《納豆伝説~負けるな聖戦士!》
ざっくざっくとフォークで掻く飼い葉(たぶん)を餌箱に積み上げ、レンは額の汗を拭う。その姿をシュンジは頬杖を付いて見詰めていた。
「ホントに俺はやらなくっていいのか?」
「シュンジさんは聖戦士ですからね! これは騎士団の仕事ですから」
「いや、俺だってやるよ。俺もこいつには世話になってるし、部活じゃ入ったばっかの頃はパシられてたし。手伝うよ」
壁際の誰も使っていないフォークを取り上げ、隣に立つ。程よく発酵する飼い葉(たぶん)の山に突き立てた。
「……済みません、お手を煩わせて。ところで『ブカツ』って何ですか?」
「うーん……同好の士の集まりで……」
こういう、些細な文化の違いの説明は結構難しいので言葉を濁しつつ作業を続け、その間、ドラグゥーンたちは実に行儀よく待っている。馬は「待て」は出来ないから餌を与えられれば素早く食べていくものだが、こいつらは「待て」が出来る辺りは図体はでっかくとも犬に似ているのかもしれない。
「こいつら、名前あるの?」
「自分のにはみんな名前をつけますよ。シュンジさんも名前を付けてやったらどうです?」
自分に与えられた1頭を見上げ、面構えは恐竜みたいで凶悪だが声を上げて応える辺りは可愛い。それなりに。だから少し考え、言った。
「『ニンジャ』ってのはどうかな。躰は黒いのにここ、横っ腹に赤い模様みたいのあるし」
それが判ったのかドラグゥーンは吠えて応える。壁がちょっと震えた。
「その斑紋は1頭1頭で違うんですよ」
「……なるほど。馬の鼻紋みたいなもんか」←要らん事は知ってるらしい
「ニンジャってコモンの言葉ですよね、どんな意味があるんですか? 名前に付けるくらいだから意味があるんですよね?」
説明しようとして言い淀む。ニンジャという名前のオートバイがあるのだと言うのは簡単だが、そうすると今度はオートバイが云々、と続く可能性が無きにしも非ず。だからシュンジは考え、言った。
「ニンジャってのは俺の国の伝説で、大名(リの国で言う王様や地方君主みたいなもんだな)に仕えた戦士なんだ。動きが素早くって、二君にまみえる事なく忠実に戦い、その鍛えられた手は素手で敵の首を切り落とせる」←ゲームが違います
シュンジ・イザワ、彼は人を騙す事に対する罪悪感は持ち合わせていないらしい。
だがレンは眼を輝かせる。
「凄い! 聖戦士みたいだ、バイストンウェルの聖戦士はコモンの伝説にも刻まれているんですね!」←認識間違い
「ああ。俺の国は『東洋の神秘』と呼ばれているから」
「なんて凄い! 僕はシュンジさんを尊敬します!」←少しは疑え
もし、この場に真っ当な(ここ重要なポイント)日本人が一人でもいれば「それは違う!」とツッコんでいたに違いない。だが今ここにいる日本人はシュンジ一人であり、そしてレンは日本人はシュンジしか知らないのでツッコミ様を知らない。
結果。
文化の断絶は決定的だった。
そんな、甚だしい誤解を信じてしまったレンは嬉々として飼い葉を積み上げ、それが終わると入り口の辺りに置いていた樽を持ってくる。キャスターみたいな台に乗せられた、昔の棺桶みたいにでっかい樽だ。
「シュンジさん、これを1掬いずつやって下さい。そうすればみんな食べますから」
バスケットボールも入りそうなくらいでっかい柄杓を手渡し、樽の蓋を開ける。
シュンジは思わず眼を剥いた。
「これ……煮た豆? 大豆? これも食わせるのか???」
「夕方はこれがメニューなんです。朝はもっと色々あるんですけど夜はちょっと控えめに。このくらい食べさせないと保ちませんから」
「そりゃあ……図体でっかいもんなあ……」
ドラグゥーンを見上げ、樽と見比べてしまう。
