No.395762

仮面ライダーディージェント

水音ラルさん

第51話:光と影、すなわち表裏一体

2012-03-21 16:10:50 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:751   閲覧ユーザー数:751

サソードはカブトに撃退されてしまい、強制的にクロックアップ空間から追い出されて尻もちを着くと、そのまま自身を包んでいた装甲がハニカム構造の分子に分解されて元の紫の姿に戻ってしまった。

 

あのままカブトが割り込んで来なければ、ディケイドを撃破出来ていた筈なのだが、何しろ今の紫とカブトでは戦力に違いがあり過ぎる。戦闘技能も経験もあちらの方がはるかに上なのだ。

 

(ダメ…今のままじゃ……。もっと…もっと強く……。そうじゃないと、ワームを倒す事が出来ない……)

 

表情こそ無色ではあるが、紫は内心焦っていた。

自分が負ける事は絶対に許されない。こんな所で負けている様では、兄の…家族の敵を討つなんて夢のまた夢だ。

 

「だ、大丈夫ですか…副隊長……」

 

心の奥底でそんな葛藤が続いていると、一人のゼクトルーパーが近寄ってきて紫に声を掛けて来た。

ただ純粋に心配して駆け寄って来たのだろうが、今の紫にとっては無力な自分を蔑みに来たようにしか見えない。

 

 

 

『ほら見ろ。たかがゼクターに選ばれただけのガキが、調子に乗ってるからこうなる』

『お前みたいな子供が、ワームを根絶やしにできるわけがないだろ!』

 

 

 

紫にとって、この世界全てが自分を馬鹿にしてるように見えて仕方がなかった。

だからこそ独りになりたくて、静かに号令を告げた。

 

「……解散」

「え、しかし…ぐぅっ!?」

 

命令を出しても近寄って来る隊員に痺れを切らした紫は、その手に持っているサソードヤイバーで彼の腹を貫いた。

すぐに抜き取ると隊員は後ろに下がりながらその傷口から夥(おびただ)しい量の血を噴き出し、僅かに紫のゴシックドレスに血が飛び散る。

 

しかし、紫はそんな事など気にも止めずにゆっくりと立ち上がり、紫の起こした一部始終に動きを止めてしまっている残りの隊員達を睨んだ。

 

「……帰って」

 

紫は感情を押し殺した一言を放った。その気迫はその小さな少女から出てくるとは思えないほどの、狂気を孕んだ威圧感だ。

 

「ぜ、全員、撤収!!」

 

ゼクトルーパーの一人が号令を上げながら紫の前に倒れている隊員を抱える。

その声が引き金となったのか、第二小隊全員が逃げるかのようにワゴン車に乗り、アクセルをフルに飛ばしてその場から去った。

 

やがて辺りが静けさに包み込まれ、その中央で紫はポツンと一人で立っているだけの状態となった。

緊張が解けたのか、紫は澄み渡った冬空を見上げながら「……フゥ」とその小さな口から溜め息を一つ吐き、ゼクトルーパーの一人に傷を負わせた事を後悔した。

カブトを逃しただけに飽き足らず、隊員にまで手を上げてしまった。これではサツキに怒られてしまう。

彼女にだけは絶対に見放されたくなかった。今の紫には、彼女しかいないから……。

 

紫は兄がワームに殺され、ZECTに資格者として選ばれる前から、あまり人と話す事がなかったので、学校ではいつも独りだった。

そんな彼女の唯一の寄り辺が、たった一人の家族である兄だけだった。

両親は紫が物心着く前から他界しており、紫の兄は男手ひとつで大事に育ててくれたのだ。

紫はその愛に答えようと、兄の前ではいつも笑顔を振り撒いており、実に幸せそうな家庭だった。

 

 

 

しかし一年と半年前…そんな二人に惨劇が起きた。

何時もの様に二人で裏山を散歩していると、突然ワームが現れ、兄を紫の目の前で殺したのだ。

 

『が…ふっ……!?』

『お、お兄…ちゃん……?』

『ギュギギギギギィ』

 

