桜並木を歩いていたら
あの人が友達とこっちに歩いてくるのに気がついた
声をかけられるはずもなく
私に気づく事もないだろう
だって
こんな気持は私の一方的なものだし彼とは話した事すらないんだから
桜並木の歩道の左は公園で
道の先には大きなスーパーがあるから彼らはそこの帰りだろう
同じ町に住んでいるのだからよくわかる
私もそこにいくつもりだった
彼は友達と桜を見上げていて
何かを話している
見上げた首筋が少し白い
背の高い彼はちょっと伸びをして桜の枝に触れようとしたが
とどかなかった
彼らは桜を見上げながら
私とすれ違った
目でもあったら微笑み変えそうかと構えていたが目はあわなかった
私は桜を見るふりをしながら立ち止まり
彼らが遠ざかっている姿を目に入れる
風が吹き桜の花びらが彼の上に舞い降りた
かれはちょっと飛び上がるようにしてそれを掴む仕草をした
すこしかわいい
すれ違った時もっと可愛い格好をしていたら目に留めてくれたかな
その時風が吹いて
花吹雪が二人を包んだら何か話が出来たかな
そう思うと
悲しい気持になった
彼らは遠ざかる
安吾の小説で
女を背負った盗賊の男は桜の下を恐怖に駆られながら
疾走する
美しき魔に絡めとられないように
美しき狂気を背負って美しき死に怯えながら
ああそんな事より
彼の背でここを歩けたら
その甘美な思いの中
死んでしまったって良いのに
そう考えて姿さえ見てもらえない自分を
その自分を
桜の花に埋めてしまいたくなった
空を見上げれば
青い空と爛漫と咲き誇る桜の花たち
短いその華やかな姿を
羨ましく悲しく散る花びらに心を寄せながら
ちいさく一歩
私は歩き出した
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桜並木の下の風景。