冥界。
常に桜舞う場所であり、普段から幽霊や亡霊が闊歩しているこの場所だが、結界が発生していても相も変わらず。
霊夢たちが進入しても警戒されず、むしろ物珍しそうに幽霊たちに集られていた。
「ええいうざったい!離れなさい!」
「凄いなー、普段はこんなに寄ってこないもんなんだが」
「そうなんですか?わ、冷たい」
「あんまり触り過ぎんなよ。凍傷になっちまうぞ」
「あ、はい」
そう、普段ならばこれだけ幽霊が人間の周りに集ることなど無いのだ。
故に、魔理沙は珍しいと言ったのである。
そして、三人は白玉楼の階段にたどり着く。
そこにいるはずの少女は、いない。
「妖夢もいない、か」
「あの三姉妹はその辺飛んでたけどなぁ」
「長い階段ですねー……」
「しょうがない、上がってみようか」
「じゃあ私は魔理沙さんに乗せてもらいますね」
「おう、落ちないように気をつけろよ」
階段の脇にある桜は、とても華麗に舞っていた。
事件のことなど我知らぬとでも言っているかのように。
三人はゆっくりと階段を上がって行く。
桜吹雪の中、ゆっくりと。
そして、視界が開けた。
「着いたな」
「ええ、でも見事に変わりない場所」
「綺麗なお屋敷……」
「幽々子はいるかしら」
「おい待てよ霊夢!無用心だぞ」
「……?」
ふと、早苗が周りを見渡した。
誰もいない。
「……んー?」
「にゃぁん」
白玉楼の中に幽々子はいた。
しかし、霊夢たちを見て驚いていたので彼女も「記憶が無い」者であろう。
「なるほどねー。でも、残念ながら私は見てないわ、あなたたちの言う緑色の服を着て刀を持った女の子は」
「そう、ありがと」
「でも……随分印象が変わったわねぇ、『靈夢』」
「……そうね、あんたも変わりないわ」
「じゃあね」
そう言って、幽々子は笑顔で三人を送り出した。
魔理沙は不機嫌そうな顔をして、霊夢に付いて行っている。
「なあ霊夢、何で幽々子は記憶を失っているのにお前の名前を知っていたんだ?」
「……先日ね、蔵の整理をしていたの」
「だからそれが……」
「そしたらね、先代の日記があったのよ」
「先代って……博麗のか?」
「そう。数百年前の、私のご先祖様。その日記の中に、生きている頃の幽々子の話が書いてあったわ」
「じゃあ、幽々子は記憶を失ってる訳じゃなくて……」
「退行してる可能性があるわね」
冥界の階段を下りている途中、魔理沙がふと気付いた。
魔法の森が眼下に広がっている。
「霊夢……」
「分かってる。さっきは無かったわ」
「家に行っていいか?」
「……あんたらしいわ」
魔法の森は、相変わらず瘴気に包まれ鬱蒼としていた。
早苗と霊夢は魔理沙から特殊な保護を施したマスクを借り、進んでいく。
「もうすぐ家に着くはずだ」
「ええ、でも何か変じゃない?」
霊夢はこのとき、周りの殺気に気付いていた。
自分たちを狙っているものがいる可能性があるのだ。
もっとも、魔理沙も気付いてはいたのだ。
ただ、魔理沙の場合は魔力を感じていた。
よく知った魔力の流れ。
周りに魔力で作られた何かがあることは分かっていたのだ。
「きゃあ!」
それなのに、とっさに反応できなかった。
「早苗!?」
「動くな!……って、魔理沙と霊夢じゃない」
そこには、見知った魔力の根源がいた。
「……なるほどね、それでこの結界の中に」
「まさかお前に記憶と能力が残ってるとはな」
ひとまず家に、とのアリスの提案でアリスの家に移動した三人は、アリスから話を聞いていた。
「……まあ、そうね。私みたいに用心深いとついついいらない障壁を多く張るのよ」
「皮肉かよ」
「人形は動かせないけどね。やっぱり何かしら制約があるみたい」
「パチュリーが弾幕撃てなくなってたのと同じね」
「なあアリス、この辺で変なものとかは見かけなかったか?」
「変なもの?」
「妖力が極端に大きい奴とか」
「……いいえ」
「何も知らないみたいね」
「事実、何も起こっていないもの」
「……そう」
アリスも、本当に何も知らないようだった。
本人も戸惑っている様子であり、何かしら関わっているとも言えない。
完全に行き詰った状態となりかけていた。
「……なぁ、少し寒くないか?」
「言われれば確かに寒い気も……」
「待って。外を見て」
三人が外を見ると、一面の銀世界が広がっていた。
「はぁ!?」
「何ですかこれ……さっきまでは春だったのに……」
「結界の外は春が終わったぐらいだったけどね」
「じゃあ、これも紅魔の時みたいに何かが起きてるってのか?」
「レティ……は無いわね」
「寒いです……」
「……!」
「霊夢、どうした?」
「魔理沙、アレを見なさい」
「……?アレは!」
