No.364844

そらのわすれもの3

水曜定期更新。
そらのわすれもの3。
諦めない限り……いつまでもクリスマスは続くんだっ!


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2012-01-18 00:14:18 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1811   閲覧ユーザー数:1553

そらのわすれもの3

 

 12月24日 12時15分

 

 桜井智樹たちの乗るウラヌス・システムはアストレアのクリュサオルの一撃を受けてアームを2本とも切り落とされた。

 アストレアはこれに更なる追撃を掛けて一気に撃破することを試みる。だが、アストレアの2撃目に対し、空中戦艦は急速上昇してこれを避けた。

 しかし、この回避行動自体が守形の読み通りだった。

「ウラヌス・システムはデルタが苦手な垂直方向への急加速退避行動を取る。デルタをよく知るアルファの行動を予測した守形の読みどおりね」

 ニンフは急浮上して小さくなっていくウラヌス・システムを見ながら左手を握り締める。

「さあ、本当の勝負はこれからよ。アルファ、智樹っ!」

 落ちて来たウラヌス・システムのアームの解析を終えたニンフは上空に向かって叫んだ。

 

 

 

『ニンフ先~輩っ! とてもじゃないけれど追い付けませ~ん』

 ウラヌス・システムを追撃中のアストレアから泣きそうな声で連絡が入る。

 アストレアの武装は近接戦闘のものばかり。遠距離兵器を積んでいないので、距離を取られてしまうと攻撃のしようがない。

「追撃の速度を緩めなさい。代わりに回避運動を取れるように準備しておいて」

 だが、アストレアの追撃が実を結ばないことは守形にもニンフにもわかりきったことだった。

 そして、実を結ばない追撃の次に待っていることもまたあまりにもわかりきっていた。

『へっ? 回避運動、ですか?』

「私の予想だとそろそろ来るわよ」

 アストレアに告げながらニンフは翼を羽ばたかせて上昇を始める。

 次の瞬間だった。

 空から無数の閃光が地上に向かって降り注いできた。

『ウラヌス・システムが上昇しながら攻撃を仕掛けて来ました~~っ!?』

「それぐらいアルファならやるに決まってるでしょ」

 アストレア目掛けて放たれた砲弾はそのまま地上付近のニンフの元へも降り注がれる。

 ニンフは空中を飛び回りながらこれを華麗に回避する。イカロスやアストレアに運動能力で及ばないとはいえ、自分を狙って放たれた訳ではない砲弾を避けることは難しくなかった。

 一方で、イカロスが狙っていた目標はアストレアの他にもう1つあった。

「やっぱり、アームを綺麗に吹き飛ばしたわね」

 集中砲火を受けて全長数十メートルのアームが綺麗に消失していた。

「でも、もう遅いわよ。アルファ」

 ニンフは既にアームの解析を終了していた。

 そのおかげでウラヌス・システムの現状が手に取るようにわかる。視界には全く見えていないのにも関わらずだ。

 ニンフの真骨頂は電子戦にある。有視界による直接戦闘はニンフの本来の戦い方ではない。彼女は指揮官となって遠距離戦闘を得意とするイカロス、近距離戦闘を得意とするアストレアを誘導してこそその真価を発揮する。

 現在ニンフの指揮下にイカロスはいない。だが……。

「頼んだわよ、日和」

 ニンフは自身が得たデータを転送しながら空を見上げた。

 

 

 

 12月24日 午後1時50分

 

