私は目を覚ます。
目を覚ましたその前には汚れ一つ無い綺麗な土の床、その上を人が一人行き来するには十分に距離を取られて置かれている多くの本棚、その中に、びっしりと僅かなスペースも無いくらいに敷き詰められたタイトルの無い本が格納されており、空は雲どころか色の変化すら見られない少し沈んだ水色。
ここは一体どこなのだろうと見渡してみる。
前も、後ろも、ずっと同じ感覚で置かれた本棚が地平線まで存在し、終りが見えない。相当の量の本がある。
そこはまるでタイトルの無い本の図書館みたいだ。
よく見てみると本は一つ一つ、色が違う。
明るい色は無いけれど、渋い赤や青、緑、紫や少し本には見合わない色の暗いねずみ色まである、あまり見ない色なので少し新鮮に感じてしまう。
気になったのでその本の前までいって取ってみる、顔より高い位置に本があったため意外と取りやすい。
タイトルも勿論書いておらず、持ってみるとかなり重い。
大きさは古本屋の奥で眠っているような分厚く、大きな感じでページ数も6,700もありそうなほどの量があった。
本を開いてみる、しかし何も書かれてはいなかった。
それはもちろんページをめくってみても同じ事、最後にはパラパラと流して開いてみたけれど結局文字一つ書いてなかったので閉じることにした。
文字一つないのにこんなに分厚い本があるだなんて少し変だなと不思議に思う。
隣の本を取ってみる、今度は少し赤っぽいような感じの緑、茶色とはまた違った色の本だ。
開いてみると今度は文字がある。
全ての文字が手書きで誰かの人生の出来事のようなものが書かれている。
一日一日のことや重要な経験は何行にもわたってページ全体へびっしりと書き連ねられている。
その人が生まれ、どういう名前でどれくらいの大きさで生まれて、どこに通い、誰とふれあい、どんな困難に会い、どんな夢を見て、そしてどんな日々を過ごしてゆくのか。
長い間読んでいたけれど、お腹は空かず、疲れることもなく、時間も分からない上、今自分を縛るものがない。
まるで誰かの日記のような本だ、でも読んでみると意外と面白い。
だから私は次の本を手に取る。
最初は人の人生を盗み見ているような罪悪感が少しあったけれど、次第にソレは薄れ、本を次々と読んでいく。
ヘタな物語を読むよりもずっと面白い。
ある人はついつい大事な場面で恥ずかしいことをしてしまい、それを読んでついつい笑ってしまったり。
ある人は自分の目標を作り、努力していく過程をいき、最後に笑う、それを読んで涙を流してみたり。
ある人はただ人から逃げて生き、それを読んで少しイライラしてみたり。
他にも誰にもただ幸せな人生を送るもの、恋をするモノ、認められること無く終える人生を送るもの、修羅に生きるものまで様々だ。
すっかり刻を忘れて本を読む。
恐らく何年も、空腹も何も感じない、体もつかれること無くただ読み続け、それでも本棚はどこまでも続いていく。
ある刻、不思議な本があった。
真っ黒な本だ、今まではそんな色の本は一つも無かった。
シルバーでタイトルが「Your Diary」と書いてあった、つまり「あなたの日記」ということ。
手が止まる、何故かページも開いていないのにためらってしまう。
今まで他人の人生を見ることはあっても自分の人生について振り返ることなんて無かった……いや、そもそも何故か覚えていない、だからこそ気にもならないし振り返ることなんて無いのだ。
手を再び動かし、一ページ目を開いてみる。
自分が生まれた時のことから書いてある、そして名付けられた名前も。
そして見てから思い出す、読むたびにどんどんと記憶がよみがえるように思い出す。そして考えこんでしまう。
「どうして読んでみるまで忘れているのかしら……」
そうつぶやくと同時に怖くなる。
今まで何の理由からか忘れている自分の記憶、それを省みることが怖く、何よりも不思議な感覚だ。
ページを開いて読んでいく。
最初は自分が生まれ、どこでどうやって育てられて、小学校、中学校、高校へ。
そして最後には高校を卒業し、日記が最後の一言で止まってしまった。
”私は人生に立ち止まった、今、私にはとても大切な選択に迫られている。
私は本を読むことをやめて本をしまい人生を続けるか、それとも次の本をとってこれからもずっと本を読み続けるかという選択を。”
ページをめくることもなく、本をしまうこともなく止まる。
私が選択すべきはどちらだろう、私はどうすればいいのだろう。
只々、ひたすらに悩み、時には誰か選んでくれる人は居ないかと逃げてしまいたくなってしまったり。
私は本を閉じる。
そして……次の本を取る。
これが私の決断だ、これが私の人生だ。
私はこれからも誰かの人生を読んでいくだろう、私のこれからはこれでお終いだろう。
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オリジナル小説です。