その日は、星ひとつなく、静か過ぎる夜だった。
仕事を終え帰路につく女性型ロボットが、暗闇の中、といってもおかしくないような路地裏を歩いている。
「…?」
ふと、そのロボットは何者かの気配に気づき振り返る。だが後ろには誰もいない。
「なんだ、きっと疲れてるんだわ。あたしロボットなのに…」
と、安堵のため息をつくロボットは再び足取りを進める。
「さーてっと、早く帰ってゴハンに…」
それが、彼女の最後の言葉だった…。
翌日、ラミナ市内。
普段人が集まらないという路地裏に、今日はなぜか人だかりが出来ていた。
付近にはパトカーが数台。そして人だかりの奥には二人の警官の姿があった。
「しかし、これで3人目の被害者とは…」
と、ラミナ警察署きっての推理のプロ、捜査1課課長のハムスター形ファンガー、ジース・ミンスター警部。
「うわー、こりゃヒデーッスね…」
と、現場の状況を見て驚愕するジャーマンシェパード形のロボット警官はミハエル・アインリヒト。
二人は捜査1課の名コンビとして活躍する、まさに捜査のエキスパートである。
「で、どうなんスか警部?」
「まったくもって妙ですね。そもそも被害者はロボットです。腕をもぎ取られたぐらいで死ぬということはまずないでしょう」
「じゃあ、もぎ取られた腕で思いっきり殴られたとか、ですかね?」
「いえ、その可能性もないでしょう。ごらんの通り頭部には弾痕や打痕といった外傷が認められません。おそらく特殊電波によってAIを破壊されたのではないでしょうか」
「じゃあ、なんでこの人腕がもげてんスか?」
「おそらく、何らかの方法で殺された後…腕をもぎ取られて持ち去られたのでしょう」
「でも警部。ロボットの腕なんかもぎ取って一体何に使うつもりなんスかね?意味不なんスけど…」
確かに、ここまでの捜査を進めているとどこかおかしいことに気づく。
目の前の『遺体』…どういうわけか腕の部分が何者かによって持ち去られているのである。
しかし、誰が一体何のために…?
数時間後、ラミナ警察署にて。
「そういえば、この手の殺人事件は以前にもあったのを覚えてますね?」
「ああ、最初のヤツと二人目のヤツですか。確か最初の人は太腿、次の人は足首…、そして今度は右腕。もうワケわかんねっす」
「では、被害者の形態と性別、特徴を照らし合わせてみてください」
「えーと、最初はキツネ形で女性、次もキツネ形で女性、そして今回も……、はっ!?」
「そうです。一連の事件は一見何の脈絡もないように思えますが、狙われている人物には共通点があるということです」
「キツネ形の女性ロボット、ってことッスよね。しかしなんでまた…」
「とにかく、マキ署長に報告しましょう。このまま放っておけば新たな被害者が出る可能性も…」
翌日。ラミナ警察署の生活安全課に一本の電話が入っていた。
「もしもし、こちらラミナ警察署…え!?はい、すぐ代わります!」
「どうしたの!?」
「セシールさん、相談の方です。すぐに取り合って欲しいと…」
電話の受付を担当していたアライグマ形のファンガーに呼ばれて現れたのは、生活安全課長のセシール・デュラン警部だった。
「はい、お電話代わりました。…ええ、例の事件のですか?え…?黒い服の女性を見た?」
電話の内容はこういうものだった。
先日より起きている連続殺人事件の現場近くで、黒い服を着た女性が歩き去っていくのを見たという情報が入ったのだ。
目撃情報によれば、女は大きなバッグを抱えていたということで、かなり歳をとったキツネ形のファンガーだったそうである。
署長室。
そこにはラミナ警察署長マキ・ロックウェルと向き合うようにしてミンスター、セシールの両警部、
そしてその隣にはK-9隊隊長のエルザ・アインリヒト警部が立っていた。
「…というのが今回入った電話の内容です」
「しかし妙ね。狙われているのがキツネ形のロボット、それも女性ばかりなんて」
「私も現場で調べてみたのですが、特定の部位が必ず欠損している…これには何か意図的なものを感じますね」
マキ、セシール、ミンスターの三人の話を聞いたエルザはこう切り返した。
「…その件なのですが、目撃情報にあった黒服の女性と結びつけるとおかしいでしょうか」
「黒服の女性?そういえばセシールさん、電話では黒服の女性が出没していたのは殺人現場の近くと言っていましたね」
「ええ、まあ…」
その瞬間だった。ミンスターはあるものを掴んだのかこう発言した。
「なるほど。『そういう事』ですか」
「どういうことです?」
「まだこれは推測の域を出ませんが、あの黒服の女性が一連の事件に関与している可能性が強いという事です。彼女は必ず、やたら大きいバッグを持ち歩いていたという話でしたね」
「そうですね、それこそロボットのパーツを持ち運べるほど頑丈な…はっ…!!」
「そう。ロボットのパーツです。何故見つかった遺体に必ず欠損部位があるのか。そしてあの黒服の女…匂いますね」
その時、署長室の扉が開き、警官が血相を変えて飛び込んできた!
