<9話 五里霧の中に差す光明 (下)>
・昼食風景 其の弐・
・Let's Bite
注文した数十分後、一同の料理が揃った。 昨夜の夕食が少なかった分、小さい体のわりによく食べる鈴々は待っている間の数分おきに「おなかすいたのだ~…」と言っており、「鈴々何度も言うな。」そう愛紗に突っ込まれていた。
そして今、机の上の料理を凄い勢いで食べているのが鈴々の他にもう一人。
鈴々は鈴々で凄かった。 どこにそんなに入る場所が有るのかと問いたくなる量をかっこみつつ、空になった皿と一・二・三と積んでいく。
その隣、机の角を挟んだ隣で、
はぐはぐはぐっ がじがぶっギギギギ ブチッ がじがじがじがじ!「んっく んっく」ずぞぞぞ ごっくん。「っ、はぁっ!」
「…なんだか…」「凄いですね?」
箸を持った朱里と寧があっけに取られて見るのはそう、一心不乱に目の前の料理を喰らい尽くすかの如くな一刀だった。 凄い勢いとはしても、ほお張るだとか犬喰いだとかをしていないことで下品な印象は受けない。ちゃんと皿は持っているし、箸の持ち方も正しい。 のだが。 今までの振る舞いからは結びつかない様子で、
「くすっ。ご主人様、なんだか犬みたいだよ。」「と、桃香様!」
桃香の言うように、その様子はどこか犬が肉をがっつくところを連想させるものだった。 愛紗も物言いを制そうとはしたが、やはり桃香と同じような印象はあったわけで。
「(ごくっ)犬って… あぁ、確かに時々言われることあったけどでもごめん今は見逃して(がじっ!)」
再び先程喰いついた焼いた鳥の足を持って歯を突き立てる。 がじがぶっ と二・三回噛んで肉を捉えて、狼とかがするように手で肉を離すと同時に頭を引いて鳥の肉を引き千切る。筋が切れなくてギギギギ と動きが鈍って「ぐぅぅ…」と小さな呻りがもれるところなんかは特に獣っぽい。 大き目のシュウマイも一度にほお張ることはせずに一口大に噛み切って咀嚼するが、これもまた箸で持ったそれを『喰い千切る』ってな表現がしっくり来る。
こんな風に一刀が食べるのは稀である。 切羽詰まった空腹でなければこういった勢いでは食事はしないのだが。
「…そこまで切迫した空腹だったのですか? それなのに山中を先行などと…」
「(ごきゅっ)それはそうだけど動ける限りは動かないと。 …にしても、 なんか久しぶりにまともに食べた気がするな(はぐはぐもぐもぐっ)」
愛紗に律儀に答える際もちゃんと口の中の物を飲み込んでから話すのは最低限のマナーであるのは当然として。 即座に残っていた蒸し物を口に入れては高速の咀嚼を次々と。
一刀自身も変だとは思っていて、まるで『何週間も食事をしていなかったような』感覚だった。たしかにこの世界に来る前は寝たきりの点滴での栄養摂取でまともに食事をしていなかった記憶は有るが、それも今の状態の説明には力が不足気味だ。 でも説明なんかは今の一刀には不要。ただひたすらに喰い尽くすまである。
「一刀殿、しっかり噛まないと体にわる ぅむっ?」
そんな一刀に華陀が医者らしいつっこみを入れるが、慈霊が華陀の唇を指ではさんでセリフを中断させる。
「華陀、口に物を含んだまましゃべるのは行儀が悪いと常々言ってますね? ほら、口元に付いていますわ。」
口を抑えた手で慈霊、華陀の口元に付いた野菜の欠片をつまんでそれをそのままぱくりと。 柔和な笑顔のままの慈霊の仕草を桃香や愛紗、朱里とかも意識して頬を赤らめる。 でも、
「む? おぉすまん慈霊。」
…まったく華陀は意識することは無い。 これで夫婦どころか恋人ですらないという華陀ってどうなんだろう。
慈霊は慈霊で、長い付き合いではない一刀達が前だったら少しは華陀も意識してくれるのでは、と計算しての行動だったのだが。 計算は往々にしてプラスアルファによって破綻するものであるのは世の常だ。 内心ではがっかり、だった。
昼食の序盤はそんな感じで進んでいった。
そしてここからが本題と相成る。
・新たなる指標 そして悪魔将軍ネタばらし
「それで、これからどうするんだ?」
一同の腹具合も落ち着いたところで、茶を飲み込んだ華陀が思いついたように一刀に発言した。
「どう、って?」
ただ漠然としすぎなせいで当然一刀は聞き返す。鳥の骨に残り付いていた肉の破片を削ぎとるようにがじがじしていたところだった。
「華陀、主語が抜けていますわ。」
