黒髪の勇者 第二編 第二章 王都の盗賊(パート2)
「ビアンカ女王、警護に出られる前に、一度シオン殿に海の聖玉についてお話をしておくべきかと存じますが。」
一通りの打ち合わせが済んだ所で、フレアがそう言った。
「そうね。フランソワは海の聖玉については知っているよね。」
「勿論ですわ、陛下。」
ビアンカの問いかけに対して、フランソワが強く頷きながら答えた。
「シオンは?」
「いいえ、何も。」
「なら、一度見てもらった方がいいかもね。」
ビアンカはそう言うと、早速とばかりに立ちあがった。
「海の聖玉は二階の宝物庫にあるの。」
自ら全員を先導して、宝物庫へと向かう途中で、ビアンカは詩音に向かってそう言った。
「宝物庫、ですか。」
そんな大切な場所を見せてもらってもいいのだろうか、と感じながら詩音はそう答えた。
「そうよ。歴代のアリア国王が必死になって集めた財宝の類が全て収まっているわ。例えばそうね。海の聖玉以外に、シオンが興味を持ちそうなものと言えば・・。」
「イマノツルギでございましょう。」
即座に、フレアがそう答えた。
「今剣、ですか。とすれば、義経が使用していた太刀でしょうか。」
「よく知っているわね。」
少しの驚きを見せながら、ビアンカがそう言った。
「シオンはヨシツネ様とは故郷を同じくしているということですわ。」
補足するように、フランソワがそう言った。
「益々勇者様ね、シオンは。」
少しの笑いを含めながら、ビアンカがそう言った。
「でも、今剣については文献も少なく、実際どのような刀であったのかはまるで分かりません。」
続けて、詩音がそう言った。
「それは光栄ね。故郷で失われた宝具を私たちが保存出来ているなんて。」
ビアンカが詩音に向かってそう言った時、宝物庫を警護している二人組の守衛がビアンカに声をかけた。
「女王陛下に敬礼。」
揃った動きで、守衛が挙手敬礼を行った。三十代の兵士と、詩音よりも僅かに幼く見える兵士の二人組である。
「新兵か?」
続けて、アレフが守衛の一人にそう訊ねた。
「はい、二か月前に入隊したばかりの者です。ユリウスと申します。」
声をかけられた年上の兵士がアレフに向かってそう答えた。その言葉に合わせて、ユリウスが脱帽し、深く頭を下げた。
「御苦労。」
ユリウスに対してアレフは短い挙手敬礼で答える。続けて、アレフはポケットから鍵束を取り出すと、宝物庫の鍵穴に鍵を差し込んだ。だが、それだけでは解錠しないらしい。
「二つ目の鍵を頼む。」
アレフが守衛にそう言うと、年上の守衛がポケットから別の鍵束を取り出し、宝物庫の二つ目の鍵穴にそれを差し込んだ。二つを同時に回転させ、漸く解錠を知らせる金属音が響いた。
「厳重な管理ですね。」
どうやらアレフと守衛、二人分の鍵がなければ開かない構造になっているらしい。
「一つだけなら、万が一の事態だって考えられるからな。」
そう言いながら、アレフを先頭に全員が宝物庫へと入る。宝物庫は直射日光を避けるためか窓が用意されておらず、入口の扉を閉めてしまうと完全な闇に包まれてしまう。アレフが用意していたランタン一つだけがまともな光源であった。
「スペースは確保しているから、宝物にぶつかることは無いと思うけれど、注意してね。」
ビアンカの言葉に、詩音は多少の緊張を感じながら頷いた。もしうっかり壊してしまったら大変な事になる。
「もっと金とか宝石ばかりだと思っていました。」
宝物庫を見渡しながら、詩音がそう言った。
「そういう現金なものは別の場所に保管してあるからな。」
アレフがそう言った。
「ここは管理が困難な文章関係や、普段使用しない武装関係を中心に保管されているのですわ。湿気や空調の管理も出来るような、特別な作りをしているのですよ。」
続けて、フレアがそう補足した。
「とりあえず、海の宝玉の前にこれを見せておこうかしら。」
やがて、ビアンカがそう言った。台座に収められた、一振りの太刀である。
「これがイマノツルギよ、シオン。」
「これが。」
文献には六寸五分やら、義経が自害の時に使った短刀とやらとごく少数ながら様々な文献が残されているが、詩音の目に映った今剣はオーエンの太刀とほぼ同じ長さ、一ヤルク程度の長さを持つ、実戦に相応しい形状をした刀であった。
それよりも、なんだろう。
今剣を見つめながら、詩音は何故か懐かしいような思いを抱いている事に気が付いた。
「文献によれば、ヨシツネ様はこの剣を片手に帝国軍と戦ったということよ。」
フランソワがそう言った。
「いい、刀だね。」
八百年という悠久の時を隔ててきた太刀であるはずなのに、その輝きには微塵の曇りも見えない。刀身は鞘で隠されてはいるものの、恐らく触れただけで切り裂くような鋭利な刃が鞘の中には収められているのだろう。思わずそう感じてしまう程の存在感を、今剣は放っていた。
「イマノツルギは国家存亡の時に限り、王族だけが使用を許可されている剣だけれど、大陸戦争以来一度もこの刀が使われたことはないわ。定期的なメンテナンスを兼ねて、年に一度程度は試し切りをするけれど、不思議な刀よね。今あるどんなタチよりも優れた斬り筋を持っているもの。」
ビアンカはそう言うと、宝物庫の更に奥へと向けて歩き出した。詩音もまた、何かの名残惜しさを感じながらその場を離れる。そこから数歩先、アレフが掲げたランタンの先に青く輝く、正円の宝玉が鎮座していた。大きさは詩音が想像していたよりも小さく、せいぜいゴルフボール程度の大きさしかない。
「これが海の聖玉よ、シオン。小さな宝玉だけれど、アリア王国に取っては国王よりも重要とされているわ。」
ビアンカの言葉に小さく頷きながら、詩音はまじまじと宝玉を眺めた。今剣とはまた異なる意味で、吸い込まれそうな印象を残す宝玉であった。
「伝説によれば、神々がミルドガルド創世の際に使用した宝玉の一つ、と言われておりますわ。」
フレアがそう言った。
「宗教は違うのに、創世記に関してはどこも似たり寄ったりなのよね。」
苦笑しながら、ビアンカがそう言った。その言葉に頷きながら、フレアが解説を続けた。
「シオン殿にご説明差し上げますと、神々、我々アリア教ではウィルとムリエルとなっておりますが・・ともかく、最高神がミルドガルド大陸をお造りになった際に、五つの宝玉を用いたとされています。そしてこの海の聖玉は神が大海原をお造りになる際に利用したものである、と言われておりますわ。他の宝玉に関してはミルドガルドの各国に保管されているとも言われておりますが、全ての所在が必ずしも明確となっている訳ではありません。現在に置いて現実的な利用法と言えば、アリア王国の王位継承の際に王権を誇示するために利用される程度ですわ。」
「逆に言えば、これを奪われることはアリア王国創立以来の大失態、ということでもあるの。」
小さな溜息を洩らしながら、ビアンカがそう言った。事は詩音の想像以上に大きな事件であるらしい。海の聖玉を守るには何振り構っていられない、ということだろう。
「ご安心ください、陛下。私とシオンが、絶対にお守りして見せますわ。」
続けて、詩音の言葉を代弁するように、フランソワが小さく胸元を叩きながらそう言った。
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第十二話です。宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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