No.369782

超空の恋姫06

真・恋姫無双のSSになります
某小説との間接的クロスオーバーです

2012-01-29 00:59:26 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4012   閲覧ユーザー数:3390

 

そこにいる者達は、目を離す事が出来なかった

目の前で起きている事は、彼ら/彼女らの理解の範疇外であった為だ

『鉄の筒』から放たれる弾は、見る事すら出来ない速度で目標を撃ち抜いた

『鉄の馬』達は信じられない速度で大地を疾走する事が出来た

 

それだけではない

見た事もない素材に、聞いた事もない専門用語の数々

それらを目の当たりにして、漸く理解が追いついてきた

『天の御使い』とは嘘ではない

自分達の知らない、理解のしようもない技術と知識をもって、ここに実在する

 

さらにその周囲を固める軍師達もまた優秀だ

武に関しては未知の兵器と、仮面の将がしっかりと支えている

漢中では経済が活性化し、人口も増えているそうだ

 

そんな諸侯の畏怖と嫉妬が入り混じった空気の中で、それとは異なる視線を向ける者達もいた

彼女達は興味深げに、天の国の兵器や軍師達を眺め、そして彼を見た

一見すれば人が良さそうなだけの凡人に見える

それも事実に違いないだろうが、しかし彼には大きな『戦力』がある

 

圧倒的なまでの天の国の兵器と、それを扱う知識、そして運用する技術

彼自身は武勇には程遠い存在かもしれないが、それは問題ではない

 

『武』と『智』を効率的に運用する技術を持つ事

それは地味な様に見えて、実は非常に重要な技能である

この大陸でもそういった技術を持つ者はそう多くない

 

だからこそ、それを「知る者」はこう呼ばれるのだ

英雄、と

 

 

 

 

 

 

超空の恋姫~6・知る者、知らない者~

 

 

 

 

 

 

 

反董卓連合軍の宿営地となっているこの地には、数多くの諸侯の陣が並ぶ

当然ながらその中には、今や注目を集める北郷軍の陣も存在する

 

「しかし、愉快だったな、稟殿」

「愉快かどうかは別として、これで諸侯の一刀殿への認識は変わる筈です」

 

腕組みをしたまま口の端だけを上げて笑みを浮かべる燕に、稟が答える

視線の先ではお披露目が終わったばかりの機動偵察隊が、体を休めていた

同時に自分達が扱う武器や愛車の手入れも怠らない

 

「短機関銃……と言ったか、あれは」

「えぇ、連発して撃てる種子島……と言った所ですね」

「数が少ないのが、気にはなるがな」

「『ばいく』もそうですからね」

 

今回、『次元積乱雲』から現れた物資の半分は、前回と大きくは違わない物だった

火縄銃に各種の弓、少なくなり始めた小粒金

そして残りの半分が、新たな武器や、数こそ少ないがバイク等だった

拳銃や短・軽・重の各種機関銃、迫撃砲や無反動砲、ロケットランチャー等々……

随分と時代を先行した兵器群に、一刀は目を丸くしたものだ

とは言え、その殆どは個人携行用火器であり、更に時代も最新、とはいかなかった

時代としては一刀の時代よりも半世紀以上前、いわゆる第二次世界大戦の時代の兵器だ

それも多くは『1950年代に滅んだ筈のソ連』の兵器に似ている

それはバイク等も同じで、オフロード仕様の軍用バイクは、一刀の目には如何にも古臭く映った

 

 

だが、逆にそれで良かったのではないか、と一刀は思っている

下手に最新鋭の兵器であったら、運用には大きな手間がかかる

メンテナンスの事も考えれば、この時代の兵器が最良ではないだろうか

そして――『次元積乱雲』の管理者は、それを理解した上で、送り込んで来ているのではないか

 

「一刀殿の話ですと、何らかの意図があってこの武具を送り込んできているのではないかと言う事です」

「その、『次元積乱雲』とやらがか?」

「意思がある事は間違いなさそうではありますが」

「ふむ……不思議なものだな」

 

軽く帽子の鍔をなでながら、息を吐く

理解の範疇外の事を考えても仕方がない、とでも言いたげな燕を稟は横目で見る

自分達よりは『次元積乱雲』についての知識がある一刀であっても理解が及ばない存在だ

燕の言うとおりであるのかもしれないが、一方でそれは思考の停止ではないのか、とも思う

軍師としての性なのだろうか、少し難しい顔をする稟を、燕は不思議な顔で眺めていた

 

 

 

 

 

「貴方が、『天の御使い』ね」

「……どちら様?」

 

稟と燕のいる位置からは少し離れた場所で、椿や風と共に周囲の地形を観察していた一刀に、声がかかった

振り返れば、4人の少女がこちらを見ている

一刀に声をかけたのは、その真ん中の少女らしかった

 

