No.359233

外史異聞譚~幕ノ四十八~

拙作の作風が知りたい方は
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2012-01-06 18:19:25 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2386   閲覧ユーザー数:1398

≪漢中鎮守府/顔叔敬視点≫

 

名だたる猛将勇将3名に囲まれた私ですが、だからといって諦めた訳ではありません

 

このあたりが孤児院や養老院といった、福祉介護と漢中で言われている施設が多いのは知っていました

 

私がここを通って逃げるのを選んだのは、卑怯かも知れませんがこういう特殊な場所を通れば追手の足が鈍るだろうと考えたからです

ただ、これは確実に言えますが、施設に逃げ込んだり人質を取ったりという事は考えてはいませんでした

こういう場所は有事に際して警備が厚くなるだけに、明確な追手は少ないだろうと予測していたんです

 

もっとも、その予測は見事に外れて、どうしてか囲まれちゃっていますけど…

 

私は、無駄と知りつつも相手に尋ねてみることにします

 

「えっと、どうして私が賊なんて無茶な事を言い出したんですか?」

 

ぎらりとした笑みを崩さないままで、左手で顎を撫でながら張文遠さんが答えます

 

「そらまあ、騒ぎのあった方から走ってきた様子で、しかもその顔が袁本初の二枚看板のうちのひとつ、顔叔敬ともなれば、偶然で片付けるには厳しいよなあ?」

 

「偶然かも知れませんよ?」

 

我ながらぎこちないなあ、と思いながら笑ってみせると、呆れたように関雲長さんが溜息をつきます

 

「そう思うなら余計な事は言わずに我々に同行してもらおうか

 濡れ衣であったならそれを公の場で申し立てれば済むであろう」

 

あはははは…

やっぱりそうきますよね

自分で言ってて無理がありますもん

 

「……そうやって疑われるのが嫌で逃げてきた、とは思いませんか?

 正直姫の事があるから、私は天譴軍の人達の顔を見るのも嫌なんですけど」

 

これは少なくはない部分で本音も混ざってたりします

 

「まあ、言いたい事はわからんでもないんやけど…」

 

「だったらどうして漢中にいるのか、って話になると思うのだ」

 

張文遠さんと張翼徳さんの言葉に反論できない私がいたりします

 

あはははははは…

はあ…

やっぱり無理がありまくり、ですよね…

 

「ともかく、賊でないのであれば大人しく同行していただこう

 我らも客分として、騒ぎを治めるための協力を要請されている

 すまぬが貴公を見逃す訳にもいかんのだ」

 

関雲長さんは、そう言いながらもじりじりと間合いを詰めてきています

見れば、他のふたりもそうで、最初からそうでしたが逃げ場は既になさそうです

 

一応腰帯に鉄の棒は差してありますけど、よりによってこんな人達相手じゃ厳しいなあ…

ひとりならまだ逃げようもあるのに、三人じゃ厳しすぎるよ

 

それでも狙い所としては、張翼徳さんしかないのは事実です

 

燕人・張翼徳の異名はその膂力となによりも機敏さに与えられていると聞き及んでいますけど、唯一私が有利といえるものがあります

それは“体の大きさ”です

力で多少劣ったとしても、思い切りぶつかれば突破するのは不可能ではないはずです

他の二人に比べれば、というものでしかないですけど

その獲物も本来の丈八蛇矛ではなく、扱い慣れない鉄棍なのも計算に入れていいと思います

 

そうして後はどうやって走って振り切るかですが、多分私も含めてそんなにこの街に慣れている訳ではないでしょうから、力の限り走って逃げ回れば振り切れる可能性はあります

 

あはははははははは…

我ながらなんて無茶な算段なんだろ…

これも文ちゃんや姫の影響なのかなあ…

 

ともかくこうなったらやるしかない!

