side 少女
私は今トキワの森に来ている。
トキワの森はトキワシティからそれほど遠くはなく、町を出てものの数分で森の入り口に着くことができるくらい近くにある、自然がとても豊かな大森林だ。
虫ポケモンや鳥ポケモン、そしてそのほか多くの種類のポケモンたちが生息していて、まだ10歳に満たない私はパートナーとなるポケモンを連れてなくて、町のみんなも危ないから近寄らないようにと言ってはいるのだが、それでも子供ながらのものか好奇心を抑えきれずみんなの目を盗んで度々この森に遊びに来ている。
確かにスピアーとか気性の荒いポケモンたちもいるけど、スピアー達の縄張りに入らなければ基本それほど危険性はないことを私知っている。
時々その縄張りから出ることもあるが、それは本当に稀なことだ。
この森のポケモンたちの縄張りは大きく分け3つに分類されている。
まず第一に、先ほど言ったスピアー達の縄張りだが、これはだいたい森の西側に位置している。
知らないうちにスピアー達の縄張りに入ったらもう目も当てられない、下手をすれば縄張りを超えてまで獲物を追いかけてくることもある。
第二に……まぁ、簡単に言ってしまうとスピアー以外のポケモンたちの縄張りだ、これはだいたい森の東側に位置している。
基本的に気性が穏やかで、その縄張りに入っても滅多に襲ってくることもなく、トレーナーやそれ以外の人たちがトキワシティからニビシティへと行くときに使う道もこちらにある。
まぁ、オニスズメなどといった一部危ないポケモンもいるが、それでもスピアーに比べたらいくらかましで、こちらから何かしない限り襲ってくることは稀だ。
そして第3に、縄張りといったがこの3つ目は基本どのポケモンの縄張りでもなく、そこは森の中心部に位置している。
その場所は緑が豊かであるトキワの森の中でも更にひときわ木々が生い茂っており、さらにその周囲にのみ常に濃い霧が発生していて、人だけでなく森に住むポケモンですら簡単には入ることができない場所であり、まだよく知られていない部分が多い場所らしい。
……なぜ、10歳にも満たない私がこれらのことを知っているのか、それはもちろん何度も来たからということもあるが、それ以外にも理由がある。
その理由を言う前に少しこのトキワシティというところについて説明をした方がいいかもしれない。
トキワシティはトキワの森という大森林が近くにあるため、その恩恵を受け空気が澄んでいて更に質のいい木の実なども取れることで有名であり、わざわざ遠くから木の実を買うためだけに来る人や、療養目的で疲れを癒しに来る人もいるほどのカントー地方でも、いやカントー地方以外であってもだろうか、有数の名所と言える場所だ。
だが、その恩恵というのはただそれだけのことではない。
このトキワの森には、不思議な力があるとかなり昔から伝えられている。
大昔からあり続けるその広大な森は、それだけでかなりの神秘性を孕み、尚且つその森の深部ではその神秘性に引き寄せられてか幻のポケモンといわれるミュウを含め、その他にも珍しいポケモンが度々目撃されているようだ。
先ほども言ったが、深部では他のところ以上に木々が生い茂り、それに加えて常に濃い霧が発生していることもあり人はおろか、森のポケモンでも簡単に入ることができない場所だ。
しかし、そこに一切ポケモンが生息していないかと言われればそうでもなく、そこにもちゃんとポケモンは生息している。
……ただ、そこにいるポケモンたちは他と比べて比較的強い力を持っているようだが。
大昔からあり続ける大森林、その神秘性、そして他の場所以上に強いポケモンたちが存在する謎に包まれた森の深部。
それらの事から、トキワシティに住む人の中にはそこを神聖な場所として「聖域」と呼ぶ人もいるようだ。
たまに興味本位で「聖域」に入ろうとしたトレーナーが過去にもいたらしいのだが、ほとんどのトレーナーが逃げて帰ってきてしまう。
その生半可な力では入ることができないところも、その場所がよく知られていない原因にもなっているのかもしれないし、「聖域」と呼ばれる所以なのかもしれない。
ならば空からという人もいたのだが、それもその領域に住むポケモンたちが邪魔をしてうまくいかない。
だが、それでも絶対に入れないというわけではなく何人かのとても強いトレーナーは「聖域」の最奥に行く着くことができたらしいのだが、そのトレーナーたち全員がなぜか口を閉じて語ろうとはせず、それでもしつこく聞こうとするとそのトレーナーたちは口をそろえて同じことを言っている。