「……曹操孟徳殿です、一刀様」

 

少女らを一瞥した椿が、相変わらず感情の篭らない声音で一刀に教える

風は興味深そうに曹操の方を見ており、一刀は一刀で軽い驚きの表情を浮かべた

やっぱり女の子なのか、という思いもあるがそれ以上に「あの」曹操である

三国志の主人公の1人で、唯才主義者

天下に最も近かった英雄にして、乱世の奸雄と呼ばれた一代の英傑

その本人が目の前にいるのだ、驚かない方が無理だろう

 

「えーと、初めまして。俺は北郷一刀、真名は無いんで好きに呼んでよ」

「曹操孟徳よ。後ろにいるのは夏侯惇、夏侯淵、それから荀彧」

「こっちの彼女は程昱、この子は司馬懿で……」

「知ってるわ」

 

意味ありげに笑う曹操に、一刀の表情に陰りが見える

何か嫌な予感を感じつつも、極力顔には出さないように心がける

 

「単刀直入に言うわ、この子達、私に譲る気は無い?」

「おやおや、風達は引き抜かれてしまうのですかー」

 

半ば予想通りの言葉に、一刀は軽く息を吐く

史実でも人材マニアとして有名な曹操だから、この発言は当然かもしれない

それに歴史通りならば、彼女達は本来曹操の部下になる筈だった

その意味では、この発言の持つ意味は言葉以上に重い

 

「……どうやら曹操殿は礼儀も知らないご様子ですね」

「貴様、華琳様に対して……!」

「……人の陣にやって来て開口一番「部下を寄越せ」という方に礼儀があるのですか?」

 

曹操の後ろに控えていた夏侯惇が怒りを露にするが、椿にとっては何処吹く風だ

むしろ、より怜悧な光を瞳に宿らせて曹操の方を見る

まるで親の敵でも見るかのような視線に、曹操の顔から微笑が消える

 

「貴女の噂も聞いているわ、司馬懿仲達」

「……それはどうも」

「だからこそ誘いに来たのよ、その才を生かす為に」

 

言外に「貴方では彼女を使いきれない」といったニュアンスを感じ取って、一刀は複雑な顔をした

確かに彼女達の才能を完全に生かしきれているか、と問われれば首を傾げてしまう

自分に王としての才能が無い事は知っている

しかし、それでも自分を支えてくれようとしている彼女達に報いたいと思っているのは事実だ

様々な思いが胸の中で渦巻く一刀を横目で見ると、椿は口を開いた

 

「……そうですか、日が暮れる前にお帰り下さい」

「……私に仕える気は無い、という事かしら?」

「自分の主君を蔑ろにされて、気分のいい者はいないでしょう」

 

何時の間に来ていたのか、横合いから稟が口を出す

その瞳は椿に負けず劣らず鋭い物になっている

少しの間、沈黙が周囲を満たすが、ややあって曹操は一刀に視線を向け直す

 

「どうかしら、北郷一刀」

「……やっぱり、彼女達を離す訳にはいかないよ」

「……そう」

 

その答えに、稟・風・椿の瞳が輝く

曹操の問いに、一刀は自分でも驚くほどすんなりと拒否の返事をしていた

結局の所、自分を支えてくれる彼女達を裏切りたくない、というのが本心だ

支えるには頼りない神輿だろうが、それでも期待には応えたい

自分の我が儘かもしれないが、彼女達を従えたまま、いける所まで行ってみたい

それが自分なんかを支えてくる彼女達に対する最大の敬意だと思った

椿や稟の言葉を無駄にしない為にも、ここは覚悟を決める時だ

 

「悪かったわね、変な事を言って」

「か、華琳様……」

「非礼を詫びるわ、受け入れてくれるかしら?」

「別に気にしてないよ。まぁ、一部事実ではあるからね」

「あら、意外と冷静なのね」

 

意外にあっさりと引いた事に荀彧がうろたえる中で、曹操は小さく笑って見せた

一刀も椿の頭を撫でながら微笑む

一瞬即発になりかけていた周囲の空気が和み、夏侯淵が小さく安堵の溜息を吐く

 

「今日は失礼するわ、今度時間がある時にでも天の国の武器について聞かせて頂戴」

「楽しみに待ってるよ」

 

そう言い残すと、曹操は背を向けて歩き出した

その後ろに、腑に落ちない表情の夏侯惇と荀彧が続き、夏侯淵が軽く頭を下げていった

やがて少し歩き、一刀達から声が聞こえないような位置にまで来ると、荀彧が疑問を呈した

 