不意にどしどしっと音。足音だ、どうやら催促しているらしい。だから配ってやり。
配り終えるとシュンジはしばらく樽を見詰めた。
それからしばらく経って。
王様が崩御したり、反乱を起こす君主がいたり……とバイストンウェル全体に戦乱の暗雲が立ち篭め、リの国も何となく騒々しくなってしまった頃。
「それ」に最初に気付いたのは、亡命してきた聖戦士であるアレンとトッドのコンビだった。
彼らは何となく異臭がするなあ……と気付いた。しかも「とある男」の部屋から。
これがその男を実は殺したいほど嫌っているとか、あるいは無二の親友くらいに好いているとかなら話は簡単だった。告発あるいは説得して「その原因」を問い質せばいい。
だが「その男」を殺したいほど嫌う訳ではなく、また無二の親友というほども親しくない、要するに「何となく親しい」程度なのが対応をいわば遅らせていた。
次に「それ」に気付いたのは騎士団の者たちだった。どうにも心当たりのない異臭が「とある男」の部屋から漂ってくる事を。
これが見ず知らずの者ならば告発あるいは摘発に動いた。そこはリの国を護る騎士、当然の行いに過ぎない。だが「その男」は象徴的ではあるが自分たちの君主と言うべき立場にあり、その者に「お恐れながら」とお伺いを立てるのは少し躊躇っていた。
だが。
三番目に気付いたショウ・ザマ、日本出身の聖戦士はそのいわば「異臭」に気付いた瞬間、一も二も有無もなく「その男」の部屋に乗り込んだ。
「シュンジ! お前、部屋に何を持ち込んでる!」
その光景に「よくぞ言った!」と心の中で喝采を上げたのはアレン・ブレディ。アメリカ出身の彼にはこんな、はっきり言えば馬小屋の様な異様な臭いは少々キツかったからだ。だから彼は、そして勢いトッドも、騎士団員まで中を覗き込む。
そして怒鳴り込まれたシュンジは何事かと顔を上げ、首を傾げる。
「何、って?」
「臭いだ臭い! まさかとは思うがお前、この部屋で『アレ』を持ってないだろうな!」
「アレ? と、言うと」
一歩をあとじさる青年、その顔色の変化にショウは逆に一歩を踏み出す。
「ショウ、何でお前が知ってるんだ」
「やっぱりそうか! お前」
はあ、と嘆息する。
「仕方ないなあ……判ったよ、隠してて悪かった。ほれ」
と、シュンジが出したのは。
「あー! それ、なくなったと思った俺の雑誌!」
突拍子もないトッドの絶叫が駆け抜ける。彼は素早く近付くと奪取、後生大事に抱き抱える。
シュンジがベッドの下(お約束)から出したのはアメリカが誇るB級文化の雄「ペントハウス」だった。しかも制服特集号だ。←マニア臭い
「お前、いつの間に持ってった! てっきりメイドに捨てられたと思って諦めてたら……よかったよぅ」
「トッド……お前もどこからそんなもん持ち込んだ」
「バイストン・ウェルに引きずり込まれた時、一緒に」
嘆息するアレンにけろりと応えるのも如何なものか。見るからにえっちい雑誌を抱えてにこにこする聖戦士、その姿にザン団長は頭を抱え、ラージャは涙を堪えられない。
そんなトッド・ギネス、彼は若かった。←意味深
「そうでなく! シュンジ、お前」
なお迫るショウ、その表情は怒りというより呆れの彩が強い。
彼は続けて言った。
「お前、納豆持ってないか? 臭うぞ」
「食う? 醤油はないけど塩でも結構美味いぞ」
いきなり机の引き出しから登場する納豆。それも藁苞入り。地上では、今では却ってデパ地下でしかお目にかかれない様な本格的なアレだ。「水戸何とか」とか「越後何とか」とかラベルを貼れば騙される人もいるだろう。
「お前……こんなもんどっから……」
「豆はドラグゥーンの餌を少しくすねた。そして藁苞は自分で作った。俺って手先は器用だから」
