Episode.11 ザ・ラスト・ウェイ
町はずれの廃ビルの屋上。そこから、見滝原市の一角を俯瞰する小さな影があった。視線の先には、魔女を倒して結界の消滅と共に街中に現れるデカレンジャーロボと、魔女を倒した場所に落ちたグリーフシードを回収するデカマスターの姿があった。それを見ながら、キュゥべえは溜息をこぼす。
「ふぅ・・・思い通りに事は運ばない物だね。」
杏子にさやかを救う手だてがあるという希望を仄めかし、その実魔女化した人間を元に戻す方法など無い事をキュゥべえは話さず、杏子には人魚の魔女との一騎打ちで死んでもらう予定だった。杏子が死ねば、マミは魔法少女の運命の末路に絶望し、ほむらを道連れに自滅する。そして、まどかを魔法少女にするための条件が揃う。ワルプルギスの夜打倒後にまどかが魔女化し、回収すべきエネルギーのノルマは達成される、その筈だった。
だが、キュゥべえのプランは悉く覆された。デカレンジャーの介入によって杏子が生存した事で、まどかを魔法少女にする手筈が台無しになったのだ。
「僕が直接干渉する事は禁止されているけど・・・こうなれば、僕が直接動くしかないみたいだね。」
故に、キュゥべえ――インキュベーターは、自らがエネルギー回収のために動くと言う選択を取る。本来ならば、インキュベーターが惑星の中で行う活動は、魔法少女となる素質を持った少女に契約を斡旋する事に止められる。
だが、まどかさえ魔法少女にする事が出来れば、必要なエネルギー全てが調達できる。それさえ出来れば、この星にはもう用は無い。地球は魔女化したまどかによって滅ぼされるだろうが、もはや自分達には関係の無い事だからだ。
インキュベーターは、地球の様な星を、銀河を幾つも巡り、そして破滅させてきたのだから。全ては、宇宙の寿命を延ばすため。
「宇宙警察にも、消えてもらおうか。」
それだけ呟くと、インキュベーターは姿を消した。
インキュベーターと宇宙警察、そして魔法少女との最終決戦の火蓋が切って落とされるであろう、ワルプルギスの夜襲来の時を間近に控え、インキュベーターもまた、“戦力”を整えようとしていた。
人魚の魔女を倒したデカレンジャー達は、魔法少女一同を連れてデカベースへと帰還していた。現在、デカベースのオフィスの中に全員集まっている。その面子の中には、テツによって呼び出されたマミの姿もあった。
「おい、さやかを救う方法があるってのは本当なんだろうな?」
威圧しながら問いかける杏子。その真剣な表情に、しかしドギーははっきりと答える。
「ああ、本当だ。その方法を知っている人間が、もうすぐここへ来る。」
ドギーの言葉に、デカレンジャー達はその人間が自分達も知っている人物である事を確信する。一方、魔法少女一同は不安と希望が入り混じった心境で、終始落ち着かない様子だった。
そして、ドギーが呼んだ、魔法の専門家が到着する。オフィスの扉を通って現れたのは、真っ白な雪を彷彿させる雰囲気を持った一人の女性だった。
「待たせたわね、ドギー。」
天空聖者・スノウジェルから力を授けられた魔法使い――小津深雪だった。
「ああ、早速だが、グリーフシードにされたさやかちゃんの魂を助け出す方法について教えてほしい。」
「分かったわ。」
ドギーの言葉に深雪は頷くと、ポケットから一つの黒い宝石状の物質――グリーフシードを取り出す。それは、人魚の魔女を倒した際に回収したものだった。
「このグリーフシードっていう宝石について調べてみたけど、非常に危険なものだわ。絶望に塗れた人間の魂を内部に閉じ込め、それ自体が邪念を取り込んで暴走しようとするの。一定以上の穢れを取り込むと、その力を放出して魔女の核へと変化する。魔女の力は、このグリーフシードに閉じ込められた人間の魂の悲鳴に由来するものなのよ。」
深雪の説明にゾッとする一同。特に魔法少女は、今まで自分達が使ってきたグリーフシードが、実は魔女化した誰かの魂が閉じ込められた物であると知り、皆青ざめていた。
