No.371865

双子物語-32話-(彩菜編)

初音軍さん

彩菜と春花の心の動きを中心になってます。
次回は先輩と空気になってる大地辺りが混ざって来る予定。
今まで形だけとして保っていた恋人という関係に変化があるのか
ないのか、そんな話です(?)

2012-02-02 16:50:34 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:559   閲覧ユーザー数:476

【彩菜視点】

 

 男と女とかって、すごくめんどくさい。だって、まったく身に覚えのないこと。

恋愛とかなんとかで彼氏を取られたとかほざくバカな女たちに難癖をつけられて、

暴力を受けるんだから。相手にもそれ相応のリスクを覚悟してもらわないと

いけないじゃない?

 

 生憎私はその辺の大人しい、ただ食べられるだけの羊ちゃんではなく、羊の皮を

被った狼だってことを思い知らせるために、私を勝手に好きになった男と、理不尽に

暴力を奮った女を人気のない場所へ呼び出して証拠が残らないように皮製の手袋を

嵌めて、相手の意識が飛びそうなほど、服が血で滲むほど、相手が泣き、叫んで

命乞いをするまで痛い所を殴り続けた。

 

 だって、そうされるのを覚悟で私を殴ったのだから、文句はないよね。

止めに入る、勘違い男もまとめて立ち直れないほどボコボコにして、汚らわしい血が

ついた手袋を見て、吐き気がした。汚い・・・。世の中の人間はみんな汚い・・・。

唯一綺麗なのは・・・雪乃だけ。

 

 そんな、言葉では表しづらいほど愛しくて仕方ない妹から告げられる。別れの言葉。

今でもはっきり覚えている。あの悲しそうな顔を、乱され肌を現した服。まるで地の底に

叩き落されるような絶望感。大袈裟ではなく、生きがいを見出せなくなった私は

荒れる生活を送ることしかできなかった。母さんも、私に情の言葉もなく見放された気分。

 

 男も女も関係なく手を出した。少しでもこの地獄から抜け出せるなら何でもいい。

何でもよかった。しかし、手に入ったのは温もりでも心地よさでもなく。ただただ。

面倒と空虚な気分だけが残った。そんな空っぽの私をずっと見てきた春花の存在を

ありがたいと思えた。愛することはできないけれど、せめて春花のためにも

できる限りのことはしてやりたいと思い、ずっと感じてきた私としたがっていたこと

を恋人として、してあげていた。

 

 だけど、気になる人ができてしまった。好きかどうかわからないけれど、雪乃に

似たあの人を放って置けなくなってしまったのだ。これは春花にとっては裏切りだ。

傷つけるかもしれない。だけど、仕方ない。仕方がないんだ。

 

 あの時、授業が面倒で逃げ出して、飛び込んだ先の美術室で会った彼女と目があって

からは無性に気になって仕方がない。授業がある時間帯に美術室で一人絵を描いている

人を見たときに私は雪乃がマンガを描いてるときの姿を重ねていた。

 

 無意識に話しかけていたときにはもう私の意識は吸い込まれているようだった。

どんな人なのか、何が趣味なのか、興味が向かったらもう私はそこへ進むしかないんだ。

だから、心の中で謝っていた。春花に対して。

 

 

【春花視点】

 

 菜々子さんに相談をしてから早一週間。私は何の解決の糸を見出せぬまま、学校へと

向かう。道中でいつものように彩菜と会って笑顔で挨拶を交わす。そして心に強い

思いを秘めるのだった。あんな女には彩菜はやれない。何があっても引き下がらないと。

 

 向こうも強い想いがあるのはわかった。何をしでかしてくるかわからないが、どんな

ひどい罠に嵌めてこようとも、私は絶対に挫けない自信があった。それこそ命に

かかわろうともだ。そんな強い意志をも、まさか揺らがせてくるようなことをしてくる

とは思わなかった。

 

「ふいー、今日もつまんなそうだなぁ」

 

