No.398988

そらのおとしものショートストーリー4th 生きるのって難しいね……Ⅱ

水曜日定期更新。
いよいよ第一部名台詞の完結編。
来週はちょっと遅めのエイプリルフール。
その先は、ロマリーさんが良いキャラに育ってきているのできっと良いセリフがいただけるでしょう

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2012-03-28 00:08:40 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1983   閲覧ユーザー数:1844

生きるのって難しいねⅡ

 

「美香子お嬢様。とても嬉しそうですね」

 オレガノは自室で楽しそうに笑みを浮かべながら鏡を見ている美香子に声を掛けた。

「え~? わかる~~?」

 振り返る美香子は誰の目にも分かるほどにご機嫌だった。

「どんな嬉しいことがあったのですか?」

 オレガノは空気を読んで話を振ってみた。美香子は明らかに聞いて欲しそうな表情をしていた。

「え~~? どうしようかしら~~?」

 聞いて欲しい癖に美香子はもったいぶっている。

 エンジェロイド一空気が読めると評判のオレガノは一度目を瞑ってから続きを催促した。

「是非、教えてください」

「オレガノちゃんがそこまで言うのなら~仕方ないわね~~」

 美香子はとても艶々した表情で話し始めた。

「ほら~。英くんが~最近カオスちゃんを養うようになったじゃない~?」

「はい。アストレア様の死をきっかけにカオス様を引き取ったと風の噂で聞きました」

 オレガノは守形英四郎を好いている。故に彼の新生活について知らない筈がなかった。

「そうそう、それよ~~。英くん、カオスちゃんを育てるようになってから変わったわ~」

「そうですね。より一段と凛々しくなられました」

 以前の守形は新大陸の追求以外はまるで関心がなかった。自身の生活スタイルにも無頓着を頑固なまでに貫いていた。

 でも、今は違う。カオスを育てる為に懸命に働き、自身とカオスの生について懸命に考えている。

 以前より懐が広い大人になった。オレガノは守形の変化をそう評している。

「あの桜井くんでさえ~守るべき人が出来たら変わったんですもの~~。英くんなら当然よね~~♪」

「…………はい。智樹様も変わられました」

 オレガノは少しだけ気落ちしながら返答した。

 オレガノは智樹のことも好いていた。

 漁夫の利を狙い、智樹の妻になるのは自分だと考えていた。だが、現実にはそうはならなかった。

 智樹の妻の座を得たのは風音日和だった。

 智樹は日和を養う為に一生懸命アルバイトを重ねている。守形と同じように懸命に生きていた。

「でしょう~でしょ~♪」

 美香子はとても嬉しそうだ。

「それでね~。会長にとても良い考えがあるの~♪」

 いよいよ本題が来た。オレガノの拳に力が篭る。

 

「実はね~、カオスちゃんをうちで引き取ろうと思うの~」

「カオス様を、ですか?」

 オレガノは首を捻った。

「そう~。カオスちゃんをうちで引き取れば~保護者である英くんも自動的に付いて来るじゃない~」

「…………そう、ですね」

 その発想の飛躍はどうかと思った。けれど、オレガノは空気が読める子なので黙って話を聞いている。

「それで~英くんがカオスちゃんのパパ~、私がカオスちゃんのママになれば~、万事は丸く解決よ~」

「………………そう、ですね」

 オレガノは美香子のことをとても尊敬している。その明晰な頭脳はシナプス人に決して引けを取らない。

 けれど、美香子は時々その優秀な頭脳を無駄遣いする。例えば今みたいに。

「カオスちゃんだって~弟か妹が欲しいに決まっているわ~」

「そう、ですね」

 考えるのが面倒くさくなって適当に相槌を打つ。

「大丈夫~。英くんとなら~、今すぐにでも弟と妹を量産しても無問題よ~」

「そう、ですね」

 返事をしながら頭の中では別のことを考える。

 智樹が結婚相手を決めてしまった以上、自分が狙うターゲットはもはや守形しかいない。

 しかし、その守形は自分の敬愛する主君美香子が狙っている。

 では、どうするべきか?

「むしろ会長は~カオスちゃんの完全なママになる為に~英くんとの子供が一刻も早く必要だと思うの~」

 美香子は既に守形を襲う気満々だ。

 時間的な余裕はない。

 一刻でも早く作戦を立てて実行しなければならない。

「家族愛~勤労精神に目覚めた英くんなら~お父様も結婚を反対する筈がないわ~」

「そう、ですね」

 使える駒は何か?