紫が状況を判断するよりも先に、ワームが瞬時に兄へと擬態してこちらを一瞬だけ見つめて来た。

 

『…ッ!?』

 

紫はその直後に把握する事が出来た。兄の瞳に光の灯っていないのだ。

その瞳はまるで昆虫の様に無機質で、それでいて今視界に映ったモノである紫が、まるで地面に這い蹲る虫でも見ているかのように冷めきっていた。

本当の兄はそんな目など絶対にしない…本当の兄は……。

そう思いながらこちらを向く兄の後ろを見やると、その異常なまでの光景に絶句してへたり込んでしまった。

 

『あ…あぁ……』

『紫?どうした、何をそんなに怯えているんだ?』

 

何時も通りに接して来る兄が目の前にいると言うのに、その背後には血の海に沈む本物の兄が恐怖に引き攣った顔でこちらを見据えている。普通の少女からすれば、もう恐怖以外の何物でもない。

 

『さぁ、おいで……。俺が紫を、守ってあげるから……』

 

手を広げながら屈託のない笑顔でこちらに歩み寄る兄。しかしその瞳の内側には何もない虚構が広がっており、実の兄ではないことを思い知らされる。

 

『や、やめて…来ないで…来ないでぇ……!!』

 

恐怖で泣きじゃくりながら目を閉じて懇願した。近付いて来るアレに捕まれば、きっと自分も兄と同じ末路を迎える。誰か、誰でも良いから…助けて!!

 

すると一瞬だけ、何かが通り過ぎた様な気がした。更にその気配を皮切りに、自分に近付いて来る足音も聞こえなくなってしまった。

恐る恐る目を開いて目の前を見ると、そこには誰もおらず、絶命した兄のみがいるだけだった。

 

『あ…あぁ…!!』

 

ショックで覚束無い足取りながらも、兄の前まで歩み寄り、そして膝を突いた。

大切な物を…失った、奪われた……。

何故こうなってしまった…?それはワームが殺したから…自分が弱かったから……。

 

『ああぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

その日以来、紫は心を開かなくなった。

表面に出て来るのは、ワームへの殺意と憎悪。必ずや全てのワームを殲滅してみせるという野望。

 

 

 

兄が死んでしばらくの間は親戚中をタライ回しにされたが、やがてZECTにサソードの資格者として選ばれ、サツキと出会った。

同時期にZECTに資格者として選ばれたと言うのもあるが、まるで本当の家族の様に接して来てくれる事が嬉しくて、彼女の言う事だけはきちんと聞いている。

そして、彼女も自分の事を必要としてくれる。まさに、お互いに支え合ってる様な関係だ。

 

「………」

 

紫はそんな事を思い出しながら、ゆったりとした足取りでZECT本部へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

廃工場の立ち並ぶ港では、そこらかしこから何かの衝突音が響き、それに応じて廃屋の壁に穴が空いたり、柱が崩れたりするなどの異常な現象が起きていた。

 

その原因はクロックアップ空間で戦っているディシードとザビーにあった。

 

彼等が高速空間で鬩ぎ合い、吹き飛ばされるごとに弾速を超えるスピードで周囲にぶつかって辺りが壊されて行くのだ。

 

「ハッ!ヤアァァ!!」

「大振り過ぎますわよ!ハァッ!」

「ウグゥッ!?」

 

ディシードはその手に持つバスターソードを振るうが、その巨大さが欠点になってしまい、全ての攻撃が大振りになって攻撃が当たらない。

対するザビーは軽快なフットワークを生かし、隙を見ては鋭い突き刺さる様な一撃を確実に入れてディシードにダメージを与えて行く。完全なる防戦一方である。

 

(クッソォ…!今のままじゃダメだ!何か別の方法を考えないと……!!)