「た、た、大変です!!また殺人事件が発生しました!!」
「また!?」
「場所はセントラルスクエアに近い路地、被害者はキツネ形ロボットのアリーシャ・レクサスおよびナタリア・フォード。それぞれ右腕と胴体を持ち去られているようです」
「やはり起きてしまいましたか…現場周辺で変わった状況は?」
「それが…目撃者の情報によると…黒服の女を見たと…!」
署長室の空気がさらに張り詰める。
「やはりそういう事でしたか…」
「でも、証拠がない以上、こちらとしても動くことは…」
困惑するセシールの前で、警官はさらに続ける。
「それが、ナタリアさんの頭部パーツを回収してみたところ、ある女性の体毛が付着していたのです」
その言葉を聞いたマキ署長は叫ぶようにして言った。
「それでその体毛は!?」
「鑑識課が検査してみたところ、ある人物が浮かび上がったのです」
体毛のDNAから検出されたのは、一人のキツネ形のファンガーだった。
彼女の名はマルタ・ブルーンス。49歳、ある工業会社に勤めるキャリアウーマンであった。
「でも、ついていた体毛は彼女のものだけとは限らないのでは?」
「それが、以前にも殺害されたロボットのパーツを調べていたところ、マルタの指紋が浮かび上がりましてね」
鑑識課の鑑定員はさらに続ける。
「さらに決定的だったのが3人目のとき。おそらくもぎ取っている最中に指を切ったのでしょう。その時に付着したと見られる血液から、マルタのDNAが見つかったのです」
「ふむ…DNAが残っている以上、これは決定的な証拠になり得ますね」
「でも、ますますワケがわからないわ。なんで彼女はキツネ形ロボットばかり狙って…」
「考えられるのは、ひとつはロボットへの憎しみ。しかし今回のように特定の部位をもぎ取るような犯行の場合ではその可能性は薄いでしょう」
「と、なると…」
ここでミンスターは、突然あることを言いだした。
「ところでマキ署長。女性にとっての願いといえばどんなことを思い浮かべますか?」
「女性としての願い?そうねぇ…できることならいつまでも若々しく美しくありたいものだわ。美しく…美しく…?」
「そう…『美しくありたい』、女性の方なら誰もが抱くであろう願望です。その願望が時には凶器に変わる…のだとすれば」
「…なるほど、流石はミンスター警部ね…。すぐにマルタ・ブルーンスの所在を割り出して」
かくして、一連の事件の謎は解かれ、黒服の女ことマルタ・ブルーンスの追跡が始まったのだった。
しかし、マルタの所在を解き明かそうとした翌日、またも殺人事件が起きてしまう。
今度の被害者もやはりキツネ形の女性ロボット。しかも今回は…頭部を切断されていたのである。
事件発生から2時間後。
「もう一刻の猶予もないわ。セシール、今回の事件の容疑者であるマルタ・ブルーンスの居所は割れてるわね?」
「ええ、マルタ・ブルーンスは現在ラミナ市内の自宅に住んでいますけど…最近は人も呼んでいないそうです」
「そう…」
と、マキは呟くと、すぐに顔を上げてエルザの方に向き直った。
「K-9隊出動よ。今回はエルザ、イシス、フィーアで行動してもらうわ。突入場所はラミナ市内、マルタ・ブルーンス邸よ。健闘を祈ります」
「了解!」
そしていよいよ、K-9隊が出動した。
今回のメンバーはエルザのほか、イシス・トライスター、およびフィーア・天神の3名である。
「もはやためらっている余裕などない。正面から強行突破するぞ!」
「はいっ!」
エルザの指示により、勢いよく扉が押し破られる。室内は薄暗い。昼間だというのに闇の中だ。
「警察だ!マルタ・ブルーンス、連続殺人の容疑で…うっ!?」
威勢よく切り込んでいくエルザだったが、次の瞬間言葉を失った。
なんと、エルザの足元に、皮を剥がれたキツネ形ファンガーの死体が転がってきたのである!!
