No.410123

魔術師志願2

nakさん

雪沢正一は魔術に興味をもつ高校生。主にオカルト記事を載せる新聞部に所属し、魔術を極めようと魔術道具の作成について考えている日々をおくっていた。
ある日、古本屋で発見した魔術書によって彼はついに魔法道具を作ることに成功する。彼はそこから魔術への道が開けるものと思ったのだが……

2012-04-17 19:40:18 投稿 / 全21ページ    総閲覧数:348   閲覧ユーザー数:348

六限が終わると成嶋が雪沢に声をかけた。

「雪沢、今日部活でしょ?トップ記事決めるんだったよね。」

「え、ああ、そうだな…。足は平気なのか?」

「大丈夫よ、別に運動するわけじゃないんだし。」

そこに加藤唯と青園遥が割り込んで来た。

「成嶋さん、怪我した事だし今日は帰りましょうよ。」

「ありがとう、でも平気よ。」

「るりか、ダメよ。今日は帰るの。そしてみんなでルージナでお茶しようよ。」

青園は成嶋の腕にしがみついて、雪沢を睨むように見ていた。

ルージナは近くにある喫茶店の名前である。どうやらこれを寄り道の口実にしたいようだ。「ちょっと二人とも。」

「青園と加藤もこう言ってくれてるし、やっぱり今日は部活参加しないでいいよ。」

「でも今日はトップ記事の話し合いでしょ?あたしが参加してないとなんだか不安で。」

「じゃあさ部活自体を明日に延期しとくよ。一年生二人にはオレから言っておくから。」

「そう?なんだか悪いわね。」

「雪沢もたまにはいい事言うね。それじゃ早速行こうよ。今週からね、期間限定のケーキセットが始まってて、すごく美味しいんだって。」

青園はしがみついていた成嶋の腕を今度は引っ張っていた。

「唯、分かったからそんなに引っ張らないでよ。」

笑ながら成嶋が言う。

雪沢はその声を後ろで聞きながら、教室を出て部室へと向かった。

 

部室で一年生二人に部活の延期を告げると、雪沢はすぐに学校を出て家に向かった。

「放課後成嶋が話しかけてきた時は焦ったな。」

帰る途中、雪沢はさっきの出来事を思い返していた。

「『血がついちゃったからハンカチ洗って返すよ』とか言ってくるのかと思ったけど、考えすぎだったな。」

体育の時間に偶然成嶋の血を手に入れた時から、それを使って再びタリスマンをつくってみたいと思っていた。だから今日の部活は理由をつけて中止にしたかった。

「まあそんなガラでもないか、成嶋は。でも青園と加藤はいいタイミングで割り込んできてくれたよ。」

あの時二人がこなければ、どんな口実でもって部活を中止にしたかを考えてみたが、上手くできたとは思えなかった。雪沢が第二新聞部の活動には積極的なのは成嶋もよく知っている。捻挫ぐらいで部活の中止を言いだしたら、勘の良い成嶋はなにかがおかしいと怪しんだだろう。

「二人には感謝しないとな。」

そう思うと雪沢は歩みを速めて駅へ向かった。

 

家に帰るとさっそく自分の部屋に向かう。扉を閉めるとカバンをおき、ハンカチを慎重に取り出した。

「さて思いがけず女の子の血が手に入ったけれど…。」

雪沢は取り出したハンカチを広げて見る。真ん中あたりに体育の時についた成嶋の血があった。そっと触って見るとまだかすかにしめっているようだった。

「魔術書には『blood of virgin』ってあった。これは処女の血って事であってるんだろうな。俺の血ではうまく出来なかったし。」

雪沢はこれまでの事を整理するかのように思い出してみた。

「このハンカチについた血、これでもう一回作ってみよう。問題は布に染み込んでるようなのだも大丈夫なのかと、成嶋が処女なのかどうか、かぁ」

雪沢はため息をついてハンカチに付いた血を見る。そのどちらも今の雪沢にはわかりそうになかった。

「聞いて教えてくれるわけないし。」

雪沢は改めて成嶋の事を考えてみた。ショートカットで細身。背の高さは普通、多分胸はそんなにない。全体的にボーイッシュな雰囲気だ。顔は可愛い方だと雪沢は思う。ただ学校の男子で誰かが彼女の事を好きだ、なんて噂は聞いた事がない。友達は多い方ように思えるけど、リーダーになるような感じはない。

「ボーイッシュだから処女の可能性は高いのかなぁ。たしか誰かがそんな事を言ってた気がする。彼氏がいるみたいな話も聞かないし。」

雪沢はどこかで聞きかじった『処女の見分け方』の話を思い出していた。だがその見分け方が本当かどうかなども雪沢にはわかるはずがなかった。

「…考えていてもしょうがないか。とにかく今夜もう一回試してみよう。」

雪沢はそう思うとタリスマン作成の準備に取り掛かった。

 

血以外の材料の準備を終えるとちょうど夕食の時間だった。雪沢はいそいで夕飯を食べると、風呂も済ませて部屋にもどってきた。まだ24時までには時間がある。雪沢は再度材料が揃っているかを確認した。確認していく中で、雪沢はハンカチを広げ、血が付いている部分を見た。

「これは全部ビーカーにはいらないかもな。」

そう思った雪沢は血が付いた部分だけをハサミで切り抜いた。

 

24時が近づいてきたので、雪沢は準備に取り掛かった。一度やっている事もあって素早くできた。ビーカーを火にかけるとハンカチの切り抜きを持って時計を凝視する。そして24時になると同時に血のついた布をビーカーの中の液体に入れた。

その瞬間、雪沢はビーカーから光が溢れ、視界が真っ白になった気がした。

「えっ!?」

雪沢は思わず叫んだ。だが次の瞬間には視界は元にもどっていた。ビーカーを見てみるが、変わったところはない。

「今、確かに光ったよな。」

雪沢は確かめるように自分に小声で囁いた後、もう一度ビーカーを見てみた。

やはりそこにはごく普通のビーカーがあるだけだった。

「正一、なにかあったの?」

声が聞こえたのか階下から母親が尋ねる声が聞こえた。

「なんでもないよ。」

そう答えると余計な詮索をされない為に部屋の電気を消した。アルコールランプをダンボールで囲って光がもれないようにすると、ビーカーの中身を見つめた。炎に照らされて雪沢の顔は部屋の中にうっすらと浮かび上がっていた。

