「……危険………」
○
少女が呟いたのは、そのひと言だけ。
「……なんて、大きい……」
エーテル満ちる宇宙に浮かぶ、一面の黒。
彼女達の乗る小型艇がいかにゆっくりと翔んでいるとはいえ……目の前の黒は、変化する気配がない。
「はい。月とほぼ同サイズとなります」
わずかなカーブを描いて視界の果てまで広がるそれは、艦の底だ。
だが、巨大艦を見慣れた者でなければ、それが艦底とは理解できないだろう。せいぜい、コロニーの外壁と思うか、天地を逆さまに感覚を狂わされたかと思うか……いずれにしても、宇宙艦の一部だと思うことはないに違いない。
「これが、一万年ぶりに建造された……」
少女の傍らに立つ女性が抱く想いは、直感的な少女のそれとは少しだけ違う。
眼前の黒い巨大艦。
その同型艦が最後に作られたのは、彼女の言うとおり一万年も昔のこと。数百年のずれはあるだろうが、遙かなる刻の果てからすれば、その程度は誤差の内にも入らないだろう。
「そっか……。一万年……なんですね」
女性の言葉に、少女も小さくため息をひとつ。
その一万年前に作られた、最初の艦に乗り組んでいたクルーとして見るならば……確かに、感慨深いと言えなくもない。
「そうです。あなたがたと七号によってもたらされた技術があったからこそ作り出せた、太陽系再建艦隊の旗艦です」
やがて小型艇は黒壁の一部に取り付くと、少女たちのいる客室部分を切り離した。どうやらこの客室部分は、そのまま艦内を移動する交通機関としても使えるらしかった。
「それにしても……いま一度、あなた方を戦いに駆り出さねばならないとは……。申し訳ありません」
窓の外の光景は、漆黒の宇宙から金属質の内壁へ。
そこに貼られた雑多な広告類を眺めるでもなく眺めながら、士官は静かに目を伏せる。
「そんな。それを言うなら、私たちこそ無理を言ってしまって……」
「お姉さまの言うとおりですよ。ユングや提督にもう一度会いたいなんて、私が言っちゃったから」
少女たちも視線の端に、広告を映しつつ。
けれど、少女たちにはその広告の意味など半分ほども分からなかった。
地球に戻ってある程度の時間が経ち、日常生活の会話と、簡単な読み書きは出来るようになっていたが……。特に少女のほうは、特殊な言葉やスラングの類まで理解できるまでには至っていない。
「構いませんよ。一万年前にこの銀河系を救ってくれた、英雄からの依頼ですから」
やがて移動客室は小さな揺れと共にその動きを止める。
細い通路を少しだけ歩き、彼女達が軍服の士官に導かれて辿り着いたのは、数人のオペレーターが作業をしているブリッジだった。月ほどもある艦の規模からすれば、驚くほどに小さい。
「稼働状況はどうか?」
「はっ。フィジカルリアクター、稼働率三十パーセント。次世代BMの生産ラインもスケジュールに遅延ありません」
オペレーターの言葉に満足げに頷くと、士官は少女たちに誇らしげに振り向いた。
「それに、ネームシップとの正面対決。この艦の最初の任務として、これほど光栄なものはありませんよ」
視線の先。
少女たちの向こうにあるのは、メインディスプレイに映された船首の切っ先。
そこにはためく、一旒の戦旗。
「このヱルトリウム級四番艦、カテドラル・テラのね!」
○
大きな執務机の前。
「私が、ですか?」
背筋を伸ばし立つ青年は、不思議そうにそう答えた。
「そうだ。私が推薦しておいた」
大きな執務机。
それに釣り合う大きな椅子に身を沈め、痩せぎすの男は静かにひと言だけ。椅子は窓の側を向いたまま、青年の様子を確かめる様子もない。
「ですが、次世代バスター軍団と言われても……私がもう何年も前に『あがり』を迎えたのは、大佐もご存じでしょう?」
「次世代バスター軍団は、動力源にトップレスの超・能力を用いない。あがりを迎えた所で関係はないよ」
痩せぎすの大佐の言葉と共に机の表面に浮かび上がったのは、いささか不格好な人型の機械だった。
「なんですって……!?」
簡素なワイヤーフレームで描かれたそれは、息を飲む青年の前でゆっくりと回っている。
「ニコラス・バセロン。君に期待するのは、宇宙怪獣との戦闘経験だ。本計画には君と同じく『あがり』を迎えた者も数多く参戦することになっている。リスト、見るかね?」