「華琳様、何故引き下がるのですか」

「あら、桂花は不満なの?」

「不満といいますか、納得がいきません。折角の華琳様のお誘いを……」

 

その言葉に夏侯惇も同意だ、とばかりに頷く

普段は喧嘩ばかりの2人が同じような反応を示した事を可笑しく思いながら、曹操は口を開いた

 

「あの3人、普通の方法じゃ引き抜けないわ」

「それほど北郷一刀を敬っている、という事ですか?」

「どちらかと言えば、強い信頼で成り立ってる主従関係ね」

 

不思議そうな夏侯淵に、曹操はそう説明してみせた

主従でありながら同士であるという関係に、曹操は口の端を歪めた

今は袁術に従っている孫家によく似た関係だ

しかし、それだけではない

はっきりとは言えないが、もう少し違う関係性で結ばれた主従

これを突き崩すのはそうそう容易ではない

 

「あんな男を信頼だなんて……」

「そう、桂花は私の見立てが気に入らないというのね」

「か、華琳様ぁ……」

 

困り顔の荀彧を見ていると、堪らなく心が高揚してしょうがない

冗談よ、と小さく言ってから曹操は心の中で呟く

 

(今は手を引いてあげる。でも何時か必ず手に入れて見せるわ、覚悟なさい、北郷一刀)

 

 

 

 

 

 

「我が君よ、よく言った」

「いや、緊張したけどね」

 

少し離れて見ていた燕が、一刀の肩を叩く

ふぅ、と大きく息を吐いた一刀は、疲れたような笑みを浮かべて答えた

あの英雄、曹操との会話だ

向こうは世間話程度かもしれないが、こっちは緊張が解けてどっと疲れた

 

「あの、一刀殿……」

 

ん、と振り返ってみれば、稟が顔を赤らめてこちらを見ている

風は嬉しそうな顔で笑っており、椿は一刀の顔を見ては視線を外す動作を繰り返している

 

「その……有難う御座います」

「あ、いや、うん、ほら、大切な仲間だし」

「そう言って頂けるだけで、風達は嬉しいのですよ」

「……です」

 

何となく気恥ずかしい雰囲気になってしまい、一刀も顔が熱くなる

傍から見れば何とも妙な空間になってしまっているだろう

実際に燕は、首を傾げながら何と声をかけたものか少々悩んでいるらしい

やがて諦めたのか、無難な台詞を選び出す

 

「我が君よ、時間はいいのか?」

「え?」

「時間だ、時間」

 

そう言って自身の手首に巻かれた『腕時計』を指してみせる(これも『次元積乱雲』からの贈り物だ)

はっとしたように自身の腕時計を確認して、時刻を読み取る

既に夕刻に入り始めており、『予定時間』までは後3時間を切っている

 

「うーん……向こうの準備が万端なら問題ない筈だけど」

「ならば先に食事にしてはどうだ?」

「ちょっと早い気もするけど……まぁいいか」

 

うむ、と頷いてさっさと歩き出す燕の後を、一刀達4人が追いかけるように歩く

稟は時折鼻を押さえ、風は相変わらず眠たげに、椿はただ黙して歩を進める

苦笑交じりの一刀ではあったが、その心中は爽やかだった

 

 

 

 

 

 

太陽が地平線へと消え、空の主役が月へと変わる時間帯

洛陽の一角では静かに着実に、作業が行われていた

 

「ちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

何処か胡散臭そうに作業をしている者達を見ているのは月と詠だ

月が居住している屋敷は、かなりの広大さを誇る

そこに月の配下が駐屯しているのだが、その数は精々が200だ

凶香は月の軍勢を分散配置する事で万が一の事態に備えようとしていた

つまりは月達の反乱である(厳密には反乱とは呼べないが)

それを防ぐ為の措置であり、月の周囲には必要最低限の戦力しかいなかった

だが洛陽に大戦力を一箇所に纏めて置いておける場所がなかったのも事実ではある

それを指摘され、渋々ながら詠は兵達を洛陽各所に分けていたのだ

 

「屋敷の敷地内に入られなければ問題ありません」

「それは請け負うけど……」

 

『何か』を繋げていた男が答えると、詠は困惑顔で言葉尻を濁した

確かに屋敷の中は月の配下で厳重に警護されている

だが、屋敷の周辺は官軍に常時警戒されているという有様だ

事実上の軟禁状態に、詠は歯噛みするばかりだった

しかし、それを打破する機会が得られるかもしれない

それは嬉しいのだが、何分未知の技術と知識の助けを借りねばならない

思わず不安になってしまうのも仕方がないのかもれない

 

「詠ちゃん、大丈夫だよ」

「月……」

「北郷様を、信じよう?」

 