「それで・・・美樹さんは助けられるんですか?」
思考が硬直している一同の中で、一番に話の核心に触れようとするマミ。知らぬ事とはいえ、さやかが魔法少女となる事を斡旋した共犯に変わりはなく、マミは責任を感じていた。
「不可能ではない・・・けれど、非常に危険な手段よ。」
「教えてください!!私に出来る事なら、何でもやります!!」
悲痛な声で、さやかを助けてほしいと嘆願するまどか。その様子に、深雪は改めて真剣な表情で『危険な方法』について説明を続ける。
「あなた達の親友、さやかちゃんの魂は、グリーフシードの中に閉じ込められている。それを救い出すには、魂と魂をぶつけあわせて、内部から魂を引きずりだすのよ。」
「・・・もし、失敗したらどうなるの?」
「グリーフシードの邪念に魂を呑みこまれて、最悪の場合は・・・魔女になってしまうわ。」
ほむらの質問に対し、返ってきた答えに騒然とする一同。リスクの高さは薄々承知していたが、魔女化の危険を冒さねばならないとなれば、恐怖を抱かずにはいられない。
「・・・私がやります!!さやかちゃんを助けさせてください!!」
「まどか!!」
真っ先に名乗りを上げたのは、まどかだった。さやかが絶望の淵に立たされたあの時、親友の自分がしっかり支えになる事が出来たなら、さやかはこんな目に遭わずに済んだとまどかは責任を感じていた。今からでも助けられる手段があると言うならば、親友として、さやかを何としても助けたいと、まどかは強い意志を持って志願した。当然、ほむらを筆頭に一同は止めにかかるのだが・・・
「残念だけど、この方法が取れるのは、『魔法少女』だけなの。魂をソウルジェムと言う宝石に変換した状態だからこそ、出来る方法なのよ。」
「リスクが高過ぎる・・・深雪さん、他に方法は無いのか?」
「今すぐでなくても、他に方法を模索すれば・・・」
「それは無理ね。時間が経てば経つ程、グリーフシードの中のさやかちゃんの魂は邪念に汚染され、変質していくわ。魔女になる前の状態で戻すなら、今しかチャンスは無いのよ。」
深雪の、もう他に道は無いと言う言葉に、口を挟む余地も無い事を理解させられるデカレンジャー達。魔法少女陣営にも、緊張が走る。そんな中・・・
「あたしが行くよ。」
まどかの次に名乗りを上げたのは、杏子だった。一同は驚いた様子で杏子に視線を向ける。
「そんな・・・美樹さんがこんな事になったのは私の責任でもある。ここはやっぱり私が・・・」
「あたしがやるって決めたんだ。悪いけど、こればっかりは意地でも譲らないよ。」
さやかの先輩という立ち位置から、マミが横槍を入れるが、杏子はそれを頑として拒否する。さやかを救うと言う決意は、人魚の魔女との戦いの時から決めていた事だった。
「安心しな。あたしは絶対にしくじらない。今度こそ、あの子を救い出して見せる。」
強い決意の元放った言葉に、一同は気圧される。深雪は杏子の瞳をじっと見つめて、その決意のほどを知る。
「私達の魔法の源は、“勇気”よ。さやかちゃんを・・・友達を助けたいと言うあなたの勇気があれば、必ず本当の奇跡を起こせる筈よ。」
「・・・ありがとう。」
照れ隠しせず、微かに微笑んで杏子は深雪に感謝した。杏子は今度はデカレンジャー一同の方へ向き直る。
「こんな事言えた義理じゃないけど・・・皆を頼んだよ。」
杏子の願いに、デカレンジャー達は静かに頷く。その様子を杏子は満足そうな顔で見た後、杏子と深雪はオフィスを後にする。さやかの骸が保存されている医療センターへ向かうためだ。
二人がその場を立ち去ってから、ドギーが再び口を開く。
「ソウルジェムに閉じ込められた魂を解放する手段については既に深雪が完成させてくれた。この事件が解決し次第、すぐに君達の身体は元に戻せる。それまでは、大人しくしていてくれるか?」
ドギーからの、マミとほむらに向けての頼みに、しかし二人は首を横に振る。
「ワルプルギスの夜が近づいている以上、私達も手を拱いている場合じゃないわ。」