 

そう腹を決めて腰を落とすと、全員の表情が変わりました

 

「なんや、やっぱりやるしかないんかい…」

「諦めが悪いのだ」

「致し方ないか…」

 

後は機を見て思い切りぶつかるだけ

 

私は呼吸を整えて、あと半歩という間合いで一気に身体をぶつけます

 

「たああああああああああっ!!」

「うわわわわわわわっ!!」

 

いくら踏ん張っていても力が強くても、やはり体の大きさの分だけ有利だったみたいです

転ばすだけのつもりでまともに当たろうとしなかったのもよかったようで、やっぱり慣れない武器のせいか、その間合いを間違ったみたいです

 

(よし!

 あとはこのまま…)

 

そう考えた瞬間、腹部に鈍痛が走りました

 

「………ぐふっ!!」

 

痛みと嘔吐感に薄れていく意識の中でなんとか顔をあげると、そこには困ったような関雲長さんの顔がありました

 

「突破を狙うとすれば体の小さな翼徳しかありえなかったからな」

 

あははは……

やっぱり甘かったみたいです

 

混濁する意識のなかで、誰かに受け止められるのを感じながら、私は意識を失いました

≪漢中鎮守府/張翼徳視点≫

 

むう、油断したとはいえ、ちょっと面白くないのだ

 

とはいえ、言い訳は見苦しいので悔しいけど我慢するのだ

 

「まあ、仕方あるまい

 こういう時の有利不利は、戦場とはまた別物だからな」

 

「そやな…

 戦場での捕縛はぶっちゃけ運も大きいけど、こういう場合は基本殺したらあかんしな」

 

「むう…

 そうかも知れないけどやっぱり悔しいのだ」

 

愛紗も張文遠も色々と大きいと思って好きな事を言っているのだ

鈴々もそのうち、ばいんばいんになってやるから、覚えておくといいのだ!

 

ええ子ええ子、なんて言いながら頭を撫でてくる張文遠がとってもむかっとくるのだ

 

「頭を撫でるなーっ!」

 

「いやいや、これも今のうちやでー?

 ウチらみたいな年になるとな、誰も頭なんて撫でてくれへんねん

 そうなってからやとな…」

 

???

あれ?

なんで自分で自分の言葉に落ち込んでいるのだ?

愛紗の方を見ると、やっぱりなんか複雑な表情をしているのだ

 

「ふたりともどうかしたのか?

 なんかおかしいのだ」

 

「いや!

 私は別にだな、そういう相手が欲しいとかではなく!

 この身は玄徳さまと大陸の平和に捧げたのであって…」

「そやそや!

 別にそういうのが悲しいとか悔しいとか、そういうんやなくてやな!

 その、なんちゅうか…」

 

ヘンなふたりなのだ

勝手に慌てて勝手に落ち込んでいるのだ

別に頭なんて、いいことをすれば桃香お姉ちゃんが撫でてくれたりするから、いつでもしてもらえるのになー…

 

「そ、それはともかく!

 とりあえずこれをなんとかしないか?」

 

あ、そういえば愛紗は片手であのお姉ちゃんを抱きかかえたままだったのだ

 

「そうやな

 とはいえここには縄もなんもあれへんし、どうしたもんか…」

 

う~ん、とみんなで首を傾げながら、そのあたりの家から縄を借りるしかないか、となったところで、天譴軍の役人の人達が走ってやってくるのが見えたのだ

 

「おーい!

 こっちに来て欲しいのだーっ!!」

 

鈴々がそう声をあげて大きく両手を振って呼ぶと、その一団は鈴々達に気付いたようで、急いでこっちに向かってきてくれたのだ

 

その一団の先頭にいたのは張儁乂ってお姉ちゃんで、鈴々達の近くまで来ると号令をかけてみんなを整列させてから、鈴々達に礼をとってきたのだ

なんというか、真面目なお姉ちゃんなのなー…

 

「これは、驃騎将軍に関将軍、張将軍まで

 一体どうなされましたか?」

 

これには結局お姉ちゃんを抱えたままだった愛紗が答えたのだ

 

「ああ、恐らくは報告にあった刺客の一味と思われる、顔叔敬を見かけまして

 折良く我々三人で見つけ、捕縛した次第です

 こうして気絶はさせたのですが、その後どうしようかと思っていたところ、張将軍が来てくださったという訳です」

 

