第二章 並行世界のアリス
Alice_in_Parallel_world.
1.
時空管理局航空隊のクライス・ダイムラ少将は秘書であり、また息子でもあるセブリング・ダイムラ三佐と、湾岸沿いにあるレストランへとやって来ていた。
立て込んでいた仕事が、ようやく片付いたので、やや遅めの昼食といったところだ。
クライスは堀の深い顔と、高い鷲鼻のいかにもといったいかつい風貌の男である。肩幅も広く、いかついという言葉が良く似合う。
だが、本人はこの造作に少々のコンプレックスを持っている。部下達に言うことを聞かせるのには有効なこの顔だが、子供好きの彼からすると、この顔で近づくと、泣いて逃げていってしまうのである。息子が生まれた頃は、息子からもどうようの対応をされて、影でこっそり泣いたことがあるのは、妻だけが知る秘密である。
一方、息子のセブリングはクライスとは正反対の甘い顔をしていた。
彫りもあまり深くなく、見る人が見れば日本人顔ともいえる顔だ。。
背はお世辞にも高いほうではなく、身長と顔のせいで、プライベートでは時々女性と間違われることがあるので、父同様に、自分の容姿があまり好きではなかった。
仕事でもこの容姿のせいで、甘く見られてしまうことが多々あるのも面白くはない。だが、そうやって油断してる相手を掬うのは、自分の常套手段にもなってしまっているので、世の中とはままならないものである。
「そういえば、高町二尉ですが、彼女の友人でもあるクロノ・ハラオウン執務官から連絡がありまして、条件付きながら、外出許可がでるまで回復したそうですよ」
「執務官殿がわざわざ連絡を? ご苦労なことだな」
セブリングの報告に対して、口ではそう言うものの、その表情にはどこか安堵があった。
実際、あの出来事に対しては少なからずクライスも心を痛めていた部分がある。
まだ若く、そして極めて優秀な魔導師が、魔導師として――どころか、ヘタすれば日常生活もままならないレベルでの怪我を負った。
所詮は小娘――なれど、やはり航空隊に所属した以上は自分の部下であるし、何よりやはりその小娘というしかない年齢の少女となると、心配であったのだ。
若いながら、彼女には若さ特有の傲慢からくる油断や甘さは少なかった。一緒にいた魔導騎士もどうレベルの強さを持っているのをクライスは知っている。
そんな二人が油断をした?
それはありえない、とクライスは考えている。
報告書がどうであれ、そして自分より上の連中がどう判断しようとも、少なくとも二人が二人同時に油断するようなことはないと、思っているのだ。
そして――これは、完全にクライスのカンであるのだが――ハラオウン執務官らも、自分と同じように、この件の裏に見え隠れする悪意のようなものを感じ取っているのだろう。
悪意――それが一体なんであり、誰のものであるかなどは、一切わからないのだが。
「リハビリも順調なようですので、多少の後遺症は残る可能性はありますが、魔導師としての再起も不可能ではないようです」
「そうでなくては困る。ハラオウン提督、グレアム元提督とその使い魔達の推薦でウチに来たのだからな」
タルタルソースを付けたポップシュリンプを口の中に入れながら、クライスはうなずく。
実際、その能力は優秀そのものだ。
魔力の運用法、手持ちの魔法の使い方、戦術眼に、戦略眼。そしてそれらの実行出来るだけの戦闘力。どれをとっても悪くない。
復活の暁には、是非とも教導隊員になってもらいたいところである。
「そういえば、高町二尉の出身は『地球』だったな」
「はい。それが何か?」
「ダイムラ家の先祖が地球人なのは知っているか?」
「そうだったんですか?」
どうやらセブリングは初めて知ったようだ。
無理はないか――と、クライスを胸中で苦笑する。
それを知っているのは、一族でも自分か、あるいは先祖に近い者くらいだろう。
若い頃に興味があって自分の家柄について調べたさいに、クライスが知ったことだ。
「それも日本という国――高町二尉と同じ国の出身だ」
管理外世界ということもあって、クライスは出身地に関しては半信半疑ではあったのだが、高町二尉や、彼女の友人である八神はやてなどを見て確信に変わった。
その彫りの浅い顔の造作がセブリングと似ていたのだ。
だから――というわけではないのだが、彼はやや高町二尉を気にかけている節があるし、自身でもそれを自覚している。
「興味がある――という顔だな」
「ええ。どういう経緯で、ご先祖様はミッドへやってこられたのか気になります」
「先祖がミッド――いや、地球から見て我々の魔法世界へと足を踏み入れたのは、まだ時空管理局すら制定されていなかった頃らしい。
だから、ミッドチルダという地名があっても、今のミッドチルダとはやや意味合いが違う」
そこで言葉を切って、スプーンでパエリアを掬って口に運ぶ。
改めて顔を上げ、セブリングを見、続きを促されてからクライスはうなずいた。
「ダイムラっていう苗字もその名残だ。高町二尉に一度だけウチの苗字について訊ねたことがあってな。推測でしかないが――」
クライスは言いながら、ポケットからメモとペンを出して、馴れない字に苦戦しながらそれを書き上げる。
「『大村』と書くんじゃないかと、教えてもらった」
「へー」
基本的に、ドライな息子にしては、中々の食いつき具合だ。