 学校を見るにすぐ溜息をついて愚痴をこぼす彩菜に私は苦笑いをしながら「そんなこと

言わないで行くよ」と手を引いた。口ではこんなこと言っていても私の言葉を素直に

耳を傾ける辺り、その辺の常識はわかっているようだった。

 

 笑いながら私から少し離れた下駄箱から上履きを取り出すのを見ながら私も自分のを

取り出して履こうとした途端。鋭い痛みを感じた。軽く声を出して慌てて足を引っ込めて

上履きの中を覗くとそこには、申し訳程度に仕込まれた画鋲があった。

 

 隣でそれを見ていた彩菜は声に出さずに鼻で笑っていた。こんなことするのは一人しか

思いつかない。しかも、大きいことではなく。こんな、子供がするようなことを。

私は少し恥ずかしさを感じた後に上履きの画鋲を取り除くとさっさと彩菜の手を引いて

教室に向かうのだった。その際、背後に視線を感じたような気がした。

 

 授業を受けながら画鋲のことを思い出していた。あんな幼稚なことをしでかすとは

思わなかったから別の意味で驚いていたのだ。そして考える。あそこまで私に忠告を

するくらいだから、幼稚なのから油断させておいてもっと怖いことをするんだろうと

気を引き締めてかかってはいたが授業に対して引き締めていなかったために

回答として刺されたが気づかずにいたら怒られてしまったのだった。

 

 それから何事もなくお昼になって私は購買へと小走りに向かっていると急に足を

掬われるような感覚がして、気がつくと私は床に転んでいた。慌てて起き上がると

歩いているのにすごい速さで去っていく生徒を見つけた。

 

「な、なんなの・・・?」

 

 人が多い所でしかもなんてことのない嫌がらせにも満たないことしかしない

彼女の企みが読めないことに怖さを感じた。まさか、この程度で本気だってこと

ないよね・・・?私の不安はこうして徐々に募っていくのである。

 

 ちなみに彩菜は下駄箱以来、私のこの場面を見ていない。仕掛けてくるなら

今か放課後ということになる。せこいことばかりするけど油断はできない。

 

 だが、その後もグラウンドへ向かうのに運動靴が隠されていたり、子供が描いた

ような落書きを机の上にされていたり、どれもこれも絵面的に地味なことばかり

してきて、がんばって引き締めていた私も徐々に疲れの色が見え始めていた。

 

 結局の所どっちにも集中できなくなって、ボロボロの状態になってしまった

私は彩菜に慰めてもらおうと近づくが目的の人物の姿は見えなかった。

 

 またか、またあの人の場所に向かったのか!警告されていたにも関わらず私は

つい衝動的になって美術室に向かうために教室を出て階段を昇って足に力を

込めて歩いていく。それこそマンガで言うところの「ズンズン」という言葉が

相応しい歩き方で、だ。

 

 美術室にたどり着くや、私は勢いよく美術室の扉を開け放つ。そこには彩菜が

いるかと思われたが、そこに鎮座してシュッシュッという音を立てながら背筋を

ピンッと張って凛々しい表情で絵を描いている先輩の姿があった。

 

「へぇ、趣味してるときはけっこう良い顔すんのねえ」

 

 誰にも聞こえないようにポソッと呟くと急に手に持っていた木炭の動きが止まる。

私は一瞬びくっと反応してここにいるのがばれたかと思ったが、すぐにまた作業に

入ったのを確認すると静かに彼女に近づいていくと、ポツリと呟き始めた。

 

「ずいぶん、怖いもの知らずなのね」

「はい・・・?」

「誰しもが怖がるトラップを用意したというのに、簡単に掻い潜られた・・・」

「え、あれトラップだったの。だとしたら随分――」

 

 幼稚と言おうとして私は言葉を途中で飲み込んだ。本人の眼差しは真剣で

決して冗談ではないのだと、体から発する気配で訴えてくるようであった。

だけど、彼女のために私は言葉を選んで本当のことを告げた。

 