 アストレアの追撃をかわしたウラヌス・システムは蛇行を続けながらなおも上昇を続けていた。既に高度は3万メートルに達しようとしていた。

「イカロス、アストレアの追撃は振り切ったと思うか?」

 ウラヌス・システムの内部、智樹は隣に膝をついて仕えているイカロスに尋ねた。

「……アストレアはいまだ追跡を継続中です。ですが、ウラヌス・システムの速度には追い付けません」

 イカロスは目を瞑ったまま淡々と私見を述べた。イカロスのセンサーはアストレアが追撃を続けていることを感知している。だが、その距離は時間と共に離れている。

 ウラヌス・システムからの砲撃も定期的に加えられており、アストレアとの差はますます開いている。

 このまま飛行を続ければアストレアに追いつかれる心配はなさそうだった。

「じゃあ、この船に対する追撃は終わったと思うか?」

 智樹は質問を変えて問い直した。

「……いいえ」

 イカロスは首を横に振った。

「俺たちは守形先輩とニンフの罠に掛かっている。そう思うか?」

「……はい」

 イカロスは首を縦に振った。

「ニンフたちはどこから仕掛けて来ると思う?」

「……おそらくは」

 イカロスは目を開いて天井を見上げる。

 その次の瞬間だった。

 ウラヌス・システム内に異常を告げる警報音が鳴り響いた。

 コクピットを兼ねている内部が赤く点滅を始める。

「敵襲か? 一体、どこからだ?」

 智樹は首を回しながら敵影をみつけようと試みる。

 だが、その瞳には敵の姿を捉えられない。それどころか、敵が攻撃してきた痕跡さえ見つけられない。

 智樹は再びイカロスを見た。

「……現在、ウラヌス・システムは上空よりクラッキングを受けています。このまま上昇を続けると動力・火器管制システムを乗っ取られてしまう可能性が生じます」

「上空からシステムを乗っ取るだとっ!?」

 智樹が天井を見上げる。

「……クラッキングを仕掛けている犯人を特定しました」

 イカロスはそこで一瞬言葉を切った。そして、智樹には気付かれてしまう程度の動揺を含んだ声で犯人の名を告げた。

「……エンジェロイド・タイプΖ・風音日和さんです」

 報告を聞いて智樹は溜息を吐いた。

「日和か」

 智樹は若干険しい表情で、自分のことを初めて好きだと語ってくれた少女の名を口に出した。

「日和は確かニンフ以上に電子戦に特化しているんだったよな?」

「……はい」

 イカロスは頷いてみせる。

「イカロスは日和の乗っ取りを防ぐことができるのか?」

「……日和さんに一定以上近付けばこの船のコントロールを奪われかねません」

「その日和はどこにいる?」

「……私たちの丁度真上、高度約4万メートルの地点です」

「俺たちがアストレアの追撃を逃れるのに上昇するのは読まれていたっていうことだな」

 智樹は軽く息を吐いた。

「後どれぐらい近付くと日和に乗っ取られる?」

「……現在のクラッキングの影響力から計算しますと、後3千メートルも接近すると危険領域に達します」

「じゃあ、上昇はやめだ、やめ」

 ウラヌスシステムは急上昇をやめて水平方向に姿勢を戻す。

「日和から近付いて来てこの船が乗っ取られる可能性は?」

「……現在ウラヌス・システムから日和さんに対する迎撃を行っています。日和さんの運動性能から考えて接近するのは極めて困難な筈です」

「そうか」

 智樹は目を瞑る。それから大きく溜息を吐いた。

「なら、水平方向に動くしかねえか」

「……はい」

 下方向からはアストレアが接近中。あまり接近を許せばクリュサオルで船ごと真っ二つにされかねない。

 上方の日和、下方のアストレアからの攻撃を阻むには水平方向への移動しかなかった。

 

「問題は、どちらの方角に行くか、だが……」

 挟み撃ちが守形とニンフの作戦である以上、水平方向の移動もまた読まれているに違いなかった。

「ウラヌス・システムはどれぐらいの速度が出せる?」

「……先ほどのアストレアの一撃でアームと共に機関部の一部に異常が発生。速度は通常の約半分、マッハ12が限界です」

「その速度でアストレアと日和を振り切れるのか?」

「……日和さんに関しては飛行速度に関するデータが不足している為に判断出来ません。ですが、アストレアに関しては振り切れません」

 智樹は目を瞑る。そしてすぐに目を開いた。

「アストレアを迎撃して戦闘不能に追い込んでから日和を振り切る。俺の頭じゃその程度の作戦しか思い付かない」

「……私も、それが最良かと思います、マスター」

 イカロスが頷いてみせる。

「俺たちのアストレア迎撃も、ニンフたちに読まれているよなきっと」

「……おそらくは」

 智樹は大きな溜息を吐き出した。

「まあ、考えても仕方ない。高度を維持しつつアストレアに接近しながら迎撃だっ!」

「……イエス。マイ・マスター」

 イカロスはアストレアを迎撃するべく船首を回頭した。

 

