきいもは冷めても美味しいままなんですよ。それに、幻想郷では、昔からこういうでしょう?」

『腹が減っては弾幕は張れぬ』

 三人が、まったく同時に言った。顔を見合わせて、それから思わず噴き出して笑いあう私たち。

 こういうのも悪くないな、と私は思った。遠く幻想郷を離れても、私たちのいるところこそが幻想郷なのだと、そう思えた。「ところでよー、霊夢、お前あんなむちゃくちゃなこと出来るなら、最初からやれよー。マスパ、別に撃たなくてもよかったじゃんかよーキノコの無駄遣いだぜーぶーぶー」

 すっかりまったりモードになり、やきいもをぱくつきつつ、雑談モードに入る私たち。魔理沙は、さきほどの霊夢の離れ業に対し、ぶーぶーと文句をつけている。

「うっさいわねぇ、護符だってタダじゃないのよ。 ていうか魔理沙、あんただって、マスタースパークを全周囲に撃つ技とか派手なのいろいろあるじゃない、あれやればいいのに」

「いやー、あれはキノコ消費が激しくてなぁ。先を考えて、キノコ・パワーはなるべく温存しておきたいんだぜ」

「なによそれ……弾幕は火力、が信条の奴の言うこととは思えないわね。いい加減、キノコを魔法の触媒にするのやめたらいいのに」

「いやあ、キノコが一番、魔力の変換効率いいんだって。それに、魔法の森には毎日新種のキノコが生えるからな、研究材料には事欠かないんだぜ。あと、鍋にすると美味いしな」

「そういって毎日、得体の知れないキノコをうちに持ち込むのやめなさいよ。そういえば藍、あんた、戦ってるとき、あまり何もしてないように見えるんだけど。あんたもわざわざこんなところ来てるんだから、手ぇ抜いてないで、もうちょっとちゃんと働きなさいよ」

 霊夢の矛先がこちらに向かってきて、しかも痛いところを突いてきた。確かにさっきから私がしたことといえば、弾を避けたり防いだり申し訳程度にちょろっと妖怪針で雑魚を倒しているぐらいだった。

 しかしこれには、ちゃんと理由があるのだった。このままでは私の名誉に関わるので、ちゃんと言い訳をしておかねば。

「実はですね……さっきから、私の式を召還しようとしてるんですけど、どうもこの空間、妖怪電波の圏外らしくて、式が使えないんですよね」

 いつも紫さまや橙との通信に使っている尻尾も、ここに来てからずっとしょんぼりうなだれているのだった。

「やっぱりサボッてるんじゃない。紫に言いつけるわよ。ていうかあんた、いちおう尻尾九本の大妖怪なんだから、式なんか使わないでも戦えるでしょ」

 霊夢の指摘は、図星だった。実は、式が使えなくても、私には最後の切り札とでもいうべきものがあるのだった。もっとも、それは紫さまに禁じられているし、私自身も、その必要性を感じたことがなかったので、だいぶ長いこと忘れていたのだけど。

「霊夢さん、私のこの帽子ね、実は封印なんですよ」

「え、ああそうね、お札たくさん縫い付けてあるしね。で、その帽子取るとあんた、どうなっちゃうの」

「それはですね……」

 説明しようとしたそのとき、ものすごい轟音とともに地響きが起こった。それと同時に、例えようもない邪悪な威圧感がその場を支配する。

 そして現れたのは、まさに怪物どもの大ボスと呼ぶに相応しい、ひときわ巨大で荘厳な雰囲気をもった魔神の姿だった。

「■■■■■■■■■■■■■」

 大ボスが、何か言葉のようなものを発するが、それは私たちにはとても理解することができないものだった。そのまま彼は、大木の幹ほどもある腕を振り上げ、無造作に振り下ろす。

