No.397984

あっぱれ!天下御免~よろず屋千波営業中~依頼と少女と転校生と

青二 葵さん

今回から原作がスタート。
まだ、主人公と本格的には絡みません。
なんか、ほとんどオリジナルの話になってる気がする。
そして、オリキャラが登場します。

2012-03-25 21:39:01 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1776   閲覧ユーザー数:1694

今日も快晴の大江戸学園。

そんな中、南町の大通りを歩くのは征志狼と蒼の二人。

なお、今回の店番は龍也である。

「そう言えば、例の転校生が来るの今日だっけ?」

「先生からはそう聞いてますが」

征志狼が唐突にそう質問し、蒼が答える。

「なに?面白そうだから見に行こうって?」

彼はいきなり変な事を言い出し、その言葉の意図を蒼は瞬時に理解した。

「いやいや、(ろう)さん誰もそんな事言ってません。自分から行く気満々でしょう」

「まあ、興味本位という奴だな」

臆面もなくそう言う征志狼に、相変わらずだなと蒼は肩を落とす。

「別に会うの構わないんですけど、どれくらいの時間に来るかは分かりませんよ?」

少なくとも夜に来るなんて事はないだろうが、いつ来るか分からない人物を港で潮風に当たりながら待つのは御免である。

しかも、話しかけるならともかく恐らく、本当に"見に行く"だけになるだろう。

「それもそうか」

蒼の言葉に納得するように彼は呟いた。

そして、軽く食事でも取ろうと『ねずみや』に行く道中で見知らぬ女子生徒に声を掛けられる。

「あの……よろず屋の方ですよね?」

気弱そうな感じの印象を受けるその女子生徒は竹のような緑のショートヘアで前髪で少しばかり顔が隠れており、よく見えない。

道中でこんな風に声を掛けられる事は時たまある。そう言う時は大体が依頼である。

「ええ、勿論そうですよ。なにか、頼みたい事でも?」

気弱そうな人は、あまり真剣な顔をすると固まりそうなのでよろず屋の二人は落ち着いた感じの笑みを浮かべる。

蒼が率先して、なにを頼みたいのかを単刀直入に聞く。

「ええと……その…」

彼女は何やら話しづらそうである。

そこで二人は気付いた。ここは大通り。周りに人がいて当然である。

秘密にしたい依頼なのか、それとも単に周りに聞かれたくないだけなのかは分からないが大通りから離れた方がよさそうである。

「さすがに他に人がいると話しづらそうだから、場所を変えよう」

「あ、はい……」

征志狼がそう提案すると彼女は安心したような声を出した。

そして、そのまま人気(ひとけ)があまりない近くの寺の境内へと連れて行く。

逆に人気がなさすぎると、かえって不安になってしまう。ここら辺がちょうどいいところだろう。

「それで、どう言った感じの話かな?ああ、彼もよろず屋だけどあまり聞かれたくない話なら依頼は俺一人でもいい」

そう征志狼が言って、蒼が頷く。

それに対して女生徒は首を振る。

「いえ、だい…じょうぶです」

本当に気が弱いのか声が少し緊張しているように思える。

それでも彼女はポツリポツリと話し始める。

「実は、最近…人に見られてる気がして」

「ストーカー?」

「話は最後まで聞きましょうよ……」

征志狼が思いついた事を呟き、蒼は突っ込みを入れる。

それに対して、女生徒は不安そうな顔になる。こんな人たちで大丈夫かと。

「すまない、続けて」

気を取り直して征志狼は聞く体勢に入り続けるよう促し、蒼も耳を傾けながら周りに注意を配る。

彼女が人に見られていると言う事は、既に彼女の近くに誰かいる可能性がある。まだ、正式に依頼を受けてはいないが恐らくこの流れだと受けるだろう。

蒼はそう思い、すぐに周りの状況を把握する体勢に入る。

「特に……家にいる時とかに…誰かに見られてるみたいで、それで…恐くて」

「確証はないみたいだけど、根拠はあるみたいだな」

考えるように征志狼が呟いた一言に女生徒は少し、驚きの顔を向ける。

そして、そのまま続ける。

「はい…家の……押入れの物の位置が変わってて…あと箪笥(たんす)も、開けられてるみたいで」

小さい声で震える様に彼女は言葉を紡ぎ出す。

これは、大分参っているようである。

どうやらこの件は結構な日数が続いているらしい。

「成程ねえ。で、君はどうしたい?」

「え?」

その征志狼の一言に女生徒は顔を上げる。

前髪に隠れていた顔が少しだけ見えた。なかなかにいい顔立ちをしていた。そして、その顔は少し戸惑っているように見える。

「俺らは相談屋じゃないからな。君はそれを俺らに話して、それから俺らにどうして欲しいのかを言ってくれなきゃ。それが、よろず屋だからな」

その言葉に彼女は俯き、決心する。

「私は……なんとかして…欲しいです…。安心して…生活を送りたいです!」

最後の方に少しばかり、今までの彼女からは想像できない程の力強い声を聞いた。

それによろず屋の二人は満足そうに顔を見合わせる。

「依頼は確かに請け負った」

征志狼がそれに応える様に真剣な口調で応じた。

依頼を請け負った二人は早速、南町にある彼女の家に向かう。道中で特にこちらを見ている人物の気配はあまり感じられなかった。

そして、到着するとそれなりのお金持ちのようで、一人で済むには充分な広さがある。

使用人はおらず、同居人もいないらしい。だがお金に困ってる友人が時々は泊りに来るようだ。

「成程ね。しかし、家の中か……人がいるとしたらスペースも大体限られる」

怪しいのは屋根裏か床下のどちらかである。

床下の方を征志狼の剣魂(けんだま)である"キバオウ"に見て貰ったが首を横に振った。

床下には人がいた痕跡は無し。ただ、キバオウはモデルが犬の仲間である狼なので家主である彼女以外に違うニオイを感じているらしい。

