No.400368

狂王陛下が第四次聖杯戦争に参戦するそうです。③

彼方さん

狂王陛下が子供と戯れるそうです。

2012-03-31 00:33:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:11649   閲覧ユーザー数:11125

 倉庫街での戦闘から一夜明け、日もそれなりに高く昇った昼間。教会からの召集を受けたマスター達はキャスターを魔術師のルールを破り、聖杯戦争をも根本から揺るがしかねない存在であるとしてキャスター殲滅を優先するようにと通達された。

 渡される報酬は令呪一画。単独で事を成せば一人に、共同で成せばその面々に渡される。成る程、マスター達にとって令呪はとっておきの切り札であり、サーヴァントを律するための鎖である。欲しがらない者などいないだろう。

 

――これはバーサーカーと話し合う必要があるな。

 

 そう結論付けた雁夜は教会に飛ばしていた使い魔とのリンクを切り、ベッドから起き上がる。ふらつきながらも部屋から出て一階に向かうと芳しい香りが広がっていた。またか、と苦笑しながらリビングの扉を開けると広がる光景は自身が想像していたもの。

 

「カリヤおじさん、起きたの?」

 

「ああ、お早う桜ちゃん。ちょっと寝坊しちゃったんだ」

 

 椅子に座り、リビングに入ってきた自分を見つめる桜の姿。その顔には少し、ほんの少しではあるが、感情が伺える。

 

「遅いな雁夜。今持ってくるから早く座れ」

 

 そう声を掛けてくるのは自身が召喚し、あの臓硯を殺して桜を……己を救ってくれたサーヴァント。すぐに引っ込んで見えなくなったがそれでも彼の残した存在感はまだ残っている。

 テーブルの上を見るとウサギや鶴、王冠といったものが模られた紙……折り紙が並んでいた。桜の手元には折っている最中と思われる折り紙、そして正面には手本のように美しく折られた花が飾られている。

 

「これ、とっても難しいんです」

 

「はは……。そうだね桜ちゃん」

 

「ライさんも自分で考えてみろって教えてくれないんです」

 

 傍目には表情は変わらない。だが、一年、いやもっと長く桜を見てきた雁夜にはわかる。今、彼女が閉ざしていた心は開きつつあると。ギリギリで間に合った。間に合ってくれた。喜びを噛み締めつつ、雁夜はバーサーカーを召喚した時を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「卿の名を。自ら名乗れ。その時を持って我らの戦争は始まるのだから」

 

 堂々と誇り高く、バーサーカーは問いかける。その姿を見、声を聞いた雁夜は痛む身体に鞭を打ち立ち上がる。名を名乗るだけならば横たわったままでもできただろう。だが、雁夜はしなかった。いや、できなかった。この臓硯を殺したサーヴァントに、気高い英雄に、これから共に戦うパートナーに、何より……桜を救ってくれた恩人に無様な姿をこれ以上見せたくなかった。

 

「俺は、間桐……雁夜だ」

 

 名乗った瞬間、令呪に軽い痺れが走る。まるでようやくマスターとして認められたかのように。

 

「ふむ……雁夜、と呼んでも?」

 

「あ、ああ。好きに呼んでくれバーサーカー……だよ、な?」

 

「そうだ。私はバーサーカーとして現界している。まぁ。真名なぞばれた所で痛くも何とも無い。好きなように呼ぶといい」

 

 ……どういうことだろうか? 聖杯戦争において敵サーヴァントの正体を知ることは最も重要なことだ。真名が判明すればそのサーヴァントの宝具・特技・弱点を知ることが出来る。その真名をどうでもいいとは……?