青年が頷くより早く、ワイヤーフレームの人型が姿を消し、名前が連なるリストに切り替わった。
その筆頭に並ぶのは。
「タカヤ・ノリコと、オオタ・カズミ……!」
一万年前の過去から帰還した、伝説の名。
「驚いただろう?」
「ええ。それもですが……」
さらに視線を下げていけば、青年の見慣れた名前が次々と飛び込んでくる。
「ラルクにチコ……カシオも……?」
○
無塗装の床でその姿を見上げ、浅黒い肌の娘は率直な感想を口にした。
「……ずいぶん小さいのね、カシオ」
目の前で整備されているメカは、二体。
大きい方でも全高二十メートル、小さな方に至っては三メートルもないだろう。いずれにせよ、彼女の知るバスターマシンのイメージからすれば、驚くほどに小さい。
「だろう。第六世代のフィジカルリアクターを搭載してるから、必要な武装はその場で創り出せるんだそうだ」
「……へぇ」
カシオの言葉に、娘は彼女の知るフィジカルリアクターの唯一の使い手のことを思い出す。
彼女も、必要なものは……拘束具の鍵でさえ……その場で創り出していた。それと同じ効果があるならば、ミサイルなどを撃っても補充の必要がないという事だ。
「でも、ダサくない?」
それとは対照的に不満そうな呟きをもらすのは、少し後ろにいた色白の少女。子供っぽく口先をとがらせ、肩をすくめてみせる。
「言うなよ。突貫工事で、デザインにまで手が回らなかったんだから」
「なに? そんなのが役に立つの?」
彼女達の知るバスターマシンにも異形の機体は数多い。
その基準からすれば、二体の新型機は大して変な部類には入らないと思ったが……突貫工事の安普請というなら、話は別だ。
「大丈夫だって。今の所、俺が乗ってもキャトフヴァンディスの五倍以上のエネルギーゲインがある。お前らならもっといくだろ」
「そんなに!?」
「フィジカルリアクターさまさまだよ。あと、シリウスの理力技術も組み込んでる」
「……なんだっけ、螺旋力エンジン?」
先日あったミーティングで、そんな名前を聞いた覚えがある。縮退炉もトップレス能力もバスターマシンに乗せる事の出来ない現状、最も大きな力を出せるシステムなのだと。
「姫の好きな、努力と根性で動く動力システムなんだよねー」
「……やめてよ、チコ。それが好きなのは、あいつだけなんだから」
混ぜっ返すチコの言葉に、娘は顔をしかめてみせる。
「へぇ。その割には……」
「ああもぅっ! その話はしないでって、何度も言ってるでしょ!」
会うたびにこれだ。
地球を犠牲にしかけたあの決戦。そこで自分がしたことに後悔はないが……顔を合わせるたびに入れられる茶々だけは、正直辟易する。
と。
「……そいや、彼女と会ったか?」
ふと呟いたカシオの言葉に、小さく首を縦にひとつ。
「うん。本当に普通の女の子だった。……あいつの言ってた通りだったよ」
「さすが、『星を動かす者』ってトコねー。私たちじゃ、顔も見られないのに」
一万年の過去から帰還した、伝説の二人。
「そんなんじゃないってば」
名前は誰もが知っているし、だからこそ帰還の瞬間は地球全てを挙げての祝福が行われたわけだが……。その後の彼女達はVIP待遇という名の極秘事項扱いとなり、ニュースに時折顔を出す程度でしかない。
「そうだ。この新型バスターマシン、何て名前なの? こないだのミーティングでも言われなかったけど」
胸部に開けられた眼窩を模したカメラパネルに、組違い式の腹部装甲板。スタビライザーを兼ねた腰の装甲は組み付けの真っ最中だが、これはどう見ても顎にしか見えなかった。
どう見ても、顔だ。
「まだ仮称なんだが……」
巨大な顔面型バスターマシンを見上げ、カシオはぽつりと呟いた。
「小さい方が攻撃型の羅漢、大きい方が支援型の紅蓮って言うらしい」
○
「……螺旋の……力………」
○
エーテルの満ちる宇宙を、漆黒の艦が進んでいく。
随伴するのは宇宙軍の主力艦。しかし、宇宙軍最大級のそれらですら、カテドラル・テラを中央に置いては、鯨の周りを泳ぐ小魚の群れにしか見えなかった。
目指すは太陽系の最外縁。
かつて、赤い天の川と呼ばれた場所。
そこに眠る、伝説の凍結艦隊。
「ヱルトリウム、反応ありました! 自動機械による迎撃行動に入っている模様!」
