00
12月も下旬となり、今年も残すところあと僅かとなった。
学生たちは今年の授業日程を終え、これから楽しい、受験生にとっては最後の勝負所、の時期がやってくる。
「ふう……」
勿論受験生ではなくとも、忙しい学生だっている。
忙しい学生。
その代表といっても過言ではない生徒、桂ヒナギクは、ため息を吐きながら椅子に背中を預けた。
「まだまだ終わりそうにないわねえ……」
そう漏らすヒナギクの眼前には、書類の山、山、山。
積もる程度の雪ならば美しいと思えるが、生憎この白い書類の山は、いくら積もろうと、美しいなどとは思えない。
同じ白でも、こうも違うものだ。
そんな下らないことを思ってしまって、ヒナギクは苦笑する。
「師走といってもこの量は、ねえ……」
白皇学院の授業は本日をもって、今年の日程を終えた。
明日から、正確には本日の放課後以降から、数週間程度の冬休みに入っているはずである。
「一気にこんな量渡す位なら、もっと早く渡して欲しいわよね」
しかしそれも一般生徒なら、の話。
生徒会長には当て嵌まらない。少なくとも、ここ白皇に関しては。
今年最後ということで、ヒナギクには教師から大量の書類の整理を頼まれていた。
教師は教師で、受験生たちのことで手が一杯のようで、これらの書類に割ける程の手間も余裕もないらしい。
ヒナギクも事情は理解しているつもりだ。だから、露骨に嫌な顔を浮かべることは出来ない。
精々誰もいない生徒会室で、愚痴を吐く程度である。
「よりにもよってこんな日に、誰もいないなんて……」
生徒会室は、伽藍としていて誰もいない。
いつもの三人はもう諦めているが、千桜はバイト、愛歌は外せない用事があるらしく、今日の作業はヒナギク一人で行わなければならない。
「はあ……」
ため息だって出る。
ましてや今日は、
「折角のクリスマスイヴなのになあ……」
ヒナギクはそう呟いて、手元のカレンダーに目をやる。
12月と書かれたカレンダー、そこには。
「24」の日付のところに、赤い丸が付けられていた。
01
愚痴ばかり言っても、終わるものは終わらない。
教師の事情も理解している手前、適当に終わらせることだって出来ない。
そういうわけで、ヒナギクは渋々と書類に手をつけ始める。
「うわ、これ締め切り近いじゃない……。もう! どうしてもっと早く出さないのよ!」
別に仕事を増やされることが嫌なわけじゃない(別に嬉しくもないのだが)。
ただ、もう少し容量良くは出来なかったのかと、ヒナギクは教師陣に小一時間説教をしたくなる。
師走だから忙しいのは分かる。だからこそ、効率的に物事を進める必要があるのではないだろうか。
「……まあ、何を言っても今更、なんだけど」
いくら愚痴を、不平不満を口にしたところで、日付は24日。
後にも先にも行かないのである。
ヒナギクは書類に判子やらサインをしながら、横目で外の様子を伺った。
相変わらず高いところは苦手なので肉眼で見ることは出来ないが、外からは放課後からスタートした冬休みに喜ぶ生徒たちの声が聴こえてくる。
「…………」
視線をテラスから、眼前の書類へと移す。
これがなかったら、自分だってあの中に居たのに。
他の生徒たちと同じように、冬休みを、クリスマスイヴを満喫出来ていたはずなのに。
自分は生徒会長だ。
自覚もしているし、責任だって感じている。
だが、だからといって、ヒナギクは生徒会長である以前に普通の女子高生である。
特別な日に、好きな人と過ごしたいと思う、普通の一人の女の子である。
好きな人を思えば胸が痛くなるし、人気のないこの部屋を見て寂しさを覚える位には、普通の。
「……ハヤテ君はなにしてるかな」
今日はクリスマスイヴということで、確か彼が住むムラサキ荘ではパーティが開かれると言っていた。
彼も準備のために、忙しくしているのだろう。
ナギや、カユラたちと共に。
その光景を思い浮かべて、胸が痛んだ。
「…………仕事、しなくちゃ」
自分もそのパーティに呼ばれていたが、生憎この書類の量では参加することは難しそうだ。
明日以降に回しても良いものも中にはあるのだが、提出期限が早すぎる書類が多い。多すぎる。
いくら嘆こうが、不満を言おうが、寂しかろうが、胸が痛くなろうが、それで書類の量が減るほど世の中は上手く出来ていない。