こうした他愛もない話を息子とするのが久々なクライスの舌が、より饒舌になっていく。
「で、だ。最初にこちら側の世界へとやってきたのは、シンという女性だ。
女性と言っても、こちらへ来た時点ではまだ少女といった年齢であったそうだが」
「何故彼女はこちらへ?」
「何てことはないさ。次元震――それも極めて特殊なタイプに巻き込まれ、こちらへと飛ばされてきた。
実は彼女の手記を見つけてな。日本語で書かれていたのだが、今の技術でなら日本語翻訳は造作もない。
やや古い文字だからか、ところどこ文字化けしてしまったが、大筋は、日記と自分の過去について記してあった」
「過去……ですか?」
「ああ。意図しない転移であったからこそ、故郷に思いを馳せたのだろう。
いずれ自分の世界の技術が発展し、この世界へと来ることが出来るようになったのであれば、どうか自分の心だけでも、故郷へと連れて行って欲しいと、そういう内容だ」
無論、悔やんでも仕方がないと考えた彼女は、前向きにこの世界で生きたそうである。
そして彼女と添い遂げた男は、彼女の思いだけでも後世に残るようにと、『ダイムラ』の名前がいつまでも続くように遺言とした。
「ダイムラ家が基本、養子しか取らないとする理由にはそんなコトが……」
「今ではただ古くからの習慣となっているがな――それを知ると、絶やすわけにはいかないと、そう私も思った」
「…………」
「それはそれとしてな。手記には面白いことが書いてあった」
「面白いこと?」
「ああ。シンの母親の名前はモミジと言うそうでな。
ダイムラよりも小さいが中々の商家であったそこから、ダイムラ家へと嫁いできたそうだ。カエデという双子の姉がいるそうで、母姉妹が揃うと見分けが付かないとシンは綴っている。
その母親姉妹には、共通の思い人がいたそうだ。
名前はムコル――だったか。正しい発音は分からんのだが、とにかく、その男のコトを待ちわびていたのだが、結局、最後に会って以来、会うことがないままモミジはダイムラへ嫁ぐコトになったらしい」
アイスティーを一口含み、喉を示してから、クライスはもったいぶるように続けた。
「面白いのはここからでな。
そのムコルという男、どうやら地元を荒らした化け物を止める為に旅立ったまま行方不明となったようなのだ」
「なんともまぁ……こう言ってはなんですが、創作物語のような話だ」
「まぁそう言うな。
五本の剣を携えたその男は、風の噂では三日三晩化け物と戦い、四つの剣を失いながらも、最後の一本で化け物を封印した聞いた――と、シンは書いていた」
「ムコルという男も大概な気もしますが……それほどの化け物を封印するのに使われた剣、もしかしてロストロギアだったりするのですかね」
「考えてもみなかったが――そうかもしれぬな」
息子の言葉に、思わずクライスが笑った。
そうであるのならば、その剣と是非とも対面がしてみたいものである。
外が騒がしくなる。息子を先へ行かせ、自分も支払いをして外へ。
上空を駆ける謎の魔導師と、それを追う航空魔導師一人。
局員負ける。即座にセブリングが空へ。
その魔導師を追いかける。
ここで2-1終わり。
このページはほぼプロットそのままとなってます。
なんせ、未完成のらくがきですから
2.
手元の書類を見て、少し頭を抱える鉄装綴。
その書類をのぞき込み、笑う黄泉川。
偶然でも狙ったにしても、一七七支部は少し休ませてやろうじゃん。
書類は、一七七支部の三人から、同じ連休への休暇申請書。しかも都市外部届け付。
レベルアッパーから始まった木山春生関連の事件で頑張ったご褒美じゃん。ここで2-2終わり。
3.
黒子、初春、佐天、美偉 イン 翠屋。
黒子の
「お姉さまは学園都市上層部の依頼とはいえ、どこの馬の骨とも知らぬ殿方と都市の外へ外出とは! ああお姉さまどこで何をしていらっしゃるのでしょうか!」
という、愚痴を聞きつつ、美味しいスイーツに舌鼓。
話の流れから、歴史の勉強ということでシドッチの絵を観に行くことに。
2-3ここで終わり。
4.
リムジンの中。
信号待ちの時、ふとなのはを見かける。
誰かと一緒にいるなのはが、弱々しくも笑っていた。
鮫島に声を掛けるかと問われ首を横に振るアリサ。
少しとはいえなのはを笑わせてくれる見知らぬ女の子に嫉妬しつつも、出来ればなのはの心を解してくれることを心で望み、車が発進する。
2-4ここまで。
5.
上条組、病院に到着。
上条、美琴は冥土帰しと共に、医者の元へ。
スフィンクスは院内へ連れて行けないので、インデックスは噴水の前で時間潰しすることに。
噴水の前のベンチでははやて待ちのリインが小飛と戯れてる。
リイン、インデックスの抱えているスフィンクスを見、持っていた煮干しを食べるか訊ねる。
そのままインデックスとリイン、仲良しに。
一方の上条組、目的の先生――フィリス矢沢医師と対面。
上条と美琴にあわせたい女の子とやらは外出中らしい。
冥土帰しは矢沢医師とお話。長くなりそうだからどこかで暇を潰していて欲しいと言われる。
上条、美琴はインデックスの元へ。
野良猫フェスティバル開催中
リイン、上条を怖がる
シャマルとはやてが戻ってくる
シャマル、上条の右手を怖がる
「よくわからねぇけど、絶対に右手は近づけたりしないから安心してくれ」
6.