レーダー手の声に、ヱルトリウム級四番艦の艦橋に走るのは緊の一文字。
「よし! 総員戦闘待機から戦闘配置へ! 次世代バスターマシン部隊、出撃用意!」
艦長のひと声に、一瞬静まりかえった艦橋は騒がしさを取り戻す。
「カテドラル・テラ、螺旋力エンジン出力八十パーセントまで上昇」
「壱式羅漢部隊、弐式紅蓮部隊、それぞれ出撃シークエンスに入ってください」
「凍結艦隊エリアから砲撃、十三秒後に着弾します!」
「防壁展開!」
きっかり十三秒後に巨艦が揺れて、防壁に奪われた大電力に艦橋の照明が半瞬落ちる。
それが戻った瞬間、艦長は高らかにその命令を解き放った。
「『太陽系目覚まし艦隊』戦闘開始!」
○
「……封じ……なければ……」
○
「でぇぇぇぇぇぇいっ!」
マント状装甲から放たれた無数のミサイルが打ち砕いたのは、鋭角の装甲を持った半有機の自動機械。射出が終わると同時にフィジカルリアクターが起動、周囲の物理情報を書き換え、ミサイルサイロに新たなミサイルを創り出していく。
新型バスターマシンの出力をもってすれば、かつてあれだけ苦戦していた『宇宙怪獣』を制す事など造作もない。
「姫! これって……まさか!」
だが彼女達の関心は、既に新型バスターマシンの超性能などからは失われていた。
「ああ!」
額からのビームで宇宙怪獣の群れを端から撃ち落としながら、娘はチコの言葉に同意を示す。
そう。
宇宙怪獣、なのだ。
「ここは俺達に任せて、先に行け!」
その結論に至るのは、カシオも同じ。
「カシオ……」
羅漢の額から放たれたバスタービームが切り裂くのは、かつて彼が二年半の間に戦い抜いた『敵』と寸分違わず同じもの。
「どこにいるか、気付いてるんだろ? あがりを迎えてたって!」
元コーチの言葉に、娘はぎり、と唇を噛む。
「そういうこと。その代わり、撃墜記録はこっちでもらうからね!」
そう叫ぶチコの紅蓮が構えるのは、かつて使っていたバスターオーブと同じもの。ある時は敵陣を打ち砕き、またある時は敵のバスタービームを弾き飛ばす、変幻自在の必殺武器だ。
「行け!」
「行って!」
二人の言葉に背中を押され。
「ラルク!」
「……わかった!」
かつて『星を動かす者』と呼ばれた娘は紅蓮のマントを翻し、戦域の奥へと飛翔を開始する。
○
四方を囲むは、宇宙怪獣の群れ。
しかしその姿は、彼女達の知るそれとは、あまりにも姿を異にするものであった。
極彩色の生体装甲も。
放つ光弾の重みも。
あの、意志無き殺意さえも。
全てが欠け、あるいは感じられなかった。
一度戦っただけで分かる。
彼らが、同じ銘を持つ別の存在なのだと。
「ノリコ!」
けれど、彼らの正体を知ることは、今の彼女達にとってさして重要なことではなかった。
「あの先に、ユング達が……!」
この先に友が眠っている。
エーテル通信すら通じぬ相手の玄関まで殴り込み、力任せにノックすることが、今の彼女達の目指す全て。
「お二人とも、危険です!」
随伴機体はたったの一機。
双の刀と、大きな翼状の装甲を持つ試作機・猿鬼。
「……たったの三万程度!」
数千万、数百億の悪意と戦ってきた彼女にとって、この程度は数の内にも入らない。
叫びと同時、メインコンソールの螺旋を描くインジケーターが一瞬で最大値に。その力を源として放たれた羅漢の額のバスタービームが、うち半分を薙ぎ払う。
「ノリコ、右下方に敵影。エネルギー反応! 来る!」
後ろに従うカズミの声に、頭より先に心が反応。右腕の主装甲にドリルを創り出し、迫る光条を弾き返す。
「くっっ!」
受けたビームの一撃は、重く、強い。
そして感じる、明確な意志。
「あれは……っ!」
赤い光。
紛い物の宇宙怪獣よりもはるかに小さなその姿。
けれど、その内に秘めた威圧感は、他のそれとは比較にもならない。
「くっ!」
赤い光は、ノリコの放ったビームを避ける事もなく。
前面に浮き上がる三色の光球で受け止め、分解し、その内にあっさりと取り込んだ。
強い。
本能で、理解する。
「やっぱり、一人じゃ……お姉さまっ!」
「ええ。システム、組み終わっていてよ」
その言葉と共に、随行していた紅蓮が軌道をわずかにずらしてみせた。それに応じるように、先行する羅漢も少しだけ速度を落す。
最深部への突入コースは変わりない。けれど、そのままいけば……。