 

朝になった。雪沢は布をいれた瞬間の光が気になって眠気を感じる事がなく、今回はずっと見守っている事が出来た。だかビーカーから光が漏れる事はなかった。その事はすこし残念に思っている雪沢だったが、二度目のタリスマンを完成させた事には充実を感じていた。

雪沢はピンセットを使ってハンカチの切り抜きを液体から取り出した。取り出した布を見てみると、血はすっかり綺麗に取れていた。

「血はちゃんと混ざったらしいな。」

そう判断した雪沢はケースを取ると、ビーカーの液体をゆっくりとそそいでいった。一杯になったところでキャップを閉めた。

その瞬間、ケースから光が溢れた。雪沢の視界は真っ白になり、思わず目をつぶってしまう。ゆっくりと目を開けてみると、そこには普通のケースがあるだけだった。

「昨日血を入れるときは光ったっけ?」

そう思いながら雪沢は手に持ったケースを四方から眺めてみた。変わったところはなさそうだった。だがふいに雪沢は変化に気がついた。

 

ケースは相変わらず光っていなかった。だがケースを持つ雪沢の手のまわりには青く光るオーラがあった。

呆気に取られていた雪沢は、しばらくなにも考えられず硬直したように動けなかった。だがやがて時間が経って落ち着いてくると、なにが起こったのかを確かめるべく行動を起こした。

まずケースを持った手をゆっくりと動かしてみる。手の動きに合わせて、周りのオーラも移動する。反対側の手に視線を移す。そちらも青いオーラで覆われているようだ。両足を見てみたがやはりオーラで覆われて見える。雪沢は鏡の前に移動して、全身を見てみる。鏡の中の雪沢は青いオーラに覆われた姿で立っていた。

「これは、せ、成功したってことかな。」

鏡の前で身体をひねって見るがやはりオーラは身体にあわせて動く。

雪沢はここで手に持ったケースを慎重に机の上に置いた。手を離して机から少し離れると、身体の周りのオーラが消えた。そしてケースを持つと再びオーラが見えるようになった。

「これは『オーラを見る能力』だよな。」

雪沢は確認するようにゆっくりとつぶやいた。

「出来たのか、あの内容は正しかったのか、魔法は実在したんだ!」

雪沢は小さくガッツポーズをとる。いろいろな考えが溢れてきて出てくる言葉のまとまりはつかなかった。

「そうだ。」

なにかを思いついたのか、雪沢はケースをもったまま階下におりていった。

 

キッチンでは母親が朝食の準備をしていた。手に持ったケースの感触を確かめながら、雪沢は母親の姿を視界に捉える。

母親の姿は、やはり青いオーラに包まれて見えた。

「あら、おはよう。」

雪沢に気がついた母親はそう声をかける。

「ん、おはよう。」

そう答えながら雪沢はタリスマン制作の成功を確信した。

(間違いない、これはタリスマンが出来たんだ。オーラを見る能力が発揮されてるんだ。)

 

朝食を素早く食べると、雪沢は駅へと向かった。駅に行く道すがら、目に入ってくる人は青や緑のオーラに包まれていた。雪沢はタリスマン作成成功の嬉しさを抑えられず、自然に顔がにやけてしまっていた。やけにニヤニヤしているものだから、すれ違う人が不審そうに見てくることもあった。

駅についてホームへとはいっていった。しばらくすると電車がはいってきた。ドアが開いて乗客が降り、ホームで待っていた人達が乗り込む。雪沢は乗り込む人達の流れに合わせて押されるように車内へと移動し、なんとか片手でつり革を確保し、もう片方の手でポケットの中のタリスマンを保護するように握りしめた。

乗客の乗り降りが終わったのかドアか閉まり電車が動き出す。雪沢は車内を見回してみたが、やはり車内の人々は青色のオーラに包まれて見える。あらためて雪沢はタリスマンの作成に成功したことを実感していた。

しかしオーラが見えることに慣れてきた雪沢は別のことも思っていた。

「たしかにすごいけど、オーラが見えるだけなんだよな。」

見えること自体はすごいことと分かっているが、だからといってそれが何かに役立つとは思えない、最初の興奮も冷めてすこし落ち着いてきた雪沢はそうも思い始めていた。

そんなことを考えていたら電車は次の駅についた。扉が開いて何人かが降車し代わりにホームで待っていた人が乗り込んで来る。もちろんこれらの人々も、青や緑のオーラに包まれていた。乗客の乗降が終わり、電車は再び動きだした。車内の人々は青いオーラに包まれて雪沢の目に映っていた。

「あれ?」

雪沢はなにか心に引っかかるものを感じた。だがその正体は分からなかった。

「なにかがおかしい気がしたんだけどな。」

辺りを再度見回してみたりしたが、とくに気になることはなかった。そうしているうちに電車は学校の最寄り駅についた。ドアが開いて乗客が降りて行く。雪沢もその流れにのって車外へと出た。周りの人々は相変わらず青や緑のオーラに包まれて見えている。引っかかりの正体が気になりながらも、雪沢は改札を出て学校へと向かった。学校への道には山水学園の生徒をはじめ、大勢の人が歩いていた。

しばらく進んでいくと信号が前方に見えた。点滅していたので、雪沢は赤に変わる前に渡ろうと走り出したが、渡り始める前に赤になってしまった。向こう側からは横断歩道を渡りかけていた人が急いで渡りきろうとかけてきていた。

「あっ。」

その光景を見て雪沢は叫んだ。これまで心に引っかかっていたことが分かったのだ。

「色が違う?」

横断歩道をこちらにかけて来ている人は、緑と青のオーラに包まれていた。だが信号待ちをしている人達は、皆青色のオーラに包まれていた。

信号が青に変わり、待っていた人達が一斉に横断歩道を渡り始めた。するとそれまで青一色だったオーラに緑色の部分が増えていった。

「動いていると緑のオーラが増えるのかな?」

雪沢は色の変化に法則性がないかを考え始めた。道を歩いている人のオーラを見てみると、やはり緑と青のオーラが確認できた。そのまま歩いていたら別の信号に来たので、赤信号になるのを待ってみることにした。信号が赤になると皆が立ち止まる。するとそれまで青と緑だったオーラが青一色へと変化していった。急いでいるのか、何人かは車が来ないのを確認して道を横断していた。それらの人のオーラには緑の部分が依然としてあった。信号が青になって歩き始めると、青一色から緑が混じったオーラへと変化して言った。