「む、大まか過ぎたか。 これから一刀殿に桃香くん達はどう行動するのかと思ってな。」
「あぁ、それはワタシも気になりましたね? ちょっとばかし気になる部分も出ましたし。」
気になるって? それは折に触れて と桃香に寧が返したところで。
「それはもちろん、今の乱れた世の中を鎮めるためにがんばるよっ」
両の手をぐっと握って、桃香が意気の入った声で言った。
「むぐっ れも、(もごむぐ) 鈴々達だけらとちょっとのことしかれきなくて、」
「鈴々、飲み込んでからしゃべれ。 そう、だからどうすればいいかを模索していたときに、御主人様と出会って今に至るわけだ。御主人様という存在を利用して人々に協力を仰ぐというのも考えられることではあるが… どうすればよいのかはどうにも…」
大きな肉まんをかじっていた鈴々と、それを注意した愛紗によって改めて現状の説明がなされた。
「そう、聞いてます。 それでご主人様は天の はわぅっ… ぇと、とにかく導いてくれるんだ って、認識してます。」
一同は一刀のことを、聞かれてもまずいから天の御使いと言わずにいるので、つい言いかけた朱里は慌てて言い直した。
そう、店のおつかい じゃなくて天の御使いは世を鎮静するとの噂である以上、即ち鎮静を目指す桃香達の前に現れた一刀は桃香達を導く存在という式が成り立つわけ、だが。
「…………、え? 」
話題の流れ上、一刀に皆の視線が集中した。 アニメや漫画の如くに、湯呑み片手の一刀の顔に汗が ツーっと流れる。
「だからご主人様、これから私達どうしたらいいのかな?」
桃香が一刀にそう訊いた。 これに一刀、正直言えば参った。かなり参った。
桃香の煌めくような、愛紗の凛とした、鈴々の無垢な、朱里の、雛里の真摯な期待の目が一刀に向けられるが。
「…………、その、 …ごめん。 俺もどうしたらいいかは分からなくて…」
「でしょうね。」
どうしたらいいかは分からない。 このセリフに皆が『え?』ってな表情になったところで、寧が驚いていない声音で繋げた。
「え… 分からない、とは」
「それに寧さん、でしょうねって…」
愛紗と朱里が戸惑った声を上げると、
「そもそもご主人サマは全く違う、…文化、でしょうか? ともかく違う場所から来ているとのことですから。 第一品書きの字すら全く読めないって時点で、ワタシはこの国で渡り歩くための知識や常識とかは期待出来ないなって思いましたよ。 あぁ、役立たずだな とかは思ってませんのでそこんとこよろしくですよ? たぶん慈霊さんも同じ考えじゃないんです?」
「あら、私も巻き添えですか? 前半は同意見でしたが。」
寧は淡々と表情変えずにつらつらと見解を述べた。 最後に直球を投げ込んだりしたが、先に寧が言った気になる部分とはまさにこのことだった。
「!! ねね寧さん! あのすいませんご主人様皆さんっ 寧さん本当にそんなこと考えてませんからっ!」
かなりの皮肉に聞こえる寧の物言いを朱里がフォロー。 何度も言うが寧は思ったことをそのまま言ってるだけだから字面通りである。
そのあたりはもう一刀もなんとなく分かっているから慌てる朱里をなだめて、
「とにかく情けないけど俺はこの国でどうやったらいいのかは全然分からないからな…
ん そうだ、朱里達ならこうするとか、何か考えとか無いかな? 雛里も、寧も。」
素直に役に立てない旨を示すが、ふと思いついたことを朱里達に向けて言った。
「え…? はわ!? わ、私達、ですかっ!?」「…!!」
これに朱里と雛里が慌てた反応を。 理由としてはいきなり振られたこともあるが、
「で でも、ご主人様の代わりに何か言うなんてそんな… ご主人様はごひゅ人様だから仕える人がご主人しゃまに言うにゃんて」
てんぱって噛みつつしかも文面が単語リフレインになるという妙技を披露するが、別段苦言ではなくとも主に何事かを物申すということに抵抗があるのも理由であった。 朱里も今更一刀が言葉の端々に揚げ足取りして怒ったりするような人間とは思っていないが、それでも目上の人間に逆らったらいけない意識は付いて回る。何よりもやはり『天の御使い』であることは大きい。
そのせいで今現在はわはわしている朱里に一刀。
「や その、ご主人様ってことになってるけどさ、俺は寧が言ったみたいに文字は知らないしどうしたらいいかなんてのも全然分からないし。 だから朱里達に頭を貸してほしいんだよ。
