No.355358

【ウルミレ】ミンスリーの恋人

りくさん

1/1に大爆死するかもしれないので、先にウルミレ in ミンスリーをUPしときます。需要など知らぬ。
■言い訳(1) マンガ用のネタだったので、小説としてはネタが薄いです。
■言い訳(2) 最後の1/3、ミンスリーから戻ってからの話が間に合いませんでした。
■言い訳(3) 朝チュンすまん。ほんとはR18だった。間に合わn

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2011-12-31 01:58:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:809   閲覧ユーザー数:806

 地球式の贅沢な暮らしというのは、スペースノイドの大半には大抵無縁だ。クラシックというよりは古典的と言った方が相応しい重厚な石造りのバルコニーに出て、彼女は中庭に広がるフランス式庭園を眺めた。中世と異なっているのは、その花と緑の幾何学模様がライトアップジェルでほのかに光っているところだ。季節のイベントなどで企業がよく会場に使っているが、個人宅の庭にこんなにも大量に散布しているのは見たことがない。おかげで客間から大都会の夜景のような光のページェントを楽しめるわけだが……。

 職場のご一行様と作戦会議目的の滞在と来ては、居心地の悪さが増すばかりだ。

 彼女はやるせなくなって、大きくため息をついた。

「どしたの」

 間近で声がしたので彼女は飛び上がりそうになった。そういえば、あの軽薄な男は隣の部屋だった…… 設計まで見事に過去の芸術品に忠実なおかげでバルコニー同士は随分密接していて、胸元までも高さのある分厚い手すりで仕切られている以外、彼らを隔てるものはない。横を向けば、すぐ脇に缶ビールをもったタンクトップ姿の白いパイロットがいた。

「ミー……」

 そのまま不本意なニックネームを口にしそうになる男を、彼女はじろりと睨む。

「ハイハイ、ミレース・アロイ中尉」

 男は真剣な顔を作って敬礼をしてみせる…… が、左手からビールは離さない。ふざけてる、と彼女は思った。だが、同時に憎みにくい所作であるのも否定できない。

「ウルフ中尉」

 軍人になったのはそれなりに想いがあってのことで、人としてしなければならないことはわかっていると自分では思う。けれども、白を白、黒を黒と言い切れない事態が起きてしまうと、この選択でよかったのか、つい不安が頭をもたげる。そんな自分の弱さは情けないし嫌いだ。誰にも見せたくはない。

 そのはずだ。

 なのに。

「んー…… ここでこうしていてよかったのかなって」

 この規格外の尉官には本音を零してしまう。士官学校ではなく民間からのスカウトで入隊したという経緯が、心理的な抵抗を弱めてしまうのだろう。建前ではない、別の答えが返ってくると期待しているのかもしれなかった。

「何? まだ迷ってんの」

 さらりと彼は核心をついて、ぐいと缶を飲み干した。

 そりゃあね、と彼女は肩を竦め、肩にかけたストールを首もとによせ直す。天候を完全にコントロールしているコロニー内では予定にない寒さに遭遇したりはしないが、それでも夜は節電の意味もあって昼間より気温は下がる。惑星生活へのノスタルジーだ。

 そして、このストールも天然山羊の毛織物。有力者の資金を背景に事を起こすなんて、戦争とは言えない。テロですらない。これではまるで……。

 手段が問題ではないのは、わかっている。

 結局、正しいことと、すべきことが同じであるとは限らない。それに尽きるのだ。

「ふーん。君、マジメだね」

 学生時代から馴染みのある表現を耳にして、ミレースは久しぶりにムッとした。堅物で真面目な優等生。学生であるうちは、それは“正しいこと”だったのだけれど。

 悪かったわね、と言い返そうとした彼女は、頭上に彼の顔があることに気づいて、小さく悲鳴をあげた。いつのまにか手すりの縁に腰掛けて、彼女のつむじを見下ろしている。

「危ないじゃない。ここ三階よ? 手すりだって、かなり高さがあるんだし……」

 彼は、明るく笑い飛ばした。

「落ちるかもって? そんな鈍くさいタイプに見えるのかよ」

 何よ。気まずさを感じて、彼女は彼に背を向けた。酔っぱらっているのだろう。

「いやいや。心配してくれたんだろ? ほんと、オレの回りにはいなかったタイプ」

 ちょっと新鮮だな、と彼は小首を傾げて、ミレースの反応を窺った。言われた方は、良い気持ちはしない。馬鹿にされているような印象すら受ける。大体、軍隊においては彼女の方が経験もあるし、年上でもある…… まあ、一年だけだが。それなのに何かと見透かすようなことを口にしては、彼女を居心地悪くさせてくれる。

