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No.395488
バカテス ホワイトデー或いはツッコミが足りない会話2012-03-21 00:41:01 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:4043 閲覧ユーザー数:3846 |
バカテス ホワイトデー或いはツッコミが足りない会話
「何で僕には時を駆ける能力が備わっていないのだろう?」
自室のカレンダー日付を見れば今日はもう3月13日。何度見直しても変わらない。
それは僕にとって深刻な問題をもたらす日時を指していた。
「どうしよう? お金がない。1円もない」
問題の核心を呟いてみる。
呟いてみた所で問題は解決しない。むしろ問題の深刻さを改めて認識してしまう。
この問題に対する根本的な解決策はただ1つ。
お金を作ることしかない。
だけど、そのお金を工面することが今の僕にはできないでいた。
「先週末にやる筈だったバイトは結局流れちゃったしなあ。もう高値で売れるゲームも持っていないし」
日雇いでする筈だった引越しのバイトは引越し自体がなくなったとかで流れた。
更に先月は出費が多かったのでゲームや漫画を既に大量に売ってしまっている。もうお金になりそうなタイトルは残っていない。
そして今は既に3月13日の夜。これから急にバイトという訳にはいかない。
つまり、お金の工面は出来ない。
「これじゃあ僕は明日のホワイトデーのお返しが出来ないじゃないか!」
これがお金が必要な理由。
僕は先月の2月14日になんと5人の女性からチョコレートを貰ってしまった。
姫路さん、美波、葉月ちゃん、優子さん、玉野さん。
本命の秀吉からチョコを貰えなかったのはちょっと残念。だけど、僕のこれまでの人生で最も多くのチョコを貰えた日であったのは間違いない。
きっと今後の人生でもこんなにチョコが貰えることは決してないだろう。
そう、先月の僕は人生の最良の時を過ごした。
「良い思いをしたのだからお返しするのは当然。なのに、僕はお返しする能力さえもないダメな男だと言うのかあっ!?」
先月は姫路さんや美波と一緒に映画に行ったり、葉月ちゃんと遊園地に行ったり、優子さんとプロレス観戦に行ったり、玉野さんと同人誌即売会に行ったりした。
その結果、切ないまでに散在してしまった。もうクッキーを買ってみんなに返すほどの財産的余裕もない。
というか、僕自身ここ数日口にしたのは公園の水と塩だけ。あまりにもギリギリのラインを生きている。
だけど、今重要なのは僕の命じゃない。
如何にしてチョコをくれた女の子にお返しをするかという誠意の問題なんだ。男の礼儀とプライドの問題なんだっ!
「こうなったら仕方ない。最終手段だ」
この手だけは使いたくなかった。僕の人間としてのプライドはこの最終手段を使うことに対して警告を発している。
でも、今重要なのはプライドじゃなくてチョコをくれた女の子たちへのお返しだ。
「雄二に台所と材料を貸してもらおう」
雄二を頼る。これが僕の持つ最終手段。
雄二に頼むのは癪だ。それに後で何を要求されるかわからない。
でも、そんな僕の保身を考えていたのでは女の子たちにお返しなんて出来ない。
「よし。早速雄二の家に行こう」
僕は決意が鈍らない内に雄二の家に向かうことにした。
「雄二がお金を貸してくれないのはわかっている。だから何としてでも材料と台所を借りなくちゃ」
雄二の家に向かいながら改めて目標を口にしてみる。
守銭奴の雄二がお金を貸してくれる筈がない。ましてホワイトデーの為のお返しの費用など、あの嫉妬深くてかつ僕の不幸大好き男が出してくれる筈がない。
加えて言えば材料だけ貰ってもダメだ。何故なら僕の家は今電気もガスも止められている。なので料理が出来ない。雄二の家でクッキーを作り上げておく必要がある。
幸いにして一人暮らしが長くて料理スキルを磨いてきた僕はお菓子も大抵作れる。材料と設備さえあればお返しは作れるのだ。
「さて、後はどうすれば雄二から必要なものを借りるかだけど……」
雄二はどうしようもない馬鹿だ。でも、悪知恵だけはよく働く。材料と台所の提供の代わりにどんな条件を出してくるかわからない。
僕が逼迫している分だけ無茶な条件を出して来る可能性は高い。
雄二の提案を結局は呑まなければいけない僕としては気が重い。でも、仕方ない。
「とにかく、みんなからのチョコのお返しをしなくちゃ」
僕は使命を第一優先することにした。
目の前に見知った2階建ての一軒家が見えて来た。
雄二の家だ。
ごく普通の一軒家。その筈なのに大魔王の居城のように見えているのは僕の動揺を反映してのものだろう。
恐る恐る近付いてインターホンを押す。
果たして、この先に僕を待っているものは何か?