それと主従とか上下とかも柄じゃないからな、…そう、仲間、とかのほうが俺はいいな。 だからそんなに遜ったりせずに対等にいこう。 愛紗もそういうことにしてくれないか?」
「いえ、それは…」「でも…」
一刀の提案だったが、話を振られて愛紗、次いで朱里の二人は それはちょっと… な表情。
天の御使いであり また自分達の主でもある一刀は同等でいいと言うが、だからといって己を対等にするなどとはやはり意識の上で不可能なのだろう。
でもこのまま逡巡していても話が進まないだけなので と考えてのことではないが寧が促す。
「待った。 愛紗さんに朱里ちゃんも、主とした人がこう言ってるんですから。 主とするならちゃんと命に従って気軽にしないといけないのでは?」
「えぅぅ… でもそれって矛盾してる気がしますよぅ…」
「いやだから命令とかじゃなくて」
「まぁとにかく。 ご主人サマがそう言うなら対等にいきましょう。 これで変に気を遣う必要がなくなりますね。」
そう言う寧が気を遣っていたようには見えない とかは言ったら駄目です。
「ですがワタシ達の意見をそのまま採用はしないでくださいね? それだとワタシ達の意思で方向が決まってしまうことになるので。」
寧のマイペースによって話は進む。 特別語気が強いわけではないのだが、どうにも寧の作る独特な流れに逆らえず朱里に雛里、愛紗は反論の機を失した。
「それは …情けないけど愛紗や桃香に任せていいかな? 俺も分かる部分は考えるから。」
「…分かりました。 では何か、思うことがあれば言ってほしい。」
話の流れから一刀と対等云々の件を混ぜ返すことは出来なくなり、仕方無しに愛紗は朱里達に提案を促した。
それに朱里が先んじて答える。
「そう ですね、 …やっぱり、ご主人様って存在を使うにしてもその前に相応に名をあげる必要は有ると思います。 じゃないと噂を利用して人心を惑わす輩、みたいに思われて官軍さんとかに捕まったりしちゃうかもしれません。」
状況を利用してバカを企む輩はいつの世も存在しうるものなのだろう。 せっかくの本物の天の御使いがそんな馬鹿に成り下がってしまえば元も子もない。
「でも、名をあげるってどうやったらいいの?」
桃香による疑問に答えたのは雛里だった。
「ぇと、 どこかに、仕官する とか…」
大勢相手との話し合いは苦手な雛里だが、ちゃんとお話しなきゃとの意気は常に心にある故になんとかどうにか発言。 それでも落ち着かない様子でついついいつもは頭に被っているつば広帽子に手が行きそうになるのは仕方ない。
「それが手っ取り早いでしょうね? 客将としてでも仕官できれば、そこでの武勲をご主人サマのものとして貰って名をあげるってのも可能ですね。」
「成程な。 しかも一刀殿はあれだからな。 名が広がるのもそれだけ早いというものか。」
雛里の言葉を継いだ寧にあわせる華陀の言う『あれ』とは御使いであることだ。
「ご主人さま 強いから、 名ありて実なしも、 無いです…」
ぶつ切りの物言いではあっても発言を とがんばる雛里の言葉を慈霊も補足する。
「ですね。 一刀さんだけでなく愛紗さんも鈴々ちゃんもお強いでしょうし、あの水鏡塾の生徒である朱里ちゃん達なら頭脳面での評価もされるでしょう。桃香さんも私達が付いて行く以上、医療面で貢献できることでしょうね。」
「と、こういったかんじですが。 どうでしょう?」
寧の一旦の区切りを受けて、今までの複数面からの情報を整理。
「成程、客将として仕官、か… と言うかやはりそれが…」
「あ ごめん、そういえば客将って具体的にどういうのなんだ? なんとなく忠誠とかとは遠い印象だけど。」
何事かを呟き気味に独白した愛紗に、言葉の途中に割り入るのは悪いとは思いつつ一刀は問う。
「は ぃ …ご、御主人様。先程は流れましたがやはり我らの上に立つ貴方がそのように腰低くなされる必要は無くもっと毅然としていただかなければ私としても」
「おや、愛紗さんは語気強く命令されて従うほうが好みなんです? まぁ分からなくは無いですが。」
「好み云々ではなく って! いや私にそんな趣味は無いくて!」
「いえむしろワタシは歓げ」
「ちょっと待て何の話してたんだっけ俺達!」
またもや一刀の態度がどうこうの話題はおかしくなり、結局対等であることのあれそれは流れ流れてどこぞの海へ。 そして寧は何を堂々とカミングアウトしようとしてるのコラ。
「えぇとそう だからそうだ! 客将ってのはあれだ、傭兵みたいなのって考えればいいのかってこと!」