 

「はぁ……まだ分からないのか雁夜?」

 

 疑問を浮かべる己の表情に気がついたのか呆れたように肩を竦めている。

 

「では問おう。お前は私を、ライゼル・S・ブリタニアという英雄を知っているのか?」

 

 そう聞かれて雁夜は己を知識を思い返すが……目の前の青年が名乗った名前を持つ英雄が見当たらないことに思い至った。自分が知らないだけか? とも考えたが、仮に狂化させていなくてもアベレージを有に超えている強さを持つであろうサーヴァントが無名とは考えにくい。

 そして何よりA++の『王と歩みし鋼の巨人【蒼月・蒼穹太極式】』、EXの『明日を願う神殺しの槍【フレイヤ・エリミネーター】』。こんな名前の伝説の武装なぞ聞いたことも無い。

 

「どういうこと何だバーサーカー?」

 

「何、私は並行世界の英霊だというだけだ。故に私の名はこの世界の歴史に存在しない。だからこそ真名がばれた所でどうということはない」

 

 その言葉に成る程、と納得する――――そして同時にこのサーヴァントの強さに寒気がした。

 サーヴァントには知名度補正、というものがある。知名度が高ければ高いほどサーヴァントのステータスは生前のモノに近くなる。逆に低ければステータスの低下、宝具の消失といったものまである。だがこのバーサーカーは並行世界の出身、つまりこの世界で文字通り知ってる人間が皆無の英雄だ。当然、ステータスは思い切り低下しているはず。だというのにこの強さ――。

 

「なぁバーサーカー、知名度がないのにこれだけの強さって……」

 

「それについては私にもわからん。……ところで、何時までここに居るつもりだ?」

 

 ここ、とは地下の虫倉のことだろう。何かが腐ったような匂いもするし、何より先ほど臓硯が死に、それと同調していた虫どもの死骸が転がっている場所だ。移動したいと思うのも無理はないだろう。

 

「そう、だな。じゃあ上に行こうか。ここは空気も悪――――」

 

「違うな。間違っているぞ雁夜。そういう意味で言ったのではない」

 

 雁夜の言葉が否定される。この場所に居たくない、というのならこのくらいしか理由はないはずだが……?

 

「……どういう意味だ?」

 

 そう問いかけると再び呆れたように溜息を吐き、答えを言い放つ。

 

「桜とやらに報告しなくてもいいのか?」

 

「――――!?」

 

 桜。その名前を聞いて全身が雷に打たれたような衝撃が走る。そうだ、雁夜は桜を助けるためにこの戦いに参加すると誓った。そして可能であるならばあの臓硯と遠坂時臣に復讐を――。

 今、この場所で、この虫倉で間桐臓硯は死んだ。それは即ち桜を苦しめる元凶が消えたということであり、結果桜が救われたという事実に他ならない。

 

 行かなければならない。伝えなければならない。君は救われたんだと、もう苦しまなくてもいいんだと……また凛や葵と会えるんだと。雁夜は左足を引きずりながら地下室から慌しく居なくなった。残ったバーサーカーは暫し瞑想するように眼を閉じ、しばらく動かなかったが……どこか喜ばしそうな笑みを浮かべ、霊体化して地下室から消えた。

 

 

 

 

 桜の部屋。私物が少ないこの部屋で、桜はベッドに横たわっていた。眠っているわけではない。しかし顔に表情は見受けられない。ただぼんやりと窓から見える月を見ている。

 そうやって眠りに就くまでそうしているのが桜の日課だったが……。ドンドンとドアが叩かれる。こんな時間に誰だろうかと思いながら桜は電気を点け、部屋のドアへ向かう。

 

――――また、ムシグラに行くのかな?

 

 彼女に希望はない。永遠に臓硯の人形でいなくてはならない。心を閉ざし、絶望に染められた思考がまたムシの中に行くのかと考える。しかし、予想に反してドアの向こうに居たのは今日から仕事で忙しくなると言っていた雁夜の姿。その彼の表情が、今までと違っていると気がついたのは彼に強く抱きしめられてからだった。

 

「カリヤ……おじさん?」

 

「桜ちゃん、もう、もう大丈夫だよ……」

 

 何のことだろうか。閉ざされた心は彼の行動がわからない。

 

