北郷一刀が部屋に入ると、すでに主立った面々が揃っていた。正面には雪蓮と蓮華の姉妹が仲良く並んで座っており、その両側に孫家の忠臣たちに霞、黄忠が並ぶ。
「もう体調は大丈夫なの?」
一刀が訊ねると、雪蓮は笑顔で頷いた。
「お陰様でね。本当に一刀には感謝しているわ、ありがとう」
「もう何度もお礼は言われたよ。好きでやったことだからさ。雪蓮が元気になって良かった」
雪蓮救出の知らせは、瞬く間に知れ渡った。おそらく効果的に利用するため、明命あたりが暗躍したのだろう。身を潜めていたかつての忠臣たちが集まり、兵士として役立ちたいと砦にやってくる者が跡を絶たなかった。
「大勢はこちらに有利です。雷薄の主張よりも、雪蓮様に対する信頼から、協力を申し出てくれる商家も多くあります」
思春がそう言うと、同調するように明命が続けた。
「住民感情も、我々に味方する者がほとんどです。ただ、反対にほとんどの豪族は雷薄側といえます」
その言葉に、雪蓮は眉をひそめて息を吐いた。
「連中は自分の利益を最優先に状況の判断をするもの……ある程度の覚悟はしていたとはいえ、現実に目の当たりにすると、落胆する気持ちも出てくるわね」
「いずれにせよ、雪蓮の身の潔白が証明されないと動きづらいというわけか」
「ええ。こうなると、シャオたちが頼りね」
人身売買の組織と雷薄の繋がり……何かその証拠でも出てくれば、少なくとも雷薄の主張は失速する。ましてや袁術本人の身柄を無事に保護できれば完璧だろう。
だがそれとは別に、雪蓮は黄忠の娘、璃々が無事であることを願った。事情を知り、その罪を許された黄忠は今や大事な仲間の一人なのだ。真名はまだ受け取っていない。
「璃々ちゃんを助け出したその時に、ね?」
雪蓮の言葉に、黄忠は深く頭を下げたのである。
その知らせは、何の前触れもなく訪れた。一刀たちが今後について話し合う会議を、いつものように行っていた時だった。
「会議中に失礼します! あの、北郷様の部下とおっしゃる方がお見えになっているのですが……」
「俺の部下? 俺に部下なんか――」
一刀が『いない』と言い切る前に、突然、独特の発音の声とともに入ってくる人物があった。
「隊長~、ようやく会えたわ~」
「ま、真桜!」
それは許昌にいるはずの人物で、確かに一刀の部下だった。一刀はとっくに忘れているが、一応彼は、技術部隊の隊長なのである。
「どうしてここに?」
「いけずやわ~。隊長に会うため、はるばるやって来たんやないか」
「何かあったのか? 華琳がまた捕まった?」
「ちゃうちゃう。これや!」
そう言って真桜が背負っていた袋から取り出したのは、人間の腕だった。一瞬、雪蓮たちは驚愕し息をのむ。だがよく見れば、それは作り物だとわかった。しかしそれほど精巧に作られた、真桜特製の一刀専用義手である。
「完成したのか!?」
真桜は胸を反らし、自慢げに頷いた。一刀はこの世界の技術水準から考え、実のところそれほど期待はしていなかった。日常生活の補助ができればくらいの感じでいたのだが、真桜は一刀の要求通り、戦闘にも耐えうる義手を完成させたのである。
「すげー! 本当にできるとは思わなかった! これ、岩も砕ける?」
「もちろんや。剣を受け止めることも可能やで」
「すげー!」
大興奮の一刀と真桜の二人だけが大盛り上がりで、残された人々はしばらくぽかーんとその様子を見守っていた。
義手をさっそく取り付けようという時になって、ようやく一刀たちは落ち着きを取り戻した。そこでようやく、まだ真桜を紹介していないことに気づいたのである。
「そういえばこっちも、紹介せなあかんかったんや」
真桜がそう言って、自分の背後にいた二人を前に出す。一刀は気づかなかったが、真桜が部屋に入って来た時からずっと後ろに控えていたのである。
「は、初めまして隊長! じ、自分は楽進と申します!」
「私は于禁なの」
二人が緊張した様子で、一刀に名乗る。