「きゃあ!?し、死体!?」
「フィーア!すぐのこの死体のDNAを調べろ!」
「DNA情報鑑定…マルタ・ブルーンスと…一致…!?」
「な、なんだとっ!?」
「い、一体何がどうなってるんですか!?」
あまりに唐突過ぎる犯人の死。しかし何かがおかしい。
こんなことがありえるはずがない!焦りを感じる3人…そしてエルザは思わずこぼしていた。
「くっ…一体どういうことだ…!!」
「それは…こういうことですわ」
すると部屋の奥から、女性の声が響いてきたかと思うと、キツネ形の美女が現れた。
足音に混じるモーター音から察するに、ロボットであることは安易に想像できた。
そしてそれこそが、今回の騒動の真相だったのである!
「うふふ、それにしてもまさか警察のみなさんが来てくださるなんて夢にも思いませんでしたわ」
「そんな…あなたは一体何者なんですか!?」
「あら、私はマルタ・ブルーンスですが…何か?」
「ウソよ!だってマルタ・ブルーンスはこの部屋で皮を剥ぎ取られて殺されて…」
すると、マルタと名乗ったそのロボットは足元に転がる肉塊に目をやると、まるであざ笑うかのように切り返した。
「ああ、あの肉の塊ね。もう私には不要なものですからねえ、皮だけ剥いで処分しましたの」
「肉の塊だと!?」
「そう。昔はもっと美しかったのだけど…歳をとるってイヤね。どんどん弛んできて醜く落ちぶれていく。だからもうそんな気色の悪い身体とはおさらばしようと思ったのよ」
「それで…罪のないロボットたちを襲って殺したんですか!?」
「殺した?あれは新しい身体の部品を採取していたのよ。そして得たのがこの永遠の輝き!永久に美しい…ロボットという存在に生まれ変わったのよ!オーッホホホホホホ…」
と、高笑いをしていたマルタの頬に、エルザのトンファーが炸裂する!
「がはっ!?…な、何をするの!せっかく手に入れた美しい身体に…!!」
「美しい身体…ねえ。その『美しさ』のもともとの持ち主から奪い取って寄せ集めたその身体がですか」
「なっ!?」
「ふざけるのも大概にしていただきたい。そのためにどれだけの命が奪われたか、貴女は何故おわかりにならないのです」
「お黙り!女ってのはねえ…常に美しくありたいと願うものなのよ!その願望を…」
「そう。その『欲望』を叶えたいがために貴女はロボットたちを殺し、奪い取った部品を寄せ集めて理想の身体を作り上げた」
「ぐっ…!」
「そして、その新しい身体に自我を移し、用済みになった古い身体を処分し、そこから毛皮を剥ぎ取って着ることで…あなたは美しさを手に入れたというわけだ」
「そ、そうよ、私はこれで永久の美しさを…」
するとエルザは、吐き捨てるように切り返した。
「まったく…救いようもない愚か者だな」
「なんですって!?」
「所詮は偽りの美しさ。自分の欲望のために他人を殺したばかりか、その身体を弄んだのだからな。そんな貴女の生き様など…美しくはない!」
さらに詰め寄るエルザの迫力にたじろぎ、思わず後ずさりしてしまうマルタ。
「うっ…ぐっ…!?」
しかし、二人の距離は縮まっていく。それどころか、部屋の隅にまで追い詰められたマルタはもはや、後ずさることも出来なくなっていた。そして…。
「マルタ・ブルーンス、殺人の容疑で貴女を逮捕する」
ついに、マルタの腕には手錠がはめられた。偽りの美しさを手に入れた愚かな姫君のあっけない幕切れであった…。
事件解決後、赤い夕日を見ながら立ちすくむ3人。
「マルタ・ブルーンス…なんだか可哀想…」
そう呟きながら、フィーアは涙を流していた。
「彼女は『美しくありたい』という妄執にとり憑かれていたのですね…」
「ああ、だが結局は彼女の行き過ぎた美へのこだわりが、今回の事件を生んでしまったのだ…まったく、悲しいものだな…」
『美しくありたい』…。
女性なら、誰もが抱くであろうその気持ち。
誰もが憧れるであろう、その美しさ。
しかし、それは時として人を変えてしまう狂気になる。
そして、それは時として、他人の未来をも奪い去る凶器にもなり得るのだ…。
Tweet |
|
|
4
|
3
|
追加するフォルダを選択
美しくありたい、女性なら誰もが抱くであろうその気持ち。
でも、それがこんな怪事件を起こしてしまうことだってあるんです。
特に未来世界では。
◆出演
続きを表示