詠の手に自分の両手を重ねるようにして語りかける

その儚くも優しげな笑顔に、詠の心の不安も少しずつ消えていく

詠とて一刀を信じていない訳ではない

少々お人好しで、月に慕われている点は気に入らないが、信頼には足る男だ

わかってるわ、と小さく答える詠に、先程から作業を続けていた男達が振り返る

 

「賈駆様、準備完了しました。数分間暖気すれば問題なく使用可能になります」

「う、うん、ありがと」

 

テキパキと片付けを始める男達を横目に、月と詠は組み上げられた『それ』を見た

幾つかの部品に分解され、数日をかけて洛陽の月の屋敷に運び込まれた未知なる機械

行商人に扮した『公社』の人間が使用法を説明した、鉄の絡繰

『大型通信機』を見つめながら、詠は信じがたいといった表情をして見せた

 

これら通信機も『次元積乱雲』から出現した物資に含まれていた物だ

どうやら『管理者』は、武器に関しては制限を設けているようだ

しかし、それ以外の機器に関しては比較的寛大らしい

通信機や火薬の類、それに雑多な物品に関しては比較的新しい物を送ってくれている

北郷軍本陣にはディーゼル発電機とガソリンまで存在しているのだ

 

「遠く離れた場所と会話の出来る絡繰ね……俄かには信じがたいけど」

「でも、詠ちゃん。北郷様が送ってくれたこの「うでどけい」だって……」

「うん、わかってる。今は信じるしかないものね」

 

そう言って、月とお揃いの腕時計に視線をやる

これほど小さく精巧な絡繰を、詠は知らない

こんな物をほいほいと送ってくれる北郷は本当に天の御使いなのかも知れない

だったらこの通信機とやらも信じねばならないだろう

そんな思いにとらわれている内に、数分が経過したのだろう

通信機の調整を行っていた男が詠の方を振り向き、小さく頷いた

 

「賈駆様、丁度お時間です、どうぞ」

 

もう一度腕時計を見れば、約束した時間まで間もない

詠は緊張した面持ちで、通信機の前の椅子に腰を下ろした

マイクを握ろうとした手が震えていた事に、男は気が付かない振りをしていた

 

 

 

 

 

「総隊長、入電しました」

 

北郷軍の天幕の中、こちらも通信機の前に座っていた兵が一刀を呼ぶ

やや急ぎ足でその側までやってきた一刀に、兵は黙ってマイクを差し出して、席を譲る

軽く手をあげ感謝の意を表して、やや緊張した面持ちで送話ボタンを押しながら口を開く

 

「洛陽、洛陽、こちら漢中、聞こえたら返答してくれ」

 

稟や風らが見守る中で、一刀は黙って耳を済ませる

永遠にも近い数秒が経過した後、スピーカーから聞きなれた声が聞こえた

 

『こ、こちら洛陽……でいいの?』

「十分だ。綺麗に聞こえるか、詠?」

『隣の部屋にいるんじゃないかって思うくらいには聞こえるわよ』

 

その返答に、一刀のみならず天幕内にいた全員の緊張が緩んだ

遠距離通信である為に、どうしても不安があったのだがどうやらクリアなようだ

喜色満面の一刀が、再び通信機越しに声をかける

 

「詠、そっちの通信機は長時間使えない、急だけど本題に入る」

『わかってるわ、とりあえず現状は――』

 

お互いに自分達の置かれた現状を教え合い、情報を交換する

一刀の後ろでは椿が情報を書き留め、自身の配下に何か指示を飛ばす

稟や風も、そして燕も通信機から流れる詠の声に耳を傾け、その言葉に聞き入る

 

「成る程な、張譲は宮中から出てこないのか」

『その癖、手駒達はこっちを包囲観察よ』

「だったらまだ手はある、もう少し我慢してくれ」

『我慢はするけどね……で、汜水関に関して何か言いたい事があるんでしょ?』

「あぁ、汜水関を守ってるのは?」

『張遼に華雄、それから高順ね』

「頼みがある」

『何よ』

「3人に、こう伝えて欲しい」

 

次の一刀の言葉に、詠が驚いたのは通信機越しにでも分かった

しばしの間沈黙が走り、通信機からは空電のみが流れた

 

『……説明しなさいよ、何か考えがあるんでしょ?』

「そのつもりだよ」

 

一刀はしばしの時間をとって、『Get The Moon』作戦の概要を伝えた

通信機の特性上、一刀が喋りっ放しになっていたが、仕方がないだろう

一通り話し終えると、今度は詠が幾つかの質問をしてきた

それらは主に作戦の細部に関する質問であって、大前提には一切触れていなかった

稟や風は、それで詠もこの作戦には基本的に賛成であるという意思を感じ取っていた

 

