No.400075

その人は何処へいった? 4.ヒズ・ネイム・イズ

ついに名前公開。


※本作は小説投稿サイト『ハーメルン』様でも投稿しています。

2012-03-30 13:53:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2023   閲覧ユーザー数:1968

 

 

 

「あちら」

 

 

え?何所の事かって?HAHAHA!!なかなかナイスなジョークだネ!!!

 

名前だよ。

 

な・ま・え。

 

 

「迷子(まよいご) あちら」

 

 

素敵な名前だろ?本当にこれ名づけてくれやがったんだぜ、これ。

名前の由来は

 

 

『「あっち」書架群で発見した迷子さん』

  ↓

『"あちら"で発見した迷子』

  ↓

『迷子あちら』

 

 

ね?簡単でしょ?

 

まあ漆黒の片翼堕天使フェルナンドとかじゃなくて良かったが、あれは犬用らしい。

飼っているのは白いチワワらしいが。

 

 

「とりあえずこれで結縁はひとまず完了だ。

これから本当の名前を見つけるまでこれが君の名前だ。

 

―――"迷子あちら"さん。」

 

「とりあえず、お礼を言います。

本当にありがとうございました。」

 

 

そう、厚木さんが自分の命を救ってくれたのは本当だ。しかも身も知らずの他人を。

感謝してもしきれない。

 

 

「しかし本当に大変なのはこれからだよ。

あちらさんが自分の世界に帰るためには自分の世界の本を探さなくちゃならない。

おそらく「あっち」書架群にある蔵書の一冊だということは分かるが、私自身正確な蔵書数を把握していなくてね。

さすがに無限には無いと思うけど千那由他ぐらいはあるかと。」

 

「千那由他って……。」

 

 

たしか10の何乗だっけ??

 

 

「10の63乗だね。」

 

「…その膨大な数の蔵書から一冊の本を見つけろと?

見つけるよりも私が寿命で死んでしまいますよ。」

 

「その点に関しては問題ない。私達のような書架を管理する司書には助手の任命権があってね。

あちらさんの結縁時に司書見習いのパスを発行しておいた。現時点で君はここの関係者だ。

ここの職員は本世界を保守管理する作業の効率化のために肉体時間の凍結処理が為されている。

だから寿命にしては大丈夫だよ。時間は腐るほどある。」

 

 

まあ、さすがに速読閲覧や検閲術式などの管理者権限は使用許可が出ないけどね、ころころ笑う厚木さん。

 

…何か今、さらっと物凄い事を言われた気がする…。

 

 

―――肉体時間の凍結処理?

 

 

それってつまり……

 

 

「不老不死?」

 

「まぁ簡単に言えばそうだね。あと別に不死じゃないよ。

凍結させていた時間を解凍すると、身体が元の時間の流れに戻るから、豆腐の角に頭ぶつけたら普通に死ぬ。」

 

「十分じゃないですか!!」

 

 

不老不死だひゃっほーと若干テンションが上がる。全人類の夢がここに!!

厚木は私も昔はこんな時分があったなぁ、と当時を思い出しながら説明を続ける。

 

 

「では、話の続きを。

私は書架の維持と新たに生み出される本の管理で本世界捜索にまで手が回らない。

だから、あちらさんにはこれから司書見習いとして書架群内の中から自分の世界の本を見つけていただきたい。

 

―――発見された本を私が修繕し、あちらさんは元の世界に帰る。

 

基本方針はこのようになる。」

 

「どうやって本を見つければいいんでしょうか。普通に本読めばいいんですか?」

 

「いや。その方法でも良いけど"読み落とす"可能性もある。あまり確実じゃない。

 

―――なので、あちらさんにはその本世界に深く"潜って"頂きます。

 

あちらさんは世界に名前を置き去りにしている状態だ。

現地時間で二週間から、遅くても一年滞在すれば縁同士が絡まり名前を思い出します。

それで自分が何者か思い出せなければ縁が無いんでしょう。恐らく違う関係無い世界です。次の本世界に移動してください。」

 

「そ、それは、大変ですね……。それを10の63乗…?―――不老で良かった。」

 

「見習いではなく、司書の資格を持っていれば閲覧術式を使って比較的簡単に落丁箇所を調べられるんですけどね。

受験資格があちらさんにはないので一つ一つ調べていくしか…。」

 

「はぁ……了解しました。」

 

「戦記やファンタジーみたいな物騒な本もあるから、一応自衛用の権限も渡しておきますね。

これは見習いでも大丈夫な権限だから。」

 

 

そういって厚木さんは人差し指を私の額にくっ付け……くっ付け……それだけ?何をしたんだ?