「……はい」
女の子の小さな声が聞こえて来た。
「あの、吉井ですけど、旦那さんに用があってきました」
「……ちょっと待ってて」
玄関の扉が開いた。
そして中からひよこがプリントされたエプロンをつけた霧島さんが出て来た。
「こんばんは、奥さん」
霧島さんに手を振りながら挨拶する。
「……いらっしゃい、吉井。どうぞ上がって」
霧島さんに先導されて中へと入っていく。
まずは第一関門クリアだ。
「奥さん、旦那は?」
リビングに通されながら霧島さんに雄二の所在を訊く。
「……今、入浴中」
霧島さんはビデオカメラを構えて見せながら答えた。
なるほど。どうりですぐに出て来ない訳だ。
「……雄二は入浴する時、いつも左足から洗う。そしてスネ毛を撫でる」
「へぇ~。さすがは奥さん。雄二のことよく知っているんだね」
「……照れる。いつも雄二のことを見守っているから」
霧島さんは頬を赤らめた。
「そう言えば雄二。この間の強化合宿でシャンプーハットを使って髪を洗っていたよ」
「……それは私の知らない新事実。女湯にいたから雄二の様子を観察できなかった。写真はないの?」
「写真はさすがにないなあ」
「……そう」
霧島さんは落ち込んでしまった。この仕草から本当に雄二のことが好きなんだってわかる。雄二はこんなに美人で頭が良くて一途なお嫁さんを貰えて本当に幸せ者だなあ。
「じゃあ、これは知ってる? 雄二って寝る時に人に抱きつく癖があるって」
「……うん。雄二はいつも私のぬいぐるみに抱きつきながら寝ている」
「へぇ~。寝る時も2人はラブラブなんだね」
「……照れる。でも今夜からは私が抱きつかれたい」
霧島さんはまた頬を赤らめた。本当にこんな良い子が雄二に惚れるなんて世の中はよくわからない。
「それじゃあ、雄二のエロ本の隠し場所を奥さんは把握しているの? 最近の雄二は、やたらと隠し場所にこだわっているみたいでさ」
「……大丈夫。雄二に隠し事はさせない」
霧島さんは鼻から荒く息を吐き出した。
「この間最大級の難易度を誇る隠し場所として、わざわざ学校の教員室に忍び込んで金庫の中に隠したらしいんだけど」
「……その本なら本人の前で燃やしてみせた」
霧島さんはサラッと述べた。学校程度のセキュリティーシステムじゃ霧島さんの愛は止められないようだ。
「じゃあ、霧島さんが機械の操作を得意じゃないってことで、パソコンのフォルダーに貯めていたエロ画像は?」
「……ラダイト運動」
「打ち壊したんだね」
なるほど。パソコンごと壊してしまうのは確かにエロ撲滅に合理的な方法だ。
「じゃあ、僕が雄二から預かっているエロ本は?」
「……雄二の本だけ回収して本人の前で燃やしてみせた」
「なら、何も問題ないね」
雄二に借りたエロ本だけがなくなっていて焦っていたのだけどこれで問題なしだ。
「雄二にエロ本は不要だもんね」
エロ本とはあくまでも彼女がいない男にだけ許された聖なる物品なのだ。
雄二の如き妻帯者が持つことなど許される筈がない。
「……うん。雄二には私がいるからエロ本は要らない」
霧島さんはまたまた頬を赤らめた。
「……雄二が望むなら、雄二が大好きな眼鏡女教師も、団地妻も、女医さんにもみんななる。雄二は私が満足させる」
さすがは霧島さん。雄二の性癖はちゃんと抑えている。
そう。雄二はこんな美少女妻がいる癖に年上属性だったりする大馬鹿野郎なのだ。それでもあんな乱暴馬鹿に愛想を尽かすことなく霧島さんは献身しているのだから偉い。
「こんな良く出来た奥さんがいて本当に雄二は幸せ者だなあ」
幸せを自覚しないなんて雄二の馬鹿はやっぱり許し難い。
「……照れる」
雄二の奴、FFF団の血の盟約によって早く死ねば良いのに。