「その通りよ。悪いけど、私達も戦いに参加するつもりよ。」
ドギーの頼みを切って捨てる二人に、デカレンジャー一同は頭を抱える。だが、バンだけは二人の真剣な表情を真っ直ぐ見つめていた。
「ボス、彼女達の決意は本物です。ここは一緒に協力して戦いませんか?」
「・・・分かった。良いだろう。」
バンの意見に後押しされて、ドギーはとうとう魔法少女の参戦に首を縦に振る事になる。それに対し、デカレンジャー達は今まで対立した状態にあった魔法少女達と手を取り合って戦える事に喜色を浮かべると共に、少女達を戦いに巻き込む後ろめたさも感じていた。一方、ほむらとマミは互いに目を合わせて念話をする。
(まさか、あなたとこんな形で戦う事になるなんてね・・・)
(そうね・・・でも、私が知る今までの旅の中では、あなたとは手を組んで戦った事もあれば、対峙した事もあった。別段、不思議でもないわよ。)
(・・・でも、私はあなたの事、好きにはなれないわね。)
(奇遇ね、私もよ。)
傍から聞いていたなら、嫌味を言い合う中の悪い関係にしか見えないだろう。だがその実、二人は互いに憎悪や嫌悪を抱いてはいなかった。片や親友を救うために契約した少女、片や自らの命を繋ぎとめるために契約をした少女。対象的な願いの元に魔法少女となった二人は、相容れようとしない一方で、互いの想いを否定する意思も無かった。
(二人とも・・・行っちゃうんだね・・・)
ほむらとマミ二人の参戦が決まったところで、まどかは途端に居心地が悪くなった。大切な人たちが戦いに臨む中、強大な魔法少女になる素質を持ちながら、この戦いに置いて何も出来ない自分が悔しかった。
杏子からは、何不自由ない暮らしをしている人間が気まぐれで魔法少女になるべきではないと、否が応でも戦わなければならない時に考えろと言われていた。今がその時かと言えば、違うだろう。マミとほむら、そしてデカレンジャーが戦ってくれるのならば、任せるべきである。だが、真相を知る人間の中で、自分だけ安全圏に籠っていると言うのは、まどかにとっては何事にも耐え難い苦痛だった。
そんなまどかの心中を察したのか、バンがまどかの肩を叩く。
「まどかちゃん。辛いだろうけど、我慢して欲しい。戦って傷つく痛みも、相手を傷つける痛みも、本当なら君だけじゃなく、魔法少女の皆にも味わって欲しくない。戦うのは俺達だけにして欲しいんだ。」
「・・・でも!」
「君達がするべき事は、戦う事じゃない。俺達が君達を守る様に、君達には“未来”を守って欲しいんだ。」
「え?・・・」
バンの口から出た“未来”という言葉に困惑するまどか。結局、真剣な眼差しで説得するバンに、まどかは戦いには参加せず、“守られる”立場に回る事を承諾した。
「まどかちゃん、君は家へ帰った方が良い。もう夜更けだ。お母さんやお父さんも心配しているだろうし。バン、送ってあげたら。」
「よし、分かった。それじゃあ、俺がマシンドーベルマンで送るよ。皆は作戦会議を続けてくれ。」
そう言って、バンはまどかを連れてオフィスを後にする。残されたメンバーは、近いうちに見滝原市に襲来するワルプルギスの夜及びインキュベーターの対策について話し合うのだった。
デカベースを出たバンは、見滝原市の住宅街にあるまどかの家へとマシンドーベルマンを走らせた。時刻は既に夜中の9時を回り、周囲は既に夜の闇に包まれていた。ライトが住宅街の道を照らす中、やがてまどかの家が見えてくる。
「まどかちゃん、着いたよ。」
「あ、はい。」
車を鹿目家の前に止めると、まどかと一緒にバンも車を降りる。時刻が時刻なので、まどかの両親には捜査内容を伏せた状態での事情説明が必要と判断したのだ。まどかの横に立ち、ドアのインターホンのボタンを押すバン。家主は、然程時間を置かず玄関へ現れた。
「はい、どちら様・・・まどか!!」
「ママ・・・」
まどかの姿を見るや、駆け寄る母親・詢子。余程心配だったのだろう、まどかの無事を確認すると、そのばで抱きしめる。