「アストレアに対して集中砲火、開始だっ!」

「……イエス。マスター」

 空中に静止した状態でのウラヌス・システムからアストレアに対する集中砲火が加えられる。

 万全の体勢から加えられるその砲撃は急上昇しながらの迎撃とは比較にならないほどの激しい火線がアストレアに集中する。

『……うわっ!? きゃあっ!?』

上昇を続けていたアストレアは堪らずに後退しながら弾を避けていく。

「よしっ! 一気にアストレアを叩き落せっ!」

 イカロスが映し出すモニター映像を見ながら智樹が吼える。

「モテない男たちの夢を、希望をこんな所で費やすわけにはいかないんだっ!」

「……イエス。マスター」

 イカロスはウラヌス・システムをアストレアに接近させながら更に激しい放火を加えていく。

 イカロスは普段以上に無表情に徹していた。

『……これっ、絶対無理っ! 絶対死んじゃう~~っ!!』

 アストレアは目をグルグルと回しながらそれでも必死に、そして器用に回避運動を続けている。

 だが、ウラヌス・システムに向かって自分から接近することは出来ず、ウラヌス・システムの接近に翻弄されていた。

「行けるっ、いけるぞっ! フラレテル・ビーイングの、モテない男たちの底力をクリスマスに浮かれるリア充どもに思い知らせてやるんだっ!」

「………………はい」

 イカロスは少しだけ苦しそうな表情を浮かべながら答えた。

 

 

