#64
街の中央近くにある高級茶屋の一室にて、3つの影が卓についていた。片側に座るのは、隻眼の青年と金髪の少女。ウェーブのかかった髪の上には、何故か人形が乗っている。反対側に座るのは、桃色の髪を、器用に円を描いて結い上げた、褐色の少女。美味しそうに茶菓子を頬張っている。
「――――――さて、それでは本題に入らせて頂きます」
「はーい」
青年――― 一刀は丁寧な口調で切り出した。対する少女―――孫尚香は、年相応の笑顔で元気な返事をする。
「いまは帝の勅もあり、孫策殿の軍と戦をする可能性もございます。そのような時勢に、貴女のような方が敵対勢力の責任者に会いに来たというのは、どういった理由からでしょうか?」
『天の御遣い』という肩書のないいま、いくら華琳に任されているとはいえ、彼にも隣に座る少女―――風にも地位はない。対する目の前の少女は、長沙の主である雪蓮の妹だ。地位があるのかどうかは分からないが、礼を払う必要はある。一刀は笑みを顔に張り付けて、問いかけた。
「その事なんだけどね。今回は、シャオは別に曹操の勢力を調べに来たわけじゃないの」
問われた少女は、事もなげに説明する。
「反董卓連合の少し後までは袁術に軟禁されてたんだけど、それが解かれたの。それで、姉様のところに帰る前に、少し旅をしようと思っててね。今回もその旅の途中なんだ」
「では、なぜ我々に会おうと?」
「だって、シャオが孫家の人間ってわかったら、何されるかわかんないでしょ?だから、先に何もしませんよー、って言っておけば大丈夫かなって」
考えているようで、なんとも考えなしの行為だな。心の内で呆れながら、一刀は隣で目を閉じている少女に話を振った。
「風はどう思う?」
「………………」
「風?」
だが、少女は応えない。俯いたまま動かず、そして。
「………………ぐぅ」
「コラ」
とりあえず予定調和をとる。
「にゅぅ…風のお鼻が痛いのです。相変わらずおにーさんは風を苛めるのがお好きなようでー」
「黙れ。とりあえず、失礼を働かないように」
「わかってますー」
「どうだか」
視線で先の問いへの返事を促した。
「そですねー。尚香ちゃんが何もする気がないと言うのならば、そうなのでは?これだけ堂々と会いに来るのも、凄いと思いますしー」
「まぁ……そうだな。勝手に何かをすれば、かり…曹操様の地位を貶めかねない」
「同意にー」
風の考えも聞いたところで、一刀は尚香に向き直った。
「確認になりますが、此度は戦などに関連する行動ではないと?」
「うん、そうだよ」
「畏まりました。それでは、どうぞ我らが街をお楽しみください。客として迎えられればよいのですが、流石に私の権限では難しいので、その辺りはご了承ください」
「うぅん、気にしないで。宿も取ってあるし」
「そうですか」
そういう事となった。
※
ひとまず護衛兵に声を掛けてくると、孫家の末妹を見送ったところで、一刀は口を開く。
「まさか雪蓮の妹が来るとはな」
「そですねー。まぁ、実際に間者が入るのであれば、明命ちゃんが来るでしょうしー」
「だろうな。というか、明命が本気で来たら、いくら俺でも気配を探るのは難しいぞ?」
「それはもう、なるようにしかならないかとー」
城へと歩きながら、そんな会話を続ける。
「雪蓮から聞いた話だと、彼女にも劣らないほど奔放な性格らしい。問題を起こしてくれなければいいんだが」
「むー…それは無理かとー」
「どうして?」
にゅふふと笑いながら、風は告げた。
「おにーさんはとらぶるに巻き込まれやすいたいぷですのでー」
心当たりがあり過ぎて、逆に同意したくない一刀であった。