一瞬彼女の友人ではと思ったが、どうやら違うようだ。

彼女が家に上げているのは女友達のはずだが、キバオウにいくつか質問してみたところ、ニオイは男の方らしく、しかも最近いたようだ。

最近、男で誰か家に上げたか確認してみたところ。女生徒は首を横に振った。

だが、これではっきりしている事がある。

この家に何者かが侵入していると言うことである。

引き続き別の部屋を捜索していると、

「屋根裏に続く天井が見つかりません…」

そう言いながら蒼は戻って来た。

どの天井も固定されているようで、外れる所がないのだ。これでは可能性のある屋根裏へは行けない。

早速詰みかと思ったが、ここで蒼が提案する。

「もしかすると、動かされた箇所にヒントがあるのかもしれませんね……」

「動かされた箇所か」

征志狼が呟く様にして思い起こすのは、依頼を頼む時の会話。

彼女は確か箪笥が開けられていたり、押入れの中の物の位置が変わっていると言っていた。

「調べてみる価値はあるが……問題が」

「分かってますよ。さすがに箪笥は不味いでしょ」

征志狼が一つ懸念するようにして呟いたモノを蒼は当てる。

箪笥と言えば衣服の類いが入っている訳で、しかもここの住人は女性。

となると男である二人にとってはそれはまさしく鬼門である。

「まあ、そこは本人が捜索するように言っておきましょうか」

「……だな。ついでに押入れに見られちゃいけない物があるかどうか聞いてくれ」

「了解」

そう言いながら、蒼は部屋から出て行き依頼人の所へ行く。

一通り部屋を見渡しもう一度、剣魂であるキバオウを呼ぶ。

「ガル」

静かに返事をするように小さめの狼が再び現れる。

「さて、キバオウ。何か臭うところはあるか?」

「ガル!」

征志狼が尋ねると返事をするようにしてキバオウは歩きだす。

そのまま付いていくと、隣の部屋でちょうど女生徒と蒼がいた。

「どうしたんです?狼さん」

「いや、俺の剣魂がここらへんが臭うらしくてな」

「あ、カワイイ……」

依頼主は征志狼の剣魂を見て思わず感想を漏らした。

が、恥ずかしいのか慌てて口を塞ぐ

それに思わず二人は微笑む。

「ま、よく見たければ後で。さてキバオウ、どこだ?」

征志狼がそう尋ねて黙って付いていくと部屋の中にある掛け軸をキバオウはじっと見つめる。

「掛け軸……まさかねえ。裏に隠し通路があるとか言うベタなオチじゃあないよな……。触ってもよろしいですか?」

掛け軸に触れる前に依頼主に一応確認をとり、彼女が頷いた所でさっそく掛け軸を(めく)る。

「これは!?」

驚きの声を上げる征志狼に蒼はまさかと言った感じに尋ねる。

「本当に通路があるんじゃありませんよね?」

「隠し通路じゃないけど……隠しカメラならあった」

蒼も女生徒も確認のために掛け軸に近づく。

そして、征志狼は黙ってその場所を指さす。

すると掛け軸の裏の壁に何やら黒い点があり、よく見てみるとレンズがある。

また、掛け軸をもう一度見た時に蒼が気付いた。

「これ、穴開いてますね」

征志狼が捲った掛け軸を見ると一部に光が差し込んでいた。

そのまま掛け軸を元に戻すとぴったりと隠しカメラがある位置にちょうど穴が来るようになっている。

「これまた、計画的なようですね」

カメラの先を見た時に蒼は呆れた声を漏らす。

カメラが見ているのは箪笥。

「もしかすると着替えとか盗撮されてる可能性は大ですね」

「そん……な」

どうやら実際にここで着替えをするらしく蒼の一言に女生徒は顔を青ざめさせる。

見知らぬ者に自分の着替えを見られているのだからさぞかしショックだろう。

「さて、箪笥を開けられていると言う事は……犯人は近くにいる可能性は高くなってきましたねえ」

「だな……外出した所を見計らってやるなら。ここまでの移動時間は短い方がいいしな。突然帰って来ても対応できる」

蒼がさらなる可能性を述べ、征志狼が根拠を推理する。

二人は部屋にある押入れを見た。

「ちなみに位置が変わっていたのはこの部屋にある押入れの中の物ですか?」

蒼が尋ねると女生徒はコクリと頷く。

「なら、決まりだな。奉行所に連絡して置くか?」

「一発殴ってからでいいでしょう」

征志狼の提案を蒼は後回しにする。

剣魂の特性上、征志狼が先に行く事になる。また、屋根裏となればさすがに剣は使えなさそうなので素手での格闘のみになる。

押入れに入り、荷物をいくつか出して天井を見上げるとなにやら一つだけ他の天井とは違う、明らかに開けられたような痕跡があった。

光が入らないように征志狼は静かに押入れの扉を閉めるように指示し、その天井を静かに押し開ける。

顔を出してみれば一角だけ薄く明るい場所が目に入る。そのままミシミシと音を立てながらも征志狼は天井の上に立つ。

続いて相棒であるキバオウも静かに天井の上に立つ。

よく、目を凝らしてみればどうやら誰かいるらしい。

こんな屋根裏に潜んでいるのだから怪しさ満点である。

そのまま一人と一匹は静かに多少に近づいていく。どうやら、未だに気付かれていないようだ。

そして、とうとう怪しい人物の背後を取った。どうやらその人物が見ているのはテレビ画面のようだが、映されている内容が依頼人である女生徒の着替えである以上、犯人は確定だろう。

(さてと……)

征志狼は強く拳を握り締める。

準備は整ったとばかりに犯人の肩を叩き、声を掛ける。

「よう、大将」

当然、こんな所に自分以外に人が来ると思っていなかったであろう犯人は、度肝を抜かれる様にして振り返るがその時には既に拳が迫っているのであった。

 

 

「おっと、これは不味いですね」

ミシミシと音を立てる天井を見て蒼は呟いたその時であった。

バキバキッ!