「あの・・・全然危なくなかったけど・・・」

「なにが?」

「トラップ」

「そう・・・?私が今まで見た中で最高の脅しが入っていたのだけど」

「いや、普通屋上呼び出して殴ったり、階段から突き落としたりするじゃない?」

「え・・・。そんなの、痛いじゃない」

「え・・・」

 

 どうやら、二人の間に相当な考え方の違いがあったようだ。私の発言を聞いた

先輩は目を細めて私を見つめた後。

 

「貴女って怖いわね」

「あんたに言われたくない!」

「私・・・そんな危険な発想なかったもの」

 

 まるで私の方が酷いみたいで、抗議しようとしたその時、タイミング良くだか悪くだか、

彩菜が美術室に入って私達に向かって笑顔で手を振っていた。彩菜はさっさと近づいて

くると私に軽く目を合わせるだけで先輩の背中越しに抱きついてきた。

 いつも無表情な先輩がその時は若干だけど、ほとんど変わらないけれど少し表情が

柔らかくなった気がする。それを見ていた私はその瞬間に気づいた。

 

 あ、私。この状況を聞いたことはあるけれど、実際に目をしたのは初めてだ。

それはまるで愛しい人を放さないようにしている触れ方。それは恋人になりたい

というよりは、家族や傍にいてくれる人を大切に思う様な何か。

 

 何が言いたいかというと、その様子を目の当たりにしても全然腹が立つ所か

微笑ましく見えていたのだ。あぁ、そうか。思い出した。彼女はいつかの私と

同じような感じなのかもしれない。一人で孤独だった、彼女はおそらく一人で

いても辛いとは思わないタイプだろうけど、一度味わった温もりが手放しにくいのは

私と同じくらいだろうか。

 

 何となく、当時の私を受け入れた雪乃の気持ちが少しはわかるような気がして

私は口元に手を当てるとクスッと笑っていた。

 

 彩菜が一緒に帰ろうと先輩に誘った後、多分私には何も言ってくれないだろうと

半ば諦めて、今日のところはお邪魔しないように一人で帰ろうと歩を進めていくと。

 

「春花、どこ行くの。一緒に帰ろう」

 

 彼女なのに、いつもどこか距離を感じていたから、先輩を見る目が私のそれ

以上だと思ったから邪魔しないでおこうと・・・気を利かせたつもりなのに。

でも、背後からその一声をかけられただけで私の気持ちは、固まっていた

気持ちがゆっくりと溶けていくように暖かな気分にさせてくれる。

 

 我ながら単純だと思えた。でも、幸せな気分なのは仕方ないことだ。

だから私は振り返って笑顔の彩菜に向かって私もとびっきりの笑顔で返した。

 

「うん!」

 

 

【彩菜視点】

 

 いつの間にか、両手に花がワッサワサ。通学路で私の両手を奪い合うように

放さないでくっつく乙女が二人。あ~、これが普通の感情の持ち主だったら

さぞ幸せなんだろうなぁ。いや、幸せには違いないけど、やはり本命じゃないと

冷静に見てしまうわけで。

 

「先輩、春花。少し離そうか・・・」

 

 苦笑いしながら二人に問いかけると、私の言葉を聞いてはいないようで睨むように

互いに見ていた。まるで心の声まで聞こえてきそうな感じである。そう、実際の生の

声で聞こえているかのような・・・。

 

「彩菜は絶対に渡さないから!」

「ん・・・。今度は私の魅力で奪ってみせるわ」

 

 声に出ていたようだ。それでも私は本命ではないとはいえ、こうして私なんかの

ことを考えてくれてるのを考えると嫌な気はしない。むしろ、嬉しい部類に入る。

あれ、前までは雪乃しか見てなくてこんな感情はなかったんだけどな。

 