「ゴホンッ! …あ ながち間違ってはいません。 短期なり長期なりはありますが、己の手腕を売るのが客将です。」
なんで反応したのかと数秒前の自分に問いたい気分ではあるが、そこは一刀がせっかく話題を戻したところなので気を取り直して愛紗は答えた。
「えっと じゃあ、じゃあまずはどこかに仕官するのがいいんだね。」
先行きが見えてきたことで桃香の顔に活気が加わる。 この時点では未だ確定事項ではないが、一応の議題としては良題だろう。
「…でも朝廷の人達がだめになっちゃったから世の中が乱れてるんだよね…、太守さんや刺史さんとかもだめになってたりするのかな…?」
実は桃香達が仕官の考えに至らなかったのにはこの印象が根底にあったことにも因っていた。 上の文にもある、愛紗が何事かを呟いていたのはこのことである。
そこに、
「全部が全部そうでは無いでしょうが。 仕官するのでしたら選ばないといけな あ、そういえば。」
「あぁ、ここらを治めている太守は善政をしていると聞いたな。」
意思を共有でもしているのかと思いたくなるほどに阿吽の呼吸で華陀と慈霊がふと発言。
「! そんなの聞いたっけ。 確か朱里達もその人を目指してたって話だったっけ?」
「…その人かどうかは分かりませんが、この辺りの太守さんと聞いてますから、たぶん。」
そう、この辺りを治めている太守は善政を敷いているとの話は一同の周知の事実ではある。
しかし食事で落ち着いたせいか、
「自称『悪魔将軍』って方でしたか。」
『ぁ…………』
ド忘れしていたのであろう一同の中に、この単語が寧によって改めて再来したことで妙な空気が漂った。
「ではその方に仕官します?」
桃「待って寧ちゃん、ちょっと待って?」朱「はい… いい政治してるのは確かだとは思う、 んですが…」雛「悪魔、将軍…」
鈴「悪い奴、じゃ無いのだ?」愛「善政をしているとは聞いているが…」慈「ですがそれも評判を操作しているのでなければ、ですね。」
寧のセリフに次いで一斉に女性陣から声が上がる。一斉過ぎてセリフの前に個人名を書くというこの作者にしては珍しいことをしてしまったほどである。
内、慈霊はそう気にしてはいないのだが可能性も無くは無い余計な推測をしてくれた。
「まぁ言ってみただけなんですけどね?」
因みに寧、冗談とかの意すらなく本当にただ言ってみただけである。
そんなどうにも『悪魔将軍』なるフレーズに不信感を拭えない女性陣に対して、華陀と一刀は割と前向きだった。
「ふむ、 だがなんにしてもいい政治をしてるという話だからな。 考えておくべきなんじゃないか?」
「じゃあもう一回この街の人から聞いてみないか? 聞いた話も又聞きってことだったし。」
そう一刀が言ったところに、
「おっ 旦那方、いらしてたんですね。」「あぁ、彼らが話の。 いやぁこいつを助けてくれて感謝しているよ。」
そんな声が掛けられた。 声に目を向けると音源は道中に一刀達に『悪魔将軍』の話をした男性だった。後ろには友人らしい細身の男がもう一人。
旦那というのは一刀のことで、他にもそう呼んできたのは何人か居たが一刀としてはこそばゆいような心境である。
「だから旦那ってのは… まぁいっか。 あ 丁度良かった、 ここらの太守だっていう『悪魔将軍』って人のことをもう少し詳しく聞きたいん」
旦那呼びに反射的に反応するが、もう諦めて悪魔将軍についてを聞いた。 すると言い切る前に、
「ん? ちょっと待ってくれるか、 …悪魔将軍? 誰だいそれ?」
後ろの細身の男性が『?』な表情で妙な疑問を。 …いやまぁ、読者からすればもう分かりきってることだろうけど、一刀達からすれば妙な疑問であった。
「誰って… ここの辺りを治めてる太守さんです。 悪魔将軍って名乗ってるって、その人や他の人から聞いたんですけど…」
桃香も相手の反応が反応なだけに戸惑った顔だった。 なにせ道中多くの人が言っていた話が通じていなくて、第一『悪魔将軍』なる大仰にして大それた異名を名乗るしかも一帯の太守のことを、名前を忘れるのはともかくより近い場所に住む者が知らないなどとはありえないことだ。
「へぇ、最近そう名乗ってるって。 おまえ前に言ってただろうよ、普通なわりに悪魔将軍って大層な名を名乗ってるって。」
「や 何を言ってる、太守のこうそ …待て、悪魔将軍? …悪魔、 あくま…… はくば…」
