No.395634

仮面ライダーディージェント

水音ラルさん

第47話:紫尽くめの少女

2012-03-21 10:00:51 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:366   閲覧ユーザー数:366

“カブトの世界”に亜由美が連れ去られた時間帯の午前六時ごろ……

 

2012年一月の異常に肌寒い雨が降っている為に夜の様に暗くなってしまっている渋谷隕石跡地……。そこは今から十三年前に突如飛来した巨大隕石…通称「渋谷隕石」によって壊滅状態に陥ってしまった東京の一部の成れの果てである。

 

1999年に起きた惨劇から十数年経た今でもその傷跡は深く残り、ゴーストタウンの様相を呈している。

一部のエリアにはこの世界に存在する対ワーム組織・ZECT(ゼクト)が研究施設を建て、ワーム対策兵器・「マスクドライダーシステム」の開発を続けている。

そんな街に、一人の少年が走っていた。

 

「ハァッ…ハァッ……!」

 

その少年の見た目は十六~十七歳程度なのだが、髪は何故か老人の様に色素が抜け落ちて白く染まっており、異質感を醸し出している。

 

やがて身を隠すように一つの廃ビルの中へ逃げ込むと、壁に背を当てて荒くなった息を整える。

そして声に出さずに毒吐きながら、目の前に現れた自分を追ってきた黒と赤のツートーンの物体を睨む。

 

(まだ、追って来るのか……!)

 

その物体は手の平サイズの金色の角を携(たずさ)えたカブトムシを模した機械の塊で、それが自身の背中に備え付けられた翅を高速で動かして飛び回り、少年に纏わり付いて来るのだ。

 

折角施設から逃げ出したというのに、この目の前にある忌々しい機械の塊に執拗に追ってこられては、すぐに奴等に取り押さえられてしまう。

 

『どこ!?ここ!?』

『ようこそ、我が故郷へ』

(……?)

 

そんな事を考えていると、反対側のビルから少女の声と男性の声が聞こえて来た。この場所に来る一般人などいない筈だ。

声の正体を突き止めようと窓からそちらを見やると、そこには何処かの学校の制服の少女と、タキシードを身に付けた紳士的な男性が向こうのビルの窓から何かのやり取りをしているのが見えた。

 

(あの男、ワーム…?何だ、この衝動は……。壊したい…あの男を、コワシタイ…!)

 

少年がその男を見た時、自分の中で言い様のない昂揚感が湧いて来た。

あの男はワームだ。それが少年には何故かすぐに分かった。

 

少年は自分の周囲に飛び回っている機械の塊…ライダーゼクターをただ本能のままに鷲掴みにすると、先程まで着けていなかったZECTのロゴマークの入ったベルトのバックルにスライドして取り付けた。そして……

 

[ヘン・シン]

 

電子音声を鳴らすと、ライダーゼクターを中心に自身の身体が装甲に身を包み込まれ始めた。

 

 

 

 

 

亜由美が井上運河と名乗った男によって別の世界まで飛ばされると、そこでようやく掴まれていた腕を離された。

 

「どこ!?ここ!?」

「ようこそ、我が故郷へ。歓迎致しますよ、亜由美さん」

 

先程まで居た世界とは全く別の場所とは分かっていながらも思わずそう叫ぶが、対面する運河はまったく同様した素振りも見せずに紳士的に歓迎の意を表している。

 

ここはどこかの廃ビルの中の様だが外がやけに暗く、雨が降っている上に異常に寒い。この世界の現在の季節は冬なのだろう。

挙動不審気味に周囲を見渡していると、運河が失笑しながら落ち付くように説得してきた。

 

「そこまで心配しなくとも、私は別に貴女に危害を加えるつもりはありません。彼と戦えるのなら…ね」

「彼…?もしかして、歩の事ですか?」

「ええそうですよ。彼は私が今まで会ってきた中で、最も私を楽しませてくれる存在……。そんな彼ともう一戦したく、この様な強行手段に出させて頂きました」

 

何となく歩の事を言ってるのではないかと思い訊ねてみると、物の見事に的中した。

どうやらこの男は、自分を人質に取るつもりでこの世界に連れ出したようだ。

何か歩にしてあげられる事がないかと考えている時にこんな事に巻き込まれてしまうと、彼にとても申し訳なく思えてくる。

 

「まぁ彼がこの世界に来るまでの間はしばらく私と共に……」

 

[クロック・アップ]

 

