No.429884

6月3日古キョンオンリー新刊・サンプル

kiminonahaさん

2012年6月3日の古キョンオンリーで発行予定の
君野個人誌の表紙と本文サンプルです。
表紙はreiさんに描いていただきました。
内容は射手座パロで消失世界のその後の物語、という感じです。

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2012-05-29 21:09:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:914   閲覧ユーザー数:893

 

(プロローグより抜粋・古泉視点)

「……大丈夫ですか?」

「え……は、はい」

 床にうずくまったまま戸惑いを隠さない彼に、手を差し伸べる。

「立てますか? 手を貸しましょう」

「え、ええ? いやあの、大丈夫です! 平気ですんで。ほんと」

 彼は驚きと恐縮が入り交じったような顔で、あわてて両手を振り、僕の手を固辞しながら立ち上がろうとする。

 だが、僕はその彼の手を掴み、両腕を支えるように取って、彼を立ち上がらせた。

「顔を、見せてください」

「は、はあ……」

 戸惑いながらも、彼は素直に仮面に手を掛け、外す。

 ……やはり。『あの彼』と、同じ顔だった。

 すぐには言葉が出てこず、彼の腕を掴んだまま、顔を見ていると、彼がおずおずと口を開いた。

「……えーっと、あの? ……もしかして俺、何か疑われてるん、でしょうか?」

 間近で見る彼の顔には、戸惑いと疑問だけが満ちている。僕を懐かしそうに見ることもない。同輩に利くような遠慮のない口調でもない。

 ――こっちの俺に会ったら伝えてくれ。

 ――あがいてもムダだから観念して巻き込まれとけ、ってな。

 『彼』の言葉が、脳裏に甦る。 

 本当にそうだろうか。

 この彼を巻き込まない道も、あるはずだ。

 今――目の前で疑問と戸惑いに頭をいっぱいにさせているこの彼にしてみれば、『もう一人の彼』と、僕たち四人との出会いの物語など、さらなる戸惑いの種でしかないだろう。

「いいえ」

 僕は、かぶりを振った。

「……けれど、我々はあなたを探していました」

 皇女と僕の二人だけでは、閉塞した現状という扉を開くには、足りなかった。次に『彼』がきっかけで集めた二人がいても、それでもまだ足りない。

 だから僕は、心のどこかで早く彼に会いたいと願っていたんじゃないのか。

 それが扉を開く鍵になることを祈って。

「状況が落ち着いてから、あなたの都合が許す時で、構いません。お時間を取っていただけませんか」

 ――あがいてもムダだから観念して巻き込まれとけ。

 それが正しいかどうかは分からない。けれど、『あの彼』の言葉は、いつでも僕の中に滴り落ちている。

 観念して、巻き込んでしまいたい。

 往生際悪く、この彼をそっとしておきたい。

 どちらなのか自分でも決めきれないまま、唇は言葉を紡いだ。

「あなたに、会わせたい人たちがいるんです」

 

 

* * * * *

 

 

(プロローグより抜粋・キョン視点)

「涼宮皇女殿下の動向を知りたがってるお歴々は多いんだよ。若く美しく、国民に愛されている、国の威光と皇室の求心力を象徴する存在。……ところがどっこい、それだけの役割に押し込めとくにゃ優秀すぎるタマだ。何より、もうすぐ成人を迎えて結婚可能になる。この国じゃ伝統的に女子は皇位に就けないが、有力な皇族筋と結婚でもすれば配偶者が皇位をかっさらうかもしれん。そうならないまでも、議会で新しい有力勢力の一角として躍り出てくるかも……なんて考える連中もいるらしい」

 会長は慣れた様子で悠々とワイングラスを傾ける。一方で、俺はテーブルマナーすらおぼつかずおっかなびっくりだったので、この夜の料理の味なんてほとんど覚えちゃいない。

「だが、近衛司令の古泉が近衛の名に恥じない仕事をしてるらしくてな。皇女近辺の内部情報を探るのは骨だ。外から間諜を送り込むにしろ、内部の者を籠絡するにしろ、な」

 ワイングラスをテーブルに置いて、会長は言った。

「その古泉司令も母方が皇族筋だし、皇女の配偶者候補として一番の警戒先ともっぱらの噂だぜ。だから、お前に皇女からのお召しがかかったのは渡りに船だったわけだ。皇女殿下と、古泉司令。この二人の動向に関する情報を喉から手が出るほど欲しがってる『お客様』はな、ごまんといらっしゃるんだよ。商売人がここで商魂見せなくてどうする」

