No.381476

思い描いたゴールのその先

綺 泠胤さん

今、鋭意制作中の荒北のお話です。完成するまでのお試し版という事で……
21巻の内容を完全にネタばれしてるので、万が一にも未読の方は閲覧をご遠慮下さい。
また、中途半端なところで止まっている上、完成がいつになるかまだ分かりません。
その点もどうか、ご理解をお願いします。

2012-02-21 23:20:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:517   閲覧ユーザー数:515

箱学メンバーはもちろん、総北のメンバーもそして京伏も、見る見るうちにその姿を消した。

今はただ、自分の息づかいと鼓動しか聞こえない。

 

──新開の奴、咄嗟に手ぇ伸ばして俺の事拾おうとしてたな。

 

その手はほんの僅か届く事は無かったけれど、もしも届いていたならば、自分は持てる力の全てでその手を振り払っていたに違いない。

箱学を勝利に導くため、メンバー全員が様々な覚悟を持って走っていて、その覚悟の中には勿論、力尽きたメンバーを置いて行く事も含まれている。

新開もそれは、十分に頭に刻み込んでいた筈だ。

けれど実際にその瞬間が訪れた時、頭より先に体が反応をした……恐らくそんな感じだったんだろう。

 

自分へと伸ばされた手を見て、素直に嬉しいと感じた。それでも、その手を掴もうとは欠片も思わなかった。

もう次への力を残す必要もない最終日には、何も考えず己れの全てを賭けて走り、その仕事を全うする事が出来たら、真っ先にチームを離脱するつもりでいた。

自分にとってのゴールは、最初からゴールラインになどない……箱学を、優勝を狙える最高のポジションまで引いて、限界を迎えた時が俺のIHゴールになると、メンバー入りが決まった時からそう決意していた。

だからついさっき、その時を迎えた一瞬に感じたものは、心からの達成感と、安堵感だった。

福富に、自転車に出会ったあの日からぼんやりと思い描いていた、そして、ペダルを踏めば踏むほど鮮明になっていった自分自身のゴールは、ついに現実のものになった───これだけは欲しいと、強く望んだ言葉と共に。

 

体は疾うに限界を迎えていて、疲労感が全身を襲う。

けれど、今はただただ静かに、先程までの高揚した気持ちが嘘のように、心は凪いでいる。

福富の最後の言葉が、耳に残ったまま離れない。

己の3年間の全てとも言える、唯一無二の言葉。それを手にして、もう自分にはこれ以上するべき事なんて何もない……筈だった。

不思議なくらい穏やかな空気が流れる中、宝物のような言葉を胸に、今にもこのレースに幕を降ろしたいと思いながらもなお、その足を止められない。

理由は、昨晩ミーティング後に福富と二人きりで交した約束が、頭に甦ったから───

 

 

    ††††††

 

 

最終日に臨む為のミーティングは、1日目・2日目とは比べ物にならない程シビアで厳しいものになった。

解散が言い渡され、各々自分の役割を噛みしめるようにして、神妙な面持ちで部屋へと戻って行く。

荒北も、いよいよ待ち侘びた時が来たと、他のチームメイトとは一線を画した覚悟を胸に秘めてミーティングの場を後にすると、先に出ていた福富に呼び止められた。

そして、ロビーの方へ連れられおもむろに切り出されたのは、明日もし真波が落ちたら引いて戻して欲しいという特別オーダーだった。

荒北としては、最終日に落ちた人間など構っている余裕はないという思いだったが、福富はどうやら真波に何かしらの可能性を感じているらしい。

仕方なくオーダーに了承の意を伝え部屋に戻ろうとすると、福富は「荒北、あとひとついいか?」と、左腕を掴んで引き留めてきた。

今までそこそこの大きさのレースでも、ミーティング外でこんな風に個別のオーダーを言い渡される事が無かったので、不思議に思いつつ言葉を待つと、福富には珍しく、少し言い淀むような素振りを見せた。

「なぁんだよ福ちゃん!真波の他にも連れ戻して欲しい奴でも居んの?それとも……心配なのはオレ?」

福富の様子から、恐らく核心であろう質問を投げかけると、それに答えるように重々しい口調で福富は話を続づけた。

「もし本当に真波を引く事態になったら、合流後、おまえが一番最初にチームを離脱する事になるかもしれないな」

予想と違わぬその言葉を、荒北は否定せず認めた。

「……そうかもね。その時は福ちゃん、とっととオレ置いて行けよ」

「ああ、当然だ」

自分の言葉に迷わず即答した福富は、やはり王者箱根学園のエースに相応しい貫禄で、この男の為に明日全てを捧げる事が出来るのが、無上の喜びに思えた。

「まあオレも、そう簡単に落ちる気はないから心配すんなよ福ちゃん」

「いや、オレはむしろおまえの仕事ぶりを心配してはいない。問題は、チームを離れた後だ」

てっきり、福富のプランよりも手前で自分の力が尽きる事でも心配しているのだと思ったけど、どうやらそうではないらしい。

「チーム離れた後……?」

「そうだ。どのオーダーでいっても、おまえがある程度の段階でチームを離脱するのは決まっている。だがもしそうなっても荒北、自らリタイアだけは絶対にするな」

「何だよそれ…チーム離れるって事は、その時点でオレたぶんボロボロだよ?きっともうゴールまで行く力なんて残ってないから」

明日は今までのレースとも、1・2日目とも全く違う。ゴールする余力など残すつもりはないと訴えるが、福富は更に念を押すように言葉を繋げた。

「例えそうであっても、1mでも2mでも先に進め。それでタイムアウトになるなら構わんが、自ら足を止める事は、オレは許さん」

これは決してオーダーではない。チームの勝敗に関わる事ではないのだから、いくらキャプテンの言葉でも従う義務はないのだ。

けれども、福富の真っ直ぐな瞳から目を離すことが出来ない。そして───

「いいな?何があっても必ず、ゴールを目指せよ」

福富のその言葉が、頭の片隅にしっかりと刻み込まれた。

 


 
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