海鳴市の上空を、一人の少年が飛んでいた。
比喩でもなんでもなく、文字通り空を飛んでいる。
中肉中背で、黒髪に黒い双眸。特徴だけなら日本人の特徴を備えているが、その造作はどこか、らしくない。それもそのはずで、彼は日本人ではない。そもそも地球人ですらなかった。
だが、今はこの街の学校に通う義妹の為に、元々とある事件で簡易基地として使っていたマンションの一室を自宅へと変えて、この世界で暮らしていた。
「エイミィ、方角は美術館のほうだったな?」
話かけると、その返事は彼が手に持つ杖――S2Uを通じて返ってくる。
《うん、そうなんだけど……でもいいのクロノ君。今日は非番でしょ?》
クロノ・ハラオウン執務官とその相棒、エイミィ・リミエッタ補佐官。
ミッドチルダ出身の時空管理局局員で、その中でもここ最近の活躍から英雄艦とも称されている次元航行艦アースラのメインクルーである。
もっとも、本人達は別に自分達のことを英雄だとは思っていない。出来る限りのコトを出来る範囲でやり尽くした結果が、たまたまうまくいっているだけだ。
それを差し引いても、クロノは執務官試験の最年少合格記録の保持者であり、その魔導師としての能力は同年代の魔導師達と比べても頭一つ飛び抜けているが、やはり彼自身はそれを誇りこそすれ驕ることはない。
「非番だろうがなんだろうが、次元観測技術のない地球で影響が出ない程度であれ次元歪曲反応なんてものが観測されたんだ。念のため見に行くにこしたことはないだろ」
《それはまぁそうなんだけどさー》
「それに非番なのは、君もだ」
《非番でも時間があるとつい計器類のチェックとか始めちゃうんだよねー》
「ぼくも似たようなものだから気にする必要はないさ」
二人でそう苦笑しあった時、クロノは眼下に知り合いの姿を確認する。
「ザフィーラとヴィータか……よし」
《なに? 二人をデートに誘うの?》
「行き先は色気もなにもない場所だけどな。万が一と言うこともある」
観測された次元歪曲反応の数値程度では問題が起こることがほぼ皆無であるが、何らかの要因によって急に肥大化したりといった前例が少なからずある。
そうなった時にクロノ一人だけだと心許ないので、同レベルの魔導師がいると有事の際にはありがたい。
「何も起きなくとも、ヴィータのリハビリにはなるだろう」
《どちらかというとそっちが本音だったり?》
「かもな」
エイミィの言葉にどうとでも取れる返事をして、クロノは二人の元へと降下する。着ていた黒衣は光に包まれると、黒いシャツと同色のジーンズへと変化した。そして着地してから、自分の周りに展開していた認識阻害結界を解除する。
「やぁ」
「あ、クロノ執務官」
《何か事件でも?》
挨拶をすると、ヴィータは覇気のない顔で、ザフィーラは――子犬モード中に普通に喋るのは拙いと判断したのか――思念で返事をしながらこちらへと視線を向けてくる。
「少し時間はあるかい?」
二人がうなずくのを確認すると、クロノは微弱な歪曲反応を観測したことを説明する。
「手が空いているのなら、一緒に来ないか?」
《私は構いませんが……》
「あたしも……一緒に行っていいんですか?」
「ああ。君ほどの魔導師が付いてきてくれるのであれば、それを断る理由はないな」
まるで自信のないヴィータを勇気づけるように、クロノはうなずく。事実、ヴィータはクロノ同様に上位クラスの実力を持つ魔導騎士だ。
目の前で友人の翼が折れたのを目の当たりにしたのが余程ショックだったのか、自責の念からかなり弱気になりすっかり自信をなくしてしまっている。
クロノがヴィータに声を掛けたのは、その辺りの自信を取り戻させるためでもあった。
弱気なヴィータの視線を、クロノが真っ直ぐに返すと、彼女はまるで自分に言い聞かせるかのように弱々しくうなずいた。
再び認識阻害結界を纏い、クロノは
ヴィータも紅いゴシックデザインの騎士甲冑をその身に纏う。ザフィーラも子犬形態を解除して、いつもの大型の蒼い狼へと戻った。
「この騎士服を着るの……久々かもな……」
「どうした?」
「なんでもねぇ」
実際は、ザフィーラもクロノも彼女の呟いた言葉を聞いていたのだが、二人は特に何か言うこともなかった。
そうして、今度は三人で上空へと跳び上がった時、
《クロノ君ッ!?》
「どうしたエイミィ?」
どこか、慌てたような様子でエイミィから通信が入った。
《さっきの反応、歪曲っていうよりも、ゆらいでるって言った方が正しいかも》
「ゆらぎ?」
《そう。それがどんどん大きくなってる。まるで水の中から何かが出てくるようなそういうゆらぎ方なんだ》
「何らかの次元転移なのでしょうか?」
次元のゆらぎ。それも何かが出てくるかのような――そこから連想されるのは確かにザフィーラの言う通り、転移の類だ。
「召喚系の魔法ではないんだな?」
《うん。ほんと、ただゆらいでる感じ》
「とにかく行ってみよう」
クロノの言葉に、ザフィーラとヴィータはうなずくと、三人は速度を上げて海鳴市の空を駆け始めた。
7.
