No.400060

明日に向かって撃て! 【二人三脚】

健忘真実さん

探偵小南の活躍、第二弾

2012-03-30 12:48:25 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:391   閲覧ユーザー数:391

【二人三脚】

 

 耕作はあずま屋風建屋の中央に造られた腰かけに座って、パンくずを放っていた。

 

 高級住宅地の一角にある公園の周囲を緑豊かな木々が囲み、花壇にはヒマワリが背筋

を伸ばして太陽に向かって立っている。

 赤や青い花も咲いているが名前を知らない。

 夏休みの午前中にもかかわらず、子供たちの歓声はない。姿さえもない。  

 シャーシャーシャーという耳をつんざくばかりの蝉の合唱があるだけだ。

 それと、クルックルッ、クゥクゥと喉を鳴らして集まってきた鳩の群れ。パンくずを

放るたびにバタバタと低く飛び上がってすぐに着地をすると、頭を前後に振りながら歩

いて寄って来る。

 

 袋に入ったパンくずがなくなると、耕作にはもうすることがない。

 ただボーッと坐って、人が時々公園の中を横切って行くのを眺めているだけである。

 お腹が空いてくると、コンビニで買っておいた菓子パンとぬるくなったコーヒー牛乳

を、時間をかけてお腹に収めていく。

 それが終わると再びボーッと坐っている。同じ姿勢では疲れてくるので、時々横にな

る。

 本を持参することもあるが、ひなたでは日差しが強すぎて目が疲れ、日陰では暗くて

読めない。

 曇りの日も雨の日も、日がな一日この公園で過ごしている。

 そんな毎日が、今日は途切れた。

 

 

「フーッ」と、ひとりの少年が隣の腰掛けに腰かけた。

 何が入っているのか、重そうな肩掛けカバンを横に置いた。

 おはよう、と声をかけると、

「おはようございます」と丁寧に頭を下げてくる。

が、声に張りがない。

 眠そうな目でちらっと耕作を見、周辺を歩いている鳩を眺めている。「ハーッ」とた

め息をまたひとつ。

 

「坊主、眠そうやな。暑うて眠れんかったか」

「いえ、エアコンが付いてますから」と言い、再びため息をつく。

「重そうなカバンやな。学校行く途中かいな」

「いえ、塾です。朝9時から夜6時まで塾があるんです」

「ほう、見たとこ小学生やが大変なんやな。何年生や」

「5年生です。塾から帰っても宿題があって、寝るんは1時ごろになるんです。ア~ぁ、

夏休みやというのに・・・どっか、遊びに行きたいなぁ~」

 小南探偵事務所は相変わらずペットの捜索依頼が多かったが、暑い日日が続くとそれ

もなくなった。犬や猫も暑い時には活動せず、家の涼しい場所でじっとして寝そべって

いるらしい。

 

 小南が助手のシャーロックと共に喫茶“憩い”から戻って来ると、入り口で女性が待

っていた。

 1Fの事務所で話を聞く。仕事の依頼が久々に入ったのである。

 

 

 依頼人小沢さんの父耕作は、毎日この近くの公園で過ごしているのだが、なぜそうし

ているのかは聞き出せなかった。

 今日は一旦出かけてしばらくすると戻ってきた。

 着替えをし、銀行のキャッシュカードと何かしらの荷物を鞄に詰め、

高松に行く、と言って出ていった。

 止める間もなかった、というのである。

 香川県善通寺には母と妹、耕作にとっては別れた妻と娘がいるということだ。

 

 お互い疎遠にはなっているが、妹の和代とは連絡を取り合っており、妹はまもなく結

婚する。

 父の耕作には知らせていないが、夫と話しているのを聞かれたのだと思う、

と小沢さんは説明した。

 父が妹と会うのを阻止してほしい、というのが依頼内容である。

 妹には父が出向いたことを知らせていない。

 母の生家の近くで母と妹は暮らしているが、父はその住所までは知らないはずである。

しかし捜せばすぐに見いだせる所に住んでいるとのこと。

 

 

 こういう訳で、俺は実家にある親父の車を無断拝借して、善通寺へ向かった。

 中国自動車道、山陽自動車道、明石海峡大橋を越えて道の駅あわじで休憩。

 久々に海を眺めて気持ちが軽やかになった。

 ああ、緑ちゃんが隣にいてくれたら・・最高だぜ!