「あの場所は人が踏みにじってはいけない場所だ」
まぁ、森の深部の話はそれくらいにしておくとして、そんなトキワの森の不思議な力のせいかどうかはわからないが、このトキワシティでは数十年に一人の割合で不思議な力を持った子供が生まれてくる。
その力とは
「ポケモンの意思を読み取り、ポケモンの傷を癒す力」だ。
……ここまで言ったらもう気づいてるかもしれないけど、何の偶然かその不思議な力を持って生まれてきたのが私だ。
◆◆◆◆◆
最初に気付いたのは5歳くらいの時。
両親が共働きで、私は家でいつも一人ぼっちだった。
そんなある日、ついに家で一人でいることに我慢できなくなって、誕生日に買ってもらったスケッチブックとクレヨンを手に取り家を飛び出した。
当てもなく歩き回って最終的にたどり着いた場所、それがこのトキワの森だった。
その時、私は初めてトキワの森に入ったのだ。
そこで見るものすべてが初めてのものばかりで、私は初めて両親に誕生日のプレゼントをもらった時と同じくらい、いや、それ以上の感動を覚えた。
周りは大きな木でいっぱいで、たくさんのポケモンたちが楽しそうに追いかけっこをしていたり、美味しそうに木の実を食べたり、気持ちよさそうに眠っていたりしていた。
そんなポケモンたちの姿を私はいつの間にか無我夢中でスケッチしていた。
絵なんて初めてだったからうまく描けなかったが、それでもポケモンたちの姿を描いているだけで時間を忘れるほど楽しくてしょうがなかった。
何日も何日も、そして何枚も何枚もポケモンたちの絵を描いた。
何度か町の人たちに一人で森に行くのは危険だからと注意をされたが、もちろん私は止めることなどできなかった。
そしてそんなある日の事、その日も私はいつものようにポケモンのスケッチをしていた。
この日は気持ちよさそうに眠るコラッタの絵を描いていた。
何枚も絵を描いていることもあって、最初の頃よりはうまく描けているんじゃないかなぁと、描いている途中の絵をジッとみてみるが、自分じゃよくわからない。
ただポケモンの絵を描いているだけで楽しいとはいっても、やはり描くからにはうまく描きたいと思うもの。
いつかもっとうまく描けたらいいのにと思いながら最後まで書き上げ、溜息を一つ。
『わぁ、上手だね!』
そんな時、いきなり誰かから声をかけられた。
私は慌てて声の方を振り返ると、そこには誰もおらず……いや、一匹だけいた。
さっきまで私がスケッチしていたポケモンのコラッタが、いつの間にか私のそばに来て描いたスケッチを覗き見ていた。
「……え?」
『いつも君が森に来て絵を描いていたから気になってたんだ! こんな上手に描いてくれてありがとう!』
「え、えっと……どう、いたしまして?」
……それが、私とポケモンの最初の対話だった。
◆◆◆◆◆
最初のころはいきなりのことで戸惑っていたけど、今ではその力のおかげでたくさんのポケモンたちと友達になれたから、この力には感謝している。
ちなみにこの力のことは両親以外に話してはいない。
ポケモンたちが、私のこの力を狙って悪い人たちが私を利用しようとするかもしれないから、秘密にしておいた方がいいって言っていたからだ。
私もこの力が悪い人たちに利用されるなんていやだ、だからこの力のことは私が自分のことを自分で守れるようになるまでは他の人には言わないようにしよって決めた。
そのことを両親に伝えたら、快く了承してくれた。
何の苦言もなく、快く了承してくれたことに私は疑問を覚えたのでそれを聞いてみると、なんと前の森の恩恵を受けて生まれてきたのがお母さんのお母さん、私が生まれる前に死んでしまったというおばあちゃんだったのだ。
その当時、おばあちゃんはその力のせいでいろいろ苦労したそうで、そのことをお母さんはよく聞かされていたそうだ。
だからだろう、私の話を聞いて快く了承してくれたのは。
さて、今日もいつものようにスケッチをしに来たんだけど、今日はそれだけが目的じゃない。
昨日の午後から急に雨が降ってきて、いつものようにスケッチをしていた私も慌てて帰ったんだけどその途中で雷が森に落ちたのが見えた。
雨が降っていたから山火事にはならないとは思うんだけど、もしその雷がポケモンたちにあたっていたらと思うと心配だった。
だけど、私の最初の友達のコラッタ、ラっちゃんが早く帰らないと雨で濡れて風邪をひくと私のことをとても心配していたので、昨日は後ろ髪を引かれる思いで家に帰ったんだ。
