小笠原千花と甘粕真与の二人は、駅近くの商店街でショッピングを楽しんでいた。日曜日ということもあり、人の通りも多く賑わいを見せている。けれどどこか沈んだ空気を感じるのは、空がいまいちハッキリとしないからだろうか……真与はふと、一週間ほど顔を見ていない同級生の事を思い出した。
(直江ちゃん……)
直江大和は先週末より行方不明で、学校どころか寮や街中でも見掛けない。彼がいつも一緒にいる、風間ファミリーと呼ばれる仲間達が、毎日のように捜索をしているとのことだった。むろん、学長でもある百代の祖父、鉄心の意向もあって学校には風間ファミリーのみんなは通学している。
椎名京はもともと友好的ではなかったが、最近の彼女の様子には不安を覚えるほどだった。元気が取り柄のような川神一子も、あの天真爛漫な明るさが失われている。クリスもいつもより、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
(何があったのでしょうか?)
事情を知らない真与には、大和が失踪する理由がまったくわからなかった。むしろ何かの事件に巻き込まれた可能性を疑ってしまう。もしそうなら、警察に任せるべき事態だ。それでも、『まだ大丈夫』と思わせるのは、リーダーでもある風間の存在だろうか。彼の変わらぬ明るさが、希望を示しているような気がした。
「……マヨ? ちょっと?」
「えっ? 何ですか、チカちゃん?」
「何ですかじゃないわよ。さっきから呼んでるのに、ぼんやりして。どこか、具合でも悪い? だったら無理しないでも……」
「いいえ、大丈夫です」
真与は千花を気遣うように、笑顔を浮かべる。暗い顔をしていても仕方がない。気持ちを切り替え、真与は休日を満喫することにした。
「このスカート、チカちゃんに似合いますよ」
「そうかなあ……ちょっと、可愛らしすぎない?」
「そんなことありません」
お互いに似合いそうな服を選びながら、二人は商店街の通りを散策していた。のどかな休日の一コマだが、雑音のように突然、場違いな男たちが現れ声を掛けて来たのだ。
源忠勝は朝から寮を出て、街中を巡回していた。養父の宇佐美巨人の手伝いもあったが、川神一子が心配だったというのも理由にあったのかも知れない。一子がずっと、直江大和を捜索している姿を見てきたのだ。
「たくっ……どこ行きやがったんだ」
意識はしていないが、一子の元気のない姿が忠勝を苛立たせた。見回りをしながら、それとなく大和の行方も探る。忠勝は裏通りから、賑やかな駅前に出た。
(いつもと雰囲気が違うな……)
巨人が心配している妙な薬が、最近やたらと出回っているようなのだ。警察による取り締まりも追いつかないほどの速度で、若者の間に広がっている。それも明らかに、川神市をメインに売買を行っているようなのだ。
(オヤジは誰かが故意に、川神を的にしているって言っていたが――)
考え事をしながら歩いていた忠勝は、視界に知り合いを見つける。どうやらナンパをされているようだが、声を掛けている男たちの様子が普通ではない。
(酔ってるのか?)
顔が赤く、多少、興奮状態にあるようだ。嫌な予感がして、忠勝は彼らに声を掛けた。
「おい」
ホッとしたような表情を浮かべたのは、声を掛けられていた二人の女性……千花と真与だ。
「何だ、お前?」
絡んで来ようとする男を、別の男が引き留める。どうやら忠勝の顔を知っていたようだ。何やら耳元で囁き、困ったように眉を寄せて忠勝を見てくる。追い払うように視線を動かすと、男たちはスゴスゴと退散していった。
礼を言う同級生に軽く頷いて、忠勝も注目を集める前にその場を去ることにした。それよりも彼は、さきほどの男たちが気になった。軽度とはいえ、薬の中毒症状が出始めているようである。
(こんな昼間の駅前にまで、あんな連中が出て来るほど薬が広まってるのか?)