「なるほど

 ご助力感謝致す

 ……おい、急ぎ関将軍から容疑者をお預かりしろ」

 

整列していた中から4人が走ってきて、なんか手際よく鉄の枷と鎖を嵌めて荷車に乗せているのだ

なんかすごいなー…

 

愛紗も張文遠も、なんかぽかーんとしてるのだ

 

鈴々達の様子に苦笑しながら、張儁乂が教えてくれたのだ

 

「ああ、捕獲した人間は暴れることも少なくありませんのでな

 鉄の枷と鎖で張り付けるよう、漢中では専用の荷車があるのでござる」

 

「徹底してるのなー…」

 

思わず呟いた鈴々に、愛紗や張文遠も頷いてるのだ

それに説明を続ける張儁乂なのだ

 

「あとはそうですなあ…

 この荷車は背筋を無理に伸ばして腰や肩に力が入れづらいように作られておりますので、犯人には厳しいものではありますが、まず抵抗されることもありませぬ

 まあ、漢中では殆どいなくなり申したが、野盗等の賊相手には非常に効果的でござったよ」

 

三日も括っておけば抵抗する気も失せるでござるからな、とか笑ってるけど、それって結構洒落になってないような気がするのだ

 

「なんや、またごっつうエグいなあ…」

 

「うむ、重罪人であろうから同情はせぬが、なかなかに」

 

そうやってなんとなく和やかな雰囲気になってきたところで、張儁乂が再び礼をとってきたのだ

 

「それでは、拙者は護送がある故一先ずこれにて失礼致す

 捕縛はお三方の手によると報告させていただき申すのでご安心めされよ」

 

愛紗や張文遠と一緒に鈴々も頷いて答えるのだ

 

「堅苦しいのはまあええんで、よろしゅう頼むわ

 ウチらは後で戻ると伝えておいてくれると助かるわ」

 

「私も後程、玄徳さまと一緒に戻るとお伝えください」

 

「以下同文、なのだ」

 

承知致した、と言ってから兵隊さん達に号令をかけて戻っていくのを見送りながら、鈴々は言うことにしたのだ

 

「そろそろみんなの所に戻るのだ

 ごはんの前だったのでお腹がすいてきたのだ」

 

「おお、そういえばそうであったな

 皆心配して食事もせずに待っているかも知れん

 急いで戻らねば」

 

「なになに?

 一緒に行ったら何か食べれるん?

 酒もあったりせえへんか?」

 

「ばかもの、孤児院の昼餉にそんなものがある訳がなかろう!」

 

「そらまあそうか…

 まあええわ、ウチもご相伴に預かるとしよか」

 

「だったら急ぐのだ!」

 

そう言って笑いながら駆け出す鈴々達だったのだけど、実はすっかり忘れていた事が鈴々にはあったのだ

 

 

それは、みんなに少なくはない被害が出ていたということなのだ

 

だから鈴々は、この後の事についてどうなるか全く理解していなかったのだ

 

 

桃香お姉ちゃんの泣くところは、もう見たくなかったのになー…

≪漢中鎮守府/張儁乂視点≫

 

さて、こちらは無事捕縛でき申したが、他はどうでありましょうか

 

護送と捜索に隊を分け、拙者は護送の隊を指揮しながら戻っておりますと、その途中で忠英殿と合流することになり申した

 

「おお、そちらはどうでござったかな?」

 

「ああ、こっちは見事に孫家の連中に功績を掻っ攫われちまったよ

 文季徳が捕まったみたいだね」

 

……なるほど、忠英殿はまた何か無茶をやらかしたようでござるな

 

大方、文季徳を新開発の武器かなにかの実験台にでもしたのでござろう

全く、困ったお人でござる

 

「忠英殿

 その言い訳は構わぬのでござるが、肩当てや袖に返り血がついておりますぞ」

 

しまった、と悪戯小僧のように笑う忠英殿でござるが、こういう所が憎めないのでござるよな

 