 途中にある公園を通り過ぎてから、ふと母さんが言った「時間が解決するよ」という

言葉を思い出していた。こういう意味だったのかな・・・、少しずつ、これじゃないと

いけない。生きていけない、って思ってた強い思いが少しずつ良い方向に緩んでいく

この感覚。でも、雪乃のことへの気持ちが弱まることのない、なんだか良い気分だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「で、今日は何だかハーレムだったじゃないの」

「うぶぅっ・・・!」

 

 食事時、かあさんの急な一言に私は口に含んでいたごはんを吹きそうになってしまった。

慌てて手でふさいだから事なきを得たが・・・。それに食いつくいい年をした両親か。

 

「母さん、いきなりなにを・・・」

「両手に花よね」

「何だ、何だ。その話ぜひとも気になるな」

「えぇい、話に群がるな。ハイエナ共め~」

 

 冗談交じりでシッシッと言って再度食事にとりかかることにした。どうやら今日の

帰りを母さんに見られていたようだ。そして、今目の前でニヤけているように

現場でもニヤついていたのだろう。娘として複雑な心境である。

 

「ねぇねぇ、春花ちゃんと付き合ってるけど、あの子とはどういう関係?」

「もう、母さんには関係ないでしょう?」

「ちぇっ」

「もう、二人ともいい年こいて娘の恋愛事情に首を突っ込んでこないでよ」

 

 私がそういうなり、両親は互いに顔を合わせて「?」のマークを頭に浮かばせるかの

ような反応を見せる。そして父さんがおもむろに口を開いた。

 

「若い子に話を合わせるのが若さの秘訣だぞ」

「知らないよ、もー!」

 

 なんか良いこと言った風にキメちゃってる父さん。確かに年の割にかっこいい方だけど

それを娘の前で堂々と言うことだろうか・・・。私はなんとも言えずに熱くなった顔を

伏せ気味にしていた。

 

「食欲なくなった・・・」

 

 そういうと、二人は笑いながら私の話を肴にしながら食事を続けていた。まぁ、

私はそんなので気になるたまじゃないからいいけどさ。少しばかりも心配されなくて

ちょっと寂しかった。

 

 とはいえ、そのハーレム状態がいいのか、悪いのか。私は少し疑問に抱きながら

二階へ上がってベッドの上に勢いよく体を倒して横になって、天井を見上げると。

ふいに頭の中で雪乃が微笑む姿が浮かんだ。それがケンカしたあとに再会した際の

笑顔で、浮かべるたびに私も同じようににやけてしまう。

 

「はぁ、雪乃に会いたいなぁ・・・。でも・・・」

 

 さすがに春花にしつれいか。代わりといって付き合ったはいいけど、よく考えると

あまり構ってやれてない。特に最近は先輩にくっついてるから余計・・・もし私が

同じ立場だったら嫌だろうなぁ。もちろん、関係が雪乃だった場合。

 

 そう考えると雪乃と付き合ってデートする私を想像してしまって、ベッドの上で

悶える転がる。もうだめだ、頭冷やさないと・・・。私はシャワーを浴びるために

部屋から出ると母さんが笑顔で私の部屋の前に立っていた。

 

「嫌な予感しかしない」

 

 

 どうせ話があるから来たんだろう。私は母さんを中に入れると母さんは目を

輝かせながらあたりを見回していた。そして私がさっき呟いた言葉に反論した。

 

「それにしても、嫌な予感とか失礼よね~」

「だって、そうとしか思えないんだもん」

 

 母さんの前で大人ぶろうとしても、なんだか子供みたいな反応になってしまう。

いまでも、ぷ~って、頬を膨らませてしまう。そんな私の頬を母さんは面白そうに

突っつく。

 

「あはは、ぷにぷに~」

「ちょっと、何しにきたの!?」

「ああ、それはね・・・」

 

 母さんは少し考えるような仕草を取って私に真剣な眼差しで問いかけてきた。

表情は微笑んでいるのだが、瞳の奥にある意識がすごく真剣に感じる。身震いするほどに。

さすが修羅場をいくつも潜ってきた猛者なだけある。こういうときは怖いからちゃんと

聞いたほうがいい。私は正座で私が座るのを待って見上げてくる母さんの前で

同じように正座で座った。

 