 悪びれもせず言い切った会長に、思わず溜息が出る。

 この人相変わらずだな。こうでなきゃこの若さで海千山千の役員たちを束ねる会長なんぞ務まらないんだろうが。

「……俺は、このままそちらで働かせてもらいたかったんですけどね」

「知ってるよ。職長からのお前の評価も聞いてる。バイトでも長く務めてもらってるから新人教育の手間が省けるし、俺としても本来ならそのまま勤めてもらいたいとこだったんだが」

「言っときますけど慣れてて居心地がいいからだけじゃないですよ。俺はこれでも先輩……会長には本当に感謝してるんです」

 俺なりの最大限の謝意を込めて、俺は言葉をついだ。

「両親が死んだあとカレッジを辞めずに通い続けられたのも、会長が相続とか奨学金の手続きとか、バイト先の斡旋とか……いろいろ手助けしてくれたおかげですし」

「なら、お前の希望とは違う勤務先だろうが仕事で貢献して恩を返してくれ」

 言われた言葉に、頷くほかない。正論だし、俺自身が思っていたことだ。まさか勤務先がここまで斜め上に違っちまう展開は予想していなかったが。

「いくらお前がかわいい後輩と言っても、俺も慈善家じゃないんでな。――お前のご両親は親父の代にうちによく貢献してくれた社員だったし、お前が学生のうちは学業が本分だからしょうがねえだろと思って無条件で面倒を見てきたが」

 言い方は辛口だが、その実俺の窮地に一番助力を惜しまなかったのはこの人なのだ。会長がいなければ今の俺はここにはいない。

「……お前の妹、根治手術を受けられる体力がつくまでにはまだ何年もかかるんだろ? その間の入院と治療、生活費、養育費。この先お前の稼ぎと遺族年金だけじゃ荷が勝っちまうと思うがね」

 その通りだ。これまでは、足りない分は親が遺してくれた貯金を取り崩してやりくりしてきたが――

 その貯金も無限じゃない。手術の費用としてある程度は残しておかないといけないし、どこかで必ず金の問題は発生する。

「お前の扱いは、お前の本来の就職先からの出向ってことで話はついてるから。いざって時にゃうちが後ろ盾についてやれる。報酬はさっきも言った通り、お前の妹にかかってる費用の全額負担だ。悪い話じゃないだろ?」

 悪い話じゃない。悪くないどころか、この上ない。

 両親が事故死して以来、うちは兄妹二人きりだ。だから今、妹を守ってやれるのは俺だけで、俺を家族と呼んでくれるのも妹だけしかいない。

 身を粉にして働いてでも、たった一人の家族だけは守ると決めていた。

 だからそれが可能な選択肢を提示してくれているこの話は、俺にとっても渡りに船のはずなんだ。

 

 

* * * * *

 

 

(抜粋・キョン視点)

「――ね、簡単なことよ。あなた、大事な家族と、赤の他人とを目の前に並べられて、どっちかの命しか助けられないと言われたら、どっちを選ぶ?」

「どういう意味だ」

「そのままの意味よ。……こんな風に思ったことはない? あなたが近衛艦隊基地で働いてる間、妹さんは病院で一人。その間の彼女に危害を加えようとするものがいたとして、誰が守ってくれるっていうのかしら?」

「てめえ――」

 思わずつかみかかった俺の手を、朝倉はお嬢様風の外見からは想像もつかないほど軽い身のこなしでかわす。

 つんのめった俺は、そのまま転ぶように床に手と膝をついてしまった。

 手のひらと膝に走る衝撃、鈍い痛み。……呆然とする俺の背中に、朝倉の声が降ってくる。

「嫌なら今すぐ妹さんを退院させて、どこか外国の星系政府にでも亡命して二人で暮らしてみる? 伝手も働き口もなしに、どうやって彼女の面倒を見ていく気かしら」

 床についた手に勝手に力が籠もり、がり、と爪が立てられる。

 そんなこと出来るわけない。もし、ここで俺がすぐに病室にとって返して妹を連れ出して逃げたとして――手持ちの金と貯金の取り崩しでどこまで逃げられる?

 逃亡の道行きで、妹の体力が尽きたら?