「大丈夫かな、詠」

『こっちはアンタを信じるしかないんだから、嫌とはいえないわよ』

「有難う」

『けど、アンタ……意外と人が悪いのね、お人好しの癖に』

「月や詠を助ける為なら何だってするさ」

『ちょっ!?』

 

マイク越しでも詠が真っ赤になったのが見えるようだ

うー、と唸っている声が通信機越しに聞こえ、一刀は顔を綻ばせた

 

「それじゃ同意も得られた事だし、後は……」

『ちょっと待ってなさい』

「?」

 

急に話を遮られて、一刀が不思議そうな顔をする

しばらく沈黙が続いたが、やがて小さな声が、詠に代わって通信機から流れ出した

 

『あの、北郷様』

「月か?」

『はい。あの……』

「……」

『私達、北郷様を信じています。だから、北郷様は御自分のやりたいようになさって下さい』

「……有難う、月」

『洛陽で、待っていていいんですよね?』

「あぁ、絶対に迎えにいくよ。だからもう少しだけ待っててくれ」

『……はい』

 

それを最後に通信は終わった

じっと通信機を見つめる一刀に、稟も風も、誰も声をかけられない

ふぅぅ、と大きく息を吐き出した一刀は、勢い良く振り返った

その瞳には気合と強靭な意志が見え、身体中から熱気が出ているかのようだった

 

「……やるぞ、皆」

 

小さく、しかし不思議なほどに良く通る声で呟いた一刀に、天幕内の全員が力強く頷く

北郷軍の士気は、未だ衰える様子を見せていなかった

 

 

 

 

 

「汜水関に早馬を送りなさい、今ならまだ間に合うでしょ」

 

急遽書き上げた書簡を伝令に持たせて、汜水関へと走らせる

あの書簡が、一刀の練り上げた作戦の第一段階の肝だ

馬を飛ばす伝令の後ろ姿を眺めながら、詠は月にそっと囁く

 

「月……もっと話したかったんじゃないの?」

「……うん、でも、いいの」

 

月の屋敷に設置された通信機の最大の弱点は充電池である

長時間使用すればそれだけ充電の減りも早いが、ここでは充電が出来ない

北郷軍本陣の通信機は発電機を持ち込んでいる為大丈夫だが、こちらにはそんな物はない

つまり充電が切れれば使用不可能になる

だからこそ手短に通信を済ませる必要があったのだ

 

「待ってて、って言ってくれたんだもの」

「月……」

「だから待つの、北郷様が来てくれるまで」

 

もっとお話をしたかったというのは事実だ

だが、その為に「つうしんき」が使えなくなってしまってはいけない

それに一刀は絶対に迎えに来ると言ってくれた

だから、月は待つ事に決めた

先は見えないが、一刀が来てくれるなら、まだ頑張れると思った

小さな手を握って決意を新たにする月の瞳に、一刀の優しげな笑顔が浮かんでいた

 

 

 

 

 

 

「聞いたぞ、北郷」

「何を?」

「先陣を買って出たそうじゃないか」

 

数日後、汜水関を攻略する為に布陣した北郷軍の本陣に、公孫賛の声が響いた

一刀や稟、風と公孫賛は、以前旅をしていた時に面識がある

連合軍として再び出会って以来、何かと気にかけてくれている

 

「そういう公孫賛だって先陣だろ」

「私のは麗羽に押し付けられたんだよ……桃香だって同じようなもんだ」

「あぁ、劉備さんね」

 

昨日の軍議の際、困ったような顔をしていた劉備の横顔を思い出す

事情があって公孫賛は出られなかったが、その時に劉備と公孫賛は先陣を命じられている

一方の一刀は自分から先陣を買って出て、袁紹を満足させている

 

「麗羽は、自分の軍勢に傷を付けたくないだけだぞ?」

「知ってるよ、だからこそ『乗らせて』もらった」

「……どういう意味だ?」

「今にわかるさ」

「まぁ……いいけどさ」

 

腑に落ちない、といった表情の公孫賛を見送ると、小さく人の悪い笑みを浮かべる

公孫賛には悪いが、少なくとも第一段階では誰にも知られる訳には行かない

この第一段階は、兎に角袁紹を煽ってやる事が重要だ

煽ってやればやるほど第二段階は容易になる

 

「その為には」

 

すっと視線を前方に転じる

目の前には自然の要害、汜水関

ここを最大限に利用させてもらうしかないだろう

 

 

 

 

 

汜水関を正面にして、連合軍は大きく三層の陣に分かれていた

先ず一の陣、これはいわゆる先陣である

中央に北郷軍が布陣、その左右に劉備軍と公孫賛軍が控える

 

次いで二の陣、中備えとも呼ばれる(本陣は無いが)

