No.410872

<短編>Infinite・S・Vestige 2

izumikaitoさん

十年前、ひとりの科学者――少女によって生み出された宇宙進出のためのマルチスーツ、その名も「インフィニット・ストラトス」。通称ISが生まれてから数年後、ひとりの少年の運命をそれが変える。傷を背負いながらもISによって運命を変えられた少年がひとつの舞台に立つ。少年の見出す未来とは一体……

2012-04-19 07:06:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:614   閲覧ユーザー数:600

 六時三十分00秒。

 突然甲高い目覚ましの如く鳴り響く音楽で目が覚める。

 ゆっくりと布団を被る。まだ起きたくないという気持ちの現れのようだ。同じ部屋に住む織斑一夏も起きる気配はない。

 三十秒ほど経って携帯の音楽は途切れる。しかしまたすぐに同じように音楽が鳴り響く。これを無視し続けても延々とこれの繰り返しだというのは分かっていた。眠気に何とか耐えながら布団の仲から手を伸ばす。

 携帯の近くを何度か空振りしてようやく掴み、着信のボタンを押す。

 

「……はい」

『あ、お兄ちゃん、おはよう。今日は二回目で起きてくれたね。でもどうしてすぐに出てくれなかったの?』

「俺だって眠いんだよ……こんな朝早くから起こさなくても――」

『駄目だよ。起きてから頭が正常に働くまでは時間が掛かるんだからちゃんと朝の授業に合わせないと』

「……ぁぁ」

『はいっ! まずは起きて顔を洗って、歯を磨く。それからちゃんと着替えてから、それから――』

「そこまで言われなくても分かってるさ!」

『……ごめんなさい』

 

 携帯の奥から小さく謝る声が聞こえてきた。本当に申しわけなさそうにしている。

 少し強く言い過ぎただろうか。

 妹がこんなにまで自分にベッタリになってしまった理由は分からなくもない。とはいえここまでされると逆に恐怖を抱くこともなくはなかった。

 

「……悪い、言い過ぎた」

『っ! ううん、私の方こそごめんね。それで今日の朝食はね――』

 

 携帯を肩と耳で挟みながら器用に洗顔と歯磨きを終える。

 隣でまだ豪快に眠っている一夏をそのままに着替えを終わらせる。さすがに着替える時は電話をしながらはできないために通話状態で手早く着替えていく。

 その間にもボリューム最大の状態で妹の声が聞こえている。

 その間にもウンウンっと相槌を打ちながら着替える。そしてもう一度耳に当てながらもう一度髪の毛など容姿を確認し、部屋を後にする。

 いつものように黒い髪はまるで頑固な寝癖のようにその存在感を見せている。

 携帯の奥からは途切れることなく妹の栄養についての講義が続けられている。今日の朝はどのような食事を摂るべきなのかをいちいち指示してくるのだ。

 これも兄である飛鳥のことを思ってのことなのだがやはり食べたいものを食べられないというのは時々辛いものだ。

 こっそり食べてやろうとも思うのだが、何故かどこからか見られているような気がしてなかなか実行に移せなかった。

 食堂に向かうと既に席に座って朝食を摂っている女子生徒たちがいた。当然ここIS学園は女子高であるために周りには女子しかいない。

 イレギュラーとして二人の男子がいるがそれでも女子高であることには変わりはないのだ。何せ世界でたった二人しかISを男で操作することができないのだから。

 何故携帯の向こうの妹がIS学園のメニューを把握しているのか。それは当然飛鳥が朱雀に送るように指示されたからだ。始めはそんなことは必要ないと言ったのだが並々ならぬ雰囲気で何度も要求して来たのだ。

 それは結局飛鳥がIS学園に行くまで続き、最後にはとうとう折れることになった。

 一つひとつ指示されるがままに料理を選んでいく。流石に料理をトレイに乗せる時には一旦通話を止めている。

 ようやく取り終えて空いている席を見つけそこに持って行く。そして最後に別れの言葉を言おうとした時だった――

 

「あっ、アッくんだー。おはよー」

「ちょっと本音、紅月くん今電話中だから終わってからの方がいいんじゃない?」

「もう慣れたよね、この光景。確か妹さんからだっけ? しっかしお兄ちゃん娘なんだね、紅月くんの妹さん」

 

 手を振ることで声をかけてきた女子生徒に答える。

 今にも寝入りそうな瞳をしている少女――布仏本音だ。その両隣には彼女の友だちである相川静香と谷本癒子の姿も見える。

 彼女たちが言うように飛鳥が朝から携帯電話で通話している姿はIS学園ではもはや陶然の光景のようになっていた。本人としてはとても嬉しいことではないのだが。

 妹の朱雀を寂しがらせないようにするためとはいえ携帯料金は馬鹿にならない。少し自嘲してほしいのが飛鳥の願いなのだが。

 

『ねぇ、お兄ちゃん……今誰かの声がしなかった? 女の人の声だったよね?』

「……ここはIS学園、女子高だ。俺ともうひとり以外は全員女なんだから当然――」

『まさか変なことされてないよね? 大丈夫だよね?』

「……ダイジョウブダ」

『そう? もし何かあったらと思うと私、私……』

「ぁぁー……まあ、大丈夫だ。流石にそういうことはない「はず」だから」

『ぅん……でももし何かあったら帰ってきていいんだからね?』

「帰れれば、な……」

 

 彼女たちの声が電話越しに聞こえてしまったらしい。すると静かなる怒りのようなものを含んだ声が聞こえてきた。

 何故か飛鳥が他の女子と接するのを酷く嫌う傾向がある。それが知り合いであっても、ましてや彼女自身が知らない人物となればなおさらそれが顕著である。

 IS学園に誰がいるのかを知らない彼女であるために電話のたびに落ち着かせなければいけなかった。

 別段彼女がほしいなどという邪な考えを持っているわけではないが、それでも折角のことなのだから少しは話をしたいと考えている。

 電話を終えてからはいくらか話し相手もできていたので会話をするようにしていた。

 電話の奥から何か変なことをされなかったかという声が聞こえてきた。何もなかったとはいえない。何せ男二人の部屋になったとはいえ突然ルームメイトの一夏の幼馴染という少女が突然来訪したのを皮切りにその後ろにいた女子生徒たちが雪崩込むように入ってきたのだから。

 その時は千冬の一括で難を逃れたが、それがなかったらどうなっていたことか。

 この学園が女子高であり、入学してくる生徒たちのほとんどが中学も女子高、つまりほとんど箱入り娘状態であるために男に対しては免疫がなかったり、経験がなかったりして珍しい存在だったのだ。

 つまり飛鳥と一夏はこのIS学園という名の動物園の目玉――言ってみればパンダ状態だった。

 変なことというのがなんなのかは分からないが、とにかくそういうことは今後もないはずだと信じたい。

 電話の奥から本当に心配する声が聞こえてきた。当然だ、飛鳥が今いるIS学園。その扱う兵器――スポーツの道具は嘗て二人の両親を殺した存在なのだ。暴走とはいえ殺されたのに何も思わないものはない。

 それに今飛鳥の手にある紅い腕輪――あの時廃棄されたとばかり思っていたIS「ヴェスティージ」が戻ってきていた。

 運命の悪戯か、それとも何かの暗示か。

 飛鳥の最後の呟き。

 それが朱雀に届いたのかどうか。言い切るのと同時に通話ボタンを切っていた。


 
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