No.392682

Re@l Voc@loid【リアル・ボーカロイド】 第一話

萌神さん

とある美術大学に通う男子学生、結城唱は不思議な出来事を通じて一人の少女に遭遇する。 その少女の正体とは―――。

まずは第一話お読み下さい。
ボーカロイドが現実にいたら…そんなお話しです。

2012-03-16 21:54:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:549   閲覧ユーザー数:549

 その囁きは天使が発した物だと青年は一瞬そう思った。

 

「ラ―――」

 

 ただ一度、ただ一言だけの短い音節。だが、その発生源が自分自身にあると気付いた青年は、混雑するバスの車内で自分を取り巻く乗客達に対し小さく頭を下げ「すみません」申し訳なさそうにと詫びた。

 青年は天使の声の発生源をジャケットの胸ポケットから取り出した。ありふれたスマートフォンのディスプレイにアプリケーションが立ち上がっている。

「またか……」

 それを見た青年は小さく呟いた。

 大学への通学手段であった愛用の自転車が盗難に遭い、已むなく、ここ数日市営バスで通学しているのだが、初日から同じ現象に悩まされている。勝手にスマートフォンにインストールしてあるアプリが起動してしまうのだ。そして、起動したアプリケーションが奏でる天使の歌声は、決まっていつも同じ場所に差し掛かった時に聞こえて来る。そのように思えるのだ。

 

 結城唱(ゆうき しょう)はとある美術大学のデザイン科に在籍する男子学生である。

 午前の講義を終えた唱は、同大学の音楽科に在籍する友人、入江貞之(いりえ さだゆき)と学食で昼食を摂っていた。二人の専攻は違うが、高校時代からの付き合いであり、親友と呼べるほど互いに信頼を置いている間柄でもある。

「はっはっはっ! 勝手に立ち上がるアプリ、か……オカルトの類か都市伝説か、個人的にはお前のスマホがウィルスにやられてるんじゃないかと心配するがね」

「……やっぱり信じてはくれないか」

 唱は最近になって頻発している朝の現象について貞之に話して聞かせていたが、話した事を後悔し始めていた。だが親友と疑わない者でも、この類の話しは真剣には聞かない物だ。

「悪い悪い。お前が嘘や、そう言った冗談を言わない奴だってのは解ってるが、なぁ……」

 半笑いの貞之に対して無言でカップのコーヒーを口に運び、無言の抗議をして見せると、貞之は宥める様に訪ねて来た。

「ところで、立ち上がるアプリってのは何なんだ? 毎回違ったりするのか?」

 唱は無言でスマートフォンを取り出し、アプリを立ち上げると貞之に示した。最初は面白がる素振りだった貞之だが、スマートフォンの画面を見るや、その顔が真顔になっていく。だがそれは唱の話を真に受けて、と言うよりは別の理由がありそうだった。

「いや、まあ……機械なんだから、何かしら調子が悪かったりする時もあるって、ほら電磁波とか、いろいろとな……」

 空気を察した唱はこの話をした事を後悔し始めていた。少し真顔で貞之が続ける。

「偶然を気にし過ぎじゃないか? タッチパネルを何かの拍子に触ってしまってる。なんて事はたまにあるぜ?」

「ああ……うん、僕もそう思うよ……」

 唱は曖昧に返事をしながら、椅子に置いていたショルダーバックを肩に掛けると席を立った。

「お、おい、もう行くのかよ」

「講義は午前で終了だからね。今日はもう帰るよ」

 唱はそう言って座っていた椅子をテーブルに戻す。そう言われれば貞之に彼を引き止める用件も無い。

「そうか……じゃあ、またな。それから……あまり思い詰めない方が良いぞ」

 去り際に見せた唱の背中に貞之は声を掛ける。その調子には何処となく彼を労わる響きがあった。

「……解ってる……解ってるよ……」

 唱は自分に言い聞かせる様に背中で答えた。

「あれから、もう三ヶ月も過ぎたんだ……解って……いるさ」

 

 

 昼下がり。うら若き学生が行き来する華やかな午後のキャンパス。いかにも青春を謳歌する若者達の楽しそうな光景とその側面。自分もかつてはそちら側にいた気もするが、今の唱にはそれが思い出せない。

 居た堪れない気持ちで学園を出た唱は駅前へと向かうが、最近利用しているバスターミナルへは足を運ばず、商店がひしめくアーケードを抜け徒歩での家路に着いた。

 唱が住むアパートから大学までの距離は約3km、普段使っている自転車で片道約10分程であるが、歩く事に不慣れなインドア現代人が自分の足で移動するには若干堪える距離でもある。だからこそ自転車が盗難にあってからは路線バスを利用していたのだが、その日少し考え事がしたい気分であった唱は徒歩での帰路を選択したのだ。