少し間を取って何事かをぶつぶつと呟く男性。 かと思いきや、
「くっ、 ははははははは! そうかそういうことか、悪魔将軍か! 成程な っ、くははは!」
周囲の客に気遣いつつも笑い出した。 ぽかんとした一刀達。 そこに追加の皿を持った店主が顔を出す。
「ん? よぉおまえか。 ったくなに笑ってやがんだよ、一行方に絡むんじゃねぇ。 飯ならほれ、今向こうが空いたから」
「いやいや、 飯はそうなんだが、 くっ 聞いてくれるか、こいつが彼らに太守様のことを悪魔将軍って話したらしくてな? おかしくってつい、な。」
何事かがツボにはまったのは明白だったが、悪魔将軍の何がそこまで面白いのか。 そのネタばらしはここからです。
「悪魔…将軍? 何言ってんだ、名乗ってるのは『白馬将軍』だろうが。」
『白馬将軍』 店主によってもたらされたこの単語に、一刀がとある人物を思いついた。
「白馬、将軍って… それってもしかして公孫瓉 伯珪、って人じゃ…?」
「そうそう。 ん、遠くからの通りすがりと聞いていたけど、太守様の名を知っているということは知り合いかい?」
そしてこの言葉に連鎖反応が起こる。
「こうそんさん…はくけい…って、 あっ、白蓮ちゃんだ!」「! それです私達が仕官しようとしてた人!」「あぁそんな名前でしたね。」
桃香と朱里と、言葉は出さなかったが顔を向けて目で雛里も訴えて、湯呑みを両手で持ってちびちび飲んでいた寧も平坦に反応した。
「そっか太守って公孫瓉のこと あ、だったらもしかして桃香の知り合い… 同じところで勉強した仲、とか?」
「! そうなのご主人様っ、白蓮ちゃん私と一緒に勉強してたんだよ。 真名も交換してて あっ たしか前に太守さんになったって話してくれてた!」
手を合わせて嬉しそうに言う桃香だったが、
「何故御主人様はそこまで… あぁ 天のちし いやそのっ! …ゴホンッ ですが桃香様、真名を交換した相手のことを忘れるのはどうかと思いますが…」
つい『天の知識』などと口走りそうになって慌てて取り繕った愛紗の言葉にわたわたと。
「あぅ… ち、違うよ忘れたんじゃなくて思い出せなかっただけ、だよ?」
同じなような気がするが、違うというなら目を逸らすな。
「ん? 桃香おねえちゃん、真名交換した人のこと忘れてたのだ? …やれやれ、なのだ。」
「だから忘れてないのっ! やれやれなんて言わないでぇ!」
鈴々にすら呆れた仕草をされ、目がちょっと潤みながら弁明する桃香を横に朱里達にも事情を聞くことに。
「朱里達が言ってた人も公孫瓉なんだ?」
はわぅ…それって言っちゃった… と、連鎖反応の際に『それ』呼ばわりしてしまったことを自省していた朱里だったが気を取り直して一刀に応じる。
「は はいっ、二文字性だったから覚えてて… いえあのその、忘れてたのは、そう ですけど…」
顔を赤らめつつ素直に忘れていたことを吐露する朱里の一刀への応対を寧が継ぐ。
「まぁ思い出せたのでよしとしましょう。 ところで名は言わないほうが。臣下の人や面識の有る人じゃないのに名を口に出すのは礼儀の無い奴ってことに
なりますから。 公孫 伯珪さん って呼ぶのがいいです。」
「あ 確かそうなんだっけ… 」
追々知ることではあるが一応ここで説明しておくと。
白蓮(真名) 公孫瓉(姓 名) 伯珪(字) 公孫 伯珪(姓 字)
(親友・主君) (腹心・同僚・またはライバル) (広く通称) (公的・面識なし)
← 親称 儀礼的呼称 →
ってなかんじとしておく。
「覚えておいて損は無いですよ? あぁそれでそうでしたね、ここを目指すことに決める前に、旅の軍師志願だという…だいたいワタシや桃香さんと同じくらいの年頃の女の人達が一度水鏡先生に会っておきたいってことで来ましてね? そこで幽州のほうにいい太守の人が居て、一緒に旅をしてた一人はそこに客将として仕官して別れたって聞きまして。」
ここで蛇足ではあろうけど地の文特権でこの時に三人の頭にあった記憶を描写しておくと。 双方共に少女で、一人は寧とどこか似たような雰囲気で、なにか頭の上に人形のようなのを乗せていて小柄、もう一人は眼鏡を掛けていて真面目そうだったが、それ以上になぜか鼻に詰め物をしていたところが印象に残っていた。
「でも水鏡塾に来た人達は、その時は幽州の太守さんは自分達が目指す主とは違うって思ったらしくて…一緒には就かずにまた旅に出たって話です。」