海鳴市のハズレにある
桜台という住所の、半分が私有地であるこの山の中の数少ない一般開放されている地区の一部だ。
丁度、月守台との境目となっている谷のようなその場所から見て、桜台側の雑木林へと入った場所に、小さな小さな
人に忘れられたかのように、ほとんど手入れがされていない――そのはずの社であったが、意外にも綺麗に手入れされていた。
「どういうことだ、オイ?」
訝しみながらも彼はとくに躊躇うことなくその社の戸を開き、中にある御神体を確認した。
そこに飾られているのは小さな石像だ。
直径にして二十センチメートル。小さな手足に大きな翼の付いた、丸っこい謎の生物をかたどっている。作られたのが四百年前のものとは思えないほどのファンシーな造形であるが、実在した存在をモデルにして作っているらしいという話が本当であれば、ここに奉られているのは本気でこんなファンシーな生物――いや神なのだろう。
「封印像、
目を瞑れば、僅かながら独特の冷たい霊気を感じることが出来る。
「もう少しだ……もう少しの間だけ、待っていてくれ……。そうしたら、俺が――……」
皆まで言わず、彼は軽く一礼してから踵を返した。
それから、懐からサングラスを取り出して掛けると、すぐ側の道路へ向かって歩き出す。
「美術館……地理的にはすぐそばのはずだったな」
近くにバス停があったが、そう遠くはないだろうと判断し、彼は通り過ぎるバスを見送った。
タイムリミットはあるが、まだ慌てるほどではない。
逸る気持ちを抑えながら、彼は歩き慣れない山道を歩いていく。
余談であるが、一時間に一本しか来ない今のバスを見送らなければよかったと、美術館に着く頃に彼は後悔するのだが、それはまた別の話である。
8.
桜台の雑木林の中にある小さな湖。
その側に、波紋が広がっていく。湖面にではなく、一部の岸の空中に、である。
水面が波打つように、円形に空間が広がっていく。まるで揺らいでいるかのようなその中から、光が二つゆっくりと顔を出した。
その光は近くの地面へとふわりと降り立つと、人の輪郭を作りながら収まっていく。光が収まった後に残るのは二人の人間だった。
片方は赤いジャケットを纏った青年だ。額に大きな傷があり、その周辺だけ前髪が白いメッシュのようになっている。左手には、二本の日本刀とショットガンが一緒くたに纏められている鞘を握り、右手はいつでもその武器が抜けるようにか、軽くショットガンに触れていた。
もう片方は青年よりもやや年下に見える女性である。ボリュームのある後ろ髪を高い位置でポニーテールのように結っており、その尻尾を五本に別けるといった変わった髪型の彼女は、スリットの深い黒のチャイナ服の上に、青年と似たデザインの赤いノースリーブジャケットを羽織っている。手には長い錫杖と、ジャケットの背面内側のホルスターに銀色の銃を見え隠れしていた。
両名は油断なく周囲を見渡してから、ゆっくりと息を吐いて警戒を解く。
「ここは……どの辺りだ?」
「んー……代官山あたりじゃなーい」
「適当なコトを言うな」
当てずっぽうで地名を答える女性の額に、男性の裏拳がコツンと当たる。
「雰囲気からすると日本のようじゃがのう」
「適当に歩いて、まずは場所に辺りを付けるか」
関東なら、六本木の本部へと帰還しやすいのだが――と、僅かな希望を抱きながら、青年が歩きはじめる。
だが、
「
着いてくる気配がなかったので背後へと呼び掛けるが、彼女は動く気配がない。
青年に小牟と呼ばれた女性は、自分達の背後にあった小さな湖を見つめたまま動かないでいた。
「どうした?」
「のう……零児。この湖の底、何か封印されておるようじゃぞ?」
「なに……?」
小牟の横に立ち、零児が湖の底を見つめるが、特に気配を感じない。
「本当か? 俺には良く分からんが――」
「うむ……注意深く探るとのぅ……なんとなく、うっすらと感じるのじゃ。
……一つは、この湖の精の類……。一つは……これは人柱かのぅ――人間ではなさそうじゃが、強い力で本命を押さえつけておうようじゃの」
「本命?」
「オッズ低めの気配じゃが――だからこそ、本物の力をもった妖魔なのだと分かる。こんなもんの封印が解かれようものなら、ここら一帯焼け野原の可能性がある感じじゃな」
その説明に零児の顔がこわばるが、それを小牟は制した。
「ま、しっかりとした封印のようであるし、妖魔の方も大人しく封印されているようなので、人為的に解かん限りは大丈夫じゃろうて」
「そいつは重畳。だったら俺達はその妖魔を刺激しないうちに、ここから去るとしようか」
「そうじゃのう。眠れる魔獣のシールを剥がして戦うなんて、やり込みだけで充分じゃ」
百兆度の炎なんて吐かれたたまったもんじゃない――と言いながら踵を返す彼女に、
「まったく、またわけのわからんコトを」
肩を竦めながら後を追おうとした。
――その瞬間ッ!