本日も政務、
「――――――それじゃ、行くか」
「昨日で纏まってくれれば、今日はお昼寝が出来たのにー、と風は愚痴を洩らしてみます」
の時間も終わり、昨日と同じ商家組合との話し合いに、一刀と風は向かう。
「最近キャラが安定していない気がするが、どうかしたのか?」
「天の国の言葉は…分からない………」
「分かってんじゃねーか。そしてそれは恋の口調だ。やめなさい」
「むー」
背中に風を張り付けて、肉まんを頬張りながら一刀は道を歩く。目指すは城から少し離れた茶屋。そこの1室にて、会談を行う予定だ。
「まぁ、昨日の調子だと、今日で終わるだろう」
「そですねー。でもどーせ明日には新しい陳情が来るのでしょうけどー」
「早く帰って来いって感じだな」
「稟ちゃんが最低1度は鼻血を流しているに、風はお昼ご飯を賭けます」
「俺は3回で」
そんな会話。
※
会合も無事終え、城へと戻る道すがら。
「あー、北に程立だー!」
「ん?」
聞き覚えのある声に振り向けば、白虎に跨った桃髪の少女。
「これはこれは孫尚香殿。今日は街の散策ですか?」
「そだよ。美味しい飲茶屋さんを探しに行くんだー。南にはないお茶やお菓子もあるし」
お菓子は俺が華琳に教えたんだけどな。
そんな事を思いながら、一刀は言葉を返す。
「そうですか。もし気に入ったものがあれば、店の者に作り方を聞いておきますが?」
「いいの?ありがとー!」
「おやおや、おにーさんは相変わらず幼女を口説くのがお好きなようでー」
「黙れ、コラ」
背中でヤキモチを妬く風の頭を器用に撫でながら、一刀は虎上の少女の様子に気づいた。見れば、頬を膨らませている。
「………どうかされました?」
「むー、シャオは幼女なんかじゃないもん!程立だってチビの癖に!」
「おやおや、孫家のお嬢様は大人ぶろうと必死でいらっしゃいますねー。でもまだまだお子さまです。風のこの大人の魅力が分からないとはー」
どうやら子ども扱いをお気に召さないようだ。
「ふんだ。シャオのお姉ちゃんたちはどっちもバインバインなんだから!シャオだってきっと、すぐにお姉ちゃんみたいな巨乳になるもん!」
「………」
「何を想像してやがりますか、この変態おにーさん」
「いいえ、何も」
思わず露出過多の友人たちを脳裏に浮かべる一刀は、風に頬を引っ張られていた。
そんな喧嘩もありながら、3人と1頭は連れ立って道を歩く。
「―――でもさぁ」
「どうかされました?」
ふと、尚香は口を開く。
「ここの人たちって凄いよねー。昨日は周々に吃驚してたのに、今日は全然気にしてないんだもん」
「あぁ、その事ですか。それなら――――――」
「それなら昨日、おにーさんが街の人たちに伝えたのですよ。『曹操様の客人で、虎もしっかりと躾られているから怯える必要はない』とー」
「そうなんだ。ありがとね」
「いえ、このくらいは」
そんな事もあったかと、昨日街の住人に質問攻めにあった事を思い出す。
「ふーん……」
「何か?」
あれは大変だったなと考えていると、少女がじっと一刀を見つめていた。
「シャオ、北のこと気に入っちゃった。シャオの真名は小蓮。シャオって呼んでいいよ」
思わず噴き出しそうになる。こんな簡単に真名を許すとは、本当に姉のように奔放で、人懐っこい性格のようだ。
「それはそれは………大変光栄なのですが、よろしいのですか?私のようないち文官に真名を許すとは」
「いいの!それに、『いち文官』なんてものじゃないでしょ?だって、あの曹操に城の責任者を任されているんだから」
「でもでも、おにーさんは官位なんて持ち合わせておりませんよ?」
「え、そうなの!?」