「ッ!?ぐあぁっ!!」

「え!?何今の!?」

 

運河が次の句を告げる前に、そんな低い機械的な声が聞こえて来たかと思うと、運河が一瞬にして何かに弾き飛ばされてしまった。

その何かは速過ぎて何だったのかよく分からなかったが、少なくとも黒くて人間サイズである事は明らかだ。

 

「くっ!いきなりZECTに出くわすとは、ついてないですねぇ…!!」

「え、ゼク…ひゃぁ!?」

 

運河の言った謎の単語を聞いて、一体何の事なのかを聞こうと運河を見ると、次の瞬間運河の姿が虫の様なグロテクスな姿に変わり、思わず悲鳴を上げてしまった。

 

『貴女はしばらくここでお待ちなさい!ここで折角の挑戦権を失うわけにはいかないのです!!』

 

姿が変わりながらも、今までと全く変わらない口調で話す運河であったが、またも黒い何かに弾き飛ばされる。

 

『くぅ…!人間風情がクロックアップなど…!!』

 

そう毒吐いた刹那、運河の姿が一瞬にして消えた。

 

 

 

 

 

井上運河の擬態を解除したグラスホッパーワームはクロックアップ空間に入ると、突如襲来して来た謎のライダーを見た。

 

その姿はカブトに酷似しているものの、全体的に色が暗かった。

水色だった筈の複眼は黄色くなっており、赤から黒に変わっている胸部装甲には赤い電子回路が張り巡らされている。

見た事のないタイプのライダーだが、ZECTと呼ばれるワームに歯向かう組織の一員である事は間違いなさそうだ。

 

『カブト…ではありませんね……。誰ですか、貴方は?』

「………」

『ダンマリですか…何とか言ったらどうですかぁ!?』

 

無言を貫き通すライダーに向かって、自身の身体から生成した剣を振るって接近し、そのライダーの一撃加えようとするが、ライダーは左腕でその剣を無理矢理弾き飛ばすと、グラスホッパーワームの腹部にカウンターのボディーブローをかました。

 

『ぐほぉっ…!!』

「………」

『がはっ!』

 

あまりの威力にグラスホッパーワームは蹲るが、ライダーはただただ寡黙に殴る蹴るのラッシュを続けていく。

しかもその一撃一撃が素早く、的確に急所を狙って来るので、喰らう度に仰け反ってしまって反撃する隙がない。

 

『くぅ…!ならば…!!』

 

グラスホッパーワームは相手の攻撃が届く範囲外まで後退し、辛うじてその連撃の嵐から難を逃れる。

更に距離が離れた所で剣を使って攻撃を当てるが、その全てを左腕で弾かれてしまう。だがこれこそが狙いだ。

どうもこのライダーは攻撃は全て左腕で弾きながら防御する癖がある様で、このまま左腕だけで防ぎ続ければ、その腕の装甲は徐々にダメージを受けてやがては素体の人間にもダメージを与える。

 

その証拠に相手の動きが痛みの為か、徐々に鈍くなってきている。

このチャンスを逃す手はない…一気に決める!

 

そう決心し、グラスホッパーワームは距離を詰めて相手の懐に飛び込むと、そのライダーの胸部装甲を逆袈裟切りに斬り付け、その部分から激しくスパークを上げさせた。

 

『アッハッハッハッハ!これで私の勝ちで…何っ!?』

 

勝利の余韻に酔いしれようとしたその時、ライダーは剣を持った右腕をガッチリと掴んできたのだ。引き剥がそうにも相手の力が強すぎて全く放す気配がない。

更にそのライダーは右拳を強く握り締め始める。これはまずい。グラスホッパーワームは直感でそう感じ取った。

 

『まずっ…ぐあぁぁぁぁぁ!!』

 

左手でなんとか防ごうとするも、その圧倒的な火力を有した鉄拳を完全に防ぎきる事は出来ず、グラスホッパーワームはいとも容易く吹き飛ばされてしまった。

 

(くっ!やはりあの時のダメージがまだ抜けきっていないか…!ここは一先ず、撤退した方がよろしいですね……!)