 それなら、話しかけなければ済むことだ。それはわかっているけれど……。

 今までの彼女なら即座にそうしただろう。

「あなたの周囲なんて、どうせモデルとか女優とか、ゴージャスとセクシーを重ね着したような女性ばっかりだったんでしょ」

「アタリ」

 彼は両手で彼女を指さした。正解を喜ぶ子どものように無邪気に笑う。

 ああ、やっぱり酔ってる。

 彼女はため息をつく。酒を飲んでいるのは見ていたのに、まともに相手をしてしまった自分の過ち。そもそも、生きている世界が違ったのだから、見たことのない種類の女性なんて当たり前のことだ。

 もう部屋に入ろうかしら…… と、ミレースは肩越し窓に視線を投げる。

「つまり、のるかそるか、だな」

 思いがけず低い声で呟いたので、彼女の注意は再びウルフに戻った。

「なんて?」

「勝負事には、流れってもんがあるだろう? ここぞってときに行くのか止めるのか…… ま、確信があってもなくても、最終的にはやってみなきゃな。だが、ピンと来たときにやらねえなら、永遠にわからねえ」

「なにそれ……」

 MSグランプリレースのこと? 彼女は眉を寄せた。自分の話は軍事行動のことで…… この人にとっての重さは、レースと同じなの?

 彼は、難しい表情で自分の手に目を落としている彼女を見つめた。自然と笑みが零れる。計算のない女を見るのは十数年ぶりだ。彼の言うことに本当によく反応してくれる。冷静になろうと努めているつもりで、全部顔に出ているのだ。自分をそういうタイプだと思っていないところが、彼にとってはよりおもしろい。

「君、かわいーな」

「なんですって?」

 思いっきり怪訝そうに、彼女は彼を凝視した。ほら、思った通り。

「なー、オレとつき合っちゃわないか?」

 今度はぽかんと口を開け、彼女は言葉を失ってしまった。

 ついさっきまで今現在の行動について話していたはずなのだ…… 一応は。どうしてそんな話題になってしまうのか、彼女は彼の脳内が理解できない。

 だってさ、とまったく構わず彼は続ける。

「勝負屋のオレと、慎重派の君。合ってると思うけどな」

 そういう問題?!

 やっと我に返ったミレースは、どこが! と大声を上げかけ、慌てて口を押さえた。作られた夜とはいえ、時間は遅い。

「そうそう…… お子様は寝ているからね」

 シー、と彼は口元に指を当てた。

 ほんとに適当な……。

 彼女はため息をつき、庭園に向き直って彼に背を向けた。話し始めてから何回めのため息だろう、と思う。まともに取り合えば、彼は喜ぶだけだ。初めて会ったときと同じように、彼女をからかっているのだから……。

 人種が違いすぎる。

「な、怖いのか?」

 彼女はびくっと震えた。

 ときどき、彼はいきなり核心をつく。

 どういうこと…… とかすれた声で返す。

「自分が根っこから変わりそうで、揺らぎそうで…… ってコト」

 そうじゃない、と彼女は答えたつもりだった。が、音にはならなかった。彼の指摘は的はずれなのだろうか? 今までの自分なら選ばなかった道を行こうとしている。そのことに、私は懼れを感じているというの?

 違うのなら否定しなければ。振り返って彼の目を見て、はっきりと。

 けれど、どうしても振り向くことができない。彼の顔を見ることが……。

 怖い?