「二人はウチの幼なじみで、一応、同じ技術部隊所属や」
「えっ? そうなの?」
「色々あってなあ。詳しい事情は追々話すとして……」
真桜は雪蓮たちに自己紹介をすると、待ちきれないといった様子で義手を一刀に取り付けようとする。
「ここで、今やらなくても」
「いや、そうも言ってられない状況なんや。凪、悪いけど説明頼むわ」
指名された楽進が一歩前に進み出て、一同を見渡した後、緊張した様子で話し始めた。
「我々が許昌を出発する数日前、長安より早馬が到着しました。何進軍による攻撃により、落城間近との知らせでした」
「長安が……」
一刀は愕然とし、他の面々もざわつき出す。長安そのものに思い入れはないが、かつて洛陽から逃げ延びた人々が暮らしていると思うと、落ち着いてはいられない。そしてそれは、遠く離れた仲間たちも同じだったようだ。
「知らせを聞いた恋様がねね様と共に、長安に向けて旅立たれてしまいました。詠様と月様はかろうじて思いとどまってくださいましたが……」
「恋……」
一刀には、恋の思いが痛いほどわかった。
長安の西、涼州は恋の故郷でもある。もしも長安が何進に落とされれば、涼州は完全に孤立状態になってしまう。もちろん、そんな事を咄嗟に判断して恋が動いたわけではなく、直感による行動だろう。
「本当は月様も行きたかったようですが、華琳様がしばらく体調を崩されていまして」
「えっ? 大丈夫なのか?」
「はい。貧血らしいとの事ですが」
「華琳は働き過ぎだからなあ」
実は真桜たちが出発する時は、まだ華琳の妊娠は発覚していなかった。そのため、自分が父親になったということを一刀はまだ知らない。
「でもそうか……恋が長安に」
「セキトで向かわれたので、おそらくもう到着はしているでしょう。戦況については、隊長の居場所を探しておりましたので把握はしていませんが」
すまなそうに楽進が言うと、義手の取り付けを終えた真桜が一刀の肩を叩きながら笑った。
「本来の目的はコッチやけどな。で、義手の感じはどうや?」
「んー……」
一刀は恐る恐る、手に力を入れてみる。微妙に指先が動くが、それもわずかだ。
「ダメだなあ。感覚がよくわからない」
「ウチも初めてやから、調整が必要なのかも……」
「でも、何もないよりは役に立つから、助かるよ。ありがとう、真桜」
照れる真桜から視線を外した一刀は、黙って様子を見ていた雪蓮を見る。
「あのさ……」
「いいわよ。話の流れで、予想はついたしね。行くんでしょ、長安」
「うん。知った以上、じっとしていられない。雪蓮たちの戦いだってまだ終わりじゃないし、俺が長安に行ったからといって何かが変わるわけじゃないかも知れないけど、それでもさ」
「変わるわよ。だってあなたは北郷一刀、天の御遣いだもの」
雪蓮はそう言って、一刀の旅立ちを了承した。別れがたい気持ちは、正直ある。けれど華琳がそうであるように、雪蓮もまた、一刀の本質を見抜いていた。
手の届くものすべてを守ろうとし、手が届かなければ届く場所まで向かう。熱く、力強く、危うい。
(曹操の気持ちが少しだけ、わかる気がするわね)
自分の心境と重ね合わせ、雪蓮は気難しい少女の顔を思い浮かべると小さく笑った。
こうして一刀は、部下の三人と霞の四人を引き連れて、長安に向かうこととなったのである。一つの戦いが終わり、新たな戦いが始まろうとしていた……。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回で一区切りです。
次にこうしてあとがきを書くのは、エピローグの後になるかと思います。
ようやく、この物語も終わりが見えてきました。
最後まで気を抜かず、がんばりたいと思いますので、よろしければお付き合いください。
それでは。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
今回で一区切り。
楽しんでもらえれば、幸いです。