「あいつは、臓硯はもういないんだ。だから桜ちゃんはもう虫倉にいかなくてもいいんだ。もう苦しまなくてもいいんだよ」

 

 自身を抱きしめる雁夜の気持ちはわからない。しかし、彼の言葉が一つ気になった。

 

「お爺様が、いなくなったの?」

 

「そうだよ、桜ちゃん」

 

 もういない。その言葉が桜の心を少しだけ動かした。そして一つ、また一つと問いかける。

 

「もう、ムシグラにいかなくてもいいの?」

 

「うん」

 

「もう、イタイオモイをしなくてもいいの?」

 

「うん、そうだよ」

 

 抱きしめられる力が強くなる。桜が心の奥底で秘めていた……決して叶わないと思っていた、ありえないと思っていたことを問いかける。

 

「また、あの人たちと――お母さんや、お姉ちゃんと……会える、の?」

 

 抱きしめていた雁夜が抱きしめていた力を緩め、桜を正面から見る。歪んでしまった左の顔をそのままに、無事だった右の顔の目からは――涙。

 

「言っただろう桜ちゃん。また会えるって」

 

 気がついたら、桜は雁夜に抱きしめられていた。いや、違う。雁夜に抱きついていた。身体が震え、眼が潤む。そんな顔を見られたくなかったのか、顔を雁夜に埋めていた。そんな桜を、雁夜は涙を流しながら軽く触れるように右手で背中を撫で続けていた。

 

 

 雁夜が聖杯戦争に参加する間、桜は虫倉での虐待から開放される。そしてもし雁夜が聖杯を手にすればそのまま桜を自由とする――。それが雁夜と臓硯の契約だった。だからこそ召喚の儀を執り行う前日に、臓硯は桜の体内の虫を全て摘出していた。無論、臓硯は雁夜が勝ち残るとは全く思っていなく、この行動も約束を守るというポーズでしかなかっただろう。しかし、バーサーカーによって臓硯は死んだ。

 

 令呪が宿り、桜の中の虫が居なくなり、召喚したバーサーカーによって臓硯は死んだ。この流れを運命だと――奇跡と言わずになんと言えばいいだろう。自分の命はあと一月で尽きる。だが……それがどうした。この命は既にあの母子のために使い潰すと誓っている。あとはあの傲慢な魔術師を倒せば全てが――。

 

 

 

 

 

「カリヤおじさん?」

 

 桜に呼びかけられ、雁夜の意識が戻ってくる。

 

「いや……何でもないよ」

 

「持ってきてやったぞ雁夜」

 

 そういって出てきたのはバーサーカー。だが、記憶にある姿とはどこか違う。……いや、ある意味全然違う。英雄としての空気をそのままに――。

 

 

 

 

 エプロンを着ているのだから。

 

 

 

 コトリ、と置かれたのは湯気を立てた五目粥。お粥には幾つかの野菜が形が崩れるまで煮込んでから入れられており、見た目だけではなく健康面でもすばらしいと分かる。味については言わずもがなだ。

 

 ……言うまでもないがこのお粥を作ったのはバーサーカーである。召喚した翌日、今と同じ格好で料理を出された時は桜と雁夜は目を丸くしたものだ。何故料理が出来るのかと問うと、

 

『知らん。バトレーに聞け』

 

 誰だよバトレーって。

 

「ライさん」

 

 食事をする雁夜の傍らで、桜が作りかけの折り紙を持ってバーサーカーに声を掛ける。

 

「これ、作り方がわかりません。どう折ればいいんですか?」

 

「桜。先日も言ったがまずは自分で挑戦してみろ。手本として折ったアレを分解してみるといい。そうすればそれなりに真に迫れよう」

 

「もったいなくてできません」

 

 ほんの少し、また感情を見せる。それを見て諌めようとバーサーカーは口を開きかけたが……テーブルの上に散らばった失敗作の折り紙をみて一度口を閉じる。

 

「……仕方ない。来るといい桜」

 