心の底からそう思う。
「お前ら。俺がいないと延々とボケっ放しの会話を続けるつもりか?」
居間の中に雄二が入って来た。
青いパジャマ姿でしなしなヘアとなった雄二はゲンナリした表情を見せている。
「ああ、雄二。奥さんに案内してもらって上がらせてもらっているよ」
手を振って雄二のへの挨拶とする。
「……妻として案内した」
僕たちの言葉を聞いて雄二は更にダルそうな表情を霧島さんへと向けた。
「翔子はいつから俺の嫁になったんだ?」
「……小学校5年生の時から」
「へぇ~。霧島さんは幼な妻のベテランなんだね」
「……照れる」
17歳の幼な妻は11歳の時から幼な妻だった。幼な妻歴6年という人は今の日本にはなかなかいないだろう。
「俺がいてもお前らはボケ倒すつもりなのか?」
雄二のこめかみがヒクついている。
「……私はいつでも真面目。雄二は失礼」
「僕だっていつも全力疾走だよ。雄二は本気と冗談の違いもわからないなんて本当に馬鹿なんだなあ」
僕たちは表情をムッとさせながら返した。
「確かにお前らに常識を求めた俺が馬鹿だったよ」
雄二もまたムッとしている。
「とりあえず、無駄な会話をしない為に端的に意見を2つ述べる」
雄二は霧島さんを見た。
「……プロポーズ?」
「違うっ!」
雄二はさっそく霧島さんに流されている。本当にダメな亭主だ。
「翔子、お前一体この家にどうやって入った? 玄関にはチェーンロックも掛けておいた筈だぞ」
「……雄二の部屋の窓から」
「馬鹿な。あの部屋には通常の鍵の他に10桁の暗号キーも掛けておいた筈だぞ!?」
「……雄二の考えぐらい一から十までみんな読める。暗号なんてあってないに等しい」
霧島さんはさも当然と答えた。
雄二もいい加減にその単純な思考を全部霧島さんに読まれているんだって認めれば良いのに。馬鹿なのに馬鹿であることを認めないなんて本当に馬鹿な男だなあ。
「……ちなみにその鍵は今暗証コードを変えて雄二の部屋の扉に掛けてある」
「それじゃあ俺が入れないだろうがっ!」
「……大丈夫。『ILOVESYOKO』と入力すればちゃんと入れる」
「畜生っ! 俺は自分の部屋に入ることも出来ねえってのか!」
雄二は天を仰いだ。
「なんだ。雄二の心の声のままの暗号なんだね」
「……雄二が素直になるお手伝い」
きっとこの後、雄二はツンデレしながら自室の扉を開ける歴史を切り開くのだろう。
「誰かツッコミをっ! 木下優子をここに呼んでくれぇっ! 俺には木下優子が必要なんだぁっ!」
「……雄二、浮気は許さない」
スタンガンを放電させる霧島さん。
こんな可愛い奥さんがいるのに他の女の子に目を向けるなんて本当に雄二は馬鹿な男だ。
「何で自宅で風呂に入っていただけでこんな目に~~ッ!? うぎゃぁあああぁっ!」
浮気男の無様な断末魔が坂本家のリビングに響き渡った。
「で、明久。お前は何しにうちに来た? 連絡も寄越さずに突然押しかけて」
霧島さんの電撃を受けて雄二が復活を果たした30分後。雄二は2つ目の意見とやらをようやく述べた。
「ちょっと台所と料理材料を貸してもらおうと思ってね」
本題を述べる。
姫路さんたちにお返しのクッキーを準備できる瞬間がようやく訪れた。
後は雄二がイエスとさえ言えば早速準備に取り掛かろう。
「却下だ」
「ありがとう。早速使わせてもらうよ……って、ええ~~っ!?」
立ち上がろうとして盛大にずっこける。
この男、わざわざ家にまで来て頼み込んだ僕に対して却下と言い切ったよ。
「何でぇ~っ?」
「何ででも却下だ」
冷血漢は理由説明さえしないままに却下を繰り返した。
何故この鬼外道は僕の頼みを無下に断るのだろう?