「……(困っている)……(悩んでいる)……(倒れたいな、と思っている)」
「ほら、納豆って煮豆を藁に放り込めば勝手に菌がついて増えるだろう? 見よう見真似だから最初は何回か失敗したけど、コツを掴んだらこれが笑っちゃうくらい簡単に増える増える。ドラグゥーンの寝床からちょっと離して置いとくってのがポイントだな。今じゃあ納豆屋も開けるくらい」
部屋にショウの罵声が轟いた。
「お前はアホか! なんでそんなもん作るんだよ! そのうち城中が納豆臭くなるだろうが!」
シュンジは眼を剥く。なぜショウがそんなに怒るのか、理解できない。だから考え、言った。
「お前、実は関西出身か?」
「東京だ! いやそこじゃなく!」
「だったら怒るなよ。日本人の由緒正しい朝食はアジの開きに納豆ご飯と味噌汁だろう。納豆のない朝飯なんて俺は嫌だぞ。だからここで食ってたんだ」
シュンジ・イザワ、彼はあくまでマイペースの男だった。
そしてショウ・ザマ、彼は郷に入っては郷に従う男だった。
そんな二人の会話の根本が理解できないアメリカ人とバイストンウェル人は何があるのかと部屋に入り。
その、慣れない者から見れば明らかに異臭を放ち、しかも糸を引く豆の存在に一歩を引いた。
「な、んでこんなところに腐った豆があるんだ?」
ナラシの指はいかにも汚いものをそうする様に藁苞を摘み上げ、豆が一つ落ちる。糸を引き、ゆっくりと床に落ちていくさまに騎士団員の間から微かな悲鳴が起きた。
「シュンジさん……僕、シュンジさんを見損ないました! こんな、腐ったものを平然と机に入れておける人だなんて思いませんでしたよ!」
今更な事を叫んでレンはハンカチを齧る感じに我が眼を覆う。その姿にシュンジはショウを羽交い締めにして口も封じ込め、言った。
「違う、それは日本に古来から伝わる健康食なんだ! 確かに見栄えは悪いけど低カロリーで高蛋白、毎日食えば血栓の予防にもなるんだぞ! そうだレン、騙されたと思って食ってみろよ。慣れれば美味いぞ」
シュンジはリの国王をやっている。ならばその言葉はいわば王様の命令、騎士団としては従うべきだ。それは一応、間違っていない。
が、ここにあるのはどう見ても腐った豆だ。異臭を放ち、しかも糸を引くほど粘っている。それを食うというのは一種の拷問では……騎士たちは助けを求める様に同じくコモン出身者に視線を向け。
トッドが一歩を進み出る。
「『ナットウ』というのはあの、日本食で有名なアレか?」
がつっ、と音。殴り倒されたシュンジは床に突っ伏し、殴り倒したショウは必死に叫ぶ。
「やめておけトッド! それは同じ日本人でも食えない奴がいるんだ、ましてやアメリカ人のお前に食えるとは」
思わない、と言い終える前にトッドの指は藁苞から豆を拾い上げる。そして口に放り込み。
「……ぐっ!!!」
トッド・ギネス、彼は口を押さえて部屋を飛び出していった。その「末路」が想像できるだけにショウは心の中で涙を拭いつつ彼を慮り。
アレンがおお、と声を上げる。
「『ナットウ』ってなあれだろう。WWⅡの頃、ゼロファイター(零戦)乗りが食ってたという伝説の食い物だな?」
騎士団が微かに揺れる。「海と大地の狭間」魂の安息の地と呼ばれるバイストンウェル、そこに在る者はなぜか倣って「伝説」という言葉に弱い傾向がある。その通りザンは問うた。
「この『ナットウ』てえのは伝説なのか? こんな、臭いと見栄えは著しく悪い豆が」
「俺も詳しい事は知らねえがな。何でも、これを食うとゼロファイターで特攻をかけても絶対に死なないって評判だったそうだ。だから大抵の特攻かました奴は死んでいっても、こいつを食う奴だけは死なずに済んだらしい」
