No.374847

北郷一刀の奮闘記 第二話

y-skさん

長かった説明も今回でお終い。
若干、おかしなキャラ設定がされていますが、
恋姫ということで多めに見てください。

2012-02-08 16:43:31 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:5651   閲覧ユーザー数:4773

まずは食事にしましょうか、との言葉に導かれ、部屋を後にする。

先程まで俺がいたのは、やはり保健室だったらしい。

保健室、と聞くと学校に通う子供たちを対象とするイメージがあるが、この世界、いやこの時代では医療技術を持つ者が少ないため、

同じ邑に住む人々の診療所としての役割をも果たしているそうだ。

 

それでも、五斗米道の方々のように多くの人を救うことは出来ませんけどね。

と寂しそうに先生は眼を伏せる。

 

俺が育った世界では何でもないような風邪でさえ、この時代では命取りとなってしまう。

助けてもらった手前、少しでも力になりたかったが、生憎、医者を目指してなどはいなく、俺にできることは精々人工呼吸程度が関の山だった。

保健室を出て直ぐ左。そこが先生の自室らしい。

保健室を挟んだ反対側には教室があって、諸葛亮だとか鳳統だとかが学業に専念している場所だ。

何となく歴史の一端に触れたようで胸が沸き立つ。後でちょっと覘いてみよう。

 

「少し待っていて下さい。今、食事を用意しますから。」

 

そう言い残すと先生は部屋の奥へと向っていった。

奥には更に二部屋ほど有るようで、先生が向かった所がキッチン、もう一部屋は恐らく寝室だろう。

卓に座らされ、落ち着きなく辺りを見回す。

部屋の広さは六畳程度だろうか。自分が住んでいる寮の一室程である。

室内には使い古された机と椅子、自分が座らされている物とは別に事務仕事などを行うためのものだろう、があり卓上には一輪挿が置かれていた。

白い花弁を広げたそれは、目を引くような華やかさこそ持たないものの、凛、として、はっとさせられる様な美しさである。

生憎、その花の名前を俺は知らなかったが、先生に良く似合った物だということだけは分かった。

調度品の類は殆ど装飾がなされておらず、質に関してもそこまで良いようには思えない。

それでも扱いの丁寧さが感じられ、手入れが隅々まで行き渡っていた。

 

余りジロジロと眺めまわすのも失礼かな、と思い始めた頃に先生が料理を運んできた。

 

「少し、冷めてしまったかもしれませんが……。」

 

食事の支度が済んだ所で俺の様子を見に来たのだそうだ。

先生の持つ器からは微かに湯気が立ち上っている。言うほどは冷めていないだろう。

食卓に並べられたのは薬膳粥と水。

恐る恐る口にすると、想像していたほどに苦味は感じられず、そのほろ苦さが米の甘味を引き立ていた。

素材を生かした味とはこういったものなのだろう。

普段の食事は添加物満載で濃い味付けのものばかりである。

そんな俺にとって、彼女の料理は新鮮であり、それでいて、とても美味しいものであった。

 

不意に、かつん、と響く音がする。

それが器の底と匙の当たった音だと気付いたのは、口元に手をやり笑う先生を見た後であった。

 

 

「どうやらお口にあったようで、安心しました。」

 

食器を片付けた彼女は可笑しそうに言う。

先程の嫌な音、あれのせいで恥ずかしい思いをしたのだ、が思い出された俺は曖昧に笑う他なかった。

皿が空になるのが気付かない程、無心で食べ続けたのは貴女の料理が美味し過ぎたせいですよ。

残念ながら、そんな気障な台詞が言えるだけの勇気と度胸は持ち合わせていない。

 

「さて、それではお話の続きといたしましょう。」

 

互いに情報が足りていない。

断る理由も、つもりもなかった。

 

「正直言って、俺もまだよく分かってないんです。何から話したものかと……。」

 

「それなら、私が質問をしますので北郷さんが答えてくれませんか?

 そちらの方がご自分で話されるよりかは、頭の整理をつけ易いと思いますよ。」

 

何時、如何なる時も物事をはっきりと認識、把握すること。これは生きていく上で欠かす事が出来ないものです。

ぴし、と人差し指を立て、教えを説く姿は正しく先生である。

 

「そうして貰えると助かります。もう、何が何だか、といった感じですから。」

 

「では最初に。北郷さんはどちらの生まれなのでしょう?」

 

「生まれは東京です。」

 

「とう……きょう、ですか?

