左慈SIDE
『鳳雛』で割られた『氷龍』は二度とその力を使えず封じられた。
もはやただの刃に過ぎないその鉄の塊には、もう以前のような冷たさはない。
けど、ほんの少しだけ残っているこの剣を造った者の気配が……
近くにもう一本ある。
「一刀…北郷一刀は今どこに?」
「甘寧さんを助けに行きました」
「誰が付いて行ったの?」
「周泰さんです」
「足りないわ……遙火、北郷一刀を助けに行きなさい。早く」
「…うん」
遙火が私の言うことを聞いて急いで外へ向かった。
賢い娘だから、直ぐに北郷一刀が居る場所を見つけるは……
バタン!
「…見つけた」
「早いな、オイ!」
「…門の前に居た」
「一刀さん!」
一刀が気を失っていて、周泰ちゃんに背負われていた。
その横に居た甘寧は、中の孫権を見た瞬間脚の力が抜けて身を崩した。
「思春!!」
「惨状ね」
周泰ちゃんも疲れきった様子だった。迂闊だったわね。寝ている場合じゃなかったわ。
「左慈さん、一刀さんが……」
「張闓に毒矢を打たれました。早くなんとかしないと…」
「なんですって!」
「直ぐにお医者を連れてきます」
「医者は要らないわ」
この世で一番…いえ、二番目ぐらいに有能な医者がここに居るから……
「一刀、北郷一刀、私の声聞こえてますか?」
ぺちぺちと頬を叩いても目を覚まさない。
毒矢ね……鳳凰の心臓を持った人間がたかが毒に殺されるわけがない。
「ちょっと痛いだろうけど、我慢しなさい」
北郷一刀の脚に刺さっていた矢を一気に指し抜いた。
「お湯と包帯!鞄から持ってきて」
「私が命じておきましょう」
毒と北郷一刀の血が混ざった矢の先を舌で舐めてみた。
「ちょっ、毒が…」
「……にがっ、……猛毒ね。神経性…即効性よ。塗られたら一分内に息ができなくなって死ぬ程の強力なやつよ」
「じゃあ、どうすれば…」
「慌てないで。死んでるわけじゃないわ。鳳凰の血が毒を中和させてるけど、毒の効果が強すぎて生命活動を維持するのがやっとよ……解毒作用を早くさせる何かが必要よ」
そのためにはまず彼を起こさないと……
ココだっけ?
「があああああっ!!」
「あ、ごめん」
痛覚が倍になるツボだった。
まあ、結果的には覚醒させることに成功したからいいでしょ?
「心臓が……焼けるみたい……」
「一刀さん、大丈夫ですか?」
「猛毒が体内を回ってるもの、大丈夫なわけないでしょ?」
「なんとかしてください!」
と、雛里ちゃんが本気に泣きそうになってるわね。
そろそろ真面目にやらないと……。
「と言っても、鳳凰の力が毒の解毒に追いついてないとなると……そうね、今以上心臓を早く動かせばいいわ」
「それって、どうやれば良いの?」
「なんか驚かせたりとか…とにかくこれ以上一刀を興奮状態に追い詰める何かが必要よ」
と言っても、今の一刀は解毒のために全身が既にフルに動いていた。心臓も限界まで動いてる。
これ以上心臓が動くようにできる方法なんて……。
「驚かせたら良いんですよね?」
その時、立ち上がったのは諸葛均だった。
彼女は雛里ちゃんの反対側、一刀の隣に座った。
座った。
そして、
「んむっ」
「!!」
「真理ちゃん!?」
「ちょっ!」
「はうわっ!?」
その女性陣が集まってる中、真理ちゃんは一刀の頭を掴んで、自分の唇を無理矢理彼の唇に合わせた。
もちろん、他の娘たちは驚愕。
でも、効果はあったらしく、突然、一刀は真理ちゃんを振り切った。
「てわわ!」
「ぐあああああ!!!」
北郷一刀の口から黒い毒気が吐かれた。
毒気は煙のように空中に消え去ってしまった。
「ふはぁ……はぁ……」