 

亜由美に関しては、また日を改めて連れ去ればいいだろう。そう決めるとグラスホッパーワームは次元断裂を展開してその場から逃げ去った。

 

 

 

 

 

運河の姿が消えたかと思うと、ほんの僅かの間辺りにシュンシュンという何かが高速で駆け抜けるような音がした。

僅かに何かの残像が見えた事から、運河も何時ぞやの歩と同じように猛スピードで動いて突如飛来した何かと戦っているのだろう。

 

[クロック・オーバー]

 

しかしそんな事を考え切る前に、先程聞こえた発音と酷似した電子音声が聞こえて来ると、風を切る音が止んで亜由美の目の前に赤黒い身体と黄色い複眼を持ったカブトムシのようなライダーが現れた。

 

そのライダーは亜由美ではなくどこか別の方向を見ている様だが、その方向には何もなく、ただガランとした空間があるだけだ。それに運河の姿も消えている。

運河がこのライダーに変身したと言う可能性もあるが、その可能性が極めて低い。恐らくこちらのライダーが運河に襲いかかって来た方だろう。

 

「あの、アナタは一体……」

 

―――ブオオォォォォォン…!―――

 

亜由美が目の前のライダーに問い掛ける前に、外から車が近づいてくる音が聞こえて来た。

その音を聞いたライダーは、右腰にあったスイッチの様な物を叩いた。

 

[クロック・アップ]

 

再びあの時の音が鳴ると、目の前のライダーは一瞬にして消えた。

 

「今の…もしかしてこの世界のライダー……?」

「そこを動くな!ワーム!!」

 

今のがこの世界に存在する仮面ライダーなのかと推測していると、丁度このビルの正面までやって来た黒いワゴン車の中から白い胸部装甲と白いマスクに黒い複眼と言う、簡素なイメージの蟻を模したライダーと思しき者が複数人現れ、その中の一人がこちらに叫んだ。

 

「へ?」

 

いきなりの事だったのでつい間の抜けた返事を返してしまうが、相手はまるで軍隊で鍛え上げられた兵隊の如き動きで亜由美を包囲すると、右腕に着けているフットボール型の銃口を一斉にこちらに向けて来た。

 

「えぇ!?ちょ、ちょっと待って下さい!私、別に何も……」

 

「……待機」

 

両手を上げながら決して怪しい者ではないと弁明しようとしたその時、武装集団の後ろから小さな…しかしハッキリと耳に残る少女の様な声が聞こえて来た。

 

するとその声に従うかのように武装集団が銃口を亜由美からはずし、声の主を亜由美の所へ通す様に道を開け始める。

そしてそこから現れたのは、紫尽くめのゴシックロリータ調のドレスを身に付けた十四~十五歳程のまだ幼さの残る少女であった。

 

「え…お、女の子…?」

「………」

 

こちらに近づいて来るその少女はウェーブ掛かった長い髪までも紫色に染め上げ、よく見れば頭にはフリルの付いた髪の色と同色のカチューシャも着けている。

更に瞳にもカラーコンタクトを入れているのか、こちらを見据える目の色までもが紫だ。

やがて亜由美の目の前で立ち止まると、その顔を紫色の瞳でジッと見つめて来た。

しかしその出来の良い西洋人形の様な顔には色が一切なく無表情なので、見られてる亜由美としては非常に居心地が悪い。

 

「……人間」

 

やがて一歩下がってそう呟くと、踵を返してワゴン車へと向かって行く。

そのまま何もせずに帰ってしまうのかと思ったがそんな事はなく、未だに立ち止まっている武装集団へ右手を上げて指をパチンと鳴らしながら指示を出した。

 

「……事情聴取……確保」

『はっ!』

「えぇちょ、何!?何ぃ!!?」

 

少女の指示に武装集団が一斉に返事を返すと、亜由美を両腕を二人の隊員が取り押さえ、そのままズルズルと黒いワゴン車へと運び込まれてしまった。

 

 

 

 

 

それから数時間経った朝十時頃……

 

麗奈と亜由美はヴァンと“サイクロンの世界”から別れを告げ、亜由美が連れ去られてしまったであろう世界の中華料理店前まで来ていた。

 

「この世界に亜由美さんがいるんですか…って歩さん、どうしたんですかその格好?」

「世界を渡るとその世界に応じて何らかの役割を与えられるんだよ。それから、この世界に亜由美がいる事は間違いなさそうだね」

 

麗奈がこの世界に付いて確認を取ろうとして歩を見たが、そんな事などどうでも良くなりそうな程に彼の服装は劇的な変化を起こしていた。

色の基調が白である事に変わりはないのだが、明らかにどこかの中華料理店で働いていそうな格好になっていたのだ。ハッキリ言って料理人だ。

そして歩の格好を連想してしまったのか、すぐ傍にある中華料理店につい目が行くと、赤い暖簾(のれん)にはこの店の名前である「己が道」と言う随分と厳ついイメージのある店名が筆字で書かれている。