風の言葉に、シャオは眼を丸くする。無理もない。実際に曹操不在の今、城を取り仕切っている人物がまったくの無官位だったのだ。
「はい。まぁ、曹操様は大層人材好きの方ですので、夏候惇将軍以外はみなたいした官位も持ち合わせておりませんが」
「そうなんだー……」
「ですが、真名を許されるというのでしたら、私も。生憎と真名にあたるものは持っておりませんので、どうぞ一刀とお呼びください」
「うん、わかった!程立も、シャオの事はシャオでいいよ」
「おやおや、風もですか。でしたら、風は風とお呼びくださいー」
「うん!」
とんとん拍子で仲良くなる3人。そして、シャオはさらなる発言をかます。
「うん、決めた。一刀、シャオのお婿さんにしてあげる!」
「ぐふっ!?」
風の腕が、一刀の首をギリギリと締め付ける。
「ダメですよー、シャオちゃん。シャオちゃんは孫家のお姫様ですが、おにーさんは無官の人間なのです。そのような結婚は許されないません」
「風…キマってる………」
一刀のタップを他所に、風は対抗心を燃やす。
「そんなの関係ないもーん。あの女好きの曹操が城を任せるくらいだもん。能力的には凄いんでしょ?それに、禅譲の儀が終わったら、そんなの関係なくなるし。お姉ちゃんに頼んで、そんな伝統なんか棄てて貰うんだから!」
「おぉっ、敵の本拠地でなかなかの発言をかましますねー。ならば風は、曹操様にお願いして、孫家の人間は結婚できないようにしてもらいますのでー」
「くる……苦しぃ………」
「ぬーっ!」
「むー」
そろそろ落ちそうだ。一刀がそう思ったその時、彼らに駆け寄る影があった。曹操軍の兵だ。
「仕事中のところ失礼します!」
これが仕事に見えるのか。それより助けて欲しい一刀に気づかず、兵は膝をつき、報告を始める。
「曹操様の率いる隊より伝令が届きました。もう1刻ほどで、ご帰還なさるそうです!」
報告を聞き終ると同時に、一刀の意識は途切れた。
※
――――――益州。
「はっはっは!」
豪快に笑う武将が1人。弩―――のような―――武器を下ろしている。
「なんで負けたのに笑ってるの?」
無邪気に問う少女が1人。身の丈を大きく超える矛を、笑う将の首に突き付けている。
「これが笑わずにおれるか」
「にゃ?」
少女―――鈴々の問いにその将―――桔梗は答え、再度笑い始める。
「このような小娘に、まさか儂が負けてしまうなど、これが笑わずにおれるか!」
「にゃー、鈴々は小娘じゃないのだ!歴とした、劉備軍の将軍なのだ!」
「そうだったな。いや、儂も耄碌したものよ」
と、そこに3人目の将が現れた。
「あらあら、桔梗ったら楽しそうね」
「おぉ、紫苑か。見ての通り、儂の負けだ。好きにするがいい。それより、部隊を指揮せんでよいのか?」
「もう終わっているもの。問題ないわ」
新たに劉備軍に加わった弓将、紫苑だ。彼女の言葉に桔梗は鈴々の向こうに見える戦場に視線をやる。兵たちは動きを止め、劉備軍は鬨の声を上げていた。
「ふむ。確かにその通りだな。焔耶もやられたか。どうやら関羽もこの張飛と同じく、噂に違わぬ武の持ち主らしい」
「えぇ。世代交代の時期かしらね」
「くくく、そうかもな」
旧い友たちは、互いに笑い合い、
「にゃー、2人とも年寄りみたいな事を言うのだ」
ギンッ!と、音が聞こえるかのような視線で、無垢な少女を射抜いた。
「紫苑さん、お帰りなさい。その様子だと、無事に終わったみたいですね………って、鈴々ちゃんはなんで泣いてるの?」
「な…泣いてなんか、ないのだ………」
本陣へと戻ってきた新しき仲間を迎えるのは、劉備軍大将、桃香である。弓将の後ろで目を真っ赤に腫らした義妹に首を傾げていた。