「ったく・・・心配したんだぞ!!」
「ごめんなさい・・・」
「まどか!?」
詢子に次いで、玄関に現れたのは、父親・知久。もう一人の家族、まどかの弟のタツヤは、姉であるまどかを心配しながらも既に寝ていた。両親は娘が無事に帰ってきてくれた事に安堵した様子だった。横から話しかけにくい雰囲気だったが、バンは咳払いをすると、ライセンスを取り出して事情説明に入る。
「S.P.D.の赤座伴番です。夜分遅くまで娘さんを付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした。」
「あなたは・・・この間の宇宙警察の?」
バンは、まどかに魔法少女事件についての事情聴取をするために鹿目家を何度か訪れた事があり、鹿目夫妻とも既に顔見知りだった。だが、警察の捜査のためとはいえ、中学生の娘をこんな時間まで、家へは何の連絡も無しに付き合わせたというバンに対する夫妻の視線は辛辣なものだった。
「取りあえず、立ち話もなんですから・・・上がってください。」
そう言われて、バンは家の中へ通された。その後はまどかを外して、事情聴取のために夜遅くまで付き合わせてしまった理由について、原因が自分達警察側にあると説明した上で、子供を夜遅くまで連れ回した事を謝罪する。ただし、捜査内容については伏せていた。
バンが真摯な態度で深々と頭を下げた事により、鹿目夫婦も納得し、バンは鹿目家を後にしようとする。そこへ・・・
「宇宙警察の赤座さん・・・いや、バンさんだったかな?」
マシンドーベルマンに乗ろうとしていたバンを、まどかの母親である詢子が引き止めた。バンはドアにかけた手を離し、詢子の方へ向き直る。
「何でしょうか?」
「ウチの子・・・まどかは、本当は何かの事件に巻き込まれているんじゃないんですか?」
詢子の言葉に、バンは硬直する。先程の事情説明で、まどかが事件に直接的に巻き込まれているわけではないと説明していたが、詢子はそれが嘘だと直感していた。バンの反応を見て、詢子は自分の勘が当った事を悟り、そのまま話し続ける。
「近頃、妙だなとは思ってたんだ・・・何か一人で背負い込んでるって察してはいたけど、いつまで経っても私に相談して来ねえ。さやかちゃんも、この間から行方不明になってるって聞いてる・・・それで、もしかしたら、宇宙警察絡みの事件に巻き込まれてて、誰にも相談できないんじゃないかって思ったんだ。」
母親の勘と言う物は鋭い物だと思い知らされるバン。捜査情報の秘匿のために上手く誤魔化したつもりだったが、娘を想う母親の心までは誤魔化せなかった様だ。沈黙を肯定と判断し、詢子は続ける。
「あんた達宇宙警察がどんな事しているかとか、どうせ聞いても教えてくれないって事は分かってる・・・でも、今あの子には助けが必要なんだ。母親である私が蚊帳の外に居る以上、私はあの子には何もしてやれそうにない・・・だから、あの子の事、助けてやってくれないか?」
詢子の嘆願にも等しい言葉に、バンの表情も真剣なものになっていく。
「娘が悩んでんのに、何も出来ないのってのはキツイし・・・親として力になれないのが情けなくてしょうがねえ・・・だから、あの子の事を支えてやってもらいたいんだ。」
「・・・分かりました。」
まどかの事を頼むと言う詢子に対し、バンはただ一言、そう答えた。親に代わってまどかを支える事を引き受けたその言葉には、確かな重みがあった。バンは、この事件に関わった少女達と、地球そのものの運命を変えると共に、傷ついたその心を救い出す事を改めて誓い、デカベースへと戻って行った。
バンがデカベースへの帰路に着いていたその頃、デカレンジャー達はワルプルギス襲来に際しての作戦会議を行い、一通りの対処方法を決定して一時解散していた。そんな中、ドギーのデスクへ二通の連絡が掛かっていた。現在、二つの通信画面を開いて、三人同時に通信を行っている。
『ドギー、本気でインキュベーターと事を構えるつもりなのか?』