 

今自分が劣勢に陥っている理由は、相手との機動力の差にある。一応攻撃系のカードはあるにはあるが、例え使っても簡単に避けられてしまうのが関の山だ。

ならばこの差をどうやって埋めれば良いか?答えは簡単だ。ザビーと同等かそれ以上のスピードで挑めばいい。

ディシードのカードは速度上昇系の物が多く、今の状況を打破するカードは山ほど持ってはいるが、それなりの覚悟が必要になって来る。

 

以前試しにカードを一枚使ってみたのだが、そのあまりの性能に身体が追い付かずに、その結果、発動させて程なくして倒れてしまったのだ。

その原因は、自分が常に高速で移動している事にある。

 

ただでさえ異常なまでのスピードで動いていると言うのに、そこに更にスピードを重ねれば、身体に負担が襲い掛かって来ても不思議ではない。

 

しかし今はこの手しかない。倒れた後の事は、その時に考えれば良い。

後先ばかりを考えていては…今を考える事なんて出来ない!

 

ディシードはそう決心するとザビーから一旦距離を取ってからカードを一枚取り出し、峰部分へスラッシュさせて読み込ませた。

 

[アタックライド…マッハ!]

 

「逃がしま…なっ!?」

 

後退したディシードを追撃しようと拳を振るったザビーだが、振り下ろした瞬間ディシードが残像を残すほどのスピードで回避した。

 

本来ならば、クロックアップ空間で残像が確認される事はない。その空間にいる者が高速で動いている為、それ以上のスピードが確認される事がないからだ。

しかし、今ザビーの目の前に起きた現象は、間違いなくクロックアップをも超える速度で動く者がいた証拠だ。

そして、ザビーが驚愕の声を漏らしている間にもディシードは彼女の背後に回り込み、ディシードライバーを大きく振りかぶった。

 

「ドオォォリャアアァァァァァ!!」

「しまっ…きゃああぁぁぁぁ!!」

 

ディシードが全身をバネにして放った豪快なまでのフルスイングは、大剣のリーチから逃れられないザビーを意図も容易く吹き飛ばし、彼女の身体を海面へと打ち付けた。

 

[クロック・オーバー]

 

更にザビーを中心に水飛沫がスローモーションで弾け、電子音声が響いた。

ザビーの動きが止まった事から、サソードと同様にクロックアップ空間から追い出された様だ。

 

「や、やった……ウグッ…!」

 

やり遂げた自分に感賞を与えていると、突如身体から激痛が走った。

 

今使った「マッハ」のカードは、ディシードが持つ速度強化系カードの中で最も効果が弱いカードだ。

約8秒間、高速で移動する事が出来る上に負担も軽い筈なのだが、クロックアップ空間で使うとなると話は別だ。

 

ディシードが身体の悲鳴に耐え切れず、地面に倒れ伏しそうになるが……

 

「よく頑張ったな、祐司君」

「ソ、ソウジ…さん……」

 

地面に倒れる直前にカブトがポスッと片腕でディシードを受け止め、そう言って誉めてくれた。

だがディシードである祐司はもう既に22。良い歳してまるで子供の様に誉められるとなると、流石に照れ臭い。

 

そんな羞恥心もあってか、ディシードはすぐさまバランスを取り直してカブトの手から離れて一人で立ち、後ろに振り返って通常空間の中に立つライダー…ダークカブトを見た。

先程ザビーがカブトとのやり取りで「カブトのクローン」だと言っていたが、アレもカブトと似たような性格だったりするのだろうか?

それに、何故そこまでしてカブトを倒そうと躍起になるのか、理解に苦しむ。

そんな事を考えていると、ライダーにふと違和感を覚えた。

 

「……ん?アレ?」

「どうした?」

「いえ…何だか、さっきより一回り大きくなってる様な気がして……」

 

問い掛けて来たカブトにそう答えながら、ディシードは件(くだん)のライダーに近寄ってよく観察してみた。

よく見れば上半身のパーツ一つ一つが微妙に浮き上がっており、そこに隙間が生じている。そして思わず手に触れそうになった瞬間、カブトが叫んだ。

 

「……ッ!離れろ!!」

「え…ッ!?グアァァ!!」

 

突如ダークカブトの装甲が弾け飛び、近くにいたディシードはそれを避ける間もなく衝突して吹き飛ばされてしまった。

 