「どうもそうらしいな。止まっていると青だけど、動いていると緑の部分がでてくるようだ。」

雪沢はそう確信した。そして他の法則性はないかを探ろうとして、学校へと向かいながら道行く人を観察していた。そしてもう一つの特徴に気がついた。

「正面は緑になるけれど、背中は青いままだ。」

すれ違う人は緑の部分を確認できるのだが、同じ方向に進んでいる人の背中は青のままだった。雪沢は少し歩みを速めて前を行く生徒を追い越し、追い越す時に横に目をやってオーラの色を確認してみた。前方は緑、後方は青だった。

「動くとき前が緑に変わるのか。」

観察結果から雪沢はそう判断した。だがしばらく歩いていたら、雪沢は前からくるある人物に気がつき興味を引かれた。

「あれは初めて見るパターンだ。」

その人物のオーラは、前方左半分が緑に変色していた。そして雪沢が気がついたすぐ後に左へと曲がっていった。雪沢はその人物の後を追って道を曲がった。曲がった先を歩いていたので走って追い越し、少し先でしゃがんで靴を直すふりをして様子をうかがった。オーラは先ほどとは異なり、前面すべてが緑になっていた。

「見間違いだったのかな?」

雪沢がそう思ったとき、またしても変化が起こった。青いオーラが左から広がっていき、緑なのは右半面のみとなった。そしてしゃがんでいた雪沢を右側によけて通り過ぎていった。

「今のはもしかして。」

雪沢は元の道に戻ると、向こうからくる人とぶつかりそうなコースで歩き出した。そしてすれ違うときにぶつからない様に避ける人のオーラを観察した。そしてわかったのは歩いている時は正面が緑だが、避けようとする少し前に、そちらの方向に緑色の領域が移動する事だった。

「動こうとする方向のオーラが緑色になるみたいだ。見えるだけなら対して役に立たないと思ったけれど、こうなると違ってくるな。他にもなにかないか調べないと。」

雪沢はそう決心した。

 

しばらくすると雪沢は学校に到着した。教室に入っていくと、すでに何人ものクラスメートがいて、それぞれ予習をしたりケータイをいじったりしていた。全ての人の周りにオーラが見えていた。雪沢は席に着くと斜め前にいる成嶋の席を見た。彼女もすでに登校しており、友達数人と喋っていた。

「成嶋の血のおかげでこのタリスマンを作れたんだな。」

雪沢はポケットの中のタリスマンを触りながら、同時に作り方を思い出していた。

「材料にはblood of virginって書いてあった。そして成嶋の血を使ったら上手くいった。そうするとあいつは処女ってことか。」

他人の秘密を知ってしまったことに、いまさらながら雪沢はすこし罪悪感を覚えた。

「あっ、雪沢。昨日はありがとね、延期してくれて。」

成嶋が雪沢に声をかけてきた。

「お、おう。」

考えていたことがいた事だけに、不意に声をかけられて雪沢は動揺した。

「足はもう大丈夫なのか?」

「おかげさまで!もう大丈夫。」

「そりゃー、あんなに食べれば治りも早いよね。」

横から青園遥が会話に加わってきた。

「ちょっと、そんなに食べてないわよ。」

「いやいや、限定ケーキセット三つはないでしょう?」

「あ、あれはその、ちょっと美味しかったから、つい。あ、雪沢もたべたほうがいいよ、ルージナの限定ケーキセット!すごく美味しいから。」

「オレは甘いのは苦手なんだ。」

「そうだっけ?まあそんな感じだから今日の部活は参加できるわ。一年生二人も今日参加出来るのかしら?」

「昨日確認したけど大丈夫だ。」

「そう、じゃあ放課後に。」

そういうと成嶋はまた友達との会話に戻った。

 

午前の授業中、雪沢はクラス内のオーラを見て、なにか変化が起こらないかを観察していた。その結果いくつか色が変化する条件が分かった。

まず最初の発見は二時間目にあった。この時間は荒井先生の日本史だった。荒井先生は定年間際の男性で、ボソボソと喋るのが特徴だった。板書も少なく、毎回数多くの生徒を眠りにいざなっていた。いつもは雪沢もそのうちの一人だったが、今日はオーラの観察をする事でかろうじて睡魔から逃れていた。

周りを見ると早くも落伍者が出始めていた。村越は必死に睡魔と戦っているようで、頭ががくりと下を向いてはその衝撃で目覚めてまた顔を上げるのを繰り返していた。オーラの色を見ると、青ではあるが色が薄くなったり戻ったりを繰り返していた。青園遥は机の上に突っ伏して完全に眠っていた。オーラの色は薄い青になっていた。

次の発見は四時間目にあった。四時間目は英語だったが抜き打ちの小テストが行われた。一旦は教室内にブーイングがあふれるが、容赦なくテスト用紙が配られる。しかたなく全員テストに向かった。雪沢はテストもそこそこに、みんなのオーラを観察していた。テストに集中しだすと、頭付近の色が濃くなっていくのが分かった。しばらくして山田がテストを解き終わったらしく筆記用具を置いていた。同時に頭付近の色が元に戻って行った。雪沢がその前の席にいる清水を見てみると、やはり頭のオーラの色が元に戻っていた。しかし彼はまだ答案用紙に書き込んでいた。ふと成嶋を見てみると彼女のオーラも変化していないようだった。

その後テストを終えた生徒は増えていったが、いずれもオーラの色は山田と同じ変化をした。

さらにオーラが見えるのは肉眼で見える部分だけというのも分かった。壁の向こうにいる人のオーラを見る事は出来ず、窓から上半身だけ見えている場合は上半身のみにオーラが見えた。

 