 

「………」

「え…あの、歩さん……?」

 

その店の入り口である引き戸には「開店準備中」と言う札がぶら下がっており、まだ開店されていないようなのだが、歩はそんな事などお構いなしと言わんばかりにその引き戸に手を触れガラリと開けて店内に入り込んだ。

 

「あ、歩さん駄目ですよ!勝手にお店に入っちゃ……!」

「大丈夫だよ。ココが僕の移住先みたいだからね」

「……え?」

 

店の人に迷惑にならない様に急いで歩を連れ戻そうと手を引くと、歩は何時もの抑揚のない口調でとんでもない事を言い出して来た。

 

歩の話を詳しく聞いてみると、どうもこの世界での歩の役割が「中華料理店の店長」と言う何とも似合わなそうな役割であり、それと言ってこの役割の通りに行動するかどうかはどうでも良いそうだ。

 

じゃあ生活費は一体どうするのだと聞いてみると、「その世界で生活するには十分なお金が自動的に手に入る」と言って財布の中身を見せて来た。その中には確かに一般人が持つには不自然過ぎる程の札束が詰まっていた。

確かにこれなら態々営業する必要はなさそうだが、だからと言ってこの店をこのまま放置しておくと言うのは些か気が引ける。それにこれでは歩が何時まで経っても働こうとしないプー太郎の様に見えてきて仕方がない。

ならば、ここはアレしかないだろう。

 

「歩さん、ここで働きましょう!」

「……え?」

「寝床だけもらって仕事をしないなんてこの店に失礼です!この店の為にも、ここで仕事をするべきです!」

「でも、僕チャーハンしか作れないよ?」

「そ、それ以外は私が作ります!それに、ひょっとしたら入って来たお客さんの中に亜由美さんの事について知ってる人がいるかもしれないですよ!?」

「亜由美のいる場所だったら、すぐに分か……」

「……?歩さん?」

 

店を営業するかしないかの口論を続けていると、突然歩が喋らなくなって明後日の方向を見始めた。

一体どうしたのだろうかと思い声を掛けるが、歩は黙って周囲を見渡すだけだ。

 

「……分かったよ。それじゃあ開店準備に取り掛かろうか」

 

やがて周囲を見終えると、そう言って厨房へと進んで行った。

一瞬だけ彼の虚ろな目が焦った様なものに見えたが、折角彼がやる気を出したのだからここは水を差さない方がいいだろう。そう判断すると、麗奈も厨房の奥へと進んで行った。

 

だが今歩が焦っていたのは決して気のせいではなかった。

何故なら亜由美の気配が酷く曖昧になっており、場所まで判断する事が不可能になっていたのだから。

 

 

 

 

 

時間を巻き戻し、亜由美が事情聴取の為にZECT本部の取調室まで連れて来られていた頃……

 

亜由美は非常に気まずい状況に陥っていた。

この取り調べ室には亜由美と紫色の少女の二人しかいないのだが、お互いに完全に沈黙を貫き通してしまっているのだ。

 

最初の内は少女が紅茶を用意してくれたので、そのまま気楽に職務質問が始まって、その後も何事もなく終わるかと思っていた。

まず始めに少女が「……名前」と呟いて来たので、とりあえずフルネームで名乗ると今度は「……住所」と呟いて来た。

 

この質問については流石にどう答えればいいのか分からなかった。正直に「別の世界から来ました」なんて言っても間違いなく信じないだろうし、下手すれば頭のおかしい奴と見られて精神病院に直行なんて事もあり得る。

その質問にしどろもどろになりつつも答えられない旨を伝えると…現在の状況に至る。

 

自分が何も喋れないのと同じように、彼女も何を喋れかいいのか分からないようだ。

しばらく彼女と居て分かったのだが、この人物が非常に口下手だという事は十分に伝わった。

こちらから何か話そうと試みようとしたが、その度に彼女の西洋人形の様な紫の瞳がこちらを無機質にジッと見て来る為に、何だかすっごく言い辛い。

そんな状態が一時間以上続き、お茶を濁そうと完全に冷めてしまった紅茶を啜っていると、この状況を打開してくれる転機が訪れた。

 

「紫(ゆかり)、随分と似会わない事をしてるわね」

「……?」

 

突如として取調室の扉が開き、その入って来た人物を一目見て亜由美は……

 