 圧倒的火力を持ってアストレアを追い詰めていくウラヌス・システム。

 アストレアはなす術もなく退却を続けていく。

 運動性能に劣る日和は上空に向かって放たれる少数のミサイルを回避するのが精一杯でイカロスたちに近付くことができない。

 だが、エンジェロイド2体のその無策ぶりがイカロスには逆に気になっていた。

「勝てるっ! 勝てるぞ、この戦いっ!」

 自分の横で智樹は興奮した声を出しながらモニターを眺めている。

 いや、正確には無理矢理自分を興奮させて周囲を見ないようにしている。まるで自分から罠に陥ることを承認しているかのように。

 智樹の願いとは何だったのか。

 イカロスはそれを考える。

 答えは一つしか出て来ない。

「………………マスターは、死なせない」

 その願いを知った上でイカロスは自分の決意を小さな声で、だが鮮明に呟いた。

「………………マスターには悪いけれど、アストレアも、日和さんもここで倒す」

 イカロスには智樹がわざと手ぬるい攻撃を仕掛けて2人を傷つけないようにしていることに気付いていた。

 だが、それでは智樹が願う通りの結末が訪れてしまう。

 それは、嫌だった。

「……私とカオスで迎撃すれば、勝負は一気に片が付く」

 イカロスは、自分のすぐ隣に控えている第二世代型最強のエンジェロイドに目を向ける。

 大人の体型になっているカオスは戦闘中にも関わらず、そしてエンジェロイドであるにも関わらず横になってスヤスヤと眠っていた。あどけない寝顔が特徴的だった。

 単純なスペック上の数値はともかく、カオスは幼女形態の方が実戦では遥かに強い。それは智樹もよくわかっている。

 だが、それでも智樹はカオスが成人体型でいることを命じていた。

 智樹にとって重要なのは、カオスが全力で戦えない状況を作り上げること。それがわかってしまうのでイカロスには悲しみが胸の内を占めていた。

 だが、イカロスとカオスが出撃するのはウラヌス・システムが撃破された後。守形もニンフも、そして智樹もそう考えている筈に違いなかった。

 今この状況で自分とカオスが出て行けば、戦局を一気に予想外のものに作り変えることができる。

 カオスを起こし、戦闘に勝利し、智樹を生き長らえせよう。たとえそれが智樹の望みに反するものであっても。

 イカロスがそう決意した瞬間だった。

「来るよ、お兄ちゃんっ!」

 カオスが目を開きながら起き上がった。

「……えっ?」

 イカロスにはカオスが何を言っているのか瞬間的にわからなかった。

「イカロスっ! 緊急回避だぁ~~っ!」

 智樹の大声がこれに続く。

「……イエス、マスター?」

 イカロスは訳もわからずに船体を急激に左旋回させる。

 そして、その時になってようやく気付く。

 地上からアポロンをも遥かに上回る強大なエネルギーが生成されていることに。更にその圧縮されたエネルギーが次の瞬間、自分たちに向かって放たれたことを。

「……あっ」

 かつて、自分が破壊し尽くしたバベルの塔。

 それを髣髴とさせる巨大な光の柱がウラヌス・システムのすぐ右横を宇宙に向かって駆け上がっていくのが見えた。

 あの光が船体に直撃していれば、自分も智樹も一瞬にして原子のレベルまで吹き飛んでいたに違いなかった。

 イカロスは、自分が考え事をしていた為に智樹を危うく死なせてしまう所だった。それを考えると、とても怖くなった。

「やっぱそはらはおっかねえなあ」

「お兄ちゃん、靴をくれたお姉ちゃんに弱いもん♪」

 そして、智樹もカオスも地上からの攻撃を最初から予測していた。それに気付かなかったのは自分だけ。

 やはり自分は智樹の思惑の中でしか動いていないのかもしれない。自分は所詮、智樹の死の演出を彩る役者の1人に過ぎないのかもしれない。

 でも、それでも智樹に生き延びて欲しい。

 イカロスは失敗を糧に決意を改め直す。

「そはらのアレはさすがに一撃しか撃てないだろう。アレを凌ぎ切った以上、ニンフたちにもうこの船を落とす策はない筈」

 イカロスはこの機を逃さずに、自分とカオスに迎撃を命ずるように進言しようとした。

 だが、その瞬間だった。

「うぉっ!?」

「……えっ!?」

 眩しい閃光がイカロスの視線を塞いだ。

そしてウラヌス・システムの船首から前方部3分の1が一瞬にして綺麗に吹き飛んだ。光の矢のようなものが船体を直撃し、貫通していったのだった。

 光の矢のように見えたもの。それは……

「……嘘。クリュサオル?」

 それはアストレアの持つ必殺の剣に違いなかった。

それも、前に一度だけ見たことがある、ニンフの手により進化し、大型化したクリュサオル改に違いなかった。

 何が起きているのかイカロスには咄嗟の判断がつかない。

 だが、アストレアの剣の投擲によって、ウラヌス・システムが破壊されたことだけは確かだった。

 それは即ち──

「……マスターが、死んじゃう!」

 智樹の死のカウントダウンが始まっていることを意味していた。

「……グハッ!?」

 そして、ウラヌス・システムの破壊はそれをコントロールしていたイカロスの体調にも異変をもたらしたのだった。

「……マスターは、死なせない」

 掌を染め上げた赤い血を見ながらイカロスは誓いを新たにした。

 

 

 

 

 12月24日 午後2時

 

 

『そはらの殺人チョップ・エクスカリバーだけじゃ足りないわ』

 午前の作戦会議時、守形の提示した作戦に追加を求めたのはニンフだった。

『しかし、ウラヌス・システムを一撃で破壊できる威力のある攻撃手段など他になかろう』

『あるわよ』

 ニンフはアストレアを見た。

『デルタのクリュサオルの方が確実よ』

 ニンフはアストレアの剣を見ながら断言した。

『しかし、クリュサオルでは威力が足りないだろう。それに、一度距離を置かれてはアストレアに攻撃方法はなかろう』

 守形は渋い表情を見せた。

『私がジャミング・システムを発動させて、一時的にクリュサオルの威力を引き上げるわ』

 ニンフは守形へと向き直る。

『そして、クリュサオル改は剣ではなく、飛び道具として使うわ』

 ニンフは力強く言い切った。

 

 