ドギーから見て右側の通信画面に映し出された、鳥の様な姿を持つホルス星人、ヌマ・O宇宙警察長官が、正気かと言わんばかりの剣幕で尋ねる。
「申し訳ありません、長官。これは地球署を預かる身として、勝手をしている事は百も承知です。しかし、俺は引き下がるつもりはありません。」
『本気か!?懲戒免職どころじゃ済まされない所業だぞ!!』
左側の通信画面に映し出された、ゴリラの様な姿を持つトート星人、ブンターが怒鳴り散らすようにドギーに訴えかける。彼はスワットモード習得過程の担当教官であり、地球署のデカレンジャー達も、彼の訓練を受けていた。
「これが俺の正義・・・インキュベーターの真実全てを知り、そして出した答えだ。俺は奴等を認めるわけには・・・許すわけにはいかない。譬え宇宙警察を追われたとしても構わない・・・俺は俺の正義を貫き通す。」
『スワンやお前の部下達はどうなる?地球署の署長であるお前が独断専行に走れば、地球署の人間全員、ただでは済まんぞ。』
「俺の部下達です・・・それぐらいの事は覚悟の上です。命令違反を犯す事の重大さも、インキュベーターと戦う事の意味も、全て承知の上で俺の選んだ道に付いてくると言ってくれた。」
『ドギー・・・』
『・・・・・』
通信画面越しからでも分かる程強い決意の籠った目で放つ言葉に、二人はドギーと、その部下達が何もかも覚悟の上で戦おうとしている事を悟る。
『・・・分かった。』
『長官!?』
ヌマ・Oの言葉に大いに慌てるブンター。その言葉は即ち、地球署署長であるドギーの宇宙警察の指揮から外れた行動を許容するという事である。
『お前が決めたのなら、もう我々には止められないのだろう。私はインキュベーターが正しいとは思わないし、お前の決断が正しいとも思わない。だが、お前に譲れない正義があるのならば、その道を進め。“地獄の番犬”ドギー・クルーガーが決断した正義、見せてもらうぞ。』
『・・・・・ドギー、俺とお前は犬猿の仲だ。だが、お前は俺が認めた数少ない刑事だ。お前が自分の持つ全てを投げ打って貫きたい正義があるのなら、俺もそれを見届けるまでだ。ただし、スワンを泣かせたら承知しないからな!!』
「・・・ロジャー!!」
ドギーは、自分の選んだ道を認めてくれた二人に対し感謝しながらも、宇宙警察でおなじみの任務了解の敬礼をする。対する二人も、腕を前に構えて敬礼を送る。そうして通信を切った直後の事だった。
「緊急通信・・・これは、巽博士からか!」
ヌマ・Oとブンターと入れ替わりで入った緊急通信に出るドギー。対する相手は、白衣の老人で如何にも科学者と言った印象の男性――巽世界だった。
「どうしたんですか、巽博士?」
『ドギーさん、緊急事態だ!見滝原市より近くの海辺で、雷雲がとんでもない勢いで分裂と回転を繰り返している!明らかにスーパーセルの前兆・・・しかも、魔力反応まである!間違いない・・・ワルプルギスの夜だ!!』
「なんですって!!」
巽博士からのワルプルギス襲来の報告に、ドギーは驚愕し立ち上がる。
「ワルプルギスの到着予定時刻は!?」
『雷雲群は依然、拡大を続けながら見滝原市に接近している。このままでは、明日およそ12時間後には見滝原市を直撃する!!』
「12時間・・・ワルプルギスの夜が攻めてくるまで、たった12時間しか無いと言うんですか!!」
『ドギーさんから知らされた日時よりも早いが、一応息子達には話を通してレスキュー隊を動かす準備はもうすぐ整う。明日の朝一番に見滝原市への避難指示発令及び災害対策の準備に取り掛かり、嵐から一番遠い場所へ住民を避難させるつもりです。』
「・・・分かりました。巽博士は打ち合わせ通り、見滝原市の住民の避難誘導をお願いします。」
『承知した。』
確認したい事はいろいろとあったが、切羽詰まった事態なため手短に通信を終わらせる。巽博士との通信を切った後、ドギーはデカレンジャー達を招集し、魔法少女二人にも連絡を入れる。ほむらの時間遡行による統計が外れた事に、ドギーは焦りを感じながらも必死に対策を練ろうとしていた。