 雁夜反対側に座ったバーサーカーに桜が近づき、折り紙を手渡す。

 

「いいか? まずはここを折って――」

 

 桜もまた新しい紙を持ってバーサーカーと同じように折っていく。その光景もここ数日で見慣れたものだ。バーサーカーは何故か桜を構う。料理をし、折り紙を折り、そして他愛ない会話を繰り返す。桜の心が開きかけているのにバーサーカーは一役買っているだろう。彼が実体化しているだけでも雁夜の体内の刻印虫は己を刺激してくるが……桜のためならば耐えられる。バーサーカーも桜がいない時は霊体になって雁夜の負担を抑えてくれる。つくづく狂戦士らしからぬサーヴァントだ。

 

「ご馳走様」

 

「――できました」

 

 雁夜の食事が終わるのと桜の折り紙が完成するのは同時だった。魔術の修行のせいで体が弱った雁夜だが、お粥ならばなんとか食べられる。そして桜の手には少々不恰好ではあるが花びらを模した折り紙が。

 

「お粗末様、だ。ああ桜、私と雁夜は少々仕事の話がある。少し席を外してもらえるか?」

 

「……わかりました」

 

 少々不服そうに返事をする桜。しかし、こればかりは諦めてもらうしかない。折ったばかりの折り紙を手に桜はリビングから出て行く。

 さて……戦いの話し合いだ。

 

 

「必要ないな」

 

 教会からの通達、そして報酬を話すとバーサーカーは一言で切り捨てる。

 

「まぁ、確かに令呪は魅力的だ。”すでに一画使用している”我々にとっても、他の連中にとっても、な。だからこそ必要ない。この聖杯戦争に勝ち残れるのはただ一組だけなのだから他の組は将来的な敵でしかない。そんな奴らと轡を並べて戦えるか? 答えは否だ。仮にサーヴァントが足並みを揃えれたとしてもマスター共はそうはいくまいよ。互いに腹を探り合い隙あらば――というような連中ばかりだろうさ。なら最初から傍観しているのが最上だ。もっとも、キャスターが私の前に現れれば話は別だが」

 

 捨て置くような言葉を言っているが……雁夜には分かる。魔力の繋がりを通じてバーサーカーがキャスターに対して怒りを感じていることが。

 

「ま、とりあえず夜は私が街を回ろう。雁夜は家にて桜を守れ。不足の事態には令呪を使い私を呼べばいい」

 

 言うだけ言ってバーサーカーは実体化を解いた。誰も居なくなったリビングで雁夜は軽い笑みを零す。

 

 ――全く……本当に頼りになるサーヴァントだ。

 

 

 

 

 

 翌日、夜。冬木の新都。

 

 人影も疎らな夜の街を早足であるく小さな影があった。遠坂時臣の子、遠坂凛である。彼女が聖杯戦争真っ只中の冬木の地に足を運んだ理由は唯一つ。親友であるコトネを救い出すことだ。何時も泣きついてきたコトネを助けるのは自分だった。そのコトネが行方不明になった。当然、時臣の子である凛はこの地で何が起きているのか知っている。警察もただの大人も気づいていない。知っているのは自分だけだった。

 

 だからこそ……助けなければ。

 

 そんな小さな義務感で彼女は親の言いつけを破り、夜の冬木へと足を運んだのである。

 早く探さなくてはと急きながら彼女は魔力針――前の誕生日に送られた強い魔力の発する方向を指す方位磁針――を開く。

 

「……え? 何、これ?」

 

 何時もならフルフルと僅かに揺れる針が――グルグルと忙しなく回っている。まるで何かに怯えるように……。だが突然ピタリと針が一点の方角を示す。異常な魔力針の反応も気になるが……まずは針の指す方向へ行こう。そこには必ずコトネの手がかりがあるはずだ。

 僅かな不安を押し殺し、彼女は大人達に見つからないように針の指す方向へと歩を進めていった。

 

 

 ――怖い。

 

 路地の奥で何かが動く。何かが這いずり回るような音がする。

 

