No.388415

川神無双

アインさん

第一話
『予兆』

2012-03-07 23:14:31 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1935   閲覧ユーザー数:1848

川神市にある寺院、川神院。厄除けの寺院として広くその名を知られ、武術家の鍛錬場所としても有名である。

その川神院の敷地内にある古びた蔵の中で、川神百代がゴソゴソと置かれている物をあさっていた。

「やれやれ……ガラクタばかりじゃないか」

今度川神院でバザーを行うので、商品になりそうな物を探しているのだが、今のところ、収穫はゼロであった。

「ちっ、ろくな物がありゃしない」

積もりに積もった埃を一息に吹き飛ばし、百代は蔵の一番奥へと入っていく。

「お?」

ガラクタにしか見えない物が積まれている棚の奥に、いかにもな箱があるのが百代の目に留まった。

「こいつだけ、やたら厳重に閉じてあるな」

鉄製の箱は大きめの辞典ぐらいの大きさで、太い鎖が巻きつけられ、年代物の南京錠でしっかり封をしてあった。

「これ見よがしだな……なにが入っているんだ?」

百代は鎖を涼しい顔で引きちぎった。世界最強の呼び声も高い彼女にとって、この程度の鋼鉄の鎖など障害になりはしない。

「なんだ……願望、闘争、店主に、贈り物?」

箱の中には古ぼけた手紙と巻物が入っており、手紙の方は所々破れてあまり読めなかったが、巻物には『川神百代様へ』と書いてある。

「私宛ての贈り物?」

百代は微笑を浮かべて巻物を開いた。なぜ、自分宛ての物が封されているのか疑問も持たずに……。

数日後、秘密基地にいつものメンバー、川神百代、川神一子、椎名京、クリスティアーネ・フリードリヒ、黛由紀江、直江大和、風間翔一、島津岳人、師岡卓也、源忠勝が勢ぞろいしていた。

「みんな、久しぶりの『依頼』だぜ!」

軽快なガッツポーズを見せながら、風間翔一が叫ぶ。

『依頼』とは、ストーカー退治だったり、部活練習試合の助っ人だったり。学食の食券を報酬に、様々な『依頼』ミッションをこなすシステムが川神学園には存在する。

「犬退治?」

クリスが目を丸くする。

「ちがうちがう。犬のような人間退治だ」

なぜか自慢げな翔一の言葉に、メンバーの顔にはてなマークが浮かんだ。

「それ、ただの変質者じゃないのか?」

忠勝が途方にくれたような顔をした。

「まあ簡単に言えば、学園に忍び込む侵入者を捕まえてほしい、って話だ。何でも、夜の間に学食の食材だとか、売店のお菓子とか、あと学生が放置しているお菓子なんかを食い荒らしてるらしいぜ」

「なるほど、食べ物ばかり狙っているから犬のような人間、か」

大和がそう解釈すると翔一は軽く頷いた。

「しかも何度も警備員も出くわして、捕まえようとするんだけど、逃げ方が問題らしい」

もったいぶって一度言葉を切ってから、翔一はこう言った。

「消えるだと」

大和は眉を寄せた。

「毎回、いいとこまで追い詰めるらしいんだが、その場でふっと消えるようにいなくなるんだとよ。んで、それが日々日常化しているわけ」

「どうせ、経費削減とかなんとかいって、定年後のおじいちゃんをバイトで雇ってるんじゃないの? 大げさだよ、消えるなんて」

卓也がそんな予想をする。

「いや、うちの警備員、結構レベル高いって聞いたことあるけどな。武道の有段者揃いって誰か言ってたぜ」

岳人が首を捻る。

「ほお……? それでも捕まらないのか」

クリスの眉がぴくりと動く。どうやら少し興味をもったらしい。

「警備会社も結構頑張ったらしいぜ。夜中の巡回人数や回数を増やしたり、睡眠薬入りの餌を用意したり。……でも、全く効果なしだ」

「つまり、それなりの慎重さを持った手強い相手というわけですね」

由紀江が武道の顔になる。こうなると彼女にギャク面は残らない。

「報酬は、一人当たり食券百枚だ」

「おおっ! 今回すげーな」

岳人がたまらず興奮して叫んだ。

「まあな。最初は一人千枚くらいだったんだけど、値切った結果がこれだ」

「でも、それだけ学園側も重くみてるってことだよね?」

京が大和を見た。

「なら、念のためみんな武器を持って行こう。で、さっそく今晩……」

「ストップだ、大和。私は数に入れないでくれ」

百代が手を上げた。

「え? 姉さん不参加なの?」

大和は驚いて聞き返した。

「ああ。今晩は夜間バイトが入っていてな。時間の都合がつかない」

「それなら、決行は後日にしてもいいけど」

「いや、今日は皆に任せるよ。そうだなもしも不安だったら燕に頼んでみてくれ。私の食券が報酬として」

燕というのは同じ百代のクラスの松永燕という三年生。百代の親友であり、かなりの武道の使い手でもある。

「わかったわ! 後は任せて、お姉様」

胸を張る一子に微笑みかけてから、百代は立ち上がった。

「バイトの時間も迫っているし、私はこの辺で失礼するよ。では、またな」

その場を後にする百代。その背を見送ってから、由紀江が呟いた。

「珍しいですね。モモ先輩が依頼に参加しないなんて」

「モモ先輩はあれで義理堅いし、先にバイトが決まってたならしょうがない」

京のコメントに、大和も頷く。

「そうだな。姉さんや燕先輩の力が必要な依頼とは思えないし、俺達だけで片付けてしまおう。んじゃ、今晩の九時、全員校門に集合で」

 

 

――しかし、この大和の甘い読みがのちに起こる『川神無双』と発展するとは、思ってもいなかった。


 
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