「それで、 …それで、その人達 行っちゃいました。 他にも色んなところ、行ってみる、って…」
いかんせん最後の雛里の説明は端折が過ぎるきらいがあるが、そこは仕方ないと看過してあげて下さい。
「それで知ってたわけか。 …いや、だからってそれでここまで来るのって冒険が過ぎる気が…」
「若気の至りなんですよ。」
そんな一言で片付ける寧だった。 OK、そんなところも魅力 と思いたい。
「しかし …そうか、悪魔将軍というのは間違いなんだな? その太守の公孫 伯珪殿の通り名は。 だがなんでまたそんなことになったんだ?」
一刀が一通り聞き終わったところで華陀が細身の男に聞いた。
「間違いも間違い、とんだ聞き間違いだよ。 前に良い白馬を手に入れたとかどうとかで、それにあやかって『白馬将軍』と名乗りだしたらしいんだがね。どうやらこいつは以前に自分が言ったその『白馬将軍』を『悪魔将軍』と聞き間違えたまま覚えていたらしいな。」
つまりは、双方の名称が共に韻が全て同じだったことでの聞き間違いというオチである。 因みに村の住人に『悪魔将軍』の情報が定着したのは、この一刀を旦那呼びする男の聞き間違えが全ての原因である。 知人の前で『悪魔将軍』と口に出した村の住人が男に 恥かいたぞどうしてくれる、と詰め寄ってくることになるのはまた今の場面から少し後のことであるが、それはさして重要ではないから置いておく。
「あー… だからそれは、だな… はっはっは!」
「笑ってごまかすなおまえは。」
「と とにかくっ、それで太守様がどうかしたんですかい?」
「っと そうだった。 その公孫 伯珪って人がいい太守なのかどうかを聞きたくて。 でも桃香は知ってるんだ?」
「うんっ、白れ じゃなくて伯珪ちゃんとってもいい子だよ。 そっか、白馬将軍って呼ばれるくらい凄いんですね!」
つい真名を口にしたことを省みて字での呼びに直し、友人の躍進を聞いて自分のことのように喜ぶ桃香だが。
「う、ん? まぁ白馬将軍ってのはあくまで自称と言うか…そう広まってるわけじゃ無い。 でも政治自体には文句なんか無いな。 現に今も自分の軍の一部を寄越してるぐらいだからね。 ただそんなことをしているのはここぐらいさ。ここは流通の中継地点にあたるからってのがあるからな。
なんでもどこかでは賊軍が割と大きな街を襲って酷いことになったって話もあるし…」
嫌な世の中になったもんだよ、と言う細身の男。 この時の一刀達は未だ、その『賊軍に襲われた街』に関係する一件に関わることになるとは知る由も無いが、そこはまたいずれの話である。
「ほんとに自称なんだな… ん、しかしなんでまた太守様のことを?」
旦那呼びの男の問いに、自分達がどこかに仕官したいと思っていて、そこで話に上がっている公孫瓉に当たってみようかと考えている旨を話すと。
「おぉそりゃいい、旦那方が太守様に就いてくれるってんなら心強いってなもんで。」
「ふぅん… 確かに太守様としても腕が立つのに就いてもらえりゃ嬉しいかもな。 なんでも太守様の下には一騎当千ってな猛者が居なくて人材不足だって聞いたしよ。」
最後のセリフは店の主の言葉であった。 特に知らなくてもいいことだが、この情報ソースは懇意になった兵士in飲み屋である。
「それじゃあその太守の人のところに行くのだ?」
話し合いの場においては考えるのが苦手な鈴々のこと、基本聞きっぱなしではあるがここで得心が行ったらしく要点を挙げた。 それに桃香が続く。
「ん、そうだね。やっぱり白れ じゃなくって伯珪ちゃんのところに行って、みんなで仕官させてもらって手伝ってあげようよ。」
本来の目的は自分たちの名をあげるためなのだが、桃香からすれば旧友の手助けになるという点が嬉しく大きいらしく、にこやかに手をポンと合わせていた。
「うん、聞く限りだと俺もそれでいいと思う。 愛紗、どうだろ?」
「確かに…今はそれが一番かもしれません。」
「オレからしても問題は無いと思えるぞ。」「はい。人材不足というならこちら側としても、あちら側からしても渡りに船でしょうし。」
華陀と慈霊からの、今のメンバー内だとある種客観的観点からの見解も加わる。
「やることの目途が立ってよかった。 三人がいてくれて助かったよ。」
「うんっ、本当にありがとうね。」
正直話し合いにはさほど関与出来ていないだけあって一刀は率直に助かっていて、はたまた桃香は自分達の指標が見えたからか喜色満面である。
