No.35663

エルルとファルグレン3

やぎさん

隣国の王子に嫁ぐ事になった小国の姫と、その姫を迎えに来た野蛮人騎士の珍道中?
ドタバタしてますが、一応恋愛ものです。3話目。

2008-10-13 15:19:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:480   閲覧ユーザー数:460

 

 

 

~合流~

 

 

 

 

 

 宿場町の門を越えると、一軒のやや大きめな宿の前で馬車は静かに止まった。

 何事かと馬車の小さな窓から顔を覗かせると、既に馬から下りていた騎士がゆっくりと近付いてそのドアを開ける。

 

「エルシュレイア様。今日はここで一泊して頂く事になります」

 

 す、と差し出された大きな手に躊躇いながらも小さな手を置き、少女はドレスの裾を持ち上げながら馬車から降りた。

 

「それは、構わないのだけれど…随分、寂れた宿ねぇ…」

 

 少女は、目の前の宿を見上げてポツリと、そう呟いた。

 王宮から見れば、どの宿だろうが寂れて見えるのであろうが、今まで一歩も外に出たことのない姫君には知らぬ事だ。

 

「これでも。この宿場町では立派な方ですよ」 騎士は苦笑して

「さぁ、先ずは部屋へご案内致します。その格好では些か目立ちすぎますからな」

 

 と、少女の手を「失礼」と引っ張りながら先導し始めた。

 宿のフロントで予め話を通していたのか、部屋を案内する役目は従業員に代わり、騎士は一度頭を下げると慌しく外へと出て行く。

 

 少女が通された部屋は、なるほど、一般庶民が寝泊りするには広く立派なものだった。天蓋つき、とまでは行かなくともそれなりに面積のあるベッド。鏡面台。革張りのソファーに毛足の長い絨毯が敷かれている。奥ほどに誂えられたドアの奥には、ユニットバスとトイレ。

 一通り見て歩くと、少女は「ふぅん」と一つ頷いて、革張りのソファーに腰を下ろした。座ればきちんと沈み込む。王宮の自室にあったそれよりも質は劣るが、座り心地は悪くない。

 馬車に乗っていた時は、まだ夜には遠いと思っていたのだが、此処で一旦休むというからには陽のある内に次の宿場町までは辿り着けないのだろう。トルファンへはまだまだかかりそうだ。

 足をぶらぶらと揺らし、何気なく視線を泳がせると、薄いレースのカーテンが止めてある窓が目に入った。何の気なしに近付いてみると、既に夜が訪れようとしているらしく辺りは暗くなり始め、幾つかの灯りがぽつぽつと点り出す。窓に手を伸ばし少し開けてみると、宿場町特有の喧騒が耳に入ってきた。

 誰かが叫ぶ声、客引きの声、笑い声、怒鳴る声、足音、雑踏。そのどれもが初めて聞く音だった。

 

「遅くなりました」

 

 ノックとともに開けられたドアの音と掛け声に、暫し喧騒に聞き入っていた少女はビクリと体を揺らす。

 

「…あ、あなたねぇ? どうぞと言わない内から入ってこないでくれる? もし私が着替え中とかだったら、どうするつもり?」

「…これは、失礼を。しかしながら、姫の荷物は私が預かってますから、着替え中である筈はないと思いますが?」

「……ぅ…」

 

 言葉を詰まらせる少女に、騎士はニヤリと口の端を上げて。

 

「それに万が一、着替え中であっても。俺は少女趣味じゃないからな。興味もないぜ?」

「…っ…!! 失礼ね!! 私だって、もう立派なレディなのよ!!」

「へぇ~。じゃあ、俺に興味を持たれても良いと?」

 

 閉じたドアに背もたれながら、騎士は楽しそうに目を細める。

 一方、少女は多少改善されたと思っていた騎士の無礼さ加減が、此処に来てまた前面に出てきたことに顔を真っ赤にさせた。

 

 (やな奴、やな奴、やな奴、やな奴!!! こんな男、大っ嫌い!!)

 

 叫び出したいのをグッと堪えて、少女はキッと眦を上げた。

 

「いいえ! 遠慮しておくわ。貴方のような無礼で野蛮な騎士に興味を持たれたくなどありません! こっちから願い下げよ!!」

 

 ぷいっと横を向くのと同時に、コンコンと控え目なノックが響き、それに気付いた騎士が身体をずらすとドアが開く。

 

「全くです。姫に無礼を働くのはいい加減になさって下さい。いい年をしてみっともないですよ。ファルグレン様」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは、見目麗しい若い騎士だった。

 柔らかそうな金髪を短く切り揃え、流れる前髪の間から覗く瞳は知性の高そうなグリーン。野蛮人騎士ほど背は高くなかったが、少女から比べれば充分高い。落ち着いたハスキーボイスと整った涼やかな顔貌に、少女は時も忘れて暫し見入った。

 