 そんな地名は聞いたことありませんね。どの辺りにあるのでしょうか?」

 

「それなんですが……。答える前に聞かせて貰いたいことがあるんですけどいいですか?」

 

先生は軽く首を縦に振り、先を促す。

 

「ここは一体何処なんですか?」

 

「水鏡女学園です、というのは言いましたからね。荊州の襄陽。それが今、貴方の居る場所です。」

 

 

荊州

 

その肥沃な大地と広大な面積は星の数ほどの人民を生かし、時に将星の輝きを放つ者をも育て上げた。

さらに荊州は中国大陸の中央に位置しており、常に三国間の火種を孕む地でもある。

やがてその火種から発した炎は、一人の義人を飲み込んでいくのだ。

正しく、三国志において極めて重要な土地の一つであると言えよう。

 

 

やはり、三国志の時代に紛れ込んでしまったのかもしれない。

そうなると東京どころか日本でさえも存在していないだろう。

 

 

信じられないようなことですが……

そう枕を置き、自分は今より千八百年位後の世界から来たことを先生に話した。

 

 

「俄かには信じられませんね……。」

 

長い沈黙を破ったのはたった一言である。

それだけに、彼女の心情を最も雄弁に語っているように思えた。

 

「まぁ、無理もないですね。俺が一番信じられませんから。」

 

乾いた笑い声を上げる俺とは対照的に、先生の顔は真剣な面持ちの儘であった。

それが何だか決まりが悪く感じられ、本当にどうなっているのかわかりません、と呟く。

 

「とにかく、北郷さんの言う通りならば、現在は後に三国志と呼ばれる時代である、ということでしょうか?」

 

「はい。黄巾の乱、大規模な農民反乱が切欠となって乱世へと繋がっていくんです。」

 

「大規模な農民反乱ですか。未だその兆しはありませんが時間の問題でしょうね。

 税は取れるだけ取り立てる。民のことなどは顧みずに自身の私腹を肥やす。これが今の漢王朝ですしね。

 此処を治める劉太守はまだ良い方ですけど、もし乱世となれば難しいでしょう。

 天下を治むるだけの器は無く、果断さにも欠けます。平時であれば一国を統治するには充分な人物ではありますが。」

 

水鏡先生はそう断じた。

 

「三国志でちょっと気なることがあるのですけど……。」

 

この時、俺は余りに迂闊だった。

それを機に、彼女を怒らせることと、特定の話題は避けようと決めたのだ。

 

「俺が知ってる三国志の人物は、ほぼ男なんですけど、先生は男ではないですよね?」

 

 

ぴしり、と何かが壊れる音が聞こえた様な気がした。

場の空気は凍りつく。とんでもないプレッシャーを放つ先生に、俺は指一本動かすことが出来ない。

視界には、俯く彼女と、その背後から夥しいほどの禍々しいオーラのようなモノが立ち上っているのが映る。

何かいけない物を踏んでしまったらしい。

 

「それは……。」

 

きっ、と顔を上げる彼女に、俺はひぃっ、と情けない声を上げた。

 

「それは、私の体が余りにも平べったくて、どちらが前か後ろかも分からない、とでも仰りたいのですか?」

 

とんだ曲解である。

どうして、そんな捉え方をするのだろうか。

 

先生の顔は一見笑っているように思えるが、その目は初めて会った時よりも、さらに温度を下げている。

なにより、背中に見える黒い感情は、とてもとても先生が笑っているようには思えない。

自身の経験からするに、こうした怒り方をする人はとんでもなく怖い。

普段はにこにことしている祖母を、ふとした拍子に怒らせてしまい、そのまま地獄の特訓コースへと相成ったことを思い出す。

昼前に始まったそれは、俺が祖母に一太刀を入れるまで延々と続けられた。

特訓前、最後に見たテレビ番組は特訓後、最初に目をしたもののと同じであった。

もはや、特訓ではなく、扱きである。

その時のことは思い出したくもなく、今では何故、怒らせてしまったのかも記憶の蓋の奥の中である。

 

あんな目に遭うのは二度とごめんだ。

ごつん、と鈍い音がするほど、俺は勢いよく頭を下げた。

 

 

「ともかく、話を続けましょう。北郷さんはこれからどうなさるつもりですか?」

 

これから、か。

俺としては、さっさと元の時代に帰りたい、というのが本音だ。

 