 英四郎を狙うライバルたちの顔を思い浮かべる。

 智子、智代、ダイダロス。

 どれも美香子を足止めするだけなら十分な戦力。

「…………ダメですね」

 オレガノは首を横に振った。

「何か言った~?」

「いいえ。何も」

 智子たちが強力な戦力であることは間違いない。だが、使えないと判断せざるを得ない。

 何故なら彼女たちを意のままに操ることがオレガノには不可能であるから。

 制御できない将棋の駒など危険すぎて使えない。

「他に美香子お嬢様に対抗できそうな戦力と言えば……」

 頭をフル回転させる。

「そう言えば、智樹様に振られて腑抜けになっているポンコツがまだ2体いましたね」

 オレガノの頭にシナプス最強と言われている2人のエンジェロイドの姿が思い浮かんだ。

「1体1体ではこの世全ての悪である美香子お嬢様の狡猾な知略に勝てなくても、2体合わせて力押しさせれば或いは……」

 オレガノは頭の中で先頭シミュレートを繰り返す。

 イカロスとニンフが抱きついて自爆すれば美香子と相討ちに持っていけるという結論に至った。

「美香子お嬢様を亡くし寄る辺を失った私には新しいご主人様が必要になります。なるほど、すると私が英四郎さまの元にご奉公するようになるのは必然の結果なのですね」

 オレガノの中で美香子は既に故人となっていた。

「誠心誠意真心を込めてお仕えする私に英四郎様が情をかけ、やがてそれが愛情に変わるのもまた必定。私がカオス様の母になるのは既に定まっていた運命だったのですね」

 オレガノは自分の立てた仮説にとても納得していた。

「うふふふふ~。勤労英くんには~五月田根家の次期頭首のお仕事に就いてもらわないと~」

「不束者ですが、カオス様の良き母君になれるように誠心誠意努力いたします」

 妄想に浸って互いの様子に気付かない2人。

 この2人は大層な策謀家だったが、策士策に溺れるという格言を聞いたことがなかった。

 

 

「それじゃあ、英くんの様子を見に出掛けるわよ~」

 妄想から戻った美香子が妄想を現実に変えるべく動き出した。

「はい。お供いたします」

 丁寧に頭を下げながら同行を申し出るオレガノ。

 彼女もまた自分の夢を達成するべく知略を張り巡らせていた。

「……まずは美香子お嬢様を泳がせ、ここぞという時に排除しましょう」

 オレガノはタイミングを見計らっていた。

 智樹に振られて腑抜けポンコツに成り下がったと判断したエンジェロイド2体の投入時期を。美香子を排除して守形を手に入れる瞬間を。

「……フフフフフ。本当の淑女というものは危険分子を平然と飼い慣らせる女性のことなのよ」

 美香子は澄ました顔で姦計を巡らせているオレガノを見ながら密かに笑っていた。

 この世全ての悪の称号は伊達ではなかった。

「さあ、川原に行くわよ~」

「はい。お嬢様」

 2人の性格破綻者は元気良く川原に向けて歩き始めた。

 

 

「ふぅ~。ようやく川原に到着よ~」

 15分後、2人は川原に到着していた。

 オレガノの目の前に守形のテントが見える。

「英くん……本当に変わったわね」

 美香子はテントを見ながら少しだけ眩しそうに、それでいて切なそうに呟いた。

「変わった、とは?」

 オレガノの問いに対して美香子はテントの片隅を指差した。

「あそこにガスボンベが見えるでしょう。それから炊飯ジャーとバッテリーも。英くん、カオスちゃんの為にいつでもきちんとしたご飯を作れるように設備を整えたのよね」

 美香子は更に指を川原よりに動かす。

「あっちには2人分の布団が干してあるでしょ? 前は1年中同じ寝袋だったのに」

 美香子は僅かに俯いた。

「私が幾ら英くんに言っても聞いてくれなかった生活改善の為の変化をカオスちゃんは簡単にやってのけちゃったのよね」

「美香子お嬢様……」

 オレガノは何か気の利いたことを主に言わなければと思った。けれど、どう言葉を掛ければ良いのかわからない。

 美香子の下では権謀術数は学べてもピュアな対応は知る機会がなかった。見月家にお世話になっていればとこんな時だけ思った。

「でもまあ、誰が英くんを変えたのかなんてこの際重要ではないわ~」

 そしてオレガノが躊躇している内に美香子は勝手に立ち直ってしまった。

 いつもの邪悪な笑みを浮かべながら。

「英くんが私の望む方向に変わってくれた~その結果だけを私が美味しく頂けば良いのだから~」

「美香子お嬢様……」

 オレガノは激しく後悔した。

 もしかすると今、とても貴重だった機会を易々と逃してしまったのではないかと。

 更生の為の唯一無二の機会を手放してしまったのではないかと。

 けれど、幾ら悔やんでももう後の祭りだった。

 