切り替えていこう。
そう思い直して、気合を入れなおして、伏せがちだった視線を書類に向けた時だった。
「…………え?」
ヒナギクは思わず呟いた。
書類の山が一つ、消えていた。
02
「全く……手が必要なら言ってくれれば良かったのに……」
呆然としていたヒナギクに、声が掛けられた。
その声はヒナギクの右から。
視線を移してみると、そこには。
「ハヤテ君!?」
今まで思い浮かべていた、自分の好きな人。
どうしてここにいるのか、という疑問を抱くよりも早く、ハヤテが口を開く。
「実は、僕だけじゃなかったり」
ハヤテが笑顔でそう言いながら、自身の体を少し横にずらす。
その後ろからは、もう一つの人影が現れた。
それを見て、ヒナギクは今度こそ驚愕する。
「え……!?」
「…………よう」
小さい体躯に、綺麗な金髪のツインテール。そして今や見慣れた、せっかくの整った顔立ちを、年中不機嫌にしているその人物。
「ナギ!?」
「何だか散々な言われようだな……」
驚きの余り、傍らのハヤテに目をやる。
ハヤテはニコニコと、相変わらずの笑顔だった。
「どうしてここに……」
「どうしてもなにも、手伝いに来たのではないか」
ナギが呆れながら言う。
しかし今日はパーティの準備があるとかで、二人は直ぐに帰宅したのではなかったのか。
ヒナギクの内心を読んでか、ハヤテが言う。
「実は先程千桜さんから連絡がありまして、ヒナギクさんの仕事を手伝って欲しい、と」
「……パーティの準備は問題ない。マリアとカユラ、それにハムスターもいるからな」
パーティの方はどうやら、他の参加者で人での方は問題ないらしい。
だからこそ、二人は自分を手伝いに来てくれたのだ。
「でも、まさかナギまで来てくれるなんて……」
「ですよねー」
ハヤテが来てくれたのは、なんとなく分かる。
彼はこれまでもそうだったから。
しかし、ナギが来てくれたのは今までに一度もない。
今回が初めてだった。
「最初は僕だけが行くつもりだったんですけど、そうしたらお嬢様も「私も行く!」と言い出しまして」
「そうなの?」
ナギに目をやると、ナギは恥ずかしそうに顔を逸した。
「べ、別にただの気まぐれだ! その……何もクリスマスイヴまで一人寂しく仕事をしているのもどうかと思っただけなのだ! 他意はない!!」
ナギを見ながら、ハヤテが 「こんな感じです♪」 と笑いながら言った。
そんな二人を見て、ヒナギクはクス、と静かに笑う。
「…………ありがとう」
「ふ、ふん! 礼はまず仕事が終わってからだ! とにかく、パーティまでにちゃちゃっと仕事を終わらせるのだ!」
「はい、お嬢様。というわけでヒナギクさん、指示をお願いしますね」
寂しい、なんて気持ちはもうない。
愚痴も、不平不満も今はない。
今は二人の存在がただただ頼もしく、嬉しくて。
「分かったわ! さっさと終わらせて帰ってやろうじゃない!」
書類の山だって、疾風の如くなくなるだろう、そんな気がしていた。
03
元々出来る女、桂ヒナギクと、出来る男、綾崎ハヤテがいる時点で仕事の効率は二倍にも三倍にもなる。
ナギもまた(運動以外は)出来る女の部類なので、効率良く書類の山は切り崩されていった。
「…………ふう」
しかし現実は甘くない。
「……いくら何でも多いですね、この量は」
「ヒナギクは教師たちに苦情を言っても許されるレベルだな……」
眼前の書類は、三分の一程が消化されていた。
外はすっかり暗くなり、あれほど聴こえていた生徒の声も全く聴こえなくなっていた。
ヒナギク、ハヤテ、ナギの三人で、この時間まで仕事をしてもこの結果。
どんだけ仕事貯めてたんだよ教師たち、これが三人の総意だった。
「でもまあ」
そんな中、消化された書類を見ながら、ヒナギクが満足気に頷いた。
「二人のおかげで、今日中にしなければならない仕事は終わったわ。本当にありがとう!」
「それは良かったです」
「…………ふん」
三人でやってこれくらいなのだ。
もしあのまま一人で仕事をしていたら、と思うと、きっとこの時間では帰れない。
だからこそ、ヒナギクは本当に、二人に感謝していた。
「他の仕事は休み中にコツコツやっていくから、大丈夫よ」
「僕も時間を見つけて手伝いますよ」
