「ええ、つまり新しく赴任した担任と副担任を血祭りにあげたいと・・・」
「違ぇーよ!?」
あたしの目の前でとんでもない事をのたまいながら、のほほんとコーヒーをすすっているこの男。
迷子(まよいご)あちら。
戸籍不明。経歴不明。出身不明。年齢不明。不明、不明分からないことだらけ。
容姿は悪くないのだが、よくも無い。いや、よーく見ると美形なのが彼の雰囲気が台無しにしている。
名前もあからさまな偽名だ。なんだ迷子って。そんな苗字があるか。
よくここの店長はこんな男を住み込みで雇ったものだ。
そこらへんは奴に言わせると「人徳?」らしいがそんなことは無い。
店長もあまり気にしていないみたいだ。そこは流石麻帆良というべきか。
つまりこの迷子あちらという男は端的に言うと正体不明。
だが、一つだけはっきり分かっていることがある。
―――迷子あちらは長谷川千雨の恩人である。
あの二年の夏が終わりかけた曇天の日に、確かに長谷川千雨は迷子あちらに助けられた。
別に命を救われたわけじゃない。
映画のようなドラマチックな出会いがあったわけでもない。
ただ声をかけられただけだ。
そして話をしただけ。
時間にすれば10分位の出来事だ。
だけれでもあたしはたったそれだけで救われた気がした。
初めて人前で大泣きしてしまった。
散々のあちらには脈絡の無い暴言を、罵声を吐いた。
だけれでも、あちらはずっとあたしが泣き止むまで傍にいてくれた。
・・・今思い出しただけでも赤面する程恥ずかしいが。
しかしそのお陰かこの学園都市との心の折り合いがつき、前向きにここでの生活を捉えることができた。
それでも、やっぱりストレスは溜まるし、認識の違いからか親しい友人は未だできない。
そんな時はあちらに愚痴を言いに会いに行く。
あちら曰く、彼も所謂非常識な世界の住人らしく、そういうことを話しても問題が無い。
この麻帆良とは系統が違うらしいのだが、そこは詳しく教えてくれなかった。
これ以上心労を増やす必要もないだろうとの事だが、・・・気に食わない。
いつか聞きだしてやろうと考えている。
「冗談ですよ。ちゃんと話は聞いてます。」
「やろう・・・」
「まぁその先生方は十中八九こちら側の人間でしょうね。流石麻帆良です。
こうも堂々と人員を表に送り込んでくるとは。」
「そっち側の人間は表の人間を巻き込まないんじゃなかったのかよ。」
「まぁどこでも原則そうですが、ここ麻帆良は彼らの・・・口の悪い言い方をすれば支配地域です。
認識阻害もあることですし、表沙汰になるようなことは無いでしょう。」
あなたのクラスは一概に一般的なクラスとはとても言えないですし・・・。
あははと笑うあちら。
ちくしょう。笑い事じゃねぇぞ。
こっちはそこに一日の大半は居なくちゃいけないんだ。
大体なんだ。
ロボットに忍者にサムライガールだったり、しかも吸血鬼や幽霊まで居るらしい。
おまけに今度は子供の担任と銀髪|金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の副担任。
・・・確かに一般的とは言えないなぁ。
なんであたしがこんなクラスに。けどクラス替えとかは無いしなぁ。
この学園都市でも一杯いっぱいなのに、さらにそれを煮詰めたような我がクラス。
あたしが意識を飛ばしていると
「まあそれでも、あのクラスには一般人もそれなりに居ます。向こうもそんな無茶はしないでしょう。
用心していればそちらに巻き込まれることもないでしょうね。」
「へっ慰めドウモ。」
「しかしその子供先生にはちょっと注意して置いてください。こちら側でスプリングフィールドの家名はとても大きい物ですから。とばっちりが無いとも言えません。」
「マ、マジかよ・・・。あの坊主そんなに有名なのか?」
「彼の父上が超が付く程の有名人でしてね。その関係です。」
「じゃあ副担任の方もなんかあったりするのか?なんか出身が同じらしいんだが。」
そこで彼はちょっと困ったような、困惑したような表情で首を傾げた。
彼はコーヒーを啜りながら、記憶を探る様に訊ねてきた。
「そこなんですがね・・・。その方の名前は何でしたっけ?」
「あー、確か・・・スザク・神薙・フォン・フェルナンドだったはず。」
ゲホといきなり彼は口に含んだコーヒーを気管に入れてしまったのかむせ始めた。
「お、おい大丈夫か?」
「だ・・・だい、じょうぶ、です。」
「そ、そうか。」
しばらく彼は何かつぼに嵌ったのかこちらに帰ってこなかった。
ようやく帰ってきた彼は先ほどの話の続きを話し始めた。
「それでフェ、・・・フェルナンド先生についてですが。彼に関しては聞いたことがありませんね。
ウルトラVIPの息子を補佐するんであれば元担任の高畑先生か、他の経験積んでいる先生だと思うんですが。
・・・それでも彼に補佐を任せるとなると、なにかあるんでしょうね。」
金銀妖瞳(ヘテロクロミア)なんて多分何かの異能持ちですし、この方にも余り近寄らないほうが賢明ですね。
そういって彼は話を終わらせた。
「さて、話し込んでしまいました。いい時間です。晩御飯でも食べに行きましょう。
今日は学期初めということもありますし、おごりますよ。」
彼は飲み終わったマグカップを流しに浸けて、キーホルダーの付いた鍵をチャリチャリ回しながらあたしに提案してきた。
もちろんあたしに異論はあるはずも無く。
この変な恩人であり、恥ずかしくて絶対口には出さないが・・・
―――友達だと思っている迷子あちらとの楽しい食事に思いを馳せた。
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千雨サイドのお話です。
※本作は小説投稿サイト『ハーメルン』様でも投稿しています。