そう音を立てて部屋の天井が崩れる。

真下には依頼人の女性。慌てて蒼は彼女の手を勢いよく引く。

「きゃあ!!」

間一髪で彼女は崩れた天井の下敷きにはならずに済んだ。

「危ねえ…」

あまりのことに思わず蒼は素で喋る。

「あ…あの……」

戸惑うような声に視線を下げると、依頼人の彼女だった。咄嗟の事でつい彼女を抱きよせてしまったようだ。

「おっと、失礼しました」

慌てて離れる蒼。だが、彼女は妙に顔を真っ赤にさせている。

落ちてきた天井の方を見ると征志狼がポニーテールを靡かせながら立っていた。傍らにはキバオウもいる。

「その人が犯人で?」

「ああ、天井裏に行けば証拠がまんま残ってるよ」

征志狼の足元に見える犯人は奥手そうな男子生徒で、そんなに太っていないようだ。ただ、少しばかりイカ臭い気がするが……。

「この方に見覚えは?」

蒼は尋ねるが女生徒は首を振る。

どうやら見知らぬ者の犯行らしい。逆に知人だったらショックを受けていただろう。

言ってはなんだが、安心したと言えば安心した。

「しかし、狼さん。やり過ぎでしょ……」

「これ位がちょうどいいさ。いいお灸だろう」

お灸の割にはくっきりと彼の頬に拳のあとが残っており、しかも失神している。

それから奉行所に連絡してほどなく、南町の同心たちがすぐ来て犯人は失神したまま御用となった。取り調べの前に療養所に搬送されそうだが。

蒼は同心たちの中に奉行である逢岡 想の姿を見つけた。

「どうも想さん」

「これは、征志狼くんに蒼さん」

蒼が挨拶するとこちらに気付いたようで想も挨拶を返す。

「今回の事件もお二方が解決してくれたのですか?」

「ここの家主に依頼されてな」

征志狼が想の質問に肯定で返す。

「それは……どうもありがとうございます」

すると突然、想は感謝の言葉を述べながら頭を下げる。

特に感謝される(いわ)れはないので、なにやらムズ痒いと言った感じが二人はした。

「頭を下げないでくださいよ。そちらの依頼に応えられなかったのに頭まで下げられるとこちらの立つ瀬がありませんよ」

蒼の言う通り、前回の逢岡の依頼であった天狗党首領の捕獲に惜しくも失敗してるのである。よろず屋としては珍しい失敗である。しかし、二人に対して他の面子が咎めることはない。

出来る依頼は必ず完遂し、出来ない依頼は受けない。これはよろず屋での暗黙の了解と言う奴である。

だからこそ依頼の達成率は高いのであるが、その時の依頼は少しばかり相手が悪かったようだ。

しかし、天狗党の主な幹部は征志狼と龍也の二人により粗方捕らえられており大打撃を与えているには違いない。

ここしばらくは、天狗党の話もあまり聞かないのである。

「しかし、我々奉行ではこう言った人達の話と言うのは後回しにされがちです。報酬がいるとは言え、どんな人の悩みも聞いてあげられるそちらのおかげで助かっている話もあるのです」

役所に縛られないが故に動けると言うことだろう。組織と言うものは上がノーと言えば下もそれに従わなければならない。

そう言う意味では組織に縛られていないよろず屋は身軽であるし、なにかと便利ではあるだろう。

「逢岡様、証拠が集め終わりました」

「分かりました」

同心の一人が報告に来て、想はそれを確認する。

「あとは、天井の修理ですが……」

そう言って、想は崩れ落ちた天井のある部屋を見やる。随分と派手に壊れており、大穴があいている。

しまいには鼠とかが落ちてきそうだ。

そんな中、征志狼が先に手を打つ。

「ああ、こちらで受け持つよ。壊したのはこっちだし」

「しかし、事件の貢献者としてこちらが受け持ってもよろしいのですよ?」

「自分のことは自分で拭えってね。そう言う事ですから置きになさらず。壊した俺が言うのもなんだけど……」

「ふふ、なかなか頑固な方ですね。分かりました、お願いします。それでは私達はこれで、また詳しいお話をそちらの方に聞くかと思いますが、その時はよろしくお願いしますね」