そのことがどうしても気がかりで、今はスケッチをする前にその雷が落ちたところを見に行くところ。
だいぶ歩いて雷が落ちたところに近づいてきたのか周りの木々が焦げていたり倒れていたりしている。
ここに来る途中、倒れていたり怪我をしているポケモンたちはいなかったからうまく逃げることができたんだと思う。
そしてそこからそれほど歩くこともなく、雷が落ちたのだろうと思われる場所にたどり着いた。
そこは先ほど以上に被害がひどかった。
雷が落ちたと思われる場所は小さなクレーターができており、その周囲は雷によって破壊されたと思われる木々が散らばっていた。
「うわぁ、すごい。真っ黒こげだぁ」
クレーターの中心が焦げて黒くなっている。
クレーターの範囲、焦げ具合、周囲の被害、どれをとってもすさまじい威力だったのだろうと、そう想像するだけで怖気がする。
……ン……ブ……ブーン……
「……ん?」
そんな時、少し離れた茂みの奥から何やら音が聞こえてきた。
その音に何の音だろうと疑問が浮かぶが、次第に大きくなっていくその音に私は嫌な予感がし、心臓の音がどんどん大きくなっていくのがわかった。
……ブーン……ブーン、ブーン……
「ま、まさか……」
その音は間違いなく羽の音。
この森の中でも、空を飛ぶポケモンは限られている。
鳥ポケモンであるポッポやオニスズメ、数は少ないがそれらの進化系であるピジョンやピジョット、オニドリル。
しかし、この羽の音は鳥ポケモンのはばたく音とは違う。
そして次に思いついたのがバタフリーだが、この羽の音はバタフリーとも違う。
この羽の音は確かに虫ポケモンの羽の音だろうが、その中でもかなり独特の羽の音。
そして、この森にいる虫ポケモンの中でこの羽の音にぴったりと合致し、そして嫌な予感がするほどの危険なポケモン、それはもうあのポケモンしかいない。
高速で飛来し、縄張りに一歩でも踏み込んだ者には容赦せず、狙った獲物は執拗に追いかける森のハンター。
その鋭い針は岩をも容易く貫通させるほどの威力を持つといわれている危険なポケモン。
……スピアー
「は、早く逃げなくちゃ!」
私はそのポケモンに思い至った瞬間、町の方に向かって走り出した。
私は走りながらも疑問に思う。
なぜ? なぜ、スピアーがこんなところに?
この場所はスピアーの縄張りからそんなに離れてはいないが、それでも縄張りの外だ。
今はスピアーの気性が一番荒れていて縄張りの外に出る可能性がある時期とされている繁殖期や成長期とも違うから安心していたというのに。
そう考えているうちに、ついに茂みの中から恐れていたポケモン、スピアーが飛び出して、逃げている途中の私に向かって襲いかかってきた。
そのスピアーは体の所々がうっすらと煤けていて、目が赤く輝いているという、怒っている時か、または混乱している時によく起きるといわれている現象が起きていた。
そんなスピアーの様子に私は一つピンときたことがある。
「も、もしかして、昨日の落雷がスピアーの縄張りにも落ちてたの!?」
私が昨日見た落雷は一つだけだったが、あの後も何度か雷が落ちる音が聞こえていた。
そのいくつかが、もしかしたらスピアーの縄張りに落ちてしまい、パニックを起こしたスピアーが縄張りを離れてしまったのかもしれない。
それなら、あのスピアーの体の所々が煤けているということも納得できる。
この森には炎を使うポケモンなどいないのだ。
あんな状態になる原因は少なく、トレーナーとのバトルのせいかもしくは今回のように落雷による被害くらいなものだろう。
とにかく、今はスピアーがあのようになってしまった原因がどうとか考えている暇などない。
いつも一緒にいてくれる頼りになる友達のラっちゃんは今はおらず、私に残された道は逃げるしかない。
ただでさえ素早いスピアー相手に子供である自分がどこまで逃げ切ることができるかはわからないが、それでもここであきらめてしまったらすべてが終わってしまう。
私は必死にスピアーに追いつかれないように走り続けた。
……しかし、やはり子供の足、いや仮に大人の足だったとしてもスピアー相手に逃げ切れるはずもなく、かなり離れていたはずの距離がほんの数秒で縮められてしまった。
スピアーは私にその大きな針を突き刺そうと針を向けてきた。
「ッ! ……きゃっ!?」
もう少しで私に届く、そういったところで私は何かに躓いて倒れてしまい、狙っていた針は私の少し上を素通りしてしまった。