ここには曹操軍と孫策軍を中心とした諸侯で構成されている

 

最後に連合軍本陣、ここは最後尾に位置している

ここには袁紹軍と袁術軍が属している

 

一見してわかるように、袁紹には自軍を戦わせるつもりは全くない

全ての戦闘を他人任せにするつもりらしいが、それは誰もが理解している

それでも文句が出ないのは、袁紹軍が連合軍での最大戦力だからだ

だからといって、唯々諾々と従う気がない勢力も当然ながら存在した

 

「面白くないわねぇ」

「今は我慢の時だ」

 

中備えの陣の一つ、孫策軍の本陣で孫策は親友の周瑜に愚痴を零していた

不満顔の孫策に対して、周瑜は涼しい顔のまま彼女を諭す

 

「直に機会が来るだろう、そこまでは、な」

「分かってるわよぅ……」

 

小さな子供をあやすような口調に、孫策は頬を膨らませて答える

現在、孫策は袁術に指揮下にあり、それが孫策としては大いに不満だ

いずれは……と思っているが、今は確かに雌伏の時だろう

不満げに周囲を見渡していた孫策の視線が、ある一箇所で止まる

丸に十の牙門旗、北郷軍だ

 

「……まさか明命でも無理とはね」

「ん?あぁ、北郷軍か……流石に天の国の言葉を使われてはな」

 

先日、孫策は配下の周泰に命じて北郷軍への潜入を試みている

潜入そのものは成功したのだが、情報を持ち出す事には失敗している

その理由が、彼女達が聞きなれない天の国の言葉であった

 

『アルファの1から3は基本的にステイ』

『2、もしくは3がサイドに仕掛けてきた場合は?』

『ユアセルフの精神で』

『ノーサイドかよ』

 

これを聞いていた周泰は意味不明な天の国の言葉に目を回した

何とか帰還はしたもののまともな情報を得ることは不可能であった

 

「入り込んでいた事、知ってたのかしら」

「どうかな、或いはそれが普通なのかもしれないが」

「だとしたら、面倒ね」

 

僅かに目を細めて北郷軍を眺める

珍しく真剣な表情の孫策を、周瑜は黙ったまま見つめる

こういう時の孫策には下手に口出しをしない方がいい

長い付き合いで、その事はよく分かっている

 

「決めたわ、冥淋」

「何をだ?」

 

一転して、面白い物を見つけた顔になった孫策が振り返る

その表情に少しだけ頭痛を感じながらも、周瑜が問いかける

 

「一度会いましょう、北郷一刀に」

 

 

 

 

 

「おぅおぅ、仰山いてはるなぁ」

 

汜水関の城壁の上、張遼文遠は楽しげな笑い声をあげた

連合軍の総戦力は約30万もの大軍と呼べる軍勢である

こっちは3将の軍勢を合わせても30000をやや超える程度だというのに、だ

 

「こりゃ難儀やなぁ」

「ふん、全てと戦える訳でもあるまい」

 

汜水関を守る3将の1人、華雄は面白くもなさそうに腕を組む

「戦える」と言う辺りが猛将華雄たる所以だろうか

 

「お二人とも、忘れてはいませんか?」

「にゃ?」

「詠さんからの書簡ですよ」

 

眉間に皺を寄せたまま溜息を吐いたのは3将の1人、高順

この3人の中では最も常識人らしく、常に胃の痛い思いをしている

 

「わーっとるって、澪っち。詠の策はしっかりとやるわ」

「私としては不本意極まりないがな」

「文句を言わないで下さい、華雄さん。既に決まった事なんですから」

 

疲れたように言葉を吐き出す高順を尻目に、華雄は相変わらず不機嫌なままだ

その様子を見ていた張遼がしばし首を捻る

そして再び連合軍の方を見やり、振り返ると笑顔で口を開いた

 

「なぁなぁ、策の通りやったとして、一度ぐらいぶつかっとった方がええんとちゃう?」

「うむ、良い事を言うな、霞」

「戦いたいだけでしょう、華雄さんは」

 

一転して好戦的な笑みを浮かべる華雄に、高順は頭痛さえしてきた

軍師不在の汜水関では、どうやら彼女が軍師代行のようだ

 

「何や、澪かて天の国の武器とか見てみたいんやろ?」

「そ、それは……否定しませんが」

「せやろ?だ・か・ら、一度ぐらい当たったってええやん、な?」

 

瞳をキラキラさせながら言い寄ってくる張遼に、思わず後ずさる高順

張遼ほどあからさまではないが、華雄も期待に満ちた目をしている

無言の圧力に耐え切れなくなったのか、高順が一際大きな息を吐き出した

 