理由は何か?
僕を台所に入れたくない理由。それは……っ!!
「さては雄二っ。貴様、霧島さんと裸エプロンプレイをして楽しんでいる聖地に僕を入れたくないんだなっ! この、変態エロ男がぁっ!」
雄二がムッツリーニを失血死に至らしめるような破廉恥の限りを尽くしているからに違いない。
「そんな訳あるかぁ~~っ!」
雄二が絶叫する。その横で霧島さんは手を添えながら頬を赤らめた。
「……吉井に私たちの恥ずかしい秘密がバレてしまった。ポッ」
「翔子も平然と嘘吐いてんじゃねえよっ!」
「霧島さんが認めているのに雄二が否定しても説得力ないよ」
そんな恥ずかしいプレイを女の子が認めているのに男の雄二が認めないとは。本当に女の子関係では意気地の欠片もないクズ男だ。
「……台所にいる時の雄二はいつもより荒々しい。私は雄二に求められるままに翻弄されてタジタジ」
「平然と嘘を並べるなっ! 俺の料理をお前に手伝ってもらっているだけだろうがっ!」
「幾ら夫婦だからって嫌なことは嫌ってちゃんと言わないとダメだよ。雄二の変態鬼畜性癖を付け上がらせても2人にとって良いことは何もないよ」
「……それでも私は雄二の求めに応じたい。だって私は雄二の妻だから」
霧島さんはまた赤くなった。
「お前らっ、俺を変態鬼畜に勝手に設定した上で延々と嘘トークを続けるなぁっ!」
霧島さんの現状がとても大変なことはよくわかった。
美人で頭も良く凛とした雰囲気を放っている彼女は学校でも男女問わず人気が高い。
そんな霧島さんが家では馬鹿で鬼畜でエロで粗暴な雄二によって酷い目に遭っているなんて……。こんなの絶対おかしいよっ!