 シャーロックを連れ出して排泄させなければならない。味気ないことこの上なし、

トホホ・・・

 

 だが名物のたこ飯と生しらす丼に舌鼓を打つ。

 これも経費に入れておこう。

 

 

 神戸淡路鳴門自動車道で淡路島を縦断し鳴門海峡を渡る。

 せっかくここまで来たのだから、少し観光しておこうか。

 大鳴門橋の橋桁内に造られた海上遊歩道。

 陸地から450mの所にある展望室のガラス床から、45m下に激しく渦巻く渦潮が

見られた。ラッキーだ。干潮時とぴったしカンカン。

 

 そして高松自動車道へ。

 せっかく高松へ来たのだから、讃岐うどんは絶対に食べとかないと。

 耕作は一旦家に帰って旅の準備を整え、高松へ行く、と言い置いて家を出た。

 

 

 娘は洋裁店を開いており、教えてもいる。

 耕作の部屋も時々使われて、家にいると迷惑がられるのだ。

 退職した当初は散歩や映画で時間を潰していたが、いつのまにか公園で一日を過ごす

ようになった。

 

 通り過ぎる人の服装やしぐさなどを観察する。そして想像する。妄想の世界にどっぷ

りと浸かっているのが至福の時となっていた。

 しかし話をすることはない。家でもほとんど言葉を発しない。

 久しぶりの会話だった。

 

 少年は安田悠馬(はるま)と名乗った。

 悠馬は遠足以外で電車に乗ったことがないという。

 

「香川の善通寺にな、娘がおるんや。もうすぐ結婚するんやが結婚する前に一度会いた

い思うてる」

「そんなん会いに行ったらええやん」

という言葉に触発された。

 そして意気投合したのである。

 

 

 駅で待ち合わせた悠馬は鞄を持ったままであった。

 電車に乗るのがほとんどない悠馬の為に、景色が楽しめる在来線で行くことにした。

 大阪駅11時発。途中姫路、播州赤穂、岡山で乗り換えて善通寺到着は16時17分

となる。

 

 姫路駅で名物の駅弁あなごめしを買い、電車の中で食べた。

 悠馬にはすべてが初めての経験である。目を丸くして夢中になって食べている。

 電車が瀬戸大橋にさしかかると歓声をあげて、すごい! すごい! の連発。

 海の上を電車が走っていくのである。時々島の上を通過する。

 周囲を取り巻く海の波が光を受けて、キラメキさざめいている。

 点在する小さな島々。

 遮るもののない青い空。

 優雅でおおらかに飛ぶ鳥。

 行きかう様々な船。

 途中の小さな島にある自動車道のパーキングエリアでは、自分たちに向かって手を振

る人がいた。悠馬も手を振って応えた。

 

 悠馬の笑い顔を見て、耕作の心も和んだ。

 午後3時過ぎ。

 途中、うどんを食べるのに時間がかかってしまった。やはり讃岐うどんには人気があ

る。しかも目の前でうどんを打ってくれる。

 

 善通寺に到着すると、小沢さんに電話を入れた。

 誰からも連絡を受けていない、と言う。

『絶対に妹のとこに行くはずですから、会わせないようにお願いしますね』

 

 仕方なく、母娘が住むアパートの出入り口とそこに通じる道路が見渡せる所に車を置

いて見張ることにした。

 30分ほどそうしていると・・いや、ちょっと居眠りをしていたのだが、窓をのぞい

ている気配がした。警官だ。

 

「ここで何をしょーるんな。不審人物がおると通報を受けたんやけどなぁ」

「え、いえ、いえいえ不審者じゃないですよ。待ち合わせ、です」

 

 ちぇっ、ドラマでこんな邪魔が入ってるんを見たことないぞ。

 しかし考えてみると娘さんはまだ勤務時間中だろうし、交通手段はひとつだし、小沢

さんがまだ着いていないのだとしたら駅で待っている方がいいだろうか。

 

 シャーロックを乗せたまま車を駅の駐車場に置いて、改札の近くで待った。まさか無

駄足じゃなかろうか、と思いながら。

 

 

 電車がゆっくりと入ってきた。降りてきた人はまばらだ。

 小沢さんはいた。しかし・・連れ? 少年が横に付いて歩いている。

改札を出てきたところで声をかけた。

 

「小沢さんですよね。私は娘さんから依頼を受けた探偵の小南です」

 びっくり仰天といった表情で見やってから、小沢さんは口を開いた。

「知ってますよ、小南探偵事務所。時々散歩されてる姿を拝見しています。そうですか、

娘が・・・」

「で、その子は?」

「ぼく安田悠馬いいます」

「国道沿いにファミレスがあったんですが、とりあえずそこへ行ってお話でもしましょ

うか」

 悠馬は安田さんに視線を送った。

「おじさん、おなかすいた」

 塾から電話が掛かってきた時、鷹子は外出の支度をしている最中だった。

 梅田芸術劇場での公演、タカラヅカスペシャル~明日に架ける夢~ を友達と観に行

く。12時開演なので軽く食事をしておこうと約束している。

 

「えっ? 悠馬ちゃん休んでる? いいえ、いつもどおりに家を出てますわよ」

 家から塾までの15分程度の道をたどったが、やはり塾にはいなかった。

 