『ニンフ先輩~~っ!! イカロス先輩からの攻撃が激し過ぎて全然近付けませ~んっ!』

 ウラヌス・システムの集中砲火を受けているアストレアから泣き言とも言える通信が入って来る。

 上空3万メートル付近を飛んでいるアストレアの姿をニンフは視認することが出来ない。

 だが、そのセンサーは味方であるアストレアは勿論のこと、敵であるウラヌス・システムの動きと状態を正確に掴んでいた。

「別にデルタから接近する必要はないわ。私の指示する方向に後退してくれれば良いわ」

『はっ、早く後退の指示を~~っ!』

 アストレアから逼迫した声が届く。

 アストレアには作戦の詳細は伝えていない。

 そもそも伝えた所で理解できない。そして、中途半端に記憶されて行動に出られると作戦そのものが失敗に終わりかねない。

 その為に、ニンフがその場その場で最小限の指示を与えるようにしていた。

「空美神社方面に向かって少しずつ退却して」

『空美神社って一体どっちにあるんですか~~っ?』

 アストレアにはレーダーの類が一切搭載されていない。GPS機能のようなものもなく、自分の居場所も、目的地の座標も五感による把握のみで行っている。

 上空3万メートル、弾幕の中とあってはアストレアが空美神社の位置を特定することなど出来なかった。

「じゃあ、私が誘導するわ。右に20km、後方に30km移動していって」

『右って一体どっちなんですか~?』

 ニンフは溜め息を吐いた。

「お箸を持つ方の手が右よ」

『おむすびを持つ時にお箸は使いませ~んっ!』

 上空に向かって駆け上がりながらニンフはがっくりと首を落とした。

「私がアンタを殴る時に使っている手が右手。わかった?」

『これ以上ないほどに簡単によくわかりました~♪』

 後でアストレアを思いっきり殴ろう。

 ニンフは心に固く誓った。

 

 アストレアはニンフの誘導に従って目標地点に向かって接近していく。

 ニンフもまた、ステルスモードを最大限に活かしながら目標地点へと近付いていく。

 両者共に目標地点まで残り1分ほどの距離に到達していた。

 ニンフはセンサーとなっている自分の耳に手を当てて地上と交信を試みる。

「そはら……聞こえる?」

『うん。聞こえるよ、ニンフさん』

 空美神社の境内にいるそはらと連絡が繋がった。

「もうすぐウラヌス・システムが目標ポイントに到達するわ。準備して」

『う、うん。わかったよ』

 そはらの声には躊躇いが見られる。

「そはらは事前に決められた通りに決められた場所に向かってチョップを放てば良い。そはらの右腕は私のジャミング・システムで強化されているから、十分な威力を発動できる」

『でも……』

「確かに、連射は出来ない一発限りの勝負になるわ。でも、大丈夫。絶対に上手くいく」

『けど、智ちゃんやイカロスさんがいる船を落とすなんて……』

 そはらは作戦開始を直前に控えてナーバスになっていた。加えて、想い人と大切な友人を攻撃することに消極的になっている。

 そはらの気持ちの優しさはニンフが予想していた危惧だった。

 なので、ニンフは殊更に明るい声を出してそはらの背中を押すことにした。

「そはらの殺人チョップ・エクスカリバーはウラヌス・システムに直撃させるんじゃない為に使うんじゃない。足止めなんだから、大丈夫」

『でも、だけど……』

 しかし、それでもそはらは迷っている。

 なら、もうニンフに残された説得方法は1つしかなかった。それは、自身の心も痛めつけるのでしたくない方法ではあった。でも、やるしかなかった。

「そはらがやってくれないと智樹は止まれない。智樹が止まらないと、今日という日を楽しみにしている世界中の人々が悲しむことになるわ」

 ニンフは大きく息を吸い込む。

「そして、クリスマスが悲しみに包まれればそれを一番悲しむのは智樹自身よ」

 ニンフは心の中で『智樹のバカ』と呟いた。

「だから、私たちが智樹を止めてあげないといけないのよ。智樹の為に」

 智樹の為に智樹を倒す。

 こんな矛盾。考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。

『…………わかったよ、ニンフさん。私、やるね』

 けれど頭と心をおかしくする話を持ち出したことによりそはらを説得することができた。

「じゃあ、わかってもらった所で、早速撃ってもらうわよ。準備を急いで」

『うん』

 力強い返事が聞こえて来た。

 そはらはこれで大丈夫。

 後の問題は……。

「デルタ、アンタの方の準備は?」

 ニンフはアストレアに連絡を試みる。

『死ぬっ! 死ぬ~っ! 死んじゃいます~~っ!!』

 アストレアの切羽詰った声が聞こえて来る。

「目標ポイントに到達したら、アンタのクリュサオルと右腕にジャミング・システムを掛けて強化するわ。剣がパワーアップしたら、ウラヌス・システムに向かってクリュサオルを投げて頂戴。細かい軌道調整に関しては私の方でやるから、デルタは力いっぱい投げてくれれば良いわ」