嫌な予感がした。忠勝は正体の知れぬものから逃げるように、少し足を速めた。
忍足あずみと共にやって来たのは、同じ九鬼家従者の桐山鯉だった。すでに日は傾き、だが夕食までにはまだ間がある時間である。
「英雄様、ご報告したい事があります」
「何だ、あずみ? 我は今、庶民の行く末について思い巡らせていたところだ」
自室のソファで何やら書類を広げていた九鬼英雄の前に、あずみと共に入室した鯉があるファイルを差し出す。
「これは?」
「はい。『武士道プラン』に関する報告書です。計画遂行にあたり、川神市周辺の治安調査を行った結果をまとめたファイルになります」
いぶかしげに目を細めた英雄は、ファイルを手に取って中を見る。数ページほどめくり、英雄は驚いたように手を止めた。
「……これに、間違いはないのだな?」
「はい」
英雄の問いかけに、鯉は頷く。なぜあずみがわざわざ報告書を英雄に見せたのか、ここに書かれている内容が真実ならその理由は明らかだ。
「少し……我に時間が欲しい」
本来の立場関係で言えば、英雄が命令すれば鯉は従うしかない。だが公私混同でそんな命令は、英雄には出せなかった。それゆえの、言葉だったのだろう。
「……報告書の提出期限は、明日の正午です。それまで私は、細部の確認をしようと思っています」
そう言って、鯉は一礼するとファイルを持って退出した。つまりそれまでは、時間があるということなのだろう。
「あずみ、出かけるぞ」
「はい、英雄様!」
それは久しぶりにあずみが見る、英雄の辛そうな顔だった。
この世に『悪』があるとすれば、それは人の無関心が生み出す隙間に溜まるのだろう。塵のように小さな思念が、いくつも集まって形を成す。集合体ゆえにとらえどころがなく、決まった形を維持しない。
人の目にそれは、万華鏡のように様相を変えて見えるのだ。だから誰もが間違うことのない普遍ではありえない。自分にとっての正義を胸に抱き、天秤で罪を量る。
「他者の存在がなければ、己の罪も量れないのでしょうか」
窓から外を眺め、葵冬馬は呟く。そして壁の時計を見て、視線を逸らした。廊下が騒がしいようだ。
「……どちらが先か」
そう口にした冬馬の前で、ドアが激しく開かれる。制止する看護師を押し退けて入って来たのは、九鬼英雄と忍足あずみの二人であった。
「我が親友のトーマに、聞きたいことがある!」
「いらっしゃい、英雄。わざわざ病院まで、何を聞きたいのですか?」
「真実だ。街に広がる『ユートピア』なる薬の出所を調べさせたところ、ここの名前が挙がったのだ。院長が関わったのは当然として、お前はどうなのだ?」
すがるような思いだったのかも知れない。否定してくれれば、出来る限りの助力を惜しむつもりはなかった。だが、冬馬は黙って力なく首を振った。
「時間切れのようです……」
そう呟いたかと思うと、慌ただしく十名近い背広姿の男たちが部屋に入って来たのだ。驚く英雄たちを余所に、背広の男は警察手帳を冬馬に見せた。
「葵冬馬、殺人未遂の容疑で連行する。すでに共犯の井上準は確保済みだ」
「未遂……そうですか」
警察の言葉に、冬馬はわずかに悲しげな失望したような表情を浮かべる。そしてまるですべての感情を遮断するかのように、両手を差し出して目を閉じた。
「これはどういう事なのだ? トーマ!」
英雄の叫び声を背中に受け、葵冬馬は警察に連行されて行く。よく知る病院の廊下を警察に腕を掴まれて歩きながら、冬馬は唯一の心残りである榊原小雪のことを思った。結局、自分もまた彼女を不幸にしてしまったのではないか……その思いをぬぐい去ることは出来ないまま。
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剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
生活臭のないキャラは難しいです。そして急展開。
楽しんでもらえれば、幸いです。