「わかりましたよ……少しは手合わせしませんと、怪しまれますしね」

「うんうん、いやぁ、ええ娘やなぁ、澪っちは」

 

喜色満面といった様子の張遼に、静かに闘志を漲らせる華雄

そんな2人を疲れた表情でみやる高順

3人の関係をよく表している光景に、周囲の兵からも小さな笑みがこぼれる

 

「じゃあ、どうします。私は北郷軍にあたりたいんですが」

「ウチは劉備軍がええなぁ、関羽もおる事やし」

「私は別に何処でもいいぞ」

「……或いは全軍で北郷軍にあたるのも手ですね」

「う~ん、その方が後々ええんかなぁ……」

「私は別に……」

「じゃあ、全軍で北郷軍に当たりましょう。劉備軍と公孫賛軍は……」

「左右から押してくるやろ、そこは何とかするわ」

「私は……」

「じゃあ、決まりで」

「おお、腕がなるなぁ」

 

置いてきぼりにされて少し寂しい華雄は別として、基本方針は決まった

半包囲と言っていい状況に置かれても、汜水関の士気は高いままを維持していた

 

 

 

 

 

 

戦闘の開始は静かなものだ

通例通り、門を閉ざしたままの汜水関に対する挑発行動から始まった

所謂言葉合戦で、汜水関に対してありとあらゆる罵詈雑言が投げ込まれた

特に孫策は嬉々として参加していたが、結局董卓軍がそれに応じる事はなかった

 

ここまでは予想通りである

そもそも篭城戦を行おうとしている軍勢が打って出る事などまず有り得ない

少なくとも、打って出れる状況ではない

そう、「普通であれば」だが

 

「出てきたな」

「予想されていた通りですね」

 

一通り言葉合戦が終わって、僅かに沈黙を取り戻した次の瞬間に、汜水関から軍勢が打って出てきた

旗は「張」「華」「高」、3将揃って押し出してきた形だ

これには流石に連合軍も混乱したが、その中で北郷軍だけは平静を保っていた

 

「まぁ、こうしないと怪しまれるしな」

「一度ぶつかった後は、お兄さんと詠ちゃんの策の通り、ですね」

「そういう事だな。燕さん?」

「何か、我が君?」

「向こうの主将に伝言を頼める?」

「構わんよ、ただ私は彼女達ほど強くはないからな、無理はしないぞ」

「それでいいよ」

 

そう言って一刀は小さな筒を燕に渡す

アルミ製の、この時代には存在しない物だ

中には紙片が丸めて入れられている

 

「……始まった模様です」

 

確かに軍の最前列からは北郷軍独自の―種子島の発砲音―が聞こえてきた

現在の北郷軍の陣形は鶴翼、左右の翼は劉備軍・公孫賛軍にもかかる

この事は既に両軍にも通達している

万が一、敵が打って出てきた場合、北郷軍がそれを受け止める、と

 

「うちが一番人数が多いからなぁ」

「えぇ、それに……」

 

言葉を切って稟が周囲を見渡す

万が一にも他の誰かに聞かれる事を恐れているのだが、周囲には北郷軍兵士しかいない

 

「……戦果は専有した方がいいでしょう」

「怖い人だな、稟殿も」

「いえいえ、燕様。言い出したのは一刀殿ですから」

 

2人の会話に苦笑するしかない一刀だった

 

 

 

 

 

 

「撃ぇ!」

 

鉄砲頭の号令の下、多数の種子島が轟音を響かせる

その度に向かってくる董卓軍の兵士が倒れていく

 

「かぁ~、えげつないなぁ」

「素晴らしいです……徹底した遠距離戦闘と騎馬の突撃を封じる柵の併用……」

 

やや呆れた表情の張遼の横で、高順が恍惚の表情を浮かべる

先程までの労苦の顔とは全く違う顔をしている高順を、張遼は無視した

 

「華雄は……とっくに突っ込んどるか、ほならウチも行くで」

「これが火薬の匂いですね……あぁ、射撃の合間には弓と投石で……」

「……おーい、澪っち?」

「見た事もない弓が……えっ、何ですか?」

「……ええわ、行ってくる」

「あ、はい。お気をつけて」

 

言うが早いか再び恍惚の表情で戦場を眺める高順を横目に張遼は馬を走らせた

流石に神速の騎馬将軍の名を持つだけに、その動きは早い

幾度も種子島の射撃を受けながらも、その度に回避していく

弾雨の中を潜り抜けながら、あっというまに北郷軍の最前列まで辿り着いた

 

「悪いなぁ、仕事もせんと引けんわ!」

「その通りだな」

 