(ワルプルギスの夜に対抗する手段はあるが・・・まだ準備不足だ・・・)
デカレンジャー達と魔法少女に緊急連絡を終えると、ドギーはすぐさま整備室に居るであろうスワンと三浦参謀長のもとへ通信を切り替える。
「スワン、三浦参謀長、ワルプルギスの夜がすぐそこまで迫っている!!対インキュベーター用の武装の準備はどこまで終わっている!?」
ドギーの通信により伝えられるワルプルギスの夜の襲来と、一刻の猶予も無いと言う状況に通信画面越しに二人は驚き、焦りながらも受け答えする。
『ディーバズーカの方は整備が終わっているわ。でも、デカベースロボの方は・・・』
『規模が大きすぎて、エネルギー充填が間に合わない状態です。少なくとも、今のペースではあと12時間で終わらせるのは不可能です・・・』
スワンと三浦の言葉にドギーは自身が追い詰められている事を認識しながらも、冷静な思考で打開策を模索しようとする。
「・・・仕方ない、時間稼ぎに徹する。スワン、パトウイングの出撃用意を頼む。三浦参謀長、あなたは装備の準備を急ピッチで進めてください。」
『分かったわ。』
『了解した。』
やがてデカレンジャーがオフィスに到着すると共に、ワルプルギスの夜の襲来に備えての作戦の立て直しが行われ、出撃待機となった。日付はもうすぐ変わる頃。曇天に覆われた空を見つめながら、ドギーは最終決戦の嵐が近付いている事を予感していた。
夜明けが近づいているにも拘らず、日の光が完全に遮られた空の下、見滝原市を覆う雷雲の流れる光景を、インキュベーターは街の一角から見ていた。
「ワルプルギスの夜はもうすぐ到着か・・・」
史上最大級の魔女の襲来ともなれば、この見滝原市の壊滅は必至。デカレンジャーでもそれを倒すのは無理だろう。だが、計画達成のためには、不確定要素は減らさねばならない。
「恐らく、マミやほむらは宇宙警察と共闘するんだろうな。」
今日まで、宇宙警察を信用しない様に誘導したつもりだったが、最後の最後で詰めを誤ったらしい。それとも、感情を持たない自分達が彼女等を御す事など端から無理があったのだろうか。
「でも、今となってはもう君達に用は無い。僕等に必要なのは、まどかだけだ・・・」
インキュベーターの計画は、まどかがワルプルギスの夜を撃破するために魔法少女としての契約を結び、ワルプルギスの魔女を倒せば完遂される。まどかは最高の魔法少女となった日に、最悪の魔女と化し、自分達は莫大なエネルギーを手に入れる。
「そのためには・・・消えてもらうよ。マミ、ほむら、杏子・・・」
それだけ呟くと、インキュベーターはワルプルギスの魔女が襲来する方向とは逆の、見滝原市の市民が避難している公共施設、『見滝原アリーナ』へと視線を変え、その方向へ歩き出した。
全ては、全宇宙のために―――
デカベースにて、ドギーから出撃命令を受けたデカレンジャー達は、ワルプルギスの夜接近に伴い、見滝原市へ突入する水際で迎え撃つべく海上を先行していた。
「何て大きさだ・・・これが、ワルプルギスの夜なのか?」
海上を飛行するスワットモード専用飛行型デカマシン・パトウイング五機の前方に立ちふさがる巨大な竜巻に、パトウイング1に搭乗したデカレッドはじめとするデカレンジャー一同は圧倒される。自然災害ではあり得ない規模の竜巻だったからだ。
『魔力反応も検知された・・・ほぼ間違いなく、ワルプルギスの夜はあの中央に居る。』
パトウイング2に搭乗したデカブルーからの連絡に、一同に緊張が走る。巨大な魔女とは聞かされていたが、目の前に存在するのは、まさに生きた災害。こんなものが街を直撃すれば、何千人もの人々が犠牲になるのは間違いない。
「どうする?先制攻撃を仕掛けて迎え撃つか?」
『ワルプルギスの夜を取り巻く雷雲が厚過ぎる・・・多分、パトウイングの装備だけじゃ、魔女本体には届かないわ。』