 その衝撃で、今まで私たちが立っていた場所どころか、その遥か後方の地面までもが大きくえぐれる。

「お、おい霊夢。ちょっとこれはまずいんじゃないか?」

 間一髪かわした三人だったが、魔理沙がその威力を見て、思わず息をのむ。

「そうもいきませんよ。私たちの背中には、幻想郷の未来が、かかってるんですから。今まですっかり忘れてましたけど」

「そうね、こいつを倒さないと、私たち幻想郷に戻ることすら出来ないしね。たぶん。ていうか倒してから、どうやって戻ればいいのかしらね」

「まぁそんなことは、倒してから考えようぜ! まずはどうにかしてこいつをやっつけるか。まぁ霊夢がスーパーがんばればなんとかなるだろう。霊夢が」

「ちょっとなにそれ、あんたがこの中で最大火力なんだから、あんたがウルトラがんばりなさいよ!」

「じゃあ私は、マイクロがんばりますねー」

「あんたはミラクルがんばりなさい! 本気出せ!」

 どんな危機的状況でも軽口を叩き合うことは忘れない。

 むしろこんなときだからこそ、心に余裕を。それが幻想郷の住人の心意気だ。

「それじゃ、せーので仕掛けるわよ。三、二、一、せーの!」

 霊夢の合図で、一斉に仕掛ける三人。幻想郷の未来をかけた戦いが、幻想郷ではない遠いどこかで、今、始まった。

「おーい、魔理沙、藍、いきてるー?」

 物陰に隠れて隙をうかがっている私に、離れたところから、霊夢が呼ぶ声が聞こえる。

「死んでます、あとはよろしく、どうぞ」

 などと適当に返しつつ、瓦礫の陰から弾幕をばらまいて牽制しながら、次の物陰へと飛び移る。既に戦闘が始まり数十分。その間に三人がかりで相当な量の攻撃を喰らわせたはずなのだが、敵はまだ倒れる様子もなく、元気に私たちに向かって大量の弾幕を張り続けている。

「悪い二人とも、キノコ切れだ、あとはまかせた!」

 敵のあまりのタフさに、魔理沙の魔法触媒も尽きてしまったようだ。周りを高速で飛び回り、牽制の攻撃を仕掛けてオトリになるのが精一杯のようだ。

「私もスペルカード打ち止めね。あとは針でちまちまやるわ。藍、そっちはどう」

「ん~、正直厳しいですね~」

 私は正直な感想を口にした。私も今できることは、低威力のレーザーを撃ち続けるぐらいしかない。これではハッキリ言ってジリ貧だ。

 ならば、どうするか。答えは一つ。

 本気を出す……つまり、九尾の封印を解くしかない。封印を解くと、紫さまがいなければ再封印はできないのだが、この際しょうがないだろう。こういうとき、私は悩んだりしない。

「二人とも、危ないですから、ちょっと後ろに下がっててくださいね。巻き添え喰らっちゃいますから」

 そういって、私は歩いて大ボスの正面に立つ。

「ちょ、ちょっとあんた、何やってんのよ、危ない!」

 私のやろうとしてることを察したのか、霊夢があわてて私を止めようと駆け寄ってくる。が、もう遅い。

 帽子に手をかけて、小さく解呪の呪文を唱える。ひとつ詠唱が終わるごとに帽子に縫い付けられた符が一つづつ消えていく。符は、尾の数と同じ九枚。八枚目の符が破れた時点で、既に私の体はほぼ獣の姿になっている。あと……少し。

「霊夢さん、魔理沙さん。この帽子を取った私がどうなるか。それがこの答えです。……さようなら、あとのことはよろしく」

「ちょっと、藍、待ちなさい、あんた、戻れなくなるわよ、藍、らーーーーん!」

 霊夢の叫ぶ声が最後に聞こえた気がした。

 そして同時に、最後の封印が解けた瞬間、私の理性と意識は内側に押さえ込まれ、代わりに、私の内にはるか昔に封印された魔獣、破壊と欲望と憎しみの化身。八雲紫と出会う前の自分自身。かつて世界を絶望に染めた金色の悪魔。名も無き九尾の妖狐が、この世界に出てきた。

 

 そこから先の記憶は、ほとんどない。

 ただ、断片的にフラッシュのように頭に焼きつく映像。夢か現かもわからない。

 本来の魔獣の身体を取り戻し、圧倒的な力で怪物に組み付く私。霊夢が、魔理沙が何か叫んでいるのが視界の隅で見えた気がする。はじけ飛ぶ血しぶきはいったい誰のものか。この痛みはいったいどちらのものか。

 わたしはいったいだれだったのか。

 滅んだ国の燃えさかる炎と瓦礫の上で嘲笑う獣が見える。これは一体いつの景色か。

 産まれてすぐに捨てられ、声無き声でないていた黒猫の姿が見える。

 あるいは、日傘とリボンの幻想。

 そして。血と、肉と、炎。炎。炎。

 混濁する私の意識が、このまま静かに消えていくのを感じた。不安はなかった。私がこのまま消えても、だいじょうぶ。きっと、なんとかしてくれる。

 

 ……だれが?

 

 紅白の蝶のまぼろしをみたきがした

 

 ……なにを? 

 

 あるいは黒白の流星

 

 ……いつ?

