町外れ、人気の無い広々とした場所。そこにウィッチハットを被った赤い服の少女が、手に武器を取り、素振りをしていた。
ドクトルマグス特有の、杖の先端に専用の器具で短剣を取り付けた、杖剣ともいえる武器を槍の様に振るっている。よく見れば汗ばんでおり、それなりの時間、真剣に取り組んでいたのが見て取れる。
しばらく樹海の迷宮に挑む予定の無い冒険者が、様々な場所でトレーニングする事は、さして珍しい光景では無かった。
「ここにいたか。……精がでるな。シトラス」
足音無く近づいてきた男に、シトラスと呼ばれた少女は杖剣を振るう手を止め、声の主に振り向き、不機嫌に答えた。
「別に。単なる暇つぶしよ。…何か用? ウッディ」
暇つぶしというのは、嘘だ。暇つぶしなら、こんなに疲れる程武器を振るいはしない。努力する所を人に見られるのが、嫌なだけ。
そして、少女がウッディと呼んだ男は、同じギルドに所属する仲間であり、天然の迷宮たる樹海で生き残る知恵と技術を豊富に持つレンジャーだ。頼りになるが、どうにも口数と愛想が無い。
「……シトラスの意見を聞きたくてな」
「意見?」
「スリープアロー、パラライアロー、ポイズンアローのどれがいいだろうか?
ドクトルマグスである、キミの意見を聞きたい」
「……詳しいのね」
シトラスは、ウッディの言葉に少しだけ驚いた。
ドクトルマグスの能力は、大きく巫術と巫剣の二つに分けられる。
巫術は、治癒や仲間の強化・補助を中心とする術。そして巫剣は、相手が麻痺してたり、状態異常を受けていたりする時に、最大の効果を発揮する特殊な剣技だ。
そのため、新たな弓の技を覚えるにあたって、連携を考えて自分の所に相談を持ちかけたのだろうが、よくドクトルマグスの事を知っていたものだ。
「グラッジが調べていたんだ。同じ回復役として、シトラスが何が得意なのかを知るためにな」
「…そう」
グラッジは同じギルドのメンバーのメディックだし、その言葉に納得できた。
そして、シトラスは幾分かの間を置いて、答えを発した。
「なんだっていいんじゃない? あたし、巫剣のスキルなんて覚えてないし。」
「……それは『今は』だろう。まだまだ迷宮は奥まで続く。魔物も強くなる。
より戦略や連携が必要になるんだ。先を見越しておいて損はない」
ウッディは、いい加減な返答を受けて不機嫌になったのか、やや目付きを鋭くした。
それに逃れる様に、シトラスはぶんぶんと顔を振る。
「うるっさいなぁっ! あたしは技なんて必要ないの! 治癒役としては十分だし、前衛としても十分やっていけてるでしょ!!
あたしは巫剣なんて大っ嫌いなのっ!」
早口でそうまくしたてれば、少女は大股で歩きさった。
「……」
残された寡黙なレンジャーは、怒った少女が歩いてゆくのをジッと見ていた。何かを考えるかの様に。
シトラスは、ドクトルマグスたる自分にプライドを持っていた。
冒険者として前衛で戦うため、接近戦の訓練も受けたし、巫術による治癒・補助だってできる。
他の偏った能力を持つ冒険者たちなんかより、自分は偉いって。
でも、ドクトルマグスに、敵に状態異常をかける技は無いから、『誰かに状態異常をかけてもらう必要がある』巫剣の技は好きじゃなかった。
「馬鹿みたい。このシトラス様に補助なんて必要ないに決まってるじゃない」
雲の上まで伸びる世界樹を見上げて、そう、一人ごちた。
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別所に掲載したSSです。世界樹の迷宮2の、Myギルドメンバーの妄想です。