No.396758

オリジナル百合小説 「つまさきほど」 第3節

jewelerさん

ここから少しずつ書いていっています。全部終わったら大幅に書き直すだろうなあ。未熟を痛感するばかり。

2012-03-23 16:44:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:542   閲覧ユーザー数:539

 

 

   3. 内側の時間

 

 

 私と美蘭は、同じ日に、同じ場所で、同じように産まれた。出産時の体重もほぼ同じだったという。

 ただちょっとだけお母さんのお腹から出てくるのが早かったので、私が姉ということになった。

 但し子供の頃にはそんな自覚なんかないから、私は私と美蘭が双子である事を特別とは思っていなかった。二人が離れる時までは。

 

「美里奈は私の事、思い出せるかなってちょっと思ったの」

「思い出せるか……?」

 

 私達の名前は等価値だ。どちらがどちらの名前でもよかったという意味だ。産まれてくる順番が違えば、私が美蘭で彼女が美里奈だったのだろう。

 私達は恐らく等価値だった。だから両親が離婚する時がやってくると、母と父は私達をそれぞれ一人ずつ引き取った。

 それまでに解っていなかったのは、今まで傍にいた美蘭という存在は、唯の他人の存在ではなく、私を造り固めるものの重要な大部分であったという事だ。

 生まれてからずっと何をするにも二人で一緒だった私達の内、少なくとも私は生まれて初めて一人きりになった事で、精神が一時期だけ不安定な状態に陥った。

 今でもその事は覚えているし、もちろん美蘭の事を忘れたわけじゃなかったんだけど……。

 

「美蘭の事、忘れたとは思ってなかったの。思い出す事はたまにあったし。でも会って咄嗟には思い出せなかった……」

 

 正直に言ったら、彼女を傷付けると思った。

 

 私は……心のどこかで美蘭を忘れる事を望み、実際に彼女の事を殆ど忘れた挙句、何故忘れる事を望んでいたのかも忘れてしまっていた……。その事を、私は言えない。

 

「私は、ずっと考えてたから」

「何を」

「美里奈の事を。だから忘れる事なんてなかったし、一目見てすぐに美里奈の事が分かった……」

 

 それは春休みのジェラートの出来事だろうか。いや、転校してきたのはそれより前だから、春休み以前かも知れない。

 

「私を見て、どう思ったの?」

「美里奈はね、なんだか変わったなあ、って……。でもそれより、それだけ時間が経っちゃったんだなって事が怖かったな」

「怖かった?」

「だって、私達は産まれた瞬間から一緒にいたんだよ。厳密には産まれる前からか。それなのに9年以上も離れ離れになった。もう人生の半分以上をばらばらに過ごしちゃったんだよ。それって凄く……」

 美蘭は口をつぐんだ。だから、私が代弁してあげた。

「……悲しい、って言えばいいかな。あと、寂しいとか、切ないとか」

「そう、そんな感じなの。美里奈と離れて、ずっとそうだったの」

 

 彼女の気持ちはとてもよく解っていた。一緒に産まれた双子が生き別れになって、幾年が経ちやっと再会した。それは常識的に考えれば、喜び極まりない事であるはずなのだ。

 

 ……だけれども、私には何かが食い違っている様に思えてならない。

 

 私は彼女の様に相手の事を考えていなかったし、この再会もドライに受け止めていたのだ。双子の妹の事を確かに好いていたはずなのに。なのに……彼女の様に離別した事実を寂しく思っておらず、再び出会った事も心から喜んでいない。何故か、そう感じてしまう。

 

 私達の中で、9年という時間は別個に流れていたのだ。

 

 人間が二人いたら、そもそもそれは当たり前の事なのだろうと思う。一生、同一のまま生きていけるなど、例え双子でもあり得ない。私は私の人生を生きて、美蘭は美蘭の人生を生きるだろうし、そうであるべきだ。だから二人が離れたとしても、それはいつかやってくる別離が早過ぎただけで、決定的に人生が狂った訳ではないと思う。

 それなのに、何故だろうか、このわだかまりが消えないのは。

 

「私は……」

 

 何か、致命的な事を私は口走りかけた気がする。それが何なのか、自分でも分からない。

 

「何?」

「私は……美蘭とまた、やり直せればいいと思う。こんなに時間が経ったけど、私達が双子の姉妹である事は一生変わらないんだから」

 

 私はありきたりな言葉を口にした。それが正しかったのだろう。私達の関係はそれで上手くいくものだった。

 

「うん……美里奈はずっと、私のお姉ちゃんだよ」

 

 美蘭は立ち上がって、私の手を取った。

 

「だから、これからはずっと一緒にいようね。家族だから……」

 

 私の頭はすっきりと晴れないでいた。

 

 

 

 その日は翌朝の待ち合わせだけをして帰る事にした。時間も遅くないとは言えない具合だったからだ。言いたい事、聞きたい事は沢山ある。これまでの事、これからの事……。美蘭だって同じだろう。9年間、何の連絡もしていなかった私と再会して嬉しいと言ってくれた。だから話したい事がきっと、沢山あるだろう。

 夜になって、私はベッドの上に転がりながら思索を続けていた。私があの時、美蘭に言いたかった事は何だろう。なぜ心がもやもやとして雲がかったような気分なのか。

 私は、失くしたと思っていた自分の大切なものを取り戻して、情緒不安定になっているんだろうか? 本当は美蘭が好き過ぎて、混乱しているんじゃないか?