「ブホッ!!?」

 

噴いた。それはそれはもう盛大に。

亜由美の口から噴き出した紅茶は正面にいる少女の顔面にシャワーの如く浴びせられ、少女は完全に硬直してしまうが、しばらくすると紫の瞳で亜由美をギロリと睨んできた。

 

「あぁその、ゴ、ゴメンナサイ!!だからそんなに睨まないでくださいお願いします!!」

「ほらほら、そんなに睨んだりしたらダメでしょ?それで貴女、私(わたしく)の顔に何か付いてまして?」

 

気品溢れる語調で部屋に現れた女性はそう訊ねて来るが、顔に何か付いてるどころかその顔が問題…いや、大問題だった。

 

長身でスレンダーな身体を黒い軍隊のスーツで身を包み、金髪のサラッとした長い髪を靡かせながらこちらを見ているその顔が……亜由美の友人の一人、多々井皐月の顔だったのだ。

 

ただし、こちらの顔は亜由美の知っている皐月の様に浅黒くなく、雪の様に真っ白なのだが、それが余計に異和感を醸し出す。

 

「い、いえ、クッ…何でも、ありま、せん……」

 

既に藤原楓と言うドッペルゲンガーを見ていた為に彼女を皐月と勘違いする事はなかったが、どうしてもあのスポーツ少女がお嬢様口調で喋ってるようにしか感じない所為で笑いが込み上げて来てしまう。

皐月と言う人間を知っていて、尚且つ彼女を見て吹かない人間がいたとしたら、それは精々歩くらいしかいないだろう。

 

「……?まぁ、なら良いですわ。それで紫、貴女口下手なんだから無理しちゃダメでしょ?」

「……義務」

「確かに貴女は副隊長だけど、事情聴取だったら私が代わりにやってあげるわよ」

(ふ、副隊長…?)

 

皐月に似た女性はそれ以上の追及はする事はなく、紫の少女…紫に飛び散った紅茶をハンカチで拭き取りながら、まるで姉の様に接し始めた。

その様子はまるで本当の姉妹にも見えそうな光景ではあったが、話してる内容が何とも不釣り合いな上に、紫が副隊長と言う身分に付いている事に違和感を覚えた。

 

確かにあの時、武装集団を仕切ってはいたが、今目の前で少しムスッと頬を膨らませているこの可愛らしいゴスロリ少女が、それほどまでの権力を持っていると一体誰が予想できただろうか。

 

「ところで一体、どこまで聞けたの?」

「……名前、須藤亜由美……住所、不明」

「不明?まだ名前しか聞けてないの?」

 

皐月に似た女性の質問に紫はポツリポツリと答えると、皐月に似た女性は住所の部分が不確定な事に疑問を持ってもう一度訊ねる。

すると紫は首を横にフルフルと振って否定し、それに納得したのか皐月に似た女性は亜由美に苦い笑みを見せながら簡単に謝罪と自己紹介を始めた。

 

「ごめんなさいね。この子、少し口下手だから細かい事を言われると何も答えられずに黙っちゃうのよ。

それから、自己紹介が遅れましたわ。この子の名前は神園(かみぞの)紫(ゆかり)。そして私はサツキ・アローナ。この子の所属する精鋭部隊・シャドウの隊長ですわ」

 

彼女の名前からして、どうやら外国人のようだ。それなら金色の髪も納得いくし、よく見れば瞳の色もサファイアブルーで、日本人ではない事を表している。

 

ここまでの違いがあるのなら、何とか皐月とは全くの別人として見る事ができそうだ。顔付きについては…ウン、あんまり気にしないでおこう。そうでもしないとやってられない。

 

「それで亜由美さん、貴女は一体どこから来ましたの?」

「え、えぇとその…教えられないと言うかなんというか……」

 

サツキが紫と同じ質問をして来てまたも口籠ってしまう。

何か誤魔化せる事はないかと頭の中で試行錯誤を繰り返すが、こうも切羽詰まった状況では中々思い付かない。

 

「……家出?」

「へ?」

「あぁなるほど。それで住所を教えられないのですわね。でもだからと言って渋谷地区に入ったらダメですわよ?」

 

そんな様子を見て紫がそんな事を呟き、それを聞いたサツキは納得するとあの場所にいた事に関して軽く叱り付けて来た。

 

「あ、あぁそうですそうです!ウチの兄がとんでもない唐変朴でもう嫌気が差しちゃって……」

 