そう言いながら想は女生徒を一瞥し、同心たちと犯人を連れて去って行く。

依頼人である女生徒は感謝をこめて会釈し、想たちを見送る。

そして、切り替える様にして征志狼は女生徒に向き直る。

「で、依頼達成の報酬だけど……ぶっちゃけチャラだな…」

帳消しになる理由は言わずもがな、征志狼は少しばかり後悔する。

「調子に乗るから」

「仕方がないだろ?俺の右手が怒りで真っ赤に燃えたんだから」

「真っ赤になったのは相手の頬でしょうに……」

「ふふ……」

蒼と征志狼のやり取りに女生徒はつい、可笑しくて思わず笑ってしまう。

そんな彼女を見て蒼と征志狼も互いに顔を見合わせ微笑む。

「そろそろ修理でも頼みますか……そう言えば、彼女どこに住まわせましょうか。さすがに天井に穴のあいた家に置いておくわけには行きませんし」

「蒼の言う通りだな…修理でうるさくなるだろうから。よろず屋でしばらく預かるか……アフターケアは大事だし。以前にもこんなことあったよな?」

知らぬ間に話が進んでいき、女生徒は先程の微笑みとは一転し焦りの表情を浮かべる。

「え…あの、わ……わたし」

「さすがにほとんど男ばかりいるところに住まわせるのも……」

「ああ、そこら辺も問題か……誰か知ってる奴で余裕ありそうなのいないのか?女子限定で」

女生徒の言葉は届かず、蒼は問題点を指摘し征志狼は新たな提案をする。

「う~ん、長谷河さん?」

「忙しそうだぞ」

「往水」

「大丈夫そうだけど……別の仕事が忙しそうだ」

蒼の提案に征志狼は問題点を指摘しながら、二人で彼女の住まいを話し合う。

「ねずみや」

「よろず屋のある通りだから様子も見れるな……。それにちょうど向こうも人手が欲しいだろうし、色々と保証してくれそうだ」

「あ……あの…」

ようやく決まると言う所で二人はやっと、気付いた。

「勝手に話を進め過ぎましたね…」

「いや、すまん。で、どうしたんだ?」

蒼が反省し、征志狼が聞く体勢に入る。

そのまま女生徒は体をモジモジとさせる。言い出すのが恥ずかしいのだろう。

こう言う場合は根気よく待つのが一番である。

二人は、しばらくそのままの体勢でいる。

決心したのか、女生徒は落ち着かせるようにして呼吸すると意を決したのか、少しずつ話す。

「その、ご迷惑……でなければ………一緒に住まわせてください、お願いします」

蒼と征志狼は顔を見合わせ、その言葉を遅れて理解する。

「いいの?本当に男ばっかりだよ?」

「はい……大丈夫です…それに、お礼もしたいですから」

相変わらずの消えてしまいそうな小さな声で、征志狼の質問に答える。

さすがに何回も聞くとくどそうなので一度で止める。どうやら、本気のようである。

「分かったよ。荷物を纏めて来てくれ」

「――っ…はい!」

征志狼が折れる様にして言うと、彼女は嬉しそうな声を上げながら家の方へと戻って行く。

気が弱い割には頑固そうな女性である。

多少押せば向こうが折れそうだが、さすがにそれは心地が悪い。

「以前にもあったとはいえ、見知らぬ女性を入れるのは気が引けますね……」

よろず屋と言う稼業上、危険も孕んでいるため店に置いておくのは不味い。

言外にそう言うことを蒼は言っていた。

依頼と言うのは難しいもので、解決しても尾を引くものがある。

それは、今回の事件の様な犯人による逆恨みであったりするのである。なので、「よろず屋千波」に恨みを抱いている者も数知れず。

そして、そのよろず屋にしょっちゅう出入りしている所を見られれば、誰かと親しい間柄だとか勘違いされて拉致、なんてこともあり得る。

「仕方がないさ、本人がそう望んでるんだ。それに、ここからは依頼人じゃあなくなるしな」

依頼は既に終わったのだから、確かに征志狼の言う通り依頼人ではなくなる。

当然その意味を理解している蒼だが、じゃあこれから彼女は自分たちにとって"なに"になるのかを考え口に出す。

「同居人?」

「一時的だろうけどな」

蒼の言葉に征志狼は言い得て妙だと、少しばかり笑しながら返す。

その時に彼女がちょうど戻ってくる。少々、重そうなキャリーバックの様な鞄を引きずりながら二人のいる所へと行こうとするが、何やら辛そうである。

それを見た二人は互いに顔を見合わせ、やれやれと言った感じで彼女の所へ向かう。

そのまま何も言わず征志狼が鞄を持つ。

「す…すみません…」

「別に気にしてないさ。それに、謝るのはどちらかと言うと俺の方だ。家を出る原因を作っちまったし」

そのまま、会話が途切れ少しばかり間が空く。そのまま気まずい空気が流れそうな雰囲気である。

それを見かねて蒼が口を出す。

「そう言えば、お名前を聞いていませんでしたね。一時的とはいえ、こちらに住むのですから名前を言っておかないと不便でしょう?」

その言葉に二人は失念していたとばかりに顔を見合わせる。

「まず、私は岡崎 蒼。甲級二年ほ組です」

(はざま) 征志狼(せいしろう)。甲級二年い組だ」

「……上岸院(じょうがんいん) 竹媛(たけひめ)…です。えと…クラスは甲級二年め組です」

お互いに自己紹介が終わり、

「それでは、行きましょうか」

気を取り直すような蒼の言葉で三人はよろず屋に向かうのであった。

 

 

「花嫁修業ですか……」

「ええ…私があの家に一人でいる……理由です」

道中一人で住むには広い屋敷にいる理由を蒼が尋ねたところ、彼女はあまり人と話した事がないのか戸惑うようにしながらも話してくれた。

結果、理由としては蒼が呟いた事が答えだ。

どうやら彼女は徳河の関係者らしく、しかも徳河が養子に迎えたらしい。

話す限りでは徳河が養子を迎えたことはあまり表だって公表されていないようで、彼女自身あまり自分の事を話していないようだ。

大財閥が養子を迎えたとなればそれなりにニュースになるだろうし、騒がれない訳がない。それも、この学園を作ったと言う財閥であればなおさらだ。

「……あの、このことは」

「分かってますよ」

聞かなかった事にするか、聞いた上で知らない事にしておくか、どちらにしても口外は無用だろう。

今の所、一般生徒で通っているような人が実は大財閥の関係者でしかも養子となれば確実に騒がしくなるだろう。

気の弱い彼女の事だ。そんな風に騒がれて人に囲まれれば右往左往するに違いない。

正直に言うと征志狼はどうか分からないが、蒼は財閥のことについてさほど興味はない。と言うよりも実感が湧かないと言うだけだ。

当然、信じてはいる。いちいち人の言うことを疑っていてはよろず屋なんてやっていけない。

「そう言えば、気になったんだが…花嫁修業ってことは許嫁がいるのか?」

今まで会話を聞いているだけだった征志狼が疑問を口にする。

「はい…います」

「そうか。本当にいるんだな俺らと同じくらいの年に許嫁(いいなずけ)とかがいるの」

(狼さんは実年齢違いますけどね……)

