No.355214

真剣で私たちに恋しなさい! EP.11 行方先(2)

元素猫さん

剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
体調を崩してしまい、遅くなりました。ごめんなさい。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-12-30 21:49:37 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6424   閲覧ユーザー数:6030

 トクトクと脈打つ音は、自分のものか、彼女のものか。柔らかな板垣辰子の胸に抱かれ、直江大和は安らぎを感じていた。

 

「落ち着いた?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 大和が感謝を述べると、辰子は嬉しそうに微笑んでそっと身を離した。

 

「もうすぐお昼だよ。お腹空いたでしょ? ご飯の支度するから待ってて」

「はい……ありがとうございます」

 

 遠ざかる体温に名残惜しさを感じながら、大和は辰子が台所へ向かうのを目で追った。そして改めて気付いたように、部屋の中を見回してみる。

 かなり年季の入った造りで、あまり広くはない室内には生活感が滲んでいた。こういう雰囲気は、嫌いではない。人心地つき、大和がホッと息を吐いた時、騒がしく玄関が開け放たれた。

 

「たっだいまー! あー、腹減ったぁ!」

 

 そんな声を上げながら帰宅して来たのは、ツインテールの少女――板垣天使だ。さらにその後ろから、もう一人妖艶な美女――板垣亜巳が入ってくる。

 

「目が覚めたんだね」

 

 天使は大和のことは気にせず、台所の辰子の元に真っ直ぐ向かい、目が合った亜巳が声を掛けて来た。

 

「丁度良かった。昼の前に話があるんだ。少しいいかい?」

「えっと、はい」

 

 台所を一瞥し、大和は立ち上がって亜巳とともに外に出る。

 外はほとんど周囲が見渡せないほど、白い煙に包まれていた。大和はぼんやりと見える亜巳の背中を追い、ほんの数メートルほど歩く。と、前方の人影が、二つに増えていた。

 

「よう」

 

 気軽に声を掛けて来たもう一つの人影は、釈迦堂刑部だった。

 

 

 自己紹介をする刑部に、大和は軽く頭を下げた。

 

「これでも元、川神院の師範代だった。小さい頃だが、百代の舎弟の話は聞いた事がある。まあ、そっちは知らないだろうがな」

「はい……」

 

 緊張した様子の大和に、刑部は目を細めて笑った。

 

「そう固くなるなよ。何もしやしない。ちょっと話をしたかっただけさ」

「俺に、何の話ですか?」

「単刀直入に聞くが、昨夜の事は覚えているのか?」

 

 ビクッと身を震わせる大和の様子で、刑部はすべてがわかったというように笑みを浮かべる。

 

「これからどうするつもりだ?」

「これから……」

「そうだ。お前はこのまま、百代たちの元に戻れると思っているのか?」

「どういう意味ですか?」

「現場を見ていたわけじゃないからな、だがお前のその折れた腕を見ればわかる。それが百代の出した答えなんだろ? 百代はお前を止めるために、そうするしかなかったわけだ」

 

 大和の心臓が、大きく跳ねた。覚えていたはずの事実を、改めて突きつけられた気がしたのだ。

 

(俺、姉さんを殺そうとしたんだ)

 

「で、でも――」

「今度は大丈夫? 自分の意志でコントロールできないのに?」

「どうしてそれを……」

「自分の中に何がいるのか、知りたいだろう?」

 

 挑発するような刑部の眼差しを正面から受け止め、大和は大きく頷いた。

 

 

 川神院創建の歴史を、刑部は淡々と語ってゆく。葛木行者と祟り神になった竜神の、お伽噺のような物語である。

 

「最初は俺も、たわごとにしか思えなかったがな。だが川神院の奥にある隠し部屋で、行者の残した記録を見て真実だと知ったのさ。理由まではわからないが、お前の中にいるモノの正体はこの竜神様だ」