亜由美が言っている事は八割が嘘で二割が本音だ。

歩が唐変朴なのは紛れもない事実だし、しかしだからと言って家出するほど嫌っているわけでもない。

まぁそうと言っても、世界を旅してるので家出などする家があるわけではないのだが……。

 

「……兄……」

 

そんな些細な違いを隠しながら話していると、紫が唐突にそう呟いた。

その顔は何故かとても暗く、無機質だった筈の紫の瞳にも悲しげな感情が溢れていた。

 

「え…あの、どうしたんですか?」

「あぁごめんなさいね。この子、たった一人の肉親の兄を亡くしてるのよ。それで貴女に兄がいると聞いて、少し寂しくなってしまったのですわ」

 

亜由美が尋ねると、紫の代わりにサツキがそう説明した。

それを聞いてすごく罪悪感が湧いて来た。自分にはケンカできるほどの家族がいると言うのに、彼女にはそんな存在が一人もいない。

サツキがいるにしても兄を失った事は彼女の心に大きな傷を付けるには十分なのだ。

自分の軽はずみな言動が、彼女を傷付けてしまっていたのだ。

 

「ゴ、ゴメンナサイ!その、知らなくて…!!」

「そこまで気に病む必要はありませんわ。この子もそれを十分に分かっておりますから…って、あら?」

 

サツキがそう紫の代弁をしながら亜由美を宥めていると、ふと扉の方を見て疑問の声を漏らした。

何だろうかと思い亜由美もそちらを見やると、扉に付いている窓から蜂のような小型の機械が飛びながらこちらを見ているのが目に入った。

 

「ハ、ハチ……?」

「どうやら、ワームらしいですわね……」

「……ワーム」

 

サツキのワームと言う単語を聞いた紫はそう反芻すると、ゆっくりとした動作で椅子から腰を上げ、取調室から出る為に扉へと歩き始める。

一瞬だけ見えたその表情は険しいものに変わっており、ワームと言う存在を憎んでいる様にも捉えられる。

 

「紫、ここは私に任せて行って来なさいな。それから私の部隊である第一小隊の出動の許可も出しますわ。何時カブトや“被検体”が乱入して来るか分かりませんから、くれぐれも油断してはなりませんわよ」

「……了解」

(え…今、「カブト」って……)

 

サツキが紫に指示を投げ掛けると、紫は一言だけ返してこの場から立ち去って行った。

しかしサツキの言葉の中で、一つだけここに来る前に一度だけ聞いた事のある単語が聞こえて来た。

それは「カブト」だ。

 

歩がライダーサークルに行く前に亜由美に教えてくれた情報の一つに、カブトと言うライダーの名前が出て来ていたのだ。

 

しかもあの時一瞬だけ亜由美の目の前に現れたカブトムシのライダー…安直かもしれないが、アレがカブトの可能性が高い。

 

しかし今の会話の流れだと、カブトはこの人達…ZECTの敵と言う事になる。

この世界を守る為に存在する仮面ライダーが敵と言う事は、この人達がこの世界の“歪み”と何らかの関係を持っていると言う事なのだろうか?

 

亜由美はその事を伏せ、それとなくカブトに関する情報をサツキに訊ねてみる事にした。

 

「あの、カブトってどんなライダーなんですか?」

「……え?貴女、カブトについて何も知らないの?」

(し、しまったー!直球過ぎたあぁぁぁぁ!!)

 

何げなく訊いてみるつもりが、かなりのストレート豪速球で投げてしまったようで、サツキがその質問を聞いて驚いた表情を作っている。

少なくともこのやり取りのおかげで、カブトは知っていて当然なのは分かったが、今度はこの状況をどう打開するかだ。

何と言い訳しようかアタフタしていると、サツキはその様子が可笑しかったのか、クスリと上品に微笑んだ。

 

多々井皐月を知らない人間がこの笑顔を見れば、そんじょそこらの男を一瞬で落とせそうな笑顔なのだが、知っているこちらから見れば正直気味が悪い。それほどまでにギャップが激しいのだ。

 

「貴女、面白いですわね…気に入りましたわ。それじゃあそんな貴女に分かり易くカブトについて教えて差し上げましょうかしら」

 

何だか知らないが、どうやら気に入られてしまったようで、サツキは分かり易くカブトについて教えてくれた。だが、その説明は亜由美が思っている仮面ライダーの常識を覆す物だった。

 

「カブトは高速の世界に潜む、人類の脅威になり得る存在ですわ」


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択