「――ッ!」
「……っ!」
突然感じた違和に、二人はすぐさま身構える。
「わ、わし、マイマイクとかで歌とか歌っとらんて!」
「言ってる場合かッ! 封印じゃない。何かがくるぞッ!!」
周囲の空気が変わっている。いや、本来の空気からズレたとでも言おうか。
さっきまで立っていた場所なのは間違い無いのに、まるで別の場所へとズレ込んでいるような妙な錯覚に、気持ちが落ち着かない。
「上からくるぞ! 気を付けいッ!」
小牟の警告に、零児の視線が上を向く。
二人の前に降り立った影は、合計三つ。
中央にいるのは、黒衣を纏い、鉄色の機械的なデザインの杖を握った少年。その左に赤いゴシックロリータ調の服を身につけ、戦槌を肩で担いだ少女。そして、右側には蒼い毛並みをした大型の狼。
零児は身構えたまま、中央の少年に問う。
「君たちは?」
降り立った後でこちらに視線を向けて来るもすぐに襲ってくる気配はない。それであるのならば、コンタクトは可能だと踏んだのだ。
「失礼しました」
少年は構えを解くと、杖を掲げる。零児と小牟の全身に力が籠もったが、掲げられた杖は光と、一枚のカードへと変化しただけだった。彼はをそれを自分の上着のポケットへとしまい込む。
それから、少女の方へと視線を向けると彼女もうなずき、手にしていた槌をミニチュアの首飾りへと変化させて、それを首に掛けた。
それから改めてこちらに会釈をし、彼は良く通る声で自らを名乗る。
「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンと申します。こちらがヴィータ三等空尉。それとヴィータの友人である盾の守護獣ザフィーラ」
こちらの様子を窺いつつも、それぞれが紹介されることに頭を下げてくる。
少なくとも敵意はないようだ。
零児は彼らに習い構えを解くと、小牟もそれに続く。
「俺は
紹介に併せ、軽い調子で小牟も会釈をする。
「さてお互いに色々と聞きたいことがあると思いますが……」
「ああ――そうだな。問題がないようなら、こちらからでも構わないか?」
「ええ、どうぞ」
クロノの許可をもらい、零児は一つうなずいてから、告げる。
「取り急ぎ確認を取りたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「ここは『地球』か?」
はい――と、クロノが自然にうなずく。
それを確認してから、続けて小牟が問いかけた。
「渋谷はどーなっておるのかのう? 特定閉鎖区画とかだったりしてくれるととっても嬉しいんじゃが」
「……申し訳ないというべきか、普通の繁華街として機能しています」
「だーっ! せっかく『地球』だっちゅうから喜んでみたら『地球』は『地球』でもわしらの住んでたトコとは違う『地球』かい!」
頭を掻き毟って喚く小牟に嘆息してから、彼女を指さし――
「こんな状態なワケなんだが、理解してもらえるか?」
「大筋は。並行世界はあると言われていましたが、確証がないものでしたので、すぐに信じろと言われても難しいですが」
「構わんさ。我ながら荒唐無稽だということくらいは理解している」
互いにうなずきあいながら、零児はこのクロノという少年について考えていた。
時空管理局なる組織に聞き覚えはないが、少なくともこの少年、かなりデキる。戦闘面もさることながら、こういう情報交換も、だ。
若いながら、相応の修羅場をくぐっていることがこうやって対面していると良く分かる。若い故の危うさのようなものもなく、冷静沈着であり、常に落ち着きを見せている。
「他には何かありますか?」
「そうだな」
クロノの言葉に、次の質問を告げようとしたとき、
――ッ!!
ふい発生した不可解な気配に、全員がそちらの方向へと向き直る。
「誰だ? テメェ?」
ヴィータが敵意剥き出しの様子で、現れた男を睨み付けた。
それもそのはずだ。見た目は宙に浮いている以外普通の人間に見えるのに、どこかその気配につかみ所がなく、それでいて得体の知れ無さだけがしっかりと伝わってくるのだ。
「次元航行艦アースラ所属のクロノ・ハラオウンです。貴方も管理局の魔導師のようですが、この管理外世界になにか用が?」
先ほどのカードを取り出しながら、クロノが訊ねる。だが、その男からは返事がない。
クロノが纏っている黒衣から余計な装飾が取り除かれたような、非常にシンプルな服と、先端が二股に分かれ中央に大きな赤い石が付けられた槍にも見える杖を携えている。
「こののっぺり感……どーっかっで出会ったような……」
なにやら小牟が呟いている言葉に、零児も同感だった。
男とは初対面だが、間違い無くこの気配を自分達は知っている。そんな気がするのだ。
「近くに……ある……」
「あン?」
ぼそぼそとしたトーンで喋りだした男に、ヴィータの眉がハの字になる。
「世界に……静寂を……もたらすもの……」
「何を言っている?」
「そして……二つの
「狙いはわしらかい!」
こちらを見ながら、今度はハッキリと聞えたその言葉に、小牟が声を上げた。
「理由は分からんが、やるって言うのなら、相手になるッ!」
零児と小牟が武器を構える。
すでに、クロノとヴィータも、先ほどしまっていた武器を手にしている。こちらも臨戦態勢だ。
「………………」
男が無言で杖を掲げる。
すると、地面に六つの魔法陣が展開される。零児と小牟の知識にはない未知の魔法陣であったが、それがどのような意味を持つものであるかはすぐに知れた。
それぞれの魔法陣の中央から出てくるのは、曲線的なラインをもった多脚戦闘メカのようなものだ。その足のどれもが死神の鎌を思わせる形をしており、前足はまさに、そのように使うように出来ているようだった。