「当然、でしょうね。ですが、そんな方法が直ぐに見つかるとは思えません。」

 

全くその通りだ。

理由も、原因も分からずにここにいるのだ。

すぐに戻れる、というのは甘い考えだろう。

当然、帰れる日までの生活の場を用意しなければならない。

 

「よろしければ、私の所で北郷さんの面倒を看ましょうか?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ、これも何かの縁ですし、人を見る目はあるつもりですから。

 もちろん、無償で、という訳にはいきませんから、私の手伝いや、貴方の国の事についてを教えて貰えれば、ですけど。」

 

「是非、お願いします。それと……言いにくいんですけど。」

 

「何でしょうか?」

 

「できれば文字だとか、この国についてだとかを教えて貰えないでしょうか?」

 

卓にぶつけた額は思いの外、傷んだので、今度は静かに、俺は頭を下げる。

 

「好し好し。お姉さんがしっかりと仕込んで、骨の髄まで叩き込んであげましょう。

 新しい教え子を持つのは久々です。中々に燃えてきました。」

 

早速、明日の講義から出て下さいね。皆さんに紹介しますから。と、先生は嬉しそうに言った。

人に物を教える、とういうことが本当に好きだと分かる笑顔だった。

 

「ただ、問題が一つ。」

 

寝床と講師を見つけ、とりあえず当面の心配事は無いだろうと安堵していた所に先生の声がかかる。

 

「問題ですか?」

 

「はい。ここは一応、女学園ですので、男の方の入学は認めていません。」

 

一つ前置きをした後、私にとても良い考えがあります、と先生は悪戯っぽく笑いながら言った。

 

 

一体、全体、どうしてこうなったのか。

先生に引き入れられた教室の中では、突然の闖入者に一度静まり返ったものの、すぐに、きゃいのきゃいのと女生徒達は騒ぎ始めた。

 

「はいはい、皆さん静かに。今日から一緒に勉強することなった元直さんです。」

 

先生は俺の方を見て自己紹介をするように、と促す。

 

「本日からこちらに通うこととなりました、徐庶、字を元直と言います。

 皆さん、よろしくお願いします。」

 

無事挨拶を終えた後に始まった講義は、算術から始まり、論語、孟子、春秋などを読み込んでいった。

ちなみに、文字の読み書きができない俺は別の教材を渡されての自習だ。

水鏡女学園での講義とは基本的に昼までなのだそうだ。

それ以降は、自習という形になるらしい。教室には先生も残るので環境については問題ない。

 

教わるだけでなく、自分で考えた答えをだすのも必要なことです。

そうして生まれた回答は、次へと繋がる自信となるだけでなく、時に私が学ばされることも多いのです。

とは、先生の言である。

特に北郷さんには色々と教わるつもりなので期待してますよ、と美人教師に言われれば奮い立たない男はいないだろう。

 

講義の後も読み書きを続けようとすると、わらわらと人が集まってきた。

いつの時代も転校生とは同じなようで、学園の女子からの質問攻めに遭う。

やれ、何が好きか、だとか、何処に住んでいるの、だとか彼女たちのパワフルさには圧倒されてばかりであった。

中には、

「お、お姉さまと呼ばせて下さいっ!」

なんて言ってくる子までいる始末だ。

純粋な好意は嬉しいのだが、どうせならお兄さまと呼んでもらいたいものだ。

 

本当にどうしてこうなったのだろう。

 

 

昨晩のことである。

食事を終え、俺が男子禁制の水鏡女学園に通うにはどうしたらいいのか、という問題に対して成された回答は至ってシンプルであった。

先生に言われるが儘、部屋の奥にある寝室へと歩み進めると、女物の衣類を手渡される。

 

「私が着ていたものです。寸法は少し合わないかもしれませんが我慢してくださいね。」

 

女装だ。

男ではなく、女だと他人に思わせればいいのだ。

 

どうにかこうにか着替えを済ませると先程の部屋へと戻る。

 

「顔立ちも悪くなかったので問題は無いと思っていましたが……。」

 

これはちょっと予想外ですね、女としての自信が無くなりそうです、と彼女は俺を椅子に座らせると、自分は俺の背後に回った。

今まで女性の服に袖を通したことなどない。ただでさえ緊張している所なのに、その服の持ち主が色香漂うお姉さんなのである。

早鐘を打つような自身の鼓動を何とか隠して平静を装うとするも、そんなことはお見通しです、とばかりにくすりと笑う声がする。

こちらはどきまぎとしているのに、彼女からはそんな様子は微塵も感じられない。

これが大人の余裕なのかと想いを馳せていると、不意に頭を撫でられた。

 