「午前中の観察で、またすこしわかってきたけど、これはすごいかもしれないな。」

学食でカレーを食べながら、雪沢はタリスマンを取り出して見ていた。容れ物のせいもあってか、見た目はパッとしない。だがその能力は確かだった。

「色の変化はなんで起こるのかな?頭の働き具合かと思ったんだけど。」

眠ると薄くなり、テストで考えている時は濃くなる。頭や意識不明の活動レベルに応じて色が変わるのではないかと雪沢は仮説を立てていた。だがこれだと清水や成嶋の場合の説明がつかない。

そんな事を考えていると、後ろを清水と村越が通り過ぎた。

「さっきの英語の小テストは参ったな。」

「全くわかんなかったぜ。選択式だったからとりあえず3に丸つけといた。」

「なんだよそれ?」

「選択式の問題は3が正解の事が多いんだよ。」

「ホントかよ。」

二人はそんな会話をしながら雪沢の後ろを通っていった。

「なるほど、あの時清水はなにも考えてなかったのか。だからオーラの色も変わらなかった。とすると、成嶋も適当に答えてたのか、結構不真面目なとこもあるんだな。」

これで仮説と矛盾しない、そう雪沢は思った。

 

五時間目は体育だった。

「今日からはサッカーをやるぞ。とりあえずは出席番号奇数偶数でチーム分けしろ。奇数は先生の左、偶数は右に移動な。」

園田先生がグラウンドに集合していた男子に言う。ガヤガヤと騒ぎながら言われた通りに分かれて行った。雪沢は偶数組だった。

準備体操の後、しばらくはチームごとにドリブルやリフティング、トラップなどの基礎練習を行った。一通り終わったところで園田先生がいった。

「じゃあ残りの時間は試合をやるぞ。これから五分やるから各チームポジションを話し合って決めろ。」

奇数偶数それぞれのチームで話し合いがはじまる。FW希望が多くジャンケンをして決めた。そこからあふれた人間はMFに流れていった。GKはサッカー部の鈴木がやる事になり、特に希望のない人間はDFとなった。あまり運動が得意でない雪沢も特にポジションを希望しないのでDFだった。

「決まったかー?そしたら両チーム位置についとけ。」

全員がそれぞれのポジションに移動したのを見て、園田先生がホイッスルを吹いて試合がはじまった。

まずは偶数チームが攻め上がっていった。雪沢はやや前進しつつ、その様子を見ていた。ここでまた気がついた事があった。遠くの人間にはオーラが見えなかった。もともと遠くの人間は小さく見えるので、その周りのオーラも見にくくなっていったが、ある程度離れると全く見えなくなるようだった。有効範囲は30メートルぐらいだろうか。

そんな事を観察していたら、奇数チームがボールを奪い攻め上がってきた。雪沢は下がりながら相手チームのFWのオーラを見た。今ドリブルして攻めてきているのは清水だった。オーラは前面が緑になっている。このままドリブルしていくのかと思った時に、不意に前面の色が青に戻っていった。同時に左側のオーラの青色が濃くなっていった。

次の瞬間、清水は止まって左にパスを出し、ボールは左サイドにいた山田に渡った。そして彼は雪沢の正面にいた。山田は雪沢を突破しようと向かってきた。雪沢は山田のオーラを見た。

「前面が緑なのでまだ直進してくるのだろう、でも一番濃いのは中央からやや左。すこし左にコースを取るに違いない。」

雪沢はオーラの状態からそう判断して、オーラの指し示す方向に向かった。山田は雪沢の予測通りのコースを進んだので、雪沢にコースを塞がれてしまった。立ち止まったところを狙って雪沢はなんとか山田からボールを奪い、前に蹴り出した。

前半はその後も何度か雪沢のところに相手チームが来たが、オーラを見てコースを推測する事で全て防ぐことに成功した。

「これは使える、オーラで相手の行動がわかる!」

前半を終えての休憩中、雪沢は今の結果に興奮していた。またこのサッカーで、午前中に観察したオーラの色の変化に関しての推測が間違っていなかった事も分かった。

後半は偶数チームが攻めていて、なかなか雪沢達のところボールがこなかった。だが終了間際に奇数チームの千田がボールを奪うと猛烈にこちらに向かって来た。千田はサッカー部のレギュラーだ。今まではみんなに合わせて手を抜いていたようだが、最後なので本気を出してみようと思ったのだろう。

雪沢は千田のオーラを見た。前面が緑になっているが、一番濃い箇所は刻々と変化していた。進行方向を細かく変えているのだろう。雪沢はその変化を確かめながら走って行き、千田のコースを塞ぐことになんとか成功した。

千田は雪沢と対面しつつ、ボールを足で押さえて様子を伺っていた。この状態からボールを奪うのは無理と思った雪沢は、千田が動いた瞬間になんとかしようと思った。

「動こうとする方向の色が変わるに違いない。」

そう考えオーラの変化に注目していた。すると千田の右前方のオーラが緑色に変わってきた。すかさず左へと動く雪沢、ほぼ同時に千田も右に動く。雪沢はボールを奪いにいく。だがそれを見た千田のオーラはまた変化した。右前方の色は元に戻り、逆に左が緑に変化していく。それに気がついた雪沢は右に動こうとしたが、左に動き出していた身体を止める事は出来なかった。千田は雪沢を抜き去ると、そのままゴールに向かいシュートをした。幸いキーパーの鈴木が止めたので得点はされなかった。

「動きがわかっても、自分が対応出来ないと意味がないな…」

雪沢は自分の運動神経の無さを実感していた。

そこで園田先生がホイッスルを吹いて試合は終わった。全員を集めると

「よしじゃあ今日はこれで終わりにする。全員解散!」

と言って授業は終わった。

教室に帰ろうとしていた雪沢に園田先生が話しかけてきた。

「今日はなかなか動きが良かったぞ。その調子で頑張れよ!」

そう言うとまた別の生徒のところに行って何か話しかけていた。

「先生がああ言うってことは、外から見ていても動きの違いがわかるんだな。訓練を積んだ人間にはかなわないとしても。」

雪沢は、自分が実感していたことを、他人から客観的な意見として聞く事で、有効だと確信できた。

 