「あのね、両手に花もいいけど・・・。アナタは春花ちゃんと付き合ってるのよね?」

「うん。・・・っていいのか?」

「ちゃんと、それらしいことしてあげてるの?」

 

 母さんの観察眼はすさまじいものがある。私はドキッとしながらも、その続きを待つ。

 

「いくら雪乃の代わりといっても・・・。ちゃんとすることしないで、他の子にも

色目使ってたら彩菜・・・アナタ。捨てられるわよ」

「・・・!?」

 

 そういえば、いつも傍にいるのが当たり前で、私に尽くしてくれるのが当たり前だと

思っていた節があった。私だったらどうだろう。許せるだろうか。

考えれば考えるほど靄がかかる。

 

「わ、わかってるよ!もう、あっちいってよ!!」

「はいはい~」

 

 母さんを部屋の外に押しながら追い出すと、今言われたことが頭の中で繰り返される。

捨てられる?私が捨てられる?春花に?そんな、そんなバカなことがあるか。

春花は私に惚れてるはずだ。そんなはずはない!

 

 否定すればするほど、そのことで頭がいっぱいになる。胸の中に虫達が這いつくばる

ようにむず痒く感じた。なんだか、なんだか嫌だ。当たり前のように感じていた

春花との付き合いがなくなるのは嫌だ。その時、私の中ではっきりと春花のことを

少しは意識しているのだ、と。意識が覚醒したのだ。

 

 それらしく振舞えなかったのは以前に言った、代わりといった手前の変なプライドと

どうすればいいのかわからないチキンな精神。私は、どうすればいい・・・。

 

 だけど、迷う前に私は無意識に携帯を持ち出して春花の登録番号を決定して

電話をかけた。焦っている私とは対照的に妙に落ち着いている春花。

それはそうだ、焦っているのは私だけなんだから。私の様子に少し違和感を覚えたのか

春花が心配そうに言葉をかけてきてくれた。ぼやけていた感覚で聞いたのと

覚醒してから聞いたのでは印象がかなり違っていた。とても、暖かかった。

 

「あの・・・!これから時間つくれるかな!」

「え・・・。うん、大丈夫だけど・・・」

「いつもの公園で待ってるから!」

「うん、わかった」

 

 ピッと電源ボタンを押して電話を切った。私はクローゼットの中から服を適当に

選んで家を飛び出した。茶色と黒の混ざったノースリーブシャツにジーンズを穿いて

家を飛び出した。出るときに何も言われなかったのは私がすることを母さんに

見破られていたからか。くっ、いつまで経っても母さんには勝てないな、と

心の中で毒を吐きながら、近所にある。子供の時から通っていた公園に滑り込む。

 

 普段は大きな森林が多く、大きい敷地でも見晴らしがよく遠くからでもけっこう

見やすいつくりになっていて、気軽に来れる良い公園なのだがあまり夜には出入りを

した覚えがなかった。

 

 並ぶベンチの近くにはいくつものの外灯が立っており、その中で一つの人影を見つけた。

春花だろうか、同じ急いだとしても私よりは今の春花の住んでいる場所の方が近い。

こっちは歩いて10分、春花は5分の場所にあるから。方向は全く逆だけど。

 

 夜独特の匂いを感じながら私は一歩一歩進んでいく。夏といえども夜にそれなりに

風が漂っていればけっこう涼しげで汗もほとんど出していない。そんな現在の気温。

 

「春花」

「彩菜」

 

 これで幽霊とかだったらどうしようとか失礼な発想をしたことは黙っておく。

春花は何で呼ばれたのか、よくわからないようで首を傾げていた。

それでも、普段こんな時間に呼ばれたことがないので不安でいるのだろう。

少し困ったような顔をした春花は。

 

「どうしたの?急に・・・」

「実は・・・」

 