 まさか……。

「オレが守ってやるよ」

 耳元で彼は囁いた。耳たぶに触れるほど、唇が近い。

 彼女はびくりとする。

 いつの間にか、彼は手すりを越えて彼女の真後ろに立っていた。

「オレがディーヴァの前にいて、敵は全部なぎ払ってやるさ」

 ゆっくりと彼の両腕が彼女の肩に回される。新しい縛めのように。

「別に…… 戦いが怖いなんて、そんな…… 私は……」

「そんなこと言ってないだろ」

 彼が笑う気配だ。彼女は、気恥ずかしくなって黙り込んだ。

 ほんと、可愛い。

 誰かのためにMSに乗るなんて、主義じゃないが。

 拒絶できないほど、そうっと後ろから抱きしめて、彼はとっておきの声を出した。

「でも…… 代償は欲しいとこだ」

 どういうこと? 腕のなかでこちらを向いた彼女の唇に、ウルフは優しくキスをした。

「な? 悪くない取引だろ――」

 夜景に照らされ微笑む彼を見て、彼女は不安の根源を知った。

 今、わかった。

 怖いのは、この戦いでも、自分の選択でもない。

 ミレースはそっと彼の長い前髪に触れ、指に絡めた。さらさらとした髪…… 本当はずっとこうして触れたかったのではないの?

 彼は目を伏せ、彼女の白い手に唇を当てる。懇願の口づけ。

「冷えてるぜ」

 きゅっと胸が苦しくなる。

「…… 外にいたから」

 なら、と彼は自分の掌で彼女の両手を包み込んでもう一度誘う。

「部屋に戻らないとな」

 怖いのは……。

 彼女の瞳に、白い狼が映る。

 夜に浮かぶ、変わり種のパイロットが。

 彼女は、そうねと頷いて、彼の胸に寄りかかった。

 その翌朝。

 目覚めたとき、ベッドには彼ひとりだった。

 あれ? 夢だっけ? としばらくブランケットにくるまってぼんやりとしていたが、乱れたシーツの皺を眺めているうちに記憶も鮮明になってきた。ああ、夢じゃない。

 なんだ、起こしてくれたらいいのに。置いてけぼりってわけか。

 まあ、彼女らしいよな、と時計を見ると、とっくに朝食の時間を過ぎている。今さら慌てても仕方ないとばかり、彼はシャワーを浴びて昨夜の汗を洗い流したけれど、そこが自分の部屋でなかったことはすっかり忘れていた。人気がないのをいいことにあられもない姿で隣室に戻り、そこでしっかり着替えてから、焦ることなく悠々と食堂に向かった。

 館主の意向で、食事は彼らの流儀に合わせることになっている。ウルフが食堂のドアを開けたとき、連邦軍では考えられない、儀式のような朝食を終えた一同は食後のコーヒーを味わっているところだった。

「よう、おはようさん」

 何時だと思ってるんですか、とフリットが子どもらしく険しい顔をする。

「そう言うなって。ぎりぎり間に合っただろ?」

 彼は爽やかに笑って席を探した。いつも通りミレースの隣が空いている。そちらに移動する彼に、フリットはなお言い募る。

「間に合ったって言いませんよ、これ」

 この天才少年は、親しくなると案外辛辣だ。

「お、いい追撃! 戦いもそれで頼むぜ」

「もー、ウルフさんは……。いいんですか、こんなんで」

 フリットは食卓にいる大人たちに、ねえ、と同意を求めた。

「…… そうね」

 普段より歯切れの悪い言葉にフリットが首を傾げたとき、いろいろあるんだよ、と言い訳しながら、ウルフはミレースの頬に軽くキスをしてさっと着席した。

「え」

 フリットの目が丸くなる。彼が彼女によくちょっかいを出しているのは知っていたけれど、そんなことをしたら…… そんなことまでしたら、さすがに殺されるんじゃ?

 フリットがそう指摘をする前に、頬を真っ赤にした女性士官はばっと立ち上がった。

「食事も終わったので、会議まで一旦失礼します」

 その場の了承も待たずに部屋を後にする。

 後には、呆然とするフリットたちと、ひとり朝食をむさぼるウルフが残された。

 長い沈黙が流れて、やっとグルーデックが口を開く。

「ウルフ」

 はい? と口にパンを詰めたままで、彼は艦長に顔を向けた。

「九時からの会議には遅れるな」

「了解!」

 ならばいい、とグルーデックは頷いた。

 いいのかなあ。フリットは口を突き出す。ちらっとラーガンたちを見やるが、はは、と不自然な笑いを返すだけ。ウルフは素知らぬ顔でベーコンを口に運んでいる。

 なんだかもやもやする…… 大人ってやっぱりよくわからないや。

 彼は無性にユリンに会いたいと思った。

 

―― 少年が事情を知るのは、もう少し後のことになる。

 


 
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