 

 それは一面の、あざやかなむらさき

 あたたかなオレンジ

 

 その中に、ぽつんとちいさく、あいいろがみえた

 

 世界が白くゆがんだ。

 なつかしいこえがきこえた。

 なつかしいすがたも。

 ずっとあっていなかったきがする。

 ずっと、あいたかった。

 ずっといっしょにいたかった

 ふたたびせかいがおおきくゆがみ、そして――――

 

 気がついたとき、私は、見慣れた天井を見上げていた。

 記憶が混乱している。全身くまなく、少しも動かせないくらいに痛い。そうだ、私はたしか、霊夢たちと一緒に……

「らんさまー! 目を覚ました、よかったぁ。うああああぁ」

 目を覚ました私に抱きついてきたのは、間違いようもない。私の大事な大事な黒猫だ。と、いうことは、ここは確かに八雲家で、ということは。

 私は、ゆっくり上半身だけ起こして、恐る恐る、橙の後ろに控えてる人物を見上げた。

「おはよう、藍。ご機嫌いかがかしら?」

 そう言って、にっこり笑う紫さま。長い付き合いの私にはわかる。間違いない、これは相当怒ってる……

「あ、あのぅ、紫……さま……? これはそのぅ……」

「霊夢と魔理沙は、ちゃんと無事に家に送り届けたわ。次元の穴も、既に完全にふさがって、再発の恐れはないわ。守矢の連中には、ちゃんとお仕置きしておきましたから。みんな、あなたを心配してましたよ。さて、ほかに質問あるかしら?」

「えーと、その……封印、やぶっちゃいました、テヘ」

「あら、そんなこと。 私はちっっっとも怒ってなんかいないわよ? むしろ私の心は、大事なだーいじな私の式が、無事に戻ってきた喜びで、張り裂けんばかりなの」

 そう言って紫さまは、身動きのできない私の身体をやさしくそっと抱きしめ……そして、思いっきり締め上げた。

「――――――――――――!」

 声にならない叫びが、この広い屋敷中に木霊する。それは、精神的にも肉体的にも、考えていたどんなお仕置きよりも恐ろしいものだった。なにしろ、物理的に、とても痛い。

「ま、こんなものでいいかしらね。藍、私はくどくどと説教はしませんよ。何がいけなかったのかは、自分でわかっていますね? とはいえ、元はといえば守矢の不始末ですからね。あそこに貸しを作った点を鑑みて、今日のことは不問にしますよ」

 そう言って、今度は本当の意味でにっこり微笑む紫さま。

 紫さまに言われるまでもなく、今日は反省点ばかりであった。自分の修行不足を、痛感する。動けるようになったら、霊夢と魔理沙にも改めて謝りに行かなければ。と、そこまで考えて、私はふと気づいた疑問を口にした。

「そういえば。紫さまが私たちを助けてくれたんですよね? あの空間、完全に通信が途絶えてたと思うんですけど。なんで助けに来れたんですか?」

 ああそれ、とさもなんでもないことのように言ってのける紫さま。

「あなたの帰りがあまりにも遅いから迎えに行こうと思ったら交信が途切れてましたからね。ということは、『どこにもいない場所』にあなたはいる。簡単な理屈ですよ」

 はぁ、と私は間の抜けた返事をした。なんだかわかったようなわからないような。まだまだこの人にはかなわないな、と痛感する。この人に並ぶには、そう、せめて私自身が自分の意志で九尾の力を完全に掌握できるぐらいにまでならなければ……

「ところで藍、さっきからずっと、あなたの式が何か言いたそうにしてるのですけどね」

 言われて初めて、橙がさっきからずっと、私のことを見上げてることに気づいた。

「橙、あなたにも心配かけましたね。今日一日、ありがとう」

 まだ痛む右手をそっと動かし、橙の頭をなでてあげる。

「あの、藍さま、無事でよかったです。今日が誕生日だって紫さまに聞きました。それで私、何か祝ってあげられないかと思って……私、特別なことは何もできませんけど、あの、藍さまの好物、たくさん作りました。たくさん食べて、早く元気になってください」