征志狼の言葉にそう突っ込みを心の中で入れる。本人曰く、心は少年のままらしい。

半ば興味深そうに征志狼は呟くが竹媛の方は先程よりも元気がなさそうである。

それは何かに不安を抱いているような印象であった。それを見て蒼はいくつか可能性を予測するが、どれも可能性であってしかも割と彼女のプライベートに深く入り込む質問になる。

彼女が話すかどうかは別として、いくら察したからと言っても何でも聞けばいいという問題ではない。

「さて、だいぶ歩きましたけど……大丈夫ですか?」

蒼は竹媛のことを少しばかり心配する。事件があった後によろず屋まで行くのだから精神的にも体力的にも疲れているだろう。

そう思っての一言だったが、返答は笑顔だった。

「大丈夫です」

(大丈夫ねえ……)

征志狼はなんとなくだが、彼女が無理をして笑顔を浮かべていると思った。

そこで歩きながら蒼に自然に近づき小声で提案する。

「(蒼、先にあるねずみやで少し休んでいこう)」

「(まあ、依頼を受ける前までは元々ねずみやで食事を取ろうとしてましたからね。近いですしちょうどいいでしょう。もしかして、やっぱり彼女疲れてます?)」

「(ああ、心配掛けさせまいと無理に笑ってる感じだ)」

「(さすがにそれは見抜けませんでしたね……そう思ったのは年の功で?)」

「(あとで屋上)」

「(冗談ですよ……と言うかここに屋上がある建物ってあるんですか?)」

「(じゃあ、屋根でいいや)」

「(そう言う問題ですか……)」

「(ところでそろそろ荷物を持つの変わってくれないか?腕が疲れてきた)」

少しばかり冗談を交えながら二人の行動は決まった。

そして、快く荷物を蒼が引き受けたその時だった。

「ま、待てーーっ!!」

誰かを呼び止めるような必死な声が後ろから聞こえる。

そして通行人が何事かと歩みを止め声のする方に視線が集まる。それに釣られるように三人も歩みを止め振り返ろうとしたときだった。

「邪魔だ!どけい!!」

「きゃっ!」

乱暴そうな言葉と共に竹媛が突き飛ばされる。

「おっと」

倒れそうになるところを征志狼はいち早く彼女の手を掴み未然に防ぐ。

蒼も咄嗟のことに反応しようとしたが、彼女の荷物があったために思うように動けなかった。しかし、どうやら心配は杞憂に終わったらしい。

「あ……ありがとうございます」

そう言いながら竹媛は征志狼にそのまま手を引かれて体勢を立て直す。

それから征志狼は犯人を睨むように見る。

「か弱い女の子を突き飛ばすとは、許せんな……」

「ま、特に怪我もなくてよかったと言えばよかったですけど」

突き飛ばした犯人のことよりも竹媛の方を蒼は心配する。

それから彼女がなにかに気づいたらしく、自分のスカートにあるポッケを探る。

そして、顔を青ざめさせ焦りの表情が浮かぶ。

「どうしました?」

さすがにこの表情に気づいた蒼が竹媛に尋ねる。

「財布が……ありません」

その言葉を聞いたときによろず屋の二人はまさかと思い、先程の突き飛ばした犯人を見る。

走りながら人ごみに紛れて遠ざかりつつあるが、二人はバックを持っている反対の手に財布らしきものが握られているのを見た。

「ちょっと殴ってくるわ」

「いってらっしゃい」

征志狼が一言そう言い、見送りの言葉を蒼が送ると彼はまるで風のように駆け出した。

それと入れ替えるようにして一人の少年が

「なんで転入初日からこんな目に遭わなきゃなんないんだ!」

悪態を吐きながら二人の横を走り抜けていく。

蒼はその少年を見てこう思っていた。

(あ~、原作始まったなあ)

 

 