『でも、このまま放っておいたら、見滝原市に直撃しちゃうよ!!』
『ウメコ、落ち着いて。ほむらちゃんの話だと、ワルプルギスの夜は、見滝原市に到着すると同時に具現するらしい。なら、そこで迎え撃つんだ。』
デカレッドの言葉に対し、パトウイング4に搭乗したデカイエローが冷静に意見を述べる。それに対して、パトウイング5に搭乗したデカピンクが焦るも、パトウイング3に搭乗したデカグリーンがそれを宥める。
『センちゃんの言う通りよ。幸い、この魔女は結界に閉じ籠ったりしないから、具現してくれれば、私達の攻撃も必ず通るわ。』
「でも、街への被害は・・・」
『それは問題無い。見滝原市全域には既に避難指示が出ている。住民は全て、ワルプルギスの夜が襲来するポイントより遠くへ避難した。街の中枢へ入られる前に、俺達が止めるんだ。皆、行くぞ!!』
『『『ロジャー!!』』』
デカブルーの言葉に、一同は見滝原市へ進路を取り、ワルプルギスの夜を迎え討つべく待ち伏せする事にする。そんな時だった、
『皆!緊急事態だ!!』
デカベースにて指揮を取っていたドギーからの緊急連絡が入る。ワルプルギスの夜の予想より早い襲撃に続き、今度は何事かと戸惑いながらも通信内容を聞こうとする。
「ボス、何事ですか!?」
『見滝原アリーナ付近に魔力反応がキャッチされた!!ワルプルギスの夜とは別の魔女が襲撃に来た可能性がある!!』
「なんですって!!」
ドギーからの報せに、デカレンジャー達は絶句する。ワルプルギスの夜に対抗するので手いっぱいのこの状況に加えて、避難所を襲う魔女が現れたとなれば、もはや打つ手は無い。
『どうするんですか!!避難所に向かおうにも、ワルプルギスの夜はすぐそこに居るんですよ!!』
『皆、落ち着け!!今、ほむらちゃんとマミちゃん、それにテツが避難所へ向かっている。俺もスワンにデカベースを任せて、避難所を襲っている魔女の対策へ向かう。皆はこのまま奴を誘導し足止めしてくれ。』
『・・・ロジャー!!』
滅多に動かない、地球署の署長にして地獄の番犬と恐れられたドギー・クルーガーことデカマスターが出撃してくれれば心強いが、デカレンジャーは皆心に不安を抱えたままだった。これまで地球の危機を救ってきた自分たちだが、かつて無いほど強大な・・・人知を超えた存在を相手に、恐怖にも近しい感情を覚えていた。
所変わって、見滝原アリーナ前の大広場。見滝原市の住民の大部分が避難したアリーナを背に、二人の魔法少女が立ちはだかっていた。ほむらとマミである。二人が視線の先に捕らえているのは、自分達を魔法少女にした存在――
「キュゥべえ・・・いえ、インキュベーター。何をしに来たの?」
マミが威圧しながら話しかける。対するキュウべえことインキュベーターは、相も変わらずの無表情で二人に相対する。
「簡単な事さ。君達がこのまま宇宙警察と協力してしまったら、まどかは魔法少女の契約をせずに終わる。つまり、僕達の計画は成就されないのさ。それを防ぐために、君達を説得に来たのさ。」
「あなたの話しなんて、聞く気は毛頭無いわ。」
ほむらも前に出て冷たく、そして怒りを込めて言い放つ。インキュベーターはやれやれといった表情で、溜息を零しながら話し続ける。
「そうくると予想はしていたよ。しかし、やっぱり君達のする事は理解に苦しむよ。何でそこまでして、僕に敵対するのかな?僕は宇宙の事を考えて行動しているだけなのに・・・」
「感情を持たないあなたに、私達の事を話した所で意味は無いわ。話はそれだけなら、早く消えなさい・・・目障りよ。」
インキュベーターに対して殺気を放ちはじめるほむらに、それでもインキュベーターは微動だにしない。最後に溜息を一つ吐くと、二人に改めて向き直る。
「やっぱり、退いてくれないんだね?僕としてはこんな事をするつもりは無かったんだけど、こうなったら力ずくでも消えてもらうよ・・・」
静かにそう言い放ったインキュベーターに、ほむらとマミは身構える。対するインキュベーターは、背中のフタを開いて、五つの球体を放つ。その形は、彼女等にとっては見慣れたものだった。