霊夢と魔理沙の視線の先。
そこは、白玉楼だった。
屋敷がある部分、つまり最上段の部分から光が漏れて見える。
あの時の、春雪異変の時の様に。
「じゃあ、また幽々子が暴走したってのか?」
「分からない。けど、今回の鍵はきっと……」
霊夢と魔理沙の二人は、白玉楼に急行していた。
早苗とアリスは非戦闘員としてアリスの家に待機してもらっている。
前回よりも手に負えないほどの強敵かもしれないからだ。
「霊夢」
「どうしたの?」
「どうも嫌な予感がするんだ」
「……奇遇ね、私もよ」
「せーの!!」
二人が二手に分かれたと同時に、弾幕が飛来した。
「身のうさを」
歌が響く。
その歌は
「思ひしらでや」
死者を蘇らせる
「やみなまし」
反魂の
「そむくならひの」
歌。
「なき世なりせば」
「反魂蝶!?」
そこにいたのは、西行寺幽々子。
それも、膨大な妖力を持っている。
そしてそれに呑まれる事も無く、完全に制御している。
もはや、止められる者は居ない。
「っく!」
霊夢ですら、スペルを以ってしても敵わないだろう。
完全なる反魂の儀。
それは、止められることは無く、止まることも無い。
もはや、撤退の道も塞がれている。
このまま、儀を進めるしか。
「おぉわっ!?」
無いと思われた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
階段の下から、大きな声がする。
小さな点が、階段を上って来ていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
一瞬にして二百由旬を駆ける少女は、主人の異常を既に察知していた。
それも、結界の向こう側にいても、だ。
「幽々子様!!」
「妖夢!?」
「なんでお前……結界の中にいたのか!?」
「それよりも、お前たちは何をした!!」
「はぁ?」
「この結界、どう見ても霊夢のものだ!」
「知らないわよ私はっ!」
「避けろ妖夢!!」
「―――ッ!」
妖夢が居た場所に、反魂蝶が突き刺さる。
一瞬にして移動した妖夢は、そのまま白楼剣と楼観剣を抜いた。
「……反魂の儀で見境が無くなっている……いや、これは反魂の儀じゃない」
「どういうことだ」
「これは……」
「死へと誘う能力、か」
「そう。だから、この蝶は反魂蝶じゃない。紫様の使ってる黒死蝶だ」
「触れたら死に至る蝶ね。冗談じゃない」
「……以前、幽々子様に言われていたことがある」
妖夢が、刀を構える。
その刃は、本来向けられることの無い対象に向けられた。
切っ先には、幽々子の姿がある。
「『私がもし自分の力を抑えられなくなったときは、殺して』と。おかしい話だ。もう死んでいるのにな」
「妖夢……」
その目尻には、涙が光っている。
主への思いが、詰まっている。
それを掃うことも無く、黒死蝶を斬り落とした。
「幽々子様!お覚悟を!」
その声は凛々しくもあり、悲しくもあった。
左右から上下から飛来する黒死蝶を、止まることなく切り払う妖夢。
魔理沙と霊夢は、なんとか避けていた。
「行きます!」
妖夢は体勢を低くし、瞬歩で幽々子の真下に迫った。
そのまま、楼観剣で蝶を落としつつ白楼剣で幽々子へと斬りかかった。
が。
「にゃあ」
「猫!?」
突然現れた黒猫に驚き、すぐさま離脱した。
「あの猫……マヨイガの!?」
「橙!」
その黒猫は、八雲藍の式、橙だった。
しかし、本来の姿ではない猫の姿である。
「あれは本体じゃないよ」
「なんだって?」
「あの幽々子様は影。だから、アレを斬っても無駄」
「じゃあどうすれば!」
「あれは、記憶が退行した幽々子様の影。だから、本体の迷いを斬って」
「……迷い?」
「そう、未練でもあるの。幽々子様の、生きていた頃への未練」
「本体はどこに?」
「……西行妖の所」
幽々子の影が放つ弾幕を抜けた先、一際大きな桜の木がある。
普段は春でも枯れているそれは、西行妖と言う霊木のひとつだった。
その下に、幽雅な雰囲気に包まれた女性が居た。
西行寺幽々子である。
風の音がする。
桜が舞い、彼女を包む。
妖夢は、息を呑んだ。
雰囲気もあるが、何より桜の中に佇む主人の姿に、見ほれていたのだ。
刀を今一度構える。
「幽々子様」
「なぁに?」
「あなたの迷い、断ち切らせていただきます」
「……そうね、お願いするわ」
それだけを言うと、幽々子は目を瞑った。
「……行きます!!」
桜が、舞った。
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冥界の結界へと入り込んだ一行。相も変わらず桜が舞い、亡霊が闊歩していた。