 ――イヤだ。

 

 魔力針はこの先を指している。ならば行かなくては。コトネが待っている。

 

 ――イヤイヤイヤイヤ……。

 

 勇気を振り絞り、死角となって見えなかった路地裏の影に向かう。

 そこにあったのは人だったモノとヒトデのようなバケモノ。

 

「―――あっ」

 

 ヒトデがこちらを見る。布着れから察するのどうやらアレは見回りの警察官だったのだろう。その物体を捨ててヒトデがこちらに向かってくる。

 

 体が動かない。奥の手として用意してきた水晶片を投げつけて目くらましにして逃げようとするが……腕が動かない。声がでない。ただ目だけがヒトデを見る。

 腐った匂い。牙が見える。逃げたくても体は動かない。声も上げられない。誰も――助けに来ない。そこまで来て、ようやく凛は悟る。自分は今、ここで死ぬ。

 

 視界がいっぱいにヒトデが映る。もはやこれまでと頭の中で声がする。

 

 

 

「――化生風情が何をしている?」

 

 

 

 そんな結末を、彼女の視界を、銀色が引き裂いた。

 

 

 

 川辺の市民公園。一時間ほど遅れて凛が家を出たことに気づいた遠坂時臣の妻、遠坂葵は一縷の希望を抱いてこの場所に来ていた。虫の知らせ、とも言えるだろう。何せ捜し求めた赤いセーターを着た娘がいる場所に一発で辿りついたのだから。

 

「――凛!」

 

 ベンチに寝かされていた娘を葵は抱きしめる。やすらかに呼吸をする娘に異常は見当たらない。

 

「良かった……本当に……」

 

「意外に速かったな。遠坂葵」

 

「誰!?」

 

 娘を抱きしめ、声が聞こえた方向を見る。暗がりで見えづらかったが……足音を響かせながら街灯の明かりの下に来る。現れたのは銀髪の青年だった。どこか呆れたような視線を凛に向けている。

 

「ふむ……娘を助けた者に言う言葉ではないな。しかし、世間はせまい……というべきか? よもや偶々助けた小娘が遠坂の子とは思わなんだ」

 

 魔術師に嫁いだ故、怪異にはある程度慣れている。その怪異が、異常な空気が目の前の青年から漂ってくる。間違いない……戦争の関係者。

 

「あなたは……聖杯戦争の参加者、なの?」

 

「そうだ。私は雁夜のサーヴァントとして参加している」

 

 ドクンと、心臓が音を立てる。今、彼は何と言った?

 

 雁夜のサーヴァント? それはつまり、幼馴染が聖杯戦争に参加しているということで……夫と殺しあうということだ。

 

「そ……んな……」

 

「さて、雁夜から伝言だ。遠坂葵。『桜は助け出す』。以上だ。疾く速やかに去れ」

 

 言うだけ言って青年は葵に背を向ける。だが、葵にはそんなことは頭に入っていない。

 ただ、夫が幼馴染と戦う。桜を奪った間桐にまた奪われる。自分からまた――。

 

「ああ、一つ言い忘れていた」

 

 歩みを止めて、青年は葵に声を掛ける。

 

 

「遠坂時臣を殺すのは間桐雁夜ではない……この私だ」

 

 その宣言に、頭が一気に冷静になる。

 

「下らぬモノに囚われる愚物など生かしておく理由はない。ああ、桜は貴様の元に返そう。だが――時臣とやらは諦めろ」

 

 再び歩みを進める青年。だが、葵は声を掛けられない。

 

「ま――ちなさいよ!」

 

 掛けるのは胸に抱いた娘であった。

 

 

 

 

「待て? それはまさか私に言ったのか小娘?」

 

「そうよ!」

 

 抱きしめてくれていた母の腕から降り、気炎を吐きながら青年に指を突きつける。

 

「あんたね、さーばんとって奴なんでしょ! あんまり聞こえなかったけど、それはわかるんだから!」

 