『目標到達地点に辿り着く前に死んじゃいますってば~~~っ!』

 ニンフはそれ以上の泣き言を聞かずにアストレアとの通信を切った。

 

 

「近くであの攻撃を見ると、デルタの狼狽ぶりもよくわかるわね」

 ニンフは高度約2万5千メートル地点まで上昇していた。自分の頭上更に5千メートルほどの地点でアストレアが猛火に晒されながら逃げ惑っている様が見える。

 その火線たるや、上空に幾つも太陽が舞い上がっているかの如く明るい光を発していた。

 圧倒的な火力がアストレアを危険に晒していた。

「けど、アンタたちの攻勢はこれまでよ、アルファ、智樹っ!」

 だが、アストレアは目標ポイントに到達しようとしていた。それは同時に、ウラヌス・システムが目標ポイントに到達することを意味していた。

「いくわよ、そはらっ!」

『うんっ!』

 ニンフはセンサーと肉眼でウラヌス・システムの位置を測りながらカウントダウンを開始する。

「5、4、3、2……」

 ウラヌス・システムはアストレアを撃墜することに躍起になっているのか動きが単調になっていた。

 これならやれる。ニンフはそう確信した。

「1……撃って、そはら~~~~っ!!」

『殺人チョップっ、エクスカリバーっ!!』

 そはらの大声と共に地上から光の柱がウラヌス・システムに向かって一直線に伸び上がって来る。

 そはらの殺人チョップ・エクスカリバーの発動を察知したのか、ウラヌス・システムは光の柱が昇る直前に回避運動を取り始めた。

 だが、巨体を誇る空中戦艦が急速な旋回を可能とする訳がない。ウラヌス・システムは急停止するようなブレーキを掛けた上で強引に左へと旋回していく。まるで自動車のドラフトのような曲がり方だった。

 そして光の柱は──

 

 

 

 ××県冬木市。

 かの地では7人の魔術師が万能の願望器“聖杯”を巡り、己が召喚したサーヴァントを駆使して激しい殺し合いが行われていた。

 第4次聖杯戦争。魔術師たちの殺し合いはそう呼ばれていた。

 その聖杯戦争に1人の年若い天才魔術師が参加していた。

「フッフッフ。アインツベルンの面汚し魔術師よ。ビルを爆破したぐらいでいい気になるな」

 その男の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと言った。

 魔術の名門アーチボルト家の⑨代目当主で、魔術の最高峰時計塔で講師を務める天才魔術師である。

彼は前回、謎の襲撃を受けて滞在するビルごと吹き飛ばされた。

 だが、世界最高峰の実力を持つ魔術師はそんな絶体絶命の危機さえも乗り切っていた。

「よもや、こんな形でライダーから奪った戦車が役に立つとはな。さすがは私だ」

 戦車に座しながらケイネスは髪を掻き揚げた。

 

 ケイネスは昨日、街のおもちゃ屋さんの前でライダーの乗り物である巨大な雄牛2頭立ての古代戦車を見つけた。

 店の中を覗けば、征服王の異名を轟かせるライダーと、Fate Zeroのメインヒロインであるウェイバーが口論を繰り広げていた。

「フム。この戦車、この私が有効活用してやろう」

 ケイネスは戦車に乗り込んだ。

 ライダーが使用している戦車はただの牛車ではない。馬車を引く動物は確かに牛の形をしているが牛ではない。

 神話の世界の生物が現世に具現化した神獣である。従ってその牛の形をした神獣の持つ力は現実世界の牛とは比べ物にならないほどに強く、空を舞うことさえ何でもない。

 だが、それ故に普通の人間の手に負えるものではない。普通の人間が乗ったとて動かない。何の命令も聞きはしない。

 それがわかっているからこそ、ライダーは戦車を無造作に路上に放置していた。

「この天才魔術師相手に慢心が過ぎるぞ」

 だが、ケイネスは常識の枠を打ち破る天才魔術師だった。

「フッ。20年掛けて自転車に乗れるようになったこの私に乗りこなせない乗り物など存在しないのだっ!」

 天才ケイネスは自転車と同じ要領で戦車を操っていく。

「自転車に比べれば、遥かに転倒しにくいこの牛車の構造。実に制御が容易いではないか」

 ケイネスは人間には制御が不可能とされる神獣戦車を操りながらおもちゃ屋を去っていった。目的のトレーディング・カードも入手せずに。

 

