No.410673

レモンマカロン

J・Jさん

最近流行の美術館探索ホラーをクリアしたのでその勢いで創作を。
一年以上ぶりの投稿が百合カップリングでないことに自分で驚く系の話があったらしい。

そういえば色々とネタバレ有りなので一応注意されたし。

ib

2012-04-18 21:11:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:886   閲覧ユーザー数:871

 

今日は、ギャリーと待ち合わせ。

待ち合わせはすごいこと。一人では絶対にできないから。

場所は、約束のマカロンのお店。ギャリーはもういるだろうか。

 

はやる気持ちと急ぐ足。時計を見れば、まだ約束の30分前。

でも、きっと、ギャリーはもう来ている気がする。

 

足は止めずに地図を出して、信号をまっすぐ、突き当りを右に曲がって、正面にすぐ見えるお店。そこに。

 

「あら、イヴ。早いのね」

 

ほら、待ってた。

 

 

『レモンマカロン』

 

 

「……やっぱり、ギャリーの方が早かったね」

 

突き抜けるほどの青い青い空と、本物の暖かさを持った大きな太陽の下で、私はきっと曇り空な顔をしていた。

子供じみた(実際、私はまだ子供だけれど)気持ちだけど、先に来て、ギャリーを待っていたかったのに。

 

「だって、レディーを待たすなんて男のする事じゃないじゃない?」

 

膨らんだ私のほっぺをつつきながらギャリーは言う。

……うれしくないけど、うれしい。そんな、変な気持ちが胸の中で踊っている。

 

「今度は、ぜったい私が先に来るから」

「ふふ、競争ね」

 

「でも、急ぎすぎて車に轢かれちゃだめよ?」そんな事を言いながら、ギャリーは私の手を引いた。

「あの日」と、同じように。

 

 

「いい天気だし、テラスに出ましょ?」

 

あれから二週間が経った。美術館のゲルテナ展は好評のまま終わりを告げ、今はもう別の人の作品があそこにある。

でも。……きっと。あの日、燃やしてしまったあの絵は。今も、誰も知らない深海の下にあるのだろう。

 

『もしも、ここから出られるのが二人だけだったら……』

 

お日様のような髪の色、雪のように白い肌、寂しさの詰まった透明な心。

 

『イヴは、誰と出る?』

 

そんなあの子に、メアリーに、わたしは。

 

『……ギャリーと、メアリーに、あげる。その時は、二人で出て』

 

わたしは、結果として。うそをついた。

戻ってきたのはギャリーとわたし。

 

メアリーは……。

 

「イヴ?」

「……えっ」

 

ぼんやりとした心に飛んでくるギャリーの声。心配そうなギャリーの顔がはっきりとした目に映り込む。

 

「どうかした? 具合でも悪いかしら?」

「ううん、そうじゃないの。ごめんなさい」

 

視線が合ったのは一瞬で、すぐに目をそらしたけれど。

 

「……そうね。随分経ったような気がしたけど、まだ二週間だものね」

 

ギャリーには、全部解っちゃったみたいで。

 

「あの絵を……メアリーを燃やしたのはアタシよ。イヴが気に病む事はないわ」

「でも……」

 

どうしても考えてしまう。

だって、メアリーは。確かにあそこにいて、私たちと話をして、笑って。

 

『おねがい、やめてぇ!』

 

確かな言葉で、そう言ったのに。

 

「メアリーは、寂しかっただけなの。きっと」

「……ええ」

 

たとえば。私がメアリーのように、ゲルテナの作品の一つで。

気が付いたら、あの世界で一人ぼっちで、話せる相手なんていなくて。

そんな中で、「人間」になれるかもと知ったら……。

 

 

「お待たせいたしました。ご注文のマカロンセットです」

 

 

考え事の中に声が降ってくる。顔を上げると、さっきの店員さん。

いつの間に注文したのか、手にはいろんな色のマカロンが乗ったお皿と、紅茶のカップが二つずつ。

 

「……食べましょ。美味しいのよ、本当に」

 

私の方に置かれたお皿から、ギャリーは赤いマカロンを取って、私に差し出した。

お行儀が悪い気がするけれど、ギャリーの笑顔に誘われて、一口かぶりつく。

 

「おいしい……」

 

口の中で優しく広がるリンゴの味。ほんのちょっと前の重たい気持ちが消えていく。

 

「でしょう? アタシ、これ一つでこのお店のファンになっちゃったのよ」

 

ギャリーの声が弾む。途端、陽の陰った気持ちが暖かくなる。

 

「うん、わたしも大好きになっちゃった」

 

返す言葉もなんだか弾んで。

 

「ね。いいわよね、ここ」

 

いいな。素敵だな。なんだか、とても。

 

「ありがとう、ギャリー」

「……? どうしたの? 急に」

 

大好きだな。大切だな。

 

「急じゃ、ないの。ずっと言いたかったの」

 

今が、この時が、ギャリーといる時間が。

 

「わたし一人じゃ、きっと、ここには帰ってこれなくて。ギャリーがいたから」

 

あったかいな。心地いいな。

 

「ギャリーだって怖い思いしてたのに、わたしの事、ずっと心配してくれて」

 

ずっと、ずっと一緒にいたいな。

 

「ギャリーの事、だいす……」

 

ギャリーと、一緒にいたいな……。

 

「イヴ……」

「……………………」

 

……あれ?