「大丈夫か!?」

「は、はい…何とか……。でも一体何…が……」

 

ディシードは自分の安否を心配しながら駆け寄るカブトに答えながら、もう一度ライダーの姿を確認しようとして、思わず絶句した。

 

何故ならその姿が…カブトそのものだったからだ。

 

ただカラーリングが異なっており、鮮やかなメタルレッドの部分が黒く染まってその内側を血管のように赤い電子回路が走り、青空のように透き通った複眼がまるで真夜中に浮かぶ満月のように黄色く輝いている。

 

カブトを光と例えるならば、このライダーはまさしくその対極に位置する影と言えるだろう。

そして、更に驚くべき事が目の前で起こった。

 

「なっ!?う、動いてる…!?」

 

ダークカブトの右手が、ゆっくりとだが確実に動き始めたのだ。

クロックアップ空間であればそんな現象を見る筈はないのだが、この目の前で起きている現象は紛れもなく事実だ。

 

「フム…どうやらクロックアップほどではないが、かなりのスピードで動いてる様だな」

 

カブトが冷静に目の前の出来事を推測している内に、遂にその手が右腰に設けられたプッシュ式スイッチを押した。

 

[クロック・アップ]

 

「……お前が、カブトか」

 

スイッチを押すと同時に、ダークカブトは低く唸る様な声でカブトにそう問い掛けて来た。その声は、カブトに似ても似つかない獰猛な肉食獣を彷彿とさせた。

それに対してカブトが首を縦に振る事で肯定すると、ダークカブトは突如右手に持ったカブトと同じ形状のクナイを振り翳し、カブトに襲い掛かって来た。

 

「ッ!危ない!!」

 

ディシードは咄嗟の判断でカブトの前に立ち、ディシードライバーを盾代わりにしてダークカブトの攻撃を間一髪の所で防ぐ。

 

「邪魔だ!どけぇ!!」

「クッ…!ウアァッ!!」

 

しかし、ダークカブトは瞬時に左手で拳を作り、クナイを防いでいる為に動きが制限されているディシードの脇腹へとフックを入れ、更に怯んだ所で回し蹴りを喰らわせて吹き飛ばした。

 

そしてそのままカブトへと再度襲い掛かるが、彼は既にジョウントしていたゼクタークナイガンで意図も容易く受け止めた。

 

「ク…ソがぁ…!!」

「何故俺と戦おうとする?」

「黙れぇ!お前さえ、お前さえいなければあぁぁぁ!!」

 

押し切ろうと更にクナイを持った手に力を入れるダークカブトにカブトが問い掛けるが、ダークカブトはそれを一蹴してカブトの腕を左手の掌底による反撃によって弾き飛ばし、カブトのクナイを頭上へと飛ばすと膝蹴りをかまそうと右足を持ち上げる。

だがその攻撃も難なくパシッと手の平だけで受け止め、続いて足払いを掛けてバランスを崩させた。

 

「がっ…!」

 

背中から地面へと身体を打ち付けた事で無理矢理息を吐かせて動きを鈍らせると、重力に従ってゆっくりと落ちて来たクナイをキャッチしてダークカブトの首元へとビッと突き付けた。

 

「もう一度聞く。何故俺と戦う?」

 

二度目の問い掛けに、ダークカブトは「クソッ」と毒吐くと、複眼越しにカブトを忌々しそうに睨みつけながら答えた。

 

「お前の所為だ…お前の所為で、俺はただの道具扱いされちまうんだよ……」

「何…?」

「はあっ!」

「ムッ…!?」

 

更に質問を重ねようとダークカブトの言葉を反芻するが、一瞬だけ気が緩んだ隙を見計られしまい、足払いを返されてしまった。

 

横転しそうになるも、なんとか受け身を取って態勢を整えるが、その僅かなタイムラグが相手への十分なチャンスを与えてしまう結果となった。

 

即座にダークカブトの方を振り向くが、すでにクナイを両手で逆手に持って構えており、あとは振り下ろしてカブトを突き刺すだけの所まで来ている。

 