 凛の行動に軽く目を瞬かせた青年はどこか楽しげな笑みを浮かべ、凛に向き直る。

 

「だったら?」

 

「あんたのますたーに会わせなさい! お父様を負かしたら許さないって言ってやるんだから!」

 

「――――何だと?」

 

 凛の言葉が、青年の琴線に触れたようだ。夜の公園の空気が変わる。

 

 

「聖杯戦争に勝つのはお父様よ! 他の奴がお父様に――」

 

「黙れ」

 

 ゾクリと。背筋が凍る。気炎を吐いていた凛も言葉が消える。目の前の青年から放たれる空気。それが公園を満たしていた。

 

「……小娘。貴様は言ってはならないことを言った」

 

「なに……をよ……?」

 

「この聖杯戦争に勝ち残るは唯一組……そういう殺し合いだ。即ち、この戦いに参加した者は皆覚悟を決めてこの地に集っているということに他ならない。小娘……貴様は、貴様は今、命を賭けて参加した者達の決意を愚弄した」

 

 青年の表情が変わる。感情を感じさせなかった端麗な顔は今、怒りに染まっていた。

 手には剣。その切っ先を凛に向けている。助けようとするも葵の体は動かない。完全に殺意に飲まれてしまっている。凛もサーヴァントの放つ怒気に膝を折る。

 

「……ちぃ。分かってる雁夜」

 

 舌打。そして怒気を収め青年は再び母子に背を向ける。

 

「小娘、一つ教えておこう。私の親友の言葉だ。決して忘れるな」

 

 青年は遠くを見るように、懐かしむように言葉を紡ぐ。

 

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」

 

 再び歩を進める。だが、再びその背に声が掛かる。

 

「あんた……なんなのよ……」

 

「神聖ブリタニア帝国皇帝――ライゼル・S・ブリタニア」

 

 歩を止めることなく答え、彼はこの場から消えた。 

 

 

 

 

 

 

 キャスターの姿、もしくは手がかりがないかと街を回るバーサーカー。しかしそう簡単に手がかりは見つからない。

 

「―――む?」

 

「―――ぬ?」

 

 ……代わりに別のモノを見つけてしまったが。

 

「貴様、狂犬……」

 

「アーチャー……」

 

 街のど真ん中。人影こそ疎らだが、それでも人は居る。こんな場所で戦えは被害は甚大だが……そんなことで躊躇するか? 否。バーサーカーはともかく、アーチャーは躊躇しまい。

 

「よもやこのような場所で我と見えるとは……殺されに来たか? 犬」

 

「寝言は寝てほざけアーチャー。……殺されに来たのは貴様であろう?」

 

 魔力が吹き荒れる。両者武装こそ展開していないが、どちらかが動けばその瞬間戦闘が始まるだろう。

 

「おお! 金ピカに狂王ではないか! ちょうどよい所であるな! うむ、余のLUC(A+)は伊達ではないのう!」

 

 ……緊張をぶち壊しにするべつのバカが出てきた。その服装はジーンズにTシャツ一枚、そして腕には酒樽が持たれている。

 

「……まあいい。何の用だ征服王?」

 

「うむ、余に金ピカ、お主に騎士王。此度の聖杯戦争には四人の王が集っておる。そこで、だ」

 

 どこか悪戯をする子供のように、楽しそうに笑みを浮かべながら、

 

「一つ騎士王の所で酒宴でもどうだ? 我らの誰が真の王なのか……酒盃に問うてみようではないか」

 

 

 

――先に行っておるぞー。

 

 そう言ってライダーはその場から消えた。おそらくある程度人目につかなくなったところで戦車で移動するつもりであろう。事実、遠くから稲妻の光が迸っている。

 

「……今は引いてやる。まずは征服王の挑戦が先だ」

 

「仕切るな狂犬。が、王が挑戦を受けたとなれば引けぬも道理か」

 

 舞台は変わり、アインツベルンの城へ。

 


 
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