 首尾良く逃げ切れたとして、妹が安静に過ごせる場所と、専門の主治医。それらを探して賄うのにいくら掛かる?

「――ね? 答えは簡単じゃない」

 

 

「ひとつ教えろ」

「なあに?」

「古泉司令を殺した後、俺はどうなる」

 その問いに、朝倉は数瞬、沈黙した。

 曲がりなりにも天下の皇女殿下が召し抱える近衛艦隊の司令官を暗殺するんだ。逮捕されれば殺人罪以外にも反逆罪だの何だのと罪状がばっちりつくだろう。

「俺を捕まらせず、逃げおおせさせてくれるのか? それとも、俺は捨て駒か」

「――ちゃんと逃げてさえ来れば、後のことはクライアントが保障してくれるそうよ。頑張ってね。期限は、彼が皇女に随行して本星に出かけてしまう前までよ」

 あからさまに嘘くさい口約束に、乾いた笑いが出る。

 そのクライアントってのはそもそも誰のことだ。会長か? それとも会ったこともない、名前も知らない、情報の買い手のことか。誰に確かめればいい?

 どちらにしろ、きっと今さらノーとは言えない。

 暗殺指令なんておおごと、断わったなら朝倉は即座に俺の口を封じるだろう。生き証人は、死人に口なしに変えるのが一番手っ取り早い。

 ――なんで、こんなことになったんだ?

 

 

* * * * *

 

 

(抜粋・古泉視点)

 横手を見れば、そこにはガラス張りの壁の向こうに広がる明るい庭がある。皇女の執務室と居室はごく近い位置関係なので、こうして庭の眺めを楽しむことが出来るようになっているのだ。

 強い日差しの中に随分濃くなった緑が映えて、その下に出来る陰影も、濃い。

「……夏が、来ますね」

 立ち止まって、呟く。

 ここの四季は、本星の首都――殿下と僕の、生まれ故郷の季節と同期するよう設定されている。もうすぐ帰る本星も、今頃は夏を迎えているだろう。

「誕生日の式典を越えたら、また、庭でお茶でも飲みたいですね。――いえ、いっそのこと内輪で殿下の誕生日のお祝いをするというのもいいかもしれません」

 僕は振り返り、長門さんに微笑みかけた。

「昔はよく、誰かの誕生日の度に庭でガーデンパーティーを開いたんです。殿下の誕生日にも。公式のものとは違う内輪のお祝いとしてね。時には本人に内緒でこっそりと企画して、サプライズパーティーにしたこともありましたよ」

 ……殿下の誕生日が記念式典や社交の集まりための日になってからは、日をずらしてパーティーを行うようになった。

 少女だった殿下が毎年、気のないふりをしながらも今年はいつお祝いをしてもらえるのかなと何日もそわそわしていたのをよく覚えている。一日中そわそわした末に、今日は違うのかとがっかりした頃にみんなでクラッカーを鳴らして驚かせ、怒られたこともあった。

 僕たちもそれができたら、いいかもしれない。

 そこに彼も加わってくれるなら、なおいい。そうなれるかどうかは、彼次第であり、僕次第なのだけれど。

 

 

* * * * *

 

 

(抜粋・キョン視点)

「……僕はずっと、あなたに訊きたいことがあったんです」

「……なんだよ」

 それが何なのかは、予想が付いていた。あの日、俺が逃げ出した時に、訊こうとしていた質問。

「――あなたはなぜ、ここに来たんですか?」

 静かに、古泉司令が俺を見る。

「ずっと気になっていたのに、あなたが何と答えるのか怖かった。――しかし本当は、一番初めに訊くべきだったんです。教えてください。あなたの気持ちは、今どこを向いていますか」

 懇願するような瞳に、言葉が詰まる。

「今さら……」

 気がつくと、膝の上で拳を握りしめていた。

「今さら、だな。ほんとにそんなことは、もっと最初に訊いておくべきだろ」

 だいたい、こっちこそ聞きたい。そう言うお前らの気持ちは、誰に向いてるってんだ。

 俺か? それとも『あっちの俺』か? 俺は『あっちの俺』の身代わり人形だったか?

 ――俺の方こそ、怖くて訊けやしない。

「僕は――」

「手遅れなんだよ。……ばか」

 古泉の言葉を聞かず、俺はポケットに手を伸ばして出来うるかぎり素早く銃を引き抜いた。

 


 
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