六時間目が終わると、成嶋が話しかけてきた。

「雪沢、これから部活でしょ?荷物まとめるからちょっと待ってて。」

「ああ、分かった。」

そう答えると、雪沢は教室のすぐ外の廊下に出て成嶋を待った。

「お待たせ。」

ちょっとして成嶋が出てきた。二人で部室に向かう。

「雪沢はトップ記事に何を提案するつもり?」

「あるものの作成についてさ。」

「へー、であるものって何?」

タリスマン、と答えかけたが、すんでのところで言うのをやめた。タリスマン作成に成功した事を記事にするならば、当然ながら作成方法について詳しく記述しないとならない。そうすると「処女の血」の入手方法が問題となる。記事では入手方法を曖昧にする事も出来るが、タリスマンが存在する以上、誰かの血を使ったことは間違いない。

そして雪沢が入手出来る範囲の人物の血を使ったということに生徒が気づいて、色々聞いてくるに違いない。なによりそれを読んだ成嶋は自分の血が使われた事に気がつくだろう。その後の事はあまり想像したくなかったし、雪沢自身その事を皆に知られたくないと思っていた。

処女の血を使うという事自体を書かなかればいいのだろうけれども、それだとこれまで手に入れた役に立たなかった魔術書と同じことをやることになる。それは絶対にやりたくなかった。

「雪沢?」

考えていたためしばらく無言になった雪沢を不信がって、成嶋が顔を覗き込む。

「あ、あの、あれだよ、ホムンクルス。」

雪沢はとっさに別のものを言おうとしたが、結局このぐらいしか思いつかなかった。

「ホムンクルスは駄目って言わなかった?もうあんな臭いのはゴメンだわ。」

「そうだった?」

「ちょっとしっかりしてよ。でも雪沢からの提案がないって珍しいわね。今回は結構まともな一面になるかもね。」

「そうだな、ってどういう意味だよ?」

「言葉通りの意味よ。」

話しているうちに部室についた。二人は扉を開けて中に入った。少ししたら一年生二人もやって来た。

「みんな揃ったようだな。それではさっそく今度の新聞の一面の記事について、何かやりたいものがある人はいるかな?」

雪沢は三人に向かって聞いた。だが誰も反応しない。雪沢はしばらく三人の顔を見ながら待ってみたが、誰も何も言わなかった。オーラの変化がないかも観察していたが、特に見当たらない。

「成嶋は何か考えて来たんじゃないの?」

「えっ?うーん、一応考えては来たんだけど…」」

成嶋は何やら言い淀んでいる。オーラに特に変化はない。

「なんだよ?気になるじゃんか。」

「…ルージナのケーキセットのレポートなんてどうかなって。」

「却下。」

成嶋がいい終わるのを待たずに、雪沢が答えた。

「成嶋!人にはしっかりしろとか言っておきながら、それはないんじゃないか?」

「でもホムンクルスよりはましでしょ?昨日遥と加藤さんとケーキセット食べてたら何ともしあわせな気分になって、この気持ちをみんなに伝えたいなって。」

「でもこれまでのテーマと違いすぎるだろ。」

「まぁ、そう言われるとそうなんだけど…」

雪沢は他にも聞いてみることにした。

「サトシはなにかあるかな?」

「すいません、雪沢先輩。」

斉藤はいきなり椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がると、そのまま深々と頭を下げた。オーラを見てると頭付近の色が濃くなっていた。

「ずっと考えたんですが、なにも思い浮かびませんでした。それに仮に思いついたとしても、俺なんかの提案を、雪沢先輩の提案の対抗案として使うなど畏れ多くて…」

頭を下げたままそう答えた。

「いや、そこまでかしこまらなくてもいいからさ…、今回は始めてのことだし。」

「いえ、すいませんでしたっ。」

斉藤はもう一度謝ると、席に座った。

雪沢は視線を瀬野に向けた。彼女はうつむいていた、この様子だと彼女も特にアイデアを思いつかなかったのだろう。

やっぱりタリスマンを記事にすべきなんだろうかと、雪沢は考え始めていた。だがタリスマン作成に成功した事を知らせて自慢したいという思いの一方で、誰にも知らせずにタリスマンの能力を独占したい思いも強くなってきていた。他人にない能力を持っている優越感は、一度味わうと手放すのは難しかった。

そんな事を考えていたら、視界の隅で瀬野の頭付近のオーラに変化しているのを捉えた。なにか考えていることがあるのだと思った雪沢は瀬野に聞いてみることにした。

「しおりちゃんは、なにかやりたいことあるかな?」

瀬野はコクリとうなずいた。

「しおりは、廃病院の探検をしたいです。」

そう言うとカバンの中からなにか紙を取り出して三人に渡した。それは雑誌記事のコピーで、十年前につぶれた病院への潜入レポートだった。

「ああ、ここ聞いたことがあります。幽霊を目撃した人が何人もいるって。」

病院の名前を見て斉藤が言った。記事の見出しにもそんな事が書いてあるのが見受けられた。

「へぇ、それは面白そうだな。黒巣病院か。場所はどこにあるんだ?」

雪沢は記事に目を走らせながらそう言った。

「七王子市です。七王子駅からバスで10分ぐらいのところにあるそうです。」

瀬野が答えた。七王子市は山水学園のある国松市の西に位置する、山林が多くを占める市だ。電車で15分ほどの距離にある。

「瀬野さんはここで何かしたい事があるの?」

成嶋が瀬野に質問した。瀬野はまたゆっくりとうなずくと答えた。

「写真です。ここの写真がとってみたいです。」

「ここで写真ってことは心霊写真を撮ってみたいの?」

「それも撮れれば嬉しいですけど、しおり、廃墟の写真が好きなんです。」

「廃墟の写真かぁ。あたしはよく分からないけど、この記事の写真をみると確かに惹かれるところもあるわね。」

「成嶋がこの手のものに興味をしめすのは珍しいな。」

「オカルトって意味では興味ないけどね。この寂れた感じは好きかな。」

「しおりちゃんは他にも廃墟に行ったことあるの?」

そう尋ねられた瀬野はまたコクリとうなずいた。

「今までに20箇所ぐらい行きました。」

「すごく行ってるのね!あれ、でもここ近くだから行ったことあるんじゃないの?」

「しおり、中学までは別のところに住んでたんです。高校からこっちに来たのでこの近くの廃墟はあまりまわれていないんです。」

「そうか、瀬野さんは高校からこっちにきたんだっけね。」

「ええ、だからこの部活でこっちの廃墟もいろいろ行けたらいいなと思ってます。」

 