「いえ その… わ、私もお役に立てて、嬉しいです。」
役に立てた嬉しさと率直な感謝の意を告げられた照れの合わさった表情ではにかむ朱里。 隣では雛里も小さくなって湯呑みに口をつけていた。
「では。 ひとまずは公孫 伯珪さんのところに行く、で決定ですね。」
そんな寧の平坦な締めによって、『白馬将軍』こと『公孫瓉 伯珪』に仕官するという目標は決定した。
「やったね愛紗ちゃん、やること決まって!」
「はい、これで先が見えてきました。」
はしゃぐ桃香の向かいでは一刀に旦那呼びの男が話しかけていた。
「ってこたぁ旦那方、もう発たれるんで?」
「いや、さすがに今からはちょっと。 それに華陀、怪我した人達の処理とかも放っとくのはまずいんじゃ?」
「それはそうだな。 まぁ抜糸は患者が自分ですることも可能だが今日明日は様子を見たいところだ。」
「はい。 ですから何日かはこの街に滞在させていただけないでしょうか。 昨日こちらが合わせると言っておいてどうかとは思いますが。」
「いいに決まってるよ、ちゃんと怪我は治してあげないと。 ね。」
怪我をしっかり治すためであるから、桃香は当然として他の面子も無条件で同意した。
「えぇ。行く先が決まったのですからそう急ぐこともありません。 御主人様にもきちんと体を休めていただきましょう。」
「う だから悪かったって…」
「! いぃいえそういった意味ではなくて!」
図らずも揶揄のようになったことで一際あわてた愛紗をどうにかなだめたところで、
「ってこたぁ留まられるんですね。 それじゃあほら、代金はいらねえから泊まっていってくれって言ってたのがいたでしょう、この後にあいつの宿に案内しやしょう。おれからも差し上げたいものがあるんで。」
この後に昼食は終わり、男の案内で泊めてくれるという宿へと一行は向かうことと相成る。
「……、 ん? 待てよもしかして今更だけどその公孫 伯珪って、 …女の人?」
余談ではあるが。 盲点になっていたことがようやく頭の中に思い浮かんだ一刀が桃香にそう聞くと、
「? うん、私と同い年だよ。」
「……やっぱりか…」
やっぱりでした。
・General『White Horse』
「へぇっくしっ!!」
所変わった部屋にてくしゃみが一発。 ポニテの位置で括った赤い髪がばさりと揺れる。
「む、風邪ですかな?」
「いや、…そんなかんじじゃないな。 …ふふ、もしかしたら『白馬将軍』の名が広まっているのかもしれ」
「あ~ 無い無い、それは無いって。」
「なんだとぉっ ありえない話とは言い切れないじゃないかっ!」
ここは一帯を治める太守の城。その城内の太守執務室。
中には三人の若い女性。 内二人は一刀や桃香と同じ年恰好で、一人は寧ぐらいの女の子だった。
「だってお姉ちゃんの自称なんだもん。 ってかそもそも通り名って周りから自然に付くものなんじゃないの?」
「うっ… そ、そんなことより二人とも勝手にどっか行ったらだめだろう! 心配するじゃないか!」
「ちょっと、逆上反対! ふーんだ、普通が嫌だからって自称なんかして!」
「こっら普通とか言うなぁ!」
「やーい、普通~! それか可も無く不可も無し~!」
そんな風にじゃれあう姉妹をもう一人がなだめる。
「はっはっは、まぁまぁお二方落ち着きなされ。」
「他人事みたいにしてるな原因! そりゃ非番はそうだけど!」
この先程からの一連、『原因』が非番を利用して『妹』を連れ出していたことを咎めているわけだが。 むしろ怒りよりも心配のほうが大きいという『お姉ちゃん』の心根の優しさは推して知るべきであろう。
「まったく、もういい。 とにかく出納の計算、頼んだぞ。」
「はぁいよっと。 …ところでさ、次に討伐とかあったら」
「駄目に決まってるだろ。」
若干の期待を含めた言葉だったが、『お姉ちゃん』はにべも無しにすっぱりと。
「ちぇ~、稽古つけてくれてるからちょっとはマシになってるとは思うんだけどな? ねぇ?」
話と目線を向けられた以上、且つ自身も誇る武に関してだから素直に答える。
「いやこればかりは正直に言わせてもらいますが妹殿はまだまだ早いでしょうな。 生兵法は怪我の元、死んでしまってからでは文句も反省も出来ませぬ故。」
「…む~……」
執務室から一人の兵士と入れ替わりで二人は出て行き、今は並んで歩く廊下の上。
「もぉ、お姉ちゃん他の事全然させてくれないんだから…」
