よく晴れた日のことだった。
私は町を出歩くことを、北郷に強引に決めつけられていた。
久しぶりの休日だというのに、なぜ不埒者と外出せねばならぬのか。
体を休めることも鍛錬の一つ。断ればよかった。
いや、断る暇もなくあいつは約束をこぎつけたままどこかへ去っていったから、言えなかった。
分かっていたのだろう。私が文句を言うことを。そういうことだけは頭がまわる。
…集合場所に行かなければいいんじゃないか?
とは思ったものの、体はそこに向かっていた。
相変わらずへらへらとしているあいつが目に入った。
大きい声で真名を呼ばれる。
少し離れたところに、雪蓮様が楽しげに見ているのに気付いた。あの人はいつも暇そうだ。
出会ってそうそう、ぺらぺらと喋りだす。
私は途中で遮り、今日の行事を聞いた。
まずは「きっさてん」というところに行くらしい。最近できた店なのだとか。
不意に手を掴まれた。かなり自然と。
そして北郷は歩みを始める。私が何か言おうとした時、向こうで雪蓮様の笑い声が聞こえた。
…ここは何も言わずに黙っていた方がいい。
「きっさてん」につき、席に座ると、すぐにウーロン茶が出てきた。
用意周到。いつものことだ。
話し続ける北郷を尻目にしていたら、突然私の方に注目した。
「嬉しいな~。前に買った髪留め、付けてくれたんだ」
…………………。
「可愛いよ」「似合ってる」
毎度の言葉を羅列にしているだけだ。……嬉しくない。
…はぁ。今日は暑いな。特に頬のあたりが。
町を歩き始める。
当然視線を集める。
太守及び武将が手をつないだまま歩を進めているからだ。
だが、皆はもうこの光景に慣れているらしく、会釈するだけで普段の生活を行っている。
この男がよく町を「誰か」と歩いているおかげだな。
北郷は少し背を震わした。
服屋に入った。
こいつは女に服を贈呈するのが好きらしい。蓮華様の部屋を訪ねる時いつも違う服を着ている。
予め頼んでおいた服を私に見せる。…白の、わんぴーすとかいう服。
「どうかな?思春に似合うと思うんだけど」
似合うわけないだろう。とは言った。
……まぁまぁ、着てみたいとは思うが…。
私が言った言葉とは裏腹に、一回着てみろと言う。
嫌だと言っても引かないことは知っているので、仕方がなく従う。
こういう時には武人にも劣らない強力な覇気を北郷から感じる。なぜそこまで着せたいんだか。
町を再び歩く。
デレデレとしているこいつはいいとして、やはり視線が気になる。
さっきよりも多い。
「わぁ、素敵!」「美人だ」「甘寧将軍って、ああいう服も着るんだ」「…ぷ。し、思春…」
町人と暇人の声が耳に届く。この男も、軟派な台詞を言い続けている。
…恥だ。
―――日はすっかり暮れ、空は赤焼け。
私達は町をよく見渡せる、少し丘を上った場所にいる。
私と北郷は町を見ていた。
夕方だというのに、朝と変わらぬ賑わい。
飲食店や雑貨店や宿泊施設など、たくさんの店が建てられている。
三国が力を合わせれば、このようなことが可能なのだと深く認識する。
この男も……………。
「…?俺の顔に何かついてる?」
私は横目を再び町に戻し、答えを放棄した。
しばらくして、北郷が自分の体に私を寄せる。
大事なものを包み込むように私を抱擁した。
この時、体が強くしびれる。
いきなり高揚感が高まり、自分でもよくわからない状態になる。
…嫌ではない感覚。
真名を呼ばれると再びその感覚がよみがえってくる。
何なのだが、いまだにわからない。よくこうなったりはする。
「好きだよ。思春」聞きなれた言葉
「愛してるよ。思春」いつも聞く台詞
聞く度に震えがくる。
触れる胸板に身をもっと預けたいという思いがこみ上げてくる。
もう一度何かを言われて、私は自然と頭を胸に置いた。
そして目を閉じ、北郷一刀という男に全身を任せることにした。
このどうしようもなく女好きで、破廉恥な、節操もない男に。
一国の太守でありながら、一人の可愛げのない武人と手を繋ぐほどのもの好きに。
何より………甘興覇……この私が愛した男に…………
店の灯りが刻々と消えていく。
町は静かになり、私も落ち着いてきた。
…北郷一刀。
私が抑圧的な態度をとってしまうのは、この男を信頼しているからだ。
よく言われているが、それは私も自覚している。
きつく接してしまったり、暴言を吐いたりしてしまうこともある。
だが、この男は幾度となく笑顔で語りかけてくる。
なるほど、惚れるのももっともだ。
おそらく私は…北郷以外の男に気を許すことは…ない。
北郷がいなければ、おそらくずっと貞操を守り続けていただろう。
別にそれを気にすることはなかったが。
「……そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし」
…よくこいつは安易に気持ちを言葉に出すが、私はあまり出さないな。言った方がいいのだろうか。
「…北郷。…一度しか言わないからよく聞け。………今日は…」
バターン。どてどてどてどて。
……………。
「み、皆いたのか!?」
雪蓮様筆頭に、様々な暇人武将や軍師や王達が、お決まりの落ちを提供してくれた。
皆は誰か知らずに言い合って、それを北郷がなだめにいく。相変わらず仲の良い人達だ。
私はこうして見ている方がいい。やはりその方が気が楽だ。
何だか気が冷めてしまったな。
一人で帰ろうか。
がやがやがや。「皆、落ち着けって!」
…………………はぁ。
……北郷。一度しか言わないからよく聞け。…今日は…
……ありがとう、楽しかった……
暗い景色の中で、白が光り輝く。とても強く、可憐に。
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k.nです。
今年はいい年になりますよう願っております。
思春メインの話です。