僕に今出来ること。
それは友達である霧島さんを雄二の鬼畜の魔の手から少しでも解放してあげること。そして変態雄二の鬼畜性癖を少しでも改善することだ。
「改めて言うよ。雄二が霧島さんのことを想って真人間に更生する気があるのなら僕に台所を貸して欲しいんだっ!」
拳を握り締めながら熱く熱く語ってみた。
「……雄二。私からもお願い。いずれ生まれて来る子どもからパパは変態なの?って聞かれないように吉井に台所を貸してあげて」
霧島さんも潤んだ瞳で雄二を見上げた。
やっぱり、雄二の変態性癖を受け入れるのは霧島さんにとっても辛かったんだ。
「夜中に呼んでもいない訪問者に2人も押し掛けられて、散々弄り回されて、勝手な要求されて……何で俺が加害者みたいな口調で喋られなきゃいけないんだよ!」
雄二は大きく舌打ちした。
「それじゃあ台所は?」
「絶対貸さねえっ!」
やはりこの何色の血が流れているのかわからない冷血漢に人間の情を求めるのは無理だったか。
仕方ない。
ならこちらももっとビジネスライクに交渉に入るとしよう。
「霧島さんは雄二にバレンタインのチョコを贈ったんだよね?」
霧島さんに顔を向け直して尋ねる。
「……勿論。全身全霊を篭めた私の等身大チョコを贈った」
霧島さんは鼻息荒く語った。よほどの自信作だったらしい。
よし。好都合だ。
「霧島さんの言うことに間違いはないよね、雄二?」
「ああ。翔子の言うことに間違いはねえよ。造形があんまりにも精巧過ぎて扱いに困ったがな」
雄二は顔を背けながら舌打ちした。
「へぇ~」
雄二の奴は絶対最初に胸の部分に齧り付いて食べ始めたに違いない。このスケベはムッツリおっぱい星人だから間違いない。
「それで雄二は霧島さんからそんな愛情いっぱいのチョコレートを貰って、それに見合うだけのお返しを準備したの?」
雄二に向けてニヤッと笑みを浮かべてみせる。
さあ、ここからは僕のターンだ。
「どうなの、雄二? まさか、霧島さんの愛情の篭ったプレゼントに対して適当な既製品を贈ってお茶を濁そうなんて考えていないよね? 最高に真心篭ったプレゼントを準備しているんだよね?」
霧島さんへと顔を向ける。
「……雄二っ」
恋する少女はとてもピカピカした瞳で雄二を見ていた。
「ウグッ!?」
女の子の純粋な気持ちにとても弱い雄二は大げさ過ぎるほどの動揺を示している。
「それで、雄二は一体何を霧島さんにプレゼントするんだい?」
再び雄二を見る。先ほどまでと違い、その表情にはどこにも余裕が感じられない。本当に女の子が絡むと弱い男だ。
「これから、作る……クッ!」
雄二は苦々しそうに下唇を噛んだ。
ここで霧島さんの為に既に買ってあるのだろうプレゼントを渡すと言えないのが坂本雄二という男だ。
コイツはどこまでも女の子に優しく、そして男としてのプライドを無駄に守ろうとする。
それはつまり、僕が付け入れる隙を提供してくれることを意味している。
「作るって、何を?」
僕と雄二がしているのはもう勝負が見えている積み将棋。雄二はもう僕に降参するしかないのだ。
「…………翔子に負けないお菓子をだよ」
本当に馬鹿な男だ。自ら進んで敗退の道を突き進んでいる。
「……雄二が私の為に。嬉しい」
霧島さんが両指を首ながらポォ~と雄二を見ている。雄二からの手作りプレゼントを期待しているのは間違いない。
これで、外堀も内堀も埋まった。
後は、本丸を攻め落とすのみ。
「雄二はバーベキューとか焼き物系の料理は得意だけど、お菓子は作ったことがあるのかなあ?」
「………………ねえよ」
雄二は不貞腐れたように小声で呟いた。
「えっ? 何? 小さくて聞こえなかったなあ~」
耳に右手を当てながらわざとらしく聞き直す。
「ねえって言ったんだよ。俺は甘いお菓子とかほとんど食べないから作ったこともねえよ」
「お菓子作りの初心者なのに上手く作れるって言うのかな?」
「そんなもん、本かネットでレシピを見て後は根性で何とか……」
「雄二はお菓子作りを甘く見すぎだよっ!」
指を差しながら雄二のぬるい根性を非難する。
「お菓子作りは経験と適切な分量配合、時間調節が命。雄二のような根性じゃ、姫路さんの暗黒物質みたいな物しか作れないっ!」
「グッ!」
雄二が大きく仰け反る。
「初めてのお菓子作り。しかも上手に作ることが至上課題となっているなら優秀なコーチが必要だよ」
「ググッ!」
更に仰け反る雄二を尻目に霧島さんを見る。
「まさか、プレゼントを贈る相手である霧島さんにコーチをお願いする訳にもいかないよね?」
「…………チッ!」
雄二が大きく舌打ちした。
「改めて尋ねるよ。僕は雄二に台所と材料を提供して欲しい。その際に雄二が横で何をしていようと構わない。僕は全ての手順を何度も口に出しながら作業するだけだから」
改めて雄二へと向き直す。
「さあ、どうする?」
雄二の目を覗き込む。
全ての駒は進め切った。
後は雄二の解答を待つのみ。
「…………っ」
一瞬の沈黙。
そして──
「クソっ。明久に手玉に取られるとはな……」
遂に雄二は降伏を宣言した。
「明久に台所を貸してやるよ。材料も全部自由に使って良い」
雄二は悔しそうに目を瞑っている。
けれど、雄二の態度なんか僕にとっては大きな問題じゃなかった。
「ありがとう雄二。気前が良くて助かるよ」
僕にとっては台所が使えるという結果が重要なのだ。
これで姫路さんたちにお返しを準備できる。
僕は人生に勝利したんだぁっ!