「それじゃあ」

二人の話が長くなりそうなので、雪沢が割って入った。

「他に提案がないならこれで行ってみようかと思うんだが?」

「別に構わないわよ。雪沢の魔術ネタと違って、みんな興味持ちそうだし。」

「一言余計だ。サトシもそれでいいかな?」

廃墟の話題では発言しなかった斉藤に雪沢が聞いてみた。

「あ、はい、瀬野さんのはとてもいいと思うんですが…」

斉藤は歯切れ悪く答えた。

「が?」

「あの、俺どうも幽霊とかつかめなそうなものはちょっと苦手で…」

「おいおい、第二新聞部でそれは困るな。」

「ええ、雪沢先輩のおっしゃるとおりなんですが、どうも…」

「大丈夫よ、斉藤くん。」

成嶋が言った。

「幽霊はいないって事を確かめにいくと思えばいいのよ。」

「ええっ?」

「幽霊を見たってのは見間違い、そういう証拠を見つければ安心出来るでしょ?」

「ええ、まあ、そうですが。」

斉藤は納得したようなしないような顔をしている。

「やっぱり成嶋は幽霊否定派なのか。」

「まあね。あたしがオカルトを信じないってのは雪沢がよく知ってるでしょ?」

「まあな。で、サトシ。大丈夫そうか?」

「あ、はい。雪沢先輩は、幽霊を信じてらっしゃるんですか?」

「肯定はしているな。ま、成嶋みたいなのに信じさせるには、見間違いじゃない、という証拠がいりそうだが。」

「わかりました。」

しばらく考えた後、斉藤が答えた。

「幽霊がいる証拠を探すために、ここに行きましょう。」

「えっ?ちょっと?」

成嶋が驚きの声を上げた。

「幽霊怖いんじゃないの?」

「成嶋先輩には悪いんですけど、俺は雪沢先輩の役に立つように行動したいんです。」

「いや、それはいいけど。」

そして雪沢の方を向くと

「すごい信頼のされかたね。」

と呆れ顔で言った。

「部長として、当然のことだよ。」

雪沢はそう答えた。

「じゃあ、今度の特集記事は黒巣病院の廃墟探索レポートで行くことにする。実施する日だけど、なるべくはやいほうがいいな。みんなの都合がつくなら明日が土曜だし、夕方あたりに行ってみたいんだが。」

「また急ね。あたしは大丈夫よ。」

「しおりも大丈夫です。」

「俺も行けます。」

「よし、じゃあ明日の夕方五時に七王子駅の改札集合で。」

「でも雪沢、行ってなにするか考えてる?」

「現地で適当に面白そうなものを調べようかと思ってる。」

その答を聞いて、成嶋があきれた顔をした。

「それ、何も考えてないのと同じよ。」

「そうか?なんとかなると思うんだけど。」

「ならないわよ。段取り決めとかないと。」

「あの…」

言い合っている雪沢と成嶋に瀬野が声をかけた。

「しおり、いちおう予定表も作ってきました。」

そう言うと、カバンの中からまた紙を取り出して二人に渡した。雪沢と成嶋は予定表を受け取ると内容を確認した。それには駅から現地までの道順や病院建物の見取り図、現地で行う事の一覧、注意しないといけないポイントなどが書かれていた。

「瀬野さん、この予定表すごいわ。やる事がわかりやすくまとまっていて便利だし、注意する事もわかりやすいし。」

「廃墟に行くときに使っているものなんです。役に立ちそうですか?」

「しおりちゃん、すごく役に立つよ。」

雪沢はこう答えると、成嶋に

「明日はこれに従って進めて行くのでいいか?」

と聞いた。

「ええ、これなら問題ないわ。瀬野さん、ありがとうね。」

「役に立てたのなら、しおり、嬉しいです。」

そう言うと瀬野は笑顔を見せた。

「それじゃ、今日は明日に備えてこれで終わりにしようか。」

「わかったわ。」

そして雪沢達は部室の戸締りをすると、駅へと向かった。

 

「雪沢先輩、成嶋先輩、俺はこっちなんで、ここで失礼します。」

「しおりもこっちです。さようなら、明日が楽しみです。」

そう言うと一年生二人は上りホームへと向かっていった。

「ああ、また明日な。」

雪沢はそう返事をすると、成嶋と一緒に下りホームへと向かった。すぐに電車が来たのでそれに乗り込んだ。

「瀬野さんのおかげで、今度のは面白くなりそうじゃない?」

「ああ、助かったよ。しおりちゃんに廃墟めぐりの趣味があるとは思わなかったけど。」

「変わってる子だなとは思っていたけれど、ほんと意外な趣味だったわ。」

「サトシが幽霊苦手なのも意外だった。」

それを聞いて成嶋はふと思い出した事があった。

「そういえば斎藤くんはやけに雪沢を信用してるよね?なんであんなに信用してるの?」

「連休前ぐらいだったか、サトシと友達が口論してたんだよ。魔術の事についてな。友達は魔術なんてあるわけないって言っていて、信じてるサトシの事をバカにしてたんだ。見かねたオレはその口論に参加して、軽くその友達を論破してやったんだよ。サトシはとても感動して、即入部してくれた訳だ。」

「五月になってから入部してきたのはそういう理由があったのね。しかし雪沢もよくやるわね。」

「魔術をバカにされているのを見過ごせなかったしな。」

「…いや、そういう意味で言ったわけじゃないけど。」

成嶋は小声でそう答えたが、雪沢には聞こえなかったようだ。

そうしているうちに、電車は二人の家の最寄り駅に到着した。

「あたしちょっと買い物してくね。また明日ね。」

成嶋はそう言うと駅前の商店街のほうへ走っていった。雪沢はその背中を見送ると、家へと帰っていった。

 

「懐中電灯にノートとペン、カメラ。持っていくのはこのくらいか。カメラは多分しおりちゃんも持ってくるだろうけれど。」

翌日の夕方、雪沢は廃墟調査のための準備をしていた。

「もちろんこれもだな。」

そういうと机の上に置いてあるタリスマンを手にとった。不意に自分のまわりにオーラが見えるようになる。タリスマンは首にかけられるよう、チェーンがつけてあった。雪沢はタリスマンを首にかけ、本体はシャツの中に入れ外からは見えないようにした。