 

 

「えっと、何をしたんですか?」

 

「権限を委譲、承認っと。はい、これが自衛用端末ね。」

 

 

そしてポイと渡された――――――はさみ。

 

 

それは、"はさみ"。

 

 

特別な模様も装飾もしてない……『はさみ』。漢字で書くと『鋏』。

 

あ、ちょっと刃の部分が錆びてる。

 

 

「えっと、自衛用?」

 

「うん。」

 

「はさみ?」

 

「うん。」

 

「これで剣や銃と戦える?」

 

「うん。自衛用だからね。ドラゴン"程度"の幻想種なら一撃で。」

 

 

思わず"はさみ"を地面に叩き付けた私は悪くないはず。

 

 

「どーやって!?

って言うかドラゴンッ!?なにそれ!?そんなん出てくるの!?

はさみなんかで立ち向かったら秒殺されちゃいますよ!!しかも錆びてるし!べとべとするし!!」

 

「おやおや。あちらさん。ちゃんと人の話は聞くものですよ。」

 

 

厚木さんは叩きつけられたはさみを拾い上げて説明を始めた。

 

 

「これはね。たしかに唯のはさみです。近所の100均で買いました。」

 

「認めた!?てか100均!?」

 

「しかしあちらさんは本の読み手…。そして世界は本で

 

 

――――――紙です。あとは分かるな?」

 

 

「切れと申すか!?あなた本当に司書ですか?どこの司書が本を切れと!?」

 

「…まぁ冗談はここまでにしておいて―――。

 

"はさみを持っている"……その事実自体が大切なんだ。

 

君が本世界に潜っている間、はさみは"世界/本が切断できる"という概念を世界に持ち込む。

持ち込むのは概念だから姿形はその時々で変化するけど、まぁこれで喧嘩売ってくる相手も居ないだろうね。」

 

 

本世界中では任意で何でも切れる上位末端だからねー。

たかがドラゴン程度、"紙を切る"様に簡単さ、あははと朗らかに笑う厚木さん。

 

…自衛用?

オーバーキルにも程があるだろ、常識的に考えて。

なるべく使わないようにしよう。うん。

 

 

「注意事項はこの程度ですかね。

 

―――あぁ潜入中の身分保証は司書見習いとして下位世界である本世界に保護されるから滅多なことは無いと思うよ。」

 

 

どういうことだろ?司書見習いとして?本世界の保護?

 

 

「まぁ行けば分かるよ。」

 

「分かりました。

 

―――本当に色々として頂きありがとうございました。

 

この御恩は一生忘れません。」

 

「…いや、こちらこそ。結局、あちらさんに丸投げした形だしね。

 

―――本当に短い間だったけど、貴方と会えて良かった。

 

そしてこれから多分"長い付き合い"になる。

偶には遊びに来てね。その時はお茶でも飲もう。」

 

「…はい、必ず。」

 

「…では、迷子あちらさん。

 

 

―――良き旅路を。」

 

 

そう言って、不思議な司書は姿を消した。

出会った時も突然なら、別れの時も突然な最期だった。

 

ならまた、突然ばったり会えるだろうと感傷に浸りつつあちらは思った。

 

それにしても―――

 

 

「……結局あの司書、男性と女性どっちだったんだろう?」

 

 

そのあちらの疑問に答える者は誰も居らず――

 

茫洋としたランタンの灯りが照らす薄暗闇に、司書の高笑いが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある時、何処かの本棚前

 

 

 

 

男が立っていた。黒髪黒瞳の男。

茶色いコートに身を包み、傍らにはトランクが置かれている。

 

容姿は悪くないが、よくも無い。どこにでも居るようで居ないような。

不特定多数の容貌の平均を取ればこんな感じになるだろう。

平均を取れば美形になると言われるが、男のちぐはぐな雰囲気が台無しにしていた。

 

つまり、言葉を重ねたが平凡そうな男だ。

 

男が口を開く。

 

 

「この本棚に今度こそあるといいなー。けどないだろうなー。

 

―――はぁ…。

無くてもいいからゆっくりしたい……。なんで毎度毎度何かしらのトラブルに巻き込まれるんだ…。」

 

 

切実だった。

この間、本棚の間にある閲覧室でのんびりしていたら、恩人で親友である司書に

 

 

「私はこの間生み出された本のお陰で、しばらく寝ていないのだぁよ。カカカ」

 

 

と言われ逃げ出した。

あの司書は気分で話し方が変わる。あれはダメな時だった。

 

 

「…さて、やるか。」

 

 

そう言って、男は本棚から一冊の本を取り出した。

立派に装飾された背表紙には見慣れない文字が書かれている。

もし読める人がいればこう読める事だろう。

 

 

 

 

―――『スプリングフィールド英雄譚』と。

 

 

 

 

男は表紙を丁寧にめくり、一ページ目にゆっくりと指を添わした。

 

 

 

 

 


 
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