材質は不明だが、そのメタリックシルバーのボディカラーは生半可な攻撃など受け付けないと主張しているようにも見える。
「どんな相手であろうと、この小牟容赦せん!」
小牟が手近な戦闘機械へと攻撃を仕掛けようとしたその時、
「うああああああああああああッ!!」
魂の奥底から迸るかのような絶叫が、響き渡った。
「な、なんじゃ!?」
瞬間、赤き少女の姿がブレた。
かろうじて零児はヴィータが地面を蹴る瞬間を見ていたが、その後は影しか捉えられない。赤き影が疾駆する。振り上げられた戦槌がこちらを見下ろしている男へと肉迫する。振り抜かれた槌は――しかし、男を捉えることはなかった。
男が無造作に手を掲げると同時に発生した不可視の防御壁に阻まれて、それを防いだのだ。
「ああああああああああああッ!」
槌のコックカバーがスライドし、内蔵されているカートリッジを叩く。その都度、ヴィータの魔力が爆発的に高まっていくのだが、防御壁を砕けない。
「くっ! 両断の精神コマンドもっとるやつはおらんのかッ!?」
「ふざけている場合かッ!!」
ヴィータのフォローをしたいが、こちらも六体の戦闘機械を相手にしなければならないのだ。
「スティンガーレイッ!」
手にした黒き杖を掲げて、クロノが叫ぶ。
しかし、
「小僧、ふざけとる場合か!?」
「いや、そんなワケでは……」
明らかに彼は驚愕していた。
まるで普段の戦闘で使えている力がまるで使えなくなったかのように――
「――――そうか!」
即座に、零児の頭に一つの仮説が思い浮かぶ。
「小牟、主戦力は俺達だ! クロノ達の力が何らかの形で抑えられてしまっている可能性があるッ!」
彼らが使っているのは、一般的には魔力と呼ばれている類の力だ。実際にヴィータの槌が弾丸のようなものを炸裂させる度に、魔力が爆発的に膨れあがっていた。
だが、その膨れあがった魔力はどこへいったのだろうか。
あのタイミングで魔力の増幅をする場合、使用目的は肉体強化か武器強化。だが、ヴィータは肉体も武器も対して強化されていない。
どうやら頭に血が上っているのようなので彼女はそれに気が付いてはいないようだが、クロノが技を起動しようとして発動しなかったことから、この機動兵器達がいわゆるジャマーやECMのように、彼らの技を阻害する電磁波か何かを出しているのだろう。
「らじゃー了解ですのじゃぜ!」
零児の言葉の意味に気付き、小牟は素早く答えると仕込み錫杖から刃を抜き放つ。同時に刃の周囲に水が渦巻いた。
「そりゃ!」
狙いはクロノへと向かっている戦闘機械。ダメージではなく、押し流してクロノから遠ざけるのが目的だ。
「ヴィータさがれ!」
小牟に目配せで礼を告げながら、クロノが叫ぶ。
その間にも戦闘機械達の間を縫って体当たりを仕掛けたり、鋭い爪で引っ掻いたりとザフィーラも動いているようだが、如何せん相手が硬いようだ。効果があまり出ていない。あの守護獣も魔力を使って自身を強化させながら戦うのが基本なのだろう。
とにかく数を減らすため、小牟は一度刃を納めてから、改めて逆手に持って振り上げるように抜刀する。
剣圧と共に巻き起こる水流によって目の前にいた戦闘機械を高く巻き上げた。
「硬いやっちゃのう」
その一撃で断てぬことを毒づきながらも、納めた剣を今度は順手に構えた。
「なら、これでどうじゃろう?」
落下してくる戦闘機械へと向かって跳躍すると、目にも留まらぬ早さで剣閃が煌めく。
「
名前の通り、ほぼ一瞬の間に六度斬りつけ、戦闘機械が地面に叩き付けられるのとほぼ同時に着地する。
だが――
「先にズタズタになりそうじゃぜ――わしの、プライドってやつがのう……」
衝撃によって多少のダメージはあったようだが、斬撃と水流操作による波状攻撃がほとんど効果がなかったようだ。
「いや、そうでもないようだ」
渋面を作る小牟にザフィーラが視線で示す。
「何じゃぬし……喋れたのか」
「ああ。不必要に口を開かぬだけだ」
さして驚いた様子もない小牟に、ザフィーラがうなずいた時、ドスという音を響かせ、地面へと突き刺さる。
「やつの足じゃな」
「今の連撃で斬れたらしい」
「ふむ」
言われてみれば硬質的な感触の中に、微かな手応えはあった気がする。金属の反動で手が痛かったことばかりに気を取れられていたが――
「試して見るかの」
呟いて、小牟が足を一つ失った戦闘機械へと走る。
こちらに気が付いて何とか向き直る戦闘機械だったが、
「こっちじゃぜ!」
小牟はすぐに飛び上がり、身体を捻りながらそのボディに浴びせ蹴りを放つ。
ダメージではなく、足の欠いた戦闘機械のバランスを崩すのが目的だ。案の定、足が足りない状態では上からの衝撃に踏ん張ることができないらしい。
そこへすかさず回し蹴りを繰り出して戦闘機械を吹き飛ばすと、全身の気を一気に解き放つように地面を蹴った。
「ざんくーじん……」
浮いた戦闘機械の下を潜り抜けようとするかのように身体を沈めて、そのすれ違い様に剣を抜く。
「むじんしょうぉぉぉぉ――ッ!!」
さっき以上の高速連斬が戦闘機械を包み込む。
「なーんちゃって……見様見真似にしちゃ上出来じゃろうて」
チィリ――……ンと、納刀と共に錫杖の錫がなった。
直後、戦闘機械の足が全て切り落とされた。
「やはりな――腕は関節含めて丈夫なようだが……」
「うむ」
ザフィーラと共に確信を得た小牟はうなずくと、苦戦している零児達へと大声で伝える。
「零児! 足じゃ! こやつら足の関節はあまり丈夫じゃないようじゃぞッ!」
「でかした小牟ッ!」
応える零児の声に錫杖を上げて返してから、足を失った戦闘機械へと向き直る。
「しかし、動けないとはいえ物騒な手は残ってしまうの」