「ちょっと早いけど、出かけるかな。」

そうして雪沢は七王子へと向かった。

 

七王子駅には四時四十五分に着いた。まだ誰も来ていないと雪沢思っていたが、改札にはすでに斉藤がいた。身体のまわりに見えるオーラは、まわりと比べるとやや濃い。

「こんばんわ、雪沢先輩!」

上下ジャージ姿の斉藤は、改札を出てくる雪沢を見つけると挨拶をしてきた。

「よう、サトシ。早いな。」

「初めての学外の活動ですからね。興奮して待ちきれなくて。」

「いや、いい心がけだよ。」

オーラの濃さはこれによるものかと雪沢は思った。

 

しばらくすると成嶋がやってきた。淡い色のシャツに、デニムのショートパンツ、黒レギンスという動きやすそうな格好だった。ただオーラは普通と変わらないようだった。

「二人とも早いわね。」

成嶋は二人のところにやってくるなりそう言った。

「まあな。」

「はい、成嶋先輩!興奮でいてもたってもいられなくなって。」

雪沢と斉藤は口々に答えた。

「いい心掛けだわ。」

成嶋は微笑みながらそう言うと、あたりを見回した。

「瀬野さんはまだ来てないのね?」

「うん、見てないな。でも時間までにはくるだろう。」

「そうね。」

そして三人で瀬野がやって来るのを待った。

 

ちょうど五時になるころに瀬野が改札を出て来た。だがその姿は三人にとって予想外だった。瀬野は黒と紫のフリルで過剰に装飾されたドレス - いわゆるゴシックロリータというものであろうか - を着てやってきた。上着は長袖でまとわりつくようにフリルがあった。スカートは膝上十センチほど。それに合わせて膝上までの黒のハイニーソックスを履いており、髪型もツーテールにしていた。また首からは一眼レフカメラをかけて、大きなバッグを背中に背負っていた。これらは衣装とは吊り合っておらず、奇妙な印象を強めていた。「すいません。しおり、遅れちゃいました?」

呆気に取られている三人に近づいて来た瀬野は、そう声をかけた。雪沢がオーラを見るとかなり濃かった。これからの廃墟見学を心待ちにしているのだろうか。

「い、いや。時間通りだよ、しおりちゃん。みんな早めについていたから。」

なんとか雪沢はそう答えた。そして答えながら瀬野の頭の位置がいつもより高いことに気がついた。靴を見てみるとかなりの厚底で、さらにヒールも高いようだ。

「あの、瀬野さん、私服はいつもそんな感じなの?」

成嶋が尋ねた。

「いつもは違いますよ。でも廃墟に行くときはこんな感じです。」

「ヒールも高いみたいだけど、大丈夫なの?今日行くところは地面荒れてたりしないの?」

「はい、平気です。しおり慣れてますから。」

「そうなの、ならいいけれど。」

成嶋はまだ納得出来ないような表情だったが、それ以上はなにも聞かなかった。

「みんな揃ったし、その病院に行くとするか。しおりちゃん、ここからバスに乗るんだっけ?」

雪沢も服装の事は気になっていたが、それは置いておいてひとまず目的地に行くことに決めた。

「はい、こっちです。たしか十分に出発のはずです。」

瀬野はそういうとバス乗り場の方へと歩き出した。残りのメンバーもそれに着いてバス乗り場に向かった。

駅から出てすぐに周りの景色が寂しくなってきた。バスは山に向かって進んでおり、進むに連れて街道の緑の比率が上がっていった。バスに乗って三十分ほどすると、目的の病院の最寄りの停留所に着いた。山の中腹らしく、道の両側には林が広がり、建物は見当たらない。この停留所で降りたのは雪沢たちだけだった。駅をでるときは明るかったが、もう日が落ちかけているのか辺りは薄暗くなってきていた。

「ここでいいのかな?」

周辺を見回しながら雪沢が瀬野に尋ねた。

「はい、ちょっと歩いたところにあるようです。」

瀬野はそう答えると、地図を取り出して道を登る方向に歩き出した。雪沢たちもそれに着いていった。しばらく歩くと瀬野が上の林を指さして言った。

「ありました、あれです。」

みんながそちらを見ると林の間から薄汚れたコンクリートの壁が見えた。

「なんかいかにもって感じの見た目ですね。」

斉藤が緊張しながら言った。

さらに道に沿って進んで行くと、横へと曲がる道があるT字路があった。角にはボロボロになった「黒巣病院正面入口」という標識が立っていた。

「こっちか。」

その標識を見た雪沢は角を曲がって正面入口へと走り出した。斉藤もそれに続いていった。

「あっ、待ってください。正面入口はそうですけど…」

瀬野は走って行く雪沢達にそう声をかけるが、届かないのか二人はそのまま行ってしまった。慌てて追いかけようとするが、厚底のため速く走れない。

「あっちは違うの?」

「はい。正面入口は閉鎖されていて、そこから中に入るのは難しいようです。」

「二人ともそそっかしいなぁ。」

成嶋と瀬野はできる限り急いで雪沢達の後をおった。

正面入口は幅十メートル、高さ五メートルはある鉄柵の門だった。左右には同じく五メートルほどの高さの塀が続いていた。二人が正面入口に着くと、斎藤が門を登ろうとしていたが、鉄柵の垂直の棒は太くて掴みにくく、悪戦苦闘していた。