征志狼はスリの犯人をひたすらに追う。

徐々に距離は縮まりつつあるが決定的に縮まることはない。

根気よく追おうと考えていると、突然スリの歩調が緩み後ろを振り返りながら不適に笑う。

『ちょろいもんだぜ』

声は聞き取れなかったが確かに口はそう動いていた。

この時にこのスリを追っている征志狼ともう一人の人物はそれに怒りを覚えた。

再びスリが駆け出そうとしたときに白い大きなモノにぶつかり尻餅をつく。当然、一気に征志狼は距離を縮めた。

「うわあああ!?」

驚愕の声を上げているうちに征志狼は既にスリの近くへと立っていた。

そして白馬とそれに跨る知人の姿を確認する。

「どうどう、銀シャリ号。ごめんね、怪我はない」

赤色の髪をなびかせた少女、徳河 吉音が馬を宥めながらぶつかったスリに心配の声を掛ける。

それからこちらに気づいたのか驚きの声を上げる。

「あ、狼くんだ!」

それに答えるように「よっ」と言いながら片手を挙げる。それから征志狼は馬に圧倒されて呆然としているスリの襟を引っ掴む。

当然、突然の浮遊感にスリは驚きの顔を見せながら悪態を吐く。

「さてと、ちょいとばかし一発殴らせてもらうか」

「えっ!?いきなり何言ってるの!?」

当然、いきなり殴ると言う征志狼の発言にスリと吉音は慌てふためく。

「ああ、すまん。こいつスリでな。財布を取られたんで追いかけた」

「ふえ?君、スリさん?」

簡潔に理由を話すと吉音は目をパチクリとさせながらスリを見る。

「ハァ、ハァ……やっと追いついた」

息も絶え絶えといった感じで少年がいつの間にか近くにいる。

「えっと、君は?」

突然現れた少年に吉音は疑問の声を上げる。

「ああ、俺はそこの奴に置き引きにあったんだ」

息を荒げながらも少年は説明する。

「う~ん、置き引きさんとスリさんのどっちなのかな?」

なんともずれた疑問を吉音は馬に跨りながら尋ねる。

「この場合どっちもだろ……」

相変わらず襟首を引っ掴んだままの征志狼は律儀に答える。観念しているのかスリは何やら大人しい。

取りあえず征志狼からすればスリなのでスリと考えることにするが。

「さて、結局こいつどうしようか」

「くっ、コイツが欲しいんだろ?」

処遇を考えるような言葉を言うと、冷や汗を流しながらスリは財布を見せる。

そのまま引っ手繰るようにして征志狼が手を伸ばした時にその手は空気を掴まされる。

どうやら財布は征志狼が掴む前にスリが放り投げたようだ。しかも方向は川があるところ。

「だったら取りに行きな!!」

「ちっ!」

悪態を吐きながらスリを放し、征志狼は空中に放り投げられた財布を追う。

解放されたスリは当然の如く逃走を開始する。

「あ、待ちなさい!」

「あの野郎」

吉音はその後を追おうとするが、何事かと集まってきた野次馬たちに阻まれて馬を駆れないでいた。

少年も同じく追おうとするが、体力も限界で野次馬を抜けたときにはスリは既にその姿をくらませていた。

一方、財布は既に道を外れ川の上空へと差し掛かるところだった。征志狼は迷い無く川の前の柵に向かって走り、柵を踏み台に財布に向かって跳んだ。

「うおりゃああ!!」

跳んだ直後に財布を見事に掴むが体の向かう先は川。

(あ~、帰ったら洗濯かな~)