かなり間違ってる事を平然と言い、アレンの手に握られるのは藁苞。彼はじーっとそれを見詰め、しみじみと呟く。
「そうか……シュンジの野郎がえらく強いのはこいつのお陰か……」
それはたぶん違う、とショウは反論する。心の中で。なぜ口に出さないかと言えば、単に言えないだけだ。
なぜなら「特攻で死ななくしてくれる伝説」の辺りが騎士団員のお気に召したらしく、彼らは異臭を堪えて藁苞をためつすがめつし、あるいは中の豆を摘み出している。が、先ほどのトッドの姿に口に入れるのは躊躇していた。
「あいてて……納豆食うなら塩をかけないと不味いぞ。で、よっく掻き混ぜてやると更に美味い」
復活したシュンジが懇切丁寧に食い方をレクチャーしてやる。アレンと騎士団はそれを嫌そうに、あるいは興味深そうに聞き入り。
そのさまにショウは頭を抱え、この瞬間、運を天に任せてただ祈る者の心境を完全に理解した。世間にはこんな、手に余る事象がしかも身近にも転がっているのだと理解してしまったからだ。
「うえ~……まだ口の中がムニャムニャする……」
酸っぱい顔で律儀に戻ってくるトッド、だがその腕の中にはいまだにしっかりと「ペントハウス」を抱えているのが別の意味で涙を誘う。
そんなトッドは欝蒼と顔を上げた。
「何でジャップってな、あんなもんをへーぜんと食えるんだ?」
「俺だって納豆は嫌いだよ。俺は朝食はパンとコーヒーの人間なんだ」←そこじゃない
「俺はシリアルとフルーツがあれば文句はねえ……」←そこでもない
そんな二人は同じくらい欝蒼と部屋を見直し。
今しもアレンがスプーンで掬った納豆を口に運ぼうとする。
「アレン先輩……あんた、勇者だよ……」
トッドは涙ながらにその光景を見詰め。
口元を押さえて走り出るその姿にショウは思わず手を併せ、憐れな彼を拝んだ。
そして意を決した騎士団員が次々に撃沈し、そのさまをただ一人、シュンジだけが不思議そうに見詰める。
「こんな美味いもん食って、何で倒れるんだ?」
マイペースとは時に重罪だ、と当のシュンジは悟られず、端から見詰めるショウとトッドだけが痛感した。
その後。
シュンジに納豆禁止令が下ったが、彼はその後もこっそりこさえてはドラグゥーンの厩舎に隠し、世話をしながら隠れて食っていた。
だがジャコバ・アオンにオーラマシンごと地上に放り出された後、下男の一人が発見した為に残された豆は全て焼却処分されたという。
しかしその異臭はしばらくの間、城の者を悩ませる結果となった。
その後、地上某所のデパ地下では。
「金印におかめ、懐かしいなあ! けどこの小粒のも捨て難い……いいや、買っちまお」
「こっちのプリザーブドのジャムも買え。このメーカーのが一番美味い」
「このシリアルとジュースもな。そういやこのチーズも頼まれてたか」←微かにパシられてるらしい
年齢と人種のばらばらな若者3人が妙に偏った買い物をする姿がしばしば見受けられる様になり、彼らはどう見ても朝食のお伴的な食品ばかりを買い漁っていたという。
そして。
「俺が置いてきた納豆に醤油と刻み葱を入れて食ったら結構美味かったと思うんだけどなあ……」
「知るか!」(×2)
その絶叫の意味をギャラリーは知らない。
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ファイルを探していたら出てきた話をサルベージ。
ひたすら果てしなくどーしょーもないキャラ崩壊ギャグ。
ちょい古い話ながら誤字脱字以外は修正していません。
肝心のファイル? ええ出てきませんでしたよ?
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