 悩みの種は、ここ三ヶ月ほど唱の心を覆って晴れない心の靄だ。苦しいのは、その原因が解らないからでは無い。原因ははっきりしているが、それをどうする事もできない自分の不甲斐無さのせいだと唱は考えている。

 

(そう・・・…あの雨の日から……自分の心は止まったままだ……)

 

 唱の瞼の裏と耳には、あの日の灰色の光景と雨の音が焼き付き離れない。忘れたくても忘れられない記憶が、まるで唱を責めるように頭から離れない。

 

「ラ―――」

 

 陰鬱な思考から意識を現実へと呼び戻したのは、その日二度目となる天使の歌声だった。

 唱は胸のポケットからスマートフォンを取り出した。やはり、"あの"アプリが勝手に起動している。辺りを見渡すと、そこはバスに乗っている時に歌声が聞こえて来た場所の付近であった。

(やっぱり……これは偶然なんかじゃないぞ……)

 偶然も三度起これば必然、と言う言葉もある。唱はこの現象を単なる偶然だとは思えなくなってきていた。

 偶然は必然―――と、すればその必然を起こした真因とは何なのか?

「ラ―――」

 歩を進めると更にもう一度歌声が響く。それは一度や二度だけではなく断続的に奏でられている事が解った。そのエンジェルボイスは一つの音階ではなく不規則な旋律となり続いている。間も無く唱はその奏で続けられる歌声からある事実に気付いた。

(声の間隔が短くなってる?)

 唱の分析通り、歌声の止む間隔が歩く度に短くなっている気がする。唱は腕時計の秒針でその間隔を計り、それが思い込みではなく事実である事も確認した。

 進む度に短くなる歌の間隔。唱は何時しか歌声に誘われる様に歩き出していた。商店が立ち並ぶ大通りから一つ路地を入り、表通りに比べ人通りの少ない通りにやってくる。見回すとその周辺の建物は低層のテナントビルになっていて学習塾や興信所、更に小さな中華料理屋など数件の店が確認できるだけで、さほど賑わってはいない。むしろ寂れていると言って良いだろう。不景気のせいか大通りのテナントに店子を取られ、借り手の無いテナントが多く見受けられた。唱は一軒のテナントビルの前で足を止めた。

「ラ―――、ラ―――、ラ―――、……」

 歌声はもはや止む事無く続くようにまでなっている。その声は歌と言うより、自らの存在を知らせるビーコンの無線信号の様に感じられた。

 唱は歩道からテナントビルを見上げた。3階建ての建物で1階は高床式でコンクリート打ちっ放しの駐車スペースとなっている。境界ぎりぎりに設置された支柱から看板は撤去されているが、元は小さな何かの会社だったのかもしれない。

「ここで……呼んでいる……って言うのか?」

 一体何が呼んでいると言うのか、自分で発した言葉の意味に唱は鼻で笑う。

 ふと目を移すと駐車スペースの奥に入り口らしき店舗用ガラス戸が見える。唱は辺りを見回した。今付近に人通りは無い……。足早に駐車場に進入し入り口まで近付く。心拍数が僅かに上がっているのが自覚できた。

(何をやっているんだ僕は……不法侵入……立派な犯罪だぞ!?)

 ガラス扉のバーハンドルにそっと手を掛ける。

(敷地に入っただけだ。今ならイタズラで済む……それに廃業したビルとは言え鍵が掛かっている筈だ……開く訳がない)

 息を止めてバーハンドルを引く、カチリと小さな音がしてストッパーが外れ、意に反して扉が開いてしまった。

「なッ! 開―――」

 無意識に発した声に自分で驚き唱は再び辺りを見回した。相変わらず人の気配は感じられない。

(もう十分だ、これ以上は洒落じゃ済まないのは解っている……。だけど……)

 胸ポケットに入れたスマートフォンからは誘うように小さな歌声が響き続けている。

 唱は扉の隙間に身を滑り込ませると建物の中に侵入した。

 

 

 その昔、ドイツのライン川流域にあるローレライと呼ばれる地に、その歌声で船頭を引き寄せ船を沈める少女の伝説があったと言う……。唱の聞いた歌声は果たして天使の物だったのか……それとも破滅を齎す魔性の物なのか……。