 

【春花視点】

 

 こんな時間に呼び出されるとか、別れるフラグがビンビンに感じ取れる。

行くのやめようか・・・。でも、もし彩菜が一人でずっとベンチに座ってるとか

考えると行かなくてはいけない気持ちになる。本当に、どうしてこんな人を好きに

なってしまったのだろう。いつも、振り回されるばかりで、嫌になるとか思いながらも

夢中になってしまった方の負けなのである。

 

 部屋のクローゼットであらかじめ彩菜のために買っておいた可愛いと思っていた

ワンピース。いっそ別れるならもうこの服着て玉砕していけ!と自分に言い聞かせて、

そのやや淡い色合いのピンクのワンピースを着ておしゃれなサンダルを履いて

外に出た。気合を入れていたつもりがすぐに後悔に変わって私は心の中で叫んでいた。

 

(あーん、やっぱり別れたくないよお!)

 

 早めに出たせいか、ベンチには誰の姿もなく。私は外灯に照らされているベンチに

座って彩菜の到着を待つ。これはどういうことだ、と考えているとしばらく経って

から足音が聞こえて音がするほうを見てみると彩菜が慌てたような表情で走ってきた。

 

 というものの、一つ訂正があった。しばらく、ではなく直ぐに、の間違いだった。

時計を見ると私がベンチに座ってから5分ほどしか経っていなかったから。

神経を研ぎ澄まして考えながら待っていると長く感じるものであった。

 

「春花」

「彩菜」

 

 互いに呼び合って、二人の空間。これがドラマやバカップルだったらどれだけ

ドキドキウキウキな展開に発展するだろうか。でも今の私には絶望しか感じなかった。

だって、今まで恋人として付き合ってキスの一つもしていないし。しかも私より

興味を惹く先輩が現れてしまったせいで、私の存在価値は下がる一方であったのだ。

 

「どうしたの・・・?急に」

 

 私の問いに彩菜は実は・・・と少し口ごもって緊張している模様。あぁ、終わった。

神様、彩菜と恋人で過ごせた夢をありがとう。私は表情には出さなかったが今にも

崖があったら飛び込みたい心境である。

 

 その時、私は怖くて目を瞑っていた時に、次の言葉が来ると思っていたら急に腕を

引き、寄せられる。私の体は彩菜の走ったばかりの暖かさが顔にかかる。

 

「あや・・・な・・・?」

 

 なに、なにこれ・・・。私は夢を見ているのだろうか。実はほとんど相手にされない

私は疲れの余り寝てしまって、ありえもしない夢を見てしまっているのだろうか。

だけど、この体温の感覚と彩菜の息遣い。匂い。どれをとってもリアル過ぎてとても

夢とは思えなかった。

 

「今まで・・・ごめん」

 

 わっ、やっぱり別れの挨拶なのね!だが断る!と思っていたがその先の言葉に

私は耳を疑ったのだ。

 

「恋人らしいことしてあげられなくてごめん・・・。私、どうしてやればいいのか、

わからなくて、臆病になってたみたい」

「な、なによそれ!私と付き合う前は散々男も女も引っ掻き回して遊んでいたくせに!!」

 

 私がありえない!ってヒステリー気味に叫ぶと彩菜はその言葉を初めて全て受け入れて

くれたような気がした。

 

「それは・・・全く興味のない人間だったから・・・。でも、春花は昔から知ってる

大切な友達だった。そこからの恋人の関係って初めてで、春花を傷つけやしないか

不安だったのかもしれない」

「ふーん・・・」

「母さんに言われて気づいたんだ」

 

 できれば自分で気づいて欲しかったなぁとか思っていたけど口には出せなかった。

くそう、ツッコミ係りの雪乃がいないからって全てを私が請け負っていたせいで、

もどかしいったらない。でも、彩菜自身はすごく本気の顔をしていたから私は心に

思った言葉をグッと中に押し戻した。

 