「いや、これで充分だ」
どうしたものかと悩む小牟にザフィーラが告げると、その姿を人型へと変えた。
「ふむ。人型になってどうするつもりじゃ狼よ」
「魔力が使えずとも腕力には自信があるつもりだ」
言うと、ザフィーラは足を失った戦闘機械の背後に回って、それを持ち上げた。戦闘機械は物騒な腕を振り回して暴れるが、そもそも可動域の都合上、背後にまでは届かない。
「結構重いんでなーい?」
「ああ……だが、それがいい」
ザフィーラは小牟に答えると、戦闘機械を担いで大きく跳躍した。
それを見上げながらのんびりと呟く。
「それが良いんだ……その重さがいいんじゃないか――って、やつかのう」
彼は上空から眼下の状況を確認した後……
「零児殿ッ!」
三体に囲まれている零児に注意を促した。
抱えた戦闘機械を構えるザフィーラ。一瞬の隙を付いて、上空を見上げる零児。
即座にその意味を理解した零児は、赤い刀身の刃を抜刀して、目の前の戦闘機械の前足を斬り裂くと、それがバランスを崩すなり飛び越えた。
「でぇぇぇぇいッ!」
そのタイミングに合わせて、ザフィーラが渾身の力で、零児の背後に迫っていた戦闘機械へと投げつけた。
確かに硬い装甲を持つ機械であったが、同質の硬度を持つ物質がぶつかり合ったらどうなるか。ましてやそれに加速がついているのなら――
ぶつかり合った部分が凹み、ひしゃげてヒビが入る。投げられた戦闘機械の鎌が、地面に居た戦闘機械へと突き刺さり、内部のケーブルや燃料スペースなどを傷つけたのか、バチバチという音と火花を散らす。
「せっかくだ。お前も巻き込まれて来いッ!」
飛び越え背後へと着地した零児は、即座に二刀――火燐と地禮――を抜き放つと両刃を交差させるように閃かせ、目の前の戦闘機械をぶつかり合う二体の方へと吹き飛ばした。
零児とて爆風に巻き込んだ程度で倒せるとは思っていなかったが、吹き飛ばした際に、もつれ合う二体の鎌か何かがその戦闘機械のボディを傷つけた。
派手な爆音を響かせる二体。
そして、その僅かな傷から爆風と熱風が入り込み内部を焼いたのか、零児が吹き飛ばした戦闘機械も沈黙した。
「残り三つ!」
気合と共に、零児がそう叫んだ直後――
青白い閃光となったザフィーラが上空から真っ直ぐに降りてきて、動いていた戦闘機械の一体の背中に拳を突き刺した。
「二体だ」
内部のケーブル等を握りしめ、拳を引き抜く。
素早く戦闘機械の背から降りると、
「でぇおぁぁぁぁぁッ!」
裂帛の気合と共に、蹴り飛ばした。
その先にいるのは、もちろん別の戦闘機械。先と同じようにもつれ合い、爆発し大破する。
「訂正――残り一つだ」
「違うぞザフィーラ」
クロノの声が、風に乗る。
彼の持つ杖の先端が戦闘機械にコツン……と触れた。
瞬間、戦闘機械は突然内部から膨れあがると、爆砕する。
「数が減ってくれたおかげで、魔法が使えるようになったからな――残機はゼロだ」
9.
「おらぁぁぁぁッ!」
力任せにヴィータが戦槌を振りぬいた。
既に魔力結合を阻害する原因となった戦闘機械は存在しない。
筋力と武器、その両方を魔力強化したその一撃は相手に情けも容赦もかけないような威力となって襲い掛かる。
だが――
「…………」
その男は、先ほどと同じように右手を掲げただけでそれを防いでいた。
怒り任せで、お世辞にもいつも通りとはいえない一撃ではあった。だが、それでもあれだけの魔力を帯びた攻撃をあんなにもアッサリと防げるものなのだろうか。
「ザフィーラ! ヴィータを抑えろ! 力任せでどうにかなる相手じゃない!」
「承知」
弾かれ、再び槌を構えるヴィータをザフィーラが捕まえる。
「放せザフィーラ!」
「冷静になれ。力任せの一撃を防ぐ相手だ。タネがあるなら、それを暴かなければならないし、タネがないなら隙を作る必要がある」
ぐっ――と、ヴィータは呻きながらも、ジタバタするのを止めた。
「彼女、どうかしたのかのぅ?」
「先日、彼女の目の前で仲間が大怪我したもので。僕も現場に居たワケではありませんが、たぶんあの男が何か彼女の琴線に触れたのでしょう」
「似たシチュエーションに遭遇し暴走か……よほどトラウマになってるように見える」
仲間を怪我させてしまった自分の不甲斐なさ。仲間を怪我させた敵への怒り。
他にも様々な要因が、彼女を苛んでいるのだろう。初対面である零児達ですら、あの
「じゃからって、あやつが暴走し、わしらに怪我させてもうたら、余計にトラウマが深くなるじゃろうて」
そう小牟が言うが、そういったことを考える余裕が今のあの少女にはないのであろう。
とりあえずはザフィーラの言うことを聞いて落ち着いてくれたのは良かったと言うべきか。
「あの娘のコトは置いておくとして、だ。クロノ、あの男……」
「ええ。単純に技の破壊力だけなら、ヴィータは生半可なバリアなどモノともしないだけのパワーを持っているのですが……」
その彼女が破壊できなかったバリアは、単純に強固なだけなのか、それとも別の要因があるのか。
「あー……やばいぞ零児。背筋がゾクゾクしとる」
「どうした?」
「この湖に封印されてる妖魔が、ちょーっと顔を出したがっとるようじゃぜ」
「……ッ!」
先程話をしていた、目覚めればこの周囲を焦土に変えかねない封印獣。
そんなものがこの状況で目覚められるのは勘弁だ。
「なんです、それ?」
クロノの問いに、とりあえず触りだけ説明する小牟。それに、彼は頭を抱える。
「結界を貼ってあるとはいえ、少々ハデにやりすぎたのかもしれませんね」
口には出さなかったものの、あるいは――あの男の影響もありえる、とクロノは視線を向けた。それには零児も同感だった。
いや、むしろ暴れたことよりも、あの男の影響のような気がしないでもないが。