「……」
解毒は無事に出来たようね。
諸葛均ちゃんが身を投じて助かったわ。
「…真理ちゃん?」
「………」
一息ついた北郷一刀はまだ驚いてる様子で諸葛均を見た。
でも直ぐにまた気を失ってしまった。
「お湯と包帯持って来ました」
「はいはーい、ここからの処理は医療人以外は出ていってもらいましょうか。遙火、皆さん退場させて。あなたも」
「…うん」
解毒は出来たとしても、体は限界越えてるし、外傷も残ってる。
孫権の手下二人も手当が必要が見なければいけないし。
「私はここでお手伝いしましょう」
そう言ったのは、包帯とお湯を持ってきてくれた、恐らくこの屋敷の主に当たる人……。
仕方ないわね。
「じゃあ、他の人は他の所で居てもらいましょうか。説明は治療が終わった後よ」
「……」
各々、説明が欲しい顔ではあったものの、今は北郷一刀の治療が最優先だったため、皆外に出ていってくれて、部屋に残ったのは私とこの屋敷の主、そして患者の三人だけになった。
深月SIDE
私がその鞄から出てきた蛇女と一緒に部屋に残ったのは、明命たちが心配であったことももちろんなくはなかったものの、この異様な妖が何者か探るためにもありました。
患者が発生していなければ、その場で手下たちを連れて捕縛していたはずです。
「また気絶してくれて都合がいいわね。これ結構痛いのよね」
傷のところを布のように針と糸で縫う彼女の隣で、私は明命の様子を伺った。
「大丈夫ですか?これ、幾つに見えますか?」
私は明命の目の前に指を二つ立てながらいいました。
「…四つです」
「そう…私が二人に見えますか?」
「はい」
「ちょっと失礼」
彼女の手首を掴んで脈を見ると、必要以上に低くなっています。
何かに酷く驚いた時にこんな脈になります。
「明命、城に行って何を見たか言ってもらえますか」
「それが……良く憶えていません。とにかく、思春殿と一刀様と早く逃げないといけないって考えで頭いっぱいで…」
逃げる…
「そうですか。頑張りましたね、明命。少し休んでください」
「はい……じゃあ少しだけ……」
休んでくださいと言った途端、明命はまるで魂が抜けたかのように眠りに落ちました。
「……左慈」
「あら、起きたの?まだ手術中なんだけど」
それとほぼ同時に隣の寝床の北郷さんが気がついて、とても疲れた声で言いました。
「…左慈、白鮫以外にも氷龍を持っている奴が居た。どういうことだ?」
「あなたの命を狙ってるのよ。あなたが『北郷一刀』だから…そしてあなたが『鳳雛』だから」
「……これからも『氷龍』が僕を追ってくるというのか?」
「そうなるわね……」
「……はぁ…」
北郷さんがその女の人(サジという名らしいですね)と馴れ馴れしく話し合う様子を見ると、どうも危険な人物のようではありません。
…それとも、雛里ちゃんの彼氏である彼も、また危険な人物だと見るべきでしょうか。
「サジさん、明命ちゃんと甘寧さんには大した傷はないようです。ただ、心がとても驚いてる様子です」
「そのようですね…一体何を見たの?」
「……今までとは感じが違った。完全に化物だった。見た瞬間、立ち向かって戦おうという気持ちを失う程の恐怖を感じた」
「恐怖……ね」
張闓、
以前見た時は大した人間ではありませんでした。ただの陶謙の下に居る下賤な輩。
陶謙さんは本人はそれ程悪い人物ではなかったのですが、人を見る目が無く、自分の前でさえ大人しくしていれば、裏でどんな真似をしても良く気づかない愚かな君主でした。
もしかしたら、陶謙さんが病だというのも、嘘なのかもしれませんね。
本当はもう……