「肝心の英くんはどうやらいないみたいね~」

 テントの中にも川原のどこにも守形とカオスの姿はなかった。

「時間帯を考えると夕飯の買い物でしょうか?」

 時刻は午後5時となっている。

「自給自足の生活しか送って来なかった英くんが買い物……本当に人間らしくなったわね」

 美香子は楽しそうに見えた。

「人間らしくなったということは~、次はきっとイカロスちゃんみたいに恋もする筈よ~。英くんはきっと今頃~私のことを想って~胸の動力炉が異常をきたしている筈だわ~」

 美香子はとても楽しそうだ。

「そう、ですね」

 オレガノは、守形は人間なので胸にあるのは心臓だとツッコミを入れるべきなのか迷った。そして面倒くさいので結局入れなかった。

「さあ、英くんを探してカオスちゃんのママになる為の準備を進めるわよ」

「はい」

 2人は商店街に向かって歩き始める。

 

 茜色に染まる川べりの道をゆっくりと歩いて行く。

 すると、目的の人物を間もなく発見した。

「英くん……」

「英四郎様……」

 守形はカオスと手を繋ぎながら買い物袋を持ってゆっくりとオレガノたちに向かって歩いて来ていた。

 2人は何かを話しているようだった。

「英四郎様……笑っている」

 守形はカオスと喋りながら笑っているように見えた。

 笑わない男として有名な守形の笑顔を見たのはオレガノに取って初めてのことだった。

 そして、驚きはそれだけではなかった。

「アストレアちゃん……」

 美香子は2人を見ながら大きく目を見開いて体を震わせていた。

 目の前にいるのは確かに守形とカオスだけだった。

 けれど、美香子の目にも、そしてオレガノの目にもアストレアの姿が映って見えていた。

 カオスは余っていたもう片方の手をアストレアと繋ぎ、親子3人でMの字のような並びで歩いていた。

 そう、オレガノたちには見えた。そう見えてしまった。アストレアは確かにそこにいたのだった。

 

 守形たちが近付いてきた。

 美香子とオレガノは咄嗟に電信柱の影に隠れて気付かれないようにやり過ごす。

 幸いにして守形たちに気付かれることはなかった。

 結局、美香子とオレガノは一言も声を掛けることなく2人の後ろ姿を見送っていった。

 

 オレガノは2人の背中を姿が見えなくなってからも惚けながら見ていた。

「ねえ、オレガノちゃん?」

 美香子に声を掛けられて正気に戻る。

「何でしょうか?」

 美香子は寂しそうに髪をそっと一撫でした。

「カオスちゃんのお母さんは……もう決まっていたみたいね」

「そう、ですね」

 オレガノも同じ意見だった。

「英くんには五月田根家の援助なしでしっかりとカオスちゃんを養ってもらわないといけないわね」

「その通りですね」

 オレガノは素直に頷いた。

「私はずっと英くんを見つめて来たのに……狙ってもいないアストレアちゃんに負けちゃうなんて。……弟子はいつの間にか師匠を超えていたのね」

 美香子は日が沈みかかった空を見上げた。

 オレガノも空を見上げてみた。太陽光はもうほとんどない筈なのに、普段よりも眩しくて目が辛い。今にも泣いてしまいそうだった。

「美香子お嬢様」

「何?」

「生きるのって、難しいですね」

「そうね。生きるのはとても難しいわ」

 一陣の風が2人を包み込む。

 

「この風……どうやら良くないものを運び込んで来たみたいね」

「そのようですね」

 2人は空の高くを見上げながら瞳を細める。

「はっはっは。今日はこの俺自ら地上を征服しにやって来てやったぞ。跪け。愚かなダウナー共よっ!」

 ハーピー2人を従えたシナプスのマスターだった。

「オレガノちゃんっ!」

「はい」

 美香子とオレガノは顔を向けあい頷き合った。

「アストレアちゃんが作ってくれたこの平和……踏み躙らせはしないわっ!」

「英四郎様の安寧は……私たちが守りますっ!」

 2人はタイタスと呼ばれる重装甲を装備しながらシナプスのマスターを迎え撃つ。

 もしかするとそれはただの憂さ晴らしなのかもしれない。

 けれど、2人の戦乙女は己の中に正義を打ち立てながら空からの侵略者に果敢に向かっていった。

 例え想いが届かなくても愛しい男の為。そして、その男が暮らすこの地上の為に。

 

 夜空のキャンバスの中、アストレアは2人の奮戦ぶりを優しく見守っていた。

 

 

 了

 

 


 
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