 なるほど、朝から家を追い出されたのは、一日中この準備をしてくれてたからか。ところで……ひとつ疑問が。

「で、結局守矢は一体何の研究をしてあんなことになっちゃったんですかね」

「ああ、なんでも、亜空間の研究をしてたらどこかの星系につながって、千年に一度蘇るその星の邪神が目覚めちゃったらしいわよ」

「ふーん……なんだか、どこかで聞いたことあるような話ですね」

「まぁ、解決したからそれはどうでもいいんじゃないかしら」

「そうですね。それより紫さま、私、おなかぺこぺこです。体動かないんで、なにか食べさせてください」

「いきなりあまえんぼになったわね」

「えぇ、今日一日休みって言われましたから。日付変更までせっかくだから甘えてみようかと思いまして」

「ええ、いいわよ。それじゃ、橙。お料理をここに運んでらっしゃい」

 はぁい、と元気な声を残して橙が台所に消えていく。しばらくして戻ってきた橙の手には、大量のご馳走が並んでいた。

「あら、橙、これ全部あなたが作ったの?」

 その色とりどりの料理を見て、私は素直に感心した。ここの料理は私が全て賄っていたのだが、いつの間にこんなに料理ができるようになったのだろう。

「はい、頑張って作りました! 藍さまのお口に合うといいですけど……」

 そういって橙が私の口にご飯を運ぶ。

「あら、美味しい」

 私は、素直な感想を口にした。橙は、嬉しそうに尻尾をパタパタさせている。

「それじゃ橙。明日から、私と一緒にご飯作りましょうか」

「はい!」

 橙の素直な返事が返ってくる。布団にいながらにして、かわいい弟子にご飯を食べさせてもらう……なんというかこれは、かなり、いい。殿様気分を堪能しつつ、ふと疑問が浮かんだ。

「ところで紫さま、私の誕生日って、今日なんですか? 私、自分がいつ生まれたのかもよくわからないんですけど」

 私のその言葉を聞いて、紫さまが呆れたような顔をする。

「やぁね藍。そんなことも忘れちゃったの? 確かに、九尾がいつ産まれたのかは誰にもわからないけど、今日はあなたが私の式の『八雲藍』になった日じゃない」

 言われて、そういえばそんなこともあったな、と懐かしく思い出す。

「すいません、なにせ私、八雲藍でいることが当たり前すぎて。てっきり、産まれてからずっと八雲藍だったのかと」

「あら、嬉しいこと言うじゃない。でも、そうよねぇ。私も、橙に聞かれるまで、そんな昔のこと、すっかり忘れてたし」

「あの、藍さま。私、尻尾も二本でまだまだ全然弱くて、藍さまに迷惑ばっかりかけてますけど……でも、がんばって修行して強くなりますから! だから、これからも見捨てないでください!」

 私は思わず、橙を抱きしめた。

「じゃぁ、橙がここに来た日も、これから祝わなくちゃいけませんね。私もまだまだですよ、橙。一緒に修行して、強くなりましょう」

 はい、と橙の元気な返事が響く。

「あら、いいわねあなたたち仲がよくて。藍、私からの誕生日プレゼントはそれよ」

 そういって私の頭のあたりを指す紫さま。つい頭を触ってみるとなんと、あのとき外したはずの封印帽が、新しくなってかぶせられていた。

「封印のパスワードは変えておきましたから、今度は勝手に外せませんよ」

 そういってにやりと笑う紫さま。

「頼まれても外しませんよ。もう体中バッキバキで。考えたら私、そんな肉体派のキャラじゃありませんし」

 実際、私が理性を保ったまま九尾狐の力を開放できるのは、もっと先の話だろう。

「でも、それが出来れば、あなたは真の最強になれる」

 私の心を読んだようにそういう紫さま。

「そうなったら、橙と一緒に独立して、幻想郷に巣食う大妖怪でも退治してまわりますかねぇ」

「あら言うじゃない。その日が来るのを楽しみにしてますよ」

 少し嬉しそうにそういう紫さま。

「ふぁ~あ」

 ひとしきりお腹がいっぱいになったら、今日の疲れがどっと

襲ってきた。

「それじゃ、下克上はまた今度ということで。今日は疲れたから寝ますね。橙、今日は一緒に寝てくれますか?」

「は、はい! 私寝相悪いですけど……なるべくおとなしくします!」

「あら、いいわね。私は混ぜてくれないの?」

「紫さまは寝相が悪いからいやです」

「差別よ差別! ぶーぶー!」

 ブーイングは当然スルー。どうせ、あとで勝手に私の布団に潜りこんでくるんだ、この人は。

 橙と手をつないで、彼女のあたたかさを感じながら、私は心地よい眠りの中に落ちていった。

 今日は、いい夢が見れそうだ。

 そして、明日からはまたいつもの一日がはじまる。

 おやすみなさい、という言葉は、もう声にならなかった。

 

 

                                        終

 

 
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