 だって、私達は双子だ。家族だ。産まれた瞬間、実際には美蘭の言う通り産まれる前の母さんの体の中にいる時から一緒だったのだ。

 美蘭との思い出が溢れてくる。子供の頃にしたたわいない遊び。母さんに連れられ二人揃って通った幼稚園、覚えている。フラッシュバックする光景の中には、色々な姿をした彼女が現れている。美蘭は今でも可愛かった。可愛らしさは昔そのままの様子を残していた。

 閉じた瞼の裏から涙が溢れ、目尻からこぼれていく。あまりの出来事の奔流に、動揺して感動とも何とも判別のつかない涙が私の顔を汚す。もう、眠るしかなかった。

 

 

 

 翌朝、待ち合わせた場所に美蘭は堂々と腰を落ち着けていた。お店の軒先の低いコンクリート塀に、だ。小学生じゃあるまいし、と思うのだけど、私を待っていてくれた事は嬉しかった。

「おはよう」

「あ、おはよう。美里奈」

 自然な挨拶だった。9年間も離ればなれになっていた二人とは思えない。まあ、ここ数日には色々あったけれども。

「じゃあ、行こっか」

「ねえ、美蘭。今日の放課後、いいかな」

「え、いいよ。むしろ美里奈のためなら空ける!」

 美蘭は機嫌が良いみたいだ。

「私達、色んな事話し合わなきゃ、でしょ」

「……うん」

「だから、時間が沢山欲しいの。出来るだけ時間空けてくれる?」

「もちろん! 私だって美里奈に色々聞きたいし! 話したいし!」

 ……この子は元気だな。まだ早い朝だというのに。でもそんな陽気さに救われ、気分が軽くなってきた。私達の時間はこれから沢山あるのだ。けれど、だからといって一分一秒も無駄にしたいとは思えない。長い空白の時間を埋める様に、二人の9年間の静寂をかき消す為に、少しでも一緒にいたかった。

 

 

 けれど、私達の事情はあまり都合が良くなかった。

 辺りに聞き耳を立てる人間がいない事を確認しつつ、私達は学校へ向けて歩き出す。

「ねえ、美蘭」

「なに?」

「学校では、私達の関係、秘密にしない?」

「……え?」

 美蘭の表情が蔭る。少し唐突だったからだ。

「だって、私達が双子で、今まで別々に暮らしていて、再会したんです……なんて周りの人に言ったら、どうなると思う?」

「祝ってくれるんじゃないかな」

 この子は感動的だ……、と思う。

「じゃなくて、勘繰られるんだよ。両親はどうしたのって。お母さんとお父さんが離婚して、お父さんは遠くに行ったんだけど今は戻ってきてます、なんて言ったら立場無いのはお母さん達だよ?」

「あっ! そうか」

 美蘭はようやくその事に気付いたらしい。

「ねえ、今でもお父さんと暮らしてるんでしょ? 再婚は?」

「……再婚は上手くいかなかったみたい。私の事を考えて、色々頑張ってくれてたみたいだけど……。お母さんは? まだ美里奈も一緒に暮らしてるよね? 独身?」

「うん。変わらないよ、今でも仕事人間」

 お母さんは私を引き取り、お父さんは美蘭を引き取った。お父さんは離婚した後に北海道に引っ越したのだと、お母さんがぽろっと言いこぼしたのを覚えている。

 けれども二人とも地元はこちらだった筈だ。お父さんは仕事の都合で地方に赴く事が多く、北海道に行ったのもその関係だろうと推察していた。

「月並みな事訊くけど、お父さん元気?」

「元気元気。運動不足なのを除けば。お母さんは?」

「まあ、多分、元気じゃないかな。仕事忙しくてあんまりお互いの事を知れなくてね……きっと仕事してる内は大丈夫だと思ってるけど。止まったら死んじゃいそうな人だからなあ」

「ふふっ。懐かしい」

「懐かしい?」

「だってお母さん、私達が子供の時からそうだったでしょ? まだ私達がちっちゃいのに、仕事仕事ーって。もちろんお母さんは好きだったけど。今会ったらどう思うかな?」

 

 私も気になっていた。私だってお父さんに会いたくないわけじゃない。ただあまりにも時間が経って、実の父親に対する感情すら、よく解らなくなっているのだ。

 

「……ねえ、お母さんはお父さんが帰ってきている事を知ってるの?」

「うーん、知ってるかは分からないけど、お父さんに『美里奈に会った』とは言ったよ。多分、会ってはいないんじゃないかな。お母さんは知ってはいるかも」

「……そう」

 その気になればいつでもお父さんに会える、同じ街に住んでいるのだから。今、感情がぐちゃぐちゃなまま会うより、焦らないで気持ちを整理してから会いたい。

 

 話しながらしばらく歩いていると、やがて私達は学校に近くまでやってきた。

「じゃあ、この辺で別れない? 私達の関係は秘密なんだから」

「うん。秘密」

「それで、放課後どこかで待ち合わせして合流。それでいいでしょ?」

「いいよ。それじゃ待ち合わせ、どこでしよっか?」

「落ち着いて話せる、知ってる人のいない場所……ああ」

 ちょうど思い当たる場所があった。

「美蘭、グラタン好きだったよね。今でも好き?」

「うん、好き! たまにお父さんに作ってもらうよ」

「じゃあ決まり。柏の駅近くに、グラタンスパゲティを出してるカフェがあるの。あとパンも売ってる。紅茶が美味しくて」

「おいしそう! そこにしようよ。どの辺にあるの?」

「東口から……」

 道順の説明をして、携帯の連絡先も交換し、ここでは別れる。お昼ごはんを控えめしておいて、とも伝えておいた。クラスメートに変な事を気取られないよう時間をおいて別々に校舎に入る。

 でも、今までの様に居心地が悪くなる事はもうない。私は待ち合わせの時間を楽しみにしていた。

 

 その日の授業をぼんやりとやりすごし、学校を出た。校内では美蘭に会う事はなかった、というより、後で必ず会えるからわさわざ探さなかったというのが正しい。

 放課後、学校から駅へ向かうと柏駅の西口方面に着く。そのまま駅の中を通り抜けると東口のダブルデッキに出るので、そこから左に進む。ダブルデッキとは、地上二階にある柏駅東口の出口からそのまま続いている広場兼通路の様なもので、駅から目の前のビックカメラや隣のビルの二階部分に直結している。階段を降りた一階はバスターミナルになっているので、交通網と利便性を両立させた合理的な構造だ。正確にはペデストリアンデッキと言うらしいが、柏市民は皆ダブルデッキと呼ぶし、市が置いた工事の看板にもダブルデッキと書いてあるので、そんな正式名称は私みたいな暇潰しにウィキペディアを見る人間しか知らない。

 ダブルデッキの北側から階段を下りてそごう横の大通りに出る。お店が並んでいる通りをそのまま道なりにしばらく歩くと、左手にガラス張りのお店が見えて中には空席が並んでいる。

 美蘭は後から来るようだったので、幾つかパンを見繕って事前に伝えていたとおり二階のスペースで待つ。ここなら落ち着けるし、一階席と違って外からも見えない。

 デニッシュを一口齧り、アイスティーにシロップをゆっくり溶かしながら気分を落ち着けて美蘭を待つ。

 

 ……校門の前で待ち伏せしてた美蘭も、こんな気分だったのかな。

 

 暫くぼうっとしていると、携帯が振動した。このようなお店で音が鳴るのは無粋だと思って、マナーモードにしておいた。静かに電話に出る。美蘭からだ。

 

「もしもし美里奈?」

「うん。お店の場所分かった?」

「……えへへ」

「なに。笑っちゃって」

「うん、美里奈と電話で話せて嬉しいなって」

「それもそうだね。じゃあ、もうすぐ着く?」

「いや、お店分かんなくて。それっぽいお店があるんだけど、はっきりとは」

「私、ちょっと窓際に出てみる」

 携帯を耳に当てながら、席を立ってガラス面の窓際に寄り添う。

 見下ろすと、道路の向こう側で佇んでいる美蘭が見えた。

「あっ、見えた! おーい、美里奈ー」

 美蘭が手を振っている。私は小さく手で『来い来い』をしてみた。

 

「で、何から話そうか」

 わあーっ、と喜びを隠さない声をあげながら美蘭は運ばれてきたグラタンスパゲティへと目が釘付けになっている。

「で、何から話そうか?」

「あ、うん。そうだね……」

 二度繰り返して美蘭に気付かせたけど、好物をおあずけにさせているのも悪いので、話は食事の後で、という事にした。

 私はパンを、美蘭はグラタンスパゲティを食べる。お互いに話したい事があるのだけど、食事をしながらする様な軽い話ではないので、大人しく食事に勤しむ。私が先に食べ終えたので、ガラス張りの壁からの景色をぼうっと眺めていた。

 気付くと、美蘭も私と同じようにして窓の外を眺めていた。私は向かい直して尋ねる。

「どうしたの?」

「なんかさ、自然だよね。私達がこうしてるの」

「うん……」

 私もそう思っていた。長い時間が私達を遠ざけていた筈なのに、今はその距離を感じない。私は友人をすぐ作れるタイプではないのに、既にこうやって過ごしているのはまさに旧知の仲のようだ。

 ……双子の相性、なのだろうか。

 やがて美蘭が食事を終えた。アイスティーを飲み干し、満足した様子で息をつけた。

 

「さて、それじゃあ何の話から始めようか」

 私達の時間を取り戻す作業が始まる。

 

 

 
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