「何をする気ですか! その軌道では、衝突を……まさか!」
ようやく至った結論に、猿鬼のパイロットは思わず息を飲む。
「接触と同時にフィジカルリアクターで二体の情報を書き換えます。理論上は可能なはず、でしょう?」
確かに、不可能ではない。
理論上は。
「ですが、もし失敗したら!」
それは即ち、不可能ではない、というそれだけの事だ。
成功する可能性など、論じるのも馬鹿馬鹿しいほどだろう。
けれど。
「失敗など、するものですか」
通信機から聞こえる声が含むのは、笑み。
「ええ。だからニコラさんは、十秒間だけ時間を稼いでくれませんか?」
穏やかに、優しく。
そして、強く。
「ですが……くっ」
タカヤ・ノリコとオオタ・カズミ。
冥王星外縁で数億の変動重力源をたった二人で撃退し、幾度もの深銀河への遠征を戦い抜き、銀河中央の最終決戦で人類を守り抜いた大英雄。
その意志は、一万年の時を経てなお一分の揺らぎも見られない。
「……わかりました! 十秒でいいんですね!」
背中の翼をひるがえし、ニコラは双刀を構え直す。
バスターメガテックPKはもう使えない。けれど、機動戦の能力は、あの時よりも格段に強く迅くなっている。
「お願いします! 行くわ、お姉さま!」
「ええ!」
赤い光もノリコとカズミの動きに気付いたらしい。それを受け止めるべく、ニコラは猿鬼をさらに加速させる。
「だが、どうしてあいつが敵方に……くううっ!」
○
描く軌道は一直線。ガイドのワイヤーが無くとも、そのコースを選ぶことに何の迷いもない。
「火と火が重なり、炎となる!」
羅漢の脚部がドリルに変わり、紅蓮の頭部装甲を穿ち進んでいく。それと同時に紅蓮も形を変えていき、事象を書き換えられた装甲板が新たな形を手に入れていく。
「火炎合体!」
両手が伸び、両足はさらに太く。
装甲板が大きく開き、内に必殺のコレダー装備を生み出していく。
「紅蓮!」
額に生まれた星形の紋章は、地球帝国宇宙軍から受け継ぐ意匠。
「羅漢!」
過ぎた時間はきっかり十秒。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
顔と胸、二つの顔が咆吼を上げ、両肩の装甲から放たれた噴射炎が周囲の敵を焼き尽くす。
省みもせず、そのまま加速。
「バスタァァァァァァァァァァァァァッ!」
エーテルに赤熱する爪先がドリルに書き換わり。
「超電!」
渦巻く螺旋が雷を従え、赤い光へ吶喊する!
「ド! リ! ル! キィィィィィィィック!」
○
「バスター…………ビーム」
○
「あれは……っ!」
ラルクが見たのは、二つの炎のぶつかる光景。
小さな赤い光の放つ一直線の熱線と、巨大化したバスターマシンが一直線に繰り出す蹴撃が、正面からぶつかり合う光景だ。
「その紅蓮、ラルクか!」
「ニコラ!」
折れた刃を放り捨て、フィジカルリアクターで新しい刀を生み出している試作型のそれは、別の部隊に配属されたニコラの乗機。
「話は後だ! いま、ノリコさん達が……!」
紅蓮の上に羅漢が重なり合った姿を持つそれが、ノリコとカズミの乗るバスターマシンなのだろう。
「何でこんな所にいるんだ……」
ならば、やはり……。
「何でノノリリと戦ってるんだ……」
光条を放ち続ける全高二メートルに満たない『敵』に向けて、ラルクはその名を叩き付けた。
「ノノ!」
○
「ついに動きおったな……アンチ・スパイラルめ」
「タシロ艦長」
老爺の傍ら。
寄り添うように立つのは、赤い髪の女。
その視線は優しく、鋭く……。
ノリコ達の見せる強さと、同じ質の輝きを秘める。
「うむ。現時点を以て、本艦の凍結を解除する」
そして薄暗い艦橋に、老いてなお張りを失わぬ男の声が響き渡った。
「ヱルトリウム、始動!」
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以前書いて、自ブログに上げていたモノの発掘品です。
トップ1・2は今でもちょくちょく見直しています。
同作の後日談的なお話になっていますので、トップ1・2を未見の方は読んでも怒らないでください。
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