「あれはっ・・・!!」
「グリーフシード!?」
二人がそれを視認すると同時に、グリーフシードの形をしたそれらは球体から形を変え、人形を取る。その姿もまた、彼女たちにとっては見慣れたもので・・・自身を映す鏡の様な物だった。
「これは・・・」
「魔法・・少女・・・!?」
ほむらとマミの前に現れたのは、五体のドロイド。魔法少女の衣装をアーマー化した様なボディーに、魔女の帽子を象ったヘルメット。武装はそれぞれ、剣、槍、弓、銃、羅針盤と異なる武装をしていた。
「エージェント・アブレラが遺したドロイド製造技術と、グリーフシードから抽出した魔女の力を組み合わせて作った、全く新しいドロイド・・・“ウィッチロイド”さ。」
ロボットでありながら、肌で感じられるほど危険な魔力を放つ五体のウィッチロイドに身構えるほむらとマミ。インキュベーターが持ち込んだ新型ドロイドと言う切り札が、ハッタリ等ではない事を一目で悟った。
「さあ、僕達のために――」
死んでもらうよ
感情を交えないインキュベーターの言葉と共に、魔法少女とウィッチロイドとの間に戦いの火花が散った―――
見滝原アリーナの中は現在、見滝原市から災害による被害を避けるために避難してきた人々と、避難誘導のために動きまわっている警察・消防関係者や病院関係者でごった返していた。
「加賀美さん、氷川さん!そっちは終わりましたか!?」
「はい、大門さん!あとは西区の人達だけです。」
「こちらの避難が完了し次第、住民のリストと照らし合わせて逃げ遅れた人が居ないかを確認します。」
「流水、鐘!!もうすぐ竜巻が街を直撃する!!建物の倒壊や落雷による火災が起こるかもしれない!!出動準備をしとけ!!」
「分かってるよ、纏兄貴!!」
「伊達さん!!今から会議室を緊急の医務室にするので、機器を運び出すのを手伝ってください!!」
「はいよ、祭ちゃん!!後藤ちゃんも行くよ!!」
「はい、すぐに!!」
一方では、避難してきた住民を安心させようと、心配りをする人々も居た。
「はい、タッくん。」
「わ~い、ありがとう!!」
まどかの弟、タツヤが避難所で子供たちにバスケット片手にを配っている女性からお菓子をもらって喜んでいる。
「詢子さん、コーヒー如何ですか?」
そんなタツヤの横では、詢子が行きつけの喫茶店の店主からコーヒーを渡されて苦笑しながら感謝する。
「ありがとうございます、知世子さん。それに愛理さん。」
渡された紙コップに注がれたコーヒーに口を付けつつ、詢子は落ち着きを取り戻し始めていた。朝起きていきなりの避難指示に、慌てて支度を整えてこの場所まで来たため、こうしてコーヒーを飲んで落ち着く時間が与えられるのは、非常にありがたい。
「まどかちゃんは、ココアが良いかな?」
「あ、ありがとうございます・・・」
一方、まどかの方は、昨夜の事で気持ちの整理が全くつかないまま、落ち着いて考え事をする暇すら無く避難を余儀なくされ、心の中の不安は肥大化していた。
(ほむらちゃん・・・バンさん・・・)
大切な人たちが戦地へ赴く中、まどかは誰に相談する事も出来ずに、朝日を遮り街を暗闇に包み込まんとする曇天が広がる空を見上げるしか出来なかった。
魔法少女、宇宙警察、そしてインキュベーター・・・様々な思惑と運命が絡まり合う中、物語は終幕へ向けて一気に加速していた。
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見滝原市にて、謎のエネルギー反応が続発する。一連の現象について調査をすべく、見滝原市へ急行するデカレンジャー。そこで出会ったのは、この世に災いをまき散らす魔女と呼ばれる存在と戦う、魔法少女と呼ばれた少女達。本来交わる事の無い物語が交差する時、その結末には何が待っているのか・・・
この小説は、特捜戦隊デカレンジャーと魔法少女まどか☆マギカのクロスオーバーです。