「どうやら人の恐怖を『餌』にしているみたいね」
「恐怖を餌に…?」
「…とにかく、あなたは今は寝た方がいいわ。体も心も限界よ」
「……すまん…雛里ちゃんにはうまく言ってくれ」
北郷さんはそう言ってまた気を失いました。
「かなりの変態ね、今回の相手は」
「…あなたたちは、こんなことを以前にも見たことがあるんですか?」
「二回…いや、三回ぐらい」
「…そして、あなたはこの事件について詳しいようですが、一体この徐州で何が起きようとしているのです?」
北郷さんが壊した剣。ここの皆がその剣を恐れていた。
そして、その剣の持ち主、張闓。
決して良き人間ではありません。少なくとも人の上に立っていて良い人間ではありません。
「全てを明らかにすることは難しいです。だけどこれだけは言えます。私はあなたたちの味方です。そして、私たちを信じてくだされば、この徐州に平和を取り戻して見せます」
「………」
サジさんのその言葉に、私は考えました。
商人の私は、人を見抜くことが仕事です。
私には、この人の根本が何か見抜くことはできません。どういう人間かさっぱりです。
ですが…
「北郷さん、どうですか?私は、この人を信じてもよろしいのでしょうか」
「…は、はい。大丈夫です。その人は…その……倉の母親です」
「ああ、あの娘の……」
道理で、さっき一緒に居たのですね。(蛇の状態で)
「……では、あなたを信じるとして、これから如何いたしますか?徐州の平和にするために、あなたに何ができるのですか?」
「…今までは一刀たちに任せていましたけど、北郷一刀だけじゃなく、甘寧は周泰まであの様…今回は私が自ら行った方よさそうですね」
「しかし、どうやって…」
「あれは氷龍のちからの一部に過ぎません。向こうの力が濃いとそうなるかもしれないけど、今の状況だと、こっちにも勝機はあるでしょう。それに……」
サジさんは、割れた剣に手を添えながら言いました。
「今回はコレがありますからね」
蓮華SIDE
隣の部屋で待機している私は……
明命や思春、そして何よりも一刀のことが心配で仕方ない……
以前に、
「なんでそこで接吻するの!?」
「てわわ…だって驚かせてって言うから…」
「確かに驚いたよ。私たちの方も驚いたわ」
鳳士元と私は、諸葛均に注目していた。
あの場でいきなり一刀に接吻するなんて…おかげで一刀が助かったのは良いけど、
鳳士元だけじゃなく、諸葛均までそういう関係だったなんて聞いてないわよ。
……はっ、もしかして、私が一刀に断れた理由て、実は一刀はそういう趣味で……
だって鳳士元も諸葛均も…
「あわわ、孫権さん今なんか失礼なこと考えていません?」
「きのせいよ。それより、今はさっきの接吻についてよ」
「そ、そうですね。しかも真理ちゃん、先明らからにフレンチ・キスしてだよね」
「ふ、ふれんち、きす?何それ?」
「え?えっと…あの……」
知らない言葉を言う鳳士元に言葉の意味を聞いたら、突然顔を赤くして俯いた。
「その……接吻のことをキスっていうんでしゅ。そして、フレンチキスというのは……接吻する時に相手の口に舌を入れて…」
「なっ!」
そ、そんなことを…///////
「久しぶり…」
「……」
「…私、遙火」
「え、ああ!遙火さん、お久しぶりです。ごめんなさい、気づかなくて」
「…眼鏡買って」
後ろでなんか倉と呂蒙が話し合ってたけど、今はそれより……
「し、舌を!?そんなの汚いわよ!」
「雛里お姉さんはいつもやってます」
「なっ!」
「あわわ、いつもやってないよー!」
やったことはあるってことでしょ!?