 玄関から階段を上り2階へと進む。廊下や室内の窓にはブラインドが下ろされていて辺りは薄暗い。足を進めると足元に埃が舞う。随分と長い間人の入った形跡が見受けられなかった。室内には驚くほど何も無かった。廃業した時に多くの備品を引き上げたのだろう、事務所と思われる空間には部屋の隅に押しやられた数個のワークデスクとキャスターの外れた椅子があるだけだ。

(何をやっている……僕は……早くこの馬鹿げた行動を終わらせよう)

 唱は息苦しさに胸元を緩めた。心臓は早鐘を打つ様に鼓動し、全身に嫌な汗が噴き出している。

 3階への階段を上がり廊下を数歩踏み出した唱は、床を覆う埃の中に見える何かに気付いた。足跡である。しかも状態から見て最近付けられた物の様である。唱の背中に冷たい衝撃が走る。足跡の隣には2つ……いや4つ位の何かを引き摺ったような線状の跡も見える。唱は思わず足を止めていた。此処に来て初めて見付けた人の痕跡だ。その痕跡を残したモノは……今も此処に居るのだろうか?

(嫌な予感がする……それに僕はまだ誰にも見つかっていない。引き返すなら……今だ)

 怖気づき後ずさった唱の耳に再び、あの歌声が届いた。

 自らの存在を必死に訴えるかの様な悲痛な天使の歌声。

 唱の脳裏に鉛色の空と止まない雨音が広がる。

(いや! 此処で引き返す訳には―――!)

 意を決した唱が再び歩み出す。

 足跡を追跡して進むと廊下の突き当たり付近まで辿り着いた。トイレと広い部屋の間にある狭い空間に取り付けられた扉の前だ。"更衣室"と書かれた跡がある。唱は胸ポケットからスマートフォンを取り出した。

「ラ――――――――――――――――――」

 歌声はブレスを挟まなくなり、それは歌と言うより一つの信号と表して良い物になっている。

「此処……なのか……?」

 唱はゆっくりと扉を開ける。ドアクローザーが軋み"くわぁん"と言う不快な音を立てた。室内は細長い空間で突き当りには天井付近にブラインドを下ろされた小さな明り取り窓があるだけで、廊下より一段と暗くなっている。両側の壁面には数個のロッカーが置き去りにされたままになっていた。その部屋の奥に違和感を放つ物体が置かれている。唱はそれに近付き、その物体を調べた。

 それは大きな……人が一人は入れそうな大きなキャリー付きのハードケースだった。しかもそのケースを覆っている埃は今まで室内にあった机等を覆っていた物に比べ明らかに少ない。

(つい最近置かれた形跡がある……? 廊下にあった何かを引き摺った跡はこれか!)

 唱はケースに手を掛けた。ケースを開けようとしてみたが、上下二つにロックが掛けられていて無理矢理は開けられそうになかった。

「クソッ……何とか……」

 唱は肩に掛けていたショルダーバッグを弄り、ペンケースからステンレス製のシャープなカッターを取り出す。刃先を僅かに出し無理矢理ケースの隙間に歯を突っ込むと押し込んだ。カッターが1/6部分まで納まるとテコの原理でこじ開ける。

「グッ!!」

 気合と共にカッターを捻るが無理な加重が掛かった為、キャスターの一つが外れケースが大きく傾いた。同時に上部のロックが壊れ、ケースの蓋が僅かに開き、その隙間からだらりと人の腕がはみ出した。

(なッ! 人の―――!?)

 突然の出来事に驚き悲鳴を上げ掛けた唱がハッとする。はみ出した腕の先にある白く細い指の爪には緑色のマニキュアが塗られている。隙間から見覚えのある緑色をした髪を持つ頭部が僅かに覗いていた。

「こ……これは―――!?」

 突然、小型ファンの回転する唸り音が聞こえ足元から光が覗いた。見下ろすとそれは有機ELディスプレイの輝きで、ノート型のPCが立ち上がっている。スリープモードになっていた物が衝撃で起動したのだろう。ケースに気を取られ存在に気付かなかったが、その画面に映されていたのは……。

「Operating Artificial Intelligence(O-AI) R-V@L-01 innocence. ユーザーの移行登録モードを起動しました。ユーザー登録、または変更するデバイスを起動して下さい」

 システムボイスが表示された文章を読み上げる。それは見覚えのあるシステム画面だった。

「ユーザーの……登録……変更?」

 行き成りの状況に戸惑っている唱の耳に、PCから別の機械音声が届いた。

「バッテリーが残り僅かです。自動でのシャットダウンを開始します。現在使用中のアプリケーションのデータは保存されない場合がありますので、速やかにアプリケーションの停止をして下さい」