「わ、私も……気が向いたら手伝いに来てやる!」
「ふふ、ありがとう」
区切りも良い、ということで今日の仕事はここまでとなった。
もう少ししても良いのだが、さすがにパーティの準備を全て任せるというのも気が引けた。
終わった書類をまとめ、三人は帰宅の準備をする。
「じゃあ、帰りましょうか」
「うむ」
ナギ、ハヤテと先に出て、最後にヒナギクが鍵をかけて生徒会室を後にする。
職員室にいる、残っている教師を捕まえて書類を提出し、これで本当に本日の生徒会活動は終わりだ。
「お待たせ」
「いえいえ、お疲れ様です」
「ふふ、二人もね」
待たせていた二人と共に昇降口を出てみれば、若干白味のかかった冬空からは、白い結晶が落ちていた。
「おいハヤテ、雪だぞ! 雪!」
「うわあ……最近寒いと思っていましたが、まさか今日降るとは思いませんでした……」
「ホワイトクリスマスイヴねえ……」
積もらない程度の、小さな雪。
だがそれでも、クリスマスイヴに雪が降る。
それが三人にとっては嬉しくもあり、ロマンを感じさせられる出来事だった。
「積もるかな!? 積もっちゃうのかなハヤテ!?」
「さあ……どうでしょうねえ」
はしゃぐナギと、適当に相槌を返すハヤテの会話に耳を傾けながら、ヒナギクは思う。
(好きな人と二人きり、というわけにはいかなかったけど……それは贅沢ってものよね)
それに、雪にはしゃぐナギと、それを優しく見守る自分とハヤテ。
その姿はまるで。
「家族みたい……なんてね」
もし彼と結婚して、子供が出来たら、こんな光景が当たり前になるのだろうか。
予想できない未来を想像して、幸せな気持ちになる。
もしそうだったら良いな、と心から思う。
「おいヒナギク! 早く来るのだ!」
「あ、お嬢様! 急いだら危ないですって!」
ナギから呼ばれ、ヒナギクは一端考えを止めた。
今は未来の事なんて考えなくても良い。
想像などしなくても、自分の前では、ちょっと不器用な優しい友人と、大好きな人が待ってくれている。
そのことでも充分、幸せじゃないか。
未来の幸せも大事だけれど、今は目先の幸せを、じっくりと、ゆっくりと堪能することにしよう。
ヒナギクは二人の元へ駆け足で向かう。
「はーい! 今行くわよー!!」
「ヒナギクさんも走ったら危ないですって!」
12月24日。
クリスマスイヴ。
仕事で出鼻は挫かれたものの、ヒナギクにとって大切な、かけがえのない「家族」との、幸せなクリスマスイヴが、ようやく幕を開いたのだった。
04
後日。
「…………で、どうして私たちは今日ここに集まっているのだ?」
「分からない……」
「ヒナちゃんからメール貰って、何でも今日は生徒会室でパーティするって聞いていたよ?」
「パーティ? しかしそんな様子は見られないわけだが……」
「ちょっと待て。噂をすれば、ヒナからメールだ。何々……『とっても多忙な貴女たちの為に、クリスマスプレゼントを用意したわ』だと……!?」
「あのヒナが……私達にプレゼント!?」
「うわー! チョー気になるよー!!」
「美希! 続きはまだか!?」
「落ち着きなさい理沙。えーと……『プレゼントは会長の机の』」
「机だな!」
「『下から二番目』……」
「二番目だね!?」
――ガラッ……
「『貴女たちだけで大丈夫なものしかないから安心してね』……何だこれは?」
「プレ……」
「ゼント……?」
「ん? どうした二人共、そんなに固まって。もしかして、かなり高価な物だったのか!?」
「高価と言うよりは……」
「硬化、みたいな……アハハ」
「? だから何をって……、ん? 書類……?」
――ピロリロ……
「……『大半は他のメンバーが片付けたのだから、それくらいは自分たちでやりなさい』……」
「み、美希ちゃん! ドアが! ドアが開かないよ!?」
「で、出口を塞がれた……!」
「『あ、良い忘れてたけど、終わるまでは帰らせないからね♪』だと……!?」
「「「う、」」」
「「「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
End
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今更ながらこちらにもあげようかと。
gdgdですいません。