「というか、雛里お姉さんならともかく、孫権さんに文句言われる筋合いはありません」
「そ、それは、いや人の目の前であんなことして何言うのよ」
「そうです。孫権さんとは関係ありません」
「なっ!」
「「………」」
「………」
この娘たち…なるほど、そういうことだったのね。
「まだよ」
「!」
「私はまだ諦めてないわ」
「…孫権さん」
「わかりました」
「雛里お姉さん?!」
「最初から、簡単に諦めてもらえるなんて思っていませんでした」
「……」
鳳士元は諸葛均と私を交互に見ながら言った。
「言っておきますけど、私は私が二人よりも一刀さんのことが好きだって信じてます。だから、一刀さんのこと、易々を渡すつもりはありません」
そう言う鳳士元の顔が、以前に増して真面目に見えていた。
いえ、真面目…という言葉は正しかったのかしら。
それよりも、もっと他の言葉が……
「失礼しまーす!」
「!!」
左慈が深月と一緒に帰ってきた。
「一刀と明命たちは」
「三人とももう寝てるわ」
「北郷さん以外には外傷もありません。ただ、心的にとても疲れているようです。しばらくは休ませた方がいいでしょう」
「一刀も他には問題ないけど、あの脚だし、体も疲労が溜まってるわ。何日は安定させないとダメよ。でも命に支障はないわ。」
「…そうですか」
鳳士元が安堵のため息をついたけど、状況はあまり良くはなかった。
思春に明命、それに一刀まで行ったのに、逃げて来るのがやっとだったという。
一体何があったのだろうか。
「一刀さんに会いに行ってもいいですか?」
「今は寝てるわ。それに、今は話したいことがあるから、隣に居てあげるのは後にして頂戴」
「…分かりました」
「遙火と…そこの呂蒙もここに来て座りなさい」
「?」「は、はい」
雛里SIDE
向こうの部屋の一刀さんたちを置いて、私たちと孫権さんたちは左慈さんと魯粛さんの言う通りに集まりました。
「まず孫権の所の二人の状態なのだけど、外傷はないと言ったものの、これ以上戦うことは厳しいと思うのが私の意見よ」
「どうしてなの?」
「心的な衝撃が激しかっったようよ。二人とも寝ているからはっきりとは言えないけど、何か恐ろしいものを見たみたい」
「恐ろしいもの……」
孫権さんが後ろの呂蒙を見ながら心配そうな顔をしました。
呂蒙さんも二人の心配で顔を曇らせました。
「それは…やっぱり張闓のことでしょうか」
「その可能性が高いわね。というより、奴が他の『氷龍』を持っていることはほぼ確実よ」
やはり…。
「奴は人に恐怖を感じさせることで力を得ているみたいよ」
「恐怖、ですか?」
孫策さんの時は純粋に相手より強くなりたいという欲望。
白鮫の時は力を欲しがっていた。
糜芳の時は財力、権力。
そして今度は恐怖。
「人が自分を見て恐れている様子を見て楽しむ人間…つまり人が自分を恐れることがその人間の欲望だとすれば…」
「街の治安を悪くさせ、兵たちが好き勝手にやるように放っておくのもそのためってことね。人々が恐怖を感じさせるために…」
「…悪趣味」
遙火ちゃんの言う通り、今まで相手よりも質が悪いです。
「てわわ、そうはっきりと言えるのですか?というより、一体何本あるのですか?」
「さあ、それはばら撒いてる奴に聞いて頂戴。でも、さすがに三人が安定するまで張闓を放っておくというわけにはいかないわ」
確かに、張闓があの剣を持っているとしたら、放っておくわけにはいきません。
白鮫の最期を考えると、いつか張闓もあんな化け物じみた姿になるかもしれませんし。街中でそんなことが起きたら大混乱を巻き起こすでしょう。
「それで、私はここに居る人たちの力で氷龍を回収、あるいは破壊しようと思ってるのだけど」
「てわわ、でも『氷龍』を壊すには北郷さんの剣が…」
「それなのだけど…心配はないわ。今回はこれがあるからね」
そう言いつつ左慈さんが出したのは、周泰さんたちが持ってきていた『氷龍』の破片です。
「毒を以て毒を制す、まさにこの事よ」
「…これを使って氷龍を破壊できるのですか?」
「ちょっと改造は必要だけどね。それは私がやっておくから心配ないわ。それよりも、皆に頼みたいことがあるの」
「どうすればいいのですか?」
そこに居た皆が左慈さんに注目している際に、左慈さんは言いました。
「今回の相手はこの面子の最大戦力の三人を再起不能にした程の強者よ。でもそういう奴だからこそ隙が出来る。今回皆を戦わせるつもりはないわ。ただ、私がこの剣を武器として使う際に、奴に気づかれずに終わらせるための道が必要よ」
「道ですか…」
「そう…いわば暗殺しやすい場所を見つけたいって話よね」
「そういうのなら明命と思春が専門だけど…二人とも今は動けないし」
「となると頼りにできるのは……」
その時、今まで誰もあまり注目していなかった所に目が行きました。
「……え?ええ?」
「呂子明」
「な、なななんですか?」
「呂蒙さんだけが頼りですね」
「呂蒙、あなたと会って間もないけど、お願い。一刀と明命たちの仇を取って頂戴」
「……亞莎ちゃん、頑張って」
「えええええええええ!?」
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