「シュマリ! お前は、そういう事を言うな…」

「本当の事ですよ。幾ら、お好きだからと言ってからかうなど、まるで子供のようではありませんか」

「…って、わぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 騎士が慌てて、シュマリと呼んだ金髪の騎士の口を大きな手で覆う。

 先ほどの戯言を聞かれてはいまいかと、恐る恐る振り向けば、少女は僅かに頬を染めたままシュマリを見詰めていた。その様子からして耳にも入ってなかったようだが、自分と初めて会った時とは余りにも違う様子に、面白くなさそうに騎士は眉を寄せた。

 

「…グレン。そちらがもう一人の護衛の騎士ですか? でしたら紹介を…」

「…ええ。姫。そうです…」

 

 情けなくため息をつきながら手を外すと、自分を見上げているグリーンの瞳が不機嫌そうに曇る。

 

「…ファルグレン様。おどきください。無駄に大きいのですから、此処からでは私が姫のお顔を拝見できません」

「…お前を選んだのは…失敗だったか…」

「何か?」

「何でも無い」

 

 この、ある意味傍若無人な野蛮人騎士も、どうやら見目麗しい金髪の騎士には弱いらしく、渋々と身体をずらす。

 やっと視界が良好になった金髪の騎士は、窓辺に佇む金の髪の麗しい少女を一目見て、動きを止めた。

 

「…か…」

「…か??」

 

 一言だけ発して、此方を凝視してくる金髪の騎士に少女は小首を傾げた。その仕草もさる事ながら、ふわりと揺れる長い金糸に目を奪われたままシュマリは身震いした。

 

「…か、可愛いぃいぃぃいいい!! まぁ、まぁ、なんて愛らしい! まるでお人形さんのようですよ! ファルグレン様!!!」

「そんなのは、見れば解る」

「…あぁぁ…ユーシス様の妹君であらせられるのですから、それはもう美しい方だとは思っておりましたが…こんなに愛らしい方だなんて!!」

「あああ。良いから、落ち着け、お前は」

「ふぅ…つくづく…勿体無いですよねぇ… あ ん な 王 子 の 嫁 にされるだなんて…!! こんなに愛らしいのに」

「… シ ュ マ リ ~~~!? 喧嘩、売ってるのか?お前は!?」

 

 ポカンとしたまま動向を見守っていた少女だったが、何だか二人の雲行きが怪しくなってきたので、慌てて小さく咳払いをした。このまま無限ループされても困るし、先ほどシュマリが零した『あんな王子の嫁』という言葉も気にかかる。あんな王子とは――この無礼な野蛮人騎士よりも酷いのだろうか。

 

「…はっ」

「挨拶もせずに熱くなるな! 姫が怯えているだろう?」

 

 少女の小さな咳払いに、シュマリは正気を取り戻したのか居住いを正し背筋を伸ばした。

 

「申し訳ありません、エルシュレイア姫。私はファルグレン様の副官でシュマリエル・クレヴァニールと申します。シュマリとお呼びください」

「ええ。解りました。シュマリ。私はエルシュレイア・ファニス・マーキュロスです。道中、宜しくお願いしますね」

 

 シュマリの片手を曲げ頭を垂れたその礼は、まさに騎士そのもの。

 そうそう。騎士って言うのは、本来こうあるべきなんだわ! と、少女は心の中で感心した。

 

「ははっ! ありがたきお言葉。私の役目は姫様の身の回りのお世話と、この暴漢から姫様をお守りする事です。どうぞ安心なさって下さい」

「まぁ、頼もしい限りですね」

 

 見目麗しい騎士の、礼儀正しい態度と優しげな微笑に少女が頬を染めると、先ほどのシュマリの言葉に引っ掛かりを覚えたファルグレンが首を捻る。

 

「おい、シュマリ。この暴漢って、どういう意味だ?」

「暴漢は暴漢です」

「俺がいつ、暴漢になった!?」

「誰も、ファルグレン様とは申しておりませんが。何か心当たりでも?」

「あるわけないだろう!!」

「じゃあ、黙ってて下さい。邪魔です」

 

 ピシャリと言い切られてファルグレンが言葉を詰まらせる。その様子に少女は顔を逸らして口を押さえた。

 これから、どんな無礼な事を言われようとも、シュマリが守ってくれそうだ。そう安心しつつ「ん?」と首を捻る。

 先ほどシュマリは自分の身の回りの世話をすると言っていた。それは即ち、侍女のように着替えから湯浴みから全てを世話するという意味なのだろうか。それならばそれで困る。幾らなんでも男に世話をさせるわけにも行かない。

 

「つきましては姫様。これからのことでお話がございます」

 

 軽く悩んでた所に、重要な事を持ち出されて、少女は今考えていた事をとりあえず頭の隅へと追いやった。

 

「なんですか? シュマリ」

「姫様には大変申し訳ないことなのですが、わが国の事情により大々的に姫様をお送りする事が出来ません」

「…え?」

「目立てば目立つほど、姫様の身に危険が及んでしまうのです。其処で、此方が用意した服にお召し替えして頂き、身分も偽ってトルファンへとお連れしなければならないのです」

「あ、の…」

 

 少女の頭は、全くこの展開に付いていけなかった。

 自分は、姫だからこそ、王子の嫁として呼ばれるのだと思っていた。しかし、実際にはそうではないのだろうか?