「竜神が俺の中に……?」

「そうだ。川神に憎しみを抱き、怨念を残したまま封じられた竜神にとって、川神の血を受け継ぐ百代は最高に殺しがいがあるだろうさ」

 

 普通ならば信じがたい話だが、大和にはいくつかの心当たりがある。何度も感じた、黒い殺意。

 自分で自分に恐怖を感じるような、強烈な感情の渦が確かに胸の奥にあるのを感じていた。

 

「お前がどう考えるかは、問題じゃない。今の状態で百代たちの元に戻れば、再び同じような事を繰り返す可能性は否定できないだろう? もっと最悪の事態だってありうるわけだ」

「……」

 

 大和に刑部の言葉を否定する事は出来なかった。その可能性は十分に考えられるからだ。

 

「仮に百代が本気で向かい合えば、容易く殺される事はないだろう。だがその腕が示す通り、百代はお前を殺せない。昨夜、あるいはどちらかが死ぬかも知れないと思ったが、少し退屈な結果になったわけだ」

 

 小さく笑って吐き出した息が、白い煙を揺らして流れる。刑部はどこかで、百代に期待をしていたのだ。自分と同じ目をした少女に、自分と同じ資質があって欲しいという願望である。

 強さに対する貪欲さ、残酷さ。けれど結果は、期待はずれに終わった。

 

「だが遅かれ早かれ、今のままではお前か川神の誰かが死ぬことになる。それを回避するためには、竜神を抑える必要があるわけだ。俺は嫌いな思想だが、今回ばかりはルーの言う強い精神力が求められる。その気があるなら、俺がお前を鍛えてやってもいい」

「……あなたに、何の得があるのですか? 無償でそんなこと、しませんよね?」

「ふふ、俺の事をよくわかってるじゃないか。まあ、そうだな。突然言われても、納得は出来ないだろう」

 

 視線を逸らした刑部は、地面の落ちている石ころをジッと見つめた。

 

 

「俺にとってはな、お前という存在は少し面倒なんだよ。川神の人間は何考えてるかわかりやすいから、行動が読める。だがお前……というよりも、竜神の行動は正直、俺にもよくわからん。だが実力行使をするには厄介な相手だ。だったらまあ、手元に置いておく方が御しやすいというわけだよ。まあ他にも、お前に百代を殺されるのは少しつまらんからな」

「そうですか……」

「俺にも打算はある。自分の計画に有利だと判断したから、こんな提案をしているんだよ。何も師匠って敬えってわけじゃない。どうするかは、好きにすればいいさ」

 

 大和は迷う。川神院を破門された人物に師事するということに対する、わずかな抵抗もある。だがそれ以上に、自分が大切なものを奪ってしまうかも知れないという恐怖も強い。

 

(何か企んでいる気がする……)

 

 善意が行動の理由ではない。だとすれば、あえて関わることでやろうとしている事を探ることも出来るのではないか。

 

(光灯る街に背を向け、我が歩むは果て無き荒野……)

 

 大和は心の中で、川神魂を表す言葉を唱える。勇往邁進。

 

「わかりました。俺を、鍛えてください」

 

 頷く刑部の視線を、大和は真っ直ぐ受け止めた。それを見て、刑部はニヤリと笑う。

 

「いい目だ。人の皮を被った獣が、虎視眈々と狙う目だよ。それでいい。馴れ合いなんざ、求めてないさ。上を目指す者だけが生きる世界……それこそが、本当の世界だよ」

「あなたの目指す世界ですか?」

 

 その問いかけに、刑部は黙って背を向けた。

 大和は思う。釈迦堂刑部が望む世界が訪れた時、それはある意味で終焉なのだろう。そしてそう遠くない未来、自分はその現場に立ち会うことになるような、そんな気がしていた。

 

「ご飯出来たよ~」

 

 辰子の呼ぶ声が聞こえた。大和は、ゆっくりと歩き出した。


 
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