「数字の計算に関しては妹殿のほうが断然早いのは事実ですからな。 そのあたりは信用されているのでしょう。」
不機嫌な顔だったが、この言葉で『妹殿』の表情はいささか明るくなった。
「信 用、ね… ぇへへ…」
「おや、何か嬉しそうに見えますが。 はて何か好いことでもありましたかな?」
「! べべ別に何も?」
「ふむ? そうですか。」
それ以上の追求はしなかったが。 当然実際に嬉しそうにしていたことを見抜かれていることは知らない。
「とにかく、今は出来ることを成されるがよろしいかと。」
「出来ること、ね。 まぁあのくらいならぱぱっとやっちゃえるし。」
因みに『妹殿』の計算処理能力は、普通の文官より倍近くは早いとしておく。
あぁそうだった。 最後になったが紹介しておこう。
最初にくしゃみをかました、赤い髪をポニテの位置で括っていてこれまた赤を基調にした服をまとう普通に美人なこの女性。
何を隠そう自称『白馬将軍』の『公孫瓉 伯珪』である。
以上。
「ってなんか短くないかっ!?」
「…伯珪様?」
「はっ? い いや、なんでもない…」
二人が出て行くのと入れ替わりで入ってきた兵士とのやりとりであった。
・あとがき・
『悪魔将軍』と『白馬将軍』、こんな下らないネタをどうして引っ張ったんでしょうか。 いや、面白いって思ってたんです当時の私は。
と言うわけで。 どうも、それでもやっぱり面白いと思いたい華狼です。
ようやくやっと今回で蜀の最初のキーパーソン、『公孫瓉 伯珪』こと白蓮の名を明記できました。 なんだか『若干』紹介の文が短かったように思えますがまぁそれはそれ、彼女らしいとしていただきたく。 つっても今までけっこう彼女に関しての描写はしてきてるつもりなのでそれでプラマイゼロとすることにしやがりください白蓮ファンの方々すいません。
しかし同じ卓を囲む九人プラス若干名を同時に動かすのは真実難しいですね。セリフのやり取りにそれらの注釈や状況・心境の各種説明に地の文、それを九人の大所帯でするのは厄介厄介。序盤の序盤のくせに今更だけど人数多すぎ。
なのにこれからも更にキャラが増える予定なのでどうなることやら。とりあえず白蓮のところで扱う主要人物は今の段階では十二人、もう少し後に更に三人+αほど追加で、 ……え、十五に
はい、考えるのはやめましょう。 どうせ来てしまうことなんですから考えるだけ無駄ですね。
扱うのが確定な主要キャラは各場面ごと合わせると今のところで二十人超+αですががんばります。
次回はまたもや一刀達の場面からは過去にあたる場面を扱います。 あの二人と彼らと、さらにまた新しい場面を追加で進めます。
追加する新しい場面のメインはまず最初に 『反骨のあの娘』です。
そして美羽がえっちぃ本を拾いま「ちょっと待った何いきなりはっちゃけてるんだ作者!?」
「一刀かぶせ遅い!ってかかぶせになってない! えっちい描写どころか単語すら憚る作者だってのは知ってるでしょうが!」
「やかましい『四厳乱拳』叩き込むぞ! それと読者の人達、憚るって所は本当だからこの作者!」
「こらまだ本編で出してない技言うのはやめなさい! でもこれで動揺してたら後々に来る『事件』では半狂乱になるんじゃ…」
「なに、俺に何させる気なんだよちょっと!?」
「え、あ まぁ多くは言わないけど…、 いきなり『誰か』に唇奪われたりとか半裸の幼女に抱きつかれたり、…とか?」
「…だめだこの作者早くなんとかしないと… とりあえず徹掌で黙らせるか…?」
「やめて、黒いところ出すのはやめて。 実際に食らったら洒落にならないんだから一刀の技は。」
「大丈夫、肋骨は上手く折れば大した怪我にはならないから。」
「待って何が大丈夫!? それが大丈夫じゃ無いんだって!」
「いやだって小さい子にそういうことさせるのは倫理道徳仁道常識以前に絶対駄目だろ!」
「OK、それでこそ此処の一刀。 安心しなさい、Yes小さい子 Noタッチ、ですからね。」
では其のときまで。
「でもこの作者のペースだといつまでかかるかな…」
「うるさい一刀。」
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9話の(下)です。
…ここで多くを語るは無粋というもの。
さて悪魔将軍とは一体誰なのか。 今回でその謎に包まれたヴェールがついに上げられる!(真剣っ!!)