「のう、ヌシは何でわしらに用があるんじゃ?」
問いに、宙に浮いている男は、自分の足元に魔法陣を作ることで答えた。
「おおう……やる気まんまんじゃぜ」
「いや、あの魔法陣は……」
クロノが何か言うよりも先に、彼はその魔法陣の中へと身を沈め、完全に姿を消してしまった。
「あのヤローッ!!」
「追うな、ヴィータ」
「だけど! あいつが呼び出した機械! あれがなのはを!」
涙を流しながら叫ぶヴィータの言葉に、クロノとザフィーラが一瞬だけ驚いた顔をする。だが、それでもザフィーラはヴィータを放そうとはしなかったし、クロノも敵を追おうとはしない。
「冷静じゃのう小僧も狼も」
「本当にそう思っているのか、小牟」
「まさか」
はらわたが煮えくり返る。たぶん、クロノもザフィーラも、似たような状態だ。
ヴィータの言う『なのは』という友人は、二人の共通の知人でもあるのだろう。
「それでも追うコトは許可しない。あの男は得体がしれなさすぎる。顔は記録したからな。あとでエイミィに局のデータベースで照会してもらえばいい」
それでも、冷徹なまでに冷静な判断をクロノ・ハラオウンは下す。
リーダーだからこそ、取り乱してはいけないのだと自分に言い聞かせるように。
「もっとも、あの男のプロフィールが分かったところで、役に立つかは怪しいがな」
「でしょうね。どこか、気配が希薄でしたから――誰かに操られていたり、あるいは誰かが化けてるだけという可能性もゼロではありません」
零児の言葉にクロノはうなずく。
最初から黒幕のような存在があると、クロノも薄々とは感じていたのだ。だからこそ、湧き上がる怒りはその黒幕にぶつける為にとっておくべきだと、判断したのだろう。
それで、怒りを抑えられるというのは、中々出来るわけではないのだが。
零児は胸中でクロノを賞賛しながら、小さく息を吐いた。
敵の気配はもうない。あの男が使った転移魔法陣も消えてしまったようだ。
一息付くと同時にタバコが欲しくなったのだが、あいにくと今は禁煙中なので、零児はそれをグッと堪えた。元ヘビースモーカーの自分が、よくもまぁ我慢出来てるものだと、胸中で苦笑する。
「まずは結界を解きましょう」
クロノがそう言うと、杖の先端が光って、今まで感じていたズレのような感覚が元に戻っていく。
「すみません、いきなり事件に巻き込んでしまって」
結界が解けたあとで頭を下げてくるクロノに、小牟は気にするなと笑みを浮かべる。
「なぁに、やつの狙いはわしらじゃったからのう。遅かれ早かれ巻き込まれてしまっておったじゃろうて」
「紛れ込んだ異分子……と、ヤツは言っていたな……」
確かに自分達は、この『地球』から見れば異分子かもしれないが――
三人で向かいあっていると、ザフィーラがヴィータを抱えたまま、ゆっくりと降りてくる。
見れば、ヴィータの双眸は様々な感情が混ざり合い潤んでいる。
そんな彼女の頭に、ポンっと小牟は手を乗せた。
「よく我慢したの」
帽子の上から、ヴィータの頭を撫でると、彼女は俯いてしまう。だが、それを気にせずに小牟は続ける。
「お前さんがヤツを追いかけて大怪我すれば、それこそ大怪我した友人とやらの二の舞じゃて。そうなると、ここにおる小僧や狼が、お前さんと同じ気持ちを抱えるコトなったかもしれんのじゃからの。
クロノも言うておったが、深追い厳禁の相手じゃ。辛かったであろうが、我慢して正解じゃったんじゃよ」
ハッとヴィータは顔を上げる。
瞳の中に溜め込んでいた涙は、すでに収まりきれず大粒の雫となって零れ落ちている。
「ごめん……」
「謝るんは、わしらとちゃうじゃろ」
こくりと、ヴィータはうなずくと、ザフィーラとクロノに向き直った。
「ごめん、ザフィーラ……ごめん、クロノ……」
「気にするな。お前はやつを追わなかったし、怪我もしなかった。それで充分だ」
ザフィーラの言葉に、クロノも無言でうなずいた。
「根は良いのじゃろうな」
「そうでなければ、仲間の怪我に気を病んだりもしないだろう」
「そうれもそうじゃな」
正しくいえば、ザフィーラに抑えられていたので、追いかけられなかったのだろうが、それでも振り切ろうと思えば振り切れたであろう。
それをしなかったと言うことは、優秀な戦士であっただろう彼女のカンが、ギリギリのところで理性を手繰り寄せていたのかもしれない。
「ザフィーラ。ヴィータを連れて帰っても構わないぞ。あとは今の出来事やこの二人に関する事後処理だけだからな」
彼の言葉に、ザフィーラは少しだけ目を伏せてから、うなずいた。
「では、そうさせて頂きます」
「ザフィーラ……あたし……」
「何も言うな。ヴィータ」
「うん」
そうして、二人はこちらに頭を下げると、空へと舞い上がった。
「なぁんかZな戦士じゃなぁ」
「茶化すな」
しみじみと呟く小牟にツッコミを入れて、零児はクロノへと向き直る。
「それで、俺達の処遇はどうするんだ?」
彼の言葉に少しだけクロノは思案してから、
「僕だけで判断出来るコトではなさそうなので、上に報告しまので、それから――ですね。
他にもいくつか話をしたいコトがあるのですが……」
「?」
彼は肩の力を抜くように息を吐いてから、苦笑するような微笑むような表情で告げた。
「こんな森の中で立ち話もなんです。
僕の行き付けの喫茶店にでもどうですか? 持ち合わせがないようでしたら奢りますよ」
幕間
とりあえず、書いてあるのはここまででございやす
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1章が明かなキャプション詐偽っぽいので、とりあえず、全然途中の2章も一応、うpっておきますw