自身の飛龍偃月刀を叩き付けようとした次の瞬間に、張遼は馬を飛ばせた

数瞬前に自身がいた空間を、矢が駆け抜けるのを視界の隅で捕らえて、好戦的な笑みを浮かべる

見れば馬に乗った黒尽くめの将が短弓を投げ捨てて、槍を構える姿があった

 

「貴公らには劣るが、それでもやらねばならないのが苦しい所だな」

「劣っとるって分かとってもやるんか?」

「貴公なら引くのか?」

「んな訳ないやろ」

 

にやりと笑みを浮かべて、馬を蹴る

背後の兵士達に下がれ、と言い残して燕もまた馬を疾走させる

一気に加速して、すれ違いざまに火花が飛ぶ

そのまま反転して、再び飛龍偃月刀と槍が切り結ぶ

実力としては張遼の方が数段上だが、それでも何とか燕は持ちこたえる

それは燕の馬にあって張遼の馬に無い物、鐙のお陰でもある

鐙のお陰で燕は何とか張遼の攻撃を凌いでいられるようだった

 

「ははっ、やるなぁ」

「私から、見れば、奇跡に、近いよ」

 

数度切り結び、一度距離をとる

張遼の方は楽しそうな顔だが、燕は汗だくだ

それでも苦しそうな表情をしないのは意地だろうか

 

「そう言えば、仕事を、しないとな……」

「ん?」

 

腰の袋に手を突っ込んで、先程一刀から託されたアルミの筒を取り出す

見慣れない物に興味津々といった様子の張遼に、燕は笑みを浮かべる

 

「これは我が君、北郷一刀より預かったものだ。これを受け取ってもらいたい」

「……罠やっちゅう可能性は?」

「私の首をかけよう」

 

躊躇なく言い切った燕の顔をまじまじと見つめる張遼

やがてその顔が笑みに変わり、飛龍偃月刀を下ろす

 

「ええやろ、詠からもよろしゅう言われとるからな」

「感謝する」

 

燕がひょいと投げてよこした筒を、器用に馬上で受け取る

初めての感触に不思議そうな顔で筒を見つめる張遼に、伝令が駆け寄る

 

「張遼将軍、高順将軍より……」

「分かっとるわ、直ぐに引くで」

 

そう言うと、振り返って燕の方を見つめる

その瞳には興味がありありと浮かんでいる

 

「ここまでや、後は手筈通りやろ?」

「協力に感謝する」

「ええよ、ウチらも月、助けたいよってな」

「思いは同じか」

「それにや、あんたんトコの大将に会ってみとぅなったわ」

「気に入ると思うぞ?」

「そらええわ」

 

大声で笑いながら、張遼は馬首を返す

まさに神速で後退を始めた張遼軍を見ながら、燕は安堵の溜息を吐いた

とりあえず自分の仕事は遂行したから問題はないが……

やはり一騎打ちでは勝てないなと知り、槍に視線を向ける

 

ヒビが入っていた

 

 

 

 

 

撤退は迅速だった

北郷軍に正面から突っ込んだ董卓軍は、見事に受け止められのだ

鶴翼で受け止めた北郷軍は徹底した遠距離射撃戦を行い、被害を最小限度に食い止めた

劉備軍と公孫賛軍は側面援護を行い、董卓軍の迂回を阻止する事に成功していた

 

この間に中備えの陣から、孫策軍が迂回進路をとって汜水関を目指したが、失敗している

「偶然にも」北郷軍機動偵察隊と出会い、彼らに一番乗りを許してしまったのだ

孫策は歯噛みしたが、機動偵察隊は気にするでもなく彼女達の前方を駆けていった

結局はこれが汜水関の命運を分けた、とされている

3将の軍勢は汜水関を捨てて一気に後方の虎牢関まで撤退した

まるで『そう決められていた』かのように

 

汜水関一番乗りの名誉と、名だたる3将の攻撃を受け止めて、更に後退させた武勇

結果として北郷軍の名声は高まり、袁紹は大いに悔しがった

彼女の性格からして、自分よりも目立つ者は許せないのだろう

 

そしてこの頃からだ

 

「北郷軍は汜水関を僅か半日で落とした英傑」

「北郷軍こそが盟主にふさわしいのではないか」

「北郷軍の武勇に勝るもの無し」

「北郷軍の名声、天に届くばかり」

 

そういった噂が連合軍の内外から聞こえ始めてきたのは

 

 

 

 

 

 

次回予告

『Get The Moon』作戦第二段階発動

北郷軍は、虎牢関を「攻めず」に突破せんと試みる

噂と虚栄心を利用して行動の自由を得る為、一刀は一計を案じる

暗闇の中で北郷軍が追う「敵性戦力」とは?

 

次回、超空の恋姫~7・Control Of Intelligence~

 

 
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