 

「まどろっこしい言い方をしても、姫には解らんだろう。つまりだ、トルファンでは王子の嫁について随分と城中が荒れている。しかし、王子はどうしても姫と結婚したい。だから、、無理にでも姫を連れ帰ってさっさと結婚して周りを黙らせようってこった」

「…それって…グレン…」

 ――望まれて、嫁ぐわけではないの…?

「しかし、反対派は反対派でどうしてもその結婚を阻止したいから、仰々しく姫をお送りすると何らかの危害を加えられる可能性がある。だから、こっそりお連れせよ、との殿下のご意志なわけだ」

「……そう。私…望まれたわけではないのね…」

 

 良く考えれば納得もいく。

 トルファンのような大国の王子が小国の、なんの見返りもない姫を娶るなど、重臣たちから見ればとんでもない話だ。

 少女は、キュっと下唇を噛んで背を向けた。泣きそうになっているこの顔を見られたくない。特に、あの騎士には。

 所詮は政略結婚。其処に甘い気持ちも淡い恋もないのは承知している。だが、それでも。どこか期待していたに違いない。小国の姫を娶るなどと言い出した王子の強い庇護を。

 

「望んでいるさ。特に王子は、な。でなければ、わざわざこんな所まで…」

「姫様! お許しください。不甲斐ないのは重々承知の上です。ですが、殿下はどうしても貴女様を妻に迎えたいと…」

「…王子は…トルファンの王子はどんな方なのですか?」

 

 背を向けたままの少女の質問に、二人の騎士は互いに顔を見合わせた。

 

「…強い、お方です。剣は勿論の事、お心も強いお方です。多少、強引ではありますが実行力はありますし、国民の事を第一に考えられるお方です。私は、王子にお仕えできるのが無上の喜びにございます」

「…剣が、強いの? 兄様はグレンがとても強いと仰ってたけど、どちらが強いのかしら?」

「…俺より、強い、かもな。何せ手合わせをした事がないから解らん」

「若い方? お顔は?」

「お年は26歳。姫様にしてみればおじさんかもしれませんね。お顔は凛々しいです。姫様の好みに合うと良いのですが…」

 

 そう言って苦笑するシュマリに、少女は小さくため息をついた。

 ここで、今更帰る等とは言えないのだ。例え、どんな事情があるにせよ、自分がトルファンに嫁ぐ事で祖国が受ける恩恵は大きい。

 大きく息を吸って、笑顔で振り返る。大丈夫。大丈夫。誰か一人でも強く望んでくれるのなら――

 

「そう。解ったわ。二人の言う通りにします。だから、無事にトルファンまで連れていって下さいね?」

「…姫様っ!!」

「…お前…」

「大丈夫よ。私は平気」

 

 まるで大輪の花のような明るい笑顔に、

 

「お前は、強いな」

 

 ファルグレンは目を細めて微笑んだ。

 その笑顔は今までに見たことのないものだった。優しく、そして何処か心強い。

 今までの下品さなど微塵も感じられない、好感の持てる表情。もしかしたら、この騎士は身分の高い出なのかもしれない。そんな事を少女は思った。

 

「でしたら! 早速、姫様のお召し替えを…」

「…え?」

「大丈夫です。このドレスよりは数段劣りますが、それでも可愛らしいお洋服をご用意してありますから」

「そうじゃなくって…シュマリが、手伝うの?」

「勿論ですよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、持ってきた袋をガサゴソと開ける。

 

「…こ、ここで? あ、あの、私、一人でも平気ですから」

「姫様のお体に触る事をお許しくださいませね」

「…グ、グレンが…っ…」

「ああ、そうでした! 忘れてましたよ!」

 

 言うなりシュマリはくるっと振り向くと、ファルグレンを見やりながら

 

「さぁさ。野暮な殿方は出て行った、出て行った!」

 

 と、まるで犬でも追い払うように手をパンパンと叩いた。その様子を見ながら、貴方も殿方なのでは? と、少女が苦笑する。

 

「…シュマリ。言っておくが、姫もお前を『男』だと思ってるぞ」

 呆れ気味の声に、シュマリと少女は同時に

「「えっ!?」」

 と、声を上げた。その間抜けな反応に騎士がニヤニヤと口の端を上げる。

 

「…シュマリって、女の人なの!?」

「はい。勿論ですよ、姫様。でなければお世話係として役に立たないでしょう?」

「騎士団唯一の女騎士だ。女でなければ連れてこなかったものを…」

「あら、どういう意味ですか? ファルグレン様」

「聞いたままの意味だ」

 

 またもや一触即発の雰囲気を横目に、少女は軽くショックを受けていた。

 金髪のスマートで端正な顔付きのこの騎士が、少女の好みに近かったからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

<続く>

 

 
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