「こっちは違うみたいよ。」

成嶋が雪沢達に告げた。

「えっ?」

「もう少し行くと通用口があって、そこからは比較的楽に入れるみたいです。」

「そうなんだ、早まっちゃったのか。」

雪沢はバツの悪そうな表情をしてそう答えると門のほうを向き

「サトシー、聞こえたか?こっちは違うらしい。」

と声をかけた。斉藤はそれを聞いて登りかけていた門をおりて来た。

「女の子が越えるにはきついので、心配してたんですけど、違ったんですね。」

「二人ともよくわからないのに、勝手に先走らないでね。」

「ごめんごめん。気をつけるよ。」

「すいません。」

「でもしおりはこの門も見たかったんで、ちょうどよかったです。そうだ、せっかくなのでここで集合写真撮りませんか?」

「そうね。この門は迫力あるから、写真とるにはいい場所ね。」

成嶋が雪沢に同意を求めるような口調で言った。

「おう。じゃあ門の真ん中あたりに集まればいいかな?」

「はい、お願いします。」

そういうと瀬野は背負っていたバッグから三脚を取り出すと、首にかけていたカメラを固定して準備をはじめた。

「あの、変なものとか写らないですよね?」

斉藤が恐る恐る聞いてきた。

「おいおい、ここには幽霊の証拠を見つけにきたんだろ?部活としては写っていたほうがいいんだけどな。」

「もう。これまで部活であつかった心霊写真のトリックは、あたしが全部解明したじゃない。変なものは写らないから安心して。」

雪沢の答えに反応して、成嶋がそう応じた。

「皆さん、もう少し中央によって下さい。」

ファインダーを覗きながら瀬野が言ったので、三人は場所を調整した。

「じゃあ撮ります。」

そう言うと瀬野はシャッターを押して、門の前に早足で移動してきてみんなと並び

「ここでは写らないから大丈夫です。写るとしたら、病院の中だそうです。」

とつぶやいた。

「えっ?」

斉藤が驚いて口を開けた瞬間、パシャっと音がしてフラッシュが光った。

「え、えー?」

あっけに取られている斉藤をよそに、瀬野がカメラを持ってきて撮れたデータを皆に見せた。そこには澄まし顔の三人と、大きく口を開けて驚いた表情の斉藤が写っていた。

「いいタイミングで撮れたわね。」

「ちょっと待って下さいよ、ものすごく間抜けな表情で写ってないですか?もっかい撮りましょうよ」

「時間がないから却下。じゃあ先に行こうか。しおりちゃん、案内をお願いね。」

そう言って雪沢は三脚をたたみはじめたので、斉藤も仕方なくそれを手伝った。片付け終わると全員で元のT字路まで戻って行った。

元の道をさらに10分ほど登るとまたT字路があった。正門につづく道と違い、今度の道は細く、とくに標識などもなかった。ただ廃墟巡りで人が訪れているせいなのか、植物が生い茂っている感じは周りに比べると少なかった。しばらく進むと塀のなかに「黒須病院通用口」と看板がかかった、高さは2メートルほどの扉があった。

「ここから中に入れるはずです。」

「よし、やってみるよ。」

雪沢はノブを掴むとゆっくり回してみた。やや抵抗を感じたものの、ちゃんと回った。そのままノブを引くと、金属の摩擦音とともに扉が開いた。

四人は扉を抜けて病院の敷地に入った。すでに日は落ちており、病院の照明は当然ながらなく、道沿いの街灯の光がわずかに差し込んでいるものの、あたりは暗かった。

「なんか雰囲気あるな。」

「そうですね、しおりもこの雰囲気には期待しちゃいます。」

「雰囲気ありすぎですよー。」

「懐中電灯使ったほうがいいわね。雰囲気はあるけど、暗くてよくわからないわ。」

そんなことを言いながら皆はあたりを見回していた。すぐ右手には駐輪場があり、壊れた自転車が何台か放置されていた。駐輪場と並行に五階建ての建物が建っていた。窓が多くあるが大部分は割れていた。この建物の奥には、別のもう少し高い建物も見えた。地面にはコンクリートの道がのびており、脇には木が植えられていた。手入れがされていないので、根元には雑草が生い茂っていた。

「ここは病室だったみたいですね。」

そう言いながら瀬野は駐輪場や建物の写真を撮っていた。

「幽霊を見たってのはどの辺り?」

「診療室などがある本館という建物らしいです。」

「じゃあ早速その本館を探してみようか。」

雪沢はそう言うと、懐中電灯で前方を照らしながら、奥の建物に向かって歩き出した。ちょっと進むと道の脇に案内板があり、照らしてみると

<本館←→第一病室>

と書いてあった。

「向こうに見えるのが本館みたいだな。」

「あそこが…。あそこで見たって話があるんですよね?」

斉藤が不安そうに言った。

「しおりの聞いた話だとそうでした。」

「大丈夫よ、斉藤君。あたしが原因を解明するから。」

雪沢は三人のオーラを見た。斉藤は紫色っぽい青だった。これは怯えているからだろうか?瀬野は駅で見た時よりも濃い青で、この廃墟に来たことでさらに興奮しているのだろう。成嶋は普段と変わらないようだった。

「じゃあ、あの本館に行ってみようか。サトシも平気だよな?」

「え、あ、はい。」

そうして四人は本館へと続く道を進んで行った。

 

しばらくすると左右に分かれるT字路に突き当たった。左手五十メートルほど先には先ほどの正面入口があり、右手十メートル先に本館があった。雪沢達は右に曲がると本館玄関に到着した。病院の玄関だけあってかなり大きい。外側のドアの奥にもう一つドアがあり、どちらも透明な中央から開く形の自動ドアだった。雪沢はドアの前に立ってみたがドアは反応しなかった。

「当たり前だけど、開かないな。」

だがドアは完全に閉まっておらず、左右のドアの間に少し隙間があった。雪沢はそこに手を入れてドアを横に動かしてみた。それを見て斉藤は反対側のドアを動かそうとしていた。ドアは重かったが人力で開かないほどではなく、ゆっくりと動いて隙間は人が通れる大きさまで広がった。

「よし、サトシ、中のドアも開くか試すぞ。」

「はい。」

二人は中に入り内側のドアを見た。これもドアが完全には閉まっておらず、隙間があったのでそこに手をかけてドアを開くことが出来た。

「これで中に入れるな。」

雪沢達は女子二人を呼ぼうと一旦外へと出た。成嶋と瀬野は本館から少し離れたところにおり、瀬野が本館や辺りの写真を撮っていた。

「ドア開けたから中に入れるぞ。」

「そう、ありがとう。でも瀬野さんが撮り終わるまでちょっと待って。」

「大丈夫です。十分撮れましたから。」

瀬野はそう言うと入り口の方に歩いてきた。そして全員で病院内へと入った。

 


 
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