「……待って。雄二、吉井」
早速台所に向かおうとする僕たちに霧島さんが呼び掛ける。
「どうしたの?」
嫌な予感がしているのか顔をしかめる雄二に代わって僕が尋ねる。
「……坂本家の台所でお菓子を作る場合には絶対に守らなくてはいけない大事なルールがある」
「大事なルール?」
「……うん」
緊張しながら話の続きを待つ。
そして霧島さんは坂本家の恐ろしい習慣を口にしたのだった。
「……坂本家ではお菓子を作る場合、必ず裸エプロンで調理しないとダメ」
「えぇええええぇ~~っ!?」
その余りにも危険なしきたりに驚きの大声を上げてしまった。
だって、そんな恐ろしい家内ルールが存在するだなんて。
「……私がこの家でお菓子を作る時はいつも裸エプロン。私は坂本家の嫁だからこの家のルールには逆らえない」
霧島さんが両手を頬に当てながら恥ずかしがった。
「霧島さんが裸エプロンで調理っ!?」
その光景を想像して思わず鼻血が出そうになる。
僕はムッツリーニじゃないと唱えながら何とか血液の放出を堪える。
雄二の奴、幾らお嫁さんだからって何て破廉恥なルールを適用しているんだ。
「ちょっと待てっ! 坂本家にそんなルールはないぞっ!」
雄二が叫ぶ。その顔は真っ赤だ。このスケベ、霧島さんの裸エプロン姿を想像しているに違いない。
「……坂本家の一員である私が決めた。私が守っている。だから、雄二も吉井も守らないとダメ」
「どんな無茶苦茶な理屈だ、それはっ!」
「くぅっ! 悔しいけれど反論の要素をどこにも見出せない完璧な論法だ」
強いて反論するなら、僕も霧島さんが坂本家でお菓子を作っている姿を見てみたい。
後で姫路さんや美波や優子さんに殺される結果になっても構わないから見てみたい。ただそれだけ。
「……さあ。雄二、吉井。裸エプロンになるの? それともお菓子作りを諦める?」
僕らに苦渋の決断を強いてくる霧島さん。
やっぱり雄二みたいな馬鹿な小物とは訳が違う。この家での本当のラスボスは彼女の方だったんだ。
「……私は2人の邪魔をしない。ただ、雄二の姿をビデオ撮影するだけ」
霧島さんはビデオのファインダーを覗き込みながら言った。
「……さあ、どうする?」
「そんなもんっ、お菓子作りを諦めるに決まって……」
「坂本家のルールに従うよ」
姫路さんたちが僕のお返しを待っている以上、他の選択肢なんて存在しない。
「雄二と2人で裸エプロンになるよ」
「何で俺までそんな気持ち悪い格好をせにゃならんのだっ!」
プライドばっかり高い雄二の文句はこの際放っておく。
「……うん。雄二も吉井も女子から人気が高いのも納得。それで、良い」
霧島さんは無邪気な表情で微笑んだ。
こうして僕は遂にホワイトデーのお返しを準備することに成功したのだった。
大事な何かを引き換えにしながら。
了
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