 夫が経営する会社へ電話をした。

「きっと誘拐されたんよ。誘拐にちがいないわ! あなたすぐに帰ってきて。警察には

私から電話します。身代金用意しとかないと!」

 

 犯人らしき者からの電話などなく、警察には本腰を入れた捜査はしてもらえそうにな

い。それでも付近を当たってもらった。

 駅で見かけたという人がいて、大阪駅方面の電車に乗ったことが分かった。

 

「ああ、悠馬ちゃん、塾のお勉強が遅れてしまう。ピアノのお稽古もあるというのに、

もう」

「お前は悠馬の体のことより、そんなことの方が大事なのか!」

「悠馬ちゃんのことを思ってのことです! 1日の遅れを取り戻すのは大変なんですか

ら。あなたは何にも分かってないくせに」

 

 

 大阪駅での窓口で、善通寺までの切符を買っていることが分かった。

 その時間帯、少年は年配の男性と楽しげに切符売り場に現れ、珍しげにあたりを見回

していたという。

 特急券は買われなかったから快速電車で、乗車を楽しむのかもしれないですよ、と係

員は言った。

 時間のたっぷりある人は、電車自体や景色などを楽しむ人が結構いるらしい。

 

「きっと騙されて連れまわされてるにちがいないわ。悠馬ちゃん、電車に乗ったことな

いのよ。なんとしても探し出して犯人を捕まえてちょうだい!」

 

 警察は鷹子の剣幕と、ちょっと知られた町の名士である安田という名前に押され、善

通寺署に少年の写真を送り、見張りを依頼。

 私服警官が自転車で善通寺駅に到着した時、少年が年配の男性と、そして30歳前後

の男性と車に乗るところを見た。

 

「少年を見つけました。他に男がふたり。車に乗るとこやわ。4ドアセダンのシルバー、

大阪530 ゆ 53ハイフン73。国道に出る模様」

 

 事件性の有無は分からないが、とりあえず任を果たし鼻歌ながらに署に戻る途中のフ

ァミレス。

 ふと見やると先ほどの車。

 店の中に入ってみる。

 かれらの坐る座席の背中合わせのテーブルに警官は腰を下ろし、聞き耳を立てた。

 

「そうか、ボウズ、とりあえず家に電話入れとけ、ホレ」

 小南が差し出した電話で悠馬は家に掛けた。

「おかあちゃん、ぼく」

『悠馬ちゃん? 今どこ? 犯人から逃げたんやね! よかったぁ・・ンもう、心配で心

配で』

「ちょ、ちょっと待ってェな、おかあちゃん。犯人てなんやのん? 僕はおじちゃんに

頼んで連れてきてもろたんやで」

『おじちゃんって、誘拐犯でしょ?』

「ちょっと探偵のおじさんと代わる」

 

 小南は耕作からと悠馬から聞きだした内容をかいつまんで説明した。今日中に連れて帰

ることで話はついた。

 

「お母さん、塾のことえらい気にしてはったで」

「そやねん、じゅく、じゅく、じゅく・・・せっかく忘れてたのに」

「ボウズ、ピシッと言うたれ、自分のことやろ。もう5年生なんやし、自分の気持ちを言

うのんは大事なことやで。ところで安田さんはどないしはります? 娘さんの気持ちは分

か」

「分かってます。仕事中毒で家族のこと考えたことなかったんです。娘には会わずに帰り

ます」

 

 警官は事件ではないことを確信して、アイスコーヒーで喉を潤して店を出た。

 丘陵地にある、周囲には高級住宅が立ち並ぶ公園。

 俺はシャーロックを連れて遅い朝食を喫茶“憩い”でとるため、少し回り道をして立ち

寄った。

 

 おお、いるいる。

「おはようございます、小沢さん。ヨッはるま、母上に言えたんやな」

「うん、そやけど午前中だけ。午後からはやっぱり塾やねん」

 悠馬は網と虫かごを下げている。

 

「小南さん、ありがとうございました。善通寺の娘から『ありがとう』って電話がありま

した」

 

 

 おとつい善通寺で、新家庭で役立つであろうしゃれた時計を求めて、悠馬から和代さん

に直接渡してもらい、車の中で小沢さんは17年ぶりの和代さんの姿を目に焼き付けてい

た。

 

 悠馬は、耕作さんからです、と言ったという。

 誰のことか、すぐに理解したようだった。

 目がウルウルしてた、と報告してくれた。

 

 

 悠馬の父安田さんは、俺の友人で家主でもある和登さんとは旧知の間柄だった。

 昨夜は3人で飲んだ、飲んだ。

 そして安田さんが、小沢さんの分も含めて謝礼としてはずんでくれたのである。

 

 よし! きょう俺は、緑ちゃんを、映画に、誘うぞ~!


 
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