 

「イヴ?」

 

なんだかわたし、すごく恥ずかしい事を言っているような……。

 

「……あ、の」

 

あれ、あれ?

 

「ち、違うの! 違くないけど、違うの!」

 

なんだか、急に、すごく。

 

「ギャリーの事は大好きだけど、この大好きは今言っちゃいけないような、なんていうか」

 

恥ずかしい。

 

「イヴ、イヴ。落ち着いてちょうだい。ほ、ほら、紅茶が冷めちゃうわよっ?」

「あ、うん! そうだよねっ!」

 

慌ててカップを手に取って、紅茶を一気に飲み干した。

きっとおいしい紅茶だったろうけれど、味なんてわからなかった。

 

「はー……」

「落ち着いた?」

「う、うん……」

「………………」

 

言いながら、それでもまだ恥ずかしくて。もう一度小さく息を抜いた。

見上げた空は真っ青で、見上げる私は多分真っ赤で。残ったマカロンは黄色で。

 

「ね、ギャリー」

「なあに、イヴ?」

 

あの日の事を全部思い出すのはまだ怖くて。でも。

 

「わたしね、悪い子なの」

「あら、どうして?」

 

……でも。

 

「さっきまでね、メアリーの事を考えてて」

 

あの日、美術館に行かなかったら。

 

「本当にこれでよかったのかなって、思ってたはずなのに」

 

あの日、一つでも違う道を歩いていたら。

 

「約束のマカロンを食べに来れて、ギャリーと話せて、うれしくて」

 

あの日、ギャリーに会えなかったら。

 

「今だって、このマカロンの色を見て、メアリーの事より、ギャリーがくれたキャンディーの事を思い出したの」

 

わたしは、わたしが知らない後悔を、わたしが知らないまま持っていただろうって。

 

「そう……」

 

ギャリーがやさしい目でわたしを見る。

 

「ありがとうね、イヴ」

 

そんな目で、そんな事を言う。

 

「……急に、どうしたの?」

「急じゃないのよ。ずっと言いたかったわ」

 

ギャリーはおかしそうに笑いながら、私の髪を指ですくう。

 

「イヴは、アタシがいたから帰ってこれたって言ってくれるけど。アタシだってそうだわ」

 

くるくると私の髪を指に巻いて。少し、くすぐったい。

 

「イヴがいなかったら……アタシは今ここにはいないわ。……だから、って訳じゃ絶対ないけど」

 

でも、そんなくすぐったさなんて。

 

「大好きよ、イヴ」

「…………っ!」

 

ギャリーの言葉で全部消えてしまって。

何も、言えなくなる。

 

「それに、イヴが悪い子なら、アタシなんて極悪人よ」

 

無言のわたしを変わらない笑顔で受け止めながら、ギャリーは髪から抜いた指を私の頭に落ち着けた。

 

「だってアタシ、今日までイヴの事ばっかり考えていたもの」

「そう、なの?」

「そ。イヴと同じ事を考えてたわ」

 

ぽん、ぽん、と。わたしの頭でギャリーの掌がはねる。

ギャリー、なんだか楽しそう。

 

「こうして、本物のお日様の光に当たって。イヴと一緒にこの店に来れて」

 

わたしも、なんだかうれしくなって、その手のひらを受け止める。

「あら」と、一言。ほんの少し驚いた顔をして。でも、すぐに二人で笑い合って。

 

「こんな風に、イヴと笑いあえて。おしゃべりできて」

 

ぽかぽかのお日様はちょうど私たちの上にいて。

 

「イヴと出会ってよかったわ、って。本当にそう思うの」

 

そよそよと静かな風が肌に心地よくて。

 

「うん。わたしも」

 

わたしも、ギャリーと出会えて。本当によかった。

 

 

「イヴはやさしい子だから、色んな所でメアリーの事を思い出すと思うわ。……これからも、ね」

 

二つのお皿に残った一つずつの黄色いマカロン。

 

「それでいいと思うの。誰も知らないメアリーの事、アタシ達くらいはおきましょう?」

 

ギャリーももしかしたら、メアリーの事を思い出してるのかもしれない。

ギャリーも、やさしい人だから。

 

「でも、それだけじゃダメよ? イヴはイブの幸せの事を考えなくちゃ」

「うん。それにはね、ちょっとだけ自信があるの。条件もあるんだけど……」

 

メアリーの事を覚えてる私達が、ずっとずっとメアリーの事を覚えていたら。

 

「あら、なあに? 聞かせてくれないかしら?」

「えっと、ね。私の幸せはね……」

 

あの世界で燃やしてしまった絵の魂が、こっちに引き寄せられるんじゃないか。

 

「ギャリーと一緒がいいかな、って。そう、思うの……」

 

ふと、わたしはそんな事を考えていた。

 

「あら……この子ったら。本気にしちゃうわよ?」

「え、っと。すごく、本気なの」

「ふふ、そう……」

 

ほほえましそうに、でも、決して馬鹿にしたようじゃなく。

 

「そうねぇ、それじゃあ」

 

お皿のそばで杖になっていた左手が、ゆっくりと黄色いマカロンに伸びて。

そのままの速さで、私の胸のあたりで手が止まる。

私も同じように、黄色いマカロンを手に取って。二つのマカロンを突き合わせた。

 

「予約、しておいてもらえるかしら?」

「…………うんっ!」

 

最後の一つ、黄色いマカロンの味は。甘くて酸っぱいレモンの味だった。

 

END


 
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