「だから、これから春花にしたいことを言います!」

「あ、改まってなによ・・・」

「今からちゅー・・・キスします!」

「え、へえ・・・!?」

 

 恋人同士なら、ある意味辺り前の行為なのに改めて言い直す彩菜も変だけど

それで私の声もひっくり返りすぎて大変なことになってるのも変であった。

変同士の二人はすごいガチガチな状態で彩菜は私の肩を掴みながら

 

 そっと私の唇を塞いできた。あぁ、彩菜の匂いを強く感じる。唇に触れるほどよく

湿った感触と温もりがすごく愛おしい。あれだけ待ち望んだ展開なのに、そんな状況で

二人の唇、触れる手は軽く震えていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

「ふぅ・・・ふぅ・・・」

 

 その時、驚いたような表情に変わったのは彩菜の方だった。後悔したのか、どうなのか。

しかし、私の不安とは裏腹に彩菜の目は外灯の光の下で徐々に輝きが増しているように

見えた。

 

「気持ちいい・・・」

「え・・・?」

「私、今までキスしていて。こんなに嬉しかったり、幸せだったり感じたことなかった」

「それって・・・」

「うん・・・春花のこともちゃんと好きみたい・・・」

「え、ええ。嬉しいけど何か引っかかる・・・!でも、満足しなきゃね!」

 

 どうしたって彩菜の妹には勝てないのだから、そこは妥協しないといけないと思った。

正直悔しいけどね!でも、嬉しそうにしている彩菜を見て私の胸もドキドキが

収まらなかったのも事実。なんだか変な光景だけど、私も彩菜とのキスに興奮している

せいか、とても幸せな気持ちでいられた。だけど・・・。

 

「雪乃とキスしたらもっと気持ちいいんだろうな~!」

 

 ついでにトリップしちゃったみたいで、彼女の頭の中で今、私の存在は完全に

消えているんだろうなぁとか思われた。せっかくの雰囲気がぶち壊しだよ!

でもまぁそれはいい、まだそれは許せる。

これまでの二人を見ていれば誰でもそう思えるだろう。だが・・・。

 

「ねぇ、彩菜!雪乃はともかく、先輩と付き合うとかなしだからね!浮気だからね!」

「え、何で?」

「何でって・・・!」

 

 なんだか私の嫌な予感が当たってそうな気がしてきた。その後の彩菜の言葉を

聞いて私は軽く眩暈すら覚えたのだ。

 

「だって、先輩可愛いもん。どっちとか無理だよ」

「ああぁ、もう・・・」

「でも」

 

 一度離れた手がもう一度私を抱き寄せて光がかかる彩菜の表情がとてもかっこよくて

いわゆる、王子様ってイメージがすぐ出てきた。そして、もう一度、じっくりと

私達は夜の公園の外灯下でキスをした。こんどは落ち着いた感じでとろけるように

私は彩菜のされたいようにされてしまった。

 

「春花の方が今の所好きだよ?私、先輩とはまだこんなことできないもん」

「あ、あんたって子はぁ・・・」

「あはは、何だか春花の今の言い方おばさんみたい」

「おばっ・・・!はぁ、もういい」

 

 私は呆れて彩菜から手を離して3歩くらいの距離を離れてから私は振り返って

彩菜を見て叱った。

 

「いい!?今はそれでいいけど!絶対先輩には渡さないからね!覚悟してなさい!」

「うん、わかったよ」

「はぁ・・・もういい。私、帰る!!」

 

 親に指摘されて気づいて、堂々と浮気宣言。本当にどうしようもない彩菜だけど

私も大抵どうしようもない女だと気づいた。だって、今キスされた部分を自分の指で

なぞって思い出して恍惚としているくらいだから。複雑な気分と幸せな気分が同居した

今の状態を。私は今後なにがあったとしても、忘れることはないだろう。

 

 綺麗に光り続ける満月を見ながら私は心の中で笑って喜びながら帰路についたのだった。

 


 
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