川に落ちるのは分かりきったことだが、落ちる前に暢気にそんなことを考えた。

「そうはいかんざき!」

誰かが変な事を言いながら足を掴むのを征志狼は感じ下を見れば、いつの間に来ていたのか蒼がいた。

「おい、お前も空中にいたら意味ねえじゃねえか」

よく見れば柵よりも若干足が浮いてる。

「ちょっと待ったー!!」

続いて吉音の声が聞こえたかと思うと、今度は蒼の足を掴んでいる。

しかも足はちゃんと地に着いている。

だが、そのまま失速し振り子のように柵の下の壁に征志狼は向かっていく。

「ぬおお!?キバオウ!」

相棒名前を叫び、能力を行使する。

これにより身体強化をして貰い、壁に激突する前に財布を持っていない片腕でそれを未然に防ぐ。

若干、壁に(ひび)が入っているが気にしないことにする。

「間一髪……」

征志狼は安堵の息を吐く。

(あらた)さん、早く引き上げて欲しいんですけど」

「ちょっと…さすがに厳しいかな?」

蒼が征志狼と共に宙ぶらりんになっている中、切実に願うように新こと吉音に頼む。

しかし、男を二人も支えているだけでもきついようでさすがに引き上げるのは無理らしい。

ここまで来て川にドボンというオチはいらない。実際に落ちると洒落にならない。

「手伝うよ」

そこに先程、置き引きにあった少年が戻ってきた。

「あ、ありがとう。名前聞いてなかったね」

「秋月 八雲。今日この島に来たんだ」

「へえ、じゃあ転校生なんだ。あ、私は新――徳田 新」

「自己紹介してないで今の状況を見ましょうか」

二人してほのぼのと自己紹介をし始めているところに冷静に蒼は突っ込みを入れる。

そこでようやく二人は引き上げられた。

なにやら野次馬が騒がしい気がするが、そんなことはどうでもいい。

「あの……大丈夫ですか?」

重そうな鞄を抱えながら人ごみを分けて出てきたのは竹媛であった。

その姿を確認すると征志狼は手に握っていた財布を差し出す。

「ほら、ちゃんと取り返したぞ」

「今日は色々ありすぎ……無報酬じゃ割に合わねえ……」

隣で蒼は素の口調で一人呟いている。

それほど疲れているのだろう。

財布を受け取ると竹媛はぺこりと頭を下げ、

「ありがとうございます……」

相変わらず消え入りそうな声でお礼を述べ、財布を受け取る。

勿論、ちゃんと耳には届いている。

「良かったね」

吉音は人懐っこい笑みを浮かべながら竹媛にその言葉を送る。

「転入初日から不安になってきた」

誰に言ったわけでもなく八雲は、独り言のように呟いた。

段々と野次馬たちは散っていき、通りに日常的な活気が戻ってくる。

「さて、そろそろ行きましょうか」

再びいつもの丁寧な口調に戻った蒼がそう提案する。

竹媛の荷物を蒼が受け取り、歩き出そうとした瞬間に八雲が声を掛ける。

「ああ、すまないんだけど道を尋ねてもいいかな?」

「うん、いいよ」

吉音はそれに即答するように快く引き受ける。

八雲が地図を広げ、乗りかかった船とばかりに蒼も吉音の横から覗き込むようにして地図を見る。

「えっと、ここなんだけど」

そう言って八雲が目的地を指差す。

そして、すぐにそこがどこかを蒼は理解する。

「ああ、そこですか……」

「おお、ザッキーもう分かっちゃったの?」

「相変わらずその渾名なのか」

吉音は驚きに満ちた感じで、声を上げる。

そして、征志狼が吉音のネーミングに突っ込みを入れる。

ちなみに"ザッキー"は、岡崎の崎が変化して吉音が付けたニックネームである。

本人は最初少しばかり戸惑ったが呼ばれているうちに気にしなくなった。

「ちょうどその近くにある店に用があるので、ついでに案内しますよ」

その蒼の提案に八雲は感謝した。

「あ、あたしも付いて行っていい?」

「どうせ付いてくるだろ?」

「うん!」

吉音は征志狼の質問に元気よく答える。

こうして五人と銀シャリ号を含んだ一匹は共に行くことになった。

道中は今日転校してきた八雲に色々と質問をしたり教えたりしながら歩んでいく。

そうして目的地に着いた。

どうやらこの古びた茶屋のようなところが八雲の目的地らしい。

よろず屋の二人はそのことを当然、知っていた。

ここまでとばかりに蒼は別れの言葉を言う。

「それじゃ、私たちはねずみ屋の方に用があるので」

「うん、それじゃあね」

そこで吉音と八雲とは分かれる事になった。

三人はそのままねずみやへと入っていった。

「いらっしゃいませー!」

入ると早々に従業員である子住 唯に歓迎される。

それから蒼と征志狼の二人の姿を確認すると、驚きの顔を向けられる。

しかし、すぐに切り替えるようにして対応する。

「三名で」

「は~い!三名様を四番テーブルにご案内!!」

蒼がそう言うと、どうやら席は空いているらしくすんなりと唯に案内された。

それでも人気店には変わりないので、ほとんど満席だ。

「休憩がてら適当に軽く何か食べましょうか。勘定は私持ちで」

「あの……私も、いいんですか?」

どうやら蒼の提案に遠慮しがちなようで、竹媛は尋ねる。

「別に構いませんよ。これは個人的な事ですから、仕事じゃありませんし」

「遠慮はしない方がいい。蒼は割と守銭奴でけち臭いから、貯金ばかり貯まってるみたいだし。たまには使ったほうがいいだろ」

「使うことがないんですよ」

「時々使うと思ったら、大体つまみだからな~。酒を飲むわけでもないのにあたりめとか、ドライソーセージとか、正直親父臭い」

「うるさいですね。好みなんですからいいでしょう」

蒼が答えた後、征志狼が余計なことを言う。

そのまま売り言葉に買い言葉が始まる。

「仲が……よろしいのですね」

再び二人のやり取りに微笑む竹媛。

客観的に見ればそんな感想を持たれて当然で、感想を呟く。

「まあ、否定はしないが」

「仲が悪いのってウチのよろず屋に誰かいましたっけ?」

逆の考えを蒼は述べるが、征志狼が考える限りはいない。

趣味とか思想とか基本的には合わないが、別にそれで仲が悪いということはない。

共通していることといえば同じ物語に心打たれたとか共通の話題があるいうことぐらいだろう。

「身の上話はここまでにして注文するか…」

「そうですね…上岸院さんはお決まりですか?」

「す、すみません。ちょっと待ってください」

蒼の言葉に慌てて竹媛はメニュー表を見る。

それから「……決まりました」と一言。

征志狼がブザーを押すとオーダーを取りに再び唯が現れる。

「ご注文を承りま~す!」

「ハンバーグセットでチョイスはポテトとチーズ」

「私はぺペロンチーノ一つで」

「パラダイスパフェを……お願いします」

征志狼、蒼、竹媛の順番で注文する。

オーダーを取り終わった後、唯が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ねえねえ、ところでそこの美人さんどっちの彼女?」

「いきなり何聞いてる……前髪で隠れているが、確かに顔立ちは美人だ」

「……えっ!?そ、そんな…美人なんて」

その問いに征志狼が別の所を肯定する。

突然、そんな褒められるようなことを言われて竹媛は混乱する。

消え入りそうな声で髪を指に絡ませながらなにやらぶつぶつと呟いている。顔も赤い。

「狼さん、話す内容が違います。ちなみに言うと彼女は恋人とかそう言うのじゃありませんからね」

変に誤解されては困るので蒼が征志狼の代わりに話を軌道修正する。

その言葉を聞いて唯はつまらなさそうな顔をする。同時にきっぱりと言われて竹媛はなぜか落ち込んだ。

「なぁ~んだ。珍しく狼(にい)(そう)兄が依頼とは別に女性を連れてるから、そうだとと思ったのに」

「生憎ながら、見当違いですよ。それより、おっかないお姉ちゃんに怒られますよ」

「はいはい、分かってるって。オーダー入りま~す」

蒼がそう言うとそそくさと唯は仕事に戻って行った。

姉の由真に怒られるのは正直嫌なんだろう。

しかし、反省はせず懲りずにからかっているようだが。

「あの……私が美人と言うのは…」

恐る恐るといった感じに竹媛は尋ねる。

どうやら征志狼の言ったことが気になるらしい。

「ちょいと前が見上げてくれるか?」

「え?……はい…こうですか?」

征志狼の突然のお願いに竹媛は疑うことなく両手で前髪を上げる。

そこには茶色の大きな瞳と整った顔立ち。十二分に美少女と言えるものであった。

「蒼、どう思う?」

「普通に美人ですね。いかにも由緒正しい家柄の方に見えます」

征志狼が素直な感想を蒼に求めると、彼は見たまんまの印象を口に出す。

「と言う訳だから、俺は嘘は言ってない」

そこまで言ったところで再び火が点くように竹媛は顔が赤くなった。

すぐさま手を膝に下ろし二人の視線から逃れるように顔を横に向ける。

その様子に蒼は懸念していることを小声で呟く。

「(これ、口説いてませんか?)」

「(俺もそんな気がしてきた……)」

 

 