 そしてケイネスは今日、ビルが爆発に巻き込まれた瞬間、危機を感じ取ってビルから脱出した神獣戦車の荷台に引っ掛かって難を逃れたのだった。

「私のような優秀な魔術師になると、神さえも私の味方になってしまう」

 ケイネスはもったいぶって髪を掻き揚げた。

「だが、聖杯戦争は神の力ではなく、このケイネス・エルメロイの力をもって勝利する」

 天才魔術師はあくまで自身の力を信じている。

『魔術の優劣は血統の違いで決まる。これは覆すことができない事実である』

 彼は自身の生まれと力を信じていた。

「さて、先ほど私の工房を吹き飛ばしてくれたアインツベルンの無粋な機械兵器は西の方角から放たれたものだったな」

 天才魔術師は、自身がどの方角から攻撃されたのか一瞬の爆発の内に把握していた。

「魔術師同士の戦いにあのようなカラクリを用いるとは。よろしい、ならばこれは決闘ではなく誅罰だっ!」

 ケイネスは上空高く舞い上がりながら、自身を攻撃した機械兵器を求めて西の方角へと駆けて行く。

 

 ケイネスがしばらく駆けて行くと前方に羽を生やした際どい格好の尺杖を持った中学生ほどの外見の少女が空を浮かんでいるのを発見した。

 天才魔術師であるケイネスは日本の文化にも精通していた。ケイネスは少女のその格好がコスプレと呼ばれるものであると見て取った。

 魔術師でなければ一般人でしかない。一般人など恐れるに足りない。

 故にケイネスは特に警戒もせずに少女に話し掛けた。

「そこな娘よ。一つ訊きたいことがある」

「あ、あ、あの、何でしょうか?」

 少女は驚いた表情を見せていた。

 シャイな娘なのだろうとケイネスは判断した。西洋人に、しかもイケメンに声を掛けられたとなれば、東洋の島国の娘にとっては驚きの体験に違いないと。

 ちなみにここは高度4万メートルの成層圏。

「アインツベルンの機械兵器を見なかったか? 私の計算ではこの辺りから光線は放たれた筈なのだが」

「アインツベルン、ですか?」

 少女は首を傾げた。

「そう言えば、一般人は魔術の名門の名も知らぬのであったな」

 魔術師の存在は秘匿とされている。魔術師を知るのは同じ魔術師のみ。世界で最も高名な魔術師一族の一つも、魔術師でない一般人の少女が知るはずがないとケイネスは考えた。

 だからちなみにここは高度4万メートルの成層圏であり、少女は背中の羽の力で浮いている。

 だが、魔術師でない以上ケイネスにとって少女はただの一般人でしかない。

「ならば問い直そう。この付近で強力な攻撃力を誇る兵器を見なかったか?」

 一般人との会話は難しいとケイネスは思いながら尋ね直した。

「強力な兵器だったら……ここのほぼ真下にありますけれど」

 少女は下を見た。

 ケイネスも下を見る。すると、現代の科学力では飛行不可能そうな巨大な空中戦艦が前進しているのが見えた。

 戦艦からは激しく砲弾が発射されている。火線の先には、目の前の少女と同じく翼を生やしたコスプレ少女が器用に体を動かしながら逃げ回っている姿が目に入った。

「一般人にまで手を出そうとは。どこまで堕ちれば気が済むのだ、アインツベルン」

 ケイネスはあの戦艦の所有者がアインツベルンの魔術師であると考えた。そして、聖杯戦争の参加者が無関係な一般人を殺そうとしている。

 それは誇り高い魔術師であるケイネスにとって許しがたいことだった。

「やはり貴様には誅罰が相応しいようだな。アインツベルンよっ!」

 ケイネスは戦車を誘導して戦艦へと近付いていく。

「近寄ったら危ないですよ。本当に死んじゃいますよ」

 少女が心配そうな表情を浮かべながら戦艦に近寄ろうとするケイネスに話し掛ける。

「心配は無用だ、一般人の娘よ」

 ケイネスはオールバックの髪を掻き揚げた。

「何故なら私は……世界最高峰の実力を持つ魔術師なのだから、あのような無粋な機械兵器など恐れるに足りない」