スピアーも急に目の前からいなくなった私に慌てたようだが、しかしその加速していたスピードのせいで急に止まることはできず、そのまま少し先にあった木にぶつかり針を刺してしまった。
何に躓いたのか、それを見ると地面から出ていた木の根っこだ。
どうやら走ることに必死になり、足元の注意がおろそかになっていたようだ。
しかし、そのおかげというのもおかしいが、スピアーの攻撃をかわすことができた。
スピアーを見ると流石は岩をも貫くといわれている鋭い針、木に深々と刺さってしまったようでなかなか抜けず四苦八苦しているようだ。
私はこれ幸いと立ち上がり急いでこの場から走り出す……ことはできなかった。
「うぐっ! ……い、痛い」
立ち上がろうとしたその時、急に右膝に激痛がはしりその場に崩れ落ちてしまった。
どうやらさっき転んだ時に膝を痛めてしまったようだ。
そのことに私は軽い絶望感を覚えたが、せめて少しでも距離を稼ごうと何とか立ち上がり、痛む右膝を引きずりながらその場を離れる。
……しかし、それは無駄なことだったかもしれない。
私がその場所からそれほど離れていないにもかかわらず、どうやらスピアーは木から針を抜くことに成功したようだ。
それほど離れてもなく、隠れることさえもできなかった私はすぐにスピアーに見つかってしまった。
私を見つけたスピアーは再び私を攻撃しようと針を向けて突撃しくる。
それに慌てた私だがそれがいけなかったのか、急いで逃げようとした時に足を痛めたことをすっかり忘れてしまい全力疾走しようとして、再び右膝に激痛が走りその場に倒れてしまった。
さっきは攻撃を受ける瞬間、急に倒れたおかげでやり過ごすことができたが、今度はそうはいかない。
スピアーは私が倒れたところをその目でとらえ、攻撃する位置を修正してきた。
対して私は膝の痛みで動くことができない。
仮に動けたとしてもすでにスピアーとの距離はあまりなく、どのようにしてもスピアーの攻撃から逃れる術を私は持ち合わせてはいなかった。
先程木を貫いたところを見る限り、スピアーの針が岩をも貫く威力を持っているということはもはや疑いようのない事実だろう。
そんなもので攻撃されれば、私程度何の抵抗もなく串刺しにされるだろう。
そんな絶望的な未来を想像してしまい、私は怖くなってスピアーの攻撃が私に届く瞬間身を強張らせギュッと目を閉じた。
……その時だ
ギィシャァァァアアアアァァァアァアァ!!!!!!
私の近くで雷鳴が轟いた。
「……ふぇ?」
つい先程まで私を支配していた恐怖が突然の雷鳴により、恐怖から驚愕へと変わった。
私は突然のことに戸惑いつつもゆっくりと目を開ける。
すると、目の前には私を襲おうとしていたスピアーの姿がなくなっていた。
どこに行ったのか探してみると、簡単に見つかった。
スピアーは私から離れたところの木の下にいた。
しかし、ただいただけではなく、体中がやけどをしていて羽はボロボロ、気を失っているのかどうかはわからないが、ダメージが酷いようでその場から動けずにぴくぴくと痙攣していた。
なぜスピアーがそんなことになっているのか、そんなことはわからないが、これだけはわかる。
……どうやら、私は助かったようだ。
……ガサッ
「ッ!?」
そう安堵した瞬間、スピアーとは反対方向、つまりスピアーを見ていた私の後ろの方向から、物音が聞こえた。
スピアーのことで神経質になっていた私はその音に必要以上に驚き、視線を向ける。
するとそこにいたのは、スピアーのような危険なポケモンなどではなかった。
むしろスピアーとは正反対に、見るものすべてに恐怖を与えるような風貌ではない。
黄色い体に尖った耳、雷のようなギザギザの尻尾、真っ赤な丸い模様が頬についたこの森でも滅多に人前に姿を見せることはないポケモン。
そのポケモンは体中酷いやけどを負っていて今にも倒れてしまうのではないかというほど酷い怪我をしているにもかかわらず、しかしその目には戦闘不能寸前とは思えないほどの強い力が籠められており、その目を私に、いや私の後ろにいるスピアーに向けていて、その頬からは電気が迸っていた。
その姿を見てようやく気付く、どうやらスピアーを撃退し、私を救ったのはあのポケモンなのだと。
「……ピ、ピカチュウ?」
そう、それが私を助けてくれたポケモンの名前。
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4話です。
今回はピカチュウとは別の人視点。