「あちゃあ…

 こりゃあ簡単に着替えができる服でもないし、言い訳は苦しいかね?」

 

「皆、公の場では生暖かく黙っていてくれるではありましょうが、後刻の追求は必然でござろうな」

 

拙者も当然追求するつもりでござる

 

「そうか…

 私とした事が迂闊だったな

 そんな事なら譲るんじゃなかったよ…」

 

そうは言いながらも笑っておられるのは、こういう稚気に富んだ部分があるからこそ、皆に忌避されずいるからでありましょう

 

「まあ、うちの連中に黙っているのもそろそろ心苦しかったし、それは後で説明するとしようかね」

 

これで堂々と武器の改造も言い出せるし、などと物騒な事を「きししっ!」と笑いながら言うのは、拙者はどうかと思いますぞ?

 

ともかくも、肝心な事は聞いておくと致しますかな

 

「それで、文季徳は無事捕縛はできたのでござるな?」

 

拙者の問いに困ったように鼻の頭を掻いている、という事は、相当な事をやらかしたようでござるなあ…

 

「あー…

 まあ、ちっとやりすぎちまってね

 生きてはいるんだが喋れるかどうかには自信はもてないかね…」

 

「それはまた…」

「文ちゃんがどうしたっていうんで…げほっ!!」

 

急にあがった声の方を見てみれば、気絶して括られていた顔叔敬が目を覚ましており申した

元々力が入らず声が出しずらいようにされた荷台に括られているのですから、急に叫べば咽せるのも当然と言えます

もっとも、咽せた理由はそれだけではないようでござるがな

 

顔叔敬は咽せて咳き込みながら、弱々しく問いかけてき申した

 

「ぶ、文ちゃんは大丈夫、なんですか…?」

 

さて、拙者はそれに対する問いをもってはおり申さぬ

故に忠英殿に視線をやると、これまたなんとも言えぬ顔でさらりと答えました

 

「生きているかという意味でなら大丈夫だが、それ意外では違うと答えておくよ

 まあ、どうせ知れるから教えておくが、なにせ鉄棒振り回して暴れてくれたんでね

 両肩砕いて身動きできなくなってもらったよ」

 

「……っ!?」

 

絶句する顔叔敬でござるが、それも仕方ありませぬな

拙者にしても、よくもまあそこまで重傷を負わせて捕獲したものだ、と突っ込みたい気分でござるし

 

「なんというか、容赦ありませんな、忠英殿」

 

「おいおい、私が悪いみたいに言わないでおくれよな

 素直に投降してくれれば誰も傷つかないっていうのに、暴れたのは文季徳なんだからさ」

 

「まあ、それはそうでござろうが…」

 

小声で何かを呟きながら泣き始めた顔叔敬がなにやら哀れに感じるのは、拙者だけでござろうか

 

少なくとも、このように刺客などという形でなければ、こうまで惨めな状況にはならなかったでござろうに…

まだしも漢中の国境付近で馬賊でもやっていた方が復讐の機会は多かったでござろうな

 

まあ、そうなれば最初に相手をしたのは拙者であったでしょうが…

 

ともかくも、袁家が誇った二枚看板の末路としては哀れというしかないでござろう

 

どのような理由で拙者らというか一刀殿を暗殺しようなどと考えたのかはこれから判明するでしょうが、民衆に被害が出た以上、一刀殿は決してこの二人を許しますまい

 

拷問やらを考えるお人柄ではないと思いますが、なにしろはじめての事ゆえ、どう転ぶかは拙者にも判りませぬ

 

同じ事を思っていたのでしょう、忠英殿が呟きます

 

「さて、これからどうなるかねえ…

 私は一刀が炮烙やら腐刑やらを言い出しても驚かないよ」

 

そうはならぬ事を拙者も願います

 

もしも一刀殿がそのように狂うのであれば、殺してでも止めねばなりますまい

 

狂った御使いなど、天譴軍の誰も望みはしないでござろうからな

 

 

啜り泣く声に気持ちを暗くしながらも、それを止める事なく護送は終わろうとしておりました


 
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