「なっ……このPC、バッテリーが切れ掛けじゃないか―――!?」

 アナウンスに従いタスクバーを見てみると、バッテリーの残量は0に近くなっていた。

「Operating Artificial Intelligence(O-AI) R-V@L-01 innocence. ユーザーの移行登録モードを起動しました。ユーザー登録、または変更するデバイスを起動して下さい」

「繰り返します。バッテリーが残り僅かです。自動でのシャットダウンを開始します。現在使用中のアプリケーションのデータは保存されない場合がありますので、速やかにアプリケーションの停止をして下さい―――」

 再度二つのシステムボイスが重なる。

(何が何だか解らないけど、このままだとPCが落ちる)

 状況は今一把握しきれない。だが過ぎ去る時間は残酷だ。考える余裕すら与えないらしい。

 唱はスマホを手に取りディスプレイに目を落とした。そこに有るのは大事な彼女との思い出だ……だが……!

(ここで何もしなかったら……何もできなかったら……僕は一生後悔する……)

 今までも後悔はしてきた。それこそ数え切れないぐらいに。あの時……しておけば……と。その言葉を何度も口にしてきた。失わなくても良い物だってあった。だから此処までやって来た! 今度は……今度こそは!

「あの時もそうだった。だから……ごめん―――!」

 その謝罪は今は此処には居ない者へと捧げた言葉。

 画面をフリックすると起動していたアプリケーションがトップメニューに戻る。それはここ数日天使の歌声を響かせていたあのアプリケーション。

 

『ボーカロイド・マスター・コントロールシステム』

 

 唱はオプションメニューからユーザー登録ボタンをタップした。

「登録情報を移行するデバイスを確認しました。これより、データを移行します。作業中は電源を落とさないようにして下さい」

 無線通信が二つのデバイスを認識し作業率を表すプログレスバーが表示された。

「間も無く、本体をシャットダウン致します」

 その段階でノートPCが自動でのシャットダウンの体勢に移行した。プログレスバーに表示される進捗状況を示す緑色のバーは目視で90%を超えた所まで来ている。

「間に合え―――ッ!」

 気合でタスク処理が上がるなら越したことは無いが、解っていても声に出していた。プログレスバーが緑色で埋まり閉じる。

「データの以降が完りょ―――」

 システムボイスが最後の言葉を言い終える前に、PCがシャットダウンしディスプレイが暗転した。ローッカールームの中はもともと明り取りの窓が小さく薄暗かった為、唱の視界が一瞬真っ暗に染まる。暗順応で薄暗がり慣れるまで数秒を要するだろう。PCの小型ファンは沈黙し室内からは音も消え静まり返った。

(どう……なった……データは!?)

 暗闇に慣れ始めた唱の視界に再び僅かな光が差す。光明を放っているのは、彼が手にするスマートフォン。OSが再起動し再びボーカロイド・マスター・コントロールシステムが立ち上がる。ひょこん、と言う気の抜けたシステムサウンドと共にメッセージが表示された。

 

【ユーザーの登録が正常に完了しました。Operating Artificial Intelligenceを起動します】

 

 カチリ―――。

 

 その音に気付き唱が振り返ると、ハードケースの壊れていない下部のロックが自動で外れケースが開き始めていた。僅かな空気の振動で微かに埃が舞い、薄日の差し込む室内で反射しキラキラと漂う。そのケースの中には小柄な一人の少女が眠る様に納まっていた。灰色のノースリーブ・シャツに黒い光沢のあるフレアスカート、腕には黒い筒状の袖だけを、細く華奢な脚には太股まで長けのあるピッタリした黒いブーツを身に着けた少女だ。

 唱は彼女を知っている。

「やっぱりこれは……君は―――!」

 いや、彼女は唱だけにではなく、世間一般で広く認知されている存在だ。無意識に息を飲む彼の両手は僅かに震えていた。

 印象的な緑色をした足首まで達する長いツインテール。陶磁器の様に白い肌をした左の二の腕に赤く記された『01』の刻印―――。

 不意に少女が瞳を開く。髪と同じ透明な森の湖面を連想させる緑色の瞳が真っ直ぐに唱を見詰める。その視線に気付きハッと息を潜めた。

 

 そう、その少女の名前こそ―――。

 

 

 『初音ミク』

 

 

 【Re@l Voc@loid】 第1話

 

OPイメージ『FREELY TOMORROW』

 

作詞・作曲編曲 MIX Mitchie M

共作詞 ЯIRE

Voc@loid 初音ミク

 


 
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