「驚かせてしまったようですね。」

 

情けない叫び声を上げながら振り返ると、相変わらず微笑んだままの先生。

その手には、髪を束ねたような物を何房か、現代風に言えばエクステだ、が握られていた。

 

「せっかくおめかししているんですから、こちらも付けてしまいましょう。」

 

そう言うと先生は俺を無理やり前に向かせた。

そして髪ごしに感じる、彼女の手の感触にもう俺の頭は真っ白である。

時折、耳の裏や首筋に当たる、先生の吐息が何ともむず痒い。

 

「北郷さん、男の子とは思えないくらい髪の毛がサラサラとしていますね。ちょっと羨ましいです。」

 

そう零した先生は、こいつめ、と言いながら、俺の頭を軽く何度か小突く。

傍目から見れば、何とも仲睦まじい様子だが、すでに俺の心臓は爆発寸前である。

はい、できましたとの声がかかる頃には俺は虫の息だった。

 

「我ながらよい仕事をしました。」

 

満足そうに微笑む水鏡さんは手鏡を此方に寄越す。

こんな言い方をするのは不本意だが、鏡には控えめに言っても充分に美人といえる女性が映っていた。

それが自分なのは何とも微妙な気分だ。

 

 

「それと、もう一つお話があります。」

 

「話ですか?」

 

未だ鏡に映る自分が信じられなかったが何時までも見ていても仕方がない。

はい、お話です、と言う先生に手鏡を返す。

 

「今の北郷さんは何処からどう見ても綺麗な女の子です。それに失礼ですが北郷一刀という名は、珍し過ぎます。」

 

貴方の身代は隠して、新たに姓名を用意しておいた方がいいでしょう、と彼女は言う。

それに関しては俺も同意見である。こんな戯言を誰彼と言いふらすのは賢明ではないだろう。

北郷一刀という名も今の俺、いや私か、には余り似つかわしくはない。

 

「そうですね。では何と名乗ればいいでしょう?」

 

本日のサプライズはもう終わったとばかりに思っていたので、水鏡先生の答えには思はず咳込んでしまった。

 

「私が昔使っていた偽名に丁度いいものがあります。

 ちょっとばかり、やんちゃをしていた時のものなので、少し恥ずかしいんですが……。」

 

当時を思い返しているのか、口では表現出来ないような表情で少し遠い目をしていた。

 

「徐庶。姓を徐、名を庶。字を元直。これが貴方の新しいお名前です。」

 

またまたとんでもない名前が出てきたものだ。

それも先生が昔使っていたものだという。

本来、司馬徽と徐庶は全くの別人である。

若き日を単福と名乗り、任侠の道を歩んでいた徐庶は後に学問へと励んでいった。

先生の言う、やんちゃとは学問を始める前のことなのかもしれない。

劉備に臥龍と鳳雛の存在を伝える。これが最も彼の功績で有名なものだろう。

因みに彼は撃剣の使い手である。

この時代で徐庶を名乗った先生も剣の腕は立つのだろうか。

今更ながら、あのどす黒いオーラを思い出し身を竦めた。

 

「明日はその恰好でここに来て下さいね。朝食の後にはお化粧もしちゃいましょう。」

 

それから寝る場所は取り敢えず保健室でお願いしますね、と楽しそうに告げる。

やっぱり可愛い女の子はいいですねぇ、なんて言っているが俺は男である。

それだけは忘れないでいてほしい。

 

 

何はともあれ、北郷一刀改め、徐庶元直としての新しい日常が始まりを迎えたのだった。

 

 

  北郷一刀の奮闘記 第二話 やんちゃなあの子は徐元直  了

 

 

 

 

〈あとがき〉

 

とんでも設定を付与された司馬徽さんでした。

三国志や原作の恋姫からどんどんかけ離れていくかと思いますが、所詮二次創作と多めに見てやってください。

最後に、次回はバレンタインデーに関した短編を構想中です。

14日中に更新が無ければストロベリィな空気に打ちひしがれたとでも思って下さい。

来てたら来てたで目を通して頂けたらありがたいです。

 

それではまた次回をよろしくお願いします。

 

 

 


 
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