 ケイネスは少女の心配を無用とばかりに手を振ってみせると、戦艦に向かって突撃を開始した。

「アインツベルンの魔術師よ。実力に劣る貴様では、そのような機械仕掛けに頼らねば私と渡り合うことは出来んのだろう。だが、そのような無粋な兵器を用いても私との才能の差は埋められんのだ!」

 急加速しながら戦艦の元へと突っ込んでいく。

「フハハッハハハハ。お互い存分の秘術を尽くしての競い合いが出来ようというものだ」

 ケイネスは待ち望んでいた。

 自らが魔術師としてどれほど優秀であるのか実戦をもって証明できる瞬間を。

 己の優秀さを証明する為に参加した聖杯戦争で、その実力を遺憾なく発揮できる瞬間を。

 そして──

「フッハッハッハッハッハ……アッ?」

 その瞬間は永遠に訪れなかった。

「消滅オチなんて最低ぇ~~~~っ!!」

 天才魔術師が人生で最期に聞いた言葉。それは幼女のダメ出しの声だった。

 魔術の名門アーチボルト家⑨代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはその生涯を金色の光の柱の中に飲み込まれて終えた。多分……。

 

 

 

 そはらから放たれた一撃必殺の攻撃。

 その一撃はウラヌス・システムのほんの数メートル横を過ぎ去り宇宙へと向かって駆け抜けていった。何かを掻き消しながら。

 そう。そはらの一撃はウラヌス・システムに直撃しなかった。

 智樹たちは殺人チョップ・エクスカリバーが不発に終わったことを喜んでいるに違いなかった。

 だが、ウラヌス・システムがそはらの攻撃を回避する為に急旋回して大きな隙を作り出すことこそがニンフの狙い目だった。

「いくわよっ、デルタっ!」

『はっ、はいっ!』

 ニンフはジャミング・システムを起動させてアストレアの体と剣を強化する。

 アストレアの持つ剣が輝きを増しながら巨大化していく。

 そはらの一撃への対処にまだ肝を冷やしているのかウラヌス・システムにはいまだ動きがない。3万メートルの上空でただ浮いていた。

 それは、ウラヌス・システムを撃破する唯一無二のチャンスの到来で間違いなかった。

「ウラヌス・システムに向かってクリュサオル改を投げるのよっ!」

『わっかりました~~っ!』

 上空にゴマ粒のように見えているアストレアは野球の投手の様なフォームを取りながら

『いっけぇ~~~~っ!!』

 自身の必殺の剣をウラヌス・システムに向かって放り投げた。

「ジャミング・システムっ! お願いっ!!」

 アストレアの手や指に篭められる力を微調整しながら剣の描く起動をコントロールする。

 アストレアは元々エンジェロイド一の力の持ち主であり、コントロールの調整さえ行えばその投擲は百発百中になるに決まっていた。

 事実、アストレアが自身の剣を投擲道具として使ったのはこれが初めてだったが、その狙いは少しの狂いもなかった。

『やりましたよ~~っ!!』

 アストレアの剣はウラヌス・システムの船首付近に命中し、その装甲を突き破りながら船体を貫通していった。

 それはまさにニンフとアストレアによる連携の生んだ産物だった。

 

「ウラヌス・システムがトリモードになっている時はコクピット部分は船の後方部にある筈。アルファも智樹も無事よね」

 センサーで船体内部の反応を探る。直ぐに3名の生体反応を感知した。智樹、イカロス、カオスのもので間違いなかった。

 そして、3名の生体反応の内の2名が、船外へと飛び出して来た。

「さあ、決着を付けるわよ。アルファ、カオスっ!」

 ウラヌス・システムを破壊されて、最強のエンジェロイドがいよいよ実戦に出て来る運びに至った。

 ニンフたちと智樹たちの戦いもいよいよ佳境へと突入していった。

 

 続く

 

 

 

 


 
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