それから各々が注文したものを食し、勘定を払って再びよろず屋へ向かう。

特に何事も無く着き。

部屋に入るとちょうどそこに龍也と骸もいたので早速事情説明する。

「と言う訳で、しばらく預かることになりました上岸院 竹媛さんです」

蒼が説明しそのまま彼女を自己紹介する。

「……よろしくお願いします」

そして、彼女はぺこりと頭を下げる。

「樺原 龍也だ」

「墓守 骸…これからよろしく」

二人もそれに習うように自己紹介する。

「で、天井の修理の期間ってどれくらいかかるんだ?」

龍也が早速尋ねる。

確かにどれくらい掛かるかによっては、彼女が持ってきた荷物では足りない可能性がある。

「さて、どれくらい掛かるかは実際に職人に聞いてみないと分かりませんね」

大工に関しては素人なのでよく分からないといった感じに蒼は首を振る。

「もう既に手配はしてあるし、いつ取り掛かるかも聞いてるからその時に聞けばいいでしょう」

と蒼は結論を述べる。

その時に一ヶ月とか二ヶ月とか掛かるならいくつか持ってきたほうがいいだろう。

貴重品は既に彼女の鞄の中で、勉強道具も持ってきている。

あと、多少の日用品と衣服も入っている。重くなって当然である。

しばらく過ごすには問題ない程の量である。

「その前に問題は他にある……」

骸が短くそう一言言うと、その場にいる男性人は察した。

「確かに問題があるな~」

征志狼も深刻そうに呟き、重々しい雰囲気がその場に流れる。

竹媛はその雰囲気に自分の所為かと右往左往する。

征志狼が最初の問題を口に出す。

「まず、最初の問題は風呂だな」

「ふえ!?」

風呂と聞いて彼女は顔を赤らめる。

「レディファーストだろう」

冷静に骸が答えを出すと、龍也と征志狼はうんうんと二人頷く。

しかし、そこに蒼が待ったをかける。

「女性が入った後に男性が入るというのも嫌悪感を抱かれるのでは?」

「そうか、そういう場合もあるな……」

征志狼がその意見に納得する。

「あの……私、気にしませんから…」

一人置いていかれそうになるところを竹媛は意見する。

四人が一斉に視線を振り向けるので思わずびっくりし、肩を震わせる。

それから再び顔をお互いに向け合って相談する。

「あまり、気負わせたくないので本人が気にしないというならそう言うことにしましょう。もしくは、我々が銭湯に行くか」

蒼が提案するが、

「この学園、銭湯ないぞ」

龍也の一言にあっさりとそれは崩れた。

「なん……だと?」

驚愕に満ちた顔で蒼は有名な台詞を吐く。

「ネタに走るな」

「随分と冷たい突っ込み……」

龍也の言葉に少しばかり蒼の胸に刺さった。

取りあえず、解決ということでこの話はまとまった。

「続いては、更なる関門ですよ。洗濯についてです」

次に蒼が指摘した問題点に男性人が戦慄する。

「下着か……」

骸が呟く。

確かに男性の物と一緒に女性の物を洗濯してしまうのはいかなるものか。

しかし、答えは割りとすぐに出た。

「俺らのと彼女のを分けて、本人に洗ってもらうというのが無難だろうな」

「でしょうね~」

龍也の言葉に征志狼は同意する。

「と言う事になりましたけど、大丈夫ですか?」

「…はい、家事は一通り出来るので問題は…」

蒼が彼女に尋ねるとそう返答が帰ってくる。

が、今度は骸が待ったを掛ける。

「どこに干す?」

「基本的に部屋干しだからな~。確か空いてる部屋ってなかったか?」

「あるな……そこを彼女の部屋にすれば」

征志狼が尋ねると今度は龍也がそれに答える。

こうして様々な意見が飛び交い、気づけば夕方になっていた。

一時的にだが、新しくよろず屋のメンバーが増えたのであった。

 

それから、上岸院 竹媛はあてがわれた部屋に一人いた。

考えるのは今日あった出来事。

多分、彼女の中では養子になった時と同じくらいに濃い一日だった。

被害に最初にあったのは三週間前で、その時は気のせいだと思った。

しかし、気のせいは違和感へと変わっていき遂には確信した。自分以外に誰かが家にいると。

最初は奉行所に相談したが、話を聞いただけであまり本腰を入れての捜索といったことはしてくれなかった。

その時は天狗党の一件に組織が集中していたため、事件"かもしれない"と言うものは後回しにされたのだ。仕方がないといえば仕方がないが、それでも不安と恐怖は変わらずに迫ってくる。

そして、勇気を出して報酬さえあれば何でもしてくれると言う噂のよろず屋に頼んだ結果、こんなことになるとは思わなかったが、同時に嬉しくも思っていた。

具体的な報酬も提示していないのに彼らは話を聞いただけですぐに力になってくれた。事件を解決してくれた。

天井を壊したことは正直、気にしてはいなかった。

それ以上に感謝していたのだ。

(なんで……あんなこと言っちゃったんだろう?)

思い返すのは自分があの時言った台詞。

『一緒に住まわせてください、お願いします』

お礼をしたいというのは正直な気持ちだった。

でも、一緒に住む必要はない。

お礼なら友人の家に泊まってそれからでも出来るはずだ。

だけど、自分は一緒に居てお礼をしたいと思った。

それから思い浮かべるのは力になってくれた二人の男性。天然の癖がついた青い髪の眼鏡の少年。もう一人はきれいなポニーテールで金縁の眼鏡を掛けた男性。

財布を取り返してくれたり、色々と気を使ってくれた。

また、

『美人だ』

『普通に美人ですね』

その直球な言葉を脳内で再生すると、また顔が火照って来た。

男友達がいないために異性でそんなことを言われたのは、初めてだった。

そのまま彼女は倒れこむように寝そべり、腕を枕にうつ伏せる。

高鳴る胸を抑えるように片手を置く。

仄かに自分の気持ちに戸惑いながら少女は夜を過ごす。

 

続く。

 

 

~あとがき劇場~

 

え~、やってしまいました。

 

まさかのオリキャラ登場。

 

ちなみに元ネタは浄岸院―竹姫です。

 

詳しいキャラ紹介は近いうちにここに載せると思います。

 

そして、フラグ。

 

勢いでやってしまったがどうしたものか……。

 

それでは、また次回。

 


 
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