「終わりだぁっ!!」

「させるか!」

 

しかしダークカブトがクナイを振り下ろす直前に、ディシードが横かタックルを仕掛け、しがみ付く形で阻止して動きを止めた。

 

「放せえぇぇぇ!!」

「も、もうやめろ!ガッ…!これ、以上やっても、クッ…!仕方が、ないだろっ!!」

 

ディシードは何度も何度もクナイで斬り付けられるが、それでも説得して止めようとするも、その声が届いてる様子はなく、ただただ純粋にその力を振るうだけだ。

 

「……祐司君、そのまま抑えていてくれ」

 

[ワン……]

 

カブトに声を掛けられ、ダークカブトを抑えながらそちらを振り向くと、カブトゼクターの左端に付いているスイッチを押し、ゼクターを操作しながらこちらへ歩み寄って来るカブトが目に入った。

 

「君はまだ、世界の総てを知らない無垢な子供だ……」

 

[ツー……]

 

恐らくダークカブトへ掛けてるであろう言葉を言い放ちながら、更に先程押したスイッチの隣にある真ん中のスイッチを押すと、ゼクターがまたも電子音声を発する。

 

「だから、そうやって力を振るう事でしか自分を満たす事が出来ない。世界にはまだ、君を満たしてくれるモノがたくさんあると言うのに……」

 

[スリー……]

 

最後に右端のスイッチを押してゼクターホーンを反対側へと押し倒す事で全てのプロセスを完了させると、カブトゼクターからタキオン粒子が迸り、身体を伝いながらカブトの雄々しく立つ一本角へと充填される。

 

「これは俺からの君への課題だ。世界を見渡し、今の君に一番必要なモノを見つけるんだ」

 

遂にカブトは二人の目の前まで来て立ち止まり、そして最後に優しく言い放った。

 

「それを見つける事が出来たら、またもう一度戦ってやろう…ライダーキック」

 

[ライダー・キック]

 

必殺技を宣言しながら、再びゼクターホーンを元の位置へ一気に押し倒すと、一本角へ集中していたタキオン粒子が逆流して右足へと集中される。そして……

 

「……ハッ!!」

「ぐがああぁぁぁぁぁ!!」

 

ダークカブトの胸部を蹴り飛ばし、廃工場の壁をぶち抜かせながら外へと放り投げた。

更に向かい側の廃工場の壁までも貫いて瓦礫の山へとぶつかると、そのまま動かなくなってしまった。

不自然な態勢で止まっている事から、通常空間へ強制送還させられてしまったようだ。

 

「あ、危なかった……」

「すまないな祐司君。これしか思い付かなくてな」

 

カブトがキックを放つ寸前で、ダークカブトから離れていた事で、辛うじてダークカブト共々吹き飛ばされる事はなかったが、ハッキリ言って心臓に悪過ぎる。

あんなものをまともに喰らった日には、例え変身した状態と言えども昇天してしまいそうだ。

しかもそれを、まさか自分のクローン…謂わばもう一人の自分にまでかますとは……。

 

「まぁある程度手加減はしたし、彼がもう一人の俺と言うのならばこれくらいやっても問題ないだろう。大根は出汁を染み込ませれば染み込ませるほど美味いと言うしな」

「その例え、分かり辛いですよ……。せめて『獅子の子落とし』とかの方が分かり易くありませんか?」

 

カブトがまたも右手で天を指示しながら名言を発するのにそう言い返すと、「ははっ、そうとも言うな」と笑いながら流されてしまった。いや、こちらの方が彼らしいと言えばらしいのだが……。

それにしても、自分も随分とカブトの言っている事が分かって来たものである。しかし、まだカブトの言った言葉で分からない事もまだある。

 

おでんの具が多ければ多いほど味が増えるが、作る人の思いがなければ美味しいとは言えない……。アレは一体どういう意味で言ったのだろうか?

 

その意味をカブトに直接聞くと言うのは無粋と言うものだ。必ず自分で見つけ出してみせる。

そう決意を新たにし、この場を離れる為に歩き出したカブトの後へ続いた。


 
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