「色々とあるのですよ、桃香様。それより、彼女が―――」
「ほう、貴女が劉備殿か。儂はこの軍の大将を任されていた、厳顔だ」
「あ、はいっ!はじめまして!劉備玄徳と言います!」
「勝った軍の大将が、何故降将に緊張する?まぁよい。これより我らは劉備様の軍に降り、儂も貴女様に仕える事とする」
「本当ですか?ありがとうございます!!」
腰を曲げて頭を下げる桃香に、桔梗は思わず笑いを零す。
「くっくっく、可笑しな御方だ。勅に従うならば、降将は新しき主に仕えねばならぬというに」
「ね、可愛いでしょう?桔梗もこれから話していけば、桃香様がどんな御方か分かるわ」
「期待しておくさ」
面白いものを見つけたという表情で笑う桔梗は、それより、と話題を変える。
「焔耶の奴はどうした?関羽が張飛と同等の武の持ち主ならば、あやつが敵うとは思わぬが………」
「あ、焔耶ちゃんでしたら―――」
桔梗の疑問に桃香が応えようとしたところで、何やら騒がしい声。
「離せぇ!私は桃香様をお守りせねばならんのだ!」
「だから、まだ戦が終わったばかりだと言っているだろうが!降将の扱いはまた後だ!恋、しっかり抑えておいてくれ」
「ん……」
「焔耶さんも直情型なところはまったく変わってないですね」
「後生だ、恋!桔梗様が間違って桃香様を攻撃などしたら――――――」
「あ、あはは……」
聞こえてきた会話に、桃香はただ苦笑するばかりだ。
主を変えた城の一室に、4人の将が集っていた。とはいえ、元来の劉備軍の人間ではない。恋と香、紫苑と桔梗だ。
「相変わらず恋はよく食べるな」
「ん…頑張ったらから、おなか空いた………」
「頑張ったって、恋さんは焔耶さんが暴れないように抑えていただけじゃないですか」
モキュモキュとお菓子を頬張る恋という懐かしい光景を見ながら、桔梗は酒を口に含む。
「紫苑から事情は聞いておる。一刀たちとは別の道を進んでいるようだな」
「ん……桃香たちに助けてもらったから、手伝う………」
「そうかそうか。なに、一刀もお主と変わらぬ武の持ち主だ。そう易々とくたばりはすまい」
「ん……風も、いる………風が、一刀の世話をしてくれる」
「そうだな。一刀も尻に敷かれるようになったか」
「ん……でも、恋がせいしつ………風は、第二夫人………」
その発言に豪快に笑いながら、桔梗は話題を変えた。
「それにしても驚いたわ。紫苑が桃香様に降った事はまだしも、恋と香の姿が見えたからな」
「えぇと…その割には、戦場では冷静に動いていたようですけど……」
応えたのは香。ちびちびと茶を啜っている。
「ふんっ、戦場では何が起こるか分からん。それに、仕合ではなく、香や恋とは本気でやり合うてみたかったからな。まぁ、その機会はなくなってしまったが」
「あ、あはは……」
「まったく、桔梗の戦好きにも困ったものね」
その横では、紫苑が苦笑を洩らすのだった。
おまけ
――――――長安。
「「zzz―――」」
「はぁ……」
街の中央に立つ城―――宮廷の中庭で、日向で昼寝をする大小2匹の犬、そして大きい犬の横腹に背を預ける少女。
「恋殿……いつになったら戻ってきてくださるのですか………」
想いを馳せるのは、小さい犬の飼い主であり、自身が慕う女性。
「ねねは寂しいのですぞ……」
零れる声は、誰の耳にも入らない。
あとがき
というわけで、おしまい。
たぶん、今日はもう1本行けそうな気がする。
ではでは。
Tweet |
|
|
70
|
8
|
